養蜂家の青年は、中年親父と対峙する  男は、火で炙られたほどよい焼き加減の魚と、俺を交互に見ている。  瞳が、潤んでいた。  仕方がないとため息を吐き、一本の魚を手に取った。脂が焚き火に滴り落ち、ジュッと音を立てている。 「食べたら?」 「よ、よいのか?」 「いいよ。小骨があるから、気を付けて」 「助かった。恩に着る!!」  男はそう言い、魚の串を受け取った。豪快に、頭からかぶりつく。  バリバリと音を立てながら、魚を食べている。骨も皮も、すべて食べていた。最後はきれいな串だけが残る。  あまりの気持ちいい食べっぷりに、思わず二本目の串を差し出した。 「かたじけない」  そう言って、再びバリボリと食べ始めた。  結局、男は五本の魚の串を平らげた。野草を乾燥させて作った茶も、三杯も飲み干す。 「本当に、助かった。これは、ほんの礼である」  差し出されたのは、蜂蜜が入った瓶であった。思わず、ランタンを持ち上げて蜂蜜を見る。普段、見かける蜂蜜よりも、色合いが異なっていた。褐色と言えばいいのか、全体が赤みがかかっている。 「これは?」 「樅(もみ)の木の、蜂蜜である」 「え、樅って、蜜が豊富な花なんか咲いていたっけ?」 「正確に言えば、樹液を吸ったアブラムシが出した甘い蜜を、蜜蜂が集めて作るものである」 「アブラムシから採れた、蜂蜜!?」  初めて見て、聞いた蜂蜜を前に、俄然興味がそそられる。 「これ、味見をしてもいい?」 「それは、そなたにあげた品だ。好きなように、食すとよい」 「ありがとう」  きつく閉めてあった蓋を開き、先端の樹皮を削いだ木の枝で蜂蜜を掬う。  バターかと思うほどねっとりしていて、ほのかに森の中にいるような香りを感じる。口に含むと、熱した砂糖のような香ばしさと品のある甘みを感じた。 「すごい……! こんな蜂蜜があるなんて」 「うまいであろう? 我が家、自慢の蜂蜜だ」 「おじさん、養蜂家なんだ」 「ああ。我らは、森の木々から採れる蜂蜜で、生計を立てているのだ」 「そうなんだ」  花を育て蜂蜜を採るイェゼロ家の養蜂とは異なり、男の養蜂は森にある木々から採る養蜂をしているようだ。  同じ養蜂でも、まったく異なる。いったい、どういう作業を経て蜂蜜を得ているのか、興味がそそられる。  ここで、男性が名乗った。 「我は、ボーヒン湖周辺の山で暮らす、マクシミリニャン・フリバエである」 「マクシミリニャン……」  なかなか、聞き慣れない珍しい名前だ。思わず復唱してしまった。  ボーヒン湖というのは、ここから馬車で数時間ほど離れている、のどかで美しい秘境と呼ばれている。ボーヒン湖はブレッド湖より三倍も大きな湖で、周辺よりも豊かな自然が広がっている土地だ。  マクシミリニャンと名乗った男は、どこか古めかしい喋りで、浮き世離れをしているように見えた。秘境育ちなのも、頷ける。 「俺は、イェゼロ家のイヴァン。すぐ近くにある、花畑養蜂園で蜂蜜を作っている」 「ぬ! そうであったか!」  なんとなく、野草茶に入れようとしていた蜂蜜を、マクシミリニャンに差し出した。 「これ、蕎麦(アイダ)の花の蜂蜜」  花畑養蜂園の端のほうに、畑もある。そこで家族で消費するそばを育てつつ、蜜蜂に蜂蜜を作ってもらっているのだ。  マクシミリニャンはくんくんと瓶の蜂蜜をかぎ、匙で掬ったものを口に含んだ。 「こ、これは、なんて“濃い”のか!」 「ちょっと、クセがあるけれど」 「いいや、我は気にならぬ。非常に美味なる蜂蜜よ」  そばは俺の提案で作った蜂蜜である。そばが採れる上に、蜂蜜までもたらされるなんて一石二鳥だろう。  だがしかし、そばの蜂蜜は家族からは不評だった。市場でも売れないので、自分で手売りしてこいと押しつけられている。  ミハルがいくつか買ってくれたが、肉や魚を使った味が濃い料理の味付けにいいと教えてくれた。  それから街へ魚を売りに行くときに一緒に販売し、そこそこ売れている。  たくさん売れても、収入は懐に入らないところが空しさを覚えるが。 「イヴァン殿は、このような蜂蜜を作っているのだな」 「普段は、花蜜メインだけれど」  急に、マクシミリニャンは居住まいを正した。すっと背筋を伸ばした状態で、ジッと俺を見つめていた。  何を言い出すのか。少し構えてしまう。  そんな状況で、マクシミリニャンはとんでもない願いを口にした。 「イヴァン殿、どうか、我が娘アニャと、結婚してほしい」 「はい!?」  突然の懇願に、目が点となった。