養蜂家の青年は、義父と猟にでかける  日々、食卓に上がる肉は狩猟で得ている。  街のほうでは狩猟できる期間が定められていて、秋から春先までと決まっている。春から子育てのシーズンとなるからだ。個体数の調整のためらしい。  一方で、山暮らしの家族には、禁猟なんてない。街に住む人達のように、皆がこぞって狩猟にでかけるわけではないからだ。  むしろ進んで狩らないと、畑を荒らされたり、蜜蜂の巣箱を壊されたりする。人間と人間の扱う物は脅威であると、知らしめておく必要があるようだ。  ここでの狩猟は、娯楽ではない。生きるために必要なものなのだろう。  なんとなく、マクシミリニャンが猟銃を片手に狩猟に出かける様子を想像していた。  実際は異なる。獲物はすべて、罠で捕まえているらしい。  今日はウサギを捕まえる罠を見せてもらうことにした。  ウサギの通り道に、仕掛けているようだ。 「罠猟の基本は、獲物を長い間苦しませないことだ」  罠をしかけたときは、毎日様子を見に行くようにするという。  長時間苦痛を与えるくくり罠や、鉄製のトラバサミなどは絶対に使わないと決めているらしい。 「かかっているといいのだが」  マクシミリニャンが仕掛けた罠は、古きよき落とし穴。  ウサギが脱出できないほど深く掘った穴に、木の棒や枯れ草を乗せたら完成。その上をウサギが通ったら、落下するというシンプルなもの。穴の底には、藁を敷いている親切設定らしい。  落とし穴を仕掛けた木には、赤く染めたリボンを結んでいるという。そうすれば、どこに罠を仕掛けたか一目瞭然なわけだ。  たしかに、緑だらけの森の中で、リボンの赤はよく目立つ。すぐに発見できた。 「おお、地上の仕掛けがなくなっておるな」 「ウサギが落ちているってこと?」 「まあ、そうだな。罠だけ落下して、中は空っぽという場合もある」 「なるほど」  今のシーズンは子ウサギも歩き回っている。獲るのは成獣のみで、子どもは逃がしてやるらしい。  穴を覗き込むと、ウサギが――いた。  ウルウルとした瞳を、覗き込む俺とマクシミリニャンに向けている。まるで、「助けてください」と訴えているように見える。 「お義父様、これ、成獣?」 「成獣だな」  マクシミリニャンは手にしていた網で、ウサギを掬った。ジタバタを暴れるウサギの手足を、素早く紐で結ぶ。  腰から太いナイフを取り出し、首筋を切り裂いた。  ウサギは「キー!」と大きくもない声を上げ、すぐに息絶えた。ウサギは声帯がないので、そこまで大きな声を上げることはないらしい。  だったらさっきの「キー!」はなんだったのか。マクシミリニャンに聞いたら「ウサギの神秘だ」と答えていた。ポカンとしていたら、「鼻孔の近くにある器官が変形して、そのような音が出るのだ」と解説してくれた。  どうやらウサギの神秘云々は、笑いところだったらしい。真面目に聞いてしまい、反省の意を示した。  血抜きをするために木にぶら下げておく。その間に、穴を埋める。 「これ、使い回すわけじゃないんだ」 「ああ。毎回、新しい穴を掘っておる。山の命をいただく以上、変に効率化させたくないだけなのだが」 「そっか」  街の禁猟に従うわけではないが、春先はどんどん狩猟するというわけではないようだ。  他にも落とし穴を掘っていたようで、本日は三羽のウサギを得た。  三羽目のウサギを仕留めたのだが、ナイフを入れる位置を間違えて苦しませてしまった。  落ち込んでいたら、マクシミリニャンは最初から上手くできる者はいないと、優しく励ましてくれる。 「命を奪う行為が上手くても、自慢にはならぬ」  かといって、きれいごとだけでは生きてはいけないと、マクシミリニャンは言葉を続けた。  本当に、その通りだと思う。  家に戻ると、マクシミリニャンはウサギの捌き方を教えてくれた。  ウサギを持ち上げると、まだ温かかった。ウルウルとした瞳で見上げていた様子を思い出し、ウッとなる。 「なんか、おかしいね。魚がウルウルとした目で見つめていても、なんとも思わずにナイフで命を絶つのに。ウサギは、可哀想に思ってしまうなんて」 「その辺は、人間の愚かな部分なのだろう」 「間違いない」  そんな話をしながら、再びウサギにナイフを入れる。  まず、椅子に座って膝に布を広げ、その上にウサギを乗せる。この状態で、捌くらしい。 「まずは腹から。穴を開けて、指先で裂いていく」  腿でしっかりウサギを挟んで固定させ、ナイフを腹に滑らせる。そこに指先を入れて、内臓の全体が見えるまで裂いていくようだ。胃や腸などを丁寧に取り出したあと、ウサギを布に包んで膝の上から台に移す。 「四肢を切り落とし、腹のほうから皮を剥ぐのだ」  ここでようやく、皮を剥ぐ。マクシミリニャンは簡単にするすると剥いていくが、これがけっこう難しい。  下肢から後肢の皮を剥いでいって、尻尾は切り落とす。 「あとは、後肢を掴んで上半身のように引っ張る」  少し力を加えたくらいで、皮は破れてしまいそうで恐ろしい。ゆっくり、ゆっくりと剥いでいった。  最後に、腱を切ったら、完全に皮と身は分離する。首もここで切り落とすようだ。 「最後に、肛門付近の処理をする。ここで失敗したら、肉が台無しになるから、慎重にするように」 「了解」  再び腹から後肢まで刃を滑らせていき、肛門を切り取る。  最後に胸からナイフを入れ、心臓や肝臓を取り除く。  やっと、ウサギは市場でよく見かける姿となった。 「あとは、アニャに調理を頼もう。よく、頑張った」  マクシミリニャンは血まみれの手を洗ってから、頭をガシガシと撫でてくれた。  子どものような褒め方だったが、なんだか嬉しかった。  夕食に、ウサギ料理が並んだ。  ウサギの串焼きに、ウサギのシチュー、ウサギのソーセージと、ごちそうである。  どれもおいしかったけれど、落とし穴に落ちたウサギのウルウルとした目は忘れられそうにない。  なんというか、生きるって大変なんだなと、改めて思ってしまった。