養蜂家の青年は、かご作りに精を出す  昼からは、かごを編むらしい。  山で採ってきた蔓で編むのかと思いきや、若い木枝も使うようだ。 「ライラック、にれ、ポプラ、はしばみ、トネリコの枝は丈夫だから、かごの底に使うの。かごの側面には、木イチゴ、薔薇、クレマチスなどの、やわらかい蔓や蔦性の枝で編むのよ」 「へー、なるほど」  これまで気にせずにかごを使っていたが、長く使えるように工夫がなされていたらしい。 「かごって買うものだと思っていたから、そういうのはぜんぜん考えなかった」 「そうだったのね」 「でも、枝って硬いでしょう? 編めるの?」 「編めるわよ。でもそのままだったら折れてしまうから、一時間ちょっと水に浸けておくの。そうしたら、やわらかくなるのよ」  アニャは昼食を食べる前に、枝を水に浸けていたらしい。 「まず、太くしっかりした枝を四本選んで、真ん中に切り込みをいれる。そこに、四本の枝を差し込んで、十字型になるよう紐で縛るのよ。ここは、底の芯になる大事なところなの」  しっかり固定したあと、芯に枝を絡ませ、編んでいくようだ。  アニャに教わりながら枝を編んでみたが、なかなか難しい。編み目もガタガタで、まったく美しくない。隙間を埋めようとしたら、枝が折れてしまう。やりなおしだ。  一方で、アニャは手早く枝を編んでいた。編み目に隙間はなく、美しい。 「あー、また折れた!」 「最初はそういうものよ。私も、慣れるまで時間がかかったわ」  底が完成したら、側面を編む。三十一本もの枝を底に差し込み、再び編んでいくのだ。 黙々と作業を進める。集中しているからか、雨が降る音も気にならなくなった。  最後に、かごの縁を作ったら完成である。 「やっと、できた!」 「ごくろうさま」  生まれて初めて作ったかごは、いびつな形をしていた。不思議な曲線を描いていて、テーブルに置くと左側に傾く。加えて、隙間だらけだった。小さな豆でも入れたら、かごをすり抜けて落ちてしまうだろう。 「これ、失敗じゃん」 「失敗じゃないわ。かごは、とにかく物が入ればいいの。イヴァンが作ったのは、野菜の収穫の時に使えるわ」 「なるほど、野菜は入りそうだ」  薬草採取やベリー摘みには使えないなと思っていたが、使い道はあるらしい。  アニャのかごは、隙間なんてないのでさまざまな作業に使えるだろう。さすがである。 「これ、売っているの?」 「いいえ、自宅用よ」 「そうなんだ。お店に並んでいても、おかしくない仕上がりだけれど」 「そう? ありがとう」  他にも、白樺の樹皮や、蔓、蔦、木など、さまざまな物を素材にかごを編んでいるらしい。  その中で、高価で買い取ってもらえるのが、木のかごだという。 「木を薄くカットして編むの。丈夫で、木目が美しいかごが完成するのよ。でも、編むのは一番難しいわね」 「だろうね」  枝以上に、木はパキパキ折れてしまうのだろう。  冬、雪が深くなったら、外での仕事ができなくなるらしい。そのときに、木のかごを作るようだ。 「イヴァン、私が編んだこのかご、あなたにあげるわ」 「え? これ、家で使うんでしょう?」 「いいの。ここに来た、記念に」  その物言いは、どこか諦めの意味が溶け込んでいるような気がした。  蕎麦の芽は生えないだろうから、思い出の品として受け取ってくれ。そんな感じだろう。 「だったら、俺のかごは、アニャにあげる」 「いいの!?」  アニャはパーッと表情を明るくし、前のめりで聞き返す。 「こんないびつなかご、もらっても嬉しくないかもしれないけれど」 「苦労して作った品ですもの。ものすごく嬉しいわ。イヴァン、ありがとう」  アニャは俺が作ったかごを胸に抱き、にこにこ微笑んでいる。  再び、俺の心臓は感じたことのないほどの高鳴りを感じていた。 「あ、もう夕方なんだ」 「夕食は、卵があるからエッグヌードルを作りましょう」  エッグヌードル――いわゆるパスタの一種である。  小麦粉に卵とオリーブオイルを練り混ぜて作るようだ。  作り方を見学させてもらった。  まず、小麦粉を山のように盛って、中央に窪みを作る。ここに、朝どれの新鮮な卵を落とすようだ。  卵を潰して混ぜ、そこにオリーブオイルを垂らす。あとは、指先と拳を使って混ぜるようだ。 「イヴァンは、ソースを作って」 「え、俺、料理できないんだけれど」  得意料理は、湖で釣った魚で作る焼き魚である。串を刺し塩をぱっぱと振って焼くだけの、シンプルな一品だ。 「作り方は教えるわ。簡単だから、あなたにもできるはずよ」 「わかった」  豚ほほ肉の塩漬けをカットし、炒める。油を入れずとも、豚からじわじわと滲みでてきた。途中で白ワインを垂らし、さらに炒めるようだ。  アニャはエッグヌードルを完成させたようで、鍋で茹で始める。 「次に、ボウルに山羊のチーズ、卵黄、エッグヌードルのゆで汁、炒めた豚ほほ肉の塩漬けを入れるの」  豚にしっかり味がついているので、味付けは特に必要ないようだ。 「最後に、茹で上がったエッグヌードルを入れて、ボウルを湯煎しながら手早く混ぜる」  エッグヌードルに卵が絡んだら、皿に盛り付ける。上からさらにちぎった山羊のチーズを盛り付けたら、塩豚のパスタの完成である。 「味が薄かったら、コショウをかけて」  アニャはそう言うが、追加の味付けは必要ないだろう。このままでもおいしいというのは、見た目からビシバシ伝わっていた。  神に祈りを捧げ、いただく。 「――むっ!?」  麺はもちもちとした歯ごたえがあって、ソースがよく絡んでいる。 「麺、うまっ! っていうか、ソースが神がかり的な味がする!」  山羊のチーズと、新鮮な卵、そして豚の塩漬けが合わさり、絶妙なうまさを爆誕させている。噛めば噛むほど、おいしさを感じる料理だ。 「本当、おいしい」 「お口に合ったようで、よかったわ」  アニャの絶品料理を、堪能させてもらった。  夜は、仕事はせずにのんびり過ごすらしい。 「ねえ、イヴァン。カード遊びをしましょうよ」 「カード?」 「ええ。お父様が木札で作った物があるの」  マクシミリニャンオリジナルのカードらしい。いったいどんな物なのか、気になる。  アニャが木箱に収められたカードをテーブルに置いた瞬間、バケツをひっくり返したような雨が降り始めた。 「え、何、この雨」 「たまに、こういう雨が降るのだけれど――あ!!」  アニャは顔色を青くさせ、叫んだ。 「この勢いの雨は、蕎麦の種がダメになってしまうわ」  大地をえぐるような勢いである。このままでは、アニャの言う通り蕎麦の種は土から流れ出てしまうだろう。  アニャは寝室のほうへと駆け込む。戻ってきたときには、シーツを胸に抱いていた。 「アニャ、どうしたの?」 「このシーツで、畑を覆うのよ」 「何を言っているんだ。この暗い中、作業をするのは危険だ」 「止めないで!」  雨に濡れてはいけない。それは、山での暮らしの決まりなのだろう。 「イヴァン、私は、あなたをはっ倒してでも、外に行くわ」  アニャは、とんでもなく恐ろしい宣言をしてくれた。