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養蜂家の青年は、蜜薬師の娘から治療を受ける アニャと呼ばれて飛び出してきた女性は、驚くほど美しかった。 夕日を浴びた金の髪は、蜂蜜みたいにキラキラ輝いている。山の冷気を含んだ風に、サラサラとなびいていた。三つ編みをクラウンのように巻いている髪型は、どこか貴族令嬢のような華と気品がある。 青い瞳は、子どものときに見た少女人形のサファイアと同じくらい輝いていた。 陶器のように白くなめらかな肌はうっとりするほど綺麗で、猫を思わせるアーモンド型の目は好奇心旺盛な子猫を思わせた。 服はこの辺りの民族衣装なのか。 袖なしのワンピースの下にシャツを着て、腰回りは華やかな花帯で締めている。シャツの衿や袖、スカートの裾には、精緻な刺繍が刺されていた。靴は獣の革で作ったもので、靴底に滑らないよう金具が打ってある。
大山羊に跨がり、手綱を片手で握って、もう片方の腕には山羊の赤ちゃんを抱いていた。 その姿はさながら、物語の中から飛び出してきたような妖精のごとく。
マクシミリニャンの娘とは思えない、美しい娘である。だが、気になることがあって、問いかけてみた。
「あの、彼女が、“アニャ”?」 「そうである」 「十九歳?」 「そうである」
嘘だーー! と叫びたかったが、ごくんと呑み込む。
アニャは十九歳と言うが、見た目は十三歳から十四歳くらいにしか見えなかった。 すさまじい童顔である。年齢詐称しているのでは? と疑いたくなるほどだった。
「やだ、患者さん!?」
アニャは大山羊から飛び降り、抱いていた山羊の子はマクシミリニャンに託す。 目の前で見ると、さらに幼く見えた。身長なんて、俺の肩よりも低いし。 そんなアニャは、思いがけない行動に出る。
「あなた、こっちへ来て。すぐに、治療してあげるわ」
アニャは俺の手を握り、母屋のほうへと誘う。
「ちょっ、俺、患者じゃ――!」 「ほら、早く来て!」
妖精のような儚い見た目に反し、アニャは力が強かった。ぐいぐい引っ張られ、あっという間に母屋へとたどり着く。
患者ではないという訴えは、綺麗さっぱり無視された。この見た目では、患者ではないと言っても説得力がないのだろう。
母屋は木のぬくもりと匂いがする、心地よさを感じるような空間だった。大きな出窓からは、豊かな自然が覗いていた。 いくつかの小窓がある天井は高く、開放感がある。柱を支える梁には、束ねた薬草ハーブが、ぶら下がっていた。 入ってすぐに居間となっており、奥に扉がある。おそらく、寝室なのだろう。 台所や風呂などの水回りは、下屋にあるのかもしれない。 下屋があるほうにも、扉がある。外に出ずとも、部屋の中から行き来できるような構造にしているのだろう。 煙突が繋がった暖炉に、木々の木目を活かした机や椅子などの家具、照明代わりのランタンなども置かれていた。 なんといっても壮観なのは、棚にびっしりと並べられた蜂蜜の瓶だろう。いったい、何種類あるものか。
アニャは椅子を引き、ここに座るよう勧めてくれた。 椅子には、見事な刺繍のクッションが置かれている。これに座るのは、申し訳ないと思うくらい精緻で美しい花模様が描かれている。
「どうしたの? 早く座って」 「いや、俺、山を登ってきて汗だくだし、服も靴も汚れているから、家に入ることすら悪いなと」 「気にしないで。あなたは、患者様でしょう?」 「あ、いや――」
否定しようとしたものの、アニャは奥の部屋に走って行く。マクシミリニャンは母屋に入って来る気配はない。玄関から外を覗き込んだが、山羊の一匹すらいなかった。
「ちょっと! そこに座っていなさいと言ったでしょう!」
戻ってきたアニャは怒りの形相でズンズン接近し、腕を掴んで椅子へと誘う。やはり、力は強かった。
「傷に菌が入って、ただれているようね。まずは、顔を綺麗に洗ってちょうだい」
テーブルに置かれた桶の水で、顔を洗えと。汗もかいているので、しっかり洗った。 顔を上げると、アニャがガーゼ生地で優しく拭いてくれる。
「こんなものかしら。あとは、蜂蜜を塗るから」 「は?」 「これは、アカシアの蜂蜜よ」 「いや、蜂蜜の種類を聞いているのではなくて」 「いろんな蜂蜜で試してみたんだけれど、アカシアが一番、傷の治りが早かったわ」
問答無用で、顔面の腫れとただれにアカシアの蜂蜜が塗られた。
目の前に、美少女の顔が迫る。彼女は一生懸命、指先で俺の顔に蜂蜜を塗ってくれた。 このまま外に出たら熊に襲われるのではと思うくらい、たっぷり塗られる。
戸惑いを感じ取られたのか、アニャは優しく微笑みながら言った。
「信じられないかもしれないけれど、蜂蜜には傷を治す力があるのよ。ナイフでうっかり切ったときも、蜂蜜を塗ったらすぐに治るの」
そんな話など聞いたこともないが、彼女は“蜜薬師”としてリブチェフ・ラズの村人からも信頼されているとマクシミリニャンが話していた。 今は、アニャの治療を信じるしかないのだろう。
それにしてもアニャが十九歳だと聞いて驚いたが、こうして近くにいると大人の女性だということが確認できた。 十代前半の子どもは寸胴だが、彼女の体には確かな凹凸があったのだ。
意識して見たわけではなかったが、頬の傷に蜂蜜を塗る際にぐっと接近したのだ。そのさいに、胸が押しつけられる。はっきり見たわけではないけれど、かなりあるように思えた。 もちろん、あまり近づかないほうがいいと言ったが、治療中に話しかけるなと怒られてしまった。
そんなわけで、アニャは見た目こそ幼いものの、しっかり大人の女性だったというわけだ。 年齢詐称と疑ってしまった件について、心から謝罪した。