6.0 KiB
養蜂家の青年は、おやつの時間を堪能する
薪を背負い、家まで戻る。
汗を掻いたからか、傷口が痛痒い。湧き水で顔を洗う。
清涼な水が、汗と汚れをきれいにしてくれた。
すっきりして気が緩んだのだろう。うっかり布でガシガシ顔を拭いて絶叫してしまった。
家からアニャが出てきて、地面に膝をつく俺の顔を覗き込む。
「ちょっと、何事なの?」
「思いっきり、布で顔を拭いてしまった」
「せっかく治りかけているのに、どうしてそんなことをするのよ」
アニャに腕を握られ、家の中に連行されてしまう。再び、蜂蜜を直接顔に塗られてしまった。
「傷は刺激させないで。濡れたときは、自然乾燥させるのよ」
「はい」
治療が終わったようなので外に行こうとしたら、アニャに首根っこを掴まれた。
「そろそろ休憩にしましょう。今日はお菓子を作ったから」
「わかった。マクシミリニャンのおじさんを呼んでくる」
「お願いね」
マクシミリニャンは屋根で覆っただけの薪小屋の前にいて、黙々と取ってきた木を積んでいた。
よくよく見たら、薪と薪の間に木の枝のように細かくカットした角材を挟んでいる。
「ああ、そうすれば、乾くのが早いんだ」
マクシミリニャンはくるりと振り返り、コクリと頷いた。
「こうすれば、薪と薪の間に風が通り、乾きやすくなるのだ」
「俺、何も考えずに、薪だけをどんどん積んでいた」
これまで取ってきた薪も、同じように角材を挟んである。
「薪の乾燥は、何よりも大事だからな」
きちんと乾燥していないと、火保ちが悪くなる。弱い火のまま薪を消費し、どんどん追加しなければならない事態になるのだろう。
「地上よりも、ここの冬は冷える。少しでも、薪が長保ちするよう、工夫をせねばならないのだ」
「なるほどな」
薪小屋の全体を見ると、芸術的なまでに積み上がっていた。
最低でも二年以上乾燥が必要だというので、大変だ。
「飾り棚(キャビネット)を自作するときは、二年どころではないぞ。八年以上もしっかり乾かしてから、作っている」
「八年も!?」
「木材に水分が含んでいると、歪みの原因になる。そのため、何年も乾かす必要があるのだ」
「そうなんだ」
門や柵、ちょっとした小屋を作る場合は、そこまで乾燥させなくてもいいようだ。
精巧な品を作るときのみ、数年にわたっての乾燥が必要になると。
角材を並べ、その上に薪を置く。きれいに並べると、見目もいい。その辺を気にしつつ、どんどん積んでいった。
最後の薪を積んだ瞬間、アニャの声が聞こえた。
「ちょっとイヴァン!! お父様を呼びに行くって、どこまで行っているのよ!!」
「あ、ごめん」
姿は見えない。きっと、窓から外を覗き込んで叫んでいるのだろう。すばらしい声量だ。
今はおやつの時間で、マクシミリニャンを呼びに行く目的で外に出たのをすっかり忘れていた。
マクシミリニャンと共に小走りで家まで戻った。
アニャは機嫌を悪くしているのではと思ったが、笑顔で迎えてくれる。
怒っていないようなので、ホッとした。
手を洗ったあと、席に着く。
家の中は、ふんわりと甘い香りで包まれていた。いったい、何を作ってくれたのか。
マクシミリニャンが真面目な顔で、アニャに問いかける。
「アニャよ、何を作ったのだ?」
「蜂蜜の蒸しケーキよ。たくさん食べてね」
「ありがとう」
アニャは蒸しケーキを切り分け、拳より大きな塊を皿に置いてくれた。
そのまま食べるのではなく、さらに蜂蜜をかけるらしい。
「あれ、蜂蜜かと思ったけれど、違う?」
「これはケーキシロップよ」
砂糖と蜂蜜、ナッツパウダー、メープルシロップにウォッカを効かせて煮詰めたものらしい。
甘い菓子に蜂蜜をかけると甘ったるくなるので、作ったものだとか。
いったい、どんな味がするのか。楽しみだ。
アニャはケーキシロップを匙で掬って、たらーりとたっぷり垂らしてくれた。
テーブルにはナイフとフォークは置いていない。
ちらりと、マクシミリニャンを見てみる。
ケーキシロップでひたひたになるほどの蒸しケーキをがしっと掴み、豪快にかぶりついていた。膝に広げたナプキンにケーキシロップが垂れるが、気にしている様子はない。
その後、砂糖や蜂蜜を入れていない野草茶をごくごく飲んでいた。
マクシミリニャンは一人、コクコクと頷いている。おいしかったのだろう。
手掴みで食べるのがマナーのようなので、彼に倣って食べる。
蒸しケーキはふわっふわで、力を少し入れただけで崩壊してしまいそうだ。
優しく掴み、ケーキシロップを垂れるのを気にせず頬張った。
「んん!!」
蒸しケーキは夢みたいにふかふかで、しっとりしている。ケーキシロップの香ばしいような甘さが、蒸しケーキを優しく包み込む。
「おいしい!!」
そう言うと、アニャは笑顔で「よかった」と返した。
穏やかな昼下がりを、アニャやマクシミリニャンと共にのんびり過ごした。