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幕間 ツィリルの花畑養蜂園記録
イヴァン兄にぃがいなくなってから、花畑養蜂園はとんでもない状態になってしまった。
「ねえ、これ、どうするんだっけ?」
「わからないわ! いつも、イヴァンがしていたものですもの!」
イヴァン兄は、花畑養蜂園の“柱”だった。名前のない仕事を毎日せっせとこなし、花畑養蜂園をしっかり支えていたのだろう。
イヴァン兄がいなくなった今、みんな混乱状態になっていた。
仕事が思うように片づかず、作業は暗くなってからも行われていた。
みんな、くたくただった。
イヴァン兄の偉大さを、改めて実感してしまう。
人のいいイヴァン兄は、仕事の流れを書き起こしたものを残してくれていた。
仕事を覚えた日に、長年かけてコツコツ書いていたものなのだろう。一枚目とおぼしき紙は、色あせていて端がボロボロだった。
けれど、それも活用されないまま、放置されている。
女性陣のほぼ全員、文字が読めないのだ。物心ついたときから働いていたので、文字を習う暇がなかったらしい。
伯父さん達だって、読める人はごく一部。
これは我が家だけではない。街の人達もそうだろう。
学校は金持ちが通うところという認識なので、読めなくても生きていける。
イヴァン兄は教師だったお祖父ちゃんから習ったらしい。俺も、少しだけ教えてもらった。半分くらいなら、読める。
読んであげようかと言っても、それを聞く時間なんてないと返されてしまった。
みんな、朝からバタバタだ。特に、お祖母ちゃんが一番忙しそう。
いつでもどしんと構えて、何があっても動じない人だと思っていた。けれど、イヴァン兄が出て行ったことによって、余裕がなくなっているように思える。
信じられないことだが、俺すら当たり前のように知っていることを、みんな知らないのだ。
「ツィリル、給餌器の換えはどこにあるか知っている?」
「第二倉庫の、左側にある棚の上だよ」
「ありがとう」
イヴァン兄に習ったことをいろいろ教えていたら、一日中「ツィリル!」、「ツィリル!」と名前が叫ばれるようになった。
以前まで、「イヴァン!」、「イヴァン」だったのが、俺にすり替わっている。
このままではいけない。そう思って、情報料とお手伝い賃を取るようにした。飴玉一個とか、クッキー一枚とか、そんなささいなものである。
けれど、みんな怒った。
これまで、イヴァン兄が無償でしてくれたので、腹が立ったのだろう。ここで負けるつもりはない。「だから、イヴァン兄は出て行ったんだよ」と言うと、しぶしぶと対価をくれるようになった。
同時に、お祖母ちゃんはこのままではいけないと思ったのだろう。家を変えようと、改革を行った。
これまで働いていなかった伯父さん達に、労働を命じたのである。
当然、反発が起こった。
だが、お祖母ちゃんは負けない。
反発を行った者には、食事を出さないようにしたのだ。
衣食住を支えていたのは、女性陣。自分達がこれまで誰に依存して生きていたか、知らなかったのだろう。
人はお腹が空くと、根本の考えを変えてしまうらしい。
伯父さん達は、イヤイヤながらも働くようになった。
ただ、みんなで力を合わせて働いても、イヴァン兄にしかわからない問題が浮上する。
それは、蜜蜂の病気について。対処法が書いていたものの、なんだか難しくて、イマイチ理解できないでいた。
そんな中で、サシャ兄が戻ってくる。
俺はすぐさま叫んだ。サシャ兄も、病気の対処法を知っていると。
その昔、サシャ兄とイヴァン兄は、揃って養蜂園で働いていた。イヴァン兄が知っていることは、ほとんどサシャ兄も知っている。
お祖母ちゃんは嫌がるサシャ兄を引きずって養蜂園に連れて行き、病気の対策をさせた。
その後、蜜蜂の病気は治り、養蜂園に平和が訪れたのだ。
みんな、イヴァン兄がいなくなってから、変わろうとしている。
サシャ兄でさえ、最近は自分から働くようになっていた。
イヴァン兄の友達であるミハルも、驚くほどであった。
みんな、いい方向へと向かっているような気がする。
イヴァン兄のおかげだろう。
ただ、ロマナ姉ちゃんだけは、いい方向へ向かっていないらしい。
修道女がお祖母ちゃんを訪ねにやってきて、「具合を悪くしているので見舞いに来てくれないか」と頼み込みにきたのだ。
誰にも看病させずに、一人で苦しんでいるらしい。
ちなみに、サシャ兄はロマナ姉ちゃんと会えないようになっている。まあ、当たり前だけれど。
この辺の問題は、時間が解決するものだと、お祖母ちゃんが言っていた。
よくわからないけれど、いつかロマナ姉ちゃんが笑顔で働けるようになってほしいと願っている。
イヴァン兄は、今頃どうしているだろうか?
あの、優しいおじさんのもとで、かわいいお嫁さんと幸せに暮らしていたらいいなと思った。