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養蜂家の青年は、熟成させた山羊のチーズを食べる

 アニャは昼食に、山羊のチーズを出してくれた。一週間ほど、熟成させたものらしい。驚くほど真っ白である。

 山羊のチーズもまた、苦手意識があった。けれど、ミルクがあれだけおいしかったので、このチーズもこれまで食べていたものとは違うのだろう。

「ちょっとクセがあるかもしれないから、蜂蜜をかけたほうがいいかも」

「チーズに、蜂蜜!?」

 未知なる組み合わせである。果たして、合うのだろうか。

「山羊のチーズは酸味があるから、蜂蜜との相性がいいのよ。食べてみなさい」

 アニャは問答無用で、山羊のチーズに蜂蜜を垂らしてくれた。

 そのまま食べるよりも、蜂蜜がかかっているほうが食べやすいかもしれない。

 それでも、どきどきしながら食べる。

「おいしい!」

 酸味はヨーグルトのようなものと表現すればいいのか。あっさりしていて、さわやかな味わいである。

「熟成が進んだら、味の濃さも変わってくるのよ」

「へえ、そうなんだ」

 蜂蜜とチーズがこんなにも合うなんて、知らなかった。

 あっという間に、ペロリと平らげてしまう。

 そのあと、蜂蜜をかけていない山羊のチーズも食べたが、普通においしかった。

 やはり、山羊のミルクは管理が命なのだろう。

 ◇◇◇

 早春の養蜂家の仕事は、餌は足りているか、女王はきちんといるか、病気が出ていないか、雄蜂が増えすぎていないか――巣箱を巡回して、しっかり確認しなければならない。

 春の盛り、もっとも蜜蜂が忙しくなる流蜜期に向けて、花蜜を集める蜜蜂のサポートに徹するのだ。

「そういえばイヴァン。もうお昼を過ぎたけれど、体や傷の調子はどう?」

「筋肉痛以外は、特に痛みはないかな」

 昨日、大角山羊に乗ったからか、尻と腿付近が筋肉痛になっていたのだ。

 しかしまあ、我慢できないほど痛むわけではない。

「筋肉痛以外に、不調はないよ。いつもより、調子がいいくらい」

「だったらよかったわ」

 三食まともに食事を食べていたからだろうか。肌の調子はいいし、夜はよく眠れる。活力だって、いつも以上にある気がした。

「元気だから」

「よかったわ」

 本日も、大角山羊に乗って野山を駆け巡るらしい。昨日みたいな崖には登らないというので、ホッと胸をなで下ろす。

 アニャと共に、大角山羊に跨がり、次から次へと巣箱を確認していく。

 この時期は次々と蜜蜂が生まれるので、蜜箱に継箱を重ねておく。

 トチノキに、アカシア、ハナスグリなど、街のほうでは見かけない樹から蜂蜜を作っていた。それだけでなく、ノバラにブラックベリー、リナリアなど、野山に自生する花からも蜜を集めているようだ。

 花を育てて蜜を採る実家の養蜂とは異なり、アニャとマクシミリニャンは山に自生する木々や花から採った蜜で養蜂を営んでいる。

 自然との共存で行わなければならないので、苦労は尽きないようだ。

「巣箱が獣に荒らされているのはしょっちゅうだし、天敵となる虫も多いの」

 特に、蜜蜂の天敵となるスズメバチの活動が活発化する夏には、駆除のために数日費やすときもあるという。

「スズメバチはね、捕まえた途端、蜂蜜漬けにしてやるのよ」

「え、何それ」

「スズメバチの蜂蜜漬け、知らないの?」

「初めて聞いたよ」

 なんでも、二年間ほど蜂蜜に漬けると、毒成分が蜂蜜に溶け出すらしい。

「え、毒が溶け出したら、ダメなんじゃ……?」

「スズメバチの毒は、口から含むと人にとって薬になるのよ」

「は!?」

 目が点となる。スズメバチに刺されたら、肌はとんでもなく腫れるし、とんでもない痛みに襲われる。スズメバチに襲われて死んだ人だっているくらいだ。

 その毒が、口から含むと薬になるなんて信じられない。

「スズメバチの毒は、胃や腸の中で分解されて、疲労回復、美肌効果に、鎮痛、殺菌解毒作用、利尿作用など、体にいい効果をもたらすわ」

 アニャは胸を張って主張しているが、本当なのだろうか。食べた瞬間に、口が腫れてしまいそうだ。

「ちなみに、昼食のときに山羊のチーズにかけた蜂蜜だけれど、スズメバチを漬けていたものだから」

「え!?」

「あなた、おいしいって言ってパクパクたべていたわよね?」

「食べていたけれど……!」

 まさか、スズメバチ入りの蜂蜜を食べさせられていたとは。

 コクがあっておいしい蜂蜜だった。

 

「別に、なんともないでしょう?」

「それどころか、調子がいいくらい」

 スズメバチの毒は、驚くべきことに口から含むと薬と転ずるらしい。

 人体は、いったいどうなっているのか。

 謎が深まるばかりである。