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第8話 新歓はこう振る舞う!!

 嫁とのランチ以降、彼女から俺に関わってくることはなくなった。まああんな微妙な終わり方をすればそうもなるだろう。そしてオリエンテーションはとくにトラブルもなく過ぎていった。そして土曜日がやってきた。

「あら?あんた来るの早くない?まだ約束の時間20分前だけど?」

 待ち合わせ場所は下北沢駅近くのカフェだった。店内にはすでに綾城がいて、優雅に紅茶を愉しんでいた。

「俺はこの街に住んでるから早くて当たり前なんだよ。そういうお前だって早いじゃん」

 俺が今住んでいるのはこの街だ。下北から駒場キャンパスまではほんの数駅足らずだし、その気になれば歩いても自転車でも行ける。

「あら?ここに住んでたのね。なら先に言って欲しかったわね。あたし昼間は服屋巡りしてたのよ。荷物持ちにしてあげたのに」

「へぇ。何か買ったの?」

「今羽織ってるジャケット。大人っぽくていいでしょ?」

 今日の綾城はツーサイドアップだった。そして例によって中二病臭い黒×ピンクなスタイル。ただいつもよりはなんか大人っぽい仕上がりだった。とくにライダーっぽいジャケットがなんか大人感を出している。

「いいと思うよ。シャツにもあってると思うし、大人の女って感じがするよ」

 地雷系要素は残っていて、かつ大人っぽさを両立させるのって普通にすごいと思う。綾城が並外れた美貌の持ち主だから可能なのだろうけど。

「ありがとう。でもあたしはまだ大人とは言えないわ。誰とも夜を過ごしたことがないもの。この体は痛みも甘さもまだ知らないから…」

「隙あらば下ネタ入れるよね!どうしてそんなに下ネタ好きなの!言っとくけど俺じゃなきゃみんなドン引きしてるからな!!あと今日の新歓では絶対にそういうの口にするなよ!」

「ふふふ、わかってるわよ。飲みの場で下ネタなんて口にしたら、非モテ童貞ボーイに勘違いされちゃうものね。…どうしてすぐに勘違いするのかしら…ふぅ…」

 あっ何か闇深そうな発言してる。これはスルーしておこう。俺だって本質的には非モテ側だ。タイムリープしているから、体は童貞だしね。…そもそも嫁しか女知らないし、浮気されてるし、むしろ俺は真正の童貞なのではないだろうか?

「で、今日の新歓やるサークルってどういう団体?」

「そうね。真面目系よ。大学公認団体で教育学部の教授が指導もしてるしっかりしてるところ。教育問題のNGOに近いかしら?」

 そのサークルなら知っている。ちゃんと立派な活動をしている正しい意味での意識高い系サークルだ。

「あれ?ガチ系じゃん。何に惹かれたの?」

 正直驚いた。綾城は根っこには真面目さ見たいなものがあるとは思っていたが、ほんまにガチっぽい。彼女相手に好感が湧いてくるのを感じた。

「教育問題は多岐にわたるけど、今日のサークルは貧困層の教育格差の解消支援を行ってるの。あんたならわかるでしょ?うちの大学に入るためにどれくらいのお金がかかった?」

「そうだねぇ。俺は公立の高校出身だったけど、予備校費用はかなり掛かったね。正直数えたくもない」

「あたしもそう。あたしは私立の名門進学校の出身。そこの学費だけでなく、家庭教師や予備校、さらには参考書代。いっぱいお金がかかってる。幸いうちの父はお金持ちだから全然問題はないのだけどね」

 うちの大学には一つ闇がある。国立大学は学費が安い。だが入試難易度は半端じゃないのだ。それを突破するためには、予備校や参考書などシャレにならない額の金がかかる。だからうちの学校の平均所得は私大よりも高い。なんていう話がまことしやかにささやかれている。実感的にも同級生は金持ちが多いような気がする。これは明らかにおかしいと思う。金持ちが入りやすい大学の学費が安く、金がなくて勉学が出来ない者たちは学費の高い私大に行くしかない。理不尽な格差がそこにはある。卒業後もうちの大学を出れば、かなり社会で優遇される。高学歴は高収入への切符なのだ。そしてその格差は永遠に再生産され続ける。

「そのサークルはオリジナルのテキストを作って配布したり、ネットを使って大学受験対策の授業動画を無料で配信したりしてるの。あたしはそういうのに関わりたいって思ってる」

「…そうか、うん。そういうのいいね。うん。誰かの為になることはいいことだ」

「そう言ってくれるならあたしも嬉しい。というわけであなたには今日の新歓であたしに協力してほしいの」

「弾避けだな?」

「そっ。男共があたしに群がってくるから、『俺の女に手ぇ出すなぁ!』ってオラついてて頂戴」

「ええぇ。それはちょっとなぁ…痛いやつじゃん!まあ壁にはなるよ。俺が傍にいればそれなりに男共はふるい落とせるだろうし」

 それでも多分ワンチャン狙いで近づいてくる奴はいっぱいいると思う。

「今日のサークルはセレクションあるのよ。それも教授たちが面接するガチな奴。ちゃんと顔を売っておきたいわ」

「…なあそれなら普通の恰好をしてくるって発想は出てこなかったの?」

 セレクションあるサークルならもしかしたら新歓での行動も見ている可能性がある。変な服を着ていると、不真面目に取られて落とされるかもしれない。もっとも綾城みたいに顔がよければあんまり関係ないかも知れないが。

「自分を偽るつもりはないわ!あたしが好きなのはこういうファッション!それを含めて受け入れさせる!じゃなきゃ入った後も気持ちよく活動できないでしょ!!」

 綾城は堂々と胸を張ってそう宣言した。わがままもここまで通せば立派に見える。これなら大丈夫だろう。

「ほう。まあちゃんと考えてるならいいよ。オーケーオーケー!」

 俺はお冷やのコップを掲げる。綾城も俺の動きを見て察したのか、紅茶のカップを掲げた。

「「セレクション合格を祈って、乾杯!!」」

 俺たちは勝利を目指すために乾杯した。

「ところで自分が飲める酒の限界量はわかってる?」

 変に調子に乗って飲み過ぎてダウンするとかはやめて欲しい。そうなると俺が介抱する羽目になる。

「大丈夫よ。昔から父とよく飲んでるから。ワインを一瓶イッキ飲みしても思考はしっかりしてたから大丈夫よ」

 ワイン一瓶の一気飲みってすげぇな。絶対に真似しちゃいけない奴だ。というか綾城は現役生だから、その昔から飲んでるって…。

「昔から…?あっ…」

「そうよ。察したらな黙ってなさい。女の過去は掘らない方がいいわ。うふふふふふふ」

 いい女風に言ってもやってることやべぇわ。触れるのはやめておこう。

「まあ限界量がわかってるならいいかな。あはは!」

 そして俺たちは新歓の会場の居酒屋に向かったのだった。

 新歓で重要なことはなにか?それは多岐にわたる。個人的にはまず第一に座る場所だと思ってる。親切なサークルの新歓は新入生と先輩たちが上手く混ざるように配置を誘導したりする。一番いいのは席のくじ引き形式だと思ってる。だが今回はちょっと別だ。綾城と離れるのは避けなければいけない。だがその心配は杞憂だった。今回の新歓は広いお座敷の自由席。ちなみに新歓での席取りのコツは早めに行かないことだと思ってる。席が半分くらい埋まったタイミングでサークルで一番偉い先輩の近くに座るのがコツだ。新歓で堂々と先輩の近くに座る奴は可愛がられるものだ。顔を覚えてもらうことが何よりも大事。そして可愛い女の子の近くは逆にやめておいた方がいい。新歓はぶっちゃけるが出会いの場ではない。陰キャな俺は一周目の世界でちゃんと観察していたからわかる。女子も新歓で口説かれるのをあんまり好まない。女子たちは先輩に構ってもらいたがる傾向がある。そう思ってる。もっともここら辺は今後も研究の必要がありそうだ。いずれはそういう攻略法を練り上げて陰キャたちを救いたいものだ。

「で、何処に座ったらいいのかしらね?」

「まあちょっと待って」

 当然俺はこのサークルの人間関係も少しだが未来知識に入ってる。まず狙うべきは現代表の近く。だがすでにそこらへんは埋まってた。なので狙うのは。

「あのメガネの女性の前がいい。あの人は多分次の代表になるはずだ」

 暗めの茶髪に染めた、眼鏡をかけた地味系女子がいた。未来で会ったことがある。その時はこのサークルの代表を務めていた。

「なにそれ?根拠は?」

 未来の知識です!なんて言えるわけもないので、適当に誤魔化す。

「あの人教育学部の二年生だよ。この間学校ですれ違ったからわかる」

 まあ嘘ですけど。綾城は怪訝そうな顔してたが、頷いてくれた。

「そう。あなたが言うならそうしましょう」

そして俺たちはその二年生の前に座る。先輩が俺たちに目をじろっと向けてくる。ガンつけてる。わけではない。真面目だから自分から声を出せないだけ。この人は真面目系陰キャだ。だからこっちから声をかける。

「始めまして、先輩。俺は建築学科一年の常盤。この子は法学部の綾城です。今日はよろしくお願いします」

「あっ。はい!よろしくお願いします!私は教育学部二年の賀藤です」

 個人的に真面目系相手ならフルネームでなく、苗字だけの自己紹介でもいいと思う。陰キャはウェイウェイ系のすぐに下の名前で呼び合う文化が嫌いだ。この人もそういうのを嫌うタイプ。

「そう言えば俺、賀藤さんとこの間学食ですれ違った気がするんですけど、確か日替わり頼んでませんでした?」

「あっうん!そうそう!水曜日の日替わりのコロッケ美味しいんですよ!というかすれ違ってたんですね!へぇすごい偶然ですね!面白いですね!」

 嘘です。俺は嫁から逃げ回るために学食には一切近寄らなかった。

「へぇそうなんですかぁ。今度食べてみます!楽しみだなぁ。あはは」

 朗らかに打ち解けられた。賀藤先輩の顔は穏やかな笑みで満たされている。その時、太ももに柔らかくてくすぐったい感触を覚えた。綾城の指が俺の太ももに人差し指を押し当てていた。綾城は赤い唇に微笑を湛えていた。そして俺の太ももを指で撫でていく。

う・そ・つ・き。

綾城は俺の太ももにそうなぞった。その指の感触はくすぐったく、とても甘いものだった。ニヤリと悪戯っ子のように笑う綾城の青い瞳はたまらなく色気に満ちていた。

「えー。新入生の皆さん!時間になりました!新歓を始めようと思います!グラスをもってください!皆様入学おめでとう!カンパーイ!!」

『『『『『『カンパーイ!!!』』』』』』

 そして新歓は始まった。