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# 103 ランクアップ
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
バインド・バイパーを発見し、斃す。
やや硬いが、1匹であればさほど問題ないと判断する。
追加でもう1匹斃してみるが、魔法であれば大して脅威では無い。
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 森から出た俺たちは足早に町に戻り、ギルドへと向かった。
 2匹目のバインド・バイパーを斃し、帰還しようとした所で2匹のオークを発見、これを斃していたため少し予定が狂ってしまったのだ。
 避けること自体は難しくなかったのだが、オークの巣の殲滅を報告すれば魔石の高価買い取り期間も終了することを考えれば、見逃すのも惜しかった。肉の確保もできるしな。
「あまり混んでなければ良いんだけど……」
「まだ大丈夫じゃないか? 木こりの護衛をしている冒険者が戻ってくるのは、もう少し後だろ?」
 俺たちは別に目立ちたいわけじゃ無いので、報告自体が面倒と言えば面倒なのだが、世話になっているディオラさんへの義理もあるし、そもそもオークリーダーの魔石を売れば、必然、解ってしまうことでもある。
 であれば、普通に報告した方が印象も良いだろう。
 そんな話をしながら入った冒険者ギルドの中は、いつも通りやや閑散としていた。何とか、忙しい時間帯は避けられたようだ。
 カウンターに座っていたディオラさんもすぐにこちらに気付き、ニッコリと笑って声を掛けてきた。
「おかえりなさい、みなさん」
「ただいま、ディオラさん。いつも通り、納品を」
「はい、それでは裏に」
 そうディオラさんに促され、裏の倉庫へと移動する俺たち。
 最近はオークの納品ばかりだから、カウンターで処理する機会がめっきり減り、いつもこちらに移動するはめになっている。さすがに表のカウンターに並べるには、オークの肉は大きすぎるからなぁ。
「ハルカさんたちは最近、コンスタントにオークを納品してくれますよね。そろそろオークの巣が全滅しちゃうんじゃないですか? うふふふっ」
 おや、ナイスタイミング。
 冗談っぽく笑うディオラさんに俺は頷いた。
「はい、実は殲滅が終わりました」
「ふふふ……はい? え、殲滅?」
 ディオラさんは表情を凍らせ、首をかしげて、そう聞き返してきた。
 それに対して再び頷く俺たち。
「東の森にあった巣にいたオークは、ですけどね」
「討ち漏らしが居ないとは言えないけど、オークリーダーも4匹斃して、巣も破壊したから」
「オークリーダーを4匹、ですか!?」
「ええ。これ、魔石ね」
 ちょうど倉庫に着いたので、そこのカウンターの上にハルカがオークリーダーの魔石を4つ、それに普通のオークの魔石も10個あまり並べる。その隣に、俺たちもオークの毛皮を並べていく。肉はもちろんキープ。
「ちょ、ちょっと待ってください……確かに、オークリーダーのようですね」
 手に取った魔石を何かの道具の上に乗せて、その目盛りを読み、ディオラさんが少し信じられないような表情を俺たちに向けてくる。
 だが、俺的にはその道具が気になるんだが……。
「ディオラさん、それって何なんだ?」
 と思っていたら、トーヤが訊いてくれた。
「これですか? これは魔石の魔力量を計る魔道具です。魔物の名前までは判りませんが、このあたりなら魔物の種類も限られますから、あまり問題は無いんです」
 魔物の名前まで判定してくれる、もっと高性能な物もあるようだが、魔石の買い取り価格は魔力量で決まるので、実用上は問題が無いらしい。ちなみに、トーヤの【鑑定】でも魔物の名前が分かるのだが、トーヤの知らない魔物の魔石であっても同じなのかは解らない。
「オークリーダーの魔石が4つに、オークの魔石が12個ですか……。本当なんですね。普通、ランク2の冒険者ができる事じゃ無いですよ?」
 若干呆れたようにディオラさんが言いながら、ため息をつく。
「いきなり攻め込んだわけじゃ無くて、ちょっとずつ減らしましたから。今までもオークを持ち込んでましたよね?」
「確かに、オークの巣1つ分ぐらいは持ち込まれてますね。でもまさか、オークリーダーを斃せるほどだとは……」
 普通のオークであれば、ランク2ぐらいのパーティーでも斃せる強さなのだが、オークリーダーとなると、一気に難易度が上がる。ギルド主催のオーク殲滅依頼でも、オークリーダーの討伐では怪我人は当たり前、死人も普通に出るらしい。
「ちなみに、高ランクの冒険者なら?」
「高ランクの人たちは凄いですからねぇ……。オークぐらいなら、鼻歌を歌いながら、片手で切り捨てますよ。さすがにオークリーダーになると、そんなことをできるのは極一部ですけど」
 おおぅ、極一部でも、あれを鼻歌交じりに切り捨てられる人がいるのか。想像以上に冒険者のレベルが高かった。
「もちろん、そんな人たちはこの街にはいませんけどね。以前、オークの巣の殲滅が遅れて、オークジェネラルが発生したときに、代官様が大金を払って呼び寄せた事はあるんですけど」
 そんな高ランクへの依頼料は莫大らしく、結果的に代官は責任を取らされ、領主に更迭された。
 それを教訓に、以降に派遣されてきた代官は、適当なところで冒険者ギルドに補助金を払い、巣の殲滅を行わせているんだとか。
「あとは、オークの毛皮ですね。さすがに肉は持ち帰れませんでしたか」
「………」
 もちろん持っているのだが、マジックバッグの容量について話すつもりは無いので、沈黙を保つ。容量あたりの単価で言えば、肉よりも毛皮の方が高いので、ディオラさんも不審には思わなかったのだろう。
「……はい、査定完了です。報酬をお渡ししますので、カウンターの方へ。あと、ランクアップもしますので、支部長にも会ってもらえますか?」
「あ、ランクアップするんだ?」
「はい。さすがにオークの殲滅をしたハルカさんたちを、ランク2のままにしておくのは。素行に問題も無いですから。ちょっと待っていてください」
 逆に言えば、素行に問題があれば、強くてもランクは上がらないのだろう。
 倉庫から出て行ったディオラさんを待つこと数分ほど。戻ってきた彼女に案内されて俺たちはギルドの3階に移動し、奥の部屋の前に立った。
 何の変哲も無いドアだが、ここに来たということは、ここが支部長の部屋なのだろう。
「支部長、入りますよ?」
「おう」
 ディオラさんが扉をノックして、返答が聞こえるか聞こえないかの段階で扉を開き、中へと入る。
 その後について入った部屋の中は、特に豪華ということも無い、ごく普通の部屋だった。
 左右の壁際に置かれた棚の中には木箱が詰め込まれていて、その下の床にも木箱が積まれ、むしろ雑然としている。
 部屋の奥には机が置かれ、そこに座っていたのは初老に足を踏み入れた男。
 髪の生え際は少し後退しているが、それなりに鍛えられた身体を見るに、元は冒険者なのかもしれない。
「そいつらがディオラが言う有望な冒険者か?」
「はい。若者特有の根拠の無い自信や無謀さもなく、堅実に仕事を熟してくれる方たちです」
 少し値踏みするような視線で俺たちを見ていた支部長は、一つ頷くと、椅子の背もたれに身体を預けた。
「ふむ……まぁ、副支部長がそう判断したのなら、俺は反対はしない。俺がラファンの町の冒険者ギルド支部長、マークスだ。短い間だろうが、よろしく頼む」
 何やら投げやりな言葉だが、低ランクの冒険者相手ならこんな物か。
 それより、ディオラさんって副支部長だったんだ?
 幹部とは訊いていたが……。
「支部長! もっとちゃんと挨拶してください! 珍しくこの街に定住してくれそうな冒険者なんですから!」
「……なに?」
「すでにこの街に土地を買って、家も建てています。ねぇ?」
「はい、先日完成しました」
 ハルカがそう言って頷くと、マークスさんは急に表情を改めて立ち上がると、笑顔を浮かべてこちらに近づいてきた。
「おぉ、これはすまん。ランク4ぐらいになると、この街を離れる冒険者が多くてな。ランクに見合う適当な仕事が無くてな」
「無いんですか?」
「無いな。お前さんたちみたいにマジックバッグ持ちならオークで稼げるが、そうで無ければなかなか稼げなくてなぁ……」
 ランク1、2ぐらいからできる『木こりの護衛』の仕事。
 これの次の仕事が、この街には無いらしい。
 戦闘のランク的にはオークあたりがちょうど良いのだが、このあたりのオークは通常、街道の近くまでは出てこず、狩るためには森の奥まで行く必要がある。
 そうなるとマジックバッグ持ちでなければ、素材の持ち帰りに支障が出て稼げない。
「そんなわけで、期待しているぞ、ハルカ、ナオ、トーヤ、ナツキ、ユキ」
 マークスさんはそう俺たちの名前を呼びながら握手をして、肩を叩いた。
 俺たちに会ったのは初めてにもかかわらず、誰の名前も間違えていないところを見ると、興味なさそうでありながら、きちんと特徴と名前を覚えていたのだろう。
 ちょっと脳筋っぽいのに、かなり有能である。
「しかし支部長、先ほど報告したように、東の森のオークはすでにハルカさんたちが殲滅していますので……」
「そうなんだよなぁ。ギルドとしちゃ、適当な仕事が紹介できないのは申し訳ないんだが……。北の森で木を切ってきてくれりゃあ――」
 小さい声でそう口にしたマークスさんに、ディオラさんが厳しい目を向けて言葉を遮った。
「支部長! ハルカさんたちを殺すおつもりですか!?」
「わーってる、わーってる。単なる希望だよ。せめて山脈の麓まで道を付けられりゃ、護衛だけならランク4、5ぐらいでも、なんとかなると思うんだがなぁ」
 そのあたりのランク向けの仕事が無い事が冒険者が町を離れる原因となっているのは、支部長としても把握していて、以前からそれの解決策を模索しているらしい。
 また、この町の代官も、北の森の奥で伐採できる銘木の不足には頭を悩ませていて、ギルドへの銘木買い取り依頼の他、伐採しやすい環境の整備にも補助金を出すという姿勢を示しているという。
 だが、道を付けるためだけに、外部から高ランクの冒険者を呼び寄せるほどの資金は無く、内部で賄おうにも条件を満たす冒険者の絶対数が足りない。その上、町で育った冒険者もランクが上がると、仕事が無いので流出する。
 必然的に、支部長の構想は長い間停滞を続けているわけである。
「あの、申し訳ありませんが、北の森に道を付けることなんて無理ですよ?」
 ナツキが躊躇いがちにそう言うと、マークスさんが、ガハハ、と笑って頷いた。
「もちろん、そんなことは解ってるし、頼みゃしねぇよ。ディオラに殺される」
「支部長……?」
 ディオラさんがニッコリと笑ってマークスさんを見上げる。
 目は全く笑っていないが。
 その視線にマークスさんは慌てたように首を振った。
「あぁ、いやいや、ディオラは冒険者思いだからな! うん、素晴らしいことだと思うぞ」
「ですよね? 無理な仕事を斡旋するなんて、最低ですよね?」
「勿論だとも!」
 和にこやかに頷くディオラさんに合わせてマークスさんも頷いているが、その額には汗が浮かんでいる。
 うーむ、実は力関係的には、ディオラさんの方が上なのだろうか?
 ディオラさんって、時々、結構迫力あるしなぁ。
「お前たちは普通にこの街に居て、可能ならランクを上げてくれりゃそれで良い。成功している奴が身近にいれば、多少は町に残る冒険者も増えるだろうさ」
 そう言って笑ったマークスさんだったが、そこにディオラさんが水を差す。
「そう上手く行きますかねぇ。結局は仕事が無いのが原因なんですから。ハルカさんたちは上手くやっていきそうですけど、他の冒険者は……」
「そう言うなよ、ディオラ。正直、手詰まりなんだ。少しぐらい期待しても良いだろう?」
 マークスさんはため息をつくと席に戻り、少し疲れたように腰を下ろした。
「期待するのは自由ですが、ハルカさんたちにプレッシャーを掛けないでくださいね?」
「解ってるさ。だがなぁ……ディオラ、なんか案は無いか?」
「それを考えるのが支部長の仕事でしょう? 部下に愚痴らないでください」
 ディオラさんは呆れたような視線をマークスさんに向け、こちらもまたため息をついた。
 うーむ、そろそろ俺たちは退出しても良いのだろうか?
 と思ったら、ハルカがディオラさんに声を掛けた。
「あの、そろそろ私たちは良いですか?」
「そうでしたね。それでは皆さんは下のカウンターへ」
「あぁ、すまなかったな。できる範囲で良いから頑張ってくれ」
 マークスさんから苦笑交じりの激励をもらい、ディオラさんは俺たちを連れて部屋を出たのだった。