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# 121 ソースを作ろう! りたーんず (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
トミーにローラーの作製を依頼。それができるまで休日にする。
ユキがその期間を利用して、インスピール・ソースをバリエーション作る事を提案。
それぞれが2種類仕込み、翌日は斧や鋸を追加購入する。
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「場所はここで良いか?」
「そうですね。ここはこんな感じで――」
 店から戻ってきた俺とユキは、庭の片隅に2つの建物を作っていた。
 1つは燻製小屋。構造を知っているというナツキの指導で、先日作ったトーヤの鍛冶小屋(と言っても、3畳ほどで小さな炉があるだけなのだが)の隣に、これまた小さな小屋を土魔法で作る。
 耐震基準なんて何のその。万が一地震でも起これば崩れる可能性大なのだが、住むわけではないし、屋根は雨だけ防げればオッケーと、かなり薄い構造にしているので、落ちてきても怪我をする事は無いだろう。俺たちであれば。
 そもそもここの街の知り合いに訊いた範囲では、地震なんて知識でしか知らないらしいので、起きる可能性はほぼゼロ。
 それにもし崩れても簡単に作り直せるのだから、手間を掛ける理由も無い。
「良い感じです。これなら、冷薫、温薫、熱薫、どれでも対応できます」
「へぇ、燻製って、そんなに種類があるんだ?」
「はい、それぞれ違いがあって面白いですよ?」
 もう1つは木材置き場。
 幹の部分はそのまま売れば良いとして、枝の部分は木材として売るにしろ、薪にするにしろ、燻製のチップにするにしろ、処理が必要になる。
 そのための建物である。
 こっちはやや広めだが、ただの小屋なので特筆すべき事は何も無い。
 取りあえず、伐採した枝を小屋の中に積んでおくだけである。
 これらは適当に時間を見つけて、処理する事になるだろう。
            
「インスピール・ソース、発・表・会~~! どんどんぱふぱふ~~!」
 昼食後、のんびりと一息ついていた俺たち。
 そんな中1人立ち上がって気炎を吐いたのはやっぱりユキだった。
「一等賞になった人には豪華賞品が! ――あったら良いな?」
 そんな事を言いながら小首をかしげるユキに、俺は苦笑した。
「一気に弱気だな、ユキ? 賞品進呈は無いのか?」
「提供できる物なんてないもの! ハルカ~、なんか無い?」
「そんな事言われてもね……提供できるような品物は無いし。――優勝者のお願いを1つ、ユキが叶えるってのは?」
「なるほど、それならコストはかからないね! でも、私だけ?」
「発案者だし?」
「そ、それはそうだけど~~。せめて、優勝者が誰か1人にお願いが出来るにしようよ。私が勝ったら悲しいじゃん」
「……まぁ、良いんじゃないかしら? みんなもそれで良い?」
「うん、まぁ、この面子なら良いか」
 妙な事を言う奴も居ないだろうし、余興としてはありだろう。
 ナツキとトーヤも、まあ良いか、とでも言うような表情で頷いた。
「それじゃ、誰から披露する?」
 それぞれの作ったソースの壷が2つずつテーブルに並び、小皿がたくさん準備されたところで、俺がそう言って全員を見回すと、応えたのはハルカだった。
「誰でも良いと思うけど、私から行きましょうか? まずはAの方からね」
 ハルカがフタを開けた壷からソースをちょっとずつ小皿に取り、全員に回す。
 色は……黒いな。今までの物と比べて。粘度も高い。
 それをスプーンでちょっと掬って一口。
「甘っ! なんだこれ!?」
 想像していた味と全く違ったため、思わず声が出る。
 甘辛いは想像していたが、これは純粋に甘い。
「まるで黒蜜ですね。ちょっと砂糖とは違う風味はありますが」
「ハルカ、何入れたの? 砂糖は高いよね?」
 不思議そうな表情を浮かべたユキにハルカが応えた内容は、予想外の物だった。
「実はこれ、イモしか入れてないの。しかも1種類だけ」
 イモだけでこの味かよ……。
 確かにイモが甘みを出すとは聞いていたが、想像以上である。
「ソースとはちょっと違いますが、砂糖が高いここでは、使い道は多そうですね」
「そのまま舐めても美味いけどな!」
「砂糖に比べるとクセがあるが、貴重な甘味ではあるな」
 単純に砂糖代わりに使う事は難しいだろうが、原料がイモなら、気軽に使える。
 ハルカたちには、是非お菓子を作って欲しい。
「一応は成功みたいね。次、Bの方はこれ」
「こっちは食べる前から匂いがきついな」
 色はやっぱり黒っぽいのだが、舐めてみると……こちらはあまり味が無いな。
 ほんのり甘みはあるが、とにかく香りが強い。
 あと少しの刺激。ピリッとした感じで、はっきり言えば美味しいとは言えない。
「こっちはニンニクとかネギっぽい物を入れたソースね。こちらも料理に使う事を考えて作ってみたんだけど……」
「香味油の様な使い方が良いかもしれませんね」
「ちょっと混ぜるだけで、料理が一段階美味しくなるタイプの調味料だね」
 そのまま食べた俺の印象としてはいまいちだったのだが、料理をする人たちにとっては案外高評価である。
 まぁ、ニンニクとかはそんな物か。
 そのまま食べても美味しくないが、ちょっと料理に入っていると妙に食欲が増すと言うか、無いと物足りないというか。
 取りあえず、こちらも成功と判断しても良さそうである。
「素材はシンプルなのにきっちり有効な物を作るとか、さすがハルカだね。次はあたしが行こうかな? 結構上手くできたと思うよ?」
 ユキはAとB、両方まとめて配った。
 色は……Aが薄い茶色、Bはそれよりも黒っぽくて、両方ともさらっとしている。
 取りあえずはAから。
「……何というか、フルーティー?」
「ジュースともちょっと違うが……何つーか……う~ん」
 表現に困り、俺とトーヤは首を捻る。
「ちょっと、焼き肉のタレっぽいですね」
「おぉっ! 正にそれ。焼き肉のタレを薄めたような味」
「薄めたような味かぁ……ちょっと失敗かな?」
 自分でもソースを舐めつつ、ユキが渋い顔でため息をつく。
 確かにこれを焼き肉のソースにするにはちょっと薄味。煮詰めればそれなりになるだろうか?
「これにこれまでのインスピール・ソースを混ぜればそれなりに美味しいんじゃない?」
「そうだな。味のバリエーションができたのは良いと思うぜ?」
「うーん、そうだね。でも、本命はBの方だよ! 食べてみて!」
 自信ありげなユキに勧められるまま、Bを舐めてみる。
 ――むっ!
「これは、ウスターソース! っぽい!」
「ふっふっふ、こっちは上手く行ったみたいだね! 頑張って、ウスターソースと同じような原料を探して、入れてみたから!」
 今度はユキも納得の味だったのか、自分でもソースを舐めて満面の笑みを浮かべている。
「……ちょっと待って、ユキ。ウスターソースの原料って事は、トマトが手に入ったの?」
「うん! 見つけた!」
「えっ!? それならケチャップも作れるか?」
 俺、ケチャップって結構好きなのだ。
 できるなら作って欲しい。
「いや、どうだろ? 見つけたのは乾燥トマトだったし……?」
「乾燥トマト……作れない事は無いかもしれないけど……」
 ユキの答えに、ハルカは少し渋い表情で首を捻る。
「それにハルカ、トマトケチャップの作り方って知ってますか? トマトピューレならともかく、あの味に整えるのって難しいと思うんですが……」
「それはあるわよね。トマトと砂糖は解るけど、他の香辛料が難しいし」
「殆どはその2つだと思いますが、僅かな香辛料が決め手でしょうから」
 ソースの話題からケチャップの話題に流れ、議論を始めた2人に、ユキが口を尖らせて、ハルカのことをツンツンと突く。
「ねぇねぇ、ケチャップじゃなくて、あたしの作ったソース、話題にして欲しいかな?」
「え、良いんじゃない?」
 少し不満そうなユキに、ハルカはあっさりとそう答える。
「軽っ!? 結構考えて作ったのに!」
「だって、そんな感じの味だし。ねぇ?」
「まぁ、そうだな。普通に使えるソースだよな」
「今までのソースの派生みたいな感じで、驚きは少ねぇけど」
 ハルカに同意を求められて俺たちも普通に頷く。
 普通に美味しいのだが、驚きは無いのだ。ソースだよね、って感じで。
 どちらかと言えば、作るのが難しそうなお好みソースが先に手に入っているので、今更感はある。
 正直に言ってしまえば、ウスターソースであれば、インスピール・ソースが無くても作れる気もするし。
「くぅ……頑張ったのに!」
「ユキのソースは2つとも意外性が無かったですね」
「否定はできないけど、結構酷いね、ナツキ……」
「せっかくですから冒険してみないと。って事で、次は私ですね。ちょっと意外な物を使ってみました。出来の方は不安ですけど」
 そう言いながらナツキが配ったソースは、2つともユキが作ったソースよりも更にさらっとしている。
 色は薄茶色で透明感がある。色はわずかにAの方が濃いか?
 ちょっと指に着けて、ペロリ。
「――っ!」
「ちょ、これって醤油!?」
 声を上げたのはユキ。
 俺も声こそ上げ無かったが、最初に感じた印象は正に醤油だった。
 再度良く味わってみると、香りも少し違うし、醤油とは確かに違う味なのだが、代替可能な程度にはよく似ている。
「想像以上に上手く行きましたね。ダメ元だったんですが……」
「これ、原料は何?」
「麦と塩だけです。そのままだと乾燥しすぎなので、一度蒸した後で潰しましたけど」
 変に細かい事を考えず、特化した素材を使った方が面白い物ができるのか?
 ハルカが作ったイモだけ、と言うのも特徴的だったし。
「おっ、こっちは味噌っぽい!」
「Bの方は、豆です。こちらは煮てから潰して、やっぱり塩だけを加えました」
 トーヤがBの方を舐めて声を上げる。
 俺も舐めてみると、確かに味は味噌っぽい。
 しかしソースは完全な液体。味噌を水で溶いた、とかではなく、さらさらの醤油みたいな液体である。
 味噌のイメージがあるだけに、かなり違和感を感じる。
「これ、普通の料理には良さそうだけど、もろきゅうの様な使い方はしにくそうね」
「えっと……例えば、乾燥させたおからに染み込ませるのはどうでしょうか? それっぽくなると思いませんか?」
「それは良いかも。料理のバリエーションが広がりそうね」
 ありがたい事に、今後は醤油味や味噌味の料理も増えそうである。
 しかし、まさかもどきとは言え、醤油と味噌が手に入るとは。
 原料的には似た物を使っているわけだから、発酵時間の短さを除けば、あり得ないわけでは無いが……幸運である。
「次は俺が行くか。ナツキのマジカルを見た後では出しにくいが」
「いえ、私のは思いつきがたまたま上手く行っただけですから、お気になさらず」
 そうは言われても、自分でも自信が無いだけになぁ。
 俺は2つの壷のフタを開け、良くかき混ぜる。
 Aは……なんだか、さらっとして薄そうな?
 Bはあの匂いの強い野菜が良く香る。こちらの濃さは普通だが。
 自分でも味見をしていないだけに内心ドキドキしつつ、小皿に取り分けて全員に配る。
 果たして評価は……?
「うっすいな、これ! やや甘みは強いが、水で薄めたソースみたいな味だな!」
「そうね、甘塩っぱい、じゃなくて、甘くて{塩}(しょ)っぱい感じ」
「バラバラだね、味が。適当に入れてもそれなりの物ができるインスピール・ソースなのに」
「ソースとしては……う~ん、いえ、何とか使い道が……う~ん」
 取りあえずAのソースは、トーヤ、ハルカ、ユキ共に評価は散々である。
 そしてナツキ、無理して使い道は探さなくても良いぞ? 普通に却下してくれれば。
 俺も美味しくないと思ったし。
「ナオ、何入れたの?」
「根菜類をメインに入れてみた。一応、塩や香辛料も混ぜてるぞ?」
「根菜って、大根とか? 水っぽすぎたのが原因かしら? 大根や蕪って、大半が水だし」
 それで薄くなりすぎたのか。
 乾燥させればそれなりになったのかも知れないが、取りあえずこれは失敗だな。
「もう1つの方は……おっ、こっちはかなりクセは強ぇけど良い感じだぞ?」
「マジで? ……おぉ」
 トーヤの言葉に俺も舐めてみるが、こっちはちゃんとソースになっている。
 あの少年から買ったベレオージの香りがかなり強いアクセントになっているが、食べられない事は無い。
「かなり匂いの強い野菜を入れてますね。ちょっと独特ですが、焼きそばみたいな物に使うと、意外に合うかもしれません」
「ソース自体は悪くないし、このクセの強い野菜を少し減らせば良いんじゃないかしら?」
「あー、やっぱベレオージを全部入れたのがマズかったか」
「あ、やっぱアレ入れたんだ? この時期はたくさん売ってるからね、しかも安く。クセが強いから、あたしたちは買ってないけど」
「ナオはセロリが嫌いだから、ベレオージもダメだと思ったんだけど、大丈夫なの?」
「確かに、普通なら選ばないタイプの野菜だな」
 それぞれの露店でオススメを買う、という手段を選んだから買っただけで。
 ちなみに中に入れた香辛料もオススメの物である。
 高い物は選ばなかったので、材料費は2つ合わせても大銀貨3枚に満たないという利点もある。
「だからベレオージを入れたのね。でも、これは調整すれば十分使えるわね」
「はい。ベレオージのクセを調整すれば、美味しいソースになりそうです」
 あぁ、やっぱりAの方はダメなのね、調整しても。
 うん、解ってた。
「よし! トリは俺だな。コンセプトはゼロ円食堂!」
 いきなり不安な事を言い出したぞ?
「……捨てちゃう食材でも探してきたのか?」
「いや、オレにそんな交渉ができるわけねぇだろ? 自分で集めてきた。森で」
「アレはテレビだからこそ貰えるんだと思うが……森で?」
 そこまで寒くは無いが、今は冬である。
 森で食べられる食材なんて限られているはず……更に不安になってきた。
「まぁまぁ、食べてみてくれ――お?」
「おい、何だよ!」
「いや、ちょっと予想外だっただけ。ま、大丈夫だろ、食べられる物しか入れてないし」
 トーヤがぐるぐるっと壷をかき回して、俺たちの前に配ったソースは――。
「緑だな」
「緑ね」
「緑ですね」
「緑だね」
 全員揃って同じ言葉を口にする。
 だが、最初にこの感想が出てこなければ嘘だろう。
 これまでの物は程度の差はあれど、すべて茶色系だったのだ。
 むしろ俺など、インスピール・ソースはすべてを茶色にするとすら思っていた。
 だがこのソースは鮮やか……ではないが、はっきりと緑である。
 そのあまりの違いに誰もが不安になったのか、ソースに手を付けず、互いに顔を見合わせる。
「……誰から行く?」
「ここは製作者だろ」
「オレ? 別に食べられない事は無いと思うが……」
 そう言いながら特に臆した様子も無く、ソースをペロリと舐めるトーヤ。
 次の瞬間、トーヤは一瞬無言になり、ぱかりと口を開け、舌を出した。
「かっ――にっ――ぐあ!」
「何を言いたいのかは解らんが、美味くない事は理解した」
「「「うん(はい)」」」
 とは言え、味見しないわけにもいかないだろう。
 トーヤのようにペロリとは舐めず、少しだけ指の先に浸けて舐めてみる。
「辛! 苦い! そして、エグい!」
 予想に反して青臭さは無いのだが、あえて表現するならば、苦めの珈琲に渋柿の汁を垂らして、ワサビを溶かしたような味。
「ぐぐ……食えるって鑑定できたのに」
「トーヤ、食べられるからといって、アク抜きもせずに山菜を大量に放り込んだ?」
「洗ってから、フードプロセッサで潰して入れた」
 納得いかないという表情を浮かべるトーヤに、少し呆れたように言ったのはハルカ。
 確かに山菜は食えるが、事前にアク抜きするなり、アクが気にならない天ぷらにするなり処理が必要である。
 生のままでは、えぐみが強すぎる物が多いのだ。
 それをまとめてミキサーにかけるとか……暴挙である。
「私としては、この辛みが気になります。ワサビの様な植物でも見つけましたか?」
「ああ。自生してたから、葉も根っこもまとめて入れた」
「入れるなよ! むしろ普通に確保しておけよ!」
 唐辛子的な物は売っているのだが、ワサビのような辛みは未だ手には入っていないのだ。
 大根が近いと言えば近いのだが、やはりワサビとは違う。
「……それもそうだな? 醤油的な物も手に入ったし、ワサビ醤油で肉を食うのも良いかも?」
「ワサビ発見の功績は評価するけど、このソースは没ね。問題外」
「ま、しゃあねぇな。オレも食いたくないし。それにタダだから惜しくも無い。次に行こう、次に」
 そう言いながらもう1つの壷の蓋を開き、かき混ぜたトーヤだったが、再び首を捻った。
「……む?」
「またかっ!? またなのか!」
「いや、大丈夫。今度は緑じゃ無い」
「じゃ、何色なんだよっ!」
「う~む、こんな色だな」
 配られた皿に入っていたのは、半透明の黄色い液体。
 Aのソースに比べれば、まだ他のインスピール・ソースに近いと言えるが……。
「取りあえずトーヤ、食え」
「またオレ? いや、言いたい事は解るけどよ……」
 先ほどの事があったからだろう。いきなりペロリとなめる事はせず、指先にちょっと浸けてそれを舐めるトーヤ。
 そして上を見上げて暫し味わったトーヤは、不思議そうな顔をして首を捻り、今度はソースを取り出すのに使ったスプーンを舐める。
「トーヤ、どうなの?」
「いや、う~ん、表現に困る。不味くは無い、んじゃないか?」
 トーヤの微妙な感想に、俺たちは顔を見合わせ、それぞれそのソースを口にするが……これは確かに困る。
 味があるようで無いような……?
「これって……『旨味』でしょうか?」
「あ、そうね、それね! トーヤ、これ何を入れたの?」
「これか? これは森で採れるキノコを何種類か。入っているのはキノコだけで他は何も入れてねぇぞ」
 【鑑定】で食べられるかどうかだけは判定できるのだろうが、これまたなかなかにチャレンジャーである。
「だからなのね。ベニテングダケも旨味成分は大量に含まれている、と聞くし、入れたキノコにそんなキノコがあったのか、それともその成分が増幅されたのか」
「これまたソースとは言えませんが、調味料としては使えそうですね」
「いわゆる、化学調味料だね」
 『味の○』とかそのへんの物か。
 いや、キノコから作っているわけだし、椎茸のだし汁の方が近いか?
「化学調味料……それって身体に良くないんじゃねぇの?」
「別にそんな事無いわよ? 一部にはそんなデマも流れてるけど、イノシン酸とかグルタミン酸なんかの旨味成分を化学的に合成して……いえ、醸造の方が近いのかしら? それを抽出しただけだから」
 トーヤの疑問をハルカは首を振って否定した。
 そしてそれに同意するようにナツキとユキも頷き、口を開く。
「そうですね。それがダメなら、熟成とか発酵でアミノ酸が生成される事自体、ダメという事になりますから」
「むしろ、上手く使えば健康に良いよね。旨味がある分、塩分を減らしても美味しく食べられるようになるから」
「ま、本当はそんな物を使わずに上手く出汁を引ければ一番だとは思うけど、忙しい人にそれをやれというのは酷じゃない?」
 日本に居るときはまだ学生だったハルカたちにとって、食事は毎日作る物では無かったため、使う機会も無かったようだが、使う事を否定はしていないらしい。
 今回トーヤが作った物はキノコの出汁みたいな物だし、必要に応じて使っていく事になりそうだ。
 ま、美味い物が食べられるなら、俺に否やは無い。
 是非頑張ってもらいたい。
「さて、全員の発表が終わったわけだけど……挙手で投票しましょうか。ナツキが1番だと思う人!」
 ハルカの言葉に、即座にナツキ以外の手が上がる。
 これは、議論の余地は無いだろう。
 俺とトーヤは論外。
 ハルカの作った物はソースというのとはちょっと違うし、ユキも片方がやや未完成。
 それに対し、ナツキのソースは両方すぐに使える上に、俺たちの慣れ親しんだ味に近かったのだ。
 何より、料理のバリエーションが増える事がありがたい。
「私、ですか?」
「文句なしでしょう。正直、醤油はありがたいわ。パンに合う肉料理として、照り焼きとか作りたくても、醤油が無いとできないし」
「塩胡椒メインじゃ、お肉も飽きるしね」
「オレはユキの焼き肉のタレもどきも悪くないと思ったが、アレはもうひと味必要だからな」
「豚の角煮とか、スペアリブが食べたいな。期待してる」
「ありがとうございます。それでは、ありがたく。お願いの権利は、また何時か、使わせてもらいますね」
 全員から賞賛(?)を受けて、ナツキは嬉しそうに微笑み、そう応えた。
 お願いの権利がいつ使われるのか不安もあるが、まぁ、俺に対して使うと決まったわけじゃないし、ナツキなら心配は無いだろう。
 もしトーヤが手に入れていたら、『女性陣には使いにくい』と、俺が変な事をさせられる可能性も高かったが。
「次に、コストパフォーマンスのランキング。当然トーヤがトップ、ナツキが次、予想外な事に私とナオがほぼ同じぐらい、そしてぶっちぎりに悪いのがユキ」
「えぇっ!? そんなランキング――」
「別に罰ゲームは無いけど、一応ね。ユキ、ちょっと使いすぎ」
 金を使っていないトーヤがトップなのは当然だろう。
 ナツキも麦と豆だけだから安い。
 ハルカは片方がイモだけなので安いかと思いきや、俺と同じぐらいだったようだ。
 ニンニク類が案外高かったのか、それとも俺の使った食材が安かったのか。
 ユキはと言えば、ギリギリ金貨2枚に届かないところまで使い込んだらしい。
「Bの方は乾燥トマト以外は安かったけど、Aの方に結構かかっちゃったの。果物はやっぱり高いね」
「ディンドルを見れば解るけど、贅沢品だからね」
「A……焼き肉のタレか。作らないのは勿体ないな」
「果物が安い時期を見て作るか、それぐらいの贅沢は許容するか、でしょうね。今回作った物だけでも当分はありますし、私たちなら金貨2枚ぐらいなら問題ない気もします」
 高いとは言っても所詮金貨2枚足らず。
 壷の大きさは1.5リットルぐらいはあるので、スーパーで売っている普通のサイズの焼き肉のタレ、5本分ぐらいはあるか?
 普通に考えれば10倍ぐらいする、かなり高級なタレになるが、俺たちの稼ぎやお金の使い道の少なさを考えれば、許容できる金額だろう。
「しかし、照り焼きか……照り焼きチキン……こうなると、生野菜が欲しくなるな」
 インスピール・ソースのおかげで美味しいハンバーガーが食べられるようになったのだが、生野菜を食べる事は控えているので、ちょっと物足りない。
 生野菜のサラダも食べてないし、なんとかしたいところである。
 そして、そんな俺の言葉を聞きとがめたのは、やっぱり彼女だった。
「ほう、生野菜とな? それじゃ――」