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114 もっと金になる物が良い
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
スカルプ・エイプの大量の死体の処理に苦慮する。
放置もまずいため、茶の木を掘り起こした穴を拡張して埋める。
『加重』の魔法は重力ではなく、質量を増やす? 飛び道具に便利かも。
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「まぁ、魔法の科学的考察はまたにしようぜ? 理論の中に魔法という不確定要素が入る時点で、あんま意味ないだろ?」
「……そうだな。微妙な魔法でも、使い方次第で有効そうなことが解ったことだけでも十分な収穫か」
 少し呆れたようなトーヤに、俺はそう応えてスカルプ・エイプの埋葬に専念する。
 話しながらも作業は止めていなかったため、程なくスカルプ・エイプの死体はすべて穴に放り込まれ、そこは巨大な土饅頭どまんじゅうに変わった。
 周りには血痕が残っているため、もしかすると狼か何かに掘り起こされる可能性もあるが、その時はその時。綺麗に喰うなら文句は無い。
「さて。なんだか疲れちゃったけど、時間的にはまだお昼なのよね」
 ハルカが気分を変えるように両手をパンパンと叩き、流れるように『浄化』を使う。
 そしてポケットから取り出した時計で時間を確認すると、少し困ったような表情でそう言った。
 俺もその時計を見せてもらうと、確かにまだ昼を少し回っただけ。引き上げるにはちょっと早い。
「疲労のわりに収穫が少ないのが問題ですね」
「無理しないのも重要だけど……取りあえず、ここは少し血の臭いが濃いし、少しだけ先に進みながら、お昼食べよ?」
 そう言いながらユキが取りだしたのはハンバーガー。
 バンズからパテまで、全部ユキたちのお手製である。
「そうね、それなら歩きながら食べられるし」
 ユキが全員に配り、俺たちはそれを持って歩き出す。
 そして誰からともなく、ハンバーガーに齧り付いた。
「うん、美味い!」
 俺が素直に感想を口にすると、ハルカたちが嬉しそうに微笑む。
「ありがと。そう言ってくれると、面倒なミンチを作った甲斐があるわ」
「えぇ。この世界、ミンサーって無いんでしょうか」
「包丁でやると、どうしても不均一になるよね。それはそれで美味しいけど」
 うん、苦労していたのは知っている。
 台所からダッダッダッと音が響いてきて、何事かと確認に行ったから。
「トミーに作ってもらえば? なんとかしてくれるんじゃね?」
「トーヤ、いくら何でも無茶振りだろ……」
 ショベル――これはトーヤも協力したが――や小太刀は形にしてくれたトミーだが、ミンサーは全く別の複雑さがある。
 俺も何となくしか構造を知らないが、歯車とか、渦巻き状の何かとか、鍛冶で簡単に作れるような物じゃ無いだろう。
「むしろ鍛冶よりも、土魔法で金属を変形させる方が可能性があるんじゃないか? ……俺は無理だが」
 そう言いながらユキに視線を向けると、ユキもまたプルプルと首を振る。
「あたしもダメだよ! 使ったこと無いし。……ハルカ、フードプロセッサとか作れない? 錬金術で」
「えっ、私? そうね……不可能じゃ無いけど、刃物も必要だし、トミーに協力してもらって考えてみようかしら?」
 ハルカは少しだけ考え込み、出来そうと言う結論に達したらしく、頷いてそんなことを言う。
 それに対しトーヤが手を上げて口を挟んだ。
「庭に簡単な炉を作ってくれれば、俺も手伝えるぞ? ちょっとぐらい鍛冶をしたいし」
「野鍛冶ね……考えてみても良いわね。ユキとナオが居れば、防音用の簡単な小屋ぐらい作れそうだし?」
「そうだな、土壁を作るぐらいはできるぞ」
 『土壁アース・ウォール』の魔法自体は、土魔法のレベル4だが、浴槽を作ることに比べればなんと言うことも無い。
 戦闘中とは違い、じっくりと時間をかけても問題は無いのだから。
「あとは、その上に簡単な屋根を載せれば、小屋にはなるね」
「それでも良い! ナオ、ユキ、頼めるか?」
「おっけー、近いうちに作るよ」
 嬉しそうなトーヤに、ユキが気軽に請け負い、俺もまた頷く。
 自前で鍋釜が作れるようになるのは、それなりに便利そうだし、作る意味もあるだろう。
 鍋がたくさんあったら、台所の保存庫に、鍋のまま入れておけるしな。
「でもこのハンバーガー、パテ以外の具がピクルスだけというのはさすがに味気ないわね」
「はい、それは。時期的な問題か、トマトとか売ってませんし」
「夏だもんね、トマトって。夏になればラファンでも売ってるかなぁ?」
「どうだろうなぁ。トマトって当初は園芸種だったんだろ?」
「ついでに言えば、品種改良していなければ、そんなに美味しくないと思うわよ」
 うーむ、存在しても青臭くて食べられた物じゃない可能性もあるのか。
 トマトケチャップがあれば食事の幅も広がるのに。
「ま、それは来年の話だな。他の生野菜は……レタスとか」
「生野菜、ね。それについては私たちで多少話し合ったんだけど、また今度、全員で相談しましょ。今はそこまで余裕がある状況じゃ無いし?」
「おっと、そうだったな」
 【索敵】に反応が無いので、のんびり話しながら食べていたが、それでもここは森の奥である。
 あまり気を抜きすぎるのもダメだろう。
「取りあえずお腹はくちくなったけど、結局どうする? もうちょっと進んでみる?」
 全員ハンバーガーを食べ終えたのを確認し、ユキがハンバーガーを包んでいた布を回収して片付ける。
 それぞれが持っている水筒から麦茶を飲み、一息。
「もうちょっと稼ぐべきだろうな。ナオ、何か良さそうな反応は?」
「良さそうな? 難しいことを言うなぁ」
 さすがに「スカルプ・エイプを斃しに行こうぜ!」というわけではないだろう。
 そもそもあれだけの群むれを斃した影響か、スカルプ・エイプらしき反応は無いし。
 バインド・バイパーは……1つあるな。あと、別の反応が北にあるが……。
「近くに居るのは、バインド・バイパーとよく解らない何か。動物っぽいし、もしかすると鹿かも」
「そういえば、バインド・バイパーはまだ売ってないけど、そこまで高くはないのよね?」
「オークよりは安いと思う。1匹あたり、3万レアまでは行かないはず」
 魔石自体はオークよりも高く、肉は同等、皮は高いらしい。
 だが、取れる肉の量がオークよりも少ないため、結果的には少し安くなる。
「それでもさっきのスカルプ・エイプ全部の稼ぎに近いのか……疲労度が全然違うのに」
 単体で比べれば明らかにバインド・バイパーの方が強いのだが、不意打ちさえ防げれば危険性が殆ど無いのだから、良いカモである。そして、それ以上にカモなのが、オーク。
 だが、これがもしマジックバッグを持っていない冒険者であれば評価も変わるだろう。
 重量単価で言えば、バインド・バイパーの皮はかなり割が良い。
 スカルプ・エイプも、場所を取らない魔石を一度にたくさん得られるという点では優秀である。戦闘の苦労と後始末を厭いとわなければ。
「せっかくですから、初めての獲物、狙ってみませんか? それなりの値段で売れるんですよね?」
「ちょっと待ってくれ。えーっと、角と皮で9千ぐらい、肉は処理の仕方次第で1万から2万の間だと」
 例の本を見ながら答えたトーヤの言葉に、俺たちは顔を見合わせる。
「バインド・バイパーと同じぐらいね?」
「動物と考えれば、悪くないんじゃないかな? 魔物よりは狩りやすいでしょ」
「鹿、だからなぁ」
 問題点はトーヤとナツキの攻撃手段が無い事か。
 さすがに観光地で見る鹿のように、無警戒に近づいてくることは無いだろうし、攻撃の主体は弓と魔法になるだろう。
 あとは、如何に気付かれずに近づけるか、だな。
「それじゃ、やってみましょうか。ナオ、先頭をお願いできる?」
「了解」
 一応、俺も【忍び足】を持っているし、妥当な判断だろう。
 普段よりもそのあたりに注意して進むことしばらく、俺は現れた鹿の姿に絶句した。
「………」
「うぉ、マジか……」
「あれ、縮尺間違ってないかな?」
 『鹿』と聞いて俺の脳裏に浮かんでいたのは、奈良公園を闊歩かっぽしているような鹿。
 長い角があれば少々厄介かも知れないが、今の俺たちであれば身体能力は比較にならない上に、魔法もある。数匹程度なら同時に相手をしても大して問題は無い。
 ――と思っていたのだが、視界に現れたのは、そんなモノでは無かった。
 体長は3メートルほどはあり、足の太さはハルカの胴よりも太く、頭の高さはトーヤよりも上。更にその頭の上には、巨大な角が鎮座している。
 サイズ的には巨大なヘラジカだが、見た目的にはニホンジカに近い。
 遠距離から問答無用で頭を吹っ飛ばせば問題ない気もするが、決して楽観できるような相手ではなさそうである。
 少なくとも、あの角で突かれたり、足で蹴られたりすれば大怪我はするだろう。
「誰だよ、『猪より肉が取れない』と言ったの」
「だって、あんなに大きいなんて聞いてないよ! ヴァイプ・ベアーよりも大きいじゃん!」
 トーヤのぼやきにユキが小声で抗議するが、俺もユキと同じような想像をしていたのだから、同罪である。というか、あのサイズを想像していた奴はいるのだろうか?
「トーヤ、例の本に大きさは書いてなかったの?」
「いや、あれは図鑑じゃ無くて、解体の仕方が書いてあるだけだから。ちなみに、角の部分さえ避ければ、オークの時みたいに頭を吹き飛ばしても問題ないぞ。使い道無いから」
「それは良い情報、か? まぁ、近づかずに斃せるなら、それに越したことは無いよな」
 俺たちは鹿から少し離れた場所で暫し相談。
 結論としては、俺が1人で先行して鹿の後ろに回り込み、ハルカたちは正面側に回り込んで俺の攻撃が失敗した時のフォローに回ることになった。
「それじゃ、行ってくる」
「気を付けてくださいね。ニホンジカでも角で突かれると死ぬこともありますから」
「おう。向かってきたら素直に逃げる」
 トーヤなら正面から戦っても斃せるかも知れないが、俺は肉弾戦担当では無い。無理をするつもりは更々なかった。
 ハルカたちと別れ、ゆっくりと鹿に近づきながら背後に回る。
 鹿はムシャムシャと木の葉っぱを食んでいるが、その耳はピクピクと動いているから、もしかすると警戒されているのだろうか?
 できるだけ音を立てないようにしばらく進むと突然、鹿が食事を中断して顔を上げ、辺りを見回す。
 俺は慌てて動きを止めて、息を潜める。
 鹿の視線は……正面方向に向いている。ハルカたちが気付かれたのか?
 人数的にも、スキル的にも、俺よりは可能性が高いか。
 だが、逃げられるのは面白くない。
 俺はやや急いで移動を再開して鹿の後ろまで移動、少しずつ近づき、距離が10メートルを切ったあたりで、『火矢ファイア・アロー』を放った。
 不意打ちなのでもちろん呪文を叫んだりしないが、その熱を感じたのか鹿は慌ててこちらを振り返ろうとするが、それは遅きに失した。
 『火矢ファイア・アロー』は鹿の後頭部に突き刺さり、その頭を半ばえぐり取る。
 巨体なだけあって、頭を完全に吹き飛ばすまでには至らなかったが、それでも十分な致命傷である。
 鹿はそのまま動くことも無く、その場に崩れ落ちたのだった。