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090 釣行 (4)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
2交代で見張りを立てて、野営をする。
スキルの訓練などで時間を潰し、夜中に交代して寝る。
翌朝、うどんもどきの入ったスープに舌鼓を打つ。
 朝食の後は、ハルカたちが昨日仕掛けた罠を確認に行く。
「全部で何個仕掛けたんだ?」
「箱形の物を小さい物と大きい物で3つずつ、あとは籠を3つの計9個ね」
 俺たちは釣りに夢中でよく見ていなかったのだが、それなりの範囲に分けて仕掛けているらしい。
「どこが良いか判りませんでしたから」
「一応、いろんな所に入れてみたんだけど……」
「まずは、大きい箱を上げてみましょ」
 ハルカたちに連れられて行った場所には、長さ1.5メートルほど、縦横30センチほどの細長い箱が沈められていた。箱の側面にはいくつも穴が開けられて水が抜けるようになっている。
 その箱が何とか水面下に沈むぐらいの深さ、川辺からあまり離れていない場所に仕掛けてあり、重しとしてか、その上には何個か石が載せられている。
 大きさから判るとおり、狙いはグレート・サラマンダーらしい。
「それじゃ、上げるぞ」
 そう言ったトーヤが、石を取りのけて箱を持ち上げるが、すぐに首を振った。
「空っぽい」
 トーヤが持ってきた箱をみんなで覗き込むが、やはり空。何も入っていない。
「餌も残っていないわね。流されたのかしら?」
「何を使ったんだ?」
「オーク肉」
 確かにそれなら大量にあるな。
 まともに解体せずに放り込んでいる物もあるので、食べない部分を使えば無駄もない。
「川の生物だし、魚の方が良いんじゃないかな?」
「いや、結構なんでも食べると思うぞ、ああいう生物は」
「ま、今日の成果を見て考えましょ。次よ、次」
 2つ目は少し下流に下ったところにあった。
 再びトーヤが持ち上げると、今度はニヤリと笑みを浮かべ、そのまま持ってきて、慎重にフタを開けた。
「……これはナマズだな。しかも2匹」
「デカいな、おい」
 俺の腕よりも太く、長さも1メートルはありそうなナマズが2匹、ふてぶてしく横たわっている。水から揚げられて暴れそうな物だが、箱の中でじっとしたまま、あまり動かない。
「グレート・サラマンダーではないけど、ナマズも食べられるわよね?」
「はい。泥抜きは必要でしょうが。確か、コンビニ弁当の白身魚のフライ、ナマズが結構使われているって聞きますよ?」
「え、ホントに?」
「はい。味は育った環境によってかなり変わるみたいですけど、この川ならそれなりに美味しく食べられるんじゃないでしょうか」
「それじゃ、これもスッポンの隣で泥抜きね」
 ひとまず桶に水を張ってそこにナマズを移し、更に下流にあるという罠へと向かう。
「大きい罠はこれがラストね」
「大山椒魚は……っと、お? これは当たりか?」
 箱を持ち上げようとしたトーヤがそんなことを言い、箱の持ち方を変えて運んできた。
「さっきより重い。注意が必要かも」
 そんなトーヤの言葉に、箱を開けずに側面の穴から中を確認すると、見えたのはヌメッとした顔。昨日見た、アレである。
「獲れるものねぇ……。ダメ元だったんだけど」
「いえ、仕組み的にはきちんと考えてましたよ? 確実ではありませんでしたけど」
 喜びよりもむしろ感心したような声を上げるハルカに、ナツキはちょっと抗議の感情がこもった声を上げる。
 罠作りを主導したのはどうもナツキらしい。彼女にしても知識として知っているだけで、実践はした事がないので、あまり自信はなかったようなのだが。
「逃げられても困るし、このまま凍らせましょ」
 ナマズと違ってグレート・サラマンダーには足があるので、ハルカは箱に入ったまま魔法をかけて、カチンコチンに凍らせてしまう。そしてそのままマジックバッグの中へ。
 サイズ的には軽く1メートルを超えていたので、結構良いお値段で引き取って貰えそうである。
「これはまた仕掛けておかないといけないわね」
「だよね。一晩仕掛けておくだけで数十万円とか、震える!」
 震える、とか言いつつ、ニコニコと良い笑顔のユキである。
 もちろん、俺たちも笑顔なのだが。命の危険がなく、手間が掛からないのがいいね!
「それじゃ、次は小さい箱を引き上げましょ」
「こっちはお魚狙い……ぶっちゃけちゃうと、ウナギ狙いです!」
「ウナギか! ――でも、醤油がないだろ?」
 ウナギの美味さはあの調理法とタレである。
 イギリスにあると噂で聞く、ウナギのゼリー寄せの様なウナギ料理は食べたくない。
「……何時か入手できたときのために!」
 ナツキも蒲焼き以外の美味い調理法は知らないらしい。
 白焼きを山葵醤油で食べるという話は聞いたことあるが、これも結局醤油だしなぁ。
「まずは確認に行きましょうよ。捕らぬ狸のなんとやら、でしょ?」
「そうですね。悩むのは手に入れてからでも遅くありません」
 小さい箱の仕掛けがおいてあったのは、やはり浅めの水域。
 長さは同じぐらいだが、一辺が15センチに満たないサイズなので、更に細長く見える。
「お、何か入ってるっぽい」
 今度は俺が回収。持ち上げてみると、少し重い。
 ウナギかどうかは判らないが、何かは入っているようだ。
 川岸に持ち帰り、用意されていた桶にひっくり返すと……。
「ウナギじゃん!」
 ぶっといウナギがにょろりと箱から出てきた。
 俺のイメージするウナギよりも一回りほどは太く、長さも2、3割は長く感じる。
 まぁ、本物のウナギなんて、殆ど見る機会なんて無いのだが。いや、そういえば、回転寿司屋に置いてあった水槽で泳いでいたな。あれはかなり細くて短かった。
「ナツキ、これってウナギなのよね?」
「ウナギでしょうね、【ヘルプ】でもそう出てますし。ニホンウナギと同じような味かどうかは判りませんが」
 あぁ、そうか。ウナギでも美味いとは限らないのか。
「ん? ウナギっていろんな種類があるのか?」
 そんなトーヤの疑問に答えたのはナツキだった。
「はい。日本で蒲焼きに使うのはニホンウナギやヨーロッパウナギですね。他にもいろんなウナギがいますが、食用にならなかったり、あまり美味しくなかったり……」
「そうなのか。でもこのウナギは少なくとも食べられるみたいだぞ。【鑑定】では食用可って出てるから」
「それは朗報ですね。美味しいかどうかは……食べるときの楽しみにしましょう」
 それから残りの2つの箱も回収し、更に2匹のウナギを手に入れたが、これもナマズ同様、泥抜きのためにしばらく放置である。
「最後はカゴね。これも3つあるわ。一応、浅い場所、深い場所、その中間の3カ所に仕掛けてみたけど……」
「これの狙いはカニやエビです」
「おぉ! 獲れるのか!?」
「身が食べられるサイズの物が獲れるかは判りませんが、小さいカニでも出汁にはなりますから無駄にはなりません」
 カニとかテンション上がる!
 庶民の俺は、あんまり食べる機会なんか無かったし。
「まずは1つ目……おぉぉぉ!」
「やった! カニ!」
 カゴの中には手のひらよりも少し大きいサイズのカニがぱっと見でも10匹以上、入っていた。
 なかなかにずしりと重い。
「大きさ的にはワタリガニぐらいですが、形はサワガニに似ていますね。食べられるんでしょうか?」
「名前は『バレイ・クラブ』、食用可!」
 よしっ! これで食えないとかなったら、最悪である。
「それじゃ、これも確保ですね。樽に入れておきましょう」
 干し肉作りなどに使った樽がマジックバッグに入っているので、それにきれいな水を入れてカニを投入。小魚も数匹入っていたが、それはリリース。頑張って大きくなってくれ。次回釣りに来たときのために。
「なんだか、予想外に順調ね。ボウズとは言わなくても、申し訳程度にしか取れないと思ったんだけど」
「だよね。所詮あたしたち、素人だし」
「獲りに来る人がいないんでしょうね。危険ですから。グレート・サラマンダーの様に、美味しいということが広まれば、お金持ちが依頼を出すようになると思いますけど」
「よし、秘密にしよう!」
「異議なし!」
 俺の言葉にトーヤが即座に賛成。ユキもこくこくと頷いている。
 だが、そんな俺たちにナツキは苦笑を浮かべた。
「まだバレイ・クラブが美味しいとは限りませんよ? 美味しくないから漁獲されていないだけかもしれませんから」
 そうだったら、超へこむ。
 食べ応えありそうなカニだけに。
「次は中間ぐらいの深さに沈めたカゴね。これはどうかな?」
 今度はハルカが川の中程の岩に飛び移り、そこに結びつけてあったロープを引いてカゴを引き上げる。
 川岸からはよく見えないが、何らかは入っていたようで、ハルカは笑顔でカゴを持って戻ってきた。
「カワエビ、らしいわよ。トーヤ、これも食べられる?」
「えーっと……食用可だな」
 カゴを覗くと、半透明のエビがかなりの数、飛び跳ねている。大きさは10センチあまりとさほど大きくないが、数がいる。
 これも水を入れた樽に移し、最後のカゴへ。
 このあたりでは一番深そうな、淵(ふち)の部分に投入したらしく、カゴに結んだロープは対岸の木に結びつけてあった。
 それを持って引き上げるのだが――
「かなり重いな?」
「重しを付けてるからね。結構深いし」
 水深は5メートル以上あるだろうか。
 ロープもあまり太くないし、カゴの作り自体もさほど丈夫そうではないので、ゆっくり慎重に引き上げる。
 金属製ならぐいぐいと引っ張れるのだが、木製のカゴを改造して作ったらしく、強度の面では結構微妙そうなんだよな、この罠。
「……うわ」
 水面に上がってきたカゴの中には、エビっぽい物がわちゃわちゃと引くほどに入っていた。
 見た目はザリガニに近いだろうか。ただし、大きさは20センチほどもあり、固そうな殻、色は濃い茶色でアメリカザリガニのような赤っぽさはない。
「『甲殻エビ』。これも食用可だな」
「エビだから美味いのかもしれないが、これだけ集まると……見た目悪いな?」
「いや、でもエビでしょ? きっと美味しいって!」
「だと良いんだが」
 対岸に戻って、これも樽の中に入れる。
 かなりの過密状態だが、水の中に戻ったからか、あまり動かずにじっとしている。
「しかし、魚は良く釣れるし、カゴでもたくさん獲れる。かなり良い漁場だな、ここって」
「しかも都合良く、全部食べられるし」
 ナマズにカニ、それにエビが2種類。トーヤ曰く、いずれも食用可なのだから、運が良い。
「いえ、それ自体は不思議じゃないでしょ。日本でだって、川の中を総浚(そうざら))いして生き物を捕まえれば、その大半は食べられるわよ。美味しいかどうかは別にして」
「そういえばそうか。鯉や鮒、鮠、ドジョウやサワガニ、ブラックバスやブルーギルだって食べられるよな。亀の類いは厳しそうだが」
 と思ったのだが、ナツキから衝撃情報が飛び出した。
「実は、ミドリガメやクサガメも食べられるらしいですよ? 私は食べたことないですけど」
「マジか!?」
「マジです」
 マジらしい。
 トーヤが【鑑定】すると、やはりそのへんの亀も『食用可』と出るのだろうか? ……出るんだろうなぁ。
 でも、スッポンは食べるんだから……いや……う~ん、極力食べたくはないかなぁ。やっぱり、見た目は大事だよなぁ。人も食材も。中身が良くても箸を付けられなければ意味がないんだから。
 ま、食材の方からすれば、その方が良いんだろうけど。