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098 家を手に入れた!
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
今後の方針を、木の実が採れる間は南の森で魔物討伐しつつ、採取とする。
徳岡たちは基本放置。
髪が伸びてきたので、ハルカにカットしてもらう。
 翌日からは予定通り、討伐と採取に精を出す。
 地雷のありそうな伐採現場は素早く通り過ぎ、森の奥に侵入。そこで栗と胡桃を集めつつ、ゴブリン時々ブランチイーター・スパイダー。スラッシュ・オウルは襲ってきた場合のみ、適当に切り飛ばす。
 ハルカとユキも【短刀術】のスキルを得ているので、事前警告さえしておけば、スラッシュ・オウルはただの雑魚である。
 ただ、収入としてはやっぱり微妙だった。
 栗と胡桃は、入る人の少ない森の奥だけにそれなりに拾えたのだが、買い取り価格は思ったよりも低く、あまり足しにもならない。
 それに結局、『その程度の値段で売るなら、自分たちで食べた方が良くない?』という話になり、売ったのも1度切り。
 東の森と比べると魔物の数だけは多いので、討伐数は稼げるものの、オークと比べると得られる物の価値が低い。
 魔石とブランチイーター・スパイダーの報奨金の利益で、1日おおよそ金貨30枚ぐらい。
 1人あたり金貨6枚なので、生活は十分できるのだが、命を賭ける対価としてはちょっと少ない気もする。
 平均的な日本のサラリーマンでも、少し残業すればこのぐらいは稼ぐだろう。もちろん、賃金の手取りじゃなくて生産性で、だが。
 とはいえ、魔物を倒す事で金銭的報酬だけではなく、経験値的な物を得ているはずで、これも無駄では無いのだが、『賃金は安くても経験を得られた』とか言うと、急にブラック臭がするのはなぜだろう?
 そんな日々を過ごして8日間。
 途中2日ほど雨で休みにしたが、それ以外は毎日南の森で『クリーン作戦』を実行していた俺たちに、ついに待ちに待った知らせが届いた。
            
「これ、あたしたちの家なんだよね……」
「あぁ。ついに、ついに手に入れたな!」
「長かったね」
「そうだな。この世界にやって来て苦節――」
「お~い、変な小芝居してないで、入ろうぜ?」
 家の前でアホな小芝居を始めたユキとトーヤに、俺はツッコミを入れ、ハルカとナツキも苦笑している。
 苦労していないとは言わないが、この世界に来て僅か半年ほどでこの家を手に入れた事を考えれば、間違いなく順調で、『苦節』どころか、やや『あっさり』という印象すらある。
 家を引き渡された感動が無いわけではないのだが、外見的には1週間ほど前から変わっていない上に、作られている工程で何度も見ていたので少し今更感もある。
 内装も時々確認を求められていたので、どうなっているかは把握済み。中に入ってもビフォアーでアフターなアレみたいに、『なんということでしょう!』なんて感動は無いだろう。
 ただ、かなり立派な家ができたことは確か。
 外壁が白い漆喰で塗られた2階建ての洋館はかなり大きく、一見すると貴族の屋敷の様にも見える。
 庶民の家では板張りの壁が多い中、少しコストの掛かる漆喰を採用したのは、耐久性と気密性を確保するためである。日本の現代の建築のように、高気密・高断熱は無理だろうが、きっと板張りよりはマシに違いない。
 微睡みの熊亭はあまり気にならないが、作りが悪い建物だと、かなり隙間風が入ってくるのだ、板張りだと。
 ただし実用性重視なので、無駄な装飾などは一切無く、見る人が見れば貴族や裕福な商人の家との違いは、すぐに分かるらしい。
 だが、それで問題はない。
 俺たちはただの冒険者だし、無駄に金があると思われるより、安全だろう。俺の美的感覚から言えばシンプルながら、悪くない外見なのだから。
 これで代金は金貨1,100枚あまり。
 予算としては1,200枚だったのだが、特にトラブルも無く、途中で変な注文を付けるようなこともしなかったので、後金として払うのは500枚と少しで済んだ。
 他の物価と家の大きさから考えると安い気もするが、設備が全然違うので、日本と比べるのは無意味だろう。
 まぁ、日本でだって、都会じゃ無ければ2、3百万円で中古の庭付き一戸建てが買えたりするから、正にピンキリなのだが。
「しっかし、まさか、10代で一国一城の主になろうとは……」
 小芝居は止めたものの、少し感慨深げにそう口にするトーヤに、今度はユキからツッコミが入った。
「いや違うよ? あたしたち5人の共同の持ち物だよ? あえて言うなら5分の1城の主だね」
「わかってるよ! 気分だよ、気分!」
「いわゆるシェアハウスだよね、これ」
「普通は賃貸だけどな、シェアハウスするのって」
「ですが、数ヶ月で自分たちの家が持てるとは思いませんでした。サールスタットにいた頃には」
「あぁ、ユキとナツキは苦労したもんね……」
 その頃のことを思い出したのか、ナツキがちょっと目を潤ませて言葉を溢こぼし、ハルカがウンウンと頷きつつ、肩を抱く。
 この世界に於いて、あの賃金が真っ当かどうかは判らないが、俺たちからすればかなりギリギリすぎる額だった。
「だが、日本でも数ヶ月間、5人で働き続ければ家を買えないことは無いんだよな、よく考えると」
「私たちが未成年だとか、税金とか全部無視して、金額だけならね」
「家を買う場合、固定資産税や登録免許税、各種手続きの手数料など、案外必要ですしね」
 高校生だった俺たちからすれば家を買うなんて思考の埒外だったが、不可能って金額じゃ無いんだよなぁ、ハルカの言うとおり、色々無視すれば。
 後はまぁ、こういう状況じゃ無ければ、全員のお金をまとめて一緒に買うということもできなかっただろう。普通なら、バイト代を出し合って買うには高すぎる物だし。
「それじゃ、中に入りましょうか」
「そうだな」
 正面の扉を開けて中に入ると、最初にあるのはやや広めのエントランス。
 左右の壁に扉があり、左が応接間、右側がトイレになっている。
 突き当たりには左右に伸びる廊下があって、左側は奥から台所と食堂、リビングが並び、右側には研究・実験室4部屋と風呂になる予定の洗濯室がある。
 正面には2階に上る階段。2階は単純で左右に同じ部屋が5部屋ずつ並んでいる。一部屋の広さは20畳ぐらいでやや縦長。建物のサイズの関係で当初の予定より2部屋増えている。
 残っていた土台の上に四角い建物を建て、それを適当なサイズに区切っただけとも言える単純な構造である。
 遊び心は無いが、実用性は十分である。デザインがよくても、住みにくかったら何の意味も無いしな。
 但し、本当に何も無いので殺風景ではある。今後、家具やカーテン、絨毯などのインテリアは買いそろえていかないとダメだろう。
「まずは……自分の部屋を決める?」
「そうだね! 間取りは全部一緒だからどこでも良いと思うけど……誰か、希望ある?」
「違いなんて、階段に近いかどうかだけだよな?」
「それぐらいだな」
 積極的に場所を選ぶほどの差異も無い。
 そんなわけで、適当に左側の奥からユキ、ナツキ、ハルカ、俺、トーヤの順で部屋を割り当てる。
 一応、侵入者があった場合のことも考えて、階段に近い場所にトーヤと俺を配置したのだが、これに意味があるようなことには、なって欲しくないところだ。
 右側の5部屋は全部空き部屋。余裕があれば客間として使えるように整えるつもりだが、場合によっては倉庫などになるかもしれない。
「宿を引き払って、今日からこちらに移るのか?」
「私はそれでも良いけど、床の上で寝ることになるわよ、ベッドも無いんだから」
「……さすがに即日配達は無理か」
 量販店から組み立て式ベッドを買ってくるようにはいかないよな。
 野営の時はマントに包まって寝たわけで、数日ならそれでも問題は無いと思うが……。
「ベッドは受注生産だよ? シモンさんか、家を建ててくれた大工さんの誰かに頼めばすぐに作ってくれると思うけど」
「調理器具も揃えたいですね。野営用の物でもある程度は作れますけど、せっかく台所ができたんですから」
「そうね、そのあたりはこの後で買い出しに行きましょ」
「後は必要な家具も、ですね」
 まずは最低限必要な物を揃えるという方針で買い出しに出かけた俺たちは、最初にシモンさんのところで人数分のベッドと食堂のテーブル、椅子を注文した。
 受注生産なので、当然納品まで時間が掛かると思っていたのだが、訊いてみると、何の装飾も無いベッドであれば翌日には全員分揃えられるらしい。
 シモンさんには「面白みが無い」と言われたが、ベッドにゴテゴテとした彫刻があっても、掃除が面倒なだけである。そういった物は貴族相手に薦めて欲しい。丈夫で実用的であれば何の問題も無い。
 尤も、ユキは天蓋付きベッドを薦められて、やや心が揺れていたみたいだが、ハルカとナツキが興味を示さなかったので、やや渋々ながら諦めていた。
 俺も、そこに金を使うなら、自室に置く机や椅子を注文する方が良いと思う。
 ただ、そのあたりは必須では無いので後日に回し、次に買いに行ったのは布団。
 やや意外なことに、こちらの納品はベッドよりも遅く2日後。
 庶民向けの新品の布団はあまり売れないので、在庫がないらしい。
 お値段も結構高いのだが、これは必要な物なので、毛布や枕も合わせて人数分注文しておく。
 そして、最後に買いに回ったのは、食器と調理器具。
 これまでは控えていた陶器の食器類や大きめの調理器具を、ハルカたちが結構自重せずに買い求める。
 金貨が何枚も飛んでいくのだが、『美味しいご飯を食べるため!』と言われてしまっては、俺たちに反論の余地は無い。
 俺とトーヤに【調理】スキルは無いのだから。
 無駄遣いというわけでは無いし、そこで節約する必要があるほどに困窮もしていない。
 むしろ、頑張って買い込んで美味い食事を作って欲しい。
 そして2日後。
 最低限の生活環境を整えた俺たちは、長く世話になった微睡みの熊亭に別れを告げ、初めて手に入れた自分たちだけの拠点へと生活の場所を移した。