# 108 DIYで浴槽を! 完成編 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ 翌日はユキと共に珪砂の作成に励む。 結果、魔力の回復のため、大半の時間を寝て過ごすことになる。 ハルカは時計、ナツキは薬の作製。トーヤはトミーの訓練に付き合う。 ---  翌日、俺とユキは洗濯場で山になった珪砂と向き合っていた。  トーヤは今日もトミーに付き合うらしく、外出。  ナツキとハルカは研究室で錬金術に取り組んでいる。 「さて、これを浴槽にしていくわけだが……ひとまず、大まかな形にしてみるか」 「だね。ちょっとでも魔力が節約できればその方が良いし」  適当な山になっていた珪砂を四角い形に広げて{平}(なら)す。そして、縁の部分は少し盛り上げて簡単な箱状に。  粘土ではないので大まかな形が解る程度でしかないが、砂の山の状態よりは浴槽のイメージが掴みやすい。 「ここからどうするか……同時に魔法を使うのは、無理だよな?」 「無理でしょ。同じ対象に2人で魔法を使うと反発すると思うよ?」  『土操作グランド・コントロール』の場合、対象となる土に自分の魔力を浸透させて操作する。それを2人同時にやろうとすると、どちらの魔力も他方が邪魔をして浸透しなくなるのは当然と言えば当然である。 「なら、どちらかが一気に作ってしまうか、半々ぐらいでやるか……。ユキ、できそうか?」 「難しい、かも? 魔力自体はナオの方があるよね?」 「俺も自信は無いかなぁ? ユキ、成形ぐらいまでやってくれないか?」  俺がダイスを作る時にやっているプロセスは、土を固めてダイスの形に成形する、それをぎゅぎゅっと固めて崩れたりしないように凝結させる、という2段階。  より魔力を消費するのは後者だが、前者の方も簡単というわけでは無い。 「えーっと、失敗してもいい?」 「ま、頑張ってみてくれ」  少し不安そうに言うユキに俺は頷きつつも、激励しておく。 「それじゃ行くよっ! 『土操作グランド・コントロール』!」  珪砂に手をかざしたユキがそう唱えると、砂粒が動き出しだんだんと浴槽の形になっていく。  それに伴い、ユキの額にも汗が浮かび始め……。 「もう、ダメ!」  浴槽の形が完成したところで、ユキがそう声を上げて大きく息を吐いた。 「やっぱり、このサイズは無理だぁ~~~」 「いやいや、しっかり形はできてるじゃん? これでオッケー?」  ユキが魔法を止めても崩れる様子も無く、見た感じ、サイズや周りの厚みなども、想定通りになっている。ガラス的な光沢は無いので、まだ『土操作グランド・コントロール』で固めただけなのだろうが、これを凝結させるだけなら結構楽かも?  しかし、ユキはそれをいろんな角度から見て、少し首を捻った。 「縁をもうちょっと滑らかにして、側壁をもう少しだけ斜めにした方が良いかな? 公衆浴場なんかだと垂直だけど、家のお風呂って少し斜めでしょ? もたれかかるならそっちの方がリラックスできるし」 「なるほど。それじゃ少し修正してから固めてみるか」 「お願いします! 今日、お風呂入りたい!」  ユキの期待を背に受けて、俺は浴槽に手を置き、魔法を使う。  サイズが大きいだけに、魔力を浸透させるだけでも、魔力がぐんぐんと減っていくのが感じられる。  ――少しだけ形を修正して……固める! 「おぉっ!」  白っぽかった浴槽が一瞬にして半透明に変化し、ユキが感嘆の声を上げる。  そこから更に、ぎゅぎゅっと押し固めるようなイメージを送ってから、俺は力を抜いた。 「ふぅ。どうだ? 良い感じ?」 「うん、うん! 滑らかだし、固いし、完璧じゃない!?」  浴槽のいろんな所をペタペタと触ったり、撫でたりしたユキが、満面の笑顔でそう答える。  俺も触ってみるが、固いし、つるつるしているし、自賛するわけじゃ無いが良い感じである。 「……あれ?」  だがその時、ユキが何かに気付いたように、声を上げて首をかしげる。  嫌な予感。 「――どうした?」 「排水口が無いよ?」 「……おぅ、シット!!」  すっかり忘れていた! 使った後は水を抜かないとダメじゃん!  俺は慌てて浴槽の下に穴を空け、更に底面を少しだけ斜めにして水が抜けやすいように調整する。 「ふぅ。これでオッケー!」  ニッコリと笑ってサムズアップした俺に、ユキが少しだけ呆れたような視線を向けてくるが、何も問題ない。 「結構あっさりと調整したね? 固めた後でも可能って事は、割れたり欠けたりしても、補修は可能って事かな?」 「そう、だな? 感覚的には、固める前と操作にかかる難易度は変わらない感じだな」  咄嗟に作業したが、珪砂のままでも、ガラス状に固めた後でも、問題なく変形できるようだ。  これ、金属も変形可能なら、鍋とかも簡単に作れるんじゃね? 「あとは、栓を作れば完了だね。今夜、入れるかな?」 「ハルカが湯沸かし器を作っていればな」 「ふふふっ、楽しみっ!」  ユキはそう言って微笑んだ。     ◇    ◇    ◇  俺の懸念も何のその。ハルカはしっかりと湯沸かし器を完成させていた。  形状としては一抱えほどのちょっと縦長の箱で、これに魔力を注いでから浴槽に沈めておけば良いらしい。  そして幸いなことに、俺たちの完成させた浴槽もまた、みんなには好評だった。  完成したのであれば、当然使いたくなるのが人情。  いつもより少し早めに夕食を終えた俺たちは、早速風呂に入るべく、準備を始めた。  排水口に栓をして、そこにハルカが水魔法で水を注ぐ。  かなり大きな浴槽にもかかわらず、大した苦も無くそれを満たしたハルカは、俺が魔力を注いでおいた湯沸かし器を沈める。  後は30分も待てば入れるようになるらしい。 「誰から入る? というか、1人ずつ入るか?」 「お風呂と言っても浸かるだけだし、みんなで入っても良くない? ――あ、もちろん男女は別で」  みんな、と言った後、チラリとトーヤを見てそう付け加えるユキ。そんなユキを見て、トーヤは少しだけムッとしたような表情で口を開いた。 「解っとるわ! それじゃ、男女で分かれて……レディーファーストで良いか、ナオ?」 「構わないぞ。それじゃ、俺は部屋に戻っているから、全員出たら呼んでくれ」 「了解。悪いわね、ナオ。作るの大変だったのに、先に頂いて」 「頑張ったのはユキも同じだから気にするな」 「ナオくん、お先に頂きます」 「おう、温まってこい」  風呂に入る準備を始めた女性陣と別れ、俺は自分の部屋へと引っ込んだのだった。 「かぽーん」 「何だ、突然?」 「いや、せっかくの風呂だし、SEでも入れようかと」 「何じゃそりゃ」  しばらくして風呂から上がった女性陣と入れ違いに、俺たちは風呂に入っていた。  妙なことを言うトーヤと並んで湯に浸かり、ぼけーっと天井を見上げる。 「風呂に入るの、何時ぶりだ?」 「こっちに来てからは入ってないからなぁ……3ヶ月ぐらいは経ったよな?」 「それぐらいか……。これでほぼ生活環境は整ったな」 「そうだな。日本とはもちろん違うが、あまり不満の無い生活を送れるようになったな」  衣食住のうち、『住』はこの風呂の完成を以てほぼ問題が無くなったし、『衣』もハルカたちに頼めば作ってもらえる。  『食』はハルカたちが料理を作るようになって不満は無くなり、ある面で保存庫は冷蔵庫以上に便利、氷が必要ならハルカに頼めば出してもらえる。  ……うん、かなり女性陣頼りなのが情けないが、十分に文化的生活が送れるようになったのは間違いない。 「しかし、ここ、お前の作った浴槽は高級感すら漂うのに、風呂場自体は微妙だよなぁ」 「元々洗濯場だしな」  少し不満げなトーヤに俺は頷きつつも、そう返した。  床は石畳、壁面は白漆喰で、室内への扉と裏庭に続く扉が付いている部屋。  北向きの部屋だけに昼間でも少し暗いのだが、風呂に入るのはそもそも夜だし、天井付近にはハルカの『光ライト』で光球が浮かんでいるので十分に明るい。  普通の風呂として使うなら不満点も多いが、所詮俺たちは事前に『{浄化}(ピュリフィケイト)』を使っていて、湯に浸かるだけなのであまり問題は無い。 「庭も広いし、魔法を使えば露天風呂を作ること自体は難しくないが……管理がなぁ」  土魔法で岩は作れるし、穴を掘るのも簡単。  ハルカのおかげで給湯設備は不要なため、考えるべきは排水のみ。作ろうと思えば、1日ほどで作れるだろう。  だが、どれだけの頻度で使用するかと考えれば、実用性はかなり微妙。  そこしか無ければ使うだろうが、すでに室内に風呂があるのだ。たまにならともかく、風呂に入るためにわざわざ外に出るのは面倒だし、汚れやすい露天風呂の掃除も大変。  それでも作る価値があるかと言われると、少々疑問がある。 「取りあえずは保留だろうな。トーヤの方はどうだったんだ? 今日もトミーとゴブリン退治に行ってたんだろ?」 「ゴブリン退治というか、訓練だよな、退治が目的じゃねーから。それなりには上達してるぞ? バトルハンマーの扱いはある程度様になってる。最初以外は飛散物を被ることも無かったし」  戦闘スキルを持っていなかったトミーは、ガンツさんに師事してバトルハンマーのスキルを身につけたらしい。  他にも体力作りに走り込みなどもしているようで、俺たちほどでは無いにしろ、それなりに真面目に訓練をしているようだ。 「なら、今度釣りに行く時は連れて行ってやるか?」 「できればそうしてやりたいな。問題となるのはマジックバッグの扱いだが……」  トミー相手の場合、ディオラさんのように『知り合いから借りている』という言い訳が使えないため、マジックバッグの存在は秘密にしている。  この街にいるのがトミーだけなら知られても問題ないんだが、岩中みたいな面倒な奴もいるからなぁ。 「だが、釣りに行くのに使わない方法は無いだろ?」 「だよなぁ」  マジックバッグにはかなりの量を蓄えているので、次に釣りに行くのは当分先だろうが、どうせ行くのなら、前回と同じぐらいは確保しておきたい。 「対策としては、俺とトーヤ、トミーだけで日帰りの釣行に行くか? 早朝から走れば、日帰りでも数時間は釣れるだろ?」 「それもありか? あの辺、大して強い魔物は出てこないし。トミーの方も何日も仕事は休めないだろうし」 「あ、それがあったな」  前回は何日も掛けてカゴを使った罠漁もやったわけだが、トミーの本業は鍛冶師――の見習い。その間、ずっと付き合わせることはマズいだろうし、1人で帰らせるのも危ない。  ほぼ問題は無いはずだが、万が一にでも魔物に襲われて死んだ、とかなると寝覚めも悪い。岩中とかならどうでも良いのだが、トミーはそれなりに付き合いがあるだけに。 「それじゃ、トミーがそれなりの腕になったら、その方向で提案してみるか」 「だな。アイツも喜ぶだろ」  トーヤはそう言って頷いた。