# 117 巨木を切る (1) 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ ナオ以外が、アエラの友人で新しい店員のルーチェの紹介を受ける。 鹿肉の料理と、バインド・バイパーの料理を習う女性陣。 バインド・バイパーの骨で作ったスープの美味しさに衝撃を受ける。 ---  翌日から俺たちは、少しずつ森の奥へと探索範囲を広げていた。  最初は多少苦労していたバインド・バイパーも、ナツキが特注の薙刀をトミーに作って貰って以降は、なんともあっさりと片が付くようになってしまった。  シュルシュルと伸びてきたバインド・バイパーの頭を、ナツキがスッパリと切り落としてしまうのだから、なかなかにとんでもない。  驚く俺たちに、ナツキは「小太刀より、薙刀の方が得意ですから」とあっさり言ってのけた。  実際のところ、斃すだけなら俺やユキの魔法でなんとでもなるのだが、ナツキとしては自分が有効な攻撃手段を持っていない事が、ちょっと悔しかったらしい。  スカルプ・エイプに関しては、慣れてしまえば大した問題は無かった。  1匹ずつは弱いので、互いにカバーし合って順番に斃していけば危険性は少ないのだ。  たまに石を投げてこようとする個体だけは少々厄介だったが、遠距離攻撃ができるメンバーが警戒しておけば、それを優先して撃破する事も容易い。  尤も、後始末が面倒で稼ぎが少ない事は変わりなく、あまり遭遇したい敵ではないのだが。  どうするか少し悩んでいた鹿――ブラウン・エイクは、1匹あたりではオークに近い稼ぎになる上、山に近い場所には比較的多く生息している関係で、結構な数を狩っていた。  解体が面倒と言えば面倒なのだが、事前に動滑車と脚立を用意しておけば森の中での解体も、あまり苦労する事無く作業できるようになったのだ。  これらのおかげで、季節的には稼ぎが少なくなりがちな冬にもかかわらず、俺たちはこれまでとあまり変わらない稼ぎを上げ続けていた。  家を購入した事で蓄えが大幅に減少していたので、これは正直非常にありがたかった。  そして、森の奥に入り続ける事、1週間あまり、俺たちはやっと銘木が生えている辺りに到達していた。  少し無理をすれば、もっと早く辿り着く事はできたのだろうが、俺たちの目的はここで木を切る事。辿り着いて終わりでは無い。  当然その時に響く斧の音は大きく、周辺に魔物が多く居れば引き寄せる事になるだろう。  それもあってやや慎重に、少し魔物を駆除するような感じで探索を進めていたのだ。 「さて、この辺りの木なら、どの木でも高く売れるんだよな?」 「シモンさんは胡桃が欲しい、的な事は言ってたけど……あと、太いのが良いだったよね?」  俺がそのへんの木をぺしぺし叩きながらそんな事を言うと、ユキが1本の木を指さしながらそう応えた。  ふむ、あれが胡桃か。実が生ってないと見ただけじゃ判らないな。  【ヘルプ】を使えば判別はできるが。 「しかし、結構太い木が多いよな? 50センチぐらいはざらにあるし、1メートル超えも普通に見つかる」  トーヤが言っているのは幹の直径の事である。  中には俺が抱きついても半分も手が届かないような木もあるのだから、かなり巨木が多いと言えるだろう。  林業が盛んだった日本だと、これだけの木が生えている場所はそうそう無い。  一部の鎮守の杜とか、霊山とか、そういうところには巨木も残っているが、それ以外の場所だと木材にしてしまってるからなぁ。 「こんな大きな木、切るのが勿体なく感じてしまいますね」 「同感。これだけになるのに、どれくらいの年月がかかったのかな?」 「私たちの人生の何倍も、でしょうね」  一際巨大な木を見上げ、悠久の時の流れに思いを馳せる俺たち。  だがそんな俺たちの感傷を叩きつぶしたのは、トーヤだった。 「でも切るんだろ?」 「……まあ、そうなんだが」  ここまで苦労してやって来て、切らずに帰るという選択肢は無い。  無いのだが……やはり、感傷に過ぎないか。 「確かに、トーヤの言うとおりなのよね。せめて切りすぎないように、間隔を空けて切っていきましょ」 「そうですね。大きい木を間引くように切れば、小さい木が大きくなる余地ができますよね」  間伐みたいな物だな。  幸いと言うべきか、俺たち以外に切りに来る人はいないわけで、資源の枯渇を心配する必要は無さそうである。 「でも、このへんって、以前は伐採が行われてたんだよね? その痕跡とか、見当たら無くない?」 「そういえば、切り株とか見た覚えが無いな?」  盛んに切り出されていたと聞いたわりに、歩いていて目に付く事も無かった。  まさか、伐採する度に切り株を掘り起こしていたとも思えないが。  そんな俺の疑問に答えたのはトーヤだった。 「一応あったぞ? かなり朽ちて、まともには残ってなかったが。確かそのへんにも……ほら」  トーヤが下草をかき分けて示したのは、確かに切り株の跡だった。  直径1メートルには満たないが、それでもかなりの大きさである。  地上から上の部分は殆ど残っておらず、地面に埋まっている部分もかなり朽ちていて、もう少しすれば地面と同化してしまう事だろう。  その切り株の部分からも草が生えているので、これは言われなければ気付かない。 「トーヤ、良く気付いたな? 切り株ってかなりの期間残る物だと思っていたんだが……いや、何時の切り株かは解らないんだが」  良くは知らないが、この森から木が切り出されなくなって、確か10年以上は経っているのか?  これぐらいが普通なのだろうか? 「ここには、朽ち木になる前に生えるマジックキノコという実例もありますし、もしかすると腐りやすいのかも知れませんね」 「ちょこちょこと、不思議な物があるよね、この世界。ほら、インスピール・ソースとか」 「……確かにアレは、脅威の分解力よね」 「正直、バイオテロにならないあたりが不思議です」  それを考えれば、切り株の分解の早さぐらい、大したことも無いのか? 「さて。そろそろ木を切りましょ。トーヤ、木の切り方は知ってる?」 「簡単な物なら。まずは倒したい方向の幹に受け口を切る。それからその反対側、受け口の少し上の部分から切っていく。最後に楔を打ち込んで倒す。倒す前には『たーおれーるぞー』と叫ぶ。そんな感じ」 「そうね、意外に重要ね、かけ声。このサイズの木、下敷きになったら命に関わるし」 「確かに滅茶苦茶重そうだよな」  地上何十メートルもの高さから、お相撲さんがボディプレスを仕掛けてくると考えれば、その脅威は理解できるだろう。……いや、硬い分、それよりも酷いか。  良くて骨折、悪ければ死亡。  いくら身体能力が向上しているとはいえ、その強度を試す気にはならない。 「ただ、素人が狙った方向に倒すのは難しいから、ロープで引っ張った方が良いとは思うんだけど……引っ張る人が危ないわよね」 「そこはあれ、滑車を使えば良いんじゃないか? 長いロープもあるし」  鹿を解体するために買った滑車と、ディンドルの木に登るために買った長いロープ。それを使えば、倒れる方向に居なくてもロープが引っ張れる。  ディンドルの採取の時期が終わった後は宿に置いたままだったのだが、マジックバッグを手に入れて以降は常に持ち歩いているのだ。  何らかのアクシデントがあった時、ロープは重要そうだし。  それならば以前から持ち歩け、と言われそうだが、丈夫で長いロープってかなり重いんだよ。  具体的には数十キロ以上。  原料はよく解らないが、何かしらの天然繊維らしい。  化繊ならもうちょっと軽くて丈夫なのもあるのだろうが、無い以上は仕方が無い。 「確かにそれは良い方法ね。倒れた木が運悪く滑車に当たる、なんて可能性も低いだろうし」 「……それはフラグじゃ無いか? ハルカ」  これ、動滑車なので、結構良いお値段がしたのだ。  その分、力は半分で済むのだが、少しだけ複雑な構造なので、万が一、倒れた木が当たって壊れたりしたらお財布的に痛い。  倒れる方向に設置する事になるので、当たらないとも言い切れないんだよなぁ。  かといって、俺たちに当たるよりは動滑車が壊れる方がマシである。 「……当たらないよう、設置方法に注意しましょ」  そう言って苦笑したハルカに、俺も頷く。 「そうだな。――でもさ、一番の問題は木の太さじゃないか? これ、斧でなんとかなる太さか?」  俺たちが購入した斧の刃渡りは20センチほど。  それに対し、切ろうとしているのは直径が1メートルを超えるような巨木。  もう、切ると言うよりも削っていく、というような感じである。  斧を振るうスペースを考えれば、かなり大きなクサビ型に削っていかないとダメだろうし、かなり大変そうである。  トーヤが取り出した斧と木を見比べ、全員が首を捻る。 「このサイズの巨木って、現代だと、どうやって切るのかな?」 「以前見たのは、長さが俺の身長ぐらいある、巨大なチェーンソーを使っていたな」  ユキの疑問に、俺は以前見た巨木の伐採風景を思い出す。  その時はクレーンも併用していたので、まったく参考にならないのだが。 「チェーンソー……ね」 「ハルカでも作れない?」 「魔道具でって事? 研究すれば不可能とは言わないけど、あまり気は進まないわね」 「じゃ、あれか、超巨大な、冗談みたいな{鋸}(のこぎり)。刃が妙に大きい奴」 「大鋸おがのこと? あれ、ギザギザは大きいけど、刃が着いてるのは先っぽだけだからね?」  ギザギザが大きいのは、鋸屑の排出性の為なんだとか。  そもそも、製材用の鋸で、伐採用に使う物では無いらしい。 「{鋸}(のこぎり)なら、両引き鋸ということになるのかしら? 両方から2人で引くやつ」 「それは買ってないぞ?」 「そうなのよね。斧でなんとかなると思ってたから……」  実際に来てみると、想像以上に多くの巨木が存在していた。  数本程度ならともかく、このサイズの巨木を何度も切るとなると、正直、今の斧では気が遠くなる。 「う~ん、ハルカ、ウォーター・カッターみたいな魔法で切れないか?」 「以前、無理って話、したと思うけど?」  トーヤの質問に、ハルカが不思議そうな表情を浮かべた。  ウォーター・カッター、それは1ヶ月ぐらい前に一度話題になって、無理だろ、という結論になった魔法である。 「それはあれだろ? 高圧で噴射した水が空気にぶつかって拡散するから近くの物しか切れないって」 「そう。だから木を切る場合、幹の周囲、1、2センチぐらいが切れれば良い方じゃないかしら? 大木を切るのには全く向いていないわね」 「うん、だからオレ、考えたんだ。魔力で細いパイプを作って、そこを通すようにすれば、拡散せずに遠くまで届くんじゃ無いかって」 「まぁ! トーヤ、あなた天才ね! ――と言うとでも? そんな高圧に耐える細いパイプなんて、魔力で作ろうと思ったらどれだけ大変か……。トーヤは魔法使わないから判りにくいかもしれないけど、この世界の魔法を使うのって、結構難しいのよ?」  呆れたような表情を浮かべてハルカが肩をすくめる。  そしてそれは俺も同感である。  魔法のカスタマイズ的な事はなかなかに難しく、特に素早く使おうと思うとかなりの練習が必要になる。  俺が『{火矢}(ファイア・アロー)』を好んで使う理由も、そこにあるのだ。  だが、そんな魔法使いたちの心情も、トーヤには伝わらなかったようだ。 「努力もせずに諦めるとかハルカらしくないぞ! できるできる! ハルカならきっと!」 「……無責任な期待が重いわね。私、錬金術と光魔法の研鑽でかなり大変なのよ? そういえば……ユキも水魔法の素質、持ってたわよね?」 「えぇ!? あたし?」  いきなりハルカに話を振られ、ユキが自分を指さして目を丸くする。 「今、レベルいくつ?」 「一応、レベル2にはなったけど……あんまり使ってないよ?」  トーヤ以外の魔法が使える面々は、それぞれ地道に魔法の訓練を続けているのだが、実際に戦闘に使用されるのは基本、火魔法オンリー。  火魔法は十分に火力が高く、幸いなことに火耐性持ちの魔物なんて出てこないので、別の魔法を使う理由が無く、活躍する機会も少ないのだ。  俺の時空魔法も、最近では戦闘で使う事はほぼ無いし、マジックバッグも作ってしまったので、訓練の時以外は使う機会が無かったりする。  むしろ魔法全般は、普段の生活で大活躍している。  簡単に風呂に入れるのも、身綺麗に過ごせるのも、寒さを気にしなくて良いのも、雨に濡れずに済むのも、すべて魔法のおかげ。  派手さは無いが、とても重要な役割を担っているのだ。 「確か、『{水噴射}(ウォーター・ジェット)』はレベル1だったよな? 取りあえずやってみたらどうだ?」 「『{水噴射}(ウォーター・ジェット)』って、そのままだと、高圧洗浄機にも劣るんだけど……。あまり期待しないでね? できるだけ圧力を高くしてみるけど」  そう言いながら、ユキが人差し指を木の幹ギリギリに近づける。 「むむむっ……『{水噴射}(ウォーター・ジェット)』!」  ユキの指先から細く勢いよく飛び出した水が、木の幹をえぐる。  ユキはそのまま、ちょっとずつ指をずらしていくが……。 「……木の皮を剥くのには便利そうだな?」  よく見ると、えぐれたのは木の皮の部分のみ。  顔を近づけてよく見ても、幹自体には傷も付いていない。 「そういえば、木材の皮を剥くのに高圧洗浄機を使う場合もあるらしいな」 「確かに皮は綺麗に剥けてるな。それでいて木の幹は綺麗なままだし」 「ユキ、もうちょっと頑張れない? 水の量はそのままで、もっと細く絞るとか」 「無理無理、限界! と言うか、魔力も限界! 終わり!」  指から出していた水を止め、ユキが「ふぃ~~」と息を吐く。  削れた皮の幅は、幹の外周に沿って40センチほど。  これでは魔力効率は良くない……とか言う以前に、皮程度なら鋸で挽けば簡単に切れるので、何の意味も無い。 「せめて幹が削れれば、ちょっとは価値があるんだが……」 「そう思うなら、ナオもやってみると良いんじゃないかな!? エルフなんだから、素質が無くても使えるよね!」 「水魔法は練習してないからなぁ」  素質が無いのは火魔法も同じなのだが、これは最初からレベル1で取っていたし、ずっと訓練も続けていたので、かなり自在に使えるようになっている。  それに対し、水魔法はこれまで使った事は無いのだ。  とは言え、ハルカは3系統の魔法に錬金術、ユキは4系統の魔法に錬金術+薬学に手を染めている。それを考えれば、時空魔法と火魔法、土魔法の3つしか覚えていない俺も、もう少し努力すべきかも知れない。 「――前向きに善処する」 「鋭意努力を期待する!」  俺の曖昧答弁に、ユキは俺をビシリと指さし、厳しく言い切った。  うん、頑張るさ。時間の許す範囲でな。