# 124 2度目の伐採 (2) 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ トーヤが新しい斧で木を切り、ナオも新しく習得した魔法で切ろうとする。 しかし、予想以上に魔法の威力が強く、あわや失敗しかける。 短時間で伐採できるようになったため、制限が必要か話し合う。 --- 「まぁ、それは一旦棚上げしよう。それより、さっきから微妙な反応が【索敵】にあるんだが」 「また魔物が寄ってきたの? やっぱ伐採すると大きな音がするから、仕方ないのかしら」  ハルカがため息をつき、ユキもまたウンザリとしたような表情を浮かべる。 「1本倒す度に戦闘、というのは面倒だよね。せめてスカルプ・エイプじゃなくて、オークなら良いんだけど。ナオ、何?」 「いや、微妙、って言っただろ? 解ってたら伝えてるって」  何が微妙かと言えば、まず移動速度が遅い。  伐採前後で特に速度を変える事も無く、ゆっくりと近づいてきている。  更に反応は単独で、このあたりに生息している魔物としては、かなり弱く感じられる。 「弱いって、ゴブリンより?」 「いや、それよりは強い反応、かな? 尤も【索敵】の反応は、単純な強さだけじゃないみたいだが」  恐らくだが、魔物に関する反応は、魔石に含まれる魔力、解りやすく言うなら売値に比例している感じだ。つまり、高く売れる物はより反応が強く、安い物は弱い。  通常は強い魔物ほど魔石が高く売れるのだが、戦い方次第で厄介な相手というのも存在しているため、油断ができない。  ちなみに、タスク・ボアーやヴァイプ・ベアーの様な動物と魔物は反応が違うので、区別する事ができる。 「よく解らんが、新種、か? ……よし、確認に行こうぜ!」 「……まだここに来るとは決まってないんだが? 到達前に、作業が終わる可能性もあるし」 「作業中に来たら面倒くさいじゃん。待つより、先に排除しておこうぜ」  うーむ、先制攻撃の方が有利というのは確かにある。  相手が何かよく解らないだけに、せっかく切った木材が傷付く可能性も無いとは言えない。 「どう思う?」 「新しい魔物、というのは気になるわね」 「はい。このへんで出てくる魔物で後遭遇していないのはオーガーだけですが、そこまで強くは無いんですよね?」  ナツキに問われ、俺は頷く。  オークよりもずっと強いらしいオーガー。そんな魔物であれば、こんな微妙な反応では無いだろう。 「なら、情報に無い魔物かぁ。あたしも気になるかな?」  全員賛成か。  なら行かないわけにもいかないよな。     ◇    ◇    ◇ 「アレって、スライムじゃないか?」 「だよな? なんか、グチャってしてるが」 「魔石、丸見えだね?」  【索敵】の反応を頼りに向かったそこに居たのは、ゼリーを床に落としたかのような、半透明の物体。  但し、色味は泥水のような感じで、全く美味しそうには見えないが。 「この辺りでもスライムって出るんですね。情報には無かったんですが……」 「どうやって倒すの? 実は強いとかあったりする?」 「大きさに比例するみたいですよ? 簡単なのは魔石を破壊する事ですが、そうすると何にも取れませんから……」 「素材、無さそうだものね。そうなると?」 「魔石だけをはじき出せば良いみたいです。力を入れすぎると割れるので、ほどよい力で。もしくは、魔法で倒す方法もあるみたいですね」 「簡単だな」 「じゃ、オレが――」  そう言って剣を構えたトーヤの手を、ナツキがガッシリと掴む。 「ん?」 「ダメです。剣が傷みます。スライムは殆どの物を溶かすので」  溶解速度に差はあれど、どんなに弱いスライムでも、殆どの物を溶かして消化してしまう能力を持っているらしい。  この程度のスライムなら、すぐに洗えば問題ない程度でしかないが、高い剣を傷めるのはあまりよろしくないだろう。 「この程度なら、そのへんの枝で十分ですよ」  ナツキはそう言いながら手斧を振るい、手際よく1メートルほどの棒を作るとトーヤに渡した。 「どうぞ」 「お、おう。――ちょいと!」  トーヤが軽く棒を振ると、スライムの中にあった魔石がスライムの破片と共に飛んで行った。  それを見たユキが「あっ!」と声を上げて、魔石を慌てて追いかける。  魔石の無くなったスライムは少しの間プルプルと震えていたが、すぐにその形を崩し、地面の上にデロリと広がった。 「トーヤ、力入れすぎ!」 「すまん! 思った以上に{柔}(やわ)だった」  すぐに小さい魔石を拾って戻ってきたユキの苦情に、トーヤはぺこりと頭を下げる。  しかし、爪の先ほどしかない魔石にきっちりと当てるトーヤも凄いが、それをしっかりと追いかけて拾ってくるユキもなかなかである。  あんなサイズの石、森の中に転がったら見つけるの、苦労しそうなのに。 「ところで、この魔石、いくらぐらいで売れるの?」 「スライムの魔石はピンキリですね。魔力次第ですから……さっきのナオくんの言葉からすれば、ゴブリンよりも高く――300レアぐらいにはなるんじゃないでしょうか?」 「――あぁ、【索敵】の反応か。確かにそうかもな」  確かに【索敵】ではゴブリン以上の反応があったんだよな。  それを考慮すれば、それぐらいの値段にはなりそうである。  それを聞いてトーヤは、釈然としないような表情を浮かべる。 「え、ゴブリンの頭をかち割らねぇでその値段!? 滅茶苦茶良いな、スライム」 「グロなしで魔石が得られるのは確かに良いよな。弱いし」 「上手く魔石だけをはじき出せれば、よね。トーヤは簡単にやったけど、そこまで簡単じゃないでしょ、ゴルフボールよりも小さいんだから」  む、確かに。体積だけで言うならゴルフボールの10分の1ぐらいしかない魔石に、棒を振って的確に当てて、更に飛んでいった魔石を見失わない能力が必要とされる。  しかも森の中。余裕があれば、後方でキャッチャーミットでも構えておきたい感じだ。  その上、上手く当たっても、力を入れすぎて魔石が砕ければ収穫はゼロ。  魔法で倒せばその場に魔石が残るから簡単なんだろうが、魔法を使える冒険者は案外多くないという現実があり、お得な魔物かと言えば少し微妙かも知れない。 「俺たちなら、スライムがたくさん集まっていれば、魔法で一網打尽、それなりに稼げそうだが……」 「それは難しいでしょうね。あまり群れたりしないようですから」 「そもそもあたしたちの場合、今更300レア貰ってもねぇ」  木を1本切って帰れば、400,000レアなのだ。  スライムを狩る労力が勿体ない。だが――。 「サールスタットに居たときなら、ユキの日給、3日分だけどな」 「ぐはっ。そうだった! 『うわっ、私の給料、低すぎ!?』」  ガックリと項垂れて、転職サービスのCMみたいな事を言う。  迎えに行った俺たちは、さしずめリクルーターと言ったところか。  まぁ、ユキの場合、無事に転職できて稼げるようになっているのだから、成功者と言って良いだろう。 「まぁまぁ、今はこうして贅沢……はしてませんが、十分に稼げるようになっているんですから良いじゃないですか。それよりも早く戻って作業を続けましょう」 「うん、そうだね! 周りにはスライム千匹以上の木が沢山生えているんだもん。休んでいる暇は無いよね」  スライム千匹……言い得て妙である。  確かにそれだけの価値はあるわけだが。 「よっし! それじゃ早く戻って、たくさん稼ぐよ!」 「はいはい」  新しい魔物の正体を確認する、という目的を達した。  結果はただのスライムであったが、それを確認できたという意味は大きい。  俺たちは気を取り直したユキを先頭に伐採場所まで戻り、作業を再開したのだった。     ◇    ◇    ◇ 「気にする事はねぇ。ドンドン切って来てくれ」  北の森から木を切り出しすぎるとマズいか、と尋ねた俺たちに対して、シモンさんの返した答えはこれだった。  木こりの方に影響があるのでは、という懸念はほぼ無いらしい。  俺たちが多少北の木材を市場に流したところで、南の木材との価格差は歴然としている。  そのため、これまで南の木材を使った家具を購入していた客層が、北の木材を使った家具に流れるという可能性は殆ど無く、南の木材の需要が減る可能性は低い。  逆に、北の木材を使いたい人が南の木材で我慢していたという可能性も、また考慮する必要は無いらしい。  銘木を使いたいのは貴族や金持ちで、基本的に見栄っ張り。  代替として安物を使う事はできず、無い以上は注文しない、もしくは残り少ない北の木材を高い金を払って使わせるのどちらか。  そこに俺たちが北の木材を供給すれば、家具工房としても、これまでは請ける事ができなかった仕事を請ける事ができるようになり、結果としてラファンの街全体の景気が良くなる。  多少多めに供給したところで、突然供給が途切れた過去を考慮して各工房が備蓄を増やす可能性が高く、市場にだぶつく事は無いようだ。  シモンさんからお墨付きを得た事で、俺たちは毎日のように森に木を切りに行っていた。  ……ん? 毎日のように、と言うのは言い過ぎか?  1週間が6日で週休二日の時点ですでに3分の1は休み、天候によっても休んでいるのだから、およそ半分は休みである。  結構のんびりとしたお仕事である。  だがそれに対して、稼ぎは十分以上である。  売り上げを5人で分けても、1日で庶民の年収以上を稼げるのだから、笑いが止まらない。  まぁその収入も、装備を新調する事を考えれば、『庶民の年収』程度では全く足りないのだが。  今のところ不足は無いが、今後の事を考えれば無駄遣いはできないだろう。  そんな感じで季節は巡り、{何時}(いつ)しか森に吹く風が温かく感じられるようになっていた。