116 鹿と蛇を喰う (2) 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ 鹿を解体して町に戻る。 ナオ以外はバインド・バイパーと鹿の一部を冒険者ギルドへ向かう。 ナオはバインド・バイパーと鹿の調理方法を教えて貰うため、アエラの店を予約する。 ---  1時間ほど後、ハルカたちと合流した俺は、再びアエラさんのお店を訪れていた。  初対面となるハルカたちにルーチェさんを紹介してから、早速肉の調理に取りかかってもらう。 「まずは鹿から行きましょうか。鹿は処理方法で味が変わるんですよね……ちょっと失礼して……」  アエラさんは鹿肉のブロックから薄く肉を切り出して、その匂いを嗅ぎ、塩胡椒を振って軽く焼くとそれをパクリ。 「……うん。とても処理が良いですね。臭みも殆ど無いですし、これなら調理に手間がかかりません。それじゃ、何種類か作っていきましょう」  そう言いながら、部位ごとに手早く鹿肉を切り分けていくアエラさん。  それを手伝うのはハルカ、ユキ、ナツキの女性陣。  俺とトーヤ、ついでにルーチェさんも見学組である。 「ちなみにルーチェさん、お料理は?」  そんな俺の質問に、ルーチェさんは苦笑を浮かべる。 「私は食べる専門です。アエラが居たから……」 「あぁ、料理が上手い人が近くに居ると、仕方ない部分はありますよね。自分で作っても、『コレじゃ無い』というか……」  俺の言葉に『我が意を得たり』とばかりに深く頷くルーチェさん。 「でしょ! 手順も守ってるし、同じ物を使ってるはずなんですけど……」 「ちょっとした違いが、重要なんでしょうね」 「たぶん、そうなんでしょうねぇ。……あ、それよりも、私もご相伴に与って良かったんですか? お料理、手伝うわけでも無いですけど」 「もちろんです。アエラさんのご友人ですし、幸い、肉は沢山ありますから」 「ありがとうございます」  アエラさんから紹介を受けた後、帰ろうとしていたルーチェさんを引き留めたのは俺たちだった。  肉が食べきれないほどあるという事もあるが、これからもアエラさんには世話になる気がするし、その友人のルーチェさんと仲良くしておくに越した事はない、という打算も多少はある。  まぁ、一番の理由は、素直に仲良くなりたいだけなのだが。  俺たち、この世界には知り合いが少ないから。 「ブラウン・エイクの肉は、あまり火を通しすぎないか、とにかくじっくり調理して柔らかくするかですね。中途半端だと硬くなります。干し肉も上手く調理すれば美味しくできますが、若干のコツは必要です」 「ブラウン・エイク……って、この鹿ですか?」 「はい。この辺りだとそれだと思うんですが、違いますか?」  そう言って首を捻るアエラさんに俺たちが見た鹿の特徴を説明すると、ウンウンと頷いた。 「やっぱりブラウン・エイクですね。一般的には若い方が美味しいお肉が取れます。ナオさんたちが斃したのはかなり大きいですが、その年齢を考えると、このお肉の味は凄いですよ? 普通はもっと臭くなりますから。よっぽど処理が上手かったんですね」  俺たちの血抜きや冷却は普通の猟師にはなかなか真似できないだろうし、マジックバッグのおかげで新鮮さも十分。その点では確かに処理が上手いと言えるのだろう。 「取りあえず煮込み料理を1種類、焼き料理を2種類作ってみますね。それを見れば、ハルカさんたちなら応用も利くと思います」  アエラさんは最初に煮込み料理から手を付け、それを煮込んでいる間に手早く焼き料理の2品作り上げた。  そのお手並みはさすがプロ。  俺たちから見れば上手いと思えるハルカたちよりも、まだ手早くて鮮やかである。 「ささ、食べてみてください」  テーブルに並んだ鹿肉料理に、全員で舌鼓を打つ。  硬くなりやすいと言うわりに、その料理は全くそんな事は無く、臭みも感じられない。  タスク・ボアーやオークの料理とはまた違った美味しさ。  コレはコレでありだ。 「美味しいな。鹿肉ってもっと食べにくいかと思っていた」 「私も料理人ですから。美味しく食べられるように工夫してます」  俺の感想に、アエラさんは嬉しそうに笑みを浮かべる。  手際の良さは相変わらずだったが、調理方法がタスク・ボアーと比べてどう違うのかと聞かれても、俺には解らない。  だが、ハルカたちは頷きながらアエラさんのアドバイスを聞いているので、きっと良い感じに料理してくれるだろう。きっと。 「煮込み料理は時間がかかるので、このまましばらく待つとして……次は、バインド・バイパーに行きましょうか」 「バインド・バイパー、見た目がちょっとアレよね」  マジックバッグから取り出したバインド・バイパーの肉は、幅50センチほどのぶつ切り。  それを見ながら、ハルカはなんとも言えない表情を浮かべている。  ぶつ切りにする前に皮は剥いてあるので、言われなければ蛇とは気付かないかも知れないが、そうと知っている俺たちからすれば、どう見ても蛇の一部である。 「う~ん、苦手な人はそうかも知れませんね。そこまでメジャーな食材じゃありませんし。でも、骨から作るスープはとても美味しいんですよ?」 「骨から、ですか?」 「はい。とても簡単なんですけど」  バインド・バイパーを開き、取り除いた中骨の部分を鍋に入れて、灰汁を取りながらひたすら煮る。この時、お好みで香草の類いを入れても良し。  あとは骨が崩れるほどに柔らかくなった段階で煮汁を漉し、塩で味を調えるだけで美味いスープになるらしい。  最初に倒した物は解体の時に中骨と内臓を捨てたのだが、それ以降は手抜きをして、ぶつ切りにしただけである。  今回はそれが功を奏した。まさか骨に価値があるとは。  本は必ずしも当てにならないということか。 「尤も、作業は単純でも時間がかかるので、家庭で作る人はほとんどいませんけど。大量に作っても、少量でも手間があまり変わらないので、基本的にはお店で食べる物でしょうか」 「あ、それなら、手持ちのバインド・バイパーの骨、一気に処理してくれる?」 「ええ、構いませんよ。――ルーチェ、ちょっと手伝って」 「はいはい」  軽い返事をしながら立ち上がったルーチェさんがアエラさんと共に店の奥に消えてしばらく、2人が抱えて戻ってきたのは、アエラさんがすっぽり入るような大きさの寸胴だった。 「よいしょっと。ふぅ……中骨の部分を、この中に放り込んでいってください」 「解りました」  4人で手分けをすればバインド・バイパーの処理もすぐに終わり、アエラさんは骨が入った寸胴をコンロにセットすると、その中に水を入れてから火を着けた。  更に冷蔵庫から、いくつかの香草を取り出して中に投入する。 「これで灰汁を取りながら3~5時間ほどですね」 「うわー、手間かかるんだね。もしかして、そのスープって高い?」 「他のスープに比べると、高いですね。バインド・バイパーの骨はあまり手に入りませんから。あと、普通の食堂では、長時間煮込むための薪も必要になりますからね」  ユキは『手間がかかるから高い』という意味で聞いたのだろうが、アエラさんの返答は『素材が高いから』という内容だった。  そういえばこの世界、相対的に人件費が安いんだよなぁ。  どちらかと言えば素材を卸す側の俺たちにとっては有利な気もするが、冒険者としての依頼料があまり高くないという欠点もある。  なので、下手に依頼を受けるよりも、採取物や肉を集めてきて売る方が儲かるという現実もある。もちろんそれは、俺たちが大量の採取物や肉を運べるという前提があってこそなのだが。 「さて、最後はバインド・バイパーのお肉ですね。少し固い……というか、弾力があるので、多少好みは分かれますけど、薄くスライスして塩焼きにすると結構いけます。鳥のセセリみたいな感じでしょうか? 脂は少ないですが」 「ほう! セセリ!」  俺、セセリは結構好きである。蛇ということで少し敬遠する部分はあったのだが、食べてみても良いかもしれない。 「まぁ、弾力が強いですから、たくさん食べるタイプのお肉では無いですね。自分たちで消費する場合は、ある意味、骨よりも処理に困ります」  そう言いながらも、アエラさんは手早く調理を行い、薄くスライスして塩で炒めた肉を俺たちに差しだした。  俺たちは、それを1つずつ摘まんで口に入れる。  こにゅこにゅとした弾力のある食感。その歯ごたえは確かに鳥のセセリに似ているが、アエラさんが言ったように脂の少なく、やや淡泊なところが、鳥のセセリとは少し異なる。  しかしそれでも、噛んでいると旨味が出てくるので、思ったよりも悪くない。  難点を挙げるなら、やはりその弾力だろう。薄くスライスしてあるのに食べるのに時間がかかり、顎が疲れる。 「確かにこれは、沢山食べられませんね」 「ええ。少量付けるぐらいかしら。味は悪くないけど」  食べるのは少量で良いという皆の意見の中で、1人だけ異を唱えたのはやはりトーヤだった。 「オレはこの歯ごたえ、好きだな。もっとぶ厚い肉でも良いかも」 「えぇ!? 獣人の方でも厳しいと思いますけど……焼いてみますか?」 「おう。お願い」  トーヤの意見に目を丸くしたアエラさんが、今度はステーキサイズで肉を切り分け、焼いていく。  匂いだけは美味そうなんだが……あの厚み、食べられるのか? 「できましたけど……大丈夫ですか?」 「いただきます! むっ……この、歯ごたえが……良い感じ?」  皿に載って出てきたステーキをフォークでぶっさし、齧り付くトーヤだったが、その様子は『ぶちんっと噛みちぎる』といった感じだ。まず俺には無理そうである。 「……やはり、バインド・バイパーは大半を売った方が良さそうね。アエラさんのところだとどう?」 「うちでも、そこまで多くは……オークに比べると、料理のバリエーションが限られますから。骨の方はありがたいですけど」 「いやいや、別に気にする必要は無いから。ギルドにでも売るさ」  少し困ったような表情を浮かべたアエラさんに、俺は手を振る。ギルドなら問題なく買ってくれるのだから、無理にアエラさんに売る必要は無いのだ。 「そういえば、バインド・バイパーの買い取り価格ってどうだったんだ?」 「重量当たりはオークと同じぐらいだったわ」  その代わり、1匹あたりの肉はオークよりもかなり少ない。  魔石はオークよりも少し高く、皮はかなり高い。トータルではオークよりも2割ほど安い価格で買い取られたらしい。  そう考えると、俺たちに関して言えば、効率の良さではオークの方が上となるだろう。  持ち帰りに苦労する普通の冒険者なら、嵩張らない皮と魔石で稼げるバインド・バイパーの方が良いかもしれないが。 「積極的に狩るような獲物でもないか」 「ええ、そうね」  遭遇した時にわざわざ避けるつもりは無いが、あえて探してまで狩る必要は無いか、そんな俺たちの意見に、厨房から戻ってきたアエラさんが笑みを浮かべる。 「ふふふ、そうでしょうか? もしかしたら意見が変わるかも知れませんよ?」 「ん? 何かあるのか、アエラさん?」 「まあ、それは後のお楽しみと言う事で、鹿肉の煮込みができたので食べましょう。あと、バインド・バイパーのお肉の料理も」  差し出された鹿肉の煮込み料理はビーフシチューのような見た目で、中に入っている鹿肉は、スプーンでほろりと崩れるほどに柔らかくなっている。  味付けもコクのあるビーフシチューに近く、非常に美味しい。  一緒に出されたパンにも合うが、ライスにかけてハヤシライスっぽく食べたくなる。 「時間をかけるとこれぐらいには柔らかくなります。やっぱり家庭だと手間がかかりますけど」  俺が料理するわけでは無いが、1時間以上煮込むとなると、やはり面倒だろう。  それに薪で料理している家庭なら、燃料費もバカにならない。  圧力鍋でもあれば時短が可能かも知れないが、残念ながら見たことは無いんだよなぁ。もし作ってもらうにしても、パッキンや安全装置のあたりが難しそうである。 「バインド・バイパーの方は、香草と一緒にソースで炒めた物です」 「……うん、俺はこれぐらい薄い方が良いな」  良い感じの歯ごたえが、日本でも有名だった牛の小腸を使った炒め物に少し似ている。  小さめにカットしてあるので、弾力はあっても食べやすくなっている。  これまたご飯が欲しくなる料理だ。 「さて最後はバインド・バイパーの骨を使った締めのスープです。今日はお肉を沢山食べたので、あっさり風味で軽く青菜のみじん切りを入れています」  出てきたのは、白く濁ったスープ。  その上に散らされた緑の野菜がアクセントとなっているが、具材はそれだけ。  確かに沢山肉を食べた今のお腹にはちょうど良いかもしれない。  スプーンでスープを掬って一口。 「……美味い」  優しい味ながらも旨味と深みがあり、臭みなどは全くない。  鼻に抜ける僅かな香草の香りと、薄めの塩味。  味に複雑さなどは無く、特徴も無いと言えば無いのだが、それでいてクセになるような……。 「これは想像以上です」 「本当に、バインド・バイパーの骨だけ?」 「他は香草と塩だけですね。青菜は後から散らしただけですから」  調理方法はとても単純で、手間さえかければ俺でもできそうなほど。  それでいてこれだけのスープができるとは……。 「確かにこれは、バインド・バイパーを狩る価値があるな」 「でしょ? まぁ、骨を取っちゃうと、買い取り価格、少し下がっちゃうんですけどね」  アエラさんはそう言って苦笑する。  今回ギルドに売ったバインド・バイパーは、中骨を取り除いた肉だったので、それが付いていればもう少し高く売れたようだ。  それでもオークの方が稼げる様なのだが……このスープは惜しいが、稼ぎが減るのも困る。  やはり遭遇したら狩る、ぐらいが妥当か。  スープ目当てに狩っていては、収入が減ってしまう。 「あの、無理にとは言いませんが、うちに骨を持ち込んでくれたら、ギルドよりは高く買い取りますよ? ハルカさんたちも、スープのためだけに何時間もかけるのは大変ですよね?」 「それは、そうなのよね。料理は嫌いじゃないけど、帰ってきた後や訓練した後は疲れてるし……」 「ちょーっと、時間かかるよね、このスープ」 「オレもこのスープは食べたいが、ハルカたちに無理は言えないしな。あと、肉も。あのステーキ、美味かった」  それはトーヤだけである。多分、他のメンバーはあのステーキは噛み切れない。  だが、アエラさんにバインド・バイパーの骨を売るのに反対のメンバーはいないようだ。 「良いんじゃないか? 稼ぎが変わらずにこのスープが飲めるようになるんだから」 「ですね。それに、高く買って頂く必要は無いですよ。私たちの分のスープを残して頂ければ」 「はい、もちろんです。ナオさん、皆さん、是非食べに来てくださいね!」  この日以降、俺たちはバインド・バイパーを狩る度にアエラさんの店に持ち込み、スープをごちそうになる様になったのだった。