127 初回ログイン 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ 撤退しようとした時、ナツキが『浄化』を使い、そのもやを斃す。 通常の攻撃と魔法が効かない魔物への対抗手段を、各自探す。 ナオは怪しい雑貨店で神殿の場所を聞き、そこでお布施を入れて神に祈った。 --- 『初回ログインボーナス~~~!!』  視界が白く染まったその後に聞こえてきたのは、そんな脳天気な言葉だった。 「……はぃ?」 『いやー、君たちってホント宗教と縁遠いよね。30人以上居るのに、僕の神殿に来たのは、君が初めてだよ。尤も、かなりの人はすぐに死んじゃったんだけどね。あははは』  相変わらず視界は真っ白で何も見えないが、更に続いたその言葉の内容に、俺は恐る恐る声を掛けた。 「あの、もしかして邪神様でしょうか?」 『うん、君たちには邪神と名乗ったね。でもこの世界だと、アドヴァストリスという名前で呼ばれてるから、覚えておいてくれると嬉しいかな?』 「は、はぁ……」  もしかして、ここの神殿が邪神様改め、アドヴァストリス様の神殿だったのだろうか。 『そう、ここが僕の神殿だね。この街だと、僕以外の神殿はベルフォーグのしか無いから、もっと早く誰か来ると思ったんだけどねぇ』  ベルフォーグというのは、文脈からして別の神様か。  であるならば、ラファンを中心に転移してきた俺たちが、この神殿に来ると思っても不思議では無い。  俺たちに、神に祈るつもりがあれば、だが。 「私たちの年代だと、冠婚葬祭ぐらいでしか、あまり宗教とは関わる事が無いので……」  そもそも、今さっきまで神殿があることすら意識に上っていなかった。  困った時の神頼みなのかも知れないが、実際に切羽詰まっていたときは、『そんな事よりも金稼ぎ』だったからな、俺たちの場合。  恐らく大半の日本人にとって、神とは実際に助けてもらえるものではないからなぁ。 『みたいだね。ま、それもありだとは思うけど。現世に影響を及ぼせない神に、何の意味があるのかって話だし』 「えーっと……宗教による道徳心とか、心の安らぎとか……」 『別に否定はしないけど、それって精神的に幼いとも言えるよね? 「神が見ているから悪い事をしない」、「神が許しているからこれは大丈夫」、「神の言葉だから云々」。自分で考えて行動できないのかな?』  なかなかにシビアな言葉だが、確かにそれは同感。  言葉は飾っても、結局その根底にあるのは宗教だったりする。  例えば食べ物。  戒律で許されているからこの動物は食べても良い、この動物は禁止されているからダメとか、ある意味、随分と勝手な言い分である。  牛や豚は食べる事が許されているという宗教観も、牛を神聖視する宗教から見れば噴飯物だろうし、鯨や犬を食べるのは可哀想、という言い分もただのエゴである。  俺自身は犬を食べたいとは思わないが、「じゃあ、牛と何が違うの?」と問われれば答えを持たないので、他人に食べるなとはとても言えない。  食べるために命を奪うのが罪というならば、肉食動物は罪深き生き物なのか、という話にもなりかねないのだから。 『発展段階なら戒律で縛るのもアリだとは思うけど、いい加減合理的思考をするようになっても良いと思うんだけどね、キミたちぐらいの世界なら。神も関与してないんだし』 「ははは……まぁ、未だに地動説や進化論を否定する人もいますから。でもそれ、神様が言っても良いんでしょうか?」 『僕たちはほら、現世に影響力を持つから。バカな事やってたら、「天罰~~!!」とかもできるし』 「……できるんですか?」 『できるのです。神ですから』  神、すげぇ!  現世利益あるんだなぁ、この世界。  地球だと、死んだ後に天国に行けるとか、極楽に行けるとか、基本的に死んだ後に利益があるよ、という宗教が幅を利かせていたけど。 『――あ、それよりも初回ログインボーナスだよ。こういうの、流行ってるんでしょ? えーっと、ガチャだっけ?』 「……詳しいですね」 『まあね。せっかくだから君に何か良い能力を付けてあげるよ。レア以上確定! みたいな感じで』  うっ……心惹かれる。でも、この神の場合、落とし穴がありそうで……。 『はっはっは。別にそんなの無いって』  おっと、さすが神様。口に出さなくても解るのか。 『ここは僕の神域だからね』  くっ、おかしな事は考えられない……って、抵抗するだけ無意味か。  俺は悟りも開いていないし、思考を制御するような器用さも持ち合わせていない。 『第一、最初の時だって、おかしなスキルを希望した人がいただけでしょ? 僕は普通のスキルしか表示してなかったのに。君たちが地雷とか思ってるのは、単にバランスを取っただけ。異常に強力なスキルが何のリスクも無いとか、あり得ないでしょ』 「否定はできない……ですね」  この世界の神様なのに、この世界に住む人よりも俺たちの方を異常に優遇するとか、普通はあり得ない。  何かの投資話だって「リスク無しで儲かります!」と言われれば、即座に眉に唾を付けるべき。そんなウマい話があれば、勧誘しなくても自分で投資すれば良いんだから。  それは神様から提示された話でだってそうだろう。  地球でだって、それっぽい神話には事欠かない。  欲を掻くと大抵酷い目に遭うのだ。  つーか、日本の神様は比較的まともなのが多いけど、基本神様って滅茶苦茶なのが多いし。 「……でも、【鑑定】や【索敵】みたいにとても便利なスキルもありますよね?」 『あぁ、そのへんはボーナススキルだね。ほら、平和な国で暮らしてきたキミたちに、いきなり「死の気配を感じ取れ!」とか言っても無理でしょ? すぐに死んじゃうのは僕としても望んでないし』 「なるほど……確かに助かってます。あ、でも、【看破】はちょっと微妙ですよね。使いどころが無いというか……」 『そうかな? 確かに「いきなり相手の能力が丸裸」みたいなことはできないけど、視界に入れただけで、勝てそうかどうか解るだけでも有益じゃない?』 「それは……そうですね」  俺たちが活用できていなかっただけか。  武道の達人でも何でも無い俺たちにとって、相手の強さを測ることなんて到底不可能。  人間相手でもそれなんだから、魔物相手なら言うまでも無い。  戦う前におおよそでも強さが解れば、逃げるという選択肢が取れる。  『魔王からは逃げられない!』みたいな事になった後では遅いのだ。 『ちなみに、頑張ってレベルを上げれば、相手がどんな攻撃をしてくるかとかも解るようになる、と思うよ?』 「便利ですね!? どうすれば上がりますかね?」 『経験でしょ。いろんな人と会って、いろんな魔物と対峙して、経験を蓄積すれば自ずとレベルも上がるよ』  あぁ、そのへんはシビアなのね。  だが、経験を積んで知識を蓄えれば解るようになる、というのはある意味納得。 「あの、このボーナスは私だけなんでしょうか? 私の仲間には……」 『うーん、これは君たちの中での、初回ログインボーナス、だからねぇ。みんなにあげるのはちょっとダメかな? 僕の神殿に来てくれたお礼、みたいな物だし』 「そうですか……」  本当にお礼なんだろうか? また落とし穴があったり……。 『おや、疑ってるね? うん、その慎重さ、悪くないと思うよ? でも、これは本当にお礼。そこまで凄い物じゃないから。ほら、ゲームバランス? そんな感じ』  レア確定のガチャとか言っても、実は大したカードが出ないとか、そういうタイプか!  ……いや、イラストだけは力入っていたりするけどね。 『う~ん、そうだね、君が望むなら、ガチャは止めて、仲間にも恩恵のある能力を選んであげるけど? その分、ちょっとショボい感じにはなるけど』 「ショボい……でも、それでお願いします」  みんなで頑張ってきたわけだし、俺だけってのも心苦しい。  ちょっとしたことでも全員分ある方が良い、よな、多分。  俺がそう答えると、アドヴァストリス様は少し考えるような様子を見せてから、恩恵の内容を口にした。 『ふーん……ま、いっか。それじゃ、何が良いかな……? うん、君には同じパーティーメンバーの取得経験値が1割アップする恩恵をあげよう!』  1割! さすが神様がショボいと言うだけあって、割合が渋い! でも――。 「えっと、それって、キャラメイクの時にあった地雷じゃ……?」  恐る恐る聞いた俺の疑問を、アドヴァストリス様はすぐに否定した。 『いや、これは純粋にアップするだけ。落とし穴は無いよ。1割だけしか増えないけどね。そもそもあのスキルだって使い方によっては有効なんだよ? 僕は公平なんだから。――残念ながら気付いた人はいなかったけどね』  やっぱり、一応抜け道があったか。  単体では必要ポイントの多さに比べてデメリットしか無かっただけに、何かしらの組み合わせで有利になるんじゃ、とは予想していたが……。 「ところで、経験値ってやっぱりあるんですね?」 『そうだよ。最初に言ったでしょ? レベルとかある世界だよ、って』 「でも、確認ができないですよね?」 『そう、それ! ちゃんと僕の神殿に来てくれれば、「ナオは現在レベル13です。次のレベルアップには2,580の経験値が必要です」ってやるつもりだったのに、誰も来てくれないんだから!』  憤懣やるかたないと言わんばかりに、そんな事を言う。  ステータス画面に表示されるわけじゃなく、必要経験値を神殿とかでしか確認できないとか、なんか昔のゲームみたいだな。  ガチャとかは最近のゲームっぽいのに……ん? 「…………え? もしかして今のって、本当ですか?」 『うん。今の君のレベルは13だね。冒険者になって1年未満としては、頑張ってる方かな?』  マジかっ!? マジにレベルあったのか!  レベルっぽい物があるのは判っていたが、こうしてはっきり言われると実感が涌く。  うわー、なんか嬉しい。  結果が目に見えると、すごくやる気が出てくるよな、ゲーマー的に。 「ちなみに、この神殿に来ると、いつでも確認できたり?」 『できるよ。あ、でもきちんとお布施は払ってね。最低でも銀貨1枚。でも、信者のためには大銀貨1枚ぐらい奮発して欲しいかな?』  世知辛いな! 神様。今回は女神官さんの視線もあって頑張ったが、確認する度に大銀貨1枚はちょっと大きい。  今は銘木のおかげでそれなりに余裕があるけど……もしかして、それを狙って機能制限してますか? 「それだと、あまり頻繁には来られませんね」 『頻繁に来るなら、銀貨1枚でも良いよ。僕はお布施で信仰心を測ったりしないから』  いや、存在は信じますけど、信仰しているかどうかは……。 「そもそもお布施を賽銭箱に入れても、神様の懐に入るわけじゃ無いですよね?」  せっかくお布施を払っても、強欲な神官が贅沢するために使われるんじゃ、ちょっと……。 『あ、大丈夫だよ。お布施の使い道はクリーンです。天罰があるから』 「あぁ、この世界で不正をするのは、根性……いや、愚かさが必要なんですね」  それならこの世界の宗教は(神様を信じられるなら)信じても良いのかも知れない。  神の目を盗んで不正をするとか、リスクが高すぎるわけだし。 『少なくとも僕は、「天網恢恢、疎にして漏らさず」だよ。ここだと、孤児院の運転資金だね』 「孤児院?」 『うん。この神殿の裏にあるよ』  それなら、頑張ってお布施を入れても良いかもしれない。  この世界の社会保障は貧弱そうだし、孤児のためになるなら偽善でも意味はあるだろう。 『おっと、そろそろ時間だね。次回からは今回みたいには話せないけど、お友達も誘ってまた来てよ。レベルの案内は毎回やるから。それじゃ!』 「あっ……!」  話の終わりは突然だった。  アドヴァストリス様があっさりとそう言うと、急速に俺の視界は元に戻り、俺は賽銭箱の前で手を合わせたままの自分を認識したのだった。