129 爆弾発言(不発?) 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ 神から貰った恩恵はしっかりとステータスに表記された。帰宅して情報共有。 魔法武器の作製や隣町で興った地雷臭漂うサトミー聖女教団の話を聞く。 最後にナオが、神に会ったと発言する。 ---  俺のそんな爆弾発言にハルカたちは静まりかえり、返ってきたのはしらーっとした空気……いや、一部には心配そうな視線も含まれている。 「ナオ、大丈夫? 疲れてるの? ――これは早く『{精神回復}(リカバー・メンタル・ストレングス)』を覚えないとまずいわね……」 「いやいや、マジで、マジで!」  深刻そうな表情を浮かべたハルカに、俺は慌てて手を振ってそう主張する。  だがそんな俺に向けられるのは、心配そうな視線のみ。  面白くないジョークかと思っていたらしいメンバーも、俺が強く主張するので逆に不安になったっぽい。 「ナオくん……いつの間にか、そんなにストレスを溜めていたんですね。夜、ちゃんと眠れていませんか? 幻覚を見るようになると、かなり深刻なんですが……」 「いや、本気で心配しないで! マジだから! ほら、お前らだって神に会っただろ!? この世界に来る前! それに今、天罰の話とかしてたじゃないか」 「そういえばそうだね? 神は生きてるんだよね、この世界」  俺の言葉に、はたと気付いたように手を打つユキ。  そう、この世界にニーチェはいない。  トーヤたちもあり得ない事では無いと理解したのか、ふむふむと頷いている。 「実は、神殿に寄ってきたんだよ。聖水でも手に入らないかと思って」  俺はそう言って、先ほど体験した内容を全員に話して聞かせた。  さすがにここに来た経緯が経緯である。詳細な説明で疑いも晴れたのか、ハルカたちはやや驚きつつも納得したように頷き、嬉しそうな表情を浮かべる。 「レベルと経験値、確認できるのか! すっげぇ良いな、それ!」 「そうね。目安が解るのは助かるわね。毎回お布施が必要なのはちょっと……だけど」 「ま、間違いなく孤児院に使われるみたいだし、そこは許容できる範囲だろ、今なら。来た当初だと、かなり痛い出費になっただろうが」  頻繁に来るなら銀貨1枚でも、とは言っていたが、最初の頃は銀貨1枚でも大切だったからなぁ。最初の数日は本当に綱渡りだったから。 「しかし、初回ログインボーナスかぁ。良いなぁ……。記念日イベントとかあったりするのかな?」 「いや、さすがにそこまではやらないと思うぞ? 話した感じ、初回ログインボーナスだけって口ぶりだったし」 「でも、ナオくんは全員に効果のある物を貰ったんですよね。ショボいって言われたのに」 「まぁ、同じパーティーなのに、俺だけってのも、な」  ナツキは感心したような視線を向けてくるが、俺も迷わなかったと言えば嘘になる。やっぱり、スゴイ能力とか欲しい、と言う気持ちはあるし。  しかし、俺たちなら大丈夫だとは思うが、万が一、それが原因で不仲になる不利益を考えれば、その選択肢は無かった。 「それで貰ったのが、【経験値ちょっぴりアップ】って恩恵か。1割でも無いよりは良いよな」 「あれば便利だけど、無くてもあまり困らない微妙なラインよね。さすがゲームバランスとか言うだけあるわ」  オークを11匹斃すところを、10匹で済む……うん、微妙だな。  少なくとも、一気に強くなれるような便利な能力ではない。  これが普段の訓練にも効果があるのであれば、ちょっとだけ物覚えが良くなる、程度だろうか。  10分の訓練が11分の効果……やっぱ微妙。  いや、ありがたいんだけどね。賽銭は入れたけど、基本、ロハで貰った物だし。 「ま、ナオがドヤ顔するのも解る、有益な情報だったわね。アンデッド、関係なかったけど」 「うっ、それは確かに。――いや、聖水がそう簡単には手に入らないって情報、関係ないか?」  俺の言葉にユキが一瞬考え込み、納得したように頷いた。 「あぁ、つまり、サトミー聖女教団の聖水は偽物、と?」 「特殊なスキルでも無ければそうなると思うんだが……」  『水を一瞬で聖水に変えるスキル』とか絶対に無い、とは言いきれないのが難しいところ。  邪神さんなら頼まれれば作っただろうし、もし聖水に十分な価値があるのなら、水に高付加価値を付けられるスキルは案外有用。  元手がほぼ不要なのだから、そんなスキルを願った人がいないとは言えない。  こう言っては何だが、上手くすればトーヤの【鍛冶】スキルよりも儲けられる事だろう。 「考えても判らないし、取りあえずそれは棚上げにして、明日は全員でその神殿に行ってみましょ。レベルと経験値、気になるでしょ?」 「賛成! あたしも気になる!」 「多分、全員そこまで差は無いと思いますが、私も気になりますね」 「それじゃ、明日は神殿と、ケルグへ行く準備だな」  そんなトーヤの言葉で話し合いは終了し、話題は夕食へと移ったのだった。     ◇    ◇    ◇  翌日は朝早くから、昨日訪れた神殿に全員を連れてきていた。  この世界で初めて見る神殿に、全員が興味深そうに建物を見上げる。 「これが邪神……じゃなくて、アドヴァストリス様の神殿?」  ハルカのその言葉に頷きつつ、俺は声を潜める。 「そうだな。だが今後は、邪神の方は口にしない方が良いだろうな。メジャーな神様みたいだし」 「だよね。神官さんに聞かれたら、危ないよね。それじゃ、今後はアドヴァストリス様で統一しましょ」  「ちょっと言いにくいけど」と言いつつも、そう提案したユキの言葉に全員が頷く。  本人――いや、本神(?)がそう名乗ったとはいえ、信者からすれば邪神扱いされて嬉しいはずが無い。むしろ、過激な信者であれば俺たちは異端審問にでもかけられて、排斥される事になるかも知れない。  呼び方程度のことで、不要なトラブルを招く必要は無いだろう。  宗教に寛容なこの国でも……いや、寛容なこの国だからこそ、他者の信仰を貶すような行為は厳しく指弾されるのだから。  ハルカたちを連れて神殿に入ると、昨日も俺の対応をしてくれた女神官さんがそこに居た。  手に持っている物から推測するに、朝早くから神殿の掃除をしていたようだ。 「おや、あなたは……昨日も来られましたよね?」 「お邪魔致します。仲間も祈りたいと言うことで、連れてきました」 「それは良きことです。神はいつもあなた方を見守っていますよ」  嬉しそうな表情でウンウンと頷く神官さんに頭を下げ、神像の前に進み、賽銭箱にチャリンとお賽銭を投げ入れる。  昨日同様、大銀貨を1枚。ハルカたちもそれに倣い、大銀貨を投げ入れる。  それを見ていた神官さんが、少し困惑したような表情で声を掛けてきた。 「あの、大変ありがたいのですが、あまり無理される必要はありませんよ? 大切なのはお気持ちです。神はご寄付の額で差別されたりはしません」  いえ、その神様に、「寄付しろ」的な事を言われたんですが。  ――頻繁に来るなら、銀貨でも良いとも言われたけど。 「いえ、私たちにできるのはこのぐらいですから。孤児院を運営されているんですよね? 恵まれない子供たちのために、せめてもの気持ちです」  ニッコリと笑みを浮かべて卒の無い対応をしたのは、ハルカ。  そんなハルカの言葉に、神官さんは感動したような表情になる。 「まぁ! なんて素晴らしいお心がけでしょう! きっとあなた方には神のご加護があることでしょう。及ばずながら私も、あなた方の安全を祈らせて頂きます」  そう言いながら、膝をついて祈ってくれる神官さんに少し居心地の悪い物を感じながら、俺たちもまたその様子を真似て神像へ祈る。 『ナオは現在レベル13です。次のレベルアップには2,320の経験値が必要です』  聞こえてきたのは昨日と同じ声。  だが、心の中で問いかけても特に返答は無く、本当にレベルと経験値を教えてくれるだけのようだ。  というか、必要経験値、昨日よりも減ってないか?  細かいところは覚えていないが、2,500と言われたような気がするんだが……。  あれ以降魔物は狩っていないし、やったことと言えば、日課の訓練ぐらい。って事は、訓練でも多少は経験値が貰えると言うことだろうか?  俺がそんな事を考えている間にも、他のメンバーはレベルと経験値を聞き終わったらしく、それぞれ少しの驚きと嬉しそうな表情を浮かべて立ち上がった。  俺もそれに倣って慌てて立ち上がる。 「お邪魔致しました」  そう言って頭を下げるハルカに倣い、俺たちもまた神官さんに頭を下げる。 「いえ、いつでもおいでください。ご寄付を頂かなくても、神に祈るだけでも構いませんので」 「はい、ありがとうございます」  と、お礼は言いつつも、寄付ができないときに来る予定は無い。  寄付しないと、レベルと経験値、教えてくれないし。俺たちの目的はそれ一択。  神官さんには悪いが、別に神様を信仰しているわけでは無い。  笑顔で見送ってくれる神官さんに別れを告げ、俺たちは神殿を離れる。  そして少し歩いたところで、トーヤが嬉しそうに口を開いた。 「なあ、どうだった? オレはレベル13だった!」 「私も同じ」 「私は12でした。やはり後から参加したからでしょうか?」 「あたしもナツキと同じ。ハルカたちはサールスタットに来るまでに鍛えてたから、その差かな?」 「まぁ、レベル1ぐらいなら差は無いって言っても良いだろうな。レベルが上がっていけば、同じになるだろ」  一般的にゲームなら、レベルが上がるにつれて必要経験値の量が増えていくのは当然である。  それを考えれば、低レベル帯での差など大した問題でも無いし、仮に同じレベルにならなくても、それが問題になるようなギリギリを攻める予定は一切無い。安全第一。それに尽きる。 「12と13かぁ。えーっと、冒険者になって半年ぐらいだよね?」 「うん。このレベルが良いのか悪いのか解らないけど、1つの目安ができたのはありがたいわね」 「あぁ、そういえば、『期間を考えれば頑張ってる』みたいなことは言われたぞ?」 「そうなの? なら、このくらいのランクの冒険者としては悪くないのかしら? 他の冒険者と比較できないのが残念だけど」  他の冒険者は俺たちのようにレベルを確認できないので、それは仕方ないんだろうが、つまり結局レベルは、俺たちの中での相対的評価でしかなく、他人と比べて強くなったかどうかは判らない事になる。  あえて推し量るとするならば、神様から指摘のあった【看破】か。  自分と比べて強い、弱いの感覚的判断はできるので、擬似的なレベル帯評価は可能かもしれない。 「クラスメイトならレベルも解るのでしょうが……」  そう言いながらも、ナツキは困ったような苦笑を浮かべる。  俺が『初回ログイン』だったことを考えると、現状でこの情報を知っているのは俺たちだけ。これまでに出会ったクラスメイトに、これを教えるほどの価値があるかと言われれば疑問しか浮かばない。  トミーであれば別に教えても良いのだろうが、あいつの場合はすでに鍛冶師で冒険者ではないため、あまり意味も無いだろう。  尤も、トミーがゲーマー的思考を持っていれば、レベルと経験値を知るだけでも楽しめると思うので、機会があれば教えておけば良いだろう。 「まぁ、正直これで『ダメダメ。サボりすぎ』とか言われたら、かなりヘコむけどな。オレたち、結構努力してるだろ?」 「この街で見かける冒険者に比べればそうですね。ですが、下を見ても仕方ないですよ、トーヤくん」 「さすがナツキ。言う事がシビア! でも、実際そうだよね。『あたしより成績悪い人がいる』とか言っても虚栄心が満たされるだけで、何の意味も無いんだから」  成績優秀組は心構えが違うね。『平均より上だから良いか』と妥協する俺とは違うのだろう。  それでも、さすがに赤点を取ったりはしないよう努力はしていたが。  いや、正確には努力させられていた? ハルカたちに。 「さて、この後はケルグへ行く準備の予定だったと思うが……実際どんな準備が必要なんだ? 俺は何をすれば良い?」 「ラファンからケルグまでは、通常、馬車で3日ぐらいだから、食料なんかを準備して、定期便を調べるか、自力で移動するかなんだけど……」  ハルカはそう言いながら、考え込むように言葉を濁す。 「俺たちの場合は、食料は必要ないな」 「着替えなども同様ですね。『浄化』がありますから」 「水も魔法で出せるし……」 「準備、いらなくね?」  マジックバッグと魔法、便利である。 「なら、後は定期便を使うかどうか、ね。でも、馬車で3日程度なら、私たちの場合、走った方が速いのよね」 「荷物、ありませんからね」  順調に鍛えている俺たちの今の走力は、オリンピックのマラソン選手なんて目じゃない。  しかも、持ち運ぶべき荷物はすべてマジックバッグに入れられるため、ほぼ身体1つで走ることができるのだ。  馬車は勿論のこと、馬に乗って移動したとしても、おそらくは自分の足で走る方が早く着くだろう。 「それじゃ、どうする? 出発しちゃう? 今から」  その言葉に反対する人は誰もおらず、結果、俺たちは予定を変更して、その日のうちにラファンを発つことになった。