084 休息 (1) 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ オークの解体と平行して、巣の小屋もどきを解体して燃やす。 廃材が燃え尽きるまでの時間、昼食を兼ねた焼き肉をする。 巣の殲滅を機に、しばらくの間のんびりすることを確認して森を後にする。 ===  街に帰ってすぐにアエラさんのお店に予約に行った俺たちだったが、幸いなことにお店の客足は好調で、予約が取れたのは3日後だった。  アエラさんは申し訳なさそうに謝っていたが、繁盛しているのは良いことだ。アドバイスしたのに潰れたとなると、正直、心苦しいし。  予算は応相談と言うことだったが、5人で金貨20枚のコースをお願いした。アエラさんはかなり驚いていたが、お祝いなので、と伝えて代金は前払いで払っておいた。  今の俺たちからすれば、金貨20枚も痛くは……いや、たまのお祝いなら出しても良い額である。これからはオーク(金蔓:3)がいないのだから、贅沢はできない。  初心忘れるべからず。1,000レアしかなくて、着替えも買えなかったあの時のことは、常に心に留めておかないとな。     ◇    ◇    ◇  翌朝、恒例の訓練を終えた俺は、手持ち無沙汰になっていた。  はっきり言って、予定がない。 「なあ、ナツキたちは今日、何するんだ?」 「私たちですか? 今日はみんなで布でも買いに行こうかと思っています」  片付けを終えて帰ろうとしているナツキに声を掛けると、そんな答えが返ってきた。  時間的余裕があるなら、布を買って服を作ろう、と言う話になったらしい。  今も簡単な物に関しては自前で作っているのだが、まだまだ数が少ないし、これから冬になる。そういった季節物も含めて作ってしまおう、という事のようだ。 「よろしければ、ナオくんも来ますか?」 「あ~~、すまん、遠慮しておく」  日本だとトラブルを避けるために付き合うことも多かったのだが、正直に言えば、女性陣が服を選ぶのに付き合うのはあまり楽しくはない。可愛い服を着て見せてくれるのは良いのだが、それが何時間も続くとなると、さすがに疲れるんだよなぁ。  布を見に行くだけならそこまでかからないだろうが、油断はできない。恐らく、俺の考えている時間よりは大幅に長くなることだろう。  トラブルに関しても、この街だとあまり心配ないしな。  治安も良いし、冒険者と解る格好をしている女性に絡むヤツはほぼいないはずだ。 「ナオくんの服、私が作ったら着てくれますか?」 「もちろん。奇抜な物じゃなければ、何でも嬉しいぞ」 「ありがとうございます。頑張りますね!」  作ってくれるなら、むしろ俺がお礼を言うべきなのだが、ナツキが嬉しそうだから別に良いか。  裁縫スキルのおかげか、ナツキたちが作る服は出来も良いし、こちらでそう目立たないデザインながらも、着心地はこちらで買った既製品よりもかなり良いのだ。断る理由なんて無い。  ただ、シャレなのか何なのか、部屋着として作務衣や浴衣なんかを渡してくるのは少し謎なのだが。実用上は全く問題ないのだが、誰の趣味なのだろうか? 「うーむ、女性陣はショッピングか……」  俺もどこかに買い物に、と思わなくもないが、必要な物が無い。  屋台とかあるので、普通ならそれなりに楽しめそうな物だが、ほぼ100%、不味いことが解っていては何の意味も無い。  朝市で食材を見るぐらいなら、多少は何かの参考になるかもしれないが……。 「トーヤ、お前の予定は?」 「オレも特にないなぁ。何か案はあるか?」 「あったら訊いてないな」  魔法の訓練をしても良いのだが、のんびりと過ごすという趣旨に反する。  いや、別に拘る必要は無いのだが、なんとなくな。 「畑、でも作るか?」 「畑……?」  そういえば家庭菜園を作るとか言っていたな。  すでに土地はある。家はまだできていないが、今から作っていても悪くはないだろう。 「家庭菜園、如何(いか:2)にも趣味っぽいな」 「だろ? 幸い、オレたちには土地も鍬もショベルもある!」 「鍬……最初に買ったヤツか。ショベルを手に入れてからは出番がなくなった」 「そうそう。やっぱり、耕すためには必要だろ」  穴掘りにはショベルが便利だが、畑仕事と言えば鍬か。 「場所は適当に、庭の隅で良いとして……耕すだけで良いのか?」 「いや、家庭菜園だったらやっぱり、花壇みたいな区切るためのブロックとかあった方が良くないか?」 「それも、そうだな?」  俺の家庭菜園のイメージは、ブロックなんかで四角く囲った中に土を入れ、そこに作物を植えているという感じ。  区切りもなく庭を畑にしてしまうと、家庭菜園ってイメージとは少し違う。 「ブロックか。売ってるわけないよな」 「そうだな。そこは石で良いだろう」 「だな」  街の外に出て拾ってきたからと言って、文句を言う人はいないだろう。  石切場とかなら別だろうが。  普通なら運搬が大変だろうだが、俺たちにはマジックバッグがあるのだ。何の問題も無い。 「それじゃ拾いに行くか!」 「おう!」  俺たちはニヤリと笑みを浮かべて、意気揚々と街の外へと繰り出した。     ◇    ◇    ◇ 「……なあ、ナオ。勢いに乗って飛び出してきたは良いが、石ってどこにあると思う?」 「……難しい問題だな」  東門を出て広がるのは草原。街道を歩いて行けば森が見えてくるが、岩場みたいな所は全く記憶にない。  草原にも石が転がっていないわけではないが、ブロックみたいなサイズとなると数は少なく、簡単に集まりそうにはない。 「森だとたまにでっかい岩もあったが……」 「2人で入るわけにはいかないだろ?」  無事に帰ってきたとしても、確実に怒られる。 「第一、岩をどうやって砕く? トーヤが『ナンチャラ・スラッシュ』とか言って切ってくれるか?」 「無理に決まってるだろ。剣が曲がるわっ。身体強化の延長で、魔法剣みたいな事ができるようになれば、可能性はゼロじゃ無いかもしれないが……」 「物理法則が歪めば可能かもな。現実的には鑿(のみ:1)と楔(くさび:1)とハンマーだろう」 「今度、ガンツさんとこで買ってくるか」 「そうだな。今はある物を拾うか」 「あぁ」  俺とトーヤは二手に分かれ、草原を歩き回って石を拾い集めていく。  とにかく数が少ないので、かなり広範囲を走り回るのだが、1時間ほど経っても見つけた石は両手に満たない。  しかも、叩けば砕けそうな物も多く、目的の用途に適う物となればその半分程度だろう。  いい加減疲れてきて、顔を上げれば遠くには山脈が見える。麓(ふもと:1)には森が広がっているが、ある程度より上には大きな木が見えず、あれが森林限界というやつだろうか。 「あそこまで行けば、石はいっぱい転がってそうだよなぁ……」  危険らしいので近づけないが。残念ながら。  俺がそんなことを思いながら一休みしていると、少し離れたところで石を探していたトーヤが走り寄ってきた。 「休憩か?」 「ああ。だが、正直、これは無理だろ? 方法を変えないか?」 「方法って……もしかしてあの山か? 無理だぞ、危険すぎる」  俺の視線の先を確認してか、トーヤがそう言って首を振る。 「解ってるって。行くにしても他の場所だよ。――ところで、あの山、途中から木が生えていないだろ? あれって森林限界か?」 「ん? 確かに生えていないが……違うんじゃないか? このへんってそんなに寒くならないんだろ? オレの感覚が正しければ、こことあそこの標高差ってそこまでないぞ」 「そういえばそうか。なら別の要因か?」  気温と風などの影響で森林限界が決まると聞いた気がする。つまり、暖かい地域では森林限界が高く、寒い地域では低い。  このあたりはそう寒くないらしいので、木の性質がそう変わらないのであれば、あの程度の山で森林限界があるのはおかしいかもしれない。 「他……火山性……温泉とか!?」  ガスや地質の関係で木が生えなくなるということは考えられる。 「可能性は否定できないが……それならもうちょっと、痕跡がありそうじゃないか?」 「湯気とか、見えないもんなぁ」  火山性イコール湯気、というのは俺の偏見かもしれないが、できれば温泉、期待したい。  この世界、娯楽が少ないので、自分たち専用の露天風呂とか夢が広がる。――まぁ、あそこに行って、のんびりと素っ裸で温泉に浸かれるほどの強さ、手に入れるのは大変だと思うが。 「どうする? 石拾い、継続するか?」 「ナオ、どれだけ拾った?」 「8個。トーヤは?」 「オレは10個。……微妙だな」 「だな。方向修正、しよう」  このまま草原を走り回るのは効率が悪すぎる。  地面を掘れば出てくるかもしれないが、これも効率は悪いだろう。 「森に行って、岩を砕くか?」 「それならハルカたちも呼ぶ必要があるだろ。布を選んだり、服を作ったりしているあいつらの邪魔、できるか?」 「無理」  トーヤ、即答である。俺も邪魔はしたくない。  ちょっとした気遣いを忘れると、仲がこじれる遠因となるのだ。  男と女なので、ちょっとした考え方や趣味の違いはどうしてもあるのだから、互いに半歩ずつ譲るのが上手く付き合っていくコツである。片方が一歩譲るような関係では、長続きしない。  まぁ、俺たちの場合、日本での付き合いも長いので、互いに譲れるところ、譲れないところがある程度解っていて、幸い、そこまで気を使うことも無いのだが。 「ガンツさんのところで道具だけ手に入れて、様子を見るか」 「そうだな。暇つぶしみたいな物で、急ぐわけでも無いし」 「そんなわけでガンツさん、石切に必要な道具、くれ」 「どんなわけだ。金払やぁ売ってやるが。そうだな、鑿と楔、ハンマー、それに削(はつ:1)り用のハンマーだな。楔は割りたい石のサイズによっていくつもいるぞ」 「削(はつ:1)り用?」 「こんな形のハンマーだよ」  そう言ってガンツさんが見せてくれたのは、片側がマイナスドライバーの様に尖ったハンマー。大まかに割った石をこれで削って目的の形にするらしい。 「じゃ、それ一式」 「いるっつぅなら売るが、普通に石工に頼んだ方が良いと思うぜ? 素人がやってもろくな物にはならねぇぞ?」 「あははは、良いんですよ。遊びみたいな物ですから。プロに頼んだ方がある意味、安上がりなのは解ってますから」  俺たちが苦労して石を集め、割って、綺麗に並べ、家庭菜園の枠を作るのに必要な時間。それを考えたら、普通に魔物を倒して売った金でプロに頼む方が、俺たちの労働時間は短くなるだろう。  でも、それじゃ面白くない。趣味なんだから、下手くそでも自分でやらないと。 「解ってんならいい。――それじゃ、これで一式だ。足りなければまた買いに来い」 「はい、ありがとうございます」  ガンツさんが集めてくれた道具を受け取って金を払い、俺たちは宿へと戻る。  隣の部屋からはハルカたちの楽しそうな声が聞こえてきていたので、俺たちは頷きあい、その日は静かに部屋で過ごした。