086 休息 (3) 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ 石拾いも兼ねて、2日後にグレート・サラマンダーの捕獲に行くことを決める。 服の作製を続ける女性陣と、野営のための買い出しを行う男性陣。 せっかくなので渓流釣りも試すため、トミーに釣り針を注文する。 ===  せっかく外に出ているので、昼食はアエラさんのお店のランチ。  最近、街に居るときは、宿で食べるとき以外、常にここである。  新しいお店の開拓に興味がないと言えば嘘になるが、それは祭りの屋台で特賞を狙うようなものである。――つまり、あたりが入っていない可能性が高い。  その点、このお店なら安心である。すぐに座れない日も出てきたが、昼休憩が決まっているわけではない俺たちは、少し時間をずらせば問題ない。  今日は少し奮発して、ランチ+食後のお茶とお菓子を注文。  午後のティータイムと洒落込んでいる。  男2人というのが大きなマイナスポイントだが、アエラさんは可愛いし、お菓子は美味い。 「ルアー、作るのに道具がいるよな?」 「そうだな。木片は家の所に行けば分けてくれそうだが、職人に工具を貸してくれとは言えないからな」  うーむ、木片を削るだけなら、小刀だけでもなんとかなるか? 「ノコギリ、彫刻刀、ヤスリ。あと小刀を2本買うか?」 「ヤスリは必要か。ノコギリと彫刻刀は必要か?」 「ちょうど良いサイズの木片が貰えるとは限らないだろ? カットするのに小刀じゃ無理だぜ?」 「そういえばそうだな」 「彫刻刀は……無くても良いか」 「多分? 俺のイメージするルアーはツルッてしてたし」  目を彫ったり、ウロコを彫ったりはしていなかったように思う。 「じゃ、いらないな」 「何の話ですか、ナオさん」  昼食時が終わり、暇になってきたのか、アエラさんがニコニコと微笑みながらやって来て、声を掛けてきた。 「ルアー……疑似餌を作ってみようか、と言う話をしてたんだよ」 「疑似餌……懐かしいですね」 「ん? アエラさんも作ったことあるのか?」 「いえ、私は。里にそういうのを趣味にしている人がいただけです。里でも普通は仕掛けで捕まえるので、疑似餌を使った釣りは、完全に趣味ですね」 「疑似餌でも釣れることは、釣れるのか?」 「ええ、一応は。ただ、仕掛けで十分獲れますから……」  そう言って、あはは、と苦笑を浮かべるアエラさん。本当に趣味の世界なのだろう。 「どんな疑似餌だったか教えてもらっても良いか?」 「ええ、良いですよ」  そう言って説明してくれた疑似餌の特徴は、少し鮎に似ていたので、それに近い魚が釣れることが期待できるかもしれない。  お礼を言って店を出た俺とトーヤは、早速工具と木片を調達。  着色用の塗料を探して街を歩く。  ホームセンターなんてあるわけも無し、需要もあまり無さそうなので期待薄だったのだが、予想外に簡単に塗料とニスの入手に成功した。  訊いてみると、この街の特産、家具作りに使用するため、結構需要があるらしい。 「あとは、竿と糸、毛針の材料か」 「糸はハルカたちから分けてもらえば良いだろ。釣り糸なんて売ってないだろうし」 「そうだな。じゃあ、竿と毛針の材料……鳥の羽か」  どちらも森である。  奥に入ると怒られるだろうが、浅いところなら大丈夫だろう。  俺たちは装備を調えて、森へと走る。  残念ながら竹は見たことが無いので、できるだけ細くてしなやかな木を探し、何本か回収。その合間に鳥の羽も回収した。  いや、正確には狩っただな。俺たちのおやつが焼き鳥になった。そういう事である。  宿に戻り、2人して黙々と木片を削っていると、仕事を終えたトミーが部屋を訪ねて来た。 「こんばんは~。ご依頼の品、できましたよ」 「おっ、さんきゅー。良い感じにできたか?」 「正直に言えば不満点はありますが、現状ではこのくらいでしょうか」  そう言ってトミーが机に並べた針は、俺が見る限り十分な出来である。  サイズも各種揃っていて、俺たちが狙うヤマメなどの小型の魚だけでなく、鮭のような大型の魚すら釣れそうな針もある。  普通に日本で手に入る針と比べても遜色はない。  ……いや、正直に言えば、実物の釣り針なんて見たこと無いんだが。海釣り、川釣りはもちろん、釣り堀すら行ったことないし。 「何が不満なんだ?」 「針の細さ、返し、それに強度ですね。手作業でやるには、僕の技術はまだまだ不足しているみたいです」  俺には解らないが、釣り人のトミーには不満なようだ。  まぁ、俺たちは釣りが楽しめれば良いので問題はない。 「今は……ルアーを作っていたんですか?」 「ああ。まだ全然形になっていないが」  まだ大まかに角を落とした程度で、紡錘形にすらなっていない。  これが魚に見えるようになるかどうかは、俺たちの頑張りにかかっているのだが……俺、そんなに絵も上手くはないんだよなぁ。 「そこまで精密じゃなくても、ウロコの反射を再現できれば、動き次第でなんとかなるって話も聞きますけどね。本当かどうかは知りませんが」 「ウロコの反射……難しそうだな」 「金属箔を貼り付けるぐらいでしょうか……それから、タモはありますか? ないと逃げられやすいと思いますよ?」 「タモって、確か手網のことだよな? 必要なのか?」 「水面から上げると魚が暴れてバレる……針が外れることがありますから、水中で引き寄せて網に入れてから上げる方が良いでしょうね」 「手網は売ってなかったなぁ。トーヤ、作るか?」 「網は細いロープでも買ってきて編むか。わっか部分と軸は……」 「それなら枠は僕が調達してきますよ。軸は適当な木で良いと思いますし」 「それは助かる!」  日本ならクリーニングのハンガーで代用したり、ホームセンターで針金でも買ってくれば済む話だが、この街では針金自体がそもそも売っていない。  針金の製作方法を考えるに、機械無しに大量に作るのは難しい物だろうし、需要の関係もあるから、仕方ないのだろうが。 「下心ありですから。鍛えたら連れて行ってもらわないといけないですし」  ふふふっと含み笑いしながら、そんなことをはっきりと言う。  まぁ、安全を確保できるなら、俺たちに否やはないので、むしろはっきり言ってくれた方が俺たちもやりやすい。――具体的には、釣りに関して無理を言いやすい。 「一定水準に達したら、連れて行ってやるさ。もちろん、俺たちが行って、危険じゃなければだが」 「帰ってこなかったら、危険な場所と諦めてくれ」 「不吉なこと言わないでくださいよ!? 危ないときは逃げ帰るんでしょ!? 嫌ですよ、せっかく仲良くなれた人が死ぬのなんて」  焦ったように言うトミーに俺は肩をすくめて苦笑する。 「ま、もちろん死ぬ気は無いが、可能性はゼロじゃないんだよなぁ、この世界」  オークならそう苦労せず斃せるようになった俺たちだが、邪神さんから与えられたスキルレベルを考えれば、その程度はできて当たり前なんだと思う。  だが、そんなオークもこの世界の魔物からすれば、弱い部類である。  運悪く強い魔物が徘徊していたら、あっさり殺されることも考えられる。  俺の索敵は有用だが、敵の索敵範囲が俺より狭く、俺たちが敵よりも速く移動できることが前提なのだ。  より長距離から発見されたり、移動速度が速ければ逃げ切れない可能性が高い。動物と違い、魔物は積極的に人間を襲ってくるのだから。 「観光旅行とか、無理そうですよね」 「金があればできるんじゃないか? 高ランクの冒険者を大量に雇って」 「そんなの、現実的じゃないですよ~。やっぱり、街道ぐらいは安心して移動できるぐらいには鍛えた方が良さそうですね」  トミーは大きくため息をついた後、気を取り直したように顔を上げる。 「ところで、毛針の作製はどうしますか? 今からやります?」 「ああ。できたら、明後日ぐらいに行きたいと思ってるからな」 「あまり時間は無いですね。必要なのは糸と鳥の羽です。ありますか?」 「ちょっと、もらってくる」  俺は隣の部屋を訪ね、ハルカたちに事情を話して糸を分けてもらう。  それらの糸と、拾ってきた――もとい、毟ってきた鳥の羽を机の上に乗せる。 「鳥の羽、結構集めましたね」 「集めたというか、奪ってきたというのが正しいな」 「拾ったわけじゃなくて、狩ったんですか。日本じゃできない方法ですね」  狩猟法とかあるしな。日本だと、拾い集めるのも難しいだろうし、買うのだろうか?  鳩や烏の羽なら多少は見つかるかもしれないが。 「まずは細工がやりやすいように、針を固定します。普通は専用のバイスを使うんですけど……この木片、使っても良いですか?」 「ああ、いいぞ」  トミーが手に取ったのは、ルアー作製用にいくつか分けてもらってきていた木片。  トーヤが許可を出すと、トミーはその木片を2つに割り、そこに釣り針を挟んで紐でギュッと締め上げた。 「こんな感じで、針のこの部分に糸が巻きやすいように固定します。後はこの部分に、鳥の羽や糸を使って、虫に見えるような細工を施すだけですね。このへんはもう趣味の世界ですから、適当に」  トミーはそう言いながら、鳥の羽を小さく切ったり、裂いたりして、糸で釣り針に巻き付けていく。 「……大体こんな感じでしょうか? 虫に見えますか?」 「おぉ、上手いな!? 何かそれっぽく見える!」  こんな虫が居るかどうかは知らないが、釣り針が何となく羽が生えた虫に見える様になった。 「これって、1つあれば良いのか?」 「好きな人は何種類も作って、付け替えて使いますね。それに、使ったら消耗しますし」 「それもそうか」  川に投げたり、魚が食いついたりしたら、だんだん傷んでくるのは当然か。 「それじゃ、何個か作ってみるか。指導、よろしく」 「はい。僕もさほど上手いわけじゃないですけど」  そんな風に謙遜するトミーの指導を受けつつ、俺たちはその日のうちに、それぞれ数個の毛針を作り上げたのだった。