089 釣行 (3) 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ ヤマメを大量に釣り上げる。 食べてみると、かなり美味いので、在庫を確保するため、1泊延長を決める。 === 「さて、私たち初めての野営なわけだけど……2交代で見張りするしか無いわよね」 「現状だとそうだな。もう少し時空魔法のレベルが上がれば、『聖域(サンクチュアリ:2)』って魔法もあるんだが……」  今の俺の時空魔法はレベル3。『聖域(サンクチュアリ:2)』はレベル4で使えるようになる魔法である。いや、この世界的に言うなら、『聖域(サンクチュアリ:2)』を使えるようになればレベル4、だな。  この魔法は、術者の指定した領域に侵入できる物を限定する魔法であり、熟練度が低いと虫除け程度(それでも十分に有益だが)にしか効果が無いが、練達するとある程度までの魔物は完全にブロックできる。  また、ブロックまではできなくても、術者には侵入されたことが判るため、見張りを置かなくても大丈夫、と言うメリットがある。  ちなみにレベル5には、『隔離領域(アイソレーション・フィールド:4)』という完全隔離する魔法も存在するのだが、こちらは空気すら通さないため、ある意味では非常に危険である。 「ナオとオレは別々、女性陣が1人と2人に分かれるって感じか。どうする?」 「適当にじゃんけんで良いでしょ」  大した問題でも無いので、ユキの提案をそのまま採用。  その結果、俺とハルカがペアで先に、トーヤとナツキ、ユキが3人で後でという組み合わせになった。 「それじゃ、ナツキたちはさっさと寝ちゃって」 「そうですね。今から寝れば、それぞれ5、6時間ぐらいは寝られそうですし」 「焚き火を囲んでのおしゃべりも楽しそうだけど、仕方ないか」 「いや、お前たち、昼間、メチャメチャ話してたじゃん!」  少し残念そうなユキに、トーヤが呆れたように指摘する。  ユキの気持ちも解るが、俺もトーヤに同感である。良くそんなに話す内容がある物だと、ある意味、感心する。 「夜ってシチュエーションが良いんだけど……ま、寝るのも仕事だよね、ある意味。冒険者的には」  そんなことを言いながらユキもナツキに続いてテントに入り、最後にトーヤが入る。  まだ日が落ちて間もないので、時間的には19時程度だろうか。  今から5、6時間ほど見張りをして交代すれば、俺とハルカも夜明けまで同じぐらいは寝られる。3交代ならもっと寝られるのだが、数日程度ならこのぐらいの睡眠時間でも大丈夫だろう。 「しかし、5、6時間もただ座っているだけっていうのも暇だよな」  改めて俺のすぐ側に座り直したハルカに囁く。  購入したテントは防水性能も兼ね備えたやや厚手の物だが、防音性は全く期待できないので、雑談で暇つぶしもできない。 「そうね、できるのはスキルの訓練ぐらいかしら?」  それも音を出さない物に限られるよな。  俺なら【索敵】や魔法関連、後は見回りも兼ねて周囲を【忍び足】で歩き回るぐらいだろうか。 「――そういえば、交代時間って判るのか? 感覚で5、6時間っていうのは厳しいぞ?」  こちらに来てから時間感覚が向上したのか、それとも太陽などの自然の動きに敏感になったのか、5分から1時間程度までならあまり差も無く判断できるようになったが、夜、それも5、6時間となると、あまり自信は無い。 「今日は星が見えるから大丈夫だけど、やっぱり時計は欲しいわね」 「高いのか?」  ラファンでは一定間隔で鐘が鳴るが、時計自体は見たことが無い。  店舗や食堂に時計が掛かっていたりもしないし、時計塔なんて物も存在しない。  街で暮らしているのならあまり必要性も無いのかもしれないが、それでも全く見かけない以上、決して安くないことは想像できる。 「一般人が買う気になれないほどには、高いわね。錬金術で作られる物だから、材料を集めて自分で作る方が良いでしょうね。間隔を測るだけなら砂時計もあるけど、これも十分高いし」 「ガラス細工、だからなぁ」  魔法や錬金術が存在するせいか、街中でガラス窓を見かける程度にはガラスも普及しているのだが、それでも決して安い物では無い。繊細な作業が必要となる砂時計ともなれば、単なる実用品と言うよりも工芸品に近いのではないだろうか。 「ま、時間の方は私に任せて、ナオは好きな訓練をして良いわよ。寝なければ」 「了解」  ハルカの言葉に素直に甘えて……まずは【索敵】だな。  見回りは僅かでも音がするし、魔法を使うとユキあたりは魔力の動きを感知するかもしれない。寝入り端(ばな:1)を邪魔をするのは良くないだろう。  それに対して【索敵】は完全なパッシブ型。魔力も音も発しないので、睡眠の邪魔にはならない。  俺は目を瞑り、索敵範囲を探っていく。  まずは川。昼間とは打って変わって、非常に動きが少ない。ヤマメなども眠っているのだろう。だが、いくつかは活動的な反応もある。夜行性の魚類や両生類だろうか。  今もカエルの鳴き声が響いているので、結構うるさい。グレート・サラマンダーの事を考えれば、今から行けば見つけやすい気もするが……まぁ、無理することも無いか。  あのサイズを考えればある程度縄張りとかありそうだし、そうなると同じ場所で大量に捕まえることは難しいだろう。  次に森の方に注意を移すと、こちらも夜行性の動物なのか、かなりの数が森の中を動き回っている。反応自体は大きくないので、俺たちの脅威になるような物は居そうに無いが、最低限の注意は必要だろう。  ハルカにそう伝えると、彼女は少し考え込んで呟いた。 「……狼、かしら? この森、夜行性の狼がいるのよね?」 「らしいな。あまり人が襲われることは無いみたいだが」 「人を襲うリスクを理解しているんでしょうね。元の世界と同じ習性なら、1つの群は多くても10匹程度。森で野営をするのなんて冒険者ぐらいでしょうし、それを襲えばほぼ確実に数匹は殺されるでしょうから」  よほど無防備にでもしていなければ、武器を持つ冒険者を襲う理由なんて無いか。  普通に鹿あたりを狙う方が安全で楽だろう。  ちなみに、1つの狼の群は10キロから30キロ四方程度を縄張りとするため、何十匹も連携して襲ってくるようなことは無いらしい。  上位種の下で集落を作る魔物とは生態が違うって事だな。ありがたいことに。犬は好きなので、無駄に殺したくは無い。  毛皮は売れるようだが、あえて狩ることも無いだろう。  それからの数時間は、【索敵】の訓練や魔法の訓練、それに【忍び足】の訓練をして時間を過ごした。  前2つはともかく、【忍び足】であたりを歩き回る訓練はハルカには不評だったが、普段あまりやることない訓練だけに、これからも続けていきたい所存である。     ◇    ◇    ◇  翌朝、俺とハルカがユキに起こされてテントから出ると、そこにはすでに朝食ができていた。  ユキたちも真夜中ではあまりやることもなく、のんびりと朝食の準備をしていたらしい。  ただし、調理の役に立たないトーヤだけは、1人筋トレを繰り返して汗まみれになっていたため、朝からハルカに『浄化(ピュリフィケイト:2)』をぶつけられていた。  トーヤは「さすが、気が利くな!」などと言っていたが、ハルカは朝食の席で汗まみれのお前を見たくなかっただけだと思うぞ? 「今朝は魚と野草を使った汁物に、うどん的な何かを入れてみました」 「野草なんかあったの?」 「はい。トーヤくんが川でセリを採ってきてくれました。後は、森で集めた食べられる葉っぱを適当に」  適当なのか。  でも覗き込んだ鍋からは良い匂いがして、かなり美味そう。  入っているヤマメのぶつ切りは、塩をして一晩干しておいた物らしい。 「うどん――っぽい物は、あたしが作ったんだよ。スペース的に短いのは許してね」  うどんは暇に飽かせてユキが作ったようだ。  見た感じ、長さが20センチにも満たないのは、麺棒も広い板も無く、まな板を使って作ったためらしい。 「美味いなら、長さはどうでも良いぞ」 「まだ味見してないけど、不味くはない、はず?」 「それじゃ、頂きましょうか」 「おう。さっきから腹が鳴りそうだったんだよ~」  それは一晩中、筋トレしてるからだ。  忍び足で長時間歩いていた俺も大概だが、トーヤはそれ以上だな。騒がしくは無かったので、問題は無いのだが。 「それじゃ、いただきます」 「「「いただきます」」」  全員で唱和してまずはスープを一口。  うん、美味い。  ベースは塩味と何種類かの香辛料のようだが、ヤマメから出汁が出て良いスープになっている。  恐らくナツキが集めただろうクセの無い野草に比べ、セリは若干香りが強いが、それもまたアクセントになっている。  うどんも短いことを除けば、冷凍の讃岐うどんに近いぐらいに良くできている。若干、のどごしが劣るが、この環境で作ったことを考慮すれば、上出来だろう。 「……どう?」 「美味しい。うどんもスープも」  心配そうに聞いてきたユキに、俺はそう答え、笑みを浮かべる。  何というか、日本的でホッとする味である。  パンも嫌いじゃないが、そればかりではやっぱり飽きる。 「そうね。魚のお出汁なんて、本当に久しぶり。美味しいわ」 「これから寒くなりますし、干物を作っても良いかもしれませんね。出汁用に」  今のところ、昆布も鰹節も見つかっていないので、ナツキとしては今後料理をするために、出汁になる物が欲しいらしい。もちろん、俺も美味い料理のためなら、喜んで協力したい。 「干し椎茸という手もあるけど、キノコの乾物、高かったわよね?」 「はい。高級品みたいです。栽培、されていないんでしょうね」  ナツキに値段を聞いてみたが、出汁のために買うのはちょっと厳しいレベル。  いや、出汁とかそれ以前の問題か。少なくとも、普段の料理に使えるような価格ではない。 「海に近い街なら、魚も安いか?」 「浜値なら安いかもしれないけど、距離がねぇ。ここからじゃ何日もかかるから、ちょっと買いに行けないわよ」  乗合馬車みたいな物はないので、自分で馬車を仕立てるか、歩いて行くしかなく、なかなかに厳しい道のりになるらしい。  当然のごとく途中は野宿になるし、魔物や盗賊による危険もある。  少なくとも、魚を買うためだけに赴くのはあまり現実的ではないようだ。 「う~む、これはますます魚をたくさん釣って帰る必要があるな、美味いメシのために!」 「ええ、そうね」 「異存なし!」  俺たちは揃って、魚釣りへの意欲を見せるのだった。 === いつもお読み頂き、ありがとうございます。 少々、筆の進みが悪いので、今回から更新を火、木、土、日の週4回にさせて頂きます。 楽しみにしてくださっている方がおられましたら、申し訳ありません。