095 ……面倒くさい 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ シモンさんたちに振る舞った魚入りのうどんもどきは好評だった。 食後に南の森へ向かうと、多くの木こりと護衛の冒険者が仕事中。 それを観察していると、突然声が響いた。 ===  そちらに視線を向けると、俺たちを指さして驚愕の表情を浮かべた男の冒険者が立っていた。  うん? 作業場所からは距離を取っているし、別に邪魔になってないよな?  俺は首をかしげ、ハルカたちと顔を見合わせる。 「知り合いですか?」 「……いや」  かなり薄汚れ、汗まみれになっている無精髭が生えた男の顔を見るが……こんな奴、知り合いにいたか?  冒険者ギルドぐらいでしか知り合う機会も無いと思うが、あんまり顔を出してないし、テンプレ的に絡まれるイベントも起きていない。  酒場なんかにも行かないので、そちらでイベントに巻き込まれることもない。  あとは……門番でハルカに色目を使った男がいたが、アイツは冒険者じゃないし……。 「紫藤と古宮、だよなっ!?」 「ん?」  コイツ、クラスメイトか!?  見た目オッサンなんだが。街道で出会ったら、盗賊と判断して攻撃を仕掛けてしまい兼ねないほどに。  格好、かなり汚いし。 「ってことは、残りは東と永井、神谷か!」  ほぼ変わっていないユキとナツキを見て、それからいつも一緒に居た俺たちを連想したようだ。俺たちの顔がすぐに判らないって事は、あまり親しくないヤツか。  ちなみに、一番外見が変化しているのは俺のような気がするが、それでもナツキやユキがすぐに気付く程度である。顔だけでなく全体で言えば、耳と尻尾が生えたトーヤが一番だろうが、トーヤは顔自体はさほど変化していない。 「ユキ、知り合い?」 「知らないかな?」 「俺、俺! 徳岡!」 「………………あぁ」  かなり長い沈黙の後、そう言って頷いたユキだが、その顔は良く覚えていないという顔である。俺知ってる。  もちろん俺は同じ男子。徳岡のことは知っている。  クラスメイトで教室の右前の辺りに座っていた。そして…………うん、そんな感じ。  細かいことはどうでも良いよな? 決して覚えていないわけじゃないぞ? 「え、何? 紫藤さんたちなの?」 「マジで!? うわー、久しぶりー」  そして近づいてくる似たような男が2人。  崩れた表情で――いや、遠慮無く言えば下卑た表情でハルカたちに視線を向けている。  誰だ、コイツら?  人族だから、容姿はさほど変わってないはずなんだが……無精髭のせいか判らん。  ちなみに俺は、こちらに来てからかなり髭が薄くなっているが、それでも伸ばしていると女性陣からの受けが悪いので、トーヤと共に毎日きちんと剃っている。 「………?」 「前田だ」 「岩中です」 「……うんうん、前田君と、岩中君ね」  誰か判らなかったのはユキも同じだったらしく、紹介されて頷いているが、この2人もイマイチ印象に残っていなかった感じか?  俺は……岩中は確か、成績は良かったよな? ユキやナツキに匹敵する程度には。  ガリ勉って感じではなかったし、容姿も比較的整っていたので、比較的女子に人気はあった気がする。  前田の方は……多少運動が得意なヤツだったか?  あまり付き合いがなかった奴らなので、殆ど情報がない。 「紫藤さんたちは今日こっちの森に来たの?」 「うん、まぁ、そうかな?」 「え、今頃? 俺たち、もう1ヶ月はこっちで活動してるぜ?」 「そうそう。東の森は物足りなかったからな。宿も、もう個室を使えるようになったしな!」  そう言いながら、俺とトーヤの方に揶揄するような視線を向ける3人。  ふむ。物足りなくて南の森に来て、やってることが丸太運びなのか?  そして、個室は自慢するようなことか? そりゃ、大部屋で雑魚寝はキツいだろうが、俺たち、そんな宿に泊まったことは無いぞ?  面倒くさいから、指摘はしないが。 「あ、そうだ! 紫藤さん、僕たちのパーティーに入りなよ! 僕たちの方が将来性あると思うよ?」  おっと、いきなり勧誘し始めたぞ? 俺たちを無視して。 「それ良いな! あの程度の森に2ヶ月以上掛かるんじゃ、上に行けないぜ?」 「そうそう。東と古宮も。東の森ならどうせ大部屋だろ? 俺たちと一緒なら個室に泊まれるぜ?」  そんな事を口にして、ハルカに手を伸ばした前田だったが、ハルカは冷たい視線を向けてスッと距離を取る。 「あり得ないわね」 「ちょっと臭いがきついので、近づかないでくれますか?」 「あはは、それは絶対あり得ないかな?」 「なっ!」  冷たい笑みを浮かべながらきっぱりというナツキに、明るく笑いながらもちっとも笑っているようには見えないユキ。  この2人に比べれば、冷たい表情できっぱりと断るハルカの方がまだマシかもしれない。断られた方の精神的には。 「何でだよ! ここは日本じゃ無いんだぜ!? 力が無いと危ないって事すら解らないのか?」 「今頃こっちに来るって事は、冒険者ランクも低いだろうが!」 「あなたたち、成績は良かったですが、この世界ではそれだけでは稼げないこともわかりませんか?」  断られると思っていなかったのか、憤慨して声を荒げる徳岡たち。  と言うか、あんな誘い方でハルカたちが「うん、そうする~」とでも言うと思ったのか?  よっぽど頭がカラッポでもなければ、あの誘いに乗る方がおかしい。 「え、徳岡君たち自身の方が危険そうだし?」 「不潔な人はちょっと」 「こんな所で丸太運びしてる人に、稼げるとか言われても、ね?」 「だよね。それに、こんな所で無駄話してて良いの?」 「不真面目な人はどうかと思いますね」 「そんな格好で、『俺たちは上に行ける』みたいなこと言われても……ふふっ」 「ですよね。まずは身なりを整えることからじゃないですか?」 「ま、もし稼いでいてもあり得ないかな? 生理的に?」  ハルカたち、怒濤の勢い。  ボコボコである。  俺とトーヤは顔を見合わせてため息をついた。  俺たちが変に口を出してヒートアップしないように、2人して黙っていたのに、無駄だったようだ。見る見るうちに徳岡たちの顔が赤くなっていく。 「……てめっ!」  前田がそう言って腰の短剣に手を伸ばそうとする。  と同時に俺とトーヤも武器を持つ手に力を入れたのだが、その瞬間、怒声が響いてきた。 「くぉら! 新入り! いつまでくっ喋ってやがる!!」 「「「は、はい!」」」  すぐさまビシリと背筋を伸ばして返事をする徳岡たち。  視線を向けると、ガンツさん以上にムキムキのオッサンが腕組みをしてこちらを睨み付けていた。いや、こちらというか、徳岡たち3人を、だな。 「ほら、呼んでるわよ」 「お仕事、頑張ってね~」 「……くそっ! 覚えてろ!」 「おい!!! まだか!!」 「「「はい!!」」」  捨て台詞を吐き、俺たちを睨み付けた徳岡たちだが、オッサンにもう一度声を掛けられると良い返事をして急いで走って行った。  しかし、ハルカたちに対するよりも、ずっと黙っていた俺たちの方にきつい視線を向けていたのが釈然としない。 「やれやれ、下手なナンパみたいな人たちだったわね」 「だよねぇ。クラスメイトであんな人いたんだ? 名前ぐらいしか知らないけど」 「岩中君は真面目そうな印象だったんですが……成績ぐらいしか知りませんけど」  肩をすくめてため息をつくハルカに、結構酷いことを言うユキとナツキ。  まぁ、俺もあいつらのことはよく知らないので、似たような物なのだが。 「しかし、ナオ、私たちが勧誘されてるんだから、身体を張って止めるべきじゃない?」  やや不満そうなハルカに、俺とトーヤは顔見合わせ肩をすくめる。 「いや、相手が力尽くでならそれもやぶさかじゃないが、あの状況、下手に口を挟んだら余計にヒートアップするだろ? なぁ?」 「そうそう。あれはそのタイプだよな。オレたちがいることを知っていてやってるんだから」  ハルカたちがナンパされるという場面に遭遇する機会というのは、幸か不幸か、日本に於いても頻繁にあった。  俺たちが出て行くと素直に引く、ある意味でお行儀の良いナンパと、それでも固執する悪質なタイプ。  後者の場合、男の俺たちが口を出すと遠慮がなくなるせいか、妙にヒートアップしてしまうのだ。なので、基本的にはハルカたちに任せ、適当なところで双方を宥めてから別れるぐらいがちょうど良い。  俺たちが当事者になってしまうと、退きどころがつかめず、警察のお世話になってしまった事もあるのだ。相手側が。  ただ、いくら俺たちが被害者でも、警察への事情説明に時間が取られ、その日の予定はすべて潰れてしまった。やはり、トラブルは回避するに限るよな。 「確かに、ちょっと面倒な手合いだったわね」 「最後なんか武器に手を掛けようとしてたよ?」 「まぁ、面倒な元クラスメイトはどうでも良いじゃないですか。もう関わることも無いでしょうし」  ナツキは首を振ってそう言うが、本当にそれだったら良いんだがなぁ。  だがそれを口に出すと、妙なフラグになって、また絡まれそうな気がする。できるだけ会わないようにするに限るな。うん。 「なら、早く移動しようぜ。のんびりしてると、また戻ってくるかもしれないぞ?」  徳岡たちはマッチョなオッサンに追い立てられるように森の中へ入っていったが、あんまりここにいたら、また丸太を担いで戻ってくるかもしれない。 「そうね。木こりの人たちがいない場所まで南下して、適当な場所で森に入りましょ」