097 訪問、南の森 (2) 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ 南の森を探索。 ゴブリンやブランチイーター・スパイダー、スラッシュ・オウルに出会う。 魔物の数は多いが、基本的には弱い。 === 「それじゃ、方針、決めましょうか」 「そうだな」  ディオラさんに相談しようと決めた俺たちだったが、昨日は森から帰るのが遅くなったため、冒険者ギルドが忙しい時間に当たり、とてもそんな余裕は無かった。  取りあえず魔石や素材などの売却のみ行い、今日改めてハルカたちが話を訊きに行ってきたのだ。  その間、俺たちは訓練。  その御蔭でレンガサイズのブロックが作れるようになったのだが……所詮手慰みに作った物だから、まぁ、どうでも良いことだろう。  魔法で作ったブロックなので硬さは十分にあるのだが、その場所の土を使ったため、『土を固めただけにしか見えない』、『色が同じだから装飾性に欠ける』、『これなら土を盛り上げるだけでも良くない?』などとダメ出しを喰らったこととは何の関係は無い。  ……くそっ、そのうち文句の付けられないブロックを作ってやる。 「えーっと、まずこの時期の冒険者の仕事だけど、やっぱり全体的に減るみたいね」  このあたりはそこまで寒くはならないらしいのだが、それでもやはり影響はある。  薬草類は枯れるし、人の行き来も減るので隊商の護衛の仕事も少なくなる。 「木こりの護衛も、冬場は仕事を休む人がいるから減るみたい。だから、一部の人はこの時期、もう少し南の街へ拠点を移すんだって」  もう1月ぐらいは今の状況が続き、それ以降の2、3ヶ月ぐらいがそんな感じらしい。  俺たちは木こりの護衛を請けるつもりがないから、あまり関係ないと言えば関係ないが、他の仕事で競合するか? 「採集系の仕事だと、ワックス・ビートルとハシキという木の実、あとは胡桃や栗だね」 「他にクットという木の実も採れるみたいですが、これはあまりお金にならないみたいです」 「知らない木の実だな?」 「以前、アエラさんのところで食べたランチに入っていたんですが……覚えてませんか?」 「……あぁ! あの美味しいヤツ! 何で金にならないんだ?」  かなり美味しい木の実なのに。 「栽培しやすい木の実らしく、1本あれば、かなりの量が採れるみたいです。なので、庭のある家などは植えているみたいですね」  一般庶民でも多少広い庭があれば何本か植えておいて、収穫した木の実を小遣い稼ぎに市場で売るため、わざわざ森から集めてきてもコストが見合わないようだ。 「あたしたちの家にも植えよっか? 広い庭があるし」 「いいな! おやつにちょうど良い感じだったし」 「収穫できるまで何年かかるのよ……」 「だよねー、植木屋さんなんて無いだろうし」  桃栗三年柿八年、柚子のバカめは一八年っと。  クットはどのくらいかかるのだろう? 「あ、いえ、実は生えてますよ、クットの木」 「え、そうなのか?」 「はい。見に行ってみると、何本か生えてました。元の住人もこの街の人ですし、きっと植えたんでしょうね。いくつか拾ってきてみました」  そう言ってナツキがポケットから取り出して机の上に並べたのは、1センチぐらいの丸い木の実。ぱっと見はどんぐりをまん丸にしたような感じだが、帽子は無い。  殻は……そこまで固くないな。栗はもちろん、どんぐりよりも柔らかいぐらいか? 爪を立てれば剥けそうなぐらい。 「これ、どうやって食べるんだ?」 「軽く煎って、皮を剥き、そのまま食べるか、塩を振って、ですね」 「よし、後で拾いに行こう」 「かなりたくさんありますから、私たちが食べる分ぐらいなら、1年分は十分にありそうですよ」  俺たちなら保存も問題ないしな。 「拾いに行くのには別に反対しないけど、今は仕事の話でしょ」 「おぉ、すまん」 「ワックス・ビートルはその名前の通り、ワックスが取れる甲虫ね。大きさは10センチぐらいで、その羽を集めてくれば良いの。ハシキは話を訊いた感じ、ハゼみたいな感じかな? これも蝋が採れるんだって」 「いずれも家具作りに使われる素材ですが、ほぼ全量、輸入しているようです」 「……ん? つまりこのへんじゃ採れないって事じゃ?」 「いえ、このあたりでも採れるんですが、それが東の森の奥なんです」 「簡単に言えば、危険度と報酬が見合わない、ってこと」  具体的には、俺たちの殲滅したオークの巣があった辺りから集めることができるらしいが、そこで採取しようとするならばオークを危なげなく斃せるレベルが必要になる。  だが、オークが斃せるなら、オークを1匹狩ってくる方が簡単に稼げる。  それなりに高く買って貰えるとは言っても、1日中採取してオーク2匹分に届かないらしい。  ディオラさんにも「止めた方が良い」と止められたみたいだから、相当である。 「やっぱり『南の森ゴブリン惨殺行』か? 森の奥なら、まだ栗や胡桃も落ちていたし、それも合わせれば1ヶ月ぐらいなら程々に稼げるだろ」 「外聞悪いよ、その名前。『南の森クリーン作戦』ぐらいで」 「やることは同じだけどね」  綺麗に掃除されるのはゴブリンたちって事だな。 「一応、マジックバッグ持ちならできる、季節問わずに稼げる仕事も教えてもらいましたが……ディオラさん曰く『これはお勧めできない』らしいです」 「それは?」 「この町の北、山脈の麓(ふもと:1)辺りで木を切ってくるんです。元々この街の家具産業は、あの辺りで採れる銘木から発展したものですから、とても価値があるんです」  良い物であれば、1本で金貨100枚を優に超え、下手をすると1,000枚になる事すらあるらしい。  ただし、運搬にはマジックバッグが必須であるし、周辺にいるのは手強い魔物。  木を切り倒す以上、薬草やキノコのようにコッソリ採ってくるなんて事もできない。  1本切るには時間も掛かるし、音も出るので魔物も寄ってくる。その間、守り切るだけの戦闘能力も必要となる。 「だが、それだけの価格なら、高ランクの冒険者が受けそうな依頼じゃないか?」 「金額としては悪くないんですが、そのランクでマジックバッグ持ちなら、この街に来なくても別の方法で稼げますから」 「割に合わないワケじゃ無いが、わざわざ拠点を移すほどの魅力も無いのか」  ラファンの町はやや田舎にあるため、冒険者からすればあまり魅力のある町では無いらしい。  町付近の魔物は弱く、安全みたいだから、生活するには悪くないのだろうが、確かに刺激には乏しいかもしれない。  俺からすれば、徒歩1日の範囲にあの釣り場がある時点で、かなり魅力的な町なのだが。 「この世界には、ダンジョンとかあるんだって。冒険者には、そっちの方が人気があるみたい。何より、木材運びより、ダンジョンアタックの方が冒険者らしいしね!」 「ダンジョンは良いな! 俺もやりたい」 「オレも! ダンジョンとドラゴン、定番だよな!」  ユキから提示された情報に、俺は思わず声を上げる。  ゲームみたいな事は無いんだろうが、ちょっと憧れる部分はあるよな、やっぱり。  やはり、ダンジョン都市みたいなところもあるんだろうか? 「ダンジョンはあたしも行ってみても良いけど、ドラゴンはナシかな? 出会ったら、多分死ぬし」 「そうね、別にダメとは言わないけど、もっと鍛えてからよね。私たちの冒険者ランクなんて、まだ2なんだし」 「うん、確かに」  ハルカの言葉に一気に冷静になる。  ダンジョンアタック、興味はあるけど命の方が大事。  ドラゴンも見るだけなら見てみたいが、戦うのはゴメンである。 「それじゃ、しばらくの間は南の森で木の実を拾いつつ、ゴブリン討伐で良い?」  そんなハルカの言葉に、他に選択肢も無いので、頷く俺たち。  冬場はアイドリング的な活動でも別に良いだろう。  気分的な問題を除けば、魔物を倒すことにも意味があるわけだから。 「ところで、徳岡たちはどうする?」  今後の方針が一応決まったので、やや引っかかっていたことを話題にしたのだが、ハルカたちはよく解らないと言った表情で首をかしげた。 「どうするって?」 「なんか捨て台詞、残したじゃないか」  確か「覚えてろ」みたいなことを言っていたよな? 俺の記憶違いじゃなければ。  まさか、ユキが名前を覚えていなかったので『名前を忘れないでくださいね』という意味で言った言葉ではあるまい。  日本であれば別に気にすることも無いのだが、なーんか、あいつら、倫理観が緩んでそうなんだよなぁ、行動的にも、口調的にも。日本にいたときはあんな行動をするようなタイプには見えなかったし。 「でもあいつら、そんなに強くないだろ? なんか自慢げに、『1ヶ月で南の森に移動した』とか言ってたが、オークを狩ってたわけじゃないみたいだし」 「そうね。妙なスキルを持っていないか心配な部分はあるけど、所謂チートスキルは無いから、あまり心配は要らない気はするわね」  邪神さんの言ったとおり、地雷スキルはあっても、これまでの所、チートスキルには遭遇していない。  『生き残る』という点からは【索敵】スキルがある意味チートではあるが、敵の場所と大まかな強さが判るだけなので、圧倒的に強い敵に狙われれば、逃げることも間に合わず死ぬことになるだろう。  それに、1レベルで5ポイントのスキルが多い中、1レベルで10ポイントだったことを考えれば、ちょっと強力なのも頷ける。 「ですが、またナンパされるのも面倒ですね」 「できるだけで会わないようにしたいよね、不潔だったし、はっきり言って臭かった!」 「ユキさん、キッツい! それ、俺たちが恵まれてるだけだから!」  あまりにはっきりと、男子が女子から言われるとダメージ甚大な言葉を口にするユキ。  ――いや、性別は関係ないか。女子が男子から言われても、きっとダメージは大きいだろう。  俺たちは光魔法のおかげで清潔に過ごせているが、それが無ければ、普通の冒険者は身体を拭く程度しか対処方法が無い。公衆浴場なんて整備されていないのだから。  井戸で水浴びという方法もあるが、この季節になるとさすがに厳しいだろう。  それを考えれば、情状酌量の余地はあるんじゃないだろうか? 「それでもあの汚さは無いかなぁ。髭も剃ってなかったし?」 「いやいや、髭を綺麗に剃れるレベルの刃物、維持するのも大変だぞ?」 「そうそう。オレたちも結構頑張ってるんだぜ?」  はっきり言って、素人が研いだ刃物ではカミソリのように髭を剃るのは難しい。更に髭という物はなかなかに硬く、すぐに刃が鈍る。  俺たちはガンツさんのところで購入した専用の刃物を、【鍛冶】スキル持ちのトーヤが日々メンテナンスして使っているが、それでも最初の頃は何度も失敗して血を流し、治癒魔法のお世話になっていた。  流血沙汰の頻度で言えば、戦闘での回数よりも、髭剃りでの回数の方が多い。なんとも微妙なことに。  電気シェーバーや安全カミソリのありがたさを実感した出来事である。  一応、トミーに安全カミソリの作製を要望しておいたが、実現はできるのだろうか? 「あのもっさい髪の毛も……そういえば、ナオもトーヤも髪が伸びてきたわね。邪魔じゃない?」 「正直、邪魔。そろそろ切りたいんだが……」  やや短めだった俺の髪も大分伸び、前髪が目に掛かるようになってきた。それだけの時間をこちらで過ごしたわけだよなぁ。  ……うーむ、この街にも理髪店とかあるのだろうか? 「ハルカたちは綺麗だよな。もしかして切ってる?」  ハルカがやや長めのセミロング、ナツキがロングで、ユキがボブカット。  普段、ハルカは後ろで結び、ナツキはポニーテールにしているので、あまり気にしていなかったが、改めてみるとユキの髪型は崩れていないし、ハルカとナツキも前髪が変に長くなっていたりもしない。 「気付かなかったの? もちろん、切ってるわよ。自分たちでお互いにね」  お互いとは言っても、ハルカが2人の髪を切り、ハルカの髪はナツキがハルカの指示の下で切っているらしい。  ユキはと言えば、ハルカ曰く「ナツキの方が安心」、ナツキの方は、「ハルカがいるのに頼む必要なんて無いですよね?」とのこと。 「トーヤ、良かったら切ろっか? あたしが」 「何でだよ! 今の話を聞いてどうしてユキに頼むと思う!?」 「いや、練習がてら? 失敗しても丸刈りにすれば……いやダメか。エルフの丸刈りも、獣人の丸刈りもナシだわ」 「当たり前だ、ボケ! オレもハルカに頼むわ!!」  やれやれ、みたいな感じで肩をすくめて首を振るユキだが、むしろそれはこちらの台詞だろう。トーヤが怒るのも当たり前である。  獣人の頭が頭丸刈りで、耳だけ毛が生えているとかどんな罰ゲームかと。  トーヤだけでなく、見る方からしてもある意味罰ゲームである。  まぁ、俺も丸刈りは嫌だが。 「それじゃ、後で私が切ってあげるわ。適当で良いでしょ?」 「ああ、それで頼む」 「そんなー」    棒読みで、そんな抗議をしてくるユキ。  本気で切りたいとは思ってないだろ、お前。   「そうだな……ユキの髪、俺に切らせてくれるなら――」 「ハルカ、頑張ってね! 今後カットは全部任せるから!」  全部言い切る前に、良い笑顔で手のひらを返しやがった。  尤も、『わかった』と言われても困るんだが。真っ直ぐ切るぐらいならともかく、ユキみたいなボブカットを俺ができるはずないし。 「ちったぁ、オレたちの不安、理解したか?」 「髪は女の命だよ!? 一緒にしないで!」 「……なんたる理不尽」 「薄毛に悩むオジサンたちに聞かせてやりたいな」  意味合いは少し違うだろうが、彼らにとっても髪は重要だろう。 「まぁまぁ、髪は今後も私が切るから。ただ、プロじゃ無いから、ある程度は許容してね?」 「お前たちが変だと思わないレベルなら構わないさ」 「オレも邪魔にならなければそれで。……丸刈りはナシで」 「判ってるわよ。それじゃ、買った土地に行って切りましょうか。部屋で切ったら、掃除が大変だったのよね」  ハルカたちは宿の部屋でカットしたものの、掃除機はもちろん、箒も無かったので、後片付けに手間取ったらしい。屋外であればそのへんは気にする必要が無いし、自分たちの土地であれば人目も気にならない。 「それなら今日は、ナオくんとトーヤくんの散髪と、クットの実の採集にしましょう」 「了解」  それから場所を移動した俺たちは、大工の好奇の視線に晒されつつ散髪をしてもらい、手の空いている人はクットの実の採集に精を出した。  ナツキの言ったとおり購入した土地にはクットの木が6本ほど生えていて、それには鈴なりと言う表現でも控えめなほどに実が生っていた。  それらをあらかた回収した結果、俺たちは大きめのカゴに何杯ものクットの実を手に入れたのだった。