101 俺たちはどう生きるか? 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ オークの巣の跡地には特に変わりなく、オークもいなかった。 奥へ進もうというトーヤ。 ナツキが更に深い場所で出てくる魔物の危険性を説明をする。 === 「さて、話を訊いた限り、ここから先に進むと結構危険そうだけど、みんな、どうする?」 「そりゃ行くだろ。今日はまだ戦闘もしてないし、コンディションも悪くないだろ?」  当然のようにそう口にしたトーヤを、ハルカが手を上げて制する。 「これは今から行くかって事だけじゃなく、今後どうするかも含めて考えて。ここ数ヶ月、私たちはそれなりにお金を貯めることができたわよね?」  真面目な顔でそう告げたハルカに、俺たちは揃って考え込んだ。  今回、パーティー資金として半分プールした状態で、個人に分配された額は日本円なら300万円以上。  別途家を購入した上で、3ヶ月ほど働いた結果がこれである。  冒険者として活動できる期間が限られる事を考慮しても、これまでと同じレベルの依頼を熟していけば、一生分の生活費を貯めることは可能だろう。  安全に生きる事だけを考えるなら、これ以上危険を冒す必要は無いかもしれない。  う~む……これはある意味、人生の分岐点? 「今のレベルでもそれなりにお金は稼げる。この街で程々の人生を送るのなら、これ以上無理して強くなる必要は無いと思うわ。贅沢をしなければ、老後の資金を貯めることも可能だと思うし」  若干の命の危険はあったが、今ならオークを狩るのにも苦労しないだろうし、ヴァイプ・ベアーやタスク・ボアーは言うまでも無い。  ディンドルの実の収穫もできる。  春と夏の仕事はまだやったことはないが、何かしらの収入源はあるだろう。  少し遠出すれば魚やカニも捕れる。  社会情勢が変化しなければという前提はあるが、かなり安全に生活を営めるのは、ほぼ間違いない。  全員それは解っているらしく、結構な時間、沈黙が続く。  そして、最初に口を開いたのはユキだった。 「あたしは……まだ頑張りたいかな? この歳で自分の限界? 到達点? それを決めてしまうのは早い気がする。もちろん、それに命を賭けるのかと言われると、少し悩むけど」  続いて口を開いたのはトーヤ。 「オレも同じ。嫁さんと2人、楽しい生活を送るためにはもっと上に行きたい。ただ、それにお前たちを付き合わせるのはどうなのか、という気持ちもあるし、パーティーから抜けてなんとかなるとも思ってないんだが……」  ざっくりと言えば、ユキはリタイヤするには早すぎる、トーヤはもっと金が欲しい、という感じか。  危険性も認識しているので、同時に迷いもあるみたいだが……。 「ナツキは?」 「私は、人生には目標が必要だと思っています」 「うん」 「トーヤくんみたいに獣耳のお嫁さんをもらう、という目標もありだとは思いますが、私にはそういった物はありません」  いや、それは見習う必要が無い物だ。  ナツキが「カッコイイ婿を捕まえる!」とか言い出したら、俺は病気を疑うぞ? 「『自分は何を為すべきか』。そう考えたとき、候補に挙がるのは自分の就いている職業で一角の人物になる事。そして今の私は冒険者です」  『何を為すべきか』か。  俺は将来どんな職業に就くかなんて考えていなかったが、就職はゴールじゃ無くてスタートなんだよな、よく考えれば。  『将来、○○になる!』だけでは子供の夢でしかない。  なった後でどう目標を設定するか。  まさかナツキも、日本にいるときに冒険者になるなんて想像はしていなかっただろうが、『なった以上はできるだけ頑張る』というのが彼女のスタンスなのだろう。  翻って俺はどうだろう?  なりたい職業すら明確になっていなかった俺からすれば、職について十分な生活費を稼げているだけでも重畳なのだが、ナツキの考えを聞かされると……。 「もちろん、限界が見えたのなら、ある程度で満足するという割り切りも必要でしょうが、私たちはまだ端緒についたばかりです」 「つまり、ナツキも続行希望、と。……真面目ねぇ。もっと適当でも良いと思うけど」  そう言って少しだけ呆れたような苦笑を浮かべるハルカに、ナツキは悪戯っぽい笑みを浮かべて付け加える。 「――ナオくんとずっと一緒に、あの家でのんびりと暮らすというのも、悪くないとは思いますけどね」 「え、俺?」  突然そんなことを言われ、驚いてナツキの顔を見ると、俺を見つめてニッコリと微笑んだ。 「はい。これまでと同じ事を続けていくなら、若い女の子と知り合う機会なんて無いですよ? ここ数ヶ月、誰かと知り合いましたか?」 「えーっと……」  若い女の子自体、見かけることが殆ど無いんだが……。  冒険者ギルドに若くて美人な受付嬢なんていないし、可愛い女の子の冒険者グループなんて見かけもしない。  市場で物を売っているのはおじさんかおばさん、ウェイトレスがいそうな飲食店にはあまり入らないし……。 「……あっ、アエラさんと知り合った」 「――っ! いえいえ、きっとアエラさんはかなり年上ですよ? 他のお店で修行して、あのお店を作れるぐらいの資金を貯めているんですから」  ナツキは一瞬、『それがあった!』みたいな表情を浮かべ、慌てたように首を振った。 「それは、そうか」  一般的に、弟子入りで貰える賃金はさほど高くない。  それにも拘らず、あれだけのお店を作れるだけの資金を貯めているのだから、いったい何年ぐらい修行したのだろうか? 「でしょう? ほらほら、選択肢が無いじゃないですか。それとも、私じゃ不満でしょうか?」 「いや、不満って事は無いが……」  一緒に暮らすって結婚って事?  確かにこれから毎年、同じ事を繰り返すのなら、女の子と知り合う機会は殆ど無いだろう。  だからといって街中で女の子を探してナンパしたり、結婚相手を必死に探すというのも違う気がする。  そう考えれば、気心が知れていて日本の価値観を持っているナツキは理想的……? 「もうすでに新居で同棲しているんです。これってもうすでに実質的な――」 「ちょっと!」  俺に近づき、そんなことを囁くナツキとの間に、ハルカが割り込んでインタラプト。 「私とユキを無視しないで!」 「え?」  ハルカの抗議に、ユキが後ろで『あたしも?』みたいな表情をしているぞ? 「大丈夫です。若い女の子はいませんが、冒険者ギルドに行けば、若い男性はたくさんいますよ? ハルカとユキなら簡単に見つかりますよ」 「お・こ・と・わ・り! 問題外!」 「そうだよ! ナツキこそ、あなたがギルドで声を掛ければ選り取り見取りだよ?」 「私も遠慮します。合いそうにないですから」 「じゃあ、あたしにも勧めるな!」  俺をそっちのけで、ぎゃあぎゃあと騒ぐ女性陣。  ――うん……元気だなぁ。  そんな悟りを開けそうな俺の肩を、トーヤがポンと叩く。  そちらに顔を向けると、ニヤリと笑ってアホなことを宣った。 「ナオ、モテモテだな?」 「いや、消去法だろ。他に居ないから」  冒険者は基本、汚い。  高ランクになればまた別なのかもしれないが、金が無く、『浄化(ピュリフィケイト:2)』も使えない低ランクの冒険者は身体を清潔に保つ方法が乏しい。  髪や髭も伸び放題。  先日出会った同郷の徳岡たちですらアレなのだ。  他の冒険者も推して知るべし。  綺麗好きの女性陣にとっては、近くに寄るのも不快だろう。  その他の職人、ガンツさんやシモンさんなどは比較的身綺麗にしているが、彼らは結婚しているし、年齢的にも合わない。  更にハルカたちは日本でもナンパされることが多かったせいで、近寄ってくる男たちを面倒に感じている風がある。  自分から婿捜しなんてしないだろう。  そしてトーヤは、はっきりと『獣耳のお嫁さんをもらう!』と宣言している。 「そもそも本気じゃ無いだろ、まだ二十歳(はたち:3)にもなってないんだぜ?」 「そうとも言えないと思うがなぁ……」  トーヤはそう言って苦笑するが、その間も少し声を落としたハルカたちの方からは『早い者勝ちじゃない』とか『ここは日本じゃないから』とか『寿命が長いから』とか、微妙に気になる言葉が聞こえてくる。 「おい、お前ら! そういう事はコッソリと話し合って決めろ! 今は進むかどうかだろ? ハルカとナオはどうなんだ?」 「私はみんなに合わせるつもりだったから、どちらでも良いわよ。太く短くでも、細く長くでも、それなりに人生は楽しめると思うから」  トーヤに一喝されて頭が冷えたのか、すぐに内緒話を止めたハルカはそう答えた。 「できれば太く長く生きたいものだな。俺も、これまで通り慎重に進めていくなら反対はしない。ハルカとナツキがいればあまり心配ないだろ」  俺がそう言うと、ユキが目を丸くして自分を指さす。 「え、あたしは?」 「俺の中でユキは、トーヤ分類なんだ。すまんな」 「そ、そんな!」  ややわざとらしく、口元を手で押さえてよろけるユキ。 「むしろ心外なのはオレだよ! オレ、そんなに考えなしじゃ無いだろ!?」 「最初の頃、討伐依頼をやりたがったじゃないか」 「……記憶にございません」  俺が指摘すると、トーヤはスッと視線を逸らし、そんなことを口にする。  だが俺はしっかりと覚えている。  薬草採取や猪を狩って稼いでいた頃、トーヤがゴブリンの討伐をやりたがったことを。  尤も、ハルカに止められて素直に諦めてはいたが。  俺も男だから、気持ちは解らなくも無かったんだけどな。     ◇    ◇    ◇ 「それじゃ、ここからは特に注意して移動するわよ。特にトーヤとナオ、索敵を重視して。単独の敵以外は避けるぐらいのつもりで。ただし、オーガーっぽかったら、即離脱」 「それだとバインド・バイパー以外は避ける事になりそうだが?」 「うん、そんな感じで。運良く1匹のスカルプ・エイプを見つけられたら戦ってみたいけど」 「さすがハルカ。安定の慎重派」 「私、ボスキャラは『たたかう』コマンドの連打で斃すタイプなの。確実にレベルが上がるなら、ゴブリン討伐を数ヶ月は続けていたところね」  『レベルを上げて物理で殴る』か。  ある意味、最も安全である。敵が想定以上に強いなら、魔法やアイテム、スキルなどの保険があるのだから。 「あたしは、それなりにレベル上げして、結果的に使い捨て攻撃アイテムとか、エリクサーみたいな高級回復薬は全部残るタイプ」 「あ、俺もユキと同じ」 「オレは取りあえず突っ込んで、負けたら戦術を考えて、それでもダメならレベル上げ、だな」 「うぅ、私は話に付いていけません……」 「あー、ナツキはゲーム、しなかったもんねぇ」  1人話題に取り残されたナツキが、少し困ったような表情で不満を口にして、それを見たユキがうむうむと頷いた。  ハルカとユキは、俺たちに勧められたらRPGをやることもあったのに対し、ナツキは一緒にゲームをすることもあるという程度。  ゲーム機も持っていなかったし、俺たちとしてもナツキに対しては少し勧めにくかった。どうこう言っても、お嬢様だし。そんなに厳しい家で無いのは知っているが、あえて勧めるような物でもないしな。 「そういえば、俺たち本当に、肉体強度的なものは上がっているのか? 持久力は付いたと思うが……トーヤ、刺してみても良い?」 「何でだよっ!?」 「いや、包丁が刺さらないかどうか確認を」  ぎょっとした顔を向けたトーヤに、俺はピシッと指を立てて解説してやる。  高レベルの冒険者なら、修羅場に巻き込まれても大丈夫、ってハルカが言ってたし? 「オレとお前は同レベルだろ!? 強度が上がっていても多分刺さるわ!」 「おっと、そうなるか。じゃあ、一般人に刺してもらわないと」 「どんな殺害依頼だ、それは」  道行く人に声を掛けて、「ちょっとこの人を刺してもらえます?」と包丁を渡す俺。……うん、通報案件だな。 「ただ、オレも気にはなるんだよな。……よし」  トーヤは1つ頷くと革手袋を脱ぎ、近くに生えていた木の幹を素手で思いっきり殴りつけた。  『ドンッ』という鈍い音と共に木が大きく揺れ、多くの葉っぱがバラバラと落ちてくる。 「うん……確かに違いはある気がするぞ? ほれ」  殴った自分の手を見ていたトーヤが、その手の甲をこちらに向けて差し出してきた。  それを全員で覗き込む。  ……ちょっと赤くなっているが、怪我はもちろん、手の皮が剥けていたりもしない。  結構凸凹している木の幹をあの威力で殴り、この状態か。 「そういえば最近、手に傷が付いたりしなくなったわね……」 「あ、それ、あたしも。最初の頃は手袋を忘れると、いつの間にか、ちょっとしたひっかき傷なんかがついてたんだけど」 「手にマメができたりも、しなくなりましたね」  そう言って見せてくれたナツキの手のひらは、綺麗なものだった。触ってみてもマメの跡も無く、ぷにぷにと柔らかい。 「あの、ナオくん……」 「あ、す、すまん」 「い、いえ……」  少し恥ずかしげに視線を逸らすナツキ。  差し出されたので、何となく触ってしまったが、いきなり手を取るのは不躾だったか。 「た、確かに綺麗なものだな」 「ええ。防御力や筋力が見た目に反映されないのは、女としてはありがたいわよね」 「そ、そうですね。強さに応じた見た目になる、と言われたら、冒険者は辞めてましたね」 「生きるか死ぬかの時にはそんなこと言ってられないけど、女としてはやっぱりね~」  俺もムキムキのナツキたちは見たくない。  俺自身も、細マッチョくらいならともかく、ボディビルダーみたいなムキムキは嫌だし。 「少し安心材料が増えたところで、先に進もうぜ? オークの殲滅のこと、今日中に報告するなら、そんなに時間は無いだろ?」 「ああ、そうだな。取りあえずは北方向で良いのか?」 「それが良いと思います。北西に進むと更に敵が強くなりますから」  この周辺の森は、ラファンの北西から山脈沿いに東に広がり、サールスタット方面へと続いている。  俺たちが最初に森に入った、ラファン東の街道沿いあたりが一番魔物が弱く、そこから概ね同心円状に魔物の強さが変化している。  つまり、東の森のやや深いところよりも、ラファン北の森沿いの方が危険度が高いのだ。 「それじゃ、トーヤ、先頭よろしく」 「おう、ナオは索敵な」  俺たちは改めて隊列を組み直すと、北へ向かって歩き出した。