106 DIYで浴槽を! 素材編 前回のあらすじ ------------------------------------------------------ 【錬金術】や【薬学】のために、研究室を整えることに。 手分けして備品の購入を行う。ナオとユキは風呂桶の入手を担当。 途中で、土魔法を使えば自分たちで作れるかも、と気づき、自宅へ戻る。 ---  家に戻った俺たちは、まずは庭の隅で実験を開始した。  いきなり浴槽を作ろうとするほどには自信過剰では無いので、最初はブロックから。 「水が染み込むとまずいから、釉薬の掛かったタイルをイメージして……」  表面をツルツルにするのはダイス作りの時にも試行錯誤しているので、問題は無い。  ただ土を固めるだけでは無く、表面を溶かすようなイメージで行えば上手く行く。 「……完成」 「おぉ、良い感じ! これなら肌触りも良いね」  ユキがブロックを拾い上げ、その表面を撫でながら笑みを浮かべる。 「素肌が当たる部分だからな。浴槽の底には滑り止めが必要だろうが」 「天然石を使った露天風呂風も良いけど、毎日使うのには向かないよね。掃除も大変だし」  リラックスして側面に寄り掛かることを考えれば、天然石で凸凹の浴槽は怪我しそうでちょっと怖いからな。それに、ユキの言うとおり、毎日の掃除を考えれば、継ぎ目の無いつるっとした浴槽の方が良いだろう。 「防水はどうかな?」  確認用に用意しておいた水の入った桶に、ユキがブロックを入れる。  俺も横から覗き込むが、泡が出てくる様子も無く、水から引き上げると水切れも良い。 「問題無さそうだな」 「うん。機能的にはこれと同じ物を、浴槽サイズで一体成形できれば問題無さそうだけど……」 「だけど?」 「色が悪い!」 「確かに!」  ユキの力強い主張に、俺も頷く。  そのへんの土を使って作っただけに、できあがったブロックの色は土色。  贔屓目で見れば、ベージュ色。  そんな浴槽が無いとは言わないが、俺のイメージ的にはホワイトや薄いパステルカラーの方が浴槽っぽい気がする。  だが、ああいうのって人工大理石とか、合成樹脂とかそういう物で作ってるんだよな? 「イメージ的には磁器製の浴槽って感じでできないかな?」 「ユキ、なかなか無茶を言うなぁ。ああいうのって、白い陶石を使って、その上に色つきの釉薬を掛けているわけだろ? 魔法だから焼成は必要ないかもしれないが、まず陶石が無い」 「そっかぁ……。このへんの土から茶色い成分を分離してとか……茶色い成分って何かな?」 「茶色……鉄分とか?」  改めて土の成分って何、とか言われると、悩むよな。  岩が風化して細かくなった物とも言えるし、岩の組成は色々で多くの化合物が含まれるわけで……。 「ていうか、ユキ、土魔法がレベル3になったって事は、『土作成クリエイト・アース』が使えるんじゃないのか? 陶石とか作れないのか?」 「……おぉ、そういえば」  忘れていたのか、ポンと手を打ってそんなことを言うユキ。  まぁ、実際俺も、今まで忘れていたのだが。 「でも、陶石の成分って何だっけ?」 「えーっと、石英と白雲母とかそのへんだったような……?」 「石英は二酸化ケイ素、SiO2だよね? 雲母は?」 「それを俺に聞く? アルミニウムの酸化物だったような気もするが、覚えてねーよ」  自慢じゃ無いが、学校の成績はユキたち3人に敵わないのだ。雑学的な物はともかく、化学式とかそんな知識はユキの方が良く覚えているだろう。 「アルミニウム酸化物……耐火レンガはアルミナを使うんだっけ? あれも白っぽいし、近いのかな?」 「ハルカに聞けば答えてくれそうな気もするが……だが、雲母はいるか? 二酸化ケイ素だけでも良くない?」  俺たちは別に磁器を作りたいわけでは無い。  土を成形して浴槽を作りたいだけなのだ。  粘土にして捏こねるわけでも、焼成が必要なわけでも無く、色が綺麗な土であれば何でも良いのだ。丈夫ならなお言うことも無く、石英はその点でも悪くない。 「それもそうだね。二酸化ケイ素……珪砂か。上手く行くのかな? ……『土作成クリエイト・アース』!」  ユキが悩みつつもそう唱えた途端、地面の上には両手で掬えるほどの白い砂の山ができていた。 「わわっ、成功、した?」  自分でも結果が微妙に信じられなかったのか、目を丸くしたユキは白い砂をひとつまみほど手に取り、それを検分しながら首を捻る。  俺も観察してみるが、それが本当に珪砂……二酸化ケイ素なのかはよく解らない。見た目的にはそれっぽいのだが。  しかし、『土作成クリエイト・アース』で二酸化ケイ素の生成が可能なのなら、各種金属元素も作り出すことができるのだろうか?  それとも、土の中に存在しうる物質――鉄なら酸化鉄とかであれば、生成できるのだろうか? もしそれが可能なら……。 「なぁ、これって、もしかして金とかもできる?」 「いや、それは……どうかな? 『土作成クリエイト・アース』の『土』の範疇が、『土の中に単体として存在する物質』という事なら、不可能じゃ無いかもしれないけど……簡単にできるなら、正に『錬金術』だよね」 「だよなぁ。さすがに無理だよな? はははっ」 「そうそう。そんなことできたら土魔法使いは大金持ちだよ。あはははっ」  顔を見合わせ、ひとしきり笑う俺たち。  そして真顔になり、視線を合わせて頷き合う。 「でも、試すだけならタダだよね?」 「あぁ。できたら儲けもの。文字通りに」 「よし。……『土作成クリエイト・アース』!!!」  ダメ元と言いながら、めっちゃ力の入った詠唱をするユキ。  だが、すぐに顔を青くして首を振る。 「――っ! ちゅ、中止! 中止! これ、ダメ! すっごく、ヤバい!」 「だ、大丈夫か?」  ふらつき倒れそうになったユキを、慌てて支えた。 「ちょっと、しんどい……」 「取りあえず、座れ」  顔を青くして息を乱したユキをその場に座らせ、額に浮かんだ汗を拭いてやる。  症状からして大量の魔力を一気に消費したことが原因だろう。あれ、気持ち悪くなるんだよなぁ。  それによって意識を失うことは無いのだが、それはそんな状態では魔法を維持できないからである。  もしそんな体調不良を意思の力で押し殺し、限界まで魔力を振り絞ることができるなら、魔法の使いすぎで気絶する、なんてこともあるかも知れないが、普通の人にはまず無理だろう。 「ちょっと横になる。膝、貸して~~」 「構わないが……部屋に戻るか?」 「大丈夫、少し休めば」  ぐてぇっとなったユキに膝枕をして、休ませること暫し、大分顔色も戻り、息も整ってきたユキが大きくため息をついた。 「多分だけど、この魔法、対象の希少度? 土の中に存在する割合? そんな物に依存して魔力消費するんじゃないかなぁ?」 「さすがに貴金属を作れるとか、そんな上手い話は無いか」 「うん……珪砂が簡単だったから、少しくらいは、と思ったんだけどねぇ」  そう言って苦笑するユキだが、簡単に生成できたら色々と面倒なことになりそうだし、これで良かったのかもしれない。  ちなみに、後でハルカとナツキに聞いてみたところ、地中に含まれる金の割合は、ケイ素に比べると数億分の1。つまり、ユキの仮説が正しければ、金1グラムを生成するためには、ケイ素1グラムを生成する場合の数億倍の魔力が必要と言うことになる。  当たり前だが、そんな魔力を用意することなんてどだい不可能である。  また、銀はもちろん、銅であってもケイ素に比べれば数千分の1。  ユキが比較的簡単に珪砂の生成に成功したのは、それが二酸化ケイ素だったからなのだろう。  なお、意外にもアルミは豊富に含まれているらしく、比較的簡単に生成ができたため、後々活用されることになるのだが、それはまた別の話である。 「ま、しばらく休んでろ。俺は取りあえず、この珪砂でなんか作ってみるから」 「うん、お願い~~」  一般的に魔力を回復させるためには休息を取るか、ポーションを使うかのどちらかしか無い。  ポーションの方はハルカやナツキの担当だと思うが、まだ手元には無いので、今できるのは休むことだけ。  俺は再びぐったりとしてしまったユキを膝に載せたまま、珪砂を手に取ると、例の如くダイスを作ってみる。 「……むむっ?」 「どったの?」 「普通の土よりも少し難しい、か?」  手のひらに載っているのは、やや白っぽい半透明の6面ダイス。  きちんと作ることはできたのだが、消費された魔力量がそのへんの土を使ったときと比べると、やや多い気がする。何となく、という程度の感覚的な物だが。 「でも、きちんと出来てはいるね? 綺麗だよ」  俺が手渡したダイスを空にかざしながら、ユキはそう言うが、俺的には少し不満。 「これが二酸化ケイ素なら、きちんと作れれば完全な透明になるはずだろ? 白く濁っているのが……」 「あたしの作った『土』が完全な二酸化ケイ素じゃなかった可能性もあると思うけど、ある意味、浴槽と考えたら、これくらいで十分じゃ無いかな? 透明な浴槽ってなんだか……あれ、じゃない?」 「……うん、それは確かに」  まるでバラエティ番組的な、そんな微妙な雰囲気。  熱湯とか入っていそうである。  実用性から考えれば、外からは見えない方がきっと良いだろう。 「あとはどれくらいの量、珪砂が必要になるかだけど……浴槽のサイズ、どれぐらいが良いと思う?」 「経済性優先ならユニットバスサイズ、贅沢を言うなら、2、3人が入れるサイズ、だな」  俺としては、最低でも足を軽く曲げれば入れるぐらいのサイズは欲しい。  最もコスト優先であればドラム缶サイズなのだろうが、『浄化』がある以上、風呂の目的は心身のリラックス。たまにならドラム缶風呂も面白いだろうが、普段使いとしては問題外だろう。 「経済性……水は魔法でなんとかなるし、湯沸かしも魔道具だから、私たちが作る時の難易度?」 「いやいや、魔力的な意味でのランニングコストは掛かるから」  現状で水が出せるのはハルカのみ。  訓練すれば俺も水魔法は覚えられるだろうが、仕事から帰ってきて疲れているときに、広い浴槽を一杯にする水を出すのはそれなりに大変な気もする。  まぁそれでも、井戸から水を汲み上げたり、薪で湯を沸かすことを考えれば、大幅に軽いコストではあるのだが。 「そこまで魔力が足りない場合は、お風呂無しでも良いでしょ? 綺麗にするだけなら『浄化』があるんだから」 「まぁ、なぁ。毎日入る必要は無いわけだし」 「あたしは可能なら毎日入りたいけどね」  それは俺も同感だが、身体を洗う必要が無い以上、必須では無い。  であれば、作る時に苦労するとしても、広い風呂を作っておくべきか? 「うん、ここは一つ、頑張ってデカい浴槽を作ってみるか!」 「さんせーい。じゃ、珪砂の必要量を計算してみようかな」  大分元気を取り戻してきたのか、ユキは起き上がると、地面に大まかな図面と計算式を書き始めた。 「幅と高さ、奥行き……厚みをこれぐらいで、砂ということを考えると、必要量は1.5倍ぐらい?」  ガリガリと書かれた計算式は単純で、1.5×2.5×0.5メートルの直方体から、厚さ10センチ分小さくした直方体の体積を引き、1.5倍しただけ。  答えはおよそ1立方メートル。バケツだと100杯あまりだろうか。  その結果を見て、ユキの頬にたらりと汗が流れる。  先ほどユキが作った珪砂がバケツだと3分の1にも満たないぐらいなので、同じペースで作るなら、300回以上『土作成クリエイト・アース』を使う必要がある。 「……結構多いね?」 「だよな。ユキ、頑張れ?」  俺は激励を込めて、ユキの肩をポンと叩く。  ぎぎぎ、と俺を振り返ったユキはニッコリと良い笑顔を浮かべた。 「ナオ、もちろん手伝ってくれるよね? まさか1人でやれとか言わないよね?」 「えー、でも俺、まだレベル1だし?」 「レベル上げなくても良いから、『土作成クリエイト・アース』は使えるようになって? いや、むしろなれ?」  気持ちは解らなくも無いが、真顔でなかなかに無茶を言うユキ。  まぁ、本当にユキに任せっきりにすることもできないわけで、やるしか無いのではあるが。  結論から言えば、1、2時間ほどの練習で、俺も珪砂を生成できるようになった。  『土作成クリエイト・アース』で単なる『土』を出すこと自体はすぐにできるようになったのだが、珪砂のみと限定すると途端に難易度が上がり、そこからが少し長かった。  1時間ほど試行錯誤を繰り返した後、ユキの「化学式と構造をイメージすれば上手く行くかも?」のアドバイスを受け、見事に成功したところを見ると、単純なイメージだけではなく、より深い知識があった方が成功しやすいのかもしれない。  その後は洗濯場に移動してひたすら珪砂を生成していたのだが、ユキの方は魔力切れで役に立たず、俺も練習で大量に魔力を使っていたため、ハルカたちが戻ってくるまでに生成できた珪砂の量は、バケツ10杯に満たない量でしかなかった。  このペースでは、浴槽の完成には今しばらくの時間が必要になりそうである。