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088 釣行 (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ルアーを作り、アエラさんの店で祝勝会、その翌日、釣行へ出発する。
グレート・サラマンダーを1匹捕まえ、同じ地点でスッポンを見つける。
泥抜きも兼ねて、その場所でキャンプすることに。
「最初は、野営場所を整えましょうか」
「確か、河原はマズいんだよな? オレ、知ってる」
そう言ってちょっとだけドヤ顔をしたトーヤに、ハルカは苦笑して首を振った。
「一概にそうとも言えないけど……」
日本の河原で野営するとマズい理由の1つが、ダムによる放水。だが、これに関してはこの世界では関係ない。
もう1つは天候の変化による増水。仮にその場所で雨が降っていなくても、河川の上流が山深いと、遠くで降った雨によって鉄砲水が発生する可能性もある。
ただ、こちらに関してもこの場所ではあまり関係ないだろう。この川の上流は急峻ではあるが、山深くは無いので、そこまで天候に差があることは考えにくい。
「とはいえ、この時期は雨が降る可能性もあるから、河原は避けましょうね」
俺たちは川から少し離れた場所に移動してスコップを使って野営場所を整えると、持ってきた食料で簡単に昼食を終える。
それ以降は基本的には自由行動。
だが、魔物や野生動物が襲ってこないとも限らないため、基本的には互いに視界に入る範囲で活動することになる。
このあたりだと基本的にはオークやゴブリン程度しか出てこないと書いてあったが、それでも1人で対峙するような危険は冒すべきでは無いだろう。
まぁ、今の俺の【索敵】であればかなりの範囲をカバーできるし、今のところ、危険な物は感知されていないのだが。後は夜になったときにどうかだが、このレベルであれば、トミーを連れてきても大丈夫かもしれない。
「ナオ、オレはこのへんで釣るが、お前は?」
「じゃあ、俺はちょっと上流で釣るか。どっちが釣れるかな?」
「お、勝負するか?」
「それも面白いな?」
ニヤリと笑うトーヤに俺も笑い返し、トーヤから30メートルほど離れた岩の上に腰を据える。
「最初は、毛針から使ってみるか」
出来の悪いルアーを使うのは、毛針である程度釣果が出てからで良いだろう……出るかな? 素人の毛針と、素人の釣りの腕で。
「……まぁ、物は試し」
毛針をヒュイと投げて、上流から下流に毛針を流す。
泳いでいる魚自体は見えているので、1匹ぐらいは食いついてくれるか……。
そんなことを考えながら毛針を流すこと数度。
「――っ! 来た!」
ぐいっと竿を起こし、同時にたも網を差し入れる。
ススッと引き寄せてすくい取り、岩の上に。
「よしっ!」
デカい。30センチほどはあるだろうか。
手早く針を外して桶に入れると、元気に泳ぎだした。
「『ヤマメ』か」
ヘルプで表示された名前は『ヤマメ』。遺伝子的に同じかどうかは知らないが、ヘルプでそう表示されると言うことは、ほぼ同じ生き物なのだろう、邪神さん的に。
安心して食べられるから、俺たちとしてはありがたい。
「まずは1匹目。幸先が良いな」
俺が笑みを浮かべてトーヤの方を見ると、トーヤもこちらに気付き、ニヤリと笑って指を2本立ててきた。……ピース、じゃないよな。2匹釣ったってか? 早いな、オイ。
俺も慌てて毛針を流すと、数度ほどで再びフィッシュ。
先ほどよりは少し小さいが、20センチは十分に超えている。
釣りに来る人がいないせいか、それからも数分に1匹程度はつり上げる事ができ、日が傾く頃には桶一杯にヤマメが溢れていた。
ヤマメ以外が釣れないのがちょっと残念だが……毛針だからか? それとも場所の問題?
だが、釣果としては十分だろう。明日はルアーを使ってみるか。
俺がトーヤに声を掛けて、野営場所に戻ると、ハルカたちは焚き火を囲んで雑談に興じていた。
「お帰り。釣れた?」
「ああ、大漁だ。な?」
「自分でも意外なことにな。所謂、スレてないってやつじゃないか? オレたちみたいな素人でも釣れるんだから」
どうやらトーヤも俺と同じ感想を持ったらしい。
間違っても俺たちに釣りの才能があるって事は無いだろう。毛針自体も素人の手作りだし。
「わっ! 凄い! こんなに釣れるんだ……明日はあたしもやってみて良い?」
俺の桶を覗き込んで、ユキが驚きの声を上げ、そんなことを言う。
「竿は人数分用意してるから、大丈夫だぞ。ナツキとハルカは?」
「えっと……疑似餌なんですよね? それなら……」
「みんながやるなら、私もやってみようかな」
ナツキは虫が苦手なようだ。まぁ、釣りの餌って気持ち悪い物、多いからな。
毛針はハルカたちに譲るとして、俺はルアーと生き餌を使ってみるか。ミミズ程度なら、そのへんを掘れば出てくるだろう。
「ハルカたちは、午後、何してたんだ?」
「私たちは、罠をしかけた後はここでお茶を飲みながらおしゃべりね。あえて言うなら、多少魔法の練習をしたぐらい?」
俺たちが釣りをしている傍らで、ハルカたちは大工に頼んで作ってもらった仕掛けや、自分たちで細工した仕掛けを川に沈めていたらしい。
3人とも知識にあるだけで、使ったことがあるわけでは無いので、獲れるかどうかは判らないようだが、遊びとしてはそれもありだろう。
「罠の成果は明日になれば判るわよ。それよりも今は、あなたたちが釣ってきたお魚、処理しましょうか」
「本当にたくさんありますね。焼き串、足りないですね……?」
俺たちが普段使っている串は、店で買った物である。
最初の頃は自分たちで作っていたのだが、かなり安く手に入るわりに使いやすいので、今は専らそれである。
金属製の物と木製の物があるのだが、後者は使えても数度なので、今は金属製の物を増やしている。ただし、焼きたてだと串が熱すぎて火傷するという欠点はあるのだが。
「下処理だけしてそのまま保存ね。串打ちは食べるときで良いでしょ。切り身にできそうなサイズもあるし」
ハルカは俺とトーヤの桶に魔法で出した氷を流し込むと、まな板と包丁を3つずつ取りだし、ナツキとユキに渡す。
「トーヤとナオはできないわよね? それともやってみる?」
「いや、任せる」
「そうだな。適材適所ってやつだ」
「下{拵}(ごしら)えぐらいなら、そう難しくないんだけど……ま、いいわ」
ハルカは肩をすくめると、魚を掴んで手早く捌いていく。
その隣ではユキとナツキも。滅茶苦茶手早い。
……うん、確実に俺たちは足手まといだな。
側に内臓を捨てるための穴を掘った後は、すべてお任せ。
ハルカが焚き火の周りに突き刺した、ヤマメの串焼きを観察するに止める。
下手にスキルを持たない俺が手を出すと味が落ちるので、見てるだけである。
「しかし、あんな包丁、持ってたか? いや、売ってたか? 俺、見たこと無いんだが」
ハルカが取りだした包丁は、万能包丁みたいな形で、このあたりで売っているナイフとは明らかに形が違う。
これまでの料理では、解体用のナイフを使っていたと思うのだが……。
「あれか? トミーに注文したらしいぞ。料理にはやっぱり包丁が使いやすいって」
「なるほど。確かに、使いにくそうだもんな、ナイフだと。あれで美味い料理を作ってくれるなら、ありがたいな」
もう少しして家ができれば本格的に料理するようになるのだから、包丁ぐらいオーダーメイドしても損は無いだろう。
俺たちも食べるわけだし。
「ところでナオ、何匹釣れた?」
「そういえば、勝負してたんだよな。……だが、あんまり関係なくないか? あっさり釣れるだろ、ここ」
「だよな。ま、どうでも良いか」
大量の魚が入っている俺と自分の桶を見比べ、肩をすくめるトーヤ。
いずれの桶もすし詰め状態になっているのだ。両手で数えられるぐらいなら比べる意味もあるだろうが、これでは釣りの腕よりも使った時間次第だろう。
「処理、終わったわよ。全部で58匹ね。結構大きい物が多かったから、明日もみんなで釣れば、しばらくはお魚が食べられそうね」
「ヤマメばかりでしたが、全体的に大きかったですね」
俺が釣った中で一番大きかった物で40センチ近い物が1匹、全体としては30センチ前後が一番多く、20センチ未満の物は少なかった。
俺のイメージするヤマメは15センチぐらいだったのだが、小さいよりは大きい方がよほどマシである。
「ワタを出すだけだけど、これだけあると結構疲れるよ……ホント、スキルがあって良かった」
ユキはこちらに来るまで、魚を捌いた事なんて数度しか無かったらしいが、それでも特に問題なく処理できた様だ。
俺から見ても、ハルカとナツキに比べて、特に遜色は無かった。
「順調にいけば、明日はこの数倍、捌くことになるのよね……」
そんなハルカの言葉に、ユキはもちろん、ナツキもちょっとうんざりしたような表情を覗かせる。う~ん、俺たちも手伝うべきだろうか?
「ま、面倒ければ絞めるだけ絞めて、そのままマジックバッグに入れておけば良いじゃん。それより早くこれ、食べようぜ。さっきから美味そうな匂いが……」
「そうね、マジックバッグがあるんだから、それもありよね。それじゃ、食べましょうか」
「「「いただきます!」」」
それぞれが1本ずつ、丸焼きにしたヤマメを手に取り、齧りつく。
「! うまっ!」
ただの塩焼きなのに、これまでに食べたどの魚よりも美味い。
調理? 素材? 環境?
恐らくすべてが影響してだろう。
ハルカたちの料理の腕は言うまでも無く、焚き火を囲んで、自分で釣り上げた串焼きの魚を食べるなんて経験、日本だとそうそうできる事じゃ無い。いや、やろうと思えばできるのだろうが、少なくとも俺は経験が無い。
俺は特別魚好きじゃ無かったが、これならいくらでも食べられそうな気がする。
「やっぱり水が綺麗だからかしら? 全然臭みが無いわね」
「はい。元々ヤマメは臭みが少ない魚ですけど、これは特に美味しいです」
「あー、マジで美味い。魚食べるのなんて何時ぶりだ? もちろん、サールスタットの魚料理とは認めがたい、アレを除いて」
「ラファンじゃ魚料理は出てこないからなぁ」
店で干物は売っていたのだが、サールスタットの事があるので、買おうと言い出す人は誰もいなかった。アレと同じ魚を干物にしたのであれば、マズいことは保証されている。
違う魚の可能性もあったが、干し肉に比べても高かったため、試しに買ってみるにはちょっとハードルが高すぎた。
「もっと近ければ、頻繁に釣りに来たいところだよな、これだけ美味いなら」
魚は美味いが、そのために行き帰りで丸一日。
釣りの時間を考えれば、1泊は必要な遠征に来るのは少し大変である。肉なら手軽に入手できるだけに、魚を食べるのは嗜好品に近いのだから。
「マジックバッグがあるんだから、ちょっと滞在を延長して、たくさん獲って帰れば良いんじゃない?」
「お、それは良いな! 1泊延長すれば、数ヶ月分は釣れるんじゃないか?」
ユキの提案にトーヤがすぐさま賛成、ナツキも頷いている。
「そうね、それぐらいなら延長しても良いと思うけど……反対の人は? ……いないみたいね。それじゃ、3泊して、可能な限り釣って帰りましょ。幸い、文句を言ってくる人もいそうにないし」
「厳密に言うなら、サールスタットには漁協的なギルドがありそうだが……」
「一応ありましたけど、サールスタットの港近辺の管理をしているだけですから、そのあたりで漁をしなければ文句を付ける根拠はありませんよ。まぁ、変な人がいると面倒ですから、バレない方が良いとは思いますが」
法的には、ここでグレート・サラマンダーが捕獲できるように、魚を捕っても問題は無いらしいのだが、権利も無いのに分け前をよこせというチンピラがいないとも限らない。
やはり帰りもサールスタットに寄らずに、ラファンに戻ろう。
お買い得な本が買えたこと以外、あの街に良い思い出は無いのだから。