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093 お裾分け (1)

前回のあらすじ ------------------------------------------------------

罠で捕まえたカニ、エビはいずれも基本的には美味かった。

全力で確保する事に決め、残り時間は釣りと罠猟に明け暮れる。

特に事件も起きる事なく、ラファンへ帰還


 魚やカニに魅了された俺たちは最終日もギリギリまで釣りを続け、大急ぎで昼食を食べてから川を後にする。粘りに粘ったため、帰路はひたすら走り続け、俺たちが街に辿り着いたのは、陽が落ちかけた頃だった。

 丸々3日間、釣りに明け暮れたおかげでヤマメの数には余裕があったため、世話になったトミーとガンツさん、それにディオラさんとアエラさんにそれぞれ2匹ずつ、手分けしてお裾分け。 

 時間的にはやや遅かったが、マジックバッグを秘密にしている事もあり、ハルカが冷凍した物を配って回った。明日以降に、あんまり新鮮な物を持っていくと怪しいしな。

 ちなみに、トミーにもマジックバッグの事を伝えていないのは、面倒事を避けるためである。

 トミーだけならマジックバッグを作ってやっても良いのだが、他のクラスメイトがこの街にいる可能性を考え、パーティーメンバー以外には一切秘密にするという方針にしたのだ。

 そいつらにも作っていたら際限なく広がりかねないし、断ったら断ったで、逆恨みされてトラブルの原因になるかもしれない。

 そうなるくらいなら一切秘密にしておいた方がマシである。

 依頼として請けていたグレート・サラマンダーは、結局5匹ほど捕まえたのだが、1匹だけは一応確保しておいて、残りはすべてギルドに納品した。

 全部でおおよそ金貨200枚あまり。

 かなり高価だが、見栄っ張りの貴族には十分に売れるらしい。

 ディオラさん曰く、ヤマメの方も『売れば大銀貨2、3枚にはなる』との事だったが、特にお金に困っていないし、自分たち用に確保した物なので、お裾分けした物以外はすべてマジックバッグにストックしたままである。

 魚1匹で大銀貨2、3枚はちょっと高いような気もするが、サイズが30センチほどある事や他の食料と比べると……あまり高くないか?

 日本でも魚の値段なんてピンキリだし、安全に釣りに行ける冒険者のレベルを考えると、やや安いぐらいかもしれない。

 ただし、その値段を出せば買えるとは限らない。

 日本であれば大抵の物はスーパーで買えるし、無くても通販を利用すれば手に入る。だが、こちらでは欲しいものが店に並んでいるとは限らないし、当然手軽な通販なんてない。

 どうしても欲しければ冒険者に依頼を出す事ができるが、その場合は大銀貨数枚程度で済むわけが無い。

 そういったことを考えると、売る物はよく考えた方が良いのかもしれない。

 入手難易度と価値が釣り合うとは限らないのだから。

            

「今日はシモンさんのところに、魚を使った昼食でも差し入れに行こうと思うけど、ナオたちはどうする?」

 翌日の朝食時、ユキにそんな事を訊かれ、俺とトーヤは顔を見合わせた。

 シモンさんとは、俺たちの家を作ってくれている大工のまとめ役で、アエラさんのお店も担当した初老の男性である。

 怪しいコンサルタントの話を聞いただけで、あれだけのお店を完成させるあたり、腕の方はかなり良いのだろう。

 彼らには罠作りを手伝ってもらった恩もあるので、家づくりの激励を込めて魚料理を振る舞う事にしたらしい。

「しかし、あれでグレート・サラマンダーが獲れる事が判ると、獲りに行く冒険者が増えるかもな」

「それは嫌だなぁ。グレート・サラマンダーだけならともかく、他の獲物が減るのは。カニやエビ、美味いし」

 俺の言葉に、トーヤが少し顔をしかめる。

 ちょっと自分勝手かも知れないが、俺も同感である。

「シモンさんにも、罠という事は教えてないから、大丈夫じゃないかな? 運搬用の箱と思ってくれるかも」

「運搬用の箱、か……」

 使った罠は細長い木の箱に穴が空いた形状。

 凍らせたグレート・サラマンダーと氷を突っ込むと考えれば、そうおかしな形でもない。

 穴は溶けた氷の水抜き、縦型なのは背中に背負って運ぶためとみる事もできる……かも?

「そもそも、凍らせる事ができる人がいないと請けられない依頼だから、罠があっても難しいと思うわよ?」

 俺たちは3人魔法使いがいるため忘れがちだが、人間の中で魔法を使える人はごく僅か。その中で氷を出せたり、対象を凍結させる事ができる魔法使いは更に少ない。

 そもそもそのレベルの魔法使いであれば、わざわざ危険な冒険者にならなくても十分に稼げるのだ。

 そう考えれば、あまり競合を心配する必要もない気はする。

「まぁ、世話になったのなら魚を振る舞う事自体は反対しないが、結構な期間、リフレッシュ休暇を取っただろ? 仕事しなくて良いのか?」

「んー、でも、良い感じにグレート・サラマンダー、獲れちゃったしね」

「気分的には休暇でしたが、収入的には仕事してますよね、私たち」

「確かになぁ」

 1人あたり、1日数万円程度は稼いでいるイメージか?

 釣行中は訓練をしていなかったが、今日は朝食前に日課の訓練を熟しているので、身体が鈍ったという感じもない。

「それに次に何をするべきか、悩んでいるところもあるのよね。ナオはどう思う?」

「普通は南の森に移動するんだよな?」

「えぇ。オーク狩りなんてせずに、ね」

 南の森は東の森より危険と言われるが、実際の所、オークより強い敵が出てくるわけではない。ただし、魔物との遭遇率は高くなるので、それだけを考えれば、東の森の外縁部で採取をしているよりも危険度は高くなる。

 最も多くいるのはゴブリンとホブゴブリン、そしてその上位種で、あまり森の奥に入らなくても遭遇する事になるらしい。

 他にも『ブランチイーター・スパイダー』や『スラッシュ・オウル』という魔物も出る。

 図鑑によると、これらの魔物は攻撃方法が少し厄介ではあるが、俺たちにはさほど脅威とはならないだろう。

 だが、いずれの魔物にしても、倒したところで金になるのは魔石程度、オークのように肉が売れたりはしないので、稼ぎとしてはあまり良くない。

 薬草類も、採取できる物は東の森とあまり変わらないので、こちらも微妙。

 南の森で活動する冒険者のメインの仕事は、木材の伐採に向かう木こりの護衛である。

 この街は家具の生産が盛んなため木材の需要も旺盛で、この護衛依頼は毎日あり、報酬も初級の冒険者としては悪くない。ついでに襲ってきたゴブリンから魔石を取れば追加報酬にもなる。

 一攫千金は狙えないが、危険度が低く、日々の宿代+多少の蓄えを稼ぐぐらいは可能なのだ。

「しかし、今更木こりの護衛ってのもなぁ……」

 不満そうにトーヤが呟くとおり、ディンドルとオークで荒稼ぎをしていた俺たちにとってみれば、その金額はかなり微妙。はっきり言えば、安すぎて労働意欲が涌かない。

 むしろ東の森で猪を狩る方が稼げるぐらいなのだが、問題はこれからの季節、猪の数が減る可能性が高い事だろう。

「何か、買い取り価格の高い採集品があれば良いんですが……」

「んー、そんなに気にしなくて良いんじゃない?」

 やや悩ましげな表情を浮かべるナツキに対し、ユキはあっけらかんとそんな事を言った。

「何でだ?」

「だってさ、今の所持金考えてみてよ。家の残りの代金を払っても、1年分の生活費ぐらいは十分にあるでしょ? 宿代が不要になるんだから」

 そう言ってユキがハルカに視線を向けると、ハルカは少し考えてから頷いた。

「そうね……食料、衣料だけなら十分あるわ。武器や防具のメンテナンスはともかく、更新までを考えると心許ないけど」

「つまり、現状維持なら問題ないってことだよね? ならあまり報酬を気にせず、自分たちのレベルアップを図るのも手だと思わない? それに、家を手に入れたら、錬金術とか薬学とか、他にお金を稼げそうなスキルもあるでしょ?」

「……そういえばそうだよな。いざとなれば、マジックバッグを売れば、飢える事はないだろうし」

「それは最終手段にしたいけど、ユキの言う事も一理あるわね」

 セーフティーネットがないことから、やや強迫観念のように金を稼いできたわけだが、今なら多少体調を崩して休むことになっても、宿を追い出される心配も、食べ物に困る心配もない。

 もちろん、楽隠居できるほどの蓄えはないが、まだ俺たちは、それを心配する様な年齢でもない。

 冬場に多少蓄えを減らすことになっても、春から秋にかけて稼ぐようにすれば問題ないだろう。

「それなら今日は、南の森の偵察をしてみませんか? 初めて入る森ですし、行ってみれば何か稼げる物もあるかもしれませんし」

「なるほど。悪くないな」

 ナツキの提案にトーヤが同意し、俺たちも頷く。

「じゃあ、まずはシモンさんたちに昼食を振る舞いに行きましょ。家の状態も気になるし」

            

 前回訪れてからおおよそ1週間。

 それだけにもかかわらず、家の状況は一気に変化していた。

 外見的にはほぼ完成近くになっており、今は外壁に漆喰を塗っている。それも半分程度はすでに終わっているので、取りかかっている人数やその作業速度的にも、恐らく今日中にも塗り終わることだろう。

 ただ、内装を含めた内側の作業状態は見えないため、全体としてどの程度進んでいるかは判らない。

「シモンさん! おはようございます!」

「おう、嬢ちゃんたち。帰ってきたのか?」

 全体の監督をしているシモンさんにユキが駆け寄って声を掛けると、シモンさんが振り返って目を細めた。

 結婚が早いこの世界では、初老の彼から見れば、ユキや俺たちの年代だと、孫ぐらいの年代に当たる。それ故か、ユキたちを見る視線は頑張っている孫を見るような、そんな微笑ましげな雰囲気も感じられる。

「うん! 無事に仕事も終ったから。工事、大分進んでいるみたいだけど、どんな感じなの?」

「見ての通り、外壁はもうすぐ塗り終わるな。もう1回上塗りをするが、それも明日には終わる。内側もあと2週間もかからねぇな」

「……かなり早いですね?」

「おう、この時期としては、天候に恵まれたな。後は屋内の作業だから、遅れることは無いと思うぞ?」

 このまま順調に行けば、1ヶ月と少しで完成してしまうことになる。

 予定よりも早いその理由を訊いてみると、それは大きく分けて3つあり、1つは予想以上に地盤がしっかりしていたこと。

 家の形などの細かい部分はシモンさんにお任せしたおかげで、以前あった家の土台を上手く利用することができたらしい。

 もう一つは前金。

 金貨600枚をポンと先渡しにしたおかげで、人を多く雇って一気に作業を進めることができたとのこと。

 「普通は進捗状況を見ながら、渡すもんだぞ?」と言って笑われたが、それで早くできるなら俺たちとしても都合が良い。俺は直接かかわっていないが、ユキやハルカたちは信用できると判断したのだろうし、現に持ち逃げすることもなくきちんと工事してくれている。

 最後はやはり天候。

 この時期は天気が崩れやすいらしいのだが、曇天や多少の小雨程度はあっても、運が良いことに工事を中断するほどの雨が、昼間に降ることは一度もなかった。

「それで今日は状況を見に来たのかい? それともいつもの特訓か?」

「あ、いえ、簡単な物ですけど、お昼の差し入れに。お世話になってますし」

「ほう、嬢ちゃんたちの手作りかい? そりゃあいつらも喜ぶだろうな」

 一時期は10人以上が働いていたらしいが、残っているのは技術が必要な部分だけなので、今日いるのはシモンさんを含めて5人のみ。俺たちも入れて10人分の料理を作れば良いので、思ったよりは楽かもしれない。

「それじゃ、お昼頃に呼ぶから、お仕事頑張ってね!」

「おう、楽しみにしてるぜ」

 そう言ってシモンさんは、ユキの肩をポンポンと叩いて作業に戻る。

 昼食の時間までにはまだまだ余裕があるのだが、ハルカたちは先に下ごしらえを済ませておくらしく、大鍋を取りだして作業を始めた。

 その間、俺たちにできることがないので、離れたところで訓練でも――

「あっ!!!」

「なんだ!? 何かあったか!」

 突然声を上げた俺にトーヤが慌てて顔を向けるが、俺は座り込みながら庭の隅を指さした。

「完璧、忘れてた……」

「石――? あっ、それか! 何か忘れてるような気がしたんだよ!」

「なら言えよ!」

「解ってたら言ってるわ! 思い出せなかったんだよ!」

「……はぁ、だよなぁ」

 俺が指さした先にあったのは、1週間ほど前に俺とトーヤが草原で拾い集めてきた石の山。

 そう、渓流で集めてくるはずだった庭石の事、すっかり忘れていたのだ。

 あまりに釣りが上手くいって、グレート・サラマンダーも捕まえられるし、カニやエビまで大漁。満足感が高すぎて、行こうと思ったきっかけを失念していた。

「どうするんだよ。また行くのか?」

「……保留だな。魚やカニが品切れになった頃、考える」

「すぐ必要な物じゃないしなぁ」

 庭造りは所詮趣味である。

 見た目を気にしなければ、家庭菜園に石は必要ない。

「なぁ、ふと思ったんだが、土魔法でブロックとか作れないのか? 『{石弾}(ストーン・ミサイル)』とかあるだろ?」

「できなくはないだろうが、土魔法を使えるのって、ユキだけなんだよなぁ」

「ナオはどうなんだ? エルフだろ?」

「……不可能ではない」

 素質がなければ魔法が使えない人間に対し、エルフはその制限がないので、一応はどんな魔法も使えるはず。一応は、な。

 ただし、これまで俺は時空魔法と火魔法以外の練習をしたことは無い。

 魔力の操作にも慣れてきたので、見込みはあると思うが、ブロックが作れるまでどれだけかかるか……。

「ま、頑張れ。自分の不始末、ユキに押しつけるわけにはいかんだろ?」

「お前も同罪だろうがっ!」

「オレ、魔法使えないし~~?」

 ビシリと指さした俺に、肩をすくめて半笑いを浮かべるトーヤ。冗談と判っていても、ちょいと殺意がわくんだが。

「くそっ、脳筋め」

「はっはっは、否定はしない」

「否定しろ。そう脳筋じゃないだろ、お前。魔法が使えないだけで」

 肉弾戦極振りみたいなスキル構成にはなっているが、トーヤ自身の地頭は悪くないのだ。ハルカたちみたいなトップ集団ではないが、俺も含めて成績は一応、上位だったのだから。

「種族的な問題だから仕方ないのだ!」

「はぁ……頑張るか。トーヤも暇があったら本でも読んでおけ? 【鑑定】スキルはほぼ確実に自身の知識に影響されるんだろ?」

「だな。多分、たくさん使ったところでレベルアップしそうにないし」

 トーヤはかなりの期間、目に付く物を片っ端から鑑定するという行為を繰り返していたらしいのだが、未だに【鑑定】のレベルは最初の2から変化していない。

 それから予想できるのは、『【鑑定】スキルは使うだけではレベルアップしない』という可能性。

 逆に、トーヤがギルドで調べ物をして知識を増やすと、鑑定で表示される情報も変化している。であるならば、自身の知識が影響を与えると言うことは、容易に想像できる。

「そいじゃ、魔物事典でも読むか」

「おう、そうしろ。俺は土いじりするから」

 地面にゴザを敷いて寝っ転がり、優雅に本を読み始めたトーヤを尻目に、俺は地面に座ると土をかき集め、それに魔力を通す練習を始めたのだった。