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119 巨木を切る (3)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
斧や鋸を使っての力業と、ハルカの風魔法の併用で切っていく。
かなりの時間はかかったものの、無事に狙っていた場所に倒す事に成功する。
「こうやって見ると……改めてデカいな!」
倒れた木をペしぺしと叩きながら、そう言ったトーヤに同意するようにハルカが頷き、少し呆れたような表情で辺りを見回す。
「そうよね。それでいて、この木が特別大きいというわけじゃないのがなんとも……」
胡桃の木という事でこの木を選んだのだが、太さだけで言うなら、周りにはこれよりも太い木がざらにあるのだ。
最初の頃、俺たちに恵みをもたらしてくれたディンドルの木は特に巨大だったが、このあたりに普通に生えている木でも、日本であれば『その地域の巨木』ぐらいには普通になれるポテンシャルを持っているのだから、なんとも言えない。
「さて、次は枝打ちか?」
「そうだね。枝があったら、マジックバッグに入らないし、切ってしまわないとね」
トーヤが斧を構え、ユキもまた鋸を手に取る。
木のサイズがサイズだけに、下手をすれば枝の一本でも木の幹ほどの太さがあるのだ。
のんびりしていては日が暮れてしまう。
だがそんな俺たちの思いは他所に、俺の索敵に反応があった。
「はぁ……、どうやらお客さんが来そうだぞ」
「さすがに、あの音は大きかったか」
「音だけなら、切るときの音も十分響き渡ってたとは思うんだが……理由は何だろうな?」
「さぁ? たまたま? それより、敵は何?」
「この反応は、スカルプ・エイプだな」
面倒くさいことに、ワラワラと大量の反応が集まってきているのが感じられる。
「あれかぁ……後処理が面倒なんだよねぇ」
「今後もここで伐採する事を考えると、放置はできませんし、回収して帰り道で埋めるしか無いでしょうか」
スカルプ・エイプは一度に襲ってくる数が多いためか、以前、斃した後に死体をその場に放置して帰ったら、後日そこに行った時に死体が残っていた事があったのだ。
幸い気温があまり高くない時期なので、腐乱はしていなかったのだが、結局処理をする事になってしまった。
それ以来、スカルプ・エイプの討伐後はしっかりと埋めるようにしている。土魔法があるおかげで穴掘りは大分楽になったしな。
オークを解体した残り物やゴブリン数匹程度なら、放置していても1日か2日で綺麗に消えるんだが、スカルプ・エイプの多さは森の処理能力を超えるらしい。
「手早く終わらせましょ。幸い、ナオは魔力に余裕があるでしょ?」
「おう。大盤振る舞いしてやるよ」
姿が見えてきたスカルプ・エイプに、俺たちは揃って武器を構えた。
◇ ◇ ◇
僅かな時間であっさりと殲滅されたスカルプ・エイプの群は、俺の手によって、すべてマジックバッグへ収納された。
1匹1匹が弱いため、慣れてしまえば20や30程度なら、大して苦労しないんだよな、すでに。
魔石しか売れないから、大した稼ぎにならないのが難点ではあるが。
「これって、切った枝からも、枝を落とさないといけないよね」
俺が歩き回ってスカルプ・エイプの死体を回収している間にも枝打ち作業は進められていたが、枝自体が大きいので、それを更に切る必要があり、作業はスムーズとは言えなかった。
手持ちの斧と鋸は1つずつ。
ハルカとユキは鉈のような小太刀を持っているが、それで切り落とせるのは精々2、3センチの枝である。少々手が――いや、道具が足りていない。
「枝は放置して帰るのは……?」
少々うんざりしたようにユキが提案したが、ハルカは首を振ってそれを否定した。
「それは勿体ないわよ。枝でも木材として使えそうなほどの太さがあるし」
「そうですね。切り倒したのですから、できる限り有効活用しないと申し訳ないです」
「う~ん、細い枝は薪と……燻製とかもできるかな? 胡桃だし」
ユキのそんな言葉に、ハルカとナツキが嬉しそうな表情を浮かべる。
「燻製……良いわね。なんか優雅で」
「庭に燻製小屋でも作りましょうか? この世界なら、庭で燃やしても文句を言われる事も無いでしょうし」
「あぁ、日本だと……。焚き火もできないとか、ちょっと窮屈ではあるよな」
「燻製、美味しいよな! 市販品しか食べた事ねぇけど」
俺もスモークサーモンとか、スモークチーズとか、そのへんしか食べた事は無いのだが、燻製の風味は案外好きである。
日本であれば素材はスーパーで買ってくることになるし、コストも案外掛かってしまうことになるのだが、今の俺たちであれば、その気になれば肉や魚は大量に手に入り、チップもこうして回収が可能。
何より、余暇の時間の使い方として、燻製作りというのは趣味と実益を兼ねるという点で悪くない。エンターテイメントの少ないこの世界では特に。
「とはいえ、燻製は取りあえず横に置いておくとして――次来るときは、斧をもう1つ、2つ買って来た方が良さそうだな。取りあえず、一番デカいマジックバッグに入るサイズを考慮してカットしてくれ。回収していくから」
「解りました」
薪にするには大きすぎるサイズだが、時間が無い。
俺はオーク運搬用に作ったマジックバッグを地面に広げると、大きめに切り分けられた枝を集めてはその中に放り込んでいく。
そんな作業を全員で続ける事、2時間弱。
やっとすべての枝が切り落とされ、巨木は1本の木材へと形を変えた。
「えーっと、これをまるごと入れるの? マジックバッグへ?」
先端の少し細い部分はトーヤの斧によって切り落とされているが、それでも長さは20メートルを超えるだろう。
体積を考えれば、恐らくその重量は10トンを超える。
「容量的には入るのよね?」
「そのはずだぞ? 重量の方は……どうだろうな?」
100分の1に軽減したとしても、その重量は100キロ以上。
いや、正確にはどれくらい軽減できるのかは解らないのだが。
「オークを大量に入れてたじゃん。あれも一番多いときはそれぐらいの重量はあったんじゃないか?」
「そういえば、50匹以上突っ込んでたときもあったな?」
あの時でも大して重さは感じなかった事を考えれば、重量の軽減は100分の1どころではないか。
「それよりも問題は、持ち上げられるかだろ、この木を」
「確かに」
この世界のマジックバッグは、対象物に触れるだけでシュパッと収納できたりはしない。
完全に持ち上げる必要は無いが、自力で袋の中に突っ込んでいく必要があるのだ。
その仕様上の制限から、オークを突っ込めるように口の大きなマジックバッグを作ったのだから。
「片側を持ち上げて、根元からマジックバッグを{被}(かぶ)せていくしかないでしょうね」
袋に入った部分の重量はマジックバッグの影響を受けるので、根元を少しでも持ち上げてマジックバッグを被せる事さえできれば、その部分の重量は無視できる。
後は少しずつ木の先端に向かって引っ張り上げていけば、マジックバッグへの収納が可能になるはずだ。
「……いや、それなら細い先の方からやるべきじゃないか? バッグの中に入ってしまえば、バランスを考える必要も無いだろ?」
収納方法をイメージし、そんな提案をした俺に、ハルカも少し考えて頷く。
「……それもそうね。先ならまだしも軽いし」
「いざとなれば、ロープを掛けて滑車で持ち上げる方法もあるしな」
「できなかったらそれを試してみましょ。取りあえずはトーヤと……ナツキ、お願いできる?」
「わかりました」
トーヤとナツキが木の先端部分の両側に移動して幹に手を掛け、ハルカとユキがその先でマジックバッグを構える。
「それじゃ行くぞ?」
「はい」
トーヤとナツキが頷き合い、木の幹をヨイショと持ち上げると、ハルカたちが先端にマジックバッグを被せた。
「このまま根元に向かって移動するな」
ハルカとユキの方は、単にマジックバッグを支えて移動するだけなので特に問題も無いのだが、トーヤとナツキは横歩きで持つ場所を変えながら移動する事になるので、少し大変そうである。
「ナツキ、大丈夫か?」
「はい、重量としては思ったほど問題ありませんね。ちょっと持ちにくいですし移動はしづらいですが」
だよなぁ。何か良い方法は無い物か……。
「……これ、下に丸太を置いたらどうだ? それで後ろを持ち上げてから押せば、バッグに入っていかないか?」
「おぉ、ナオ、頭良いな!?」
「確かに良い考えですが、この不整地面で丸太が転がるでしょうか?」
「そうか……丸太の下に板を……いや、ローラー。トラックの荷下ろしに使う様なローラーを使うのはどうだ?」
無数のローラーが並んだ板状の物で、その上に荷物を載せてガラガラと流すアレ。
アレなら地面の状態なんて影響しない。
ローラーの数は1、2本でも良いと思うが、横幅をもっと伸ばした物が作れれば、それを倒した木の下に置く事で、一気にバッグの中に押し込めそうである。
「それならできそうな気はしますね。丈夫な軸と軸受け、それにベアリングが必要となりますが」
「それは大丈夫じゃねぇか? 上手く機能するなら、1回に使う時間は数分ほどだろ? 耐久性は大して問題にならねぇと思うし。トミーなら上手くやるさ。――ナオ、根元の部分、持ち上げるの手伝ってくれ」
「おう、解った」
業務効率化を相談している間にもバッグへの収納は進み、木の大半はマジックバッグの中へと消えていた。
最も重くなる根元の部分に近づいたところでトーヤにそう言われ、俺も参加して木を持ち上げ、一気にマジックバッグの中へと放り込んだ。
「ふう。ちょっと疲れたな。やっぱ、ナオが言うみたいな道具があった方がありがたいな」
「なに? またトミーに無理難題を押しつけるの?」
「無理難題ってほどじゃねぇと思うが……まぁ、色々助かってるのは確かだな」
「何かお礼を考えた方が良いかしら?」
「代金はきっちり払ってるがな」
「それでも、よ。私たちが希望する物を、細かい説明をしなくても作ってくれるんだから」
細かい差異はあれど、トミーの持つ知識は俺たちと似ている。
それ故、ガンツさんに頼む場合と比べれば、意思の疎通がやりやすいところはあるのだ。
例えば、「日本刀みたいな物」と言っても、ガンツさんだと日本刀の説明からしなければいけないが、トミーならそれが不要になるのだ。
「そういえば、薙刀の注文に行ったとき、トーヤくんがミンサーの作製を依頼した、みたいな事を聞きましたが」
ナツキの言葉に、トーヤは意外そうな表情を浮かべて首を振る。
「え、別に依頼はしてねぇよ? あったら便利かも、と言っただけで。ほら、ミンチを作るの大変そうだっただろ、お前たち」
「それはフードプロセッサを作って解決したじゃ無い」
そう。つい先日、ハルカとトーヤは空き時間を使ってフードプロセッサを完成させていたのだ。
いや、正確に言うなら、殆どの作業はハルカが行って、トーヤはハルカに言われるままに刃の部分を作っただけなのだが。
魔力で動くそのフードプロセッサは、すでにハンバーグ作りの他に、インスピール・ソースに投入する野菜や果物を刻むのにも活躍している。
「ローラーを注文するなら、やっぱり何かお礼した方が良いわね」
「うーん、じゃ、適当に時間を作って、ナオと3人で釣りにでも行ってくるわ。アイツ、釣りに行きてぇって言ってたし」
そういえば、そのために戦闘訓練もしたと言ってたな。
釣りのためだけに? と思わなくも無いのだが、娯楽の少ないこの世界、それはそれでありなのかも知れない。
「……うん、そうね。それで良いんじゃない? あそこなら3人でも危険は少ないでしょうし」
ハルカがそう言って頷いたところで、ユキが空を見上げて俺たちに注意を促した。
「ねぇ、みんな。その話も良いけど、そろそろ急がないとマズくないかな? もう大分遅くなってるよ?」
俺たちも空を見上げると、大分日が落ちて、そろそろ夕方の空へと変わってきていた。
「それもそうですね。スカルプ・エイプを処理する時間、あるでしょうか?」
「森の中だと面倒そうね。それは草原でやりましょ。そっちの方が時間が短縮できそうだし」
「了解。それじゃ帰るか」
暗くなっていく空に急かされるように森を出た俺たちは、草原に穴を掘って魔石を抜いたスカルプ・エイプを埋めると、やや足早にラファンの町へと帰還したのだった。