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092 釣行 (6)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
3つのグループに別れて釣りを始める。
ルアーでの釣りも意外に順調で鮎を釣り上げる。
本来生物が入らないマジックバッグに魚は生きたまま入れられる事を発見。
「なあ、それも重要だけどさ、早く昼飯食わないか? カニやエビ、食べてみるんだろ? オレ、朝から楽しみだったんだ」
俺たちのマジックバッグの実験を焦れたように見ていたトーヤが、我慢の限界に達したらしく、腹を押さえながら苦情を申し立ててきた。
確かにオレも大分腹が減ってきている。
朝飯は美味かったが、量としては少し少なめだったし、昨日の夕食も少し早かったからなぁ。
「あぁ、ごめんなさい。取りあえず網焼きで良いかしら?」
「そうですね。香辛料を使わずに焼いてみましょう。取りあえず1匹ずつで良いでしょうか。カワエビは小さいので2匹で」
手早く火を熾して、その上に網をセット。
バレイ・クラブとカワエビはそのまま、甲殻エビは縦に割って網の上に乗せられる。
その上からパラパラと塩。味付けはそれだけのようだ。
ジュウジュウと焼ける音と共に、エビやカニがだんだんと赤く変化していく。
汁が落ちる度に煙が上がり、なんとも美味そうな匂いがあたりに漂う。
「な、なぁ、まだ食べちゃダメなのか?」
「そうね、カワエビはもう良いかしら? 切り分けましょ」
ハルカが網から下ろしたカワエビをまな板に並べ、殻を取り除くと、2等分と3等分に切り分ける。
「大きい方は、トーヤとナオに。どうぞ」
「お塩はこのお皿に入れておきますから、お好みで付けてくださいね」
「「いただきます!」」
差し出されたまな板からエビを掴み、チョイと塩を付けて口の中に。
「……おおぉ、美味い」
ブラック・タイガーのような身が締まった感じはなく、ほろりと崩れるような柔らかさ。それでいて旨味があって、臭みも殆ど感じられない。
「これは、予想以上に美味しいですね。背わたを取ってないですけど、殆ど気にならないですし」
「これなら、料理を選ばずに使えそうね。――刺身を除いて」
「あ、やっぱり刺身はダメかな?」
「川の物の生食はダメでしょう。多分、こちらの世界でも」
「寄生虫、怖いですからね」
川魚の刺身、無いわけではないが、本来は推奨できない食べ方である。
最近は寿司ネタとして使われるサーモンも、本来は生食するとマズい魚なのだ。
あれは特別な環境で育てているから食べられるのであって、川で捕まえた鮭をそのまま刺身にして食すのは御法度。
低温で冷凍するか、塩や酢などを使って寄生虫を殺さなければ危ない。まぁ、これも確実とは言えないので、安全を求めるなら火を通せ、って事である。
「しかしこの美味さ、一口じゃ足りないぜ。もっと焼かないか?」
「まぁまぁ、トーヤ、まだ甲殻エビとカニもある。それを食ってからにしようぜ」
「甲殻エビも、もう良さそうね。各自、箸で{突}(つつ)いちゃって」
「おうともさ!」
「あっ!」
ハルカのお許しが出ると同時、トーヤが箸を伸ばし、尾っぽの部分をごっそりとえぐり取っていった。
「美味い!!」
「てめっ! 遠慮しろ、遠慮!」
半身の尾っぽの肉がなくなったので、殆ど食べる場所がない。
ミソの部分も美味いかもしれないが、それはそれだろ?
「……切りましょうか」
トーヤの所業を見てため息をつくハルカ。
ナツキが包丁を手に取り、もう半身の尾っぽを4等分に切り分ける。
「すまん」
「いえいえ」
ナツキに礼を言い、一切れつまんだエビの身をミソの部分に絡めて食べる。
この味は……伊勢エビ? 数えるぐらいしか食べた記憶がないが、そんな感じ。
少しだけ泥臭い気がしないでもないが、しばらく泥抜きすれば解消されるんじゃないだろうか。
「甲殻エビも美味しいね!」
「殻は凄く固かったけど」
ナツキによると、感覚的には伊勢エビよりもよほど固い殻で、普通のナイフでは恐らく刃が立たないらしい。
「この包丁のおかげで縦に割れましたけど、普通は無理ですね、これ」
包丁の切れ味と、強化された腕力に任せて叩き切ったとか。
ちなみに、普通に食べるだけなら腹から刃を入れていけば良いので、見た目を気にしなければ特に問題はないようだ。
「頭の部分は少し臭みがありますが、取り除くか、泥抜きか、香辛料を使うか……食べられない事はないですね」
俺が付けて食べたミソのあたりをナツキが味見して、頷きながらそんな感想を口にする。
「そうか? オレはこのぐらいでも全然」
俺がハルカたちの方に箸を付けたのを良い事に、半身を自分の所に取り込んで身をほじくりつつ、ミソを啜っていたトーヤが平然とそんな事を言った。
コイツは……食い物の恨みは恐ろしいぞ? と、言いたいところだが、甲殻エビの詰まった樽を見れば怒りも収まる。
これが日本でやっていたバーベキューで、甲殻エビが伊勢エビだったりしたら、拳で語り合っているところである。
「最後はカニですね。食べにくいでしょうから、切り分けますね」
ナツキがカニをまな板に載せ、足を全部落とし、甲羅を開く。
身体の部分を4等分にしてから、足にも包丁を入れて食べやすいように細工していく。
俺には絶対に無理な、なかなかに見事な手さばきである。そもそもカニを調理した事なんて無いし。
途中で手を伸ばそうとするトーヤの手を叩き落としつつ待つ事しばらく、ナツキが包丁を置いてまな板を差し出してきた。
「どうぞ。適当にとってください」
言われるが早いか、4分の1の胴体を素早く確保するトーヤを尻目に、俺は足を手に取った。
ワタリガニのヒレのような足はなく、全部普通の足なのだが、ハサミはやや小さめだろうか。
そこまで太い足ではないが、きちんと肉が入っている。
ズワイガニの足みたいに長くはないが、それぞれの足からカニカマ2本分ぐらいの肉が取れそうなので、それなりに食べ応えはありそうである。
取り出した足の肉に、ぱらりと塩を掛けて食べる。
「ふむ……カニカマよりは美味い」
「あたし的には、缶詰のズワイガニよりも美味しいかな?」
「私としては、ズワイガニの方が美味しいですね」
「ナツキが食べてるズワイガニだとそうかもね。私は少なくとも回転寿司のカニよりは美味しいと思うけど」
やや意見が分かれたか?
いや、良い物を食べていると思われるナツキは除外すべきか。同じ食材でも品質によって味が違うのは当然だし。
少なくとも、マズいという意見はない。
「ナオくんがカニカマって言いましたけど、言い得て妙ですね。クセが無いので使いやすいかもしれません」
「さすがにカニカマって事は無いけど、カニの濃厚さはない気がするわね」
「え、そうか? オレはそう思わないが……」
1人違う意見を出したのはトーヤ。
手に持ってガシガシと囓っているのは、カニの胴体。
一部のカニは胴体部分は殆ど食べるところがなかったりするが、このカニはワタリガニのように胴体部分にもかなりの身が付いている。
「足と味が違うのかしら?」
そう言って箸を伸ばしたハルカが、胴体の身を{解}(ほぐ)して口にすると同時に、目を丸くして、声を上げた。
「ん! 全然違う!」
「マジで?」
俺も胴体の身を一口。
これは……歯ごたえからして全然違う。少しねっとりとしたような濃厚な味。カニの風味を凝縮したような感じで、もしかすると人によって好みが分かれるかもしれない。
甲羅に残ったカニミソもつまんでみたが、こちらも味が濃い。好きな人は非常に好きだろうが、苦手な人はダメかも。
「ここまで味が違いますか……足と胴体、それにカニミソ、全部混ぜてしまえばちょうど良いかもしれないですね」
「万人受けを考えるなら、それもありかも? あたしとしては、別々でも十分美味しいけど」
「カニチャーハンとか食べたいなぁ。米って売ってないのか?」
昨日から魚の塩焼きとか、魚の出汁のスープとか、ご飯が食べたくなる食事が多いので、米が恋しくなってきた。
やっぱりパンはちょっと違うんだよなぁ。魚でもフライにすればパンに合うんだが、塩焼きだと白米が欲しい。
「少なくともラファンには売ってないわね。麦があるんだから、米だってどこかにはあると思うけど……」
「亜熱帯から温帯の地域に行けばあるんじゃないでしょうか? 短粒種で炊飯に適した品種かどうかは判りませんが」
「気候的な問題かぁ」
元の世界で言えば、歴史的には長粒種の方が主流で、日本のようにご飯として食べる方が少数派だった。それを考えると、美味いご飯を食べるまでの道のりは遠いかもしれない。
「オレはユキがうどんを作ってくれたから、それほどでもないかな? パンだけしかないなら、さすがに飽きると思うが」
「うどんか。小麦で作れて、鍋の締めにも使えるし、良いよな」
「確かに、この状況で作ったとは思えないほど、ちゃんとしたうどんだったわね」
「いやぁ、そう褒められると照れるね。家ができたら、もっとまともなの作るから、期待してて!」
俺たちの言葉に、ユキがはにかみながら頭をかく。
朝のうどんでも、短い以外は十分に美味かったので、楽しみである。贅沢を言うなら、昆布だしが欲しいところか。
「ま、すぐにはどうにもならない事は置いておいて、少なくともカニやエビを確保する事は決まりね」
「勿論だとも!」
「取り尽くす勢いで!」
もちろんそんな事は不可能だし、後々の事を考えると残しておくべきなのだが、気分的にはそんな感じである。
「それじゃ、午後にはまた罠を仕掛けてから、釣りを続けましょ」
「そうですね。今日と明日、カゴを仕掛ければ、しばらく食べる分は確保できそうです」
「これだけ美味ければ、泊まりがけでも獲りに来る価値があるし、なくなったらまた来ないとな」
そんな俺の言葉に、誰一人反対の言葉を上げる事なく揃って頷いた。
結局、俺たちの3泊4日の釣行は、ひたすら魚釣りと川での罠漁に明け暮れて終わった。
また、途中で少し上流に釣り場を移したおかげか、ヤマメ以外にイワナも確保する事ができ、ついでに言えば、先日オークを狩り尽くしたためか、1度も魔物に襲われる事すらなかった。
おかげでかなりの数の魚、カニ、エビ、ついでに5匹ほどのグレート・サラマンダーも確保できた。
5人で食べる食料としては多いが、だがそれでも持って半年ほどだろう。
俺たちは再び訪れる事を誓って、ラファンへと帰還したのだった。