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126 忘れていたこと

前回のあらすじ ------------------------------------------------------

伐採中にスライムに出会う頻度がだんだんと増える。

そんなある日、別の魔物の反応があり、確認に行くと、そこに居たのはスケルトン。

トーヤとナツキであっさりと斃した後、突然現れたのは攻撃の効かない黒いもやだった。


「待ってください!」

 すぐさま撤退を開始しようとした俺たちの動きを止めたのは、ナツキだった。

「『浄化ピュリフィケイト』!」

 何で今その魔法? そう思ったのは一瞬だった。

 ナツキの放った光は黒いもやへと向かい、次の瞬間、それはなんとも表現しづらい、「ギギギィーー!!」という声を上げた。

「――っ! 『浄化ピュリフィケイト』!」

 その反応を見てすぐに追い打ちを掛けたのはハルカ。

 ナツキの魔法ですでに薄くなっていたその黒いもやは、ハルカの魔法によって声を上げることもなく、すぐに消え去った。

「……あぁ、そうか、『浄化』って、洗濯や身体を綺麗にするためだけに使う魔法じゃ無かったんだよなぁ」

 俺はそのことを思いだし、大きく息を吐くと、額に手を当ててその場に座り込んだ。

「そうね、私もすっかり忘れてたけど、本来はアンデッドの浄化用の魔法なのよね。ナツキ、良く覚えていたわね?」

「いえ、私も直前まで忘れていましたよ? ただ、ハルカが『聖火ホーリー・ファイア』の話を出したので、思い出しただけです」

「それか~。確かに、光魔法の領分よね、そのへんは。完全なミスね」

 ナツキの言葉を聞いてハルカも苦笑を浮かべ、ため息をつく。

「それより、敵はなんだったの? トーヤの攻撃も、ナオの魔法も効かなかったけど。あ、アンデッドって事は解るよ? 『浄化』が効いたわけだから」

「あれは『シャドウ・ゴースト』らしい。【鑑定】によると。詳しいことは解らないが。ただ、触れられたときはなんか力が抜けるというか、何か吸い取られるというか……すっげぇ気分が悪かった」

 膝が落ちかけていたし、ドレイン的な何かだろうか?

 そして、あの状況でもトーヤは、一応【鑑定】を行っていたようだ。

 詳細が分からないのは、この世界の【鑑定】の仕様なので仕方ないだろう。

「シャドウ・ゴースト、ね。ナオ、索敵に反応は無かったの?」

「あぁ……。何となく違和感は感じたんだが、一瞬前まで解らなかった。すまん」

「いえ、責めてるわけじゃないわよ? でも、これからはナオの【索敵】を抜ける魔物の存在も想定した方が良さそうね」

「だな。オレも【索敵】を持ってて気付かなかったんだから、ナオだけの責任じゃ無いし」

「若干の違和感は感じたから、レベルを上げていけば、気付ける可能性はあると思うが……」

 これまで俺たちの安全を担保してきた【索敵】が効果を発揮しない魔物が居るというのは、ある意味、脅威である。

 本来はこんな便利なスキル無しに警戒をするのが冒険者なのかも知れないが、それで【索敵】を抜けるような魔物の気配に気付けるかと言えば、かなり厳しいだろう。

 事実、【索敵】スキルが無い頃でも、ある程度敵の気配を感じ取れていたトーヤであっても、俺が見つけるまでシャドウ・ゴーストに気付いていなかった。

「【忍び足】や【隠形】というスキルもありますし、そちら方面の訓練もした方が良いかもしれませんね」

「そうだな。その時は頼む」

「はい」

 【隠形】が気配を消すスキルだとすれば、【索敵】はそれを見破るスキル。

 互いに訓練を重ねれば、レベルアップも可能だろう。と言うか、上げないと正直危ない。

 シャドウ・ゴーストでは致命的な結果にはならなかったが、ゴースト系の魔物と言えば、即死攻撃とかしてきそうで怖い。

「だが、【索敵】に引っかからねぇのは怖いけど、敵としてはそんなに強くねぇのか? 『浄化』2回で消えたし」

「それはどうかしら? ある意味、『浄化』って、私たちが一番得意な魔法、でしょ?」

「それは確かに」

 確実に、俺たちが最も世話になっている魔法である。

 風呂が手に入った今ならともかく、こちらに来た当初は、この魔法が無ければ心が折れていた可能性が高い。

「魔石は……一応落ちるんだな。スケルトンよりもちょっと大きいか?」

 トーヤが先ほど地面に落としたスケルトンの魔石に加え、シャドウ・ゴーストから落ちたとおぼしき魔石を拾い上げ、スケルトンの物と見比べている。

 横から覗き込んで見たその魔石は、確かに少しだけ大きいようにも見える。

 しかし、何も中身の無いもやだったのに、魔石はしっかり残すとか……ありがたいな!

 スケルトン共々、後始末が要らないのが特にありがたい。

 その分、得られる物は少ないが、魔石以外は価値がないのに死体の始末が必要なスカルプ・エイプに比べれば、よっぽど良い。

「でも、アンデッドが出てくるとは、ちょっと予想外だよね。このへんって、アンデッド出るって情報あった?」

「いえ……私が見た情報の中では、出会っていない魔物はオーガーだけです」

「ま、それもギルドに置いてある冊子を見ただけだしな、オレたち。完全に網羅されてるわけじゃねぇだろ?」

「きっちりと網羅されているとは、限らないか」

 そもそもこの辺りの森は、かなりの長期間にわたって冒険者が入っていないエリアなのだ。

 魔物の分布が変化していてもおかしくは無いだろう。

「とはいえ、ハルカとナツキ以外、攻撃手段が無いのはちょっと不安だな。今回は問題なかったけどさ」

「そうね。あのくらいの数なら問題ないけど、たくさん出てくると、少しマズいかも……。町に戻ったら、何か考えましょ」

 トーヤの物理攻撃は言うに及ばず、俺の『火矢ファイア・アロー』が効果を発揮しなかった以上、ユキもまた攻撃手段を持たない。

 光魔法を除いて効果がありそうな魔法としては、『聖火ホーリー・ファイア』以外に水魔法の『聖水ホーリー・ウォーター』があるのだが、こちらも魔道書によるレベルは7。同じレベル7でも、常用していない分、『聖火ホーリー・ファイア』よりも厳しい。

 風魔法にはそれっぽい物が無く、土魔法のレベル7には『埋葬ベイリアル』という魔法があるが、これは敵を地面に埋めてしまう魔法で、アンデッドに効果があるとかそういう説明は書かれていない。

 そもそも埋めたところで、スケルトンやゾンビ系はともかくとしても、ゴースト系には意味が無さそうだしなぁ。

 う~む、何か良い手段があれば良いんだが……。

            

 ゴーストに出会った翌日、俺たちはそれぞれが別れてラファンの町を探索していた。

 目的はアンデッドに有効な攻撃手段や何らかの対策を見つけてくること。

 特に心当たりも無いし、全員で探せば何か見つかるんじゃね? 的な軽い考えである。

「しかし、俺はどこに行くべきか……」

 武器屋関係は、トーヤが行きそう。なんだかんだでガンツさんと一番仲が良いのはトーヤだし。

 ナツキはギルドの資料室? いや、でもあそこはすでに読んだよな。資料室というのも烏滸おこがましいほどの資料しか無かったし、新たな発見があるとも思えない。

 ハルカはディオラさんあたりに訊きに行くか?

 それとも他の何らかの方法で調べるか……イマイチ行動が掴めない。

 ユキは俺たちの中では一番コミュ力が高いから、聞き込みとかしそうだな。

 で、俺は……。

「取りあえず、歩き回ってみるか」

 万が一、いや、億が一ぐらいの可能性で、アンデッドに効果のある聖なる武器とか、不思議なアイテムとか見つかるかも知れないし。

 でも、ラファンの町には、怪しげな武器やアイテムを売っている露店なんか無いんだよなぁ。ゲームだと、フードを被って裏路地で店を広げている商人とか、定番なのに。

 ……ゲームじゃないから仕方ないか。この街でそんな商売、成り立つわけが無い。

 表通りを一通り歩いてみた後は、普段行かない場所へと足を伸ばしてみる。

「このへんにも店はあるんだな……」

 俺たちが必要とする物なんて限られているので、一度店を決めるとあえて別の店を開拓することも無かったのだが、当たり前と言えば当たり前で、俺たちの普段の活動範囲以外にも店はいくつもあった。

 とは言え、メインの通りや町の中央広場周辺が商業の中心地であるのは間違いなく、そこから外れたところにある店は、やや売れ筋から外れていると言えるかも知れない。

 例えば以前アエラさんに案内されていった食器の販売店。

 あそこで扱っているのは焼き物のみで、庶民が普段の食事に使う物ではない。

 大衆食堂などで使われている食器も基本は木製、時に金属製があるのみで、焼き物の食器を必要とするのは金持ちか、一般人であれば壷などのように一部の物のみである。

 当然頻繁に売れるような物でもなく、人通りの多いエリア、つまり必然的に家賃や地価の高い場所に店を構えるのには向いていないだろう。

「服屋はともかく、雑貨屋みたいな店はあるんだよな……」

 服屋とは言っても、この世界で一般的な古着屋ではなく、どちらかと言えば『仕立屋』と言うべきお店だろうか。

 俺たちはハルカたちが作ってくれているが、普通なら新しい服を仕立てるのには結構なお金がかかるため、やはりこれも庶民向けのお店とは言えないだろう。

「でも、ま、雑貨屋には入ってみるか。歩いていても仕方ないし」

 ただの雑貨屋に何を期待するって話だが、その中でもちょっと怪しげな店構えの店を選んで中に入ってみる。

 …………うむ。失敗だな。

 入った店の内装は、アンデッドを撃退する方法とはほど遠く、逆にアンデッドを呼び出しそうな代物。絶対、黒魔術とかそのへんの代物だろ、これって。

「いらっしゃい。何をお探しかねぇ。ヒェッヒェッヒェッ」

 戸惑う俺に声を掛けてきたのは、黒いフードを目深に被った老婆。

 怪しげな笑い声といい、雰囲気にマッチしすぎである。

「アンデッドを――」

「呼び出したいのかい? 初心者にはあんまり勧められないんじゃが、どうしてもと言うなら――」

「あ、いえ違います。斃したいんですが」

「……なんじゃい。お門違いだねぇ。一応、アンデッド避けの護符程度ならあるよ」

 俺がそう応えると、急に投げやりになった老婆は棚の一角を指さした。

 そちらに近づいてみてみると、そこにあったのは怪しげな文様が描かれた羊皮紙。

 何が書いてあるかはさっぱりだが、雰囲気はある。あるのだが……。

「これって効果ありますか?」

「そうだねぇ、そいつを買っていった客の中に、『持っていても死んだ』と文句を言いに来た奴はいないねぇ」

 それって、死んだら文句も言いに来られないってだけだよな?

 少なくとも俺の感覚では、この護符に何らかの効果があるようには思えない。

「あんた、冒険者じゃろう? 少なくともこの店に、あんたが必要とするような物は置いてないさね」

「つまり、この店の物は……?」

「金持ち連中はこういう物が好きなんじゃよ。雰囲気が重要なんじゃ」

 怪しい雰囲気を薄れさせ、肩をすくめた老婆が笑う。

 それってつまり、見た目だけで、実際には効果の無い物ばかりって事か?

 まるで、昔欧米で流行っていた降霊術みたいである。こちらでは実際にゴーストとが存在する分、多少は違うのかも知れないが……。

「アンデッドに悩んでるんなら、神殿にでも行くんだね。一番近いのは、店を出て左にしばらく歩けばあるさね」

「えーっと、ありがとうございます……?」

「ほら、さっさと行きな。――金持ちの家に訪問する機会でもあればまた来るんだね。案外喜ばれるからねぇ。ヒェッヒェッヒェッ」

 最後に再び怪しい笑い声を上げた、案外親切な老婆に別れを告げ、俺は店を後にする。

 本当にこの怪しげな店の商品が喜ばれるのかは疑問だが、機会があればまた来てみよう。アドバイスも貰ったし。

「左、だったよな」

 この世界に来て宗教に関わったことは無かったが、考えてみればアンデッドと言えば教会である。

 いや、老婆は神殿と言っていたか。

 神殿と言われると、ついギリシア系の物を思い浮かべてしまうが、神道の神社も神殿と言えば神殿なんだよな。

 この世界では、神へ祈る場所が教会では無く、神殿と呼ばれるということなんだろう。

「……ここか?」

 しばらく歩いて見つけたのは、石造りのやや立派な建物。

 パルテノン的な神殿と、俺のイメージする石造りの教会が混ざったような、そんな感じの建物。

 十字架のようなシンボルが掲げられていたりはしないが、見るからに周りの建物とは違う作りからして、神殿と考えて間違いは無いだろう。

「入っても、良いんだよな……?」

 やや気後れする物を感じながら中に入ると、そこには1人の女性がいた。

 年の頃は20代前半か。入ってきた俺に気付くと、ニッコリと柔らかな笑みを浮かべて声を掛けてきた。

「ようこそ。お祈りですか?」

「えっと……はい」

 いきなりアンデッド対策を教えて、という話も無いだろう。

 正直、ここがどんな神様を祭っているかも知らないのだが、祈るぐらいはしておいた方が印象も良いはず。

「良きことです。ささ、前にお進み、お祈りください」

「はい」

 女性に勧められるまま奥に進むと、そこには1体の神像が祭られていた。

 素材は恐らく石。大きさは成人男性よりもやや小さいぐらいで、外見的には少し若く見える男神。そしてその前には、神社でよく見る箱に似た物が。そう、賽銭箱である。

 そっと中を見ると、何枚かの硬貨が入っている。

 そして俺の後ろには、ニコニコと笑みを浮かべた女性――多分神官――がいる。

 ――入れないわけにはいかないよな。

 俺は少し悩んだ末、財布から大銀貨を1枚取り出すと賽銭箱に投げ入れ、手を合わせた。

 その次の瞬間、俺の視界は真っ白に染まった。