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087 釣行 (1)

前回のあらすじ ------------------------------------------------------

ルアーと毛針用の材料を入手。

トミーの指導を受けて、毛針を作る。

 翌日も俺たちのルアー作りは続いた。

 ずっと木彫りをしていると疲れるので、気分転換にタモの網を編んだりしつつ作業を続け、昼過ぎにはおおよそ魚の形が完成。

 あまり出来は良くないが、素人にしては悪くないと自分を慰めつつ、塗装。それっぽく魚を描く。軽くニスを塗って、その上からポンポンと金粉をはたく。少しでもウロコっぽく見えれば良いなぁ、という小細工である。

 更にその上からニスを塗り重ね、針を取り付ければ完成である。

 正直、ルアーに使えそうなニスがあるとは思っていなかったのだが、原料は不明ながら、強度も防水性も十分という代物が手に入った。少々高かったが、使う量が僅かなので、問題にはならないレベルである。

 そうやってできあがったルアーを、2人で喜々として女性陣に見せに行ったのだが、その反応は微妙だった。

「よく、できていますね?」

「……努力賞」

「魚に見えない」

 優しいのはナツキだけで、ユキには気を使われ、ハルカはバッサリである。

 そして、完成の喜びに曇っていた目を拭ってみれば、確かにこれは……ナツキの優しさが逆に痛い。

「これ、無理だと思うか?」

「どうかしら? 別に魚そっくりにする必要はない、という話は聞いたことあるけど……」

「別に良いじゃん。失敗しても。遊びなんだから」

「それはそうなんだが、せっかくなら魚、食いたいだろ?」

「そうだね……あたしも何か考えようかなぁ」

 普通の釣り針、毛針、ルアー。3つ用意したんだから、ボウズって事はないと思いたいが、所詮素人である。いざとなれば、身体能力に任せてタモを使えば、数匹ぐらいは獲れるだろうか?

「それより、もう少ししたら予約の時間だけど、準備は大丈夫?」

「あぁ、それは。そもそも準備するほどのこともないし」

 今日はアエラさんの店で祝勝会。

 と言っても、仲間内で祝うだけで、一張羅に着替えるってわけでもない。

 精々、ルアー作りで散らかった部屋を片付けるぐらいだ。

「楽しみだな、アエラさんの料理。ちょっと高いだけに美味いんだろうなぁ……」

 トーヤが少し緩んだ顔でそんなことを言うが、俺も同感である。

「ハルカ、私たちもそろそろ片付けましょうか。結構、糸くずとかが落ちていますし」

「そうね、それじゃ準備が出来たら、下で集合ね」

「「おう」」

 俺たちは、力強く頷いた。

            

 祝勝会で出た食事は、控えめに言ってもかなり美味かった。

 日本で同じだけの金を払えばもっと美味い物を食べられるかもしれないが、そこは比べるべきではないだろう。

 少なくともこの世界でも、高い金を払えば美味い食事が食べられるということが解ったのは収穫である。

 ただ、どうもアエラさんはほぼ原価で提供してくれたみたいで、実際に同じレベルの食事を他のお店でするとなれば、2、3倍は確実にするらしい。

 つまり、1人1食10万円相当。おいそれと払える額では無い。

 今回は思いっきり奮発したが、その10分の1でも震えるレベルである。小市民の俺では。

 そう考えると、やはり、安くて美味い食事処を見つけるのはなかなか難しい気がする。

 ここはハルカたちの手料理に期待したい所である。家を手に入れてからの事になるだろうが。

 祝勝会自体は俺たちとアエラさんしかいないので、基本的に食べて駄弁るだけだったのだが、途中からは調理を終えたアエラさんにも参加してもらい、色々な話も聞けたので、なかなかに楽しい時間を過ごせた。

 気分のリフレッシュという面では、成功だったと言えるだろう。

 祝勝会の翌日は、保留にしておいたテントとマントの購入に向かった。

 ハルカたちとも相談の上、テントはやはり1張りのみを購入、マントに関してはそれぞれが気に入った物を1つずつ購入することになった。

 買い物が終われば、その足ですぐにサールスタットへ向かう。

 移動は基本的に小走りで、サールスタットの門が見えたところで左へ方向転換、ノーリア川の上流へと進路を向けた。

 街道を逸れてからは小走りを止め、やや慎重に足を進める。

 サールスタットでは30メートルは超えていた川幅も、上流に進むにつれて急速に狭くなり、水量もかなり減っている。

「ねぇ、この川って支流も無かったけど、何であんなに大きくなってるのかな?」

 そんな川の様子にユキが疑問を覚えたのか、首をかしげてそんなことを口にした。

「よく解らないけど、伏流水とかそんな感じじゃない?」

「あぁ、なるほど。確かに山は深いから、それならおかしくない、のかな?」

 ラファンの街からサールスタットまで、ずっと左手に山脈を見ながら移動したにもかかわらず、その間に川は一本も無かった。

 そのあたりの山に降った雨水が集まるのがノーリア川と考えれば、あの川の大きさも不思議では無い。

「実際あるんだから、そうなんだろ?」

「トーヤ、身も蓋もないな。しかし、それならあの辺りに井戸を掘れば、水は出そうだよな。何で農地になってないんだ?」

 ラファンの街の農地は南側にしか無く、その広さもさほどでは無い。

 俺たちが活動した限り、東側の草原も危険性は低いのだから、農地開発しても良さそうなんだが。

「単純に、農業従事者がいないだけでしょ。家具作りという主要産業があるなら農作物は輸入しても良いわけだから。人が増えて土地が無くなれば、自然とこちらにも農地が広がるんじゃない?」

「なるほど」

 最初に南側に農地を作ったのなら、そちらに土地を持っている農民が農地を増やす時には、その側を開拓するよな。

 ラファンが現状で安定しているなら、新しく人を呼び込んで、無理な農地開発をさせるリスクを取る必要が無い、という考え方もあるか。

 それが為政者として正しいかは解らないが。

「それより、今は依頼の方よ。大山椒魚が出るのはまだ先?」

「資料によれば、サールスタットから上流に1時間ほど移動したところより先とありましたが……」

「それは、かなり曖昧よね」

「だよな。この世界、人によって身体能力差が大きいわけだし」

 『駅から徒歩5分』みたいに、ある程度の基準が決まっているわけでもないのだ。

 資料があったのが冒険者ギルドということを考えるなら、一般的な冒険者の移動速度と考えれば良いのだろうか?

「オレたち、もう1時間程度は移動したよな?」

「うん。時間的には、そろそろいるエリアなのかな?」

 サールスタットのあたりでは、砂と岩石の割合は7対3と言ったところだが、このあたりでは逆転して4対6ぐらいになっている。

 川を覗き込んでみると、水もかなり澄んでいてサールスタット近辺のような泥による濁りは全くない。

「ナオ、どうだ? いそうか?」

「わからん。そもそも大山椒魚って、川を泳いでいるのか? それとも岩陰とかに隠れているのか?」

「あ~~、……ナツキ、どうなんだ?」

「元の世界の大山椒魚は夜行性だったと思いますが、この世界のグレート・サラマンダーに関しては、よく解りません。生態調査とかもされてない……のかどうかは判りませんが、ギルドの資料には載ってませんでしたね」

 人の生存に影響のある魔物すら大して調査されてないのに、ただの生物なら言うまでも無いか。

 全員で川を観察しながら更に30分ほど上流に進み、砂と岩の割合が2対8ぐらいになった頃。

「あっ!」

 そんな声が聞こえるのとほぼ同時、俺の横から突き出された槍が川底に突き刺さる。

 そして引き上げられた槍の先には、黒っぽく平べったい、ナマズとトカゲの合いの子みたいな生き物が、頭を串刺しにされて、ピクピクと身体を震わせていた。

「グレート・サラマンダー、です」

 仕留めたのはナツキ。

 俺もヘルプで確認してみると、確かに『グレート・サラマンダー』と表示される。

 大きさは80センチほどはあるだろうか。

 俺のイメージする大山椒魚と違いは無いが……やっぱりちょっとグロいな。

「ナツキ、良く気がついたわね。私も視界に入ってたはずなんだけど……」

「そうだよな。俺なんか隣に居たのに」

 俺の真横から槍を突き出しただけあり、俺とナツキの視界はほぼ同じだったはず。にもかかわらず、俺はグレート・サラマンダーが川にいることに全く気付かなかった。

 川を泳ぐ魚はちらほらと目に入っていたんだが、あれだけのサイズの物に気付かないとは。

「川面に光も反射しますし、色も判りづらいですからね。それよりもこれ、早く仕舞っちゃいましょうか」

「あ、ああ、そうだな」

 鮮度が重要らしいので、動きを止めたグレート・サラマンダーをハルカが冷やし、すぐにマジックバッグへと入れる。

 これで一応、金貨20枚以上は確実。レジャーだからあまり稼ぎを気にする必要は無いのだが、せっかく遠出したのだから、金になるに越したことは無い。

「あたしも見つけられなかったけど、ナオは判らないの? 索敵で」

「う~ん、はっきりとは。反応自体は川の中にも結構あるんだが、敵じゃ無いからか、小さいんだよなぁ」

 『敵』に関しては感じ取りやすい【索敵】スキルだが、脅威にならない生物はかなり集中しないと感じ取りにくい。逆に生物すべての情報が感じ取れると、虫がたくさんいる森の中などでは使いにくすぎるので、ある意味では助かっている。

 川の中の反応も魚に混じって大山椒魚の物があったのだろうが、そこまで差は大きくなかったように思う。大きく違いがあれば、さすがに俺でももう少し注意を払って、気がついただろう。

「トーヤはどうだ?」

「ダメダメ。川の中はさっぱりだな。オレのはお前みたいなスキルじゃなくて第六感みたいな感じだし、嗅覚が封じられる水の中だと無理なんじゃないか?」

 恐らくトーヤの索敵は、視覚や聴覚、嗅覚、それに魔力感知など、色々組み合わせてなしえているのだろう。そのうちの1つ、もしくは2つが封じられた状態ではあまり期待できないか。

「むむむ……ここか?」

 索敵に集中し、それっぽい物を選択、その岩陰を覗き込んでみると、そこにいたのは黒っぽいヌメッとした物。

 グレート・サラマンダーに比べると明らかに短く、ヘルプで表示されたのは『ポイズン・トード』と言う名前。毒ガエルらしい。

 大きさ的にはウシガエルよりも大きいぐらいなので、ちょっとキモい。

「なにか……きゃっ! ち、違うじゃない!」

 俺の後ろから覗き込み、そんな非難の声を上げたのはハルカ。気持ち悪さはグレート・サラマンダーも同じだと思うが、不意打ちだったのがマズかったのか?

「毒があるみたいだから気をつけろ~。ポイズン・トードらしいぞ?」

 名前からして毒があるのは判るのだが、触るとマズいのか?

 それとも噛まれたり、毒を吹きかけられたりするのだろうか?

「ポイズン・トードは、そんなに危なくは無いですよ。ポイズン・トードを触った手で目を触ったり、肌が弱い人はかぶれるみたいですが、その名前に反して、食用可、らしいです」

「マジでか……」

「はい、マジです」

 きちんと皮を剥いで、洗ってから火を通せば、普通に食べられるらしい。

 ただ、ナツキが言ったように気軽に掴んだりできず、調理に注意が必要なため、普通は食用にはされていないのだとか。

「味も淡泊で、特別美味しくも無いみたいなので、捕まえる人もいないんでしょうね」

「依頼の出るグレート・サラマンダーは美味いって事だな」

 見た目はどっちもアレなのに。

「じゃなきゃ、大金払わないよな。……ここか? ――っ、おっと!」

 岩をひっくり返し、そこにいた生物を槍の石突きで押さえつける。

 大きさ50センチほどはある、特徴的な亀。スッポンである。

「今度はスッポンかよ。どうする?」

 俺が押さえ込んでいるスッポンを、トーヤが木の枝でパシパシと叩くと、スッポンは思った以上に長い首を伸ばし、その枝に噛み付く。

「おぉ、結構強い……いや、強すぎ?」

 トーヤが枝を引っ張るが、その名の通り全く離す様子も無いどころか、木の枝からメキメキという音すら聞こえてくる。トーヤの持つ枝は俺の親指よりも太く、間違っても割り箸程度では無い。噛み付く力、どんだけあるんだ、これ?

「これって、噛まれたら指がちぎれちゃうんじゃ……」

 その様子を見て、横から覗き込んでいたユキもちょっと戦(おのの)くように身を引く。

「はい。一般人だと危ないですね。私たちのような冒険者なら多分大丈夫だと思いますが、油断はできません」

「でもスッポンはスッポンなのよね? 食べられるの?」

「食べられますよ。サールスタットでも高級料理として食べられてましたから。話で聞いただけですけど」

 スッポン自体はサールスタットのあたりでも獲れて、宿のメニューにも載っているらしい。

 だが、あの料理の味を考えると、美味いかどうかは疑問である。

「私、スッポンって食べたこと無いんだけど、美味しいの?」

 そう言ってハルカが俺たちを見るが、俺たちは揃って首を振る。

 少なくとも普通に食卓に上るような食材では無いし、俺のイメージとしては専門料理店に行って食べるような高級料理である。庶民の俺には縁が無かった。

 そして唯一首を振らなかったのは、やはりナツキ。

「見た目はちょっとアレですけど、美味しいですよ」

「美味いのか、やっぱり。……しかし、日本人ってスッポンを食べるのに、カエルは食べないよな」

 ゲテモノレベルで言うなら、似たような物なのに。

「多分、カエルはそんなに美味しくないんじゃない? 美味しければ食べるでしょ、日本人なんだから」

 説得力がある意見である。

 ナマコだって食べるんだからなぁ。

「美味しいなら、あたしは食べてみたいかも。誰か調理できる人、いる? 【調理】スキルでなんとかなるかな?」

「調理はそう難しくないですけど、泥抜きに時間がかかりますから、マジックバッグには入れられませんよ? このあたりは水が綺麗ですから、1、2週間もは必要ないと思いますが……」

「見逃すのは勿体ないよな。グレート・サラマンダーは1匹獲れたんだし、ここでキャンプしないか?」

 そんなトーヤの提案に、誰からも異存は出なかった。

 グレート・サラマンダーの捕獲はついでに受けただけで、俺たちの目的はレジャー。息抜きがてら、野営の練習ができればそれで良いのだ。

 それに、このあたりは魚影も濃いので、魚釣りがしたい俺としても全く問題は無い。

「それじゃ、早速……」

 俺は足で押さえていたスッポンを持ち上げ、トーヤが取りだした桶の中に入れる。

 魚用に結構大きめの桶を用意していたのだが、50センチもあるスッポンを入れればほぼ一杯一杯。動き回る隙間も無い。

 後は魔法で作ったきれいな水を入れ、蓋を閉めて逃げられないように重し代わりの石を置けば完了である。後は時々水を替えれば良いだろう。

 人生初のスッポン、食べられるときがちょっと楽しみである。

サンショウウオは両生類では?

はい、大山椒魚は両生類ですね。

ただ、トカゲっぽい(万人がそう感じるかは横に置いておくとして)生き物を見たときに、パッと「両生類だ!」と思うかどうか微妙なので、下記のように修正しました。

「黒っぽい爬虫類が」→

「黒っぽく平べったい、ナマズとトカゲの合いの子みたいな生き物が」