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# 第1話 嫁の浮気の顛末と、二週目の大学生活の始まり
 嫁に浮気された。
 最初は信じられなかった。俺の嫁はいつもニコニコして優しかった。だから発覚した時は何かの間違いだと思った。だけど事実だった。
「本当にごめんなさい…」
 謝るくらいなら最初からしないで欲しかった。嫁の浮気相手は彼女の大学時代のイケメンハイスペック元カレ。ダサい旦那よりも昔の燃える恋を思い出してしまった。そんな何処にでもありそうなありふれた話。
「でも別れたくないの…お願い…私の傍にいてください…あなたのそばにずっと居たいの…」
 嫁は言い訳の類を一切しなかった。そして浮気したくせにまだ俺といたいと言った。まったく理解ができなかった。女はみんなこうなんだろうか?モテない俺は嫁以外の女と付き合ったことがない。だから彼女が何を考えているかわからなかった。
「何でもします。お金なら全部あげます。どんなふうに扱われてもいい。あなたが他の女と遊んだってかまわない。だけど傍に、傍にいさせて…」
 わけがわからなかった。浮気するっていうことは向こうの方が好きだってことだ。それに間男は嫁を略奪する気満々だった。不倫によって社会名声が毀損しても気にしてなかった。相場の何倍もの慰謝料さえ提示してきた。それどころか今後の俺の出世なんかさえも口利きしてやるとさえ言ってきた。はっきり言って破格だと思う。まともな思考の持ち主なら嫁と別れて慰謝料を受け取って第二の人生を歩む気になるくらいの好条件。嫁だって俺よりもかっこよくてお金持ちな間男の方がいいに決まってる。実際とても美人な嫁ならイケメン間男と並べば誰でもお似合いだというだろう。誰も損しない。むしろそれこそが正しいとさえ思える。なのに。
「私はあなたを愛してるの!あなたの傍がいいの!あなたじゃなきゃいや!あなたといっしょがいいの!ずっといっしょに!いっしょにいたいの!」
 この女はいかれてるんだと思った。きっと浮気してバレて混乱していたんだと思う。だけど時間をおいても答えは変わらなかった。嫁は俺と別れることを拒絶した。もちろん法律はそれを許さない。俺から離婚を言い出せば、時間はかかっても必ずいつかはそうなるのだ。だがまったく話は進まなかった。別居を選んでも嫁は俺の行く先々についてきた。黙って引っ越してもすぐに探し当ててきた。勝手に俺の部屋に入って隣に寝てる。ふざけた生活。俺は一切会話しなかった。俺は嫁を無視し続けた。だけど嫁はいつも日常の些細な話ばかりを繰り返していた。馬鹿馬鹿しい生活。間男はいつも俺のところにやってきて、嫁を渡せとオラついてくる。嫁は間男を無視し続ける。ギスギスした生活。
「ねぇ声を聞かせて。お願い。あなたの声が聞きたいの」
 そんな元気はなかった。
「ねぇ。なんでもするから。だから…許して。ううん。ごめんなさい。許してなんて言える立場じゃないよね。ごめんね。でもね傍にいたいの。あなたの隣だけが私の居場所だから」
 俺は参っていたと思う。まだ愛してるんだか愛していないんだか、好きだけど嫌いで。付き纏われても求められることが嬉しくて憎くて。頭の中はグチャグチャだった。俺は結婚して幸せになったはずだ。なのに嫁の過去が俺の幸せを壊してしまった。俺には大層な過去がない。嫁を脅かすような素敵な元カノどころか女友達さえいない。あっちは元カレいっぱい。モテモテ。引く手あまた。嫁が俺を捨ててもきっと嫁以上の女に愛されることはないってわかってた。だけど嫁は間男の所に行っても幸せになれて。こんなの理不尽だって思った。だから俺は口を滑らせてしまったんだ。
「俺はもうこの先に幸せが見えないんだ」
「…ごめんなさい。私にできることがあるなら言って。なんでもするから」
「ならさ。君も幸せを諦めてよ」
「別れて欲しいってこと?…わがままだけどそれはいやなの。お願い傍にいたいの。あなたに出会えたから、私は私を取り戻せたの。だからこれからだって一緒にいたいの…」
「なあ君の幸せが俺の傍にいることだっていうならさ。それを証明してくれよ。そうしたら俺はきっとお前を許せるんだと思うんだ」
 俺はいったい何を言ってしまったんだろう。自分でも何を言っているのかわからなかった。とにかく彼女が憎くて嫌いでだけど未練だらけでもう幸せになれなくて。
「うん。わかった。私がどれくらいあなたが好きか。あなたを愛してるか。今から証明してあげる」
 どうせロクな方法じゃない。せいぜい抱きしめるとか、キスするとか、セックスとか。女の体を使えば何とでもなるんだろ?そう思ってるんだろ?って俺は思ってた。違ったんだ。
「見て。私は愛を証明できるよ。あなたが私の傍にいないなら、こんな命もういらないの。だから見てて。私を見てよ。ずっとずっと私を忘れないで。大好き。愛してるよ。あなた」
 嫁は俺の目の前で自分の胸をナイフで一突きしてみせた。彼女は何も躊躇わなかった。穏やかな笑みを浮かべたまま、俺を見詰めながら、彼女はあっさりと死んでしまった。何の余韻も予兆もない死だった。俺はただただ茫然としてしまった。俺を愛してくれた唯一の女は永遠に失われてしまったのだ。その後は特に記憶がない。間男が泣きながら俺をボコボコにした。義両親に泣きながら罵られた。友人すべてを失った。仕事くらいは残ったが、やる気も何もあったものではなかった。酒に溺れるつまらない日々だけが残った。そして俺は茫然自失のまま街を彷徨っているときに。
「お前みたいなクズさえいなければ彼女は幸せになれたのに」
 ただそんな言葉だけが聞こえた。気がついたら目の前に誰かがいて。そして胸に痛みを感じて。真っ赤になっていて。
「俺が全部悪かったのか…?そんなの理不尽だ…」
 そしてそのまま倒れて、俺は死んだ。
 なのに…。
「死んだはずだよな…なんで俺、若返ってるんだろう?」
 目を覚ました時、自分が大学時代の懐かしき下宿先にいることに気がついた。そして鏡を見て、若返っていることに気がついた。スマホの日付もテレビの日付も今日が大学の入学式の前日だと示していた。
「ははっ!なにこれ…あはは!夢なのか?!戻ってきたのか?!はは、ははは!」
 
 あまりにも馬鹿馬鹿しい事態に笑いが止まらなかった。ひとしきり笑って落ち着いた後、ふっと思った。
「やり直せるのか?人生を…」
 これはもしかしたらチャンスなのかもしれないと思い始めていた。俺の人生は嫁と付き合って結婚した瞬間までがピーク。だけど嫁にとっては数ある男の一人でしかない。たまたまいい年でタイミングが良かったから、俺と結婚したのだろう。
「でも大学からやり直せるなら、俺は嫁と結婚しなくてもすむんじゃないか?あんな不幸は避けられるんじゃないだろうか?」
 台所の床に寝そべって天井を見ながら呟く。それは俺の偽らざる本心だ。この時代からやり直せるなら、俺は嫁よりもずっといい女と幸せになれる。そんな希望が湧いてくる。
「今の俺には未来の知識と社会人スキル。それに大学デビューに必要な知識がある」
 前世?あるいは一周目?とでも言えばいいのか?陰キャオブ陰キャな俺は一周目の大学生活は地味なものだった。勉強はできたし、誰もが羨む大手企業には入れた。だけど青春的なイベントとはまるで縁がなかった。
「今の俺ならできる。いややらねばなるまい!もう!理不尽だけはいやだ!俺は!俺は!大学デビューするぞぉぉおぉぉ!!!!」
 叫んで飛ぶように起き上がり、俺は部屋を飛び出した。俺は必ず幸せな未来を掴む!そのためにはなんだってしてやる!
「絶対お前よりもいい女を見つけてやる!そして絶対に!絶対に!幸せになってやるんだぁあああああああああああ!」
 雄たけびを上げながら俺は街を駆ける。刺されて空っぽになっていたはずの俺の胸は、今や期待でいっぱいだった。

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# 第2話 サークル勧誘は受け身ではなく、アクティブに攻めていきましょう!
 大学デビューに必要な事。まずは外見。どんな奴でもまず美容室に行くことを思いつくと思う。間違いではない。だけど男だったら理容室をちゃんと選ぶべきだ。俺は渋谷の街にあるオシャレ系の理容室に飛びこみ飛びこみ。
「顔ぞりありでかっこよくしてください!」
「あっはい。おまかせください」
 そしてそこで髪を切ってもらい、なおかつ顔の毛をつるつるになるまできれいに剃ってもらう。ここが意外に重要。男の顔には濃い髭だけじゃなくて産毛なんかもある。都心のいい理容店は産毛も綺麗に剃ってくれる。そうするとなんと顔色がすごくよくなるのだ!これは美容にはない利点である。
「お兄さん、髭似合うと思うから次来た時は髭の形とか提案させてよ」
 理容店のいいところはかっこいい髭に整えてくれることだ。まあ大抵の場合髭は自己満足にすぎないが、それでも好きな女はいるらしいので選択肢としては大いにありだ。
「そうっすね!そん時はお願いします!」
 店を出てすぐに俺は原宿の竹下通りの先にある『裏原』に向かった。セレクトショップが立ち並ぶここで、服を買った。こつは一セットを靴まで一つの店で揃えることだ。それを5セット買った。すげぇ金になったが、これも先行投資である。3セットでも良かった気がするが、ここはバッファーを入れておくのがいいだろう。そして家に帰って、俺は机の上にノートを広げた。
「大学における青春のキー。それは『サークル』…!」
 大学といえば?ここで研究と答える人は真面目だと思うし好ましい。だけど多くの人はやっぱり『サークル』と答えるのだろう。
「サークルは人間社会の縮図。あるいは軍隊型組織の模倣。そこには必ず『{階層}(カースト)』が存在する」
 中学高校のスクールカーストに苦しめられた人間は沢山いるだろう。大学に行けばそこから解放されるなんていう淡い夢を抱いて勉学に勤しむ低カースト陰キャは多い。かく言う俺もそのたぐいだ。だが実際は違う。むしろカースト意識は大学においてなお残酷なまでに加速していくのだということを!
「ここで未来の知識だ。俺には各サークルメンバーの人間関係の知識がある。それを利用する」
 俺は一週目で毎年、教授に頼まれて各サークルとの折衝を任されたことがある。そこで各メンバーの人間関係やカーストをしっかりと目に焼き付けてきたのだ。PCをネットにつなぎイベサーやテニサー、飲みサー、インカレ系のお遊びサークルなどのSNSを開き、記憶にある人間関係をノートに書き写していく。そして写したその各種データをパソコンに入っているロジカルシンキング用のフレームワークのソフトにぶち込んで、『キーマン』を浮かび表す。
「なるほどね。こいつらがキーマンだな。見つけたぞ、ターゲット!!」
 各SNSより顔写真をダウンロードし、それを印刷してノートに張り付けていく。そして『大学人間関係相関ノート』は完成した!
「あとは明日の入学式で行動に移すのみ!くくく、あーはははっは!」
 俺は高笑いをする。戦争は準備がすべてだという。ならば勝利はほぼ確定したも同然!明日が楽しみだ!
 俺の通う大学、国立{皇都}(こうと)大学の入学式は武道館で行われる。ここに新入生や各サークルの呼び込み、なんかで大変な賑わいを誇っていた。ウチの大学は日本で一番偏差値が高いので、マスコミなんかもやってきていた。俺はその風景を近くにあるビルの屋上から双眼鏡で覗いていた。振袖袴の新入生に、私服のチャラそうで雰囲気イケメン未満の先輩たちが果敢にチラシを配っていくのが見えた。
「ああ、可愛い子にイベサーのキョロ充共が群がっちゃってまぁ。どうせイケメン先輩に喰われちゃうのにねぇ。あわれあわれ。…おっと見つけた!」
 俺は昨日定めた『ターゲット』の先輩が1人でサークルの群れから離れていくのを見つけた。そいつは武道館前から離れていき、コンビニの方へ歩いていく。狙い通りだ!俺はビルの屋上から離れてそいつが向かったコンビニに向かう。そしてコンビニまでやってきて中を伺う。ターゲットの先輩は、かごにありったけのチューハイを入れていくのが見えた。大学生ってのはとかく酒を飲みたがる。どうせこの後近くの公園でプチ打ち上げと称して飲み会をするのだろう。そしてターゲットがパンパンになった袋を持って外に出た瞬間を狙って俺は、さりげなく彼にぶつかった。
「うぉ!」
「うわっ!」 
 先輩はよろけて袋から少なくない数の缶チューハイが地面に落ちてしまった。俺はすかさずそれを拾い集めて先輩に渡す。
「ごめんなさい!緊張しててぶつかっちゃいました!」
 俺は綺麗に先輩に向かって頭を下げた。先輩は朗らかに。
「ああ、君新入生なんだ。いや、いいよいいよ!おれもちょっとチューハイ入れすぎたし!おあいこってことで!」
「ありがとうございます!でも重くないですかそれ?お詫びってのもあれですけど、片方持ちますよ!」
 そう言って俺は先輩が左手に下げていたチューハイとつまみとがパンパンに詰まった袋をささっと奪う。だが先輩は感心したように。
「君優しいね!いいね!いいね!そういう他人へのリスペクト感かっこいいよ!じゃあお願いするわ!」
 そして俺と先輩はサークルのあるところまで一緒に歩いていく。
「そのネイビーのスリーピーススーツかっこいいね。新入生ってみんな黒のリクルートスーツじゃん?あれ俺ってどうかと思うんだよね」
「これ母が買ってくれたんですよ!入学式ならきれいにしなきゃ駄目って!ちゃんとこれ来て先輩や可愛い子とセルフィ―撮って来いって!あはは!」
 嘘つきました。母はこんなスーツを買い与えてくれるほどセンスのいい人じゃない。セルフィ―なんかも求めてない。セルフィ―を撮るのは俺の策略故にだ。
「まじか!はは!いいお母さんだな!」
「どうっすか!先輩セルフィ―一枚!」
「いいぞ!いぇーいー!」 
「いぇーい!」 
 俺と先輩はコンビニ袋を持ちながら、肩を組んでスマホで写真を撮る。
「俺にもその写真くれよ」 
「おーっけーっす!」 
 ここでさり気無くアカウントを交換して先輩に今の写真を送る。そして先輩と話しているうちにサークルが陣取っているところまでたどり着いた。
「ここがうちのサークルよ!おーいみんな!紹介したいやつがいるんだけど!!」
 先輩がサークルメンバーを呼び集める。これが俺の狙いだ。思わず口元が緩むのを感じる。この先輩はこの大学最王手のインカレイベサ―のナンバー3だ。こまめな性格であり、面倒見がよく、段取りがうまく、サークル代表の信頼もあつく、メンバーたちからも頼られている縁の下の力持ち。こういう人間からメンバーたちに向けて直接紹介される・・・・・・・新入生というポジション。それが俺の狙いだ。
「あっ、どうも!新入生の{常盤}(ときわ){奏久}(かなひさ)です!かなひさは{奏}(かなで)と{久}(ひさ)しいって書くので、カナデって気安くよんでください!御指導ご鞭撻よろしくお願いいたします!」
 サークルの先輩たちがクスクスと笑っている。だけどそれはとても好意的なものだった。
「御指導ご鞭撻って硬いな!はは!リラックスリラックス!カナデはさっき俺が荷物重そうにしてたらさりげなく助けてくれたんだぞ!いい奴だぜ!よろしくしてやって!」
「へぇいいやつじゃん!」「俺一年の時そんなヨユーなかったわ!」「よく見れば顔もカッコいいね」「でも女ウケより男ウケ系なハリウッド顔?」「何それ…?ソース顔の進化系?」
 みんな口々に俺について話している。いずれもいい反応だった。受け入れられたと見ていいだろう。
「おっと!捕まえちゃって悪かったな!これチラシ!絶対に新歓来いよ!なんかオリエンテーションとか授業とか困ったら俺に連絡してくれ!借りは絶対返す!あはは!」
 なかなかいい人だった。俺はひとしきり歓待を受けた後、あっさりと解放された。顔がつながった。俺の青春を輝かせるための第一歩はこうして成功をおさめたのだった。
 武道館の近くに来た時、隅っこの方で女子たちのキンキンした冷たい声が聞こえた。俺だけじゃなく周りもそれに気づいていた。
「あんたそのカッコなに?いったよね?うち等の高校の名誉を守れって!なんで私服で入学式に来てるの?」
「はぁ?見なさいよ。ちゃんとフォーマル系なんですけど!てか大学の入学式に何着てこうと自由でしょ!バカじゃないの?」
 三人のスーツ姿の女子が一人のちょっと場違いなファッションの女の子を囲んでいた。明るい金髪をフリルのゴテゴテついたリボンでツーサイドアップにしていた。そしてピンクの袖やら襟やらがふりふりなブラウスに黒のネクタイ。膝丈の黒のスカート、厚底靴。ニーハイ。まごうことなき地雷系です。そのうえ目には青のカラコンまでいれていた。化粧もそうだ。顔立ちはすごく綺麗だけど、メンヘラ感半端なく仕上げてる。すごく派手です。
「ざけんな!うちらの高校は名門進学校なんだよ!何なのその恰好!うちの学校がどんな不良校に思われると思ってんのよ!迷惑なのよ」
「はぁ?たかがこの程度で何?毎年60人もこの学校に来てるんだから一人くらいあたしみたいなのがいても良くない?」
「とっとと着替えてきなさいよ!もしくはこのまま帰るとか!」
「いやよ。出るのもめんどくさいけど、帰るのだってめんどくさいの。もういい?行っても」
 その時だ、スーツの女子の一人が手を持ち上げているのが見えた。そして怒りに震える声で。
「あんたってほんと!高校の頃から生意気!!」
 あれはまずい。多分女子がたまにやる相手の胸への突っ張りの準備だ。俺は思わず体が動いてしまった。
「うぐっ!」
「え?」
 地雷系女子の前に立ち、その突っ張りを腹で受け止めた。そこそこ痛い。てか思わず庇ってしまった。計画にない行動。だけどキラキラ青春を送るなら、これくらいはできないといけない。そう思ったんだ。

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# 第3話 大学は自由な世界ですとかいう建前
 突然割って入ってきた俺の事をスーツの女子たちは怪訝な目で睨んでいる。
「ちょっと、あんた大丈夫?」
 地雷系ファッションの女子は心配そうに俺の顔を覗き込んできた。青い瞳と目があった。それはとても綺麗な煌めきだった。だけどずっとそれを見続けてはいられない。
「ああ、大丈夫。それよりも…」
 俺はスーツ女子たちの方に目を向ける。できるだけ厳しい顔になるように心がけながら。
「いくらなんでも手を出すのは駄目なんじゃないかな?君たちの出身高校はそういうのオーケーなの?」
「ぐっ。でもそいつが悪いのよ!女子はみんなスーツで出るのがうちの伝統なのに!そいつがそれを破ったのよ!」
 よくある女子の裏ルールってやつだな。紺のソックスは第二学年以上からしか履けないみたいなのを校則とは別に女子たちの空気が決めるやつ。卒業後もそれが有効なケースは初めて見た。きっと歴史の深い名門でかつ皇都大学に毎年何十人も送り込むような学校なんだろう。俺はそういう進学校出身ではないからよくわからないが、卒業後もそういう学校は学閥的にネットワークがつながるらしいし、さもありなんかな。
「ばかばかしい。卒業しても井戸端会議かよ…」
 うしろにいる地雷女子がそう呟いた。例えが酷いが同感である。
「ツーかあんた何よ!何でそいつ庇うのよ!何様のつもり?!騎士気取りかよ!ダセェんだよ!」
「お前らの方が100倍だせぇんだよ。たかが服装くらいで目くじら立てやがって。回り見てみろ!女子は皆着飾ってるぞ!お前らみたいなリクルートスーツなんて逆に浮くわ!」
 まあ地雷系ファッションの女子の方がもっと浮いてるけど。それは言わないでおく。
「てかありえないんだけど!なんでそんなキモいやつを庇うの?あり得ないんだけど!学校じゃいつもボッチだった不良女助けるとかあんたマジでキモいわ!」
 スーツ女子がイキってくるのすげぇうざい。残り二人もクスクスと笑ってる。
「なるほどね。お前らまだ高校時代のカースト引きずってんのね!おーけーおーけー!わかったわかった!」
 イジメてもいい奴=キモい奴。キモい奴助ける奴=キモい奴。故にスーツ女子共から見ると俺は格下の男ってことになる。バカだなって思う。それが通用するのは教室が自由から隔離するための檻であり、外の世界から守るための柵である中学高校時代の発想だ。大学はもっともっとシビアなのだ。それを教えてやろう。俺は地雷女子の腰に手を当てて引き寄せる。
「きゃっ!ちょっといきなりなに?!」
 地雷女子の耳もとに囁く。
「ぎゃふんと言わせたいだろ?なら俺に身を委ねてろ。いいな?」
「…へぇ…自信あるんだ…いいよ。やってみせてよ、ふふふ」
「じゃあ俺が合図をしたら…」
 俺は地雷女子に指示を出す。地雷女子はそれに笑みを浮かべて頷いてくれた。
「なにこそこそしてんの!そういうところがキモいんだよ!」
「俺はキモくないし、この子もキモくない。ていうかお前らあれだろ?この子に嫉妬してんだろ?」
「んなわけねぇだろ!ざけんな!!」
 スーツ女子たちが激高して顔を真っ赤にしてる。図星だ。この地雷女子、綺麗なだけならカーストトップに行けそうだけど、多分変わり者だから浮てしまったのだろう。それをいいことにこいつらはこの子をターゲットにした。間違いなく動機は嫉妬だろう。綺麗過ぎる顔はそれを見るものに劣等感を抱かせる。だから攻撃して必死に排除しようとするのだ。スーツを着させたいのも、地味な服装で少しでもこの子の美しさを隠してしまいたいからだ。だけどそれこそが武器だ。俺は地雷女子の腰に回していた手の指で彼女の背中を少しなぞる。
「んっ。くすぐったい…」
 少し身を捩ったがすぐに彼女は俺の指示を実行し始める。
「うっ!ぐすっ!うぇえ、ぴえーーーーーーーーーーーーーーーん!」
 地雷系女子は泣き顔を作って俺の胸に抱き着いた。ちゃんとポロポロと涙を流してる。てかそこまでしろとは言ってないんだけど…まあいい。むしろより優位になった。なにせ彼女は泣いていても、とても美しいままだから!
「お前ら最低だな!寄ってたかって一人に暴言をぶつけるなんて!」
 周りに聞こえるように大声で怒鳴り、俺は地雷系女子の頭を優しく撫でる。
「はっ?泣いてるから何?私たちも女なんだけど。女の涙が女に聞くわけないじゃん。ウケるし!」
 それがわかってないんだよな。女の涙は武器だ。その証拠に。
「なになに?けんか?」「なんかかわいい子が泣いてる」「あの子のカレシかな?庇ってんのかっこよくない?」「いじめられてんの?かわいそすぎるし」「あの金髪の子マジで美人だな。なのに泣かすとか…」「ブスの僻みでしょ。ああ、でもマジで可愛いなぁ。でももうイケメンの御手付きかぁ。でもかわいいなぁ」
 周りからひそひそと声が聞こえ始める。そしてどんどん俺たちの周りに人が集まり始めた。皆俺たちに好意的、逆にスーツ女子たちには侮蔑的あるいは敵意のような視線を向けている。スーツ女子たちはいきなりの空気の変化にオロオロと戸惑っている。
「お前たちはここが高校の延長のままだと錯覚してた。お前たちの母校ならこの子は永遠にいじめられっ子のままだろう。お前たちみたいな気の強い女子がオラつくだけで男子たちもきっとお前たちに従うだろう。だけどここは大学なんだよ。大学じゃ剥き出しのルッキズムこそが大正義なんだよ。この子の顔はとても綺麗だ。だからみんながこの子を愛するだろう。お前たちは駄目だ。垢抜けないままで地味に大学の隅っこで生きていくしかない」
 スーツ女子たちは顔を青くしている。うちの大学に入れるんだから馬鹿じゃない。もう理解したのだろう大学のルールを。大学じゃ美人な女子は何処でも引く手数多だ。性格がくそでも、知性なんぞなくても、顔がいいだけで必要とされる。美人でも性格や行動に難がある奴はいじめられる高校や中学とは違うのだ。大学の女子社会は外見こそがすべてなのだ。思うところはあるが、それが掟なのだ。
「いますぐに俺たちの目の前から消えろ。これは警告だ。ここで皆にお前たちの顔が覚えられると厄介だぞ。新歓には出禁になるだろうし、何処のサークルもお前たちを入れてくれなくなる。だからみんながお前たちの顔を覚える前に消えろ。賢さが残ってるなら消えろ」
「「「ひっ…」」」
 スーツ女子たちはすぐに俺たちの目の前から姿を消した。きっと入学式にも出ずに家に帰るのだろう。それがいい。今ここに残ってもきっといいことはないのだから。そして俺も地雷系女子を抱えたまま、その場を後にした。
 人混みから離れた俺と地雷系女子は木陰で一息ついていた。
「あんたやるわね。驚いちゃった。あたしを驚かせるなんて大したもんよ。ありがとう、とても楽しかったわ!ふふふ」
 地雷系女子は朗らかに笑みを浮かべる。感謝されたのは嬉しい。だけど俺の心はピコンピコンと警戒音を鳴らしていたのだ。
「そうっすか。じゃあ俺はこれで失礼するね」
 そう言って会釈してから、彼女の前から去ろうとする。しかしすぐにスーツの袖を掴まれてしまった。
「ちょっと!なんでいなくなろうとするの?こういうときは、助けた恩を押し売りしながら、連絡先を奪ったり、デートの約束を強制したり、ラブホに連れ込もうとするもんじゃないの?あたしみたいな美少女とは二度と出会えないわよ?」
 お前が普通の女子ならデートの約束くらいは取りつけようとしたと思う。だけどどう考えてもこの女、変な奴だ。俺はキラキラ青春を送り、幸せな結婚をするために生きることにしたのだ。さっきもこいつメッチャ楽しんでたしね、こんなメンヘラ臭がするヤバそうな女は嫌です。外見だけなら嫁と同格だろうけど、中身が得体のしれない女は駄目です。関わり合いたくない。
「大学生なんだから自分のことを美少女っていうのやめろよ。もう大人なんだよ、少女じゃないの」
「はぁ?あたしまだ処女だけど?」
「どんな聞き間違いだよ!?そんなこと言ってねぇし聞いてねぇよ!」
「てかあんたあたしに興味ないの?下心があるから助けるんでしょ?漫画やラノベで男心はそうだって知ってるんだけど」
「学ぶ資料が間違ってる!そんなんで男心を学ぶな!さっきのは反射的に体が動いただけ」
「へぇ。つまりあなたはあたしに興味がない。つまりB専なのね。ごめんなさいね。あたしはあんたの欲望を満たしてあげられないわ…憐れんであげる、ふふ」
「B専じゃないつーの。やっぱり変な奴だぁ!」
 徹頭徹尾自己中なのがすごい。むしろこいついじめられて当然なのでは?助けたの間違ってたかな?
「ねぇB専。そろそろ式が始まるし、一緒に行きましょう」
「いや、俺はひとりでいいし」
「あんた、あたしを助けたくせに最後まで面倒を見ない気?あたしを今ここで一人にしたら、「さっきは泣かされてたね、可哀そうだね!話聞くよ!」って{輩}(やから)が集まって来るわよ。そして気がついたらあたしはラブホに…。大学に入ったと思ったら、男があたしの中に入ってくるなんて!」
「ははっ!想像が豊か過ぎるね。しかも下ネタがえげつない!」
「正義の味方なら最後まで女の面倒を見るべきよ!さあ!あたしを入学式にエスコートしなさい!あと偉い人たちがスピーチしてると退屈だから隣で面白い話もして!退屈はきらい!」
「…断るってのは?」
「断ったら思い切り泣いて、あんたを正義の刃でずたずたにする」
「女の子ってズルい!わかったわかった。入学式は一緒に出るよ」
「そう!よろしくね。あたしは{綾城}(あやしろ){姫和}(ヒメーナ)。微妙な距離感を感じたいなら綾城さんと、媚びてワンチャン狙いならヒメちゃんと呼びなさい」
 めの音で伸びてるように聞こえたけど気のせい?まあ下の名前で呼ぶことはないだろう。どうせ今日だけの付き合いだ。
「それワンチャン絶対ないよね。綾城って呼ばせてもらうよ。俺は常盤奏久。お好きにどうぞ」
「わかったわ。B専インポかなちゃん」
「おいざけんな!インポじゃねぇし!あとかなちゃんもやめろ!!」
 インポはマジでやめて欲しい。一周目のとき俺は嫁の浮気のせいでインポになった。あれはマジで辛かった。勃起薬を飲まなきゃいけないという苦しみは筆舌に尽くしがたいものがある。二週目のこの世界で若返ったら治ってくれてまじでよかった。
「さあ行くわよ、常盤。遅刻はさけないとね!ふふふ」
 俺の抗議をスルーして、ご機嫌そうな笑みを浮かべて綾城は歩き出した。
「しょうがないやつだなぁもう」
 俺も綾城の隣を歩き、入学式の会場へと俺たちは入ったのだった。

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# 第4話 それは初めての再会
 入学式はどうしてこう退屈なのだろうか?学長をはじめとするおっさんたちのつまらない話。ゲストのつまんねー話。
「本当つまらないわね。受験戦争を勝ち抜いた先にこんな光景が広がってるなんて悲しいわね」
「それな。うちって国立大学じゃん?ここの会場費用だって元をたどれば多分税金だぜ。返してほしい」
 お隣に座る綾城も退屈そうにしている。俺たちはさっきから適当なお喋りばかりしていた。綾城は頭の回転が速く皮肉やだったから話していてなかなか楽しかった。だがそれも長くは続かなかった。
「次に新入生代表、葉桐宙翔さんの入学スピーチです」
 台座の上に1人の男子生徒が立った。顔はいいし、ガタイも良いけど、自信に満ち溢れた表情にはどことなく尊大な印象を覚える。
「なにあいつ?偉そう。あいつが今年の入試首席?あんなのに負けたのかあたしの成績。もっとちゃんと勉強しとけばよかったわ」
 綾城は葉桐の事をどことなく嫌そうな顔で見ていた。綾城も自信家っぽい所がありそうだし、相性が悪そうだ。
『今日この日をこの場所で過ごせることは私の人生にとって大きな誇りであります。この場所には今、将来の日本、ひいては世界をリードしうる可能性に満ちた若者たちが集まっているのです。その幸運を…』
 どうでもいいお綺麗な言葉の羅列。建前のパレード。謙遜に見せかけた自慢。そんな空疎な言葉に満ちたスピーチだったが、会場のウケはよかった。葉桐にはカリスマのようなものがあったのだ。
「あらあら。将来は政治家にでもなれそうなお口の上手さね。でもなんか情熱が足りない感じがするわ。空っぽな虚栄心みたいな香ばしさ」
「…なかなか人を見る目があるね」
「ん?そう?あたしの人物評あたってるの?てかあいつのこと知ってるの?」
「…顔を合わせたことはある。向こうは知らないだろうけどね」
「そうなの。ふーん」
 綾城は俺をどこか怪訝そうな目で見ているが、それ以上は踏み込んでこなかった。意外に気を使える子のようだ。地雷系なのは見た目だけなのかもしれない。こういう時女性経験が嫁しかない俺には女の良し悪しを見抜く目がないのがとても惜しい。そう思った。
 入学式が終わって会場の外に出ると再び新歓の呼び込みが盛り上がっているのが見えた。騒めく人々の間を俺たちはゆっくり歩いていく。
「あんた何処のサークル入るの?」
「テニサーとイベサーとか意識高い系、それに趣味として美術サークルだな」
「一杯やる気なのは欲張りね。でもいいんじゃない。ヤリサーに行きたいとか言い出さないだけましよね」
「んなとこ行きたくないよ。薄汚すぎる。もっとときめきとか煌めきとかそういうのを大事にしたいね。そういう綾城は?」
「あたしはそうね。ファッション研究とか、女子女子した趣味の所に行きたいわ。それと社会問題とかを扱う真面目系なやつとか。あとはテニスも興味あるけど、夜のダブルスばかりに誘われそうなイメージしかないからパスかしら?」
「お前はすぐに下ネタに走るね!困るからやめて!テニサーも出会い系みたいのから、趣味として楽しむやつまであるからゆっくり見ればいいさ」
「まあそうね。時間はあるしね。ところでさっきからすごく見られてる気がするんだけど、気のせい?」
 言われてみるとなんか俺たちの方を見ている人たちが多い。どことなくひそひそと話しているような感じ。だけど悪意や見下すような感じじゃない。むしろ好奇みたいな?
「お前のメンヘラっぽい恰好の所為じゃない?まあ可愛いけどねTPOにはあってない」
「お褒め頂いてありがとう。でも見られてるのあたしじゃなさそうよ。みんなどことなく憧れ感ある視線だもの。人があたしを見るときは嫉妬かパンダを見るような目だもの」
「パンダと嫉妬は両立するのか…?でもそうだな俺の事見てるな?なんで?」
「もしかして…あっやっぱり」
 綾城はスマホで何かを検索して、その結果を俺に見せてきた。SNSの画面だ。そこにはさっき俺が撮った先輩と映ったセルフィ―が載っていた。
皇都大学新聞
新入生特集第一弾
常盤奏久くん!
新入生と先輩の仲良しな自撮りです!
このハリウッド顔の一年生くんは先輩のことをさり気無く気取りなくかっこよく颯爽と助けちゃったんだって!
将来のミスター皇都大学候補?!
ハリウッド顔ってなんだよ…?
「あなた速攻有名人になったのね。やるわね」
「うーん。プチバズするなんて思わなかった。ちょっと照れるな。へへへ」
 セルフィ―は後で同級生相手に俺ってもう先輩と仲良しなんだぜマウント取るために用意してたものだったんだけど。こういう方向にバズるとは。ていうかあの先輩俺のことをまじで気に入ってくれたみたいだな。
「ねぇねぇ。ちょっといいかしら?」
「なに?」 
「さっきみたいに腰に手を回してちょうだい」
「え?なんで?」
「いいからやりなさいな」
 綾城さんったら俺の返事も聞かずに、こっちに身を寄せてきた。仕方がないので言われた通りに腰に手を回す。すると綾城は自撮り棒を伸ばして、俺たちをスマホで撮った。そして撮れた写真を見せてくる。
「見て見ていい感じじゃない?これ使っていいでしょ?雰囲気しかイケメンになれないバカ共が口説いて来たらこれ見せつけるの!絶対いいお守りになるわ!ふふふ」
 綾城さんなんか楽しそう。それに水を差すのは無粋だと思った。
「そりゃよかった」
「そうでしょ。ふふふ。あたし、この男のセフレなのって言えば皆きっと青い顔して屈辱に震えてくれるわよね。ふふ」
「やめて!俺のイメージが地に落ちる!ただのフレンドにしておいてよそこは!」
「えーどうしようかなぁ?んー?」
 メッチャ俺の事を煽ってくる綾城は年相応に可愛らしいものだった。こういうじゃれ合いははじめてで、とても胸が温まって素敵な気持ちになった。だけどそれは長く続かなかった。
「すみません。ちょっといいですか?」
 どことなく体の芯まで響くような甘い声が後ろから聞こえてきた。反射的に体がブルッと震えるのを感じた。振り向くとそこに1人の女がいた。煌びやかな桜柄の振袖袴を着ているとても美しい女。心臓が嫌な音をたてはじめる。
「あんたなに?あたしたちおしゃべりしてるんだけど?」
 綾城は口を尖らせて、不機嫌な声を上げる。振袖袴の女はその態度にちょっと困っているようだった。
「うん、ごめんなさい。でもちょっとそっちの男の子に声をかけたくて」
 女が俺の方に目を向けた。やはりとても綺麗な顔だった。灰を烟ぶったような不思議な茶髪に同系色の瞳。その色がこの女に幽玄というか儚さというかそういった神秘的な美貌を与えている。相も変わらず・・・・・・美しすぎた。
「え?逆ナン?プチバズすごいわね。こんな美人も釣れるなんて。現代社会ってどうかしてる」
「え?いや、逆ナンとかじゃないよ。お、おほん!えーっとね。常盤奏久くん。これから一年生だけで交流のお食事会をするんだ。どうかな?今日は新歓もないし、学部とか学科とか関係なく横のつながりを作っていこうっていう趣旨なんだけども…」
 よく見たらこの女がやってきた方向に美男美女の新入生集団がいた。彼らの距離感を見るとお互いに初めての顔合わせのようだ。だけどどことなく誇らしそうにしている。多分誰かが今さっき纏め上げた集団だろう。美男美女ばかり集めたスペシャルチームで周りから羨望の目を集めてる。俺はそのチームに誘われたわけだ。ある意味光栄な話だ。
 その集団の中にあの『葉桐宙翔』さえいなければ…!
 俺は思わず奥歯を強く噛み締める。じゃないと体が反射的に動いてとんでもないことをしでかしかねない確信があった。そして目の前の女は続ける。
「駄目かなぁ?たしかにいきなり誘われたら戸惑う気持ちもわかるよ。けどこの会を纏めてる{宙翔}(ヒロト)は面倒見がいいからちゃんと馴染めるよ!」
 そう。目の前の女は葉桐宙翔のことをしたの名前で呼ぶ。この時期の彼と彼女はいわゆる幼馴染という奴だった。家は隣同士、両親同士も仲が良く、まるで兄妹のように育ったそうだ。小中高と同じ空間と時間を過ごしたかけがえのない絆が二人にはあった。このまま放っておけば、GWが過ぎた後に二人は恋人同士になる。誰もが羨む理想のカップル。いまはまだ友達同士。
「それはわかったけど、あんたは誰?お誘いするならちゃんと名乗ったらどう?」
「あっ!いけない!そうだったね!私の名前は…」
 言わなくてもいいんだ。だってよく知ってるから。聞きたくない。忘れられないことを思い出してしまうから。考えないようにしていた。彼女もまたうちの大学に通っていることを。
「{五十嵐}(いがらし){理織世}(りりせ)」
 女は優し気な笑みを浮かべてそう言った。その笑顔を俺はかつて短い間だったけど独占していたんだ。だってこの女は一周目の世界で俺の『嫁』だった女なのだから。
「へぇそう。よろしくね。あたしは{綾城}(あやしろ){姫和}(ヒメーナ)」
「ヒメーナ?ヒメちゃんって呼んでもいい?」
「嫌よ。あたしのことはヒメーナさまと呼びなさい」
「なんかすごく偉そうだよこの子!お人形さんみたいにかわいいのにすごく尊大すぎる!!」
 綾城のペースに巻き込まれていく嫁は相変わらず朗らかに笑っていた。この頃の彼女の事を俺はよく知らない。遠くから見ているだけだったから。俺と嫁が付き合いだしたのは大学を卒業してしばらくたってからだった。だからどことなく知らない女のように見える。
「なんだなんだ。理織世。手こずってるのかい?手を貸そうか?」
「あっ宙翔!いやぁあはは。なんか振り回されちゃってね。大学ってやっぱりすごいとこだね。変わった人ばっかり!うふふ」
 嫁は舌をペロッと出して御茶目に笑う。俺はそんな顔を知らない。大人な嫁しか俺は知らないんだ。でもそんな嫁の事を知っている奴が今、目の前にいる。
「やあはじめまして。僕は…」
「自己紹介なんかいいわ別に。さっき偉そうに壇上から囀ってたでしょ?」
 綾城はどことなく怪訝そうな目を葉桐に向けている。その眼圧に葉桐は少し戸惑っていた。
「囀る…?アハハ…君は変わりものなんだね。アハハ…」
「でしょ!だから私もすっかり飲まれちゃって!」
「誰とでも仲良くなれる理織世が戸惑うのもわかったよ。で、どうかな?君たち。おれたちと一緒にちょっとしたパーティーをしようよ」
 爽やかに笑う葉桐の笑みは確かに魅力的に見える。周囲の女性たちの中には葉桐に憧れのような目を向けるものが沢山いた。いいね。とってもとっても羨ましいね。この笑みでこいつは!この{間男}(まおとこ)は、俺の大事な物を奪って壊したのだ!
「もう会場はとってあるんだ。綺麗なところでね、御飯も美味しいんだよ。きっと楽しんでくれるはずだよ!来てくれるよね?」
 こうして俺は最も憎い男と、最も愛していた女と再会してしまったのだ。

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# 第5話 陰キャは陽キャの群れを許さない
 何とも間の抜けた話だ。大学デビューにかまけて嫁と間男のことをすっかり思考の外に置いてしまっていた。出会ってしまった時にどうすればいいのかを考えていなかった。
「なあ君たちの学科はどこだい?」
 目の前に立つ間男こと葉桐は笑みを浮かべてそう尋ねてきた。
「あたしは法学部法曹養成学科」
 驚いた。綾城は文系のトップ学科の所属らしい。でも皮肉屋で頭が回るこの子には似合っているようにも思える。
「へぇすごいね。将来はウチの大学でもエリート中のエリートなんだね。なら横のつながりって大事だと思わない?今のうちに作っておけばきっと将来の大きな財産になるよ」
「そうね。それは否定できなさそうね」
「そうそう。僕も医学部医学科だけど、これからの時代は専門だけじゃなくて学部学科を横断的に網羅する必要があると思うんだ。そのためのパーティーだ」
 ナチュラルに学部マウントかましてくる葉桐にイラつく。この男は国内最難関最高偏差値の皇都大学の医学部に首席で入った化け物だ。受験エリートの頂点。皇都大学じゃセンターの点数と本試の点数、それに学部学科で微妙なマウントを在学生同士で取り合うのが日常的に見られる。そういうところが本当に鼻につく。でも嫁が浮気しても無理からぬことだと思う。俺の仕事と医者なら多くの女は医者を選ぶだろう。
「あらそう。将来はお医者様ですか。お偉いこと。そう言えば常盤は何処の学部なの?」
 そう言えば話してなかった。というかそれをこの男の前で口にするのが嫌だった。絶対に医学部医学科には序列としては勝てないのだから。それを綾城の前で言うのも、嫁の前で言うのも嫌だった。俺は一つ溜息をついて。
「工学部建築学科だよ」
 さらに付け加えると俺は一浪してる。現役時代に美大に入ろうとして落ちて、自分の芸術センスに見切りをつけたからこそ建築学科に進んだ。だから言いたくなかった。ストレートで医学部に入るような奴と比較すると惨めだ。
「え?うそ!すごい偶然だね!私も建築学科だよ!」
 落ち込む俺に対して、嫁が嬉しそうな声でそう言った。
「…あっ…そう…なんだ…」
 またしても痛恨のミスだ。忘れてた。一周目の在学中は全くと言っていいほど嫁と絡みがなかったから意識してなかった。嫁も同じ学科なのだ。
「へ、へえ。君は{理織世}(りりせ)と同じ学科なんだね。はは。僕の幼馴染はちょっとポンコツだからサポートしてあげてくれ。あはは」
 心なしか葉桐は落ち着きがなさそうに見える。一周目の時、浮気がバレた後この男は嫉妬を剥き出しにして俺に詰め寄ってきた。その時の空気感に似てる。
「幼馴染?リアルで聞いたの初めてね。ってことはあなたたちは付き合ってるの?」
 綾城が興味あり気に尋ねる。…聞きたくねぇ…。個人的にはとても耳を塞ぎたい話だ。
「えー別にそんなんじゃないって。でも宙翔の事はかけがえのない人だって思ってるよ。ふふふ」
 嫁は朗らかに笑ってそう答える。
「ああ、僕らはお互いに強い絆で結ばれてるって信じてるよ。あはは」
 葉桐も爽やかに笑って言う。2人はどことなくいい雰囲気で穏やかに見つめ合う。かけがえのない人。積み上げた強い絆。結婚以上に優先される関係性。それってもうね?ん、理不尽かなって。俺最初から勝ち目なかったんじゃん。
「そうなの。ふーん。つまりあれね。傷つかないためのキープ、都合のいい男って奴なのね。あたしも欲しくなってきたわ、幼馴染。憧れるぅ」
 場の空気が凍った。葉桐は口を一文字に引き結んでいる。嫁は引き笑いのまま止まっている。
「いやいやいや!ちょっと待って!何でそんな風に言うの?!宙翔は都合のいい男なんかじゃないよ!」
 嫁は綾城に唇を尖らせて必死に抗議する。だけど綾城はどこ吹く風だ。
「そう?でもあなたたち体の関係もないんでしょ?なのに男女が一緒にいる?無理でしょ。絶対に無理。体を交えてさえ一緒にいられないことがあるのに、ましてやセックスもなしにお互いを繫ぎ止められるの?あたしには疑問ね」
「そんなことないよ!男女だって友情は存在するよ!」
「そうね。するかもね。つまりあなたにとって友情を上回らない魅力しかその男にはないし、その男相手に発情することを止められないくらい強く思ってるわけでもない。本当に強い絆を産み出すのはなりふり構わない愛じゃない?あたしはそう思う。それはエゴイスティックに相手を求める強い情動以外にはないのよ。例えば恋とか性欲とかね。あなたたちは良好な関係ではあってもそれは互いを激しく求めあうものではないのよ。異性同士の友情とは求めあう価値のないものたちの慰めでしかないわ。そんなつまらない感情は都合のいいものでしかないでしょ?違う?激しく求めあうなら互いに都合は悪いもの」
 なんか一理も二里もありそうな含蓄のあるトークが綾城の口から出てきた。嫁は額に手を当てて考え込んでいる。
「うっ…え…でも私たちはずっと一緒で仲良くやってきてて」
「あたしの屁理屈で惑う程度の関係ならそんなもんでしょ」
 ぴしゃりと綾城は吐き捨てる。まだこいつとは短い付き合いでしかないが、さっきのじゃれ合いを邪魔されたことに怒ってくれているようだ。それは俺の胸を確かに温めてくれるものだった。
「それ以上の侮辱はやめてくれ」
 葉桐が嫁を庇う様に前に立つ。
「綾城さん、君の事もパーティーに誘うつもりだったけど駄目だ。僕は理織世を守るって決めてるんだ。君のような意地悪な人は誘いたくない」
「そう。別に頼んでないのだけどね。勝手に誘って勝手にやめて。忙しい人ね」
 そう言って綾城はそっぽを向いた。だけど口元には笑みが張り付いてる。
「常盤君。余計なお世話かもしれないけど、そういう子と仲良くするのはやめた方がいい。他人を訳もなく傷つけるような人はクズだよ。仲良くする価値はない」
 お前がそれを言うのか?俺から嫁を奪ったくせに?俺は一生分以上の傷を負って人生さえ失ったのに?
「常盤君。その子は放っておいて、僕たちのパーティーに参加しなよ。大切な幼馴染が通う学科の人とは話しておきたいし、君の為にもなる」
「あの後ろの連中がか?」
 俺は葉桐の後ろの方にいる美男美女共に目を向ける。実にイケてる集団だ。各学科から選りすぐったまさしく陽キャの王国民。目の前の間男君がその王国の王様なんだろう。嫁はさながら女王様かな?
「そうだよ。各学科から光る人材を見つけて声をかけたんだ。みんな僕の考えに賛同してくれた。お互いに助け合って高め合う素敵な仲間たちだよ。特別な人たちだ」
 そうか三つ子の魂百とはこのことか。間男は浮気バレした時に俺の事をひたすらこんな調子で責め続けた。曰く釣り合ってないだの。曰く自分は特別なんだと。曰くお前のような『下』とは違うのだと。
「俺にはお前が言っていることがひとつも響かねぇ。何一つ賛同できない。まず第一に綾城はクズじゃない。変人だがおもしれー女だ。仲良くする価値しかない」
「あら?庇ってくれるの?」
 俺は綾城に笑みだけ向ける。だけどそれだけで多分綾城には俺の気持ちは伝わったと思う。彼女は優し気に笑って頷いてくれた。
「そして第二にだ。俺は大学デビュー系元陰キャなんだよ。だからああいうキラキラチャラチャラした連中が大嫌いだ。俺以外のリア充など視界にいれたくない」
 一周目の世界。嫁と出会うまで俺の世界は色がなかった。俺は顔もいいし、頭の出来も良かったが、致命的に性格が悪かった。周りとうまく馴染めない。だからいつもキラキラしている人たちが羨ましくて仕方がなかった。全部壊れればいいって思ってた。だけど嫁と付き合って結婚して世界はすごく素敵な場所なんだと知った。他の人々の幸せを憎むことせずに済むようになった。
「そして第三にだ。そもそもあいつら顔以外に何の素養もないだろ。違うか?」
 俺は確信があった。葉桐はおそらく純粋に見栄えだけを重視して選んでおり、その中でも頭のいい奴は恐らく『仲間』に入れてないと。
「…そんなことはないよ。彼らには光る才能がある。むしろ才能がある人を集めたらたまたま顔が良かっただけなんだよ」
「じゃあ誰か連れてきてその才能を証明してくれないか?」
 葉桐の顔が能面のように冷たくなった。俺を静かに睨んでる。あの美男美女どもはこの男が忠実な家臣にするために集めた駒だ。見栄えのいい臣下はその上にたつ王様を輝かせてくれる。むしろ才能は邪魔だ。王様のことを玉座から蹴落としかねないのだから。
「彼らの事を疑うなんて君は酷いやつだな!人助けを率先してやるようないい人だと思ったのに!残念だよ!君を誘うのはやめておこう。君は僕達の仲間には相応しくない」
 逆切れされた。つまり図星だ。あいつらは顔だけがいい木偶の坊だ。そんな奴の仲間になんか死んでもならない。それは俺の青春をドブに捨てるのと同じ愚行でしかないのだ。
「ねぇ宙翔」
 俺と葉桐が睨み合う中で嫁が声を出した。
「なんだい理織世?」
「常盤君が言ってることは本当なの?あの人たちは一年の中でも才能があるすごい人たちだから交流するんだって言ってたよね?」
 俯く嫁はどこか哀し気にそう言った。
 
「そうだよ。僕が嘘なんてついたことあるかい?」
「…そうだよね。うん。宙翔は嘘をつかないよね。…でも」
 嫁は顔を上げて俺の事を見詰めてきた。灰が烟るような茶色の瞳がとても美しく、そして優しげに見えた。
「理織世?どうかしたのか?」
「ううん。なんでもないよ。もう行こう。2人とも喧嘩は駄目だよ。もうやめよう。宙翔、みんなのところに戻ろ。そろそろお店の時間でしょ?」
「ああ、そうだね。もう行こうか。この人たちと付き合うのは時間の無駄だ」
 葉桐は俺たちに背を向けてお仲間たちの方へ戻っていった。
「…ごめんね、常盤君。次はちゃんとお話ししようね」
 嫁は悲しそうに微笑んでから、葉桐の方へと向かっていった。そして彼らはゾロゾロとお食事会とやらをするためここから離れていった。
「綾城。これから暇?」
 緊張がどっと抜けて自然とその言葉が出てきた。
「夜までだったら暇よ。夜は父とお食事なの」
「じゃあそれまで俺と遊びに行かね?」
「あら!いいわね!どこ行くの?」
「さあね。その場のノリとテンション次第かな。あはは」
「まあ計画性のないことね、面白そう。うふふ」
 俺たちは笑いながら入学式会場を後にした。その日は夜まで大いに遊んだ。それはきっとキラキラした青春だったと胸を張って言えるものだったのだ。

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README.md

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# LN27 # 嫁に浮気されたら、大学時代に戻ってきました!結婚生活経験を生かしてモテモテのキラキラ青春です!なのに若いころの嫁に何故か懐かれてしまいました!
作者:園業公起
WEB https://kakuyomu.jp/works/16816927862810785877
## 人物
### {常盤}(ときわ){奏久}(かなひさ)
### {綾城}(あやしろ){姫和}(ヒメーナ)
### 葉桐{宙翔}(ヒロト)
### {五十嵐}(いがらし){理織世}(りりせ)
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