Browse Source

Source content.

ja
pcnick 2 years ago
parent
commit
b9e966997b
  1. 284
      011.md
  2. 288
      012.md
  3. 261
      013.md
  4. 271
      014.md
  5. 217
      015.md

284
011.md

@ -0,0 +1,284 @@
第11話 陽キャによるお持ち帰りは断固として認めない
 俺は鏡に映る紅葉さんの瞳を指でなぞる。
「俺は君の事を綺麗で可愛い女の子だと思うよ。ほら。こんなに綺麗な目をしてる」
 これは偽りない言葉だった。彼女はすっぴんなのにすごく美人だった。彼女の話を聞いている時にふっと思ったのだ。たぶん数学ができるからいじめられているのではなく、この子の才能か、あるいは美貌を妬んでいるのではないだろうかと思ったのだ。この子は性格が暗く弱い。ブスだと刷り込みをかけるのは男子のいない女子校なら多分出来なくないだろう。ブスだブスだと毎日暴言を浴びせれば人は自分の顔に自信を持てなくなっても仕方がない。ましてや高校のような閉鎖空間ならそうもなる。
「…うそですよ…綺麗じゃない…」
 彼女にかけられた呪いはきっと深い。寄ってたかって汚い言葉で自信を奪われてしまった。
「綺麗な女は誰だって好きだ。俺も好きだ。君は綺麗だよ。だから綺麗なキミを手に入れたがった。さっきの奴もそう。そして俺がキミに嘘をつくとしたら、綺麗な君を手に入れようとするときだけだよ。さて今の言葉嘘かな?本当かな?」
 クレタ人は嘘つき。とクレタ人が言った時、その言葉は嘘か本当か?という論理学のお話がある。それっぽい屁理屈を作って、俺はこの子に問いかけてみる。数学科のこの子にはうってつけの言葉だと思う。
「…あれ?男の人が欲しい女は綺麗な人。でも手に入れるために嘘をつくってカナタさんは言いました。綺麗なわたしは嘘で、でも手に入れたいってことは本当だからわたしは綺麗で?あれ?あれ?」
 そしてしばらく彼女は鏡を見詰めながら思考の海に浸かっていた。そして微笑しはじめる。
「もうおかしいなぁ。論理がめちゃくちゃですよ。あはは。でもおかしいんです。あなたが嘘つきでもいいって思いました。それを信じてみたいって思いました。カナタさん。わたしは綺麗で可愛い女ですか?」
「うん。君は綺麗でとても可愛い」
「…ありがとうカナタさん。ありがとうございます」
 
 彼女の笑顔はとても美しいものだった。
 その後はぽつぽつと普通のお喋りが出来た。彼女は本当は数学が好きらしい。将来は研究者になりたいと語った。それから意外なのかそうでもないのか、アニメや漫画やラノベが好きらしい。どちらかというと男性向け作品のほうが好きで、それも悩みの一つだったそうだ。そしてさらに創作もやっていた。
「小説サイトに恋愛系をアップしてるんですよ。カナタさん。今日合ったことをネタにしてもいいですか?」
「うん?まあ個人を特定できない範囲ならかまわないよ」
「はい。大丈夫です。名前はタナカさんとかにします」
 彼女は可愛らしくどこか小悪魔みたいに笑ってそう言った。
「それひっくり返しただけじゃね?まあいいか」
「出来たらPVに貢献してくださいね。ふふふ」
 なかなか普通に楽しいお喋りが出来たと思う。だけど結構長く喋っていたので、トイレに行きたくなってしまった。飲み会は尿意との戦いだと個人的には思ってる。
「ごめんちょっとトイレ行ってくるね」
「あっ…戻ってきてくれますよね?」
 紅葉さんはどこか不安げに俺に見詰めていた。
「大丈夫だよ。すぐ戻ってくるよ」
 そしてトイレに行って帰ってくると。彼女はいなくなっていたのだった。彼女もトイレかと思った。だけど途中すれ違ったりしなかったし、女子トイレの前に出来がちな行列にも彼女は並んでいなかった。トイレには行ってない。ひどく嫌な予感がして、宴会場を見回す。雰囲気チャラ男がいなくなっていた。すぐにお座敷から出て靴を履き、店員に声をかける。
「なあチャラそうな男と、胸のデカい眼鏡の女の子が外に出てませんか?!」
「ええ、はい。ついさきほど出ていかれましたよ」
 紅葉は強引に迫られた時に断る力が弱い。だから俺が目を離したすきに、チャラ男の野郎は外に連れ出したのだろう。
「くそ!!あの野郎!!わからせが足りなかったか!!」
 俺はすぐに店を飛び出す。そしてスマホで近くのラブホを検索する。下北駅周辺にはいくつかラブホがあった。このいずれかに紅葉は連れていかれたはずだ。
「くそ、どれだ、どれだ!何処に行く?!考えろ!考えるんだ!」
 あの雰囲気チャラ男は間違いなく大学デビュー系だ。女を口説くのに洗練がない。おそらく、いや、確実に童貞。自分が童貞だったころを思い出す。嫁を初めて抱いたのはラブホだった。当時の嫁は男に告白されれば、キモいやつでもない限りは基本オーケーな受け身な女だった。同時に気分屋的な思考が強くて、いつフラれるのかよくわからなくて怖かった。だから当時の俺はかなり焦っていた。すぐにでも関係を結びたくて嫁の気分が変わらないうちにラブホに行く方法を考えて実行した。
「まず飲んでいる店から近いところを選ぶ。外装はぱっと見ラブホに見えないようなところを選び下心を隠す。そして同時に可能な限り、内装が凝った可愛らしい部屋を選ぶ。…条件に当てはまるのは…!一つだけ!!」
 ここから歩いて五分ほど、劇場近くのラブホが条件に当てはまった。俺はそこへ向かって走る。そして今にもラブホに入りそうな二人の姿を捉えた。俯く紅葉さんの顔は悲し気に歪んでいた。
「てめぇ!今すぐにそこで止まれおらぁ!!」
 2人は俺の存在に気がついた。雰囲気チャラ男は怒り狂って睨む。
「あ?!お前はさっきのくそ野郎か!この嘘つき野郎!上級生のふりして楪ちゃんを俺から奪いやがったな!卑怯もんめ!!」
 どうやらはったりがバレてしまったらしい。まああの会場にいればいずれはバレていたことだ。
「騙されるテメェが悪いんだよ!つーか!何の同意もないのにラブホに連れ込もうとしてんじゃねぇよ!!」
「はあ?!楪ちゃんは嫌って言ってないし!俺はここに行くってちゃんと言ったぞ!な、楪ちゃんそうだろ?」
 チャラ男は楪に同意を求める。楪は顔を引きつらせて動けずにいる。
「お前の戯言なんて誰も聞いてねぇんだよ!紅葉!言え!ちゃんと言え!じゃなきゃお前はいつまでもこのままだぞ!!誰かに流されて押さえつけられて自分を見失うままだぞ!いいのか!?それでいいのか!?」
 紅葉さんは顔を上げた。今にも泣きそうな顔で俺を見て体を震わせる。
「…で、でも…わたし…わたしなんか…」 
 自信がないのはわかってるだけどここで勇気を振り絞らないと前には進めない。
「楪!俺は本当のお前と話して楽しかった!だから聞かせてくれ!どう思ってる!何がしたい!何がしたくない!言え!!聞かせてくれ!!!」
 俺は楪に向かってそう叫ぶ。届いて欲しい。届いてくれ。そう祈って。そして。
「…わ…たし…わたしは!いや!いやです!あなたはいや!いやなの!!!」
 楪はチャラ男の手を解いて俺の腕に掴まってきた。
「いやです!いやです!いやいやいやいや!あなたなんていや!わたしに触らないで!!大嫌い!!」
 楪はチャラ男に向かってそう叫んだ。やっとだやっと声を上げてくれた。
「なっここまで来たくせに!お前は!!」
 チャラ男は楪に手を伸ばす。だけどそうはさせない。女の子が勇気を出したのだ。ならばその勇気を守るのが男の仕事だ!
「ふん!せいや!!」
 俺は男の腕を掴みそのまま捻って関節技を決める。
「いだだだだ!!」
「このまま力入れてへし折ってもいいぞ!」
「放せ!放してくれ!痛い痛い!!」
「誓え!楪には二度と近づくな!!」
「誓う誓う!絶対に近づかない!!」
「他の女にも同じことは絶対にやるな!!次はこんなもんじゃ済まさない!」
「わかった!わかったから!やめるから!もうこんなことやめる!おれには向いてなかった!頼むやめて!いたい!いたいんだ!」
 どうやら本気で言っているようだ。俺は関節技を解いてやった。そしてチャラ男の胸をどついて。
「今すぐに消えろ!!おれたちの前に二度と姿を見せるな!!」
「ひぃ!」
 チャラ男は一目散に走って逃げて行った。何とかなった。俺はふぅと息を吐いた。
「ふぅ。なんとかなったぁ」
「ごめんさない!ありがとうありがとうカナタさん!ありがとう!うぇうぇええええええええええええええええ!!」
 楪は俺の胸に抱き着いてワンワンと泣き出してしまった。まいったなぁ。女のあやし方なんて俺にはわからない。取り合えず彼女の頭を撫でながら、俺は彼女を連れてラブホの前から離れたのだった。

288
012.md

@ -0,0 +1,288 @@
第12話 頼りになる女友達
 商店街に置いてあったベンチに俺と楪は座り、彼女が泣き止むのを待つ。その間に俺は綾城に電話をかけた。
『なにかしら?というかいまどこにいるの?新歓もうすぐ終わるわよ。あんたあたしをエスコートするって約束したわよね?』
 電話に出た綾城は、どことなく不機嫌そうに聞こえた。結果的には新歓に最後まで付き合いきれなかったのは申し訳なく思う。
「ちょっと一言じゃ説明しずらいんだ。新歓終わったらちょっと商店街の端に来てくれないか?助けて欲しいんだよ」
「助け?あなたがあたしに?」
「うん。綾城、お前しか頼れない。助けてくれ」
 楪はすんすんと泣いている。だけど結果的にこの子を泣かしたのは男の仕業なのだ。出来れば女性に傍にいて欲しかった。
「あらあら!そうなのそうなのね!いいわ。新歓が終わったら行く。ちょっとの間待ってなさい。このあたしを」
 なんか声の調子が一瞬にしてご機嫌になった。迷惑だと思ったんだけどそうでもないのかな?有難い話だ。そして暫くして綾城がやってきた。
「あらあらあら!!呼ばれてきてみればなんとかわいいかわいい女の子が泣いてるじゃないの!これはどういうことかしら!」
 なんか綾城さん好奇心に満ちた瞳で俺と楪を見てる。綾城の手が楪の頬を撫でる。
「綺麗な子ね。ほらほらもう泣き止みなさい。あなたには涙は似合わないわ。笑ってちょうだいな」
 楪はくすぐったそうに眼を瞑り、そしてすぐに泣き止んだ。まだ俺の胸にぎゅっと抱きついているがかなり落ち着いて顔色が良くなった。綾城すげぇ。
「で?どういう状況なのかしら?つまびらかに!」
 俺はかくかくしかじかとちゃんと丁寧に一から説明した。だけどそこは綾城さんだ。この女は好きあらば。
「なるほど。つまりあなたはお持ち帰りに成功したからあたしに自慢したいと。そしてあわよくばあたしも誘って3Pワンチャンを狙ってるということね。ごめんなさい。あたしはじめては素敵なカレピの部屋で2人っきりの世界で熱々にって決めてるの。それに自分よりおっぱいの大きい女の子との3pはちょっと遠慮したいわね」
「はは!ツッコミどころが多すぎんだよ!!」
「突っ込むのは下の…」
「それは言わせねぇからな!!えぐすぎんだろうが!!」
 綾城さんニチャニチャ笑ってる。酒も入ってるだろうし、楽しくて仕方がないんだろうなぁ。
「あのカナタさん。わたしも大切な初めては…2人っきりがいいです!!」
 泣き止んだ楪の第一声がまさかの下ネタだった。綾城菌がうつりやがった。
「この女の下ネタに乗っかるな!」
「でも二回目以降なら!綾城さんみたいな優しい女の子なら3人でも構いません!この大きいだけが取りえの胸にも乳首は二つあります!!どうぞお二人で吸ってください!!!」
「おい綾城!!田舎から出てきた子がお前のせいで都会の闇に染まっちまったじゃないか!!どうしてくれんだ!」
 綾城はドヤ顔をキメている。うぜぇ。だけど泣き止ませて元気にさせたのはこいつの功績だ。
「うふふ。あたしを放っておいた罰よ。でもよかったわ。あんたは困ってる女の子を見捨てるようなクズじゃなかった。あたしの目は間違ってなかったし、今日あんたを連れてきて本当に良かったわ。あたし超ファインプレー!」
「まあ、そうだな。お前がいなきゃ大変なことになってたよ」
「そうよ。だから楪!あんたはあたしに死ぬまで感謝なさい!数学科なら物事の因果関係とロジックはよくわかっているでしょう!この男を今日連れてきたのはあたし!つまりあんたを助けたのはあたしであると言っても過言ではないの!」
 なんだろう?屁理屈っぽいけど嘘じゃないのがなんか腹立つ。だが楪はまるで雷に打たれたような顔をして綾城の手を握る。
「なんて完璧なロジック!!ありがとう綾城さん!!本当にありがとうございます!!」
 そして楪は綾城に抱き着く。綾城はよしよしと楪の頭を撫でた。
「あーおっぱいやわらかいわ。これが巨乳ヒロインを助けてラッキースケベされた時のラノベ主人公の気持ちなのね。いいわ!すごくいい!」
 マジで楽しそうだなこの女。でもおかげで楪はなんか元気になった。こういう励まし方はやっぱり同性の方がいいのだろう。とても助けられてしまった。
 そしてしばらくして2人の体は離れ、綾城もベンチに座る。俺、楪、綾城の順番。なお楪は俺と綾城とそれぞれ手を組んでいる。まだ少し不安と恐怖は残っているような感じだ。さてどうしたもんか。送ってやろうかなと思った。
「楪は何処に住んでるの?家まで送るよ」
「え、そんな!悪いですよ!わたし三鷹にある大学の寮に住んでるんです!あそこ、駅から結構遠いんです。恐れ多いです!」
 三鷹の寮については聞いたことがある。陸の孤島とかって言われてるとかなんとか。だけど寮費は激安らしい。
「いやだわこの男!送り狼にジョブチェンジしようとしてるぅ!でも災難よね。楪のせっかくの人生最初の飲み会がおじゃんでしょ?かわいそう」
 確かにそうだなって思った。あんなのが人生最初の飲み会って哀れすぎる。
「そうですね。でもこうしてお二人と出会えました!それだけで十分です!」
 楪はそう言って微笑んでくれた。だけどやっぱり可哀そうだ。飲み会は楽しいんだ。苦手意識を持ってほしくはない。社会に出た後も飲み会ってけっこう重要だしね。そこで俺は閃いた。
「綾城、楪。二人は門限ある?」
「あたしはないわ。父に連絡を入れればそれでオッケー」
「うちの寮には門限はないですよ」
 条件はオッケーだった。綾城はもう俺の考えていることを察したらしく。なにか期待するような目を向けている。楪は首を傾げている。なんかハムスターみたいで可愛い。
「明日は日曜日!朝まで遊ぼう!!二次会じゃ!!パーッと騒いで嫌なことは忘れるんだ!!」
「あら!いいわね!いくいく!」
 綾城さんノリがいい。そういう女の子だいしゅき!
「二次会…この三人ですよね?」
「そうだよ。いこうよ!」
 俺は楪に手を伸ばす。楪はその手を見て、満面の笑みを浮かべて手を握ってくれた。
「はい!行きます!」
 そして俺は楪の手を引っ張り小走りに商店街を行く。綾城も楽し気についてくる。三人だけの二次会に俺たちは旅立ったのだ。
 やってきたのはビリヤード屋さん。ダーツ付き。
「ここは俺の贔屓の店だ!」
 一周目の世界。陰キャなりにも友達がそれなりにいた俺も遊びに行くことはあった。それがこの店である。
「へぇ。なかなかいい店ね。ソファーにテーブルつきだなんて洒落てるわね」
 この店のいいところはビリヤード台に一つソファーがついてくることだ。待機中もソファーでぐだれて楽しい。
「わぁビリヤード…!?大人すぎますぅ!」
 楪はビリヤード台そのものになんか興奮してる。お目目をキラキラに輝かせて台とボールを見詰めていた。いいなぁこういう初心い反応。俺も楽しくなってくる。
「2人とも何飲む?注文するよ」
「二次会だし、好きなモノ飲んでもいいわよね?あの飲み会の取り合えず生って文化には滅んでいただきたいわね。とりあえず赤ワイン。フルーツ盛り合わせ」
「あ、わかります!好きなモノ飲ませてほしいのに、ビールじゃないといけない感じがなんかいやでした!ピッチャーのビールって気が抜けてて美味しくなかったです!とりあえず芋焼酎ストレートで氷はいりません。あといぶりがっこのクリームチーズのせ」
 綾城はイメージ通りなんだけど、楪の注文がなんかすごく渋い。
「俺はあえて取り合えず生、ではなくて瓶ビールにしておこう。おつまみはナッツだな」
 個人的に外国の500mlペットボトルくらいのサイズの瓶ビールが好きだ。俺はカウンターに注文をしに行く。そしてすぐにドリンクとおつまみが出てきた。そのトレーをソファーに座る二人のところに持っていき。
「えー。おほん。二次会乾杯!」
「「かんぱーい!」」
 たった三人での乾杯だが、人生で一番楽しい乾杯だったはずだ。それは俺だけでなく二人もだったと俺は信じる。

261
013.md

@ -0,0 +1,261 @@
第13話 三人の二次会はかけがえのない思い出の一つに
 酒がはいってる状態でのビリヤードはカオスになりがちだけど、この二人はすでに綾城菌に汚染されてるので輪をかけてひどかった。
「いい!?楪!変化球を打つときはこうやって台の端に座ってセクシーに足を組んでやるのよ!!ほらみなさい!あそこの送り狼モドキがこっちを見てるわ!見せつけてやりなさい!!」
 なんかやたらとセクシーにボールを突きたがる綾城さん。俺は決して足の方を見ちゃいない。パンツがギリ見えなくて悔しがったりなんてしてない。
「でもでも!こうやってボタンを開けて、こうやって谷間って見るのがいいんじゃないですか!それが王道ですよ!!綾城さん!!」
 俺は哲学を始めた。果たしてキューでボールを突くとき、おっぱいが台に触れていたらそれはセーフなのかアウトなのか。言えることは、大きなおっぱいを包むブラはシンプルな形になりがちで数学的に美しそうな曲線を描いていたことだ。おっぱい。
「それも悪くないわね。ところであんた何カップ?あたしFなんだけど」
「それは…ごにょごにょ」
「ええ?!エッチなHカップ!?」
「うわーん!ばらすのやめてくださいぃ!恥ずかしいですぅ!」
 胸の谷間を見せつけてキューを振るってたのに、カップサイズを知られるのは恥ずかしいのか?それが数学科のあるあるネタ?女子二人は避け特有のハイテンションに包まれていたが仲良くきゃきゃとビリヤードを楽しんでいた。
 俺は瓶ビールをラッパ飲みしていた。それを酒で赤くなった顔の楪はジーっと見ていた。
「どうしたん?」
「いえ。なんかカナタ君が瓶ビールをラッパ飲みしてると、海外映画みたいだなって。カッコいいと思います!」
「ありがとう。似合ってるなら良かったよ」
「ええ!なんかすごくマフィアっぽい感じします!ウォール街で悪さして、ビルの屋上のナイトプールで金髪美女を侍らせてる感じです!!イケてます!!新歓で初めて見た時からそう思ってました!!」
「おお、おう。褒め言葉として受け取っとくよ」
 それは褒めてるんだろうか?あれ?もしかして俺ってあの時、楪的にはあのチャラ男よりも怖いやつに見えてたりしたのかな?
「あんたそういえば、SNSじゃハリウッド顔とか言われてたわね。ウケる!ほらほら見て楪!これ入学式の写真!」
 綾城がスマホに入ってる写真を楪に見せつける。俺と綾城が入学式で撮った写真だ。
「うわ!スーツです!メッチャマフィア!!いいですね!はぁ2人がいたんなら入学式いけばよかったですね」
「え?でなかったの?」
「はい。近くまで行ったんですけど…自分なんかが出たら迷惑かなって…」
 楪は昏い笑顔のまま焼酎を一気に飲んで溜息を吐いた。ていうかまじでネガティブな行動とってんなぁ。陰キャはこうやって思い出を得るチャンスを捨てていくから可哀そうだ。
「そんなことないのにね。でも思い出は今からでも作れるわ。ほら二人ともそこに並びなさい」
 綾城はスマホを俺たちに向けて指示を飛ばしてきた。言われた通り並んで立つ。
「かたいわ!硬いわよ2人とも硬いのはおち…」
「それは言わせないぞ!」
「常盤!あなたは楪の腰に手を回しなさい!俺の女!!って感じで!楪は後ろ頭を常盤の胸に預けて手を彼の首に回しなさい!気分はネットの女神の如く!!」
 ネットの女神って何?だが楪は綾城に言われた通りのポーズを取った。俺の首に触れる彼女の手に少し背筋が震えるような興奮を覚えた。
「いいわよ!そのメス顔!!はーいチーズ!!うぇーいwwwww」
 綾城は連続でシャッターを切りまくった。そして撮った写真を俺たちにみせつけてくる。
「きゃ!なにこれ!わたしマフィアの愛人さんみたい!」
「おい。俺は反社じゃないぞ」
 キャーキャー言ってる楪には悪いけど、反社と一緒にされるのはちょっと困る。
「あきらめなさい。あんたはどうあがいてもハリウッド反社顔で一緒に映る女が愛人やセフレのように見せてしまう。悪い顔をしているのよ」
「俺の顔はそんなに猥褻なのかよ?!」
「楪!その写真を送るから、同じ学科の男共に絡まれたら、その写真を見せつけて、この男のセカンドになったって言うのよ!そうすればウザく絡まれることはなくなるからね!」
 セカンド。古の言葉で愛人を指す言葉らしい。今どきセカンドって言い方する?俺昔の映画の中でしか聞いたこと事ないよ?
「わぁ嬉しいです!セカンドっていい響きですね!ださカッコイイ感じが素敵!やくざ映画みたい!ずっと学科の人たちに付き纏われててウザかったんですよ!使わせてもらいますね!」
「やめてぇ!俺のイメージが!爽やかな好青年のイメージがががが!!」
「ひゃははは!メッチャウケるぅ!あはは!常盤のインテリチンピラ!うふふ!あははは!!」
 俺たちは騒いで笑い合ってふざけあって。そして朝を迎えた。 
「朝陽が眩しいぃ…!」
「日の光が!わたしを焦がしますぅ!浄化されちゃいます!」
「あー酔い覚ましの水がちょうおいしいわ。効くぅ」
 始発の前の駅で俺たちは朝日を浴びていた。俺は二人が電車にちゃんと乗るまで見届けることにしたのだ。そして駅のシャッターが開いた。二次会はここでお終い。とても寂しい。だけど寂しいのはそれだけ楽しかったという証拠なんだ。だからそれでいいのだ。
「じゃあ一丁締めするよ!せーの!」
「「「はい!」」」
 俺たちは一緒のタイミングで手を叩いた。そして小さく拍手をする。
「ありがとうございましたお二人とも。今日は本当に楽しかったです。きっと人生で一番楽しい一日でした」
  
 楪は俺たちに頭を下げる。
「いえいえ。それにこの先もまた一緒に遊んで人生で一番楽しい日を更新し続けましょう」
「綾城さん!ありがとう!大好きです!」
 2人は抱き合う。良いね。こういうの。ちゃんと友情が生まれている。もう大丈夫だ。楪はもう顔をちゃんと上げていけるのだ。
「カナタさんも本当にありがとうございます!」
「いえいえどういたしまして。楽しんでくれたなら良かった」
「はい。あなたのおかげでこの先の大学生活きっと楽しんでいけると思います。本当にありがとうございました!」
 楪は俺の首にぎゅっと抱き着き、そしてすぐにはなれた。
「やっぱりやらかい?興奮した?どうなのかしら?」
「はは!綾城!感動を下ネタで汚すな!」
 でも正直おっぱいが凄い大きくて…柔らかくて…その…ドキドキしました…!おっぱい!嫁はGカップだったからそれよりも大きいとかチート過ぎると思う。半端ないよまじで。
「ふふふ。じゃあわたしたちはもう行きますね」
「じゃあね常盤。また学校で会いましょう!」
 二人は駅の中に入って姿が見えなくなった。俺はそれを見届けてご機嫌な気分で家に帰ったのだった。

271
014.md

@ -0,0 +1,271 @@
第14話 大学デビューした女子はたいてい可愛い
月曜日の朝、行きの同じ電車の中で楪と再会した。彼女の髪型は少しだけど変わっていた。前髪は綺麗に整えられて、もっさりしていた後ろ髪も綺麗に整えられていた。そして眼鏡もレンズが薄くオシャレなフレームに変わっていた。服装も可愛らしいワンピースと華やかなデザインのカーディガンを合わせていた。全体的に可愛らしく綺麗だ。もっさい感じは一切ない。
「楪、髪切ったの?」
 以前と違って華やかな印象を覚えるキラキラ女子になっていた。
「あ、わかります?実は昨日綾城さんと原宿に行ったんですよ!美容室を紹介してくれて、合いそうな服を古着屋さんで見繕ってくれて。本当綾城さんは優しくて素敵な人です!」
 マジで面倒見がいい。地雷系の見た目に反して、次々とギャップ萌えを重ねていく女。恐ろしい子!
「それはよかったね!うん。確かに本当に華やかになった。うんうん。だけど気をつけてね。…学科の奴ら間違いなく血眼になるからな」
 学科におけるこの子って男子たち全員が「この子は俺だけが美人だって知っている地味子系ヒロインだ!!」って思ってるはずだ。でもそんなラノベみたいな展開はないんですよ。実際土曜日はチャラ男にあわや喰われそうになったわけで。現実はつくづく理不尽である。
「大丈夫です。この綾城さんから貰ったこの写真さえあれば!!」
 俺に向かって例のビリヤード場で撮った写真を見せつけてくる。素面の状態で可能な限り客観的に見ると、いかつい男が女を侍らせているようにしか見えない写真だった。
「セカンドって言うのだけはやめてください!お願いです!お友達っていっておいてください!お願いですから!!」
「えー?どうしましょうかねぇ?悩んじゃいますねぇ?うふふ」
 悪戯っ子のような明るい笑みを浮かべる楪にはもうネガティブな感じはない。それはそれは素敵な笑顔だったのだ。そして駒場皇大前駅に着いて改札を潜り駅の外に出た。駒場キャンパスは駅のほんのすぐ目の前にあるのだが、遭遇したくない奴らナンバー1,2が駅前の宝くじ売り場にいたのに気がついてしまった。
「あーまた外れちゃった!」
 嫁がスクラッチのくじを買って、外れを引いていた。彼女はくじを買うのが趣味だった。まあ俺と付き合ってしばらくしてから、買うのをなぜだかさっぱりとやめてしまったが。
「あはは!{理織世}(りりせ)は本当にくじ運悪いよね。見てよ!僕、二千円当たったよ!」
「えーずるい!もう!{宙翔}(ひろと)はいつもくじを当ててくよね!もしかして私の運を吸ってたりするの?!」
「そんなことないって。だから今日はこのお金であの高い方の学食に行こうよ!御馳走する」
「わーい!あそこ行きたかったんだよね。楽しみぃ…あれ?常盤君?やっほー」
 よこをこっそりと通過してキャンパスへ歩いていた俺は嫁に気づかれてしまった。嫁は朗らかに挨拶してくるが、間男系幼馴染の葉桐は不機嫌そうに眉を歪めるだけだった。俺は取り合えず会釈だけして、そのまま楪と共にキャンパスに歩いていく。
「あっちょっと待ってよ!」
 キャンパスの中に入ってすぐに嫁は俺の横に追いついてきた。だから反射的に足を止めてしまった。ああ、結婚生活という名のATMである俺は嫁の命令に逆らえないのだろうか?染みついた習慣が憎い。なお嫁の後ろに葉桐もセットでついてくるので憎しみは二倍どころか二乗くらい高まった。
「なに?」
 嫁は今日も華やかな格好をしている。明るい色のニットシャツにフレアスカートの女子アナ風清楚ビッチコーデだった。ニットシャツに浮き出る形のいい巨乳は破壊力抜群である。童貞なんかもうイチコロどころか即死である。
「いや、なにじゃなくて!普通に挨拶してよ!なんか素通りされると悲しいじゃない!」
 プンプンと嫁は怒っている。これはまだ致命的には怒っていないときの顔だ。具体的にはゴミ出しを俺が忘れた時の顔。この後がうぜぇんだ。チクチクと詰ってくる。ていうかこの間、俺は全力でこいつを拒絶したのにまた話しかけてきやがった。相変わらず鳥並みの記憶力だな。なんでうちの大学に入れたのか謎過ぎる。
「ねぇねぇ常盤君はシャイなの?でもそのわりには綺麗な女の子といつも一緒なんだよね」
 
 嫁は俺の隣にいた楪のことを興味あり気に見ている。
「すごく可愛い子だね!私は五十嵐理織世っていいます!常盤君と同じ建築学科です!あなたは何処の学科?」
 すごく馴れ馴れしく満面の笑みで楪に自己紹介する嫁。いつも他人の懐にずかずかと踏み込んでいく。楪はちょっとびくっとして俺の後ろに隠れてしまう。俺のジャケットの裾をぎゅっと握ってる。陰の者は陽の者の光を恐れてしまうのだ。だってなんか怖いもの。だけど楪はなんと勇気を出して声を出した。
「理学部数学科の紅葉楪です…」
 凄い進歩だ!自己紹介してる!!その頑張りにぎゅっと抱きしめてやりたい!
「数学科なんだぁ。すごいね!頭いいんだ!私は数学超嫌いだったから尊敬しちゃうな!極限とか意味わかんないよね!あはは!」
 だけどここまでが限界だった。楪はお目目をグルグルとさせている。きっとどう受け答えしていいかわからないのだろう。だからだろう何故か楪はスマホを取りだして。
「私!セカンドです!!」
 例の写真を嫁に見せつけた。嫁は写真を見て、目を丸くして首を傾げている。そして葉桐は驚いているようだった。
「セカンド…?野球?この子がセカンドなら、一緒に映っている常盤君はファースト?ピッチャー?キャッチャー?」
 嫁はセカンドの意味がわかってないようだった。今どきの人は知らなくてもおかしくないと思う。
「セカンドの意味はあとで検索でもしてくれ…。それは土曜日に思い出に取った写真だよ。ビリヤードで遊んでたんだ。あの綾城もいたぞ。楪は新しくできた友達だよ」
 何でおれはこんなにも言い訳がましく説明しているんだろう。俺は嫁にどう思われても気にしないはずなのに。
「ビリヤード!わぁ楽しそうだね!今度やるときは私も誘ってよ!」
「機会があったらね」
 陰キャ文法では機会なんて訪れることはない。それに嫁はビリヤードやると時々イキって変化球やろうとして失敗し、台のカーペットをキューで破くので一緒にプレイしたくない。
「楽しみにしてるからね!うふふ」
「いい加減にしてくれ理織世!言っただろう!彼と関わるべきじゃないって!」
 ずっと黙っていた葉桐がとうとう口を挟んできた。俺の事を少し睨んでいる。
「やっぱり君は抜け目のない人間だ。まさか数学科の紅葉楪さんとパイプを作っていただなんて思いもしなかったよ!」
「はぁ?なに?パイプ?」
 何言ってんだこいつ。俺は首を傾げた。楪も不思議そうに首を傾げている。
「よくもまあ自分は紅葉さんと繋がりを作っておきながら、この間は理織世の将来のチャンスを邪魔したよね!恥を知ったらどうだ?」
「お前の言っていることが相変わらずわからん。さっぱりわからない。フェルマーの最終定理くらいわからん」
 そして間男への文句はいかに余白があっても語り足りないのだ。
「カナタさん!フェルマーの最終定理はもう証明されてますよ!」
「え?そうなの?数学科すげぇ」
 楪のツッコミのおかげで一つ賢くなれた。
「随分と紅葉さんを上手く騙しているようだね。下劣な野望を隠しながらよく人と仲良くできるね?君は本当に良くない人間だな」
 葉桐がめっちゃ軽蔑の目線を俺に向けてくる。軽蔑に値する存在はお前のはずだろうに。
「だからわけわかんねぇんだけど?」
 俺もいい加減イライラしていた。その時だ。嫁が口を開いた。
「ねぇ宙翔。紅葉さんって有名なの?そう言えば入学式の時、紅葉さんの写真を私に見せたよね。見つけたら声を掛けてって」
 入学式の日。こいつはグループを作ってた。あのグループは今でも生きている。どころか一年生の間でどんどん勢力を増しているらしい。『生徒会』なんて皮肉るやつらもいるくらい影響力が出始めてる。
「うん。紅葉さんはある分野じゃ有名人だよ。電子通貨って聞いたことない?」
「なにそれ?定期券の磁気カードにチャージしてるお金のこと?」
 そう言えばこの頃はまだ電子通貨は一般人には有名ではなかったな。今のうちに買っておいたら一財産になるかな?
「違う。P2P型のブロックチェーン技術を応用した新しい通貨システムのことだよ」
「ぴーつーぴー??ゲーム機?」
 嫁は電子通貨が有名になったときも、とくに興味を示してなかった。というか意外なことに金そのものにはあまり執着をしないタイプだった。デートも最初の頃からきっちりと割り勘してくるタイプだった。端数の一円レベルまできっちり割ってくるタイプなので逆にウザかった。そして高価なプレゼントも欲しがらない。だけど歴代元カレたちはみんな俺より高収入。稼げる男が好きっぽい。
「だから違うって。今度ちゃんと説明してあげる!とにかく紅葉さんはすごいんだ。電子通貨を手に入れるにはマイニングが必須だ。だがそれには莫大な量の計算量が必要となる。コンピューターの電気代はバカにならない。その電気の使用量は地球温暖化にも悪影響を及ぼす。紅葉さんはその計算量を3%も圧縮するアルゴリズムを開発して世界に無償公開した天才ハッカーなんだよ!世界に貢献した素晴らしい人材なんだよ!」
 ちょっとどころか超驚いた。楪はとんでもない人材だったのだ。

217
015.md

@ -0,0 +1,217 @@
第15話 マイペースなカノジョ
「へぇ楪さんってパソコン詳しいんだ。そう言えば昔の消費税って3%だってお母さんが言ってた!計算しづらかったんだって!」
 全然葉桐の話を聞いてない嫁。この女に難しい話しても意味ないんだよなぁ。全部スルーするんだもの。女子アナのくせにニュース番とか情報番組とか一緒に見ててつまんないとか言ってチャンネルを変える女だ。自分が解説したニュースなんかも次の日には忘れてる。よく女子アナになれたな。しょせんこの世界は顔なのか?
「楪凄いね。そんなことやってたんだ」
「あの男…チェストしてやりたい…」
 何か楪が葉桐の事を見ながらすごく物騒なことを呟いていた。すごく暗い瞳で俯いている。うわぁネガティブモード入ってる。
「どしたの?楪、なんか元気ないね」
「あのアルゴリズムは嫌いなんです。そもそも用途がくだらないです。P2Pの電子通貨なんて所詮は現実に既にある通貨システムを電子空間上で再現しなおしているだけでしょ。もう通貨なんてどこにでもあるんですからわざわざ作り直すなんて無駄じゃないですか?」
「まあそう言われればそうかも知れないね」
 電子通貨って未来でも結局のところ投資用の資産の一つであって、通貨決済システムとしては幅広く流通しているとはいいがたい状態だった。今後さらに広がれば違うのかもしれないが、今のところはギャンブルの玩具でしかない。結局みんなドルに換えるんだからね。
「それにあれ、わたしが作りたくて作ったわけじゃないんですよ。高校の授業で地球温暖化を少しでも解決するアイディアを考えて実行するっていう総合学習があって。グループ実習だったんですけど、…グループの人たちにアイディア考えてやっておいて押し付けられて…電子通貨のマイニングが電気の無駄使いだって聞いたんで、とりあえず作っただけなんですよね。そしたらちょっとネットで有名になっちゃって学校の先生に褒められて、…他の子たちから嫌われました…頑張ったのに…」
 何だろうこの子のやることなす事全部裏目に出る感じ…哀れすぎて守ってあげたくなるよ。
「紅葉さん!その男と関わっては駄目だ!!」
 葉桐が楪の傍に近寄る。楪はびくっと体を震わせた。
「君のような素晴らしい才能の持ち主は悪い人間に利用されがちだ。その男のようなね!きっと甘言を弄して君を騙したんだろう!僕に頼ってくれ!君をその男のもとから救い出してみせる!」
 俺がなんか悪い人みたいになってんだけど?どうしてこう、この男は自分のことを棚に上げて俺を悪しき様に罵るのだろうか?
「僕のグループに来なよ!君の才能を生かすための設備も僕なら用意してあげられるよ!資材やお金ならいくらでも調達してあげる!大学のベンチャーキャピタルにもつながりはあるんだ!その才能で僕と一緒に世界を変えよう!」
 なんか熱弁を振るっている。葉桐の瞳は何か怪し気にキラキラと光ってる。アットホームな職場の社長さんみたいな瞳だ。
「アハハ…ごめんね宙翔は熱くなるといつも子供みたいにはしゃいじゃうんだ。許して」
 嫁が舌をペロッと出しながら、俺に両手を合わせておふざけ半分な謝罪をしてくる。嫁はもう葉桐の言ってることを聞き流すモードになってるんだな。世間の女子が今の会話聞いたら、この人、夢が大きくて素敵!とかって言いそうなもんなのに。全く関心がないんだな。今のって楪の才能を見込んだベンチャー設立のお誘いだぞ。たしかに未来じゃこの男は医学部卒の癖にベンチャーの社長やってたけど。こんな時期から熱心に活動してたのか。その野心には嫌悪を通り越して、逆に感心の念さえ湧いてくるかもしれん。まあその地位の高さと稼いだお金ゆえに嫁に浮気に走られたと思えば、やっぱり腹しか立たないけど。
「あの…すみません。わたし、そういうの興味ないです」
 楪は葉桐の話を聞いてから、冷たくそう言った。だが葉桐はまだ説得を続ける。
「紅葉さん。興味は後からついてくるものだよ。君の技術は世界を変えられるんだ。そうすれば沢山の人が幸福になるんだよ」
「はぁ…そうですか…幸せですか?」
「そうだよ。僕はこの世界に不足したものを供給できるような人間になりたい。この世に足りないものを補えるようなものを作り世界にサプライしたいんだ。この世界に新しい価値を生み出し、沢山の幸せを作りたい」
 ひどく反吐が出る綺麗ごとを宣っていやがる。というか俺から嫁を奪って愛情を不足させ、幸せを壊したのはなんだったの?言ってることとやってることが全然違うじゃないか。
「はぁ…もういいです。わたしは興味がないんです。他の人たちとやってください」
 楪は葉桐の提案を断った。意地悪な気持ちだけど嬉しいと思った。楪は葉桐の味方ではない。それはとても嬉しい。
「やっぱりその男に何か言われてるのか?それとも先に契約か何かを結ばされた?弁護士を用意してもいいよ」
「…契約なんていりません。わたしとカナタさんの間には契約ではなく優しさがあったんです。…もういいです。もういいですよ。あなたの夢の価値はわたしには関係ないことです。でもあなたに関わるとカナタさんと離れることになる。それだけはわかりました。だからこう言います」
 楪は大きく息を吸って。そして大声で叫んだ。
「いやでごわす!!あてには関係なか!!あてはわいをすかんと!…おほん!これ以上しつこく誘ってくるならあなたをチェストします。思い切りチェストします」
 それは明確な拒絶だった。はっきりと葉桐の目を見ながら、強い眼光で楪は断った。まあよく見ると足は震えてるし、俺の背中をぎゅっと握ってる手も震えてた。
「だが君の才能は…」
 葉桐はそれでも説得を続けようとした。だがすぐにそれを遮って楪は言った。
「あなたはわたしの才能しか見てません。それはわたしの胸しか見ない人よりも気持ち悪いです。もう声をかけないでください!」
 そして楪は俺の背中の後ろにひゅっと隠れてしまった。よく頑張った。ここから先は俺の仕事だ。
「わかったろ?誰もかれもがお前についていくわけじゃない。楪は諦めろ」
 葉桐は何とも言えない顔で俺を睨んでいた。こうやって女に拒絶されるのはきっとこいつの人生では初めてだろう。それは間違いなく屈辱の記憶になるのだ。男の心を深く傷つけられるのは女の行いだけである。
「…わかった。今日はもうやめておこう。理織世。行こう。この人の傍にいたらよくないものをうつされるからね」
 そして踵を返して葉桐は自分の授業があるであろう講義棟に向かって去っていった。
「楪。よく頑張ったね。えらいえらい!」
 俺は楪の頭を撫でた。楪は微笑んでいる。
「えへへ。頑張りました!」
 そして暫くして。
「じゃあわたしの講義棟はあっちなんで!ではまた!」
「またなぁ!」
 楪と俺は手を振り合って別れた。そして俺は一人満足な心と共に講義棟へ軽い足取りで歩いていった…と思ったら、よく知る声が隣から聞こえてきた。
「じゃあ一緒に行こうね!はじめてかも!こうやって同じ学科の人と講義室に向かうのって!いつも宙翔といっしょだったからなぁ。なんか楽しそう!うふふ」
「わっ!?なんでお前がここにいるんだよ!!葉桐と一緒に行くんじゃないのか?!あの話の流れなら葉桐についていくもんだろ!?」
「え?だって私と常盤君は同じ学科で同じ授業でしょ。宙翔は医学科だよ。そもそも宙翔とは授業が違うんだけど」
     た!
 俺はバカなのか?!嫁と俺は同じ学科だったのだ。何だよこの間抜けな流れ。葉桐が向かった先にふと目を向けたら、葉桐が足を止めてこっちをあんぐりと口を開けた間抜けな表情で見てた。お前もか葉桐。嫁のマイペースっぷりに振り回されているのは…。
「じゃあね、宙翔!お昼御馳走するの忘れないでよー!じゃあ行こうか常盤君!早く行っていい席とろうよ!」
 嫁は俺の手を引っ張って歩き出す。本当にマイペース。だけど葉桐が悔しがっている顔をしているので、今日だけはこのペースに巻き込まれてもいいと思ってしまった。
Loading…
Cancel
Save