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053 お金を稼ごう
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ディオラさんから紹介された最後の物件も見るが、そこも条件に合わない。
そのため、しばらくは宿暮らしを続け、土地を購入して家を建てる方向に。
「さて、そんなわけで、金策が必要になりました」
 ギルドの仕事があるディオラさんと別れ、俺たちは宿屋へと戻ってきていた。
 方針としては、しばらくは今のままここで暮らし、お金を貯めることになるだろう。
「まぁ、金策と言っても、私たちにできるのはギルドで仕事を受けるだけだけど。元の世界と違って借金なんてできないし」
「正確に言えば、安全にはできないだよね。騙される可能性もあるし、下手したら奴隷行き。自己破産なんて都合の良い物は無いから」
 ハルカの言葉に、ユキが補足する。そういえば、ユキも【異世界の常識】持ちだったか。
「あれ? 以前、奴隷は禁止されていると言ってなかったか?」
「ユキが言っているのは、実質的な奴隷ね。懲役の酷いヤツみたいな。一応、死にはしないように配慮されるみたいだけど……日本みたいに温ぬるくはないわね」
 監視された状態で働かされ続け、借金分はもちろん、管理費として何割かピンハネされてしまうので、普通に働いて返すよりもよほど大変らしい。
 日本だと懲役で働いた場合、その分の給料は出所時に渡されるが、その給料から食費などはもちろん、刑務所の維持費や看守の給料なども天引きされるようなイメージだろうか。仕事の方も当然キツい物なのだろう。
「うん。借金、ダメ、絶対」
 奴隷とか、嫌すぎる。当たり前だけど。
「させる気は無いわよ。危ないのは、騙されたときだから、ナオだけじゃなく、全員、報告、連絡、相談。忘れないでね」
「そうですね。何事も落ち着いて第三者に相談ですね。詐欺行為は相手を焦らせて平常心を失わせるのが常套手段ですから」
「この世界特有の詐欺とかもあるかもしれないから、気をつけようね。みんな、お互いに」
 ユキのその言葉に、俺たちは揃って頷いた。
「ところで、少し話は変わるのですが、ディオラさんって、乾燥ディンドルが好きなんですか?」
「『乾燥』だけじゃなくて、ディンドル自体に目がないみたいよ」
 俺たちが売ったディンドルも、微妙に職権乱用っぽいことをして手に入れてるしな。『問題ない!』とは強弁してたけど。
「高い上に季節物であまり市場にも出回らないから、交渉事には便利よね」
「乾燥ディンドルって美味しいんですか?」
「そういえば、ナツキとユキは食べたことなかったわね。食べてみる?」
「良いんですか?」
「食べたい!」
「良いわよ。ちょっと待ってね……はい、どうぞ」
 ハルカが部屋の隅で箱に入れて保存してある乾燥ディンドルを取り出し、2人に1つずつ手渡す。
 受け取った2人は乾燥ディンドルを少し訝しげに観察する。
「これって、このまま食べるの?」
「ええ、がぶっと。別に切っても良いけどね」
 乾燥ディンドルが一般的なドライフルーツと違うのは、大きいサイズのまま、まるごと干してあるところだ。
 まるごと干してあるドライフルーツは、精々アプリコットぐらいまでのサイズで、それ以上となればスライスしてから干すのが一般的。
 それを考えれば、大きさも厚みもある乾燥ディンドルは少し奇異に映ることだろう。
 でも美味いから。
 さぁ食え、という俺たちの視線に促され齧り付く2人。
 そして、すぐに目を丸くして声を上げる。
「こ、これ、美味しい! 甘みが強くて、それでいて酸味もあって……。皮の部分まで美味しいし!」
「ええ、ここまでのドライフルーツは初めて食べます」
 そうなんだよ。
 乾燥させることで甘みは強くなるし、生だと捨てる皮の部分まで食べられるようになるから、少しお得感もある。
 残念ながら爽やかな酸味は減るから、そこも好きな俺としては生で食べるのもまた捨てがたいんだけど。
「確かにこれなら……ちなみに、いくらぐらいするんですか?」
「そうね、市場価格なら、1,000レアは下らないでしょうね」
「金貨1枚以上!? たっか!」
「そういえば、在庫を全部売れば、土地代ぐらいは払えるのよねぇ」
「それは反対! 貴重な甘味は残すべき!」
「私たちの成果じゃないので言いづらいですが、どちらかと言えば私も……」
 そんなハルカの言葉にすぐさま反対したのはユキ。そして、ナツキも消極的ながら否定的である。
「私もどちらかと言えばそうだけど、ナオとトーヤは?」
「俺は半分ぐらいなら売っても……」
「「え……」」
「いや、やっぱり残すべきだな」
「ああ、そうだな、美味いもんな!」
 ユキとナツキの悲しそうな顔に、すぐさま意見を翻す俺と、同調するトーヤ。
 どうせ家の代金は稼がないといけないのだから、女性陣を悲しませてまで急ぐ必要は無いよな。
「ドライフルーツは遠征するときの食料にも役立つから、私も残すのに賛成かな? 他の安いドライフルーツも買うつもりだけどね」
 価格重量比なら、他のドライフルーツは数分の1で買えるのだ。ディンドルだけを食べるのは贅沢という物だろう。
 いくらたくさんあっても、全員で毎日1、2個ずつ食べれば春までは保もたないだろうし。
「でも、金貨400枚なんて短期間で稼げるかな?」
「そうね、高そうには思うけど、2人の鎖帷子の代金の1.5倍に過ぎないと思えば、少し気軽じゃない?」
 ユキに対してハルカがそんな事を言うが、ユキの方は逆に、『え!?』という顔になる。
「……いや、そう言われると逆に、鎖帷子を着るのが怖くなったんだけど」
「まぁ、日本円なら100万以上の服(?)だからなぁ」
「そう考えると、結構高いわよね、鎖帷子」
 トーヤの鎖帷子とか、車が普通に買える。
「でもよく考えたら、昔の大鎧とか2~3,000万円ぐらいかかったって話だし、そうおかしくはないのかな?」
「え、マジで?」
「うん。昔の武士は大変だったみたいだよ。屋敷を建てるようなコストを掛けて、鎧を仕立てないといけなかったから」
「うわ……やっぱ手作業だけに、手間賃が高いんだろうなぁ。鎖帷子も面倒くさそうだし」
 手作業で細かい鎖を作るのなんて、考えるだけで嫌になる。
「手間がかかるのは確かだが、どうもそれに使っている白鉄というのが高いみたいだぞ?」
 そう言ったのはトーヤ。
 ガンツさんのところでショベルを作った際、色々聞いてきたらしい。
「そうなのか?」
「ああ。それって錆びない上に軽いだろ?」
「錆びない、かどうかはまだ解らないが、確かに鉄を使っているにしては軽い気がするな」
「同じ大きさの普通の鉄の塊と持ち比べればすぐに解るぐらい軽いんだよ。一瞬、アルミかと思うぐらいに。鉄の半分ぐらいじゃないか? オレの感覚だが。それでいて、強度は2、3倍」
「そりゃ凄い。確かに高いだろうな、そりゃ」
「えー、そのへん知らずに買ってたの? このめちゃ高い防具を?」
 そう言いながら、俺がそのへんに置いておいた鎖帷子を持ち上げるユキ。彼女が軽く片手で持ち上げているあたり、その軽さがよく解る。
「そのへんはガンツさん――武器屋の親父に任せたからな。素人が知識も無いのに口を出すより良いだろ?」
「確かに、それも一つの方法ではあるよね。信用できる相手なら」
「ちなみに、素材の値段は鉄の10倍はするらしいぞ? 加工性も圧倒的に悪いらしいし。俺のイメージだと、ステンレスだな」
「そりゃ、日本で手作業で作業したら、多分100万どころの話じゃないな」
 ステンレスってめちゃ硬いんだよなぁ。そんなに太くないステンレスの針金を切るだけでも、安物のニッパーとかだとかなり苦労するぐらいに。
 それを機械を使わずに針金から作ると考えたら、どれぐらいのコストがかかるか……。
「でも、金貨400枚と言うと多い気がするけど、毎日猪を狩ってきたら、2ヶ月かからずに貯まるのよね」
「凄い……いや、凄くない? 基準が解りづらいなぁ」
 首をかしげるユキ。
 猪を狩る手間や危険度も考えないといけないし、通貨の価値も何を基準にするかで違うから、換算はしづらい。
 一応、普段は1レア10円ぐらいで考えているのだが、それは主食のパンをベースに考えただけで、果物や宿泊費をベースに考えるとイマイチ合わなかったりする。
「単純に日本円に換算すると、40万レアで、日本円で400万。5人で割ると、月収40万。結構稼げるな?」
 トーヤは単純に計算してそう言った。
 高卒――いや、中退で月給40万はないな。物価もバラバラだし単純比較に意味が無いことは分かっているが、何となく嬉しい。
「ボーナス込みで年収480万ですか。税金や社会保険料、経費などがすべて自己負担と考えれば、さほど高くないですね。それらを考えれば、実質はその半分240万ぐらいでしょうか」
「命の危険があるのに保険も危険手当もないしね!」
 そう言ったのは、ナツキとユキ。
 いきなり夢がなくなった。何となく悲しい。
「いやいや、猪以外でも稼げるし? 上手く行けば2頭以上狩れるし?」
 トーヤがそう言って反論するが、ハルカは一部同意しつつも、別の部分で疑問を挟む。
「そうね、薬草なんかでも稼いでるけど……問題はいつまで猪が獲れるかよね。今は時期が良いから数も多く出てくるし、太ってるけど、冬になると減っていって痩せても来るでしょうね」
「そうなると、収入、激減ですね」
「鹿とか居ないのか? 日本みたいに増えすぎて困っているなら、遠慮無くドンドン狩れるだろ?」
 日本の鹿の頭数は危険な水準で、このまま増え続けるとかなりヤバいことになるらしい。
 駆除もされているらしいが、猟銃を持つ人が少なく、撃ったところで利益が出るものでも無い。困ったものである。こっちに鹿が転移してきたら、狩ってやるんだが。
「日本の鹿は狼が居なくなったのが原因だからねぇ。この世界の場合、魔物もいるから、普通の動物が増えすぎることは無いんじゃないかしら?」
「逆に魔物が増えて氾濫することはあるけどね!」
 ハルカとユキ曰く、動物が増えるとそれよりは強い魔物がその動物を狩り、結果、魔物の数が増える。
 増えた魔物は動物を狩り続けるが、ある一定数を超えて増えてしまうと、それまでの縄張りでは食を賄うことができなくなる。
 そうなるとその縄張りの外へと溢れだし、側に人の集落があればそこを襲う。これが氾濫である。
「魔物が動物の天敵として存在しているのか……あまり嬉しくないな」
 どうせ増えるなら、ゴブリンなんかよりも猪や鹿の方が食べられるだけマシである。
 一部には食べられる魔物もいるらしいが、少なくとも俺はゴブリンを食べたくはない。
「猪の数が減ったら、ゴブリンの魔石、取るしかないかしら? 心理的抵抗を除外しても、あんまり効率が良くないんだけど」
 頭をかち割って、250レアだからなぁ。それを考えると――
「ディンドルは、エルフに対するボーナスアイテムだったよな」
 手を伸ばして実をもぐだけで、1ゴブリンである。
 とても効率が良い。
「あれだけ割が良いと、エルフ以外も取りに行きそうだけどなぁ」
「いやいや、トーヤは上に登ってないから。俺が人間だったら、多分無理だな」
「そうよね。それに、時々真似をした冒険者の転落事故も起きてるみたいだから」
 アエラさんなんか俺以上に気軽に登っていたが、樹高50メートルはあるような大木なのだ。
 その先端に吹く風はかなり強い。
 そこで枝の上に立って実の収穫。そして実の詰まった袋を持っての降下。
 はっきり言って登るときより下りるときの方が危ない。
 今ならともかく、最初の頃は命綱がなければ多分、落ちていたんじゃないだろうか。
 それに、ディンドルの木までの道のりも決して安全とは言えない。
 【索敵】である程度避けることができる俺たちや冒険者であればそこまで危険ではないが、一般人にとってはタスク・ボアーやゴブリンはやはりある程度リスクのある相手なのだ。
「う~む、高いには理由があるんだな、やっぱり」
「そりゃそうだ。それが経済原理」
「さっき、ハルカが『薬草』って言ってたけど、そっちはどれくらい利益があるの?」
「普通ならそんなに儲からないと思うけど、私たちの場合、【ヘルプ】と【鑑定】があるから、結構儲かるわね」
 最初にギルドに納品したときも、ディオラさんが驚いていたからな。
「そうなの?」
「普通なら薬草の種類をきっちり覚えて、見分け方も勉強した上でたくさんの草の中から探さないといけないと思うけど、スキルがあると簡単に見分けられるのよ」
「ある意味、地雷が多いスキルの中ではかなり便利だよな。チートとは言わなくても、ボーナススキルと言って良いんじゃないか?」
「【鑑定】とか取るヤツ、多そうだし、邪神の慈悲かもな?」
 【ヘルプ】、【鑑定】、【看破】は他のスキルとちょっと違う部分が多いんだよな、俺たちが把握している中では。
 何か意味があるのか、それともトーヤが言ったように邪神さんからのサポートなのか。解るときが来るのだろうか?
「でも、私たちの中で【鑑定】を持っているのはトーヤくんだけなんですよね。私は【ヘルプ】を持っていますが……」
 ナツキはそう言ってチラリとユキに視線を向ける。
「そうですね! あたしだけ【鑑定】も【ヘルプ】も持っていませんね! トーヤ、あたしに【鑑定】を教えて! それってレベルあったよね?」
「いや、確かにレベルはあるが、これってどうやって教えれば良いんだ?」
 レベルのあるスキルなのでコピーはできるはずだが、ある意味、一番教え方の解らないスキルと言えるかも知れない。
「それは……試してみるしかないよ!」
「だが、上手く教えられなかったら、取得できなくなるんだろ?」
「そうだけど、大丈夫だよ。そもそも取得できるようなスキルじゃ無さそうだし!」
 それは確かに。
 後から取得できるようなスキルじゃない気はするな。
「それじゃ……試してみるか? オレ、責任は取れないぞ?」
「うん、失敗しても文句は言わないから」
「ならやるか。鑑定のレベルは2な」
「了解。……うん、コピーはできた」
「えーっと、それじゃ……あれでいいか」
 トーヤは乾燥ディンドルを持ってきて、ユキに差し出す。
「これを見て、『これが何か知りたい』と考える。するとウィンドウが表示されて、『乾燥ディンドル ディンドルを乾燥させてドライフルーツにしたもの』と見える」
「…………見えないよ?」
 やはりそう簡単にはいかないか。
「ユキ、これまでのスキルだって1時間以上かかってるでしょ。1回ぐらいじゃ上手く行かないわよ」
「え、つまりこれを1時間以上見つめながら、『これが何か知りたい』と考え続けろと?」
「そうね、教える必要があるんだから、トーヤもそれに付き合う必要があるかも?」
「え、マジで?」
 揃って『そんなっ!』みたいな表情を浮かべるユキとトーヤ。
 うん、頑張れ。
「いつでもできるんですから、空いた時間に少しずつやってみたらどうですか? 上手く行けば御の字、ぐらいのつもりで」
「うぅ……そうするしか無いかなぁ。薬草採取に行く前に物にしたかったんだけど」
「大丈夫よ、ユキ。仕事に行くのは明日からだから」
「……明日までに物にしろ、と?」
「さて、そろそろアエラさんのお店を見に行きましょうか」
 ユキの言葉には応えず、そう言って立ち上がるハルカ。
「おーい」
 そんな風に不満を表明するユキを尻目に、俺たちも立ち上がる。
「そうですね。ランチタイム、お客さんが入っていると良いんですが」
「大丈夫だろ。少なくともあの看板があれば、客がゼロということは無いと思うぜ?」
「え、無視? 無視なの?」
「オレも腹が減ったから、早く行こうぜ」
「あれ、トーヤもなの? 待って、待って! あたしも行くから!」
 慌てて追いかけてきたユキと共に、俺たちはアエラさんのお店へと向かったのだった。

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073.md

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073 治療と解体
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
オークリーダーを含む、オーク11匹のグループに遭遇。
若干の罠をしかけて、討伐を決意。
なかなか厳しい状況もありながら、何とか全滅させるが、ナオが腕を骨折する。
「ナオ、援軍は?」
「索敵範囲には無し」
 俺の返答を聞き、ハルカがホッと息を吐く。
「一先ずは安心だけど、急いで残してきた2匹の素材を回収、ここのオークも捌くわよ。丁寧さよりも速度優先でね」
 獲物を横取りする魔物などはいないと思うが、オークに気付かれるとマズい。
 急がないといけないのは解るが……
「あー、すまんが、先に治してくれるか? ちょっと、痛い。この腕じゃ解体もできないし」
 木の上で我ながら少々情けない声を出し、折れた左手を差し出すと、それを見たナツキたちが顔色を変える。
「ナオくん! だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、ではあるが、痛い」
 戦闘中はアドレナリンが出ていたのか、そこまで痛みは感じなかったのだが、終わって少し落ち着くと、ズキズキと痛みが響いてくる。
 骨折はしたことあるが、ここまで見事な――明らかに腕が関節ではないところから曲がっている状態は初めてである。
「早く下りてきなさい! 治せないでしょ」
「それは解ってるんだが……」
 どうやって下りよう? 飛び降りる? 絶対響くよな、この腕に。
 しかし、良い感じに飛ばされたらしく、右腕だけで下りるにはちょっと高い。
「ほら、オレの肩を貸してやるから」
「おお、すまん」
 枝の下まで来てくれたトーヤの肩に足を置き、慎重に下りて地面に足を付ける。
 ホッと一息。しかし僅かな動きが響いて痛い。
「完璧に折れるとこうなるんだな~~」
 物珍しげに俺の腕を見るトーヤ。確かにそうそう見られる物じゃないが――
「トーヤ、そんな余裕があるなら、ナオの骨を正しい位置に直しなさい」
「え、オレ? そのへんはあまり詳しくないんだが……。このままじゃ治せないのか?」
「位置は戻した方が確実で早いみたいね。自分の腕を触って参考にしなさい」
 ハルカに促され、トーヤが自分の腕の骨を触った後、恐る恐る俺の腕を取ろうとするが……え、これをぐいっとかやられて骨の位置を矯正されるの? それって滅茶苦茶痛いよね?
「なぁ、ハルカ、痛み止めとかの魔法って無い?」
「私は知らないわね。泣いても良いから我慢しなさい」
「いや、我慢はするけど……」
 昔、麻酔無しで罅ひびの入った骨の矯正をやられたときは、目の前が真っ白になるぐらい痛かったんだよなぁ……。
「あの、私がやります。トーヤくんよりは骨の構造、把握してると思いますから」
「あ、そう? じゃあ頼む」
 名乗りを上げたのはナツキ。トーヤもあっさりと場所を譲るが、俺としてもトーヤに怖々とやられるよりはナツキの方がまだマシである。
「それじゃ、ナツキ、頼む」
「はい。泣いても良いですよ?」
「いや、我慢する」
 そう言って悪戯っぽく微笑むナツキに、俺は男の矜持としてぐっと歯を食いしばる。
「そうですか。ハルカ、準備は良いですか?」
「いつでも」
 ナツキはハルカがそう言って頷くのを確認して、俺の腕にそっと手を添える。
 そして次の瞬間――
「――っっっ!?!?」
 一気にナツキの手が動き、突き抜ける痛み、目の前がチカチカとして、微妙に涙が溢れる。ただ声だけは何とか抑えるが、脂汗が吹き出ることは止められない。
 その一瞬後には急速に痛みが引いていき、なんとも嫌な色になっていた俺の腕は真っ直ぐに戻って、元の色を取り戻していた。
「大丈夫でしたか?」
「あ、あぁ……ナツキ、容赦無いのな?」
「ゆっくりやっても痛みが長引くだけですから。治せることが解っているんですから、痛いのは短い方が良いですよね?」
「……否定はできない」
 ゆっくりと骨の位置を直されたからと言って、痛みが和らぐというものでは無いだろう。
 理屈としてそれは解るのだが、あの手際の良さと思い切り、多分真似できない。
「ナツキ、凄いね! あたしだと無理だよ、それは」
「えぇ。本当に。治る速度と魔力の量を考えたら、一瞬でほぼ完璧な位置に戻したんじゃない?」
「一応、武道を囓ってましたからね」
 部位欠損でない限り、今のハルカでも魔力を大量に使えば、大抵の怪我を治すことはできるらしい。
 但し、治癒魔法で補正されるのには限界があり、下手な魔法使いが骨折を治すと微妙に曲がって繋がってしまったりして、障害が残る可能性もあるとか。
 その場合は、もう一度折ってから高位の治癒師に頼むことになると言うから……寒気がする。
「ナツキがいればオレたちも安心だな! 問題は、ナツキが骨折した場合だが」
「……ハルカかユキ、教えますから覚えてくださいね? じゃないと、万が一の際に、私の手が滑るかも?」
 そう言って2人の方を見て、ニッコリと微笑むナツキ。笑顔に迫力がある。
「う、うん! もちろんだよ! 時間があるときに教えてね。死ぬ気で覚えるから!」
「私も覚えた方が良いでしょうね。光魔法を使えるのは私とナツキだけだし」
 ブンブンと首を縦に振るユキに、ゆっくりと頷くハルカ。
 ま、どちらも頭は良いので、すぐ覚えられるだろう。俺たちの参加は――控えた方が良いか。女性の骨格とか、色っぽい話にはならないだろうが、恥ずかしくはありそうだし。
「さて、ナオの見た目も酷い状況だけど、まずは解体ね。骨折は治ったんだから、働いてもらうわよ」
「おう、任せてくれ」
 血まみれで汚れているが、解体するとまた汚れるし、ハルカの【浄化】で綺麗になると思えば、我慢できる。
「私とナオ、それにナツキで最初に斃した2匹を解体に行ってくるわ。トーヤとユキはここで警戒しつつ、可能な範囲で解体を進めていて」
 索敵ができる俺と解体の早いハルカ、最高戦力のナツキで素早く巣に近いオークを処理、残り2人はここで死体を狙う魔物を警戒という分担なのだろう。
 駆け足で移動した俺たちは、ハルカが1匹担当、俺とナツキでもう1匹を担当してオークを解体していく。
 さすがに10匹以上解体しているので、俺も大分慣れ、かなり手早く処理が進んでいく。
「しかし、こうなると、オークがまるごと入るようなマジックバッグが欲しくなるな。それがあれば、危険な場所で解体する必要が無くなる」
「これが入る袋って、クレーンで持ち運ぶようなコンテナバッグぐらいの大きさは必要じゃない? まだバックパックサイズでも成功してないのに?」
 『無理でしょ?』、みたいな視線を向けられるが、俺もそのへんは少し考えている。
「飽くまで獲物を少し移動させる用途だけを考えて、口は広いが底はめちゃ浅、付加するのも『軽量化ライト・ウェイト』と『空間拡張エクステンド・スペース』だけに限定すれば、多分いける」
「そうなの? じゃあ、試してみましょうか。私たちで袋を縫って」
 さすがにそんな特殊な形状の袋は売っていないので、自分たちで作るしかないだろう。
「できたら革製が良いと思うんだが。袋を持って物を入れるというより、地面に広げてその上に物を乗せるような使い方になりそうだし」
 少なくとも、オークを持ち上げて袋に突っ込む、みたいな使い方はできない。
 今回の戦闘後の状況を見ると、普段使っているような麻で作った袋を地面に広げれば、落ちている木の枝で穴が空く可能性はかなり高い。最低でも丈夫な布、可能なら丈夫な革製の袋にしたいところ。コストはその分かかってしまうが。
「刺繍は大変そうだけど、検討しましょ」
「私も手伝いますから。最近、【裁縫】スキルが取れましたしね」
「ナツキは元々、裁縫が上手かったからね。よし! 私は終わったけどそっちは?」
「こっちも、もう終わる」
 解体して皮の上に並べていた枝肉をバッグの中に放り込み、残った内臓類をまとめてそのあたりに放棄。皮を丸めてバッグに入れれば作業は完了である。
 最初は『気持ち悪い』とか思っていた肉の解体作業も、最近はもう食肉としてみられるようになってきたので、作業も早い。
「それじゃ急いで戻りましょ。敵は?」
「今のところ無し。オーク以外もな」
 戦闘でそれなりに大きな音は出たはずだが、様子を見にオークが近づいてくる様子がないのは正直助かるが、聞こえていないのか、それとも問題ないと思っているのか、援軍を出すだけの頭がないのか、どれだろうか。
 俺たちがトーヤたちの所に戻ると、オークは2人で1匹ずつ処理がほぼ終わっていた。
 残りはオーク6匹と、オークリーダー。手分けして処理を進めていく。
 【解体】スキルは全員が持っているが、やはり一番早いのはレベル2になっているハルカ。残りのメンバーはさほど差が無いが、力のあるトーヤが少しだけ早いだろうか。
 ハルカが2匹処理する間に俺たちが1匹ずつ処理して、オークリーダーの解体に進む。
 二回りほど大きいだけで、構造自体は解体は難しくない……と思いきや、結構大変である。
「これ、マグロ用の包丁みたいに、でっかいナイフが欲しいわね」
 そう、解体用ナイフの刃渡りが短いのだ。皮を剥ぐのはともかくとして、肉を切り分けるために何度も刃を入れないといけないのが地味にきつい。
「オレの剣、使うか?」
 トーヤがそう言って剣を差し出すが、ハルカは苦笑して首を振った。
「それ、ほぼ刃が付いていないじゃない」
 トーヤの剣は重量重視の代物なので、力を入れて叩きつければ引きちぎるぐらいはできるのだが、肉をスッと切り分けるような事はできない。
 日本刀でもあれば良いんだろうが、実戦用としては微妙だろうなぁ。
 攻撃はすべて避けて打ち合いはせず、敵を切るときも硬いところは避けて切り裂く様な使い方をするか、突きを主体にするか……。
 日本の戦場であれば敵から奪った刀を取り替えつつ戦う、なんてことができるのかもしれないが、魔物相手の戦闘でそんなことができるはずもない。戦闘終了後に、毎回手入れをする時間を取れるとも限らず、それこそ魔法のアイテムのような刀でもなければ普段使いは無理だろう。
「マジックバッグがあるんだから、長い解体用ナイフを買っても良いかもしれないな。今回はこれで頑張るしかないが」
「そうね。正直、脂でベトベトになってキツいわ」
 ナイフを入れ、肉を引っ張って更にナイフを――と繰り返さないと肉が切れないほどぶ厚いのだ。腕の太さだけでも一抱えほどもあるのだから、簡単には切れない。
「……風魔法で、スパンと切れないものかしら?」
「使えるのはハルカだけですから、ハルカが頑張るしかないですね」
「水魔法でウォーター・カッターとかは?」
「水魔法も今使えるのはハルカだけだね。私は一応、素質を持ってるけど」
「そもそも、ウォーター・カッターって硬い物は切れるけど、あれって削るような感じだろ? 厚い物をスッパリ切るような用途には向いてないと思うが」
 日本に於いて工業用途で使われているウォーター・カッターは高圧で水、もしくは水に何らかの粒子を混ぜた物を吹き付けて、素材を削り取って切っている。
 刃が摩耗するという欠点がなく、熱が発生せずに硬い物でも切れるというメリットはあるが、例えば、1メートル先の物を切ると考えると、空気抵抗を考えればあまり実用的とは言えないだろう。
 魔法の効果で『水が拡散せずに常に加速し続ける』という効果でもあれば別だろうが。
「少なくとも解体を目的とするなら、いろんな刃物を用意する方がよっぽどマシだろうな。持ち運びの問題が無くなったんだから」
「そうよね。買っておくべきだったわね。オークの時にもちょっと面倒だったんだから」
 オークの解体でもナイフの刃渡りは少し問題になっていたのだが、1人が1度に解体するのは1匹以下だったので、みんな不満を口にせずに作業していたのだ。
 しかし今回ハルカはすでに3匹のオークを1人で解体、最後がこのオークリーダーなので不満も理解できないわけではない。
「ま、あと少しだから頑張ろうぜ」
「えぇ、そうね」
 不満を口にしつつもハルカの手は止まっておらず、5人でかかればオークリーダーといえど、そこまでの時間はかからず枝肉へと姿を変えて、すべてマジックバッグへと姿を消した。
 残った皮は普通のオークよりも丈夫そうだが、足の部分にはナツキの作った結構な数の刺し傷が。
 これが評価にどう影響するかだが、まさかナツキに『斃し方が悪い』なんて言えるはずもない。
 多少の金よりも命の方が大事なんだから。
「よし、終わったわね。それじゃ、速やかに撤退するわよ。少なくともオークのテリトリーからは」
「「「「おう(うん)(はい)」」」」
 ハルカが全員に手早く『浄化ピュリフィケイト』をかけ、綺麗になったところで各自荷物を持って足早にその場所を後にした。

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074.md

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074 成果は?
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ナオの怪我を治療。
オークとオークリーダーを急いで解体して、その場所を急いで離れる。
 結局あの後、俺たちは森の外まで移動した。
 肉体的だけでなく、精神的な疲れもあり『安心できる場所で休みたい』と全員の意見が一致したのだ。
 森の外の草地に腰を下ろし、揃って息をつく。
「いやー、無事に生き残ったが、思った以上に強敵、だったな」
「そうですね。オークリーダー相手に単独で戦うのは、少なくとも森の中では少し厳しいです」
 オークリーダーの移動も制限されたが、どちらかと言えばナツキの方が、より動きづらそうだった。
「ナオは、今回は結構な怪我をしたよな。他に怪我人がいなかったのは幸いだが」
「ぐっ! ――いや、撃破数は俺、1位だよな? 3匹は確実、更に2匹は半死にしてるわけだし。個人的には、トーヤの活躍が少ないと思うぞ! 2匹しか相手にしてないし」
「いや、それは……否定できないが」
 トーヤが3匹受け持ってくれればもう少し余裕があったし、2匹でも素早く斃せばナツキの援護に入るのももっと早くできただろう。
「それは私も少し思ったかな。トーヤの技量なら、もう少し早く斃せそうな気はする」
「2匹同時にというのがやっぱりネックだな。慣れてないから」
「今度から訓練では、複数相手で模擬戦するのも良いかもね。宿の庭じゃ無理だったけど、せっかく土地も買ったんだし」
「そうだな」
 これまでの訓練では、互いに戦う事はあったが、ユキの言うとおり、場所的な問題から、1人対複数の訓練はしてこなかった。しかし今なら、少し足を伸ばせば自由に使える土地があるのだ。訓練にはもってこいだろう。
「ナオは何で怪我したの?」
「あー、一番の原因は槍を折られたから、だな」
「そういえば持ってないわね?」
「す、すみません! 私が高い槍を使ってたから――」
 ナツキが頭を下げてそんなことを言ってくるが、俺は慌てて首を振って否定した。
「いやいや、それは全然問題ない。というか、ナツキがあの槍を使ってたら、多分シャレにならなかったと思うし」
 オーク相手でもあまり刺さらないのだ。オークリーダー相手なら、全くダメージを与えられなかった可能性が高い。
「それに、俺も折られた後の対応が少しマズかった気がするからな。ただ、もう少しマシな槍と替えの武器は用意した方が良いかもしれないな。俺に限らず」
「そうね。今ナツキが使っているのと同じぐらいの物は買うべきかもしれないわね。替えの武器も、マジックバッグのおかげで持ち運べるし。私も、弓以外の武器も練習するべきでしょうね。今回はちょっと困ったから」
 ハルカ、弓を使って殆ど接近戦みたいな事をしてオークを1匹引きつけてたんだよな。
 動きの速さと弓の腕があるからこそ成り立っていたが、かなり危うい感じではあった。少しだけでもオークを止められる前衛がいれば、距離を取って簡単に斃せたんだろうが、今回みたいに近づかれたときのことも考える必要はあるだろう。
「ナツキは……特に言うことは無いかな。頑張ってたと思うから」
「そうでしょうか? 結局、皆さんの援護がなければ致命傷を与えることもできませんでしたし……」
「今回は場所が悪かっただろ。回り込むことができない状態で、正面から挑んであれなら十分だと思う」
 むしろ、良くそれだけの度胸があると思う。
 あの巨体の前に立ち、凄い勢いで降ってくるデカい棍棒を避けて槍で攻撃を加える。
 掠かすっただけでも飛ばされるような状況で、冷静に行動できるんだから。
 俺なんてオークの棍棒、しかも振り下ろしじゃなくて振り上げで木の上まで飛ばされたわけだから、その威力はよく解る。
「そういえば、ユキは上手くオークの攻撃をいなしていたよな?」
「あ、うん。それは確実に【筋力増強】のおかげだね。普通なら力負けする状況でも、何とかできたから。幸い【鉄壁】が活躍する状況はなかったけど、かなりの効果はありそうだよね、魔力による身体強化」
「俺も覚えていたら、骨折せずに済んだかな?」
「いや、あそこまでポッキリ行く状況だと、どうかなぁ? レベル1とかじゃ無理じゃない?」
 そうか。でも頑張って覚えよう。かなり痛かったから。
「しかし、やっぱり怪我は危険ね。ゲーム的に言うなら、『HPが2割減』とかで表現されるのかもしれないけど、私がナオみたいに片腕が折れたら攻撃力がゼロになるんだから。怪我して怯んだ直後に追い打ちされると死にかねないし……ナオ、良く生きていたわね?」
「ああ、かなり運が良かったな……」
 少し感心したように言うハルカに、俺はため息をつきつつ答える。
 あの時、運良く木の枝がつかめなかったら、結構危なかったかもしれない、マジで。
「結論としては、もう少し訓練しないと、あたしたちにはオーク10匹を相手にするのは危ないって事かな?」
「オークだけなら大丈夫じゃないか? オークリーダーにナツキが向かわなければ、怪我することはなかったと思うし」
「すみません。私が戦おうと言ったばかりに……」
 しゅんとして俯うつむいてしまったナツキに、慌てて声を掛ける。
「あぁ、いや、怪我すること自体は覚悟してたし、別にナツキが悪いってわけじゃないぞ? 単にオークのみの10匹なら対応できるというだけのことで」
「そうよね、上手くすれば怪我をせずにやり過ごせたんじゃない?」
「それは否定できないな」
 槍が折れたとき、一瞬早く後退していれば、そして今にして思えば、時空魔法を上手く使えていれば、もっと巧みに対処できていたかもしれない。
 俺の一番得意な魔法なんだから。
「オークをほぼ一撃で斃すナオの魔法は凄いと思うが、殲滅力が足りないよな。2本同時に、とかはできないのか?」
「かなり無茶を言うな!?」
 最初のショボい『火矢ファイア・アロー』から、オークの頭を吹き飛ばすようになるまで、これでもかなり苦労したんだぞ?
「だって、マジックバッグを作る時って、違う魔法を3つも同時に使ってるんだろ? それを考えれば、同じ魔法を同時に2つ使うぐらい、簡単じゃないか?」
「……そう言われたら、そんな気もするが」
 『火矢ファイア・アロー』を使うときは、威力や速度をイメージして必要な魔力をつぎ込み、標的を確認、そこに当たるように発射する。
 威力と速度を同じにするなら、その部分に関しては問題が無いだろう。ネックとなるのは、別々の標的に飛ばし、命中させる部分か?
 俺は立ち上がり、10メートルほど離れた箇所に2メートルほどの間を空けて2つ印を付ける。
「むむむ……『火矢ファイア・アロー』!」
 2つの発動はオッケー、命中は……微妙にズレたか!
「おぉ、ナオ、凄い! 1回で成功させるなんて」
「言ってみるもんだな。いきなりできるとは思わなかったぞ?」
 ユキとトーヤは手を叩き、素直に褒めてくれるが――
「少しだけ、印からズレてしまいましたね」
「発動も少し時間がかかるし、威力もちょっと低い? ナオ、あの印の真ん中に、1本打ち込んでみて」
「おう。『火矢ファイア・アロー』」
 さっきと同じぐらいのつもりで発動した魔法が、思った通りの箇所に突き刺さり、穴を開ける。
 ハルカがそこまで言って穴を確認、左右の穴と見比べて首を振る。
「威力としては、7、8割かしら? 弱くなっているのは確実だけど」
「もうちょっと威力は上げられないの?」
「できなくはない、が、時間がかかる」
 今俺がオークに使っている『火矢ファイア・アロー』は、3秒以内で確実に発動可能な最大威力をベースとしている。
 魔法の速度、威力、発動時間。
 この3つはトレードオフで、威力を上げるなら発動時間が、発動時間を延ばさなければ速度が落ちる。慣れることで底上げはできているが、現状での最大値がこれなのだ。
「ちなみに3本は?」
「さすがトーヤ、無茶を言う。……『火矢ファイア・アロー』!」
 発動はした。しかし、狙いがかなりズレている。
 最初に付けた2つの印と、後から放った中心の穴を狙ったのだが、きっちり当たった物は1本も無い。最も近い物で20センチぐらい、最も外れた物は50センチほども外れている。
「威力も5割ぐらい? 敵が密集しているか、牽制目的には使えるかもね?」
 再び穴を確認したハルカが、肩をすくめながらそんな風に言う。
 確かにこれでは、戦闘中に使うにはちょっと危ないよな。落ち着いて使える状況でこれだと、焦った状態で使うと下手すれば味方に当たる可能性すらある。
「2本、確実に当てられるように練習してみるかなぁ……」
 使えるようになれば、かなり有利になるだろう。
 オーク10匹程度なら、俺1人で接近までに4匹は間引けることになるのだから。
「ナオの魔法はともかくとして、私たち全員、訓練が必要かもしれないわね。武器と魔法……魔道書、買いましょうか? 家の代金を払っても、その程度の蓄えはあるから」
 現金自体はまだ金貨600枚に達していないが、マジックバッグに入っているオークはそれ以上ある。数十万レア使ったとしても、支払いに困るような状況ではないのだ。
「あたしも武器、買いたいかな? この鉄棒、丈夫だけどオークには効かないし、あんまりあたしの外見に合ってないよね?」
「いや、外見はどうでも良くないか?」
 それに上手いことオークの攻撃をいなしていたし、案外に合っている気もするぞ?
「いやいや、あたしの外見だと、やっぱり短剣とかで、盗賊スタイルが合ってると思わない? ほら、小柄だし」
「否定はしないが、スキル的にはナツキなんだよな、そのポジション」
「ナオに武器を買い直すと、ユキだけがまともな武器が無い事になるから、買いたいなら別に良いと思うけど……短剣、ねぇ」
「え、ハルカは反対?」
「反対というか、教えられる人、いないわよ? スキル無しの状態から使えるようになる?」
「それがあったか!」
 俺たちの武器スキルは、ユキ以外、レベル2~4。
 ユキはトーヤからコピーして、【棒術】をレベル1で使えるようになったが、短剣を使おうと思うと、コピーする相手もおらず、1から試行錯誤するか、他に教えてくれる相手を探す必要がある。
「でもさ、オレが【棒術】を覚えたの、案外簡単だったぞ? 【剣術】があったからだと思うが、ユキも最初は【剣術】を取得して、その後で【短剣術】を取得できるように訓練してみたらどうだ?」
「確かに、それが近道かもしれないわね。できれば、短剣特有の戦い方とか、誰かに教えてもらえたら良いとは思うけど」
「俺としては、短剣に拘る必要は無いと思うんだが。【筋力増強】があるんだ。斧とかバトルハンマー、フレイルなんかも選択としてはありじゃないか?」
「えー、それは可愛くないよ!」
「……そうか?」
 斧やハンマーなどが可愛いと主張するつもりはないが、ナイフは可愛いという部類に入れても良い物か? 俺のイメージとしては、むしろアサシン的に闇からずっぷし、という感じなんだが。
「まあ、ユキがやりたいと言うのですからやらせてみましょう。私、少しだけですが短刀術を知っていますので、教えられることもあるかもしれませんし」
 小太刀を使った武術の一種で、さわり程度だが教えてもらったことがあるらしい。
 薙刀の方に力を入れていたので、大したことは出来ないと言うが、全く縁の無かった俺からすれば十分凄い。
「さすがナツキ、多才だな」
「恐縮です」
 そう言ってはにかむナツキだが、話の中身は物騒である。
「さて、時間的にはまだ午前中なんだけど、これからまた森に入りたい人、いる?」
 ハルカが俺たちを見回すが、俺たちは揃って首を振る。
「今日は……いいだろ」
「そうですね。ナオくんの武器も無くなりましたし」
「俺は魔法もあるが、無理する必要も無いだろ」
「あたしも少し疲れたかな? 【筋力増強】があっても、オークと1対1で対峙するのは結構、精神的に疲労するね」
 そんな全員の意見を聞いて、ハルカも頷く。
「なら、まだ少し早いけど、今日はここで昼食を摂って街に戻りましょうか」
 久しぶりに安全な場所で昼食を取れる状況になった俺たちは、その場で焚き火を起こし、お茶を飲みながら一息。
 早めの昼食を食べ終えた後、足早に街へと戻ったのだった。

375
075.md

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075 戦力アップ作戦 (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
今回の戦闘を総括。
現状ではオークリーダーを含む10匹以上のオークには戦力不足。
武器の新調や魔法の習得を目指す。
 街へ戻ると、いつものようにギルドでオークを売却。ただ、所持金が心許ないので、今日売ったのは6匹。
 その足でガンツさんの武器屋へと赴く。
「こんにちは~」
「いらっしゃいませ」
 そう言って出迎えてくれたのは、初めて見る中年を過ぎたおばさん。
 俺が来たときはいつもガンツさんが店番をしていたんだが、店番を雇ったのか? トミーの指導もあるだろうし。
「あ、シビルさん」
 と、思ったのだが、どうやらトーヤは知り合いらしい。
 視線で問いかけると、「ガンツさんの奥さん」と教えてくれた。
 なるほど、結婚していたのか。まぁ、あの年齢なら普通は結婚してるか。定職も持っているわけだし。
「ガンツさん、今大丈夫です? ちょっと相談があるんだが」
「主人ですか? ちょっと待ってください、呼んできますから」
 シビルさんは俺たちに軽く頭を下げて、奥へと下がる。
「ガンツさん、結婚してたのね」
「ああ、実はオレもこの前知った。仲は良いみたいだぞ?」
 トーヤによると、ガンツさんが奥で仕事をしているときに奥さんは店番をしているので、俺たちが出会えなかったのはたまたまだったらしい。
 それから待つこと暫し、布で顔を拭きながらガンツさんが奥から出てきた。
「おう、お前たちか。今日は何だ?」
「仕事中すまない。ナオの槍と、ハルカとユキの武器を見繕ってくれ」
「ん? ナオはこの前買ってったよな? あぁ、今はそっちの嬢ちゃんが使ってるのか」
「俺は魔法があったから。同じヤツで良いと思うんですが、ありますか?」
「黄鉄と擬鉄木の槍だよな? ちょっと待ってろ」
 そう言って奥から出してきたのは、ナツキが持つ槍と同じ物。それに、穂先から柄まですべて黒一色の物。
「こっちはその嬢ちゃんが持ってるのと同じヤツだな。で、コイツは一見黒鉄の様だが、魔鉄で作った槍だ。強度も鋭さも一段上だぜ?」
 黄鉄と打ち合えば、魔鉄は無傷で黄鉄が欠けるぐらいの違いはあるらしい。
 せっかくなので持たせてもらったのだが――
「重っ! これはちょっと無理!」
「扱えれば良い武器なんだがなぁ……」
 魔鉄自体は黄鉄とさほど重さに違いは無いのだが、柄まで魔鉄を使っているためにかなり重くなっているらしい。
 ちなみに、値段の方はおおよそ5倍。予算的にも無理である。
「穂先だけ魔鉄なら買っても良いんですけどね」
「このレベルの槍を使うヤツは、この程度の重さでも問題ねぇんだよ。ゴブリン程度ならこの柄で叩くだけで頭が砕けるしな!」
 この重さと硬さ、それに柄の長さがあれば、確かに振り回すだけでゴブリンの頭蓋骨ぐらいは軽く砕けるだろう。
 今後、俺が強くなれば検討しても良いが、今は素直に黄鉄の槍を選ぼう。値段的にも600万円の槍とか、国宝レベルだろ。こっちだと実用品だけどさ。
「次は、ハルカ、お前の武器か? 弓だけじゃねぇのか?」
「使いこなせるのは弓だけなんですが、近寄られたときに使える武器が欲しいと思いまして」
「希望はあるのか?」
「特にないですが……刺突剣(レイピア)とか?」
「刺突剣(レイピア)? 普段は使わねぇんだろ? 邪魔だと思うぞ」
 そう言いながらガンツさんが持ってきた剣は、細くて長い刀身を持った物。
 その長さは1メートルは超えるほどもあり、結構重い。
 少なくともこれを身につけた状態で、今のように身軽に木に登ったりすることは難しいだろうし、弓を使うときにも邪魔になりそうである。
「確かにこれは、予備の武器としては厳しいですね。案外重いですし」
「だろ? 俺としては、こんくらいの長さのショート・ソードが適してるってぇ思うんだが」
 今度の剣は、柄の部分を合わせても50センチほど。これぐらいであれば腰にぶら下げていても、さほど邪魔になりそうにない。
 ハルカもその剣を手に持って軽く振ったり、腰に当てたりして頷いている。
「現実的にはこのぐらいですか」
「ハルカが格闘戦ができるなら、拳に付ける武器もあるが、できねぇだろ? ナイフなんかも邪魔にはならねぇが、魔物相手じゃあんま使えねぇしな」
「なら、このあたりでそれなりの物を見せてもらえますか?」
 ハルカがそう言うと、ガンツさんは苦笑しながら、頭をかいた。
「あー、勧めておいて悪ぃんだが、さっきの黄鉄の槍レベルの物の在庫はねぇな。高ぇのならあるが、予備の武器にそれはねぇだろ? 今持ってるそれは安すぎるだろうし」
 ガンツさんが店頭から持ってきたのは、普通の鉄で作った駆け出し向けの物で、価格も数百レアとかなり安い。いくら予備の武器とはいえ、このレベルの武器は無いだろう。
「となると、注文ですか」
「おう。――そうだなぁ、おめぇらはトミーの友人だったよな? 何だったらアイツに練習がてら作らせるか? まだ店に並べるレベルにはねぇが、材料費だけで受けても良いぜ? 少なくとも、材料費分よりはマシな武器が作れるぞ?」
 今のトミーだと、同じ素材を使っても、さすがにガンツさんには勝てないらしい。
 その不足分を素材により良い物を使うことで補い、実費のみで作らせてはどうか、という提案である。
 俺たちとしては、ほどほどの値段でそれなりの武器が手に入り、ガンツさんとしては、トミーの修行に使う材料費が浮く。どちらにも利のある提案である。
「それじゃ、お願いしましょうか」
「おう、一区切り付いたら呼んでくるから、少し待ってくれ。それで、そっちの嬢ちゃんは?」
 そう言ってガンツさんがユキに目を向けるが、ユキはちょっと困ったような表情で尋ねた。
「あたしは、ナイフって思ってたんですが、魔物相手だと役に立たないんですか?」
「難しいなぁ。ナイフだとひたすら切りつけて失血死を狙うか、急所を狙うか……。人相手ならともかく、魔物相手だと心臓を一突きしても、刃が心臓まで届かないことすらあるぜ?」
 イメージとしては象をナイフで斃すような感じだろうが。
 俺は象の心臓がどこにあるのか知らないが、確かにナイフを刺しても届きそうにないし、首の頸動脈を狙うのも厳しそうである。
「じゃあ、あたしみたいなタイプだと、何がお勧め?」
「嬢ちゃんはちっせぇからなぁ。フレイルとか……力と体重があれば、戦槌、槌矛、ポール・アックスなんかもありだな」
 基本的に、遠心力を使って叩きつけるタイプの武器だな。
 フレイルとかモーニングスターとか、あの辺りの武器はあまり力が無くても、上手く使えば厚い鎧越しにもダメージを与えられると聞いたことがある。そう考えれば、ユキに向いているのかもしれない。
 ゲームなんかではたまに、戦槌のようなでっかい武器を小柄なキャラが振り回すというシチュエーションがあるが、実際には【筋力増強】があったとしても、カウンターウェイトがなければどうしようもないだろう。
 それこそガンツさんが言うように『体重が重くなければ』不可能である。
「う~ん、フレイルかぁ……可愛くない」
「おめぇ、戦いに可愛さなんて求めんじゃねぇよ! 接近戦がメインじゃねぇのなら、ハルカみたいな短剣って手もあるが……」
「あ。あたし、一応、魔法がメインかも?」
 首を捻ってそんなことを言ったユキに、ガンツさんが噛み付く。
「『かも』って何だよ! その鉄棒を持って魔法使いとか、舐めてんのか!? メイジスタッフでも持ってろ!」
 メイジスタッフとは、魔法の発動を手助けする杖で、持っていることで魔法の威力を上げることが可能、また多少なら敵を殴って攻撃することもできるらしい。
 ただし、あまり激しく殴りつけると、メイジスタッフとしての機能が損なわれるようなので、今日みたいにオークの攻撃を受け流すような使い方はできないだろう。そもそも、木製が殆どらしいので、鉄棒みたいな強度は期待できないのだが。
「ここにメイジスタッフは置いてないの?」
「ウチにはねぇな。必要なら知り合いの店を紹介してやる。ただ、その鉄棒で戦えてるっつうなら、指輪の発動体を買って、別の武器を扱う方が戦力的には良いかもな。結構高ぇが」
 メイジスタッフと同じような効果のある物として、指輪型、ネックレス型などいろんな発動体が存在するようだが、いずれも良いお値段がするらしい。
 普通のメイジスタッフは初心者から上級者までが使い、それ以外の発動体は中級者以上が使うため、そういう価格設定になっているだけで、効果としては値段相応なんだとか。
「それなら、あたしもトミーに頼もうかな。ガンツさん、良い?」
「ああ。アイツも修行ができて良いだろうさ。アイツの作業の区切りが付くまでしばらく待っていてくれ」
「わかった」
 そう言い置いて店の奥へ入っていったガンツさんを見送り、俺たちは店の隅に置いてあった腰掛けに座った。
「取りあえず、それなりの物は手にできそうだな」
「そうね。短剣の訓練は必要だけど……トーヤとナツキ、お願いね?」
「おう。剣術に関しては任せろ」
「私の知識が役に立てば良いのですが」
「うーん、トミーにはそれっぽい物を作ってもらいましょ」
 そんな話をしながら30分ほど待っていると、ガンツさんに連れられてトミーが出てきた。
 ガンツさんはカウンターに座り、トミーだけがこちらに来てぺこりと頭を下げた。
「こんにちは。昨日振りですね。ボクに武器を作らせてくれるとか?」
「ええ。利害の一致というヤツね。私とユキの短剣を作って欲しいのよ」
「用途を考えたら、頑丈なのが良いね。短刀……片刃でも良いかな?」
 ナツキが教えられるのが小太刀を使った武術ということであれば、ユキの言うとおり、確かにその方が良いのかもしれない。
「頑丈さ優先の脇差しみたいな物でしょうか……切れ味、頑丈さ、重量、優先するのは何でしょう?」
「冒険中に使う物だから、メンテナンスフリーとは言わないけど、毎回手入れしないと使えなくなるような物は困るわね」
「切れ味も欲しいけど頑丈さ優先かな? 万が一、折れたら死ぬわけだから。重量はある程度は許容できるよ。【筋力増強】もあるしね」
「なるほど……好きにやらせてもらって良いんですか?」
「条件を満たすなら。あまり趣味に走られて使いにくいのは困るけど」
 そうハルカが言うと、トミーは嬉しそうに笑って頷いた。
「わかりました! それで、予算は?」
「そうね……1本金貨100枚以内で、2本」
 ハルカがそう言ってガンツさんに目をやると、了解、と言うように頷いている。
「納期は、どれくらい頂けますか?」
「早い方が良いけど、手抜きは困るから、1週間でどう?」
 再びガンツさんに目をやると頷いている。トミーも頷いているので、オッケーな様だ。
 更に代金の支払いは品物の受け渡し時で良く、できあがったときは同じ宿に泊まっているトミーが俺たちに知らせることなどを決める。
 そして俺たちは、俺の槍の他に解体用の大型ナイフなどをいくつか見繕い、それらを購入してから店を出た。

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076.md

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076 戦力アップ作戦 (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ガンツさんのところで、ナオの槍を買う。
ハルカとユキの武器はショート・ソードになるが、在庫がないため注文生産。
トミーの修行を兼ねて、材料費のみで発注する。
 武器屋を出た後は、以前訪れた本屋へ向かった。
 ここでも目的はもちろん、魔道書。
 以前購入しなかった、基礎魔道書、水系魔道書、光系魔道書、火系魔道書を購入する。
 節約のため、基礎魔道書は15,000レアの少しボロい方である。
 更に前回は入荷していなかった風系魔道書があったので、これも購入。
 せっかくの機会だからと他にもめぼしい本を物色し、それなりに需要があるらしく普通に在庫があった土系魔道書、ナツキがほしがった薬学に関する書籍、薬草辞典、普通に便利そうな魔物辞典も加えて、トータル9冊。
 全額で金貨200枚を軽く超えていたが、まとめ買いするのだからと頑張って値引きを引き出し、200枚きっかりで手に入れた。
 9冊で200,000レア。やっぱ、本は高すぎである。
 ただ、これで俺たちが使う魔法に関する一般的な書籍は入手できたので、きっと魔法の習得が捗ることだろう。いや、捗ってくれないと正直困る。金貨200枚は決して安い買い物ではないのだから。
            
 購入した本をまとめてマジックバッグに放り込んだ俺たちは、購入した土地へと直行する。普通なら荷物を宿に置きに戻り、更にはその盗難を心配しなければいけないところなのだが、本当にマジックバッグ様々である。
 その土地には、昨日の今日なのにすでに工事の手が入っていた。
 俺たちが相談して決めた家の場所、門から入って10数メートル真っ直ぐ歩いたところに、かなり広い家の基礎が立ち上がっている。
 これは土魔法使いに依頼して作ってもらうらしく、日本におけるコンクリの基礎を魔法で作った石に置き換えたような感じだろうか。この作業だけで、土魔法使いは結構な額の報酬が貰えるらしい。
 どれくらい丈夫な基礎になるかは魔法使いの腕次第のようだが、しっかりした基礎を作った上で家を建てるという方法を取っているため、この国の家は案外丈夫で、雨などにも強い。
 今、その基礎の周りでは、そこに立てる柱などを大工が加工している。側には資材が積んであるが、とにかく敷地が広いので、俺たちが訓練するスペースは十分にある。
 家の前庭的に10数メートルのスペースは取ったが、家の左右のスペースは家が2、3軒は建てられそうなほどあるし、家の裏側のスペースはその比ではない。
 ディオラさんが『土地を分割して売ったら』と言ったのが解る広さである。
 俺たちは、作業している大工に軽く挨拶をして、裏の広いスペースに移動する。
「それじゃ、今日の訓練だけど……魔法は魔道書を読んでからが良いわよね」
「なら、いつも通り武器の訓練か?」
「ハルカとユキに剣術を教えるのは早い方が良いと思いますが、短剣ができるまではお預けでしょうか」
「一応、オレが使っていた木剣はあるぞ? 長さが違うが」
 そう言ってトーヤがマジックバッグから取りだしたのは、懐かしの木剣。
 最初はこれでタスク・ボアーに対峙したんだよなぁ、トーヤが。頭蓋骨に跳ね返されたけど。
「長さは結構重要だと思いますから……ただの棒の方がまだ良いかと」
 そう言って首を振るナツキを見て、ユキが何か思いついたらしく、指をピンと立てて声を上げた。
「あ、そうだ! せっかく大工さんが居るんだから、お願いしようよ!」
「えっ!?」
 戸惑ったような声を上げるハルカの手を引き、「お仕事以外を頼むのは……」という言葉も無視して大工の居る方へ笑顔で突撃するユキ。
 職人なんて気難しいんじゃ、と思った俺の心配を他所に、ユキはそのコミュニケーション能力を発揮して、笑顔で大工と会話、何やら木刀を作ってもらう方向に話が進んでいるように見える。
「行ったな」
「行っちゃいましたね。ユキのあの能力は感心します」
「自分の外見を上手く生かしているよな」
 トーヤの言うとおり、ユキは自分が幼く見えるところも受け入れ、それを踏まえた行動をしているところがある。
 それを『あざとい』とか、そういう感じではなくやれているあたりが、ユキのコミュニケーション能力の高さなのだろう。
 人は必然、外見に応じた役目を求められる所がある。
 極端なことを言えば、いい年をしてスーツでビシッと決めたおじさんが、子供みたいに菓子をおねだりしたらただのおかしな人だが、子供のような女の子がやれば許される。
 逆に、何らかのクレーム対応で『責任者』として出てくる場合、どちらかが適当かと言えば、当然おじさんの方だろう。
 学校でも、どちらかと言えば少しだけキツいタイプのナツキとハルカ、その2人とクラスメイトの緩衝材としての役割を、ユキは果たしていたように思う。男子があの3人のグループに話しかけるときも、大抵は最初にユキに声を掛けていたからなぁ。
「あっちはユキに任せて、私たちは私たちで訓練をしましょう。まずは……トーヤくんの複数相手の模擬戦、やってみますか?」
「そうだな。ちょうど木剣があるし、これと鉄棒でやるか? さすがに槍2本はキツいだろ?」
「というか、そろそろちゃんと訓練用の武器を揃えるべきじゃないか? いくら治癒魔法があるっても、危ないだろ」
 うん、それはあるんだよなぁ。これまではそこまで頻繁に模擬戦をやっていなかったが、複数を想定した戦闘訓練をするとなると、やはり模擬戦は必要になる。そうすると、事故が起きる可能性も否定できない。
 ちなみに、これまでの戦闘訓練では石突きの方を使っていた。トーヤの剣は打ち身、運が悪くても骨折で済むが、槍の穂先は案外切れるからなぁ。
「今日の所は、有る物でやりましょう。私が木剣を使いますから、ナオくんは鉄棒でお願いします」
「おう、トーヤを滅多打ちにしてやるか!」
「え、オレ、滅多打ちにされるの?」
「嫌なら頑張って対応してくれ。そのための訓練だ」
「いや、頑張るけどさ……結構草が邪魔だな?」
 剣を構えようとして、周りを見回し、トーヤがそんなことをぼやく。
 当分放置されていただけあって、確かに草がボウボウ、一部には灌木すら生えている。
「森の中を考えればマシでしょう。それを含めて訓練だと思えば良いのでは?」
 そう言われてしまうと、あえて草刈りをする必要も無いか。
 俺は鉄棒を構え、トーヤを促す。
「しゃあねぇ。やるか!」
「おう!」
 それを合図にトーヤに打ちかかる俺とナツキ。
 基本的にはナツキがトーヤと打ち合い、俺がその周りを移動しながら適当に手を出していく。
 俺に【棒術】スキルは無いし、ナツキに【剣術】スキルも無い。
 それ故にトーヤはなかなか見事に凌いでいるのだが……ナツキ、案外剣の扱いが様になってるな? 剣道でも囓っていたのだろうか?
 そんな攻撃を続けること30分ほど。途中でナツキと役割を入れ替わったりしながら攻撃を続けていると、俺も大分鉄棒の扱いに慣れてきたのか、トーヤの剣や盾を抜けて攻撃がヒットするようになってきた。
 もちろん、当たる瞬間には寸止めに近くなるようには努力しているのだが、そんな技術も無いので、適度にビシビシと当たっている。
 トーヤからは「ビシビシ違う! ドカドカだ!」みたいな抗議が聞こえそうだが、レベル3を持ちながら、スキル無しの2人の攻撃を防げないトーヤが悪いのだ。うん、そうに違いない。
「ちょい待て! ナオ、攻撃が、速く、なってる!」
「そう! か! そんな気は! しないでも! ない! 頑張れ!」
 まだ喋る余裕はあるらしい。少しだけ、ナツキの攻撃も激しくなった気がする。
 取りあえず、剣を手放すまでは攻め続けますぞ?
 ナツキと視線を交わし、更に攻め続けること2分ほど。
 一気に飛び退いたトーヤが手を上げた。
「待った! 休ませてくれ!」
 それだけ言うと、トーヤは剣を手放すと、地面の上に転がり、「だぁぁぁ!」と大きく声を上げて、息をついた。
 さすがに30分以上、神経を使いながら動き続けるのはキツかったようだ。
 俺とナツキはまだ緩急を付けて交代したりしていたが、トーヤは1人で受け続けるわけだからな。
「お前たち、動きが素人じゃねぇよ!」
 寝っ転がったまま、ビシリと指を指すトーヤに、俺は肩をすくめる。
「いや、素人じゃないから」
「そう言う意味じゃねぇよ。スキルが無いとは思えねぇよ」
「刀は多少扱ったことがありましたから」
「鉄棒は槍の応用で扱えるからな。……あ、【筋力増強】が生えてるわ。ついでに【棒術】も」
 道理で途中から、鉄棒が軽く感じられるようになったと思った。
「【棒術】、大盤振る舞いだな!? しかも、【筋力増強】まであっさり取ってやがるし」
 まぁ、【棒術】はトーヤもあっさりと取った上に、レベル2にまでなったスキルだからな。レベル1程度なら、武器関連のスキルを持っていて、棒もそれなりに扱えれば取れる程度の物なのかもしれない。
 ただし、【筋力増強】はちょっと違う。
「いやいや、【筋力増強】はそれなりに努力してたんだぞ? 昨日から今日にかけて」
 昨日訊いたユキの説明を念頭に、魔力を身体に巡らせて物を持ってみたり、流れる魔力を把握できるように頑張ったり。ただ、今日のオークとの戦闘中や、先ほどの模擬戦の間はそのあたりを意識する余裕がなかったのだが……案外なんとかなるもんだな?
「あら? 私も【刀術】というのが増えています。【剣術】とは別扱いなんですね」
 ナツキも自分のステータスを確認したらしく、ちょっと不思議そうに首を捻ってそんなことを言った。
 木剣・・を使っていたんだから、普通なら【剣術】になりそうだが、ナツキの扱い方が剣とは違ったということなのだろうか? 確かに、叩きつける剣と切りつける刀は扱い方が違うので、【剣術】と【刀術】が分かれるのはおかしくはないのだが。
「簡単に取れたり、なかなか取れなかったり、よく解らないところがあるよな、スキルって」
 これって邪神さんの胸三寸なんだろうか?
 スキルが増えたり、レベルアップしたりしても、ピロン、とか言ってログが通知されるわけじゃないから、すぐには気付かないし……。
 あ、よく見ると【槍術】がレベル3になってる! よしっ!
「簡単に取れるのは、既存のスキルから応用が利く物、それと元の世界でできたことじゃないか? ナツキはちょっと囓ってたんだろ?」
「えぇ、ほんのちょっとですけど」
 トーヤの言葉に、ナツキが頷く。
 他に比較的簡単に取れた物と言えば、ナツキの【裁縫】とかだな。ナツキは元々裁縫ができたから、おかしくはない。
 キャラメイクの時は別として、やはりスキルがあるからできるのではなく、できるからスキルとして表示されるんだろう。
 そのタイミングが意識して使ったとき、という感じなのだろうか。
「休憩中?」
「良い感じの木刀ができたよ。ほら!」
 俺たちがそんな話をしていると、手に短い木刀を持ったハルカたちが戻ってきて、声を掛けてきた。
 ユキは嬉しそうに木刀を俺たちに見せてくるが、確かに良くできている。練習にはただの棒でも問題無さそうなのに、曲がりなりにも剣と解る形になっているのだから。
「ちょっと休憩中です。トーヤくんがバテてしまったので。せっかくですから、早速2人の指導を始めましょうか?」
「そうだな。基礎ができれば各自で訓練もできるし。ナオはどうする?」
 トーヤとナツキ、2人が指導に当たると、俺の模擬戦の相手が居なくなる。自主訓練でも良いのだが――。
「俺はしばらくここで魔道書でも読んでるよ」
「そう? じゃ、やりましょうか」
 そう言って木剣を構えたハルカたちから離れ、俺は荷物を置いてある場所に移動して座り込むと、マジックバッグから魔道書を取りだした。
 選んだのは、基礎魔道書。他の魔道書と違い、これはトーヤ以外の全員が最初に読んだ方が良さそうな本なのに、1冊しか買っていないのだ。
 俺が先に読んでおいた方が面倒が無くて良いだろう。さすがに2冊買うのは無駄だからな。
 購入した基礎魔道書は少々傷んではいるが、読むのに支障が出るほどでは無い。
 俺は本をそっと開くと、最初から読み始めた。

489
077.md

@ -0,0 +1,489 @@
077 戦力アップ作戦 (3)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
魔道書などを9冊買い込み、購入した土地へ行くと工事が始まっていた。
トーヤ対ナツキ・ナオで複数相手の模擬戦。
ハルカとユキは大工に木刀を作ってもらい、トーヤとナツキの指導を受ける。
 結構な時間、俯いて基礎魔道書を読み続けていた俺は、パタンと本を閉じて大きく息を吐くと、ぐっと伸びをして力を抜いた。
 体勢があまり良くなかったので、ちょっと身体が硬くなってしまった。グリグリと肩と首を回して凝(こ)りを解(ほぐ)す。
「そこまで目新しい中身はないか。……一部、役に立ちそうな情報もあったが」
 基礎魔道書に書かれていたのは、魔法全般に関する基礎的な事や、学ぶ上で知っておいた方が良いような事で、内容的にはさほど難しい物ではなかった。
 その殆どは、これまで体感的に理解していたことを系統立てたような内容だったが、その中に一部、気になる事が書かれていた。
 それは、『魔力を消費しても気絶することはない』という事。
 正確に言うなら、『原理的には気絶するが、現実的にはほぼあり得ない』らしい。
 どういうことかと言うと、例えば『気絶するまで走り続ける』事は不可能ではない。ただ、普通の人はその前に立ち止まって休む。
 魔法を使うときも同様で、術者の意識に問題が出るようなレベルで魔力が少なくなれば、自然とそれ以上は魔力を使えなくなり、仮に呪文を唱えている途中でも魔法は中断されて失敗する。
 魔法という物は、術者が魔力を注ぎ込むことによって完成する物で、決して魔法が勝手に魔力を吸い上げる物では無いのだ。
 例外として、錬金術師が作る魔道具は自動で魔力を吸い取るが、それは相手に魔力が潤沢にある場合のみで、普通の魔道具は魔力が少ない相手から過剰に吸収することはできない。
 それ故、通常『魔力不足で意識を失う』という事は、ほぼあり得ないのだ。
「気絶の心配が無いのはありがたいんだが、やっぱり魔力を測る方法は無いんだなぁ」
 本によると『魔法使いにとって自身の魔力量を把握することは肝要である。特によく使う魔法に関しては、平常時から何度使えるのか、魔力を消費しきってどのくらい休めば再び使えるようになるのか。それらを確実に把握していなければ、戦闘に於いて思わぬ不覚を取ることにもなりかねない』らしい。
 ただ、訓練を積み重ねる事で、魔力量を増やす事ができると解ったのはありがたかった。
 これまでの訓練で威力、回数共に増えている実感はあったが、それが魔力量に由来するのか、それとも魔力の扱いに慣れた為なのかはっきりとしなかったのだ。
「さて、読み終わったが……あいつらの指導はまだ続きそうだな」
 今はハルカとナツキ、ユキとトーヤに分かれて指導しているようで、トーヤは剣術としての剣の振り方、ナツキは短刀術特有の扱い方を教えているようだ。
 う~ん、何か格好いいな、短刀術。ユキに黒装束とか着せたら小柄で素早い忍者っぽくて似合うかもしれない。
 身体強化で、素早さも向上できたら不可能じゃないよな? ユキは【隠形】、【忍び足】、【投擲】、【回避】など、それっぽいスキルを得たわけだし。色っぽい方面のくノ一は無理だろうが。
「俺は、【鉄壁】の訓練もしてみるかな」
 こちらも一応練習していたのだが、【筋力増強】に比べて、自主訓練ではイメージが掴みにくかったのだ。
 【筋力増強】の訓練では、宿のベッドの下に手を掛けて、身体に魔力を巡らせて持ち上げようとすることで訓練ができたのだが、【鉄壁】の方は、自分ではやりづらい。
 一応、魔力のバリアのような物をイメージして、自分で手や足をぺしぺし叩いてみたのだが、イマイチ感覚がつかめなかった。
 叩こうとする手と、それをはじき返そうとする自分の意識。
 相反するそれが混じり合って混乱する。
「誰かに手伝ってもらえれば一番だが……魔法、ぶつけてみるか?」
 屋内ではさすがに攻撃魔法を発動させることはできないが、ここなら問題ない。
 それに、魔法なら『攻撃』した瞬間から、着弾するまで僅かな間隔があるので、同時に『攻撃と防御』の意思を持つ必要は無く、着弾の時には『防御』のみを意識すれば良い。
「多少熱いぐらい……ミスっても軽い火傷で済むぐらいにしたいな」
 普通ならこんな訓練お断りだが、この世界には治癒魔法が存在する。火傷程度なら簡単に治してもらえるのだ。
 俺は、超微弱な『火矢ファイア・アロー』を自分に撃つ……前に、そのへんの草に向かって撃って練習する。
 一瞬で焼けるレベルはマズいよな。緑の草が茶色くなる……いや、黄色くなるレベルに調整しよう。
 数度練習した上で、ズボンの裾を捲り、いざっ!
「――っ!」
 熱い! けど、耐えられないレベルではない。熱湯を一滴落としたぐらいだろうか。
 俺は、バリアー、バリアーと心の中で唱えつつ、自爆? 自傷? を繰り返す。
 そして、痛みに耐えつつ頑張ることしばらく。
 俺の足が真っ赤に染まった頃、ついに……。
「おっ!!!」
 熱くない!
 放った『火矢ファイア・アロー』が何かに阻まれるようにして消える。
「やっったぁぁぁ!」
 ヨロコビの叫び声を上げた俺に、ハルカたちが訝しげな表情を浮かべて近づいてきた。
「ナオ、いったい何――って、ホントに何してるの!?」
 俺の真っ赤になった足を見て、ハルカが慌てて走ってくると、素早く治療してくれる。
「おお、すまん。正直、結構痛かった」
 火傷をしたとき特有のヒリヒリした痛み。それがスッと引いていく。
「どうしたの? いきなり自傷行為に目覚めたわけじゃないでしょうけど……」
「ふっふっふ、俺もついに【鉄壁】を……って、無いし! 違うし!」
 そう言いながらステータスを確認した俺は、愕然とした。
 なんと取れたと思った【鉄壁】のスキルが無い!
 そして、その代わりに、【魔法障壁】ってスキルがある!
「どうしたんですか?」
「いや、【鉄壁】を獲得するために頑張ってたんだが――」
「あぁ、それでそんな足になってたのね」
「おう。自分で叩くのはイマイチだったから、魔法を使ってたんだが、それで取れたスキルが【魔法障壁】」
「【魔法障壁】? そんなのもあるんだ!? うふふふ、早速コピーしないと!」
「くっ、俺が痛い思いして獲得したスキルを、あっさり覚えるつもりかっ!」
 嬉しげに笑うユキを睨む俺。スキルコピー、かなり微妙な気がしていたが、パーティーメンバーが新しく有用なスキルを覚えると、かなり有効だなぁ。惜しげも無く教えてくれる相手が居てこそだが。
「でも、結局は『教える』必要はあるんだから、程度の差はあってもユキも痛い思いはするわよね?」
「ほうほう。つまり、ユキに叩き込む魔法の強さは俺次第、と?」
「えっ! ナオは私の柔肌に痕(あと)を付けるつもりなの!? 責任、取ってもらうよ?」
 自分の身体をギュッと抱き締め、そんなアホなことを言うユキに、俺はニッコリと微笑んだ。
「安心しろ。ハルカの治癒魔法は強力だ。な?」
「……治してあげるけど、程々にね?」
「ひどい! どうせなら止めてよ!?」
 肩をすくめるハルカの手を握って、ユキが抗議しているが、まぁ、実際には俺が自分に使ったレベルの魔法を使うだけなのだが。別に俺はSじゃないので、女の子を痛めつけて喜ぶ趣味もない。
 かといって、多分、ある程度の痛みがないと意味が無いだろうから、あれ以上弱くすることもできない。俺よりは短い時間で覚えられるはずだから、その程度は耐えてもらおう。
「それよりも、ユキとハルカは短剣は使えるようになったのか?」
「えぇ。一応、【剣術 Lv.1】と【短刀術 Lv.1】が得られたわ」
「ハルカもか? ユキならコピーで【剣術 Lv.1】がすぐに覚えられると思ったが……俺も剣術、習うべきか?」
 あの程度の時間で【剣術 Lv.1】が得られるのなら、俺も覚えておいて損はない気がする。狭い場所では、やはり槍よりも剣の方が使い勝手が良いのは確かなのだから。
 ユキとハルカに比べて俺の才能が無いとしても、半日も訓練すれば覚えられる……よな?
「覚えたいなら、教えてやるぞ?」
「そうだな。近いうちに頼む。今は【鉄壁】を覚えたいところだが」
 【魔法障壁】を覚えてしまったのは、ある意味、手違いである。
「【鉄壁】か。ナオの訓練を真似るなら、オレがビシビシと叩き続ければ良いのか?」
「そうだな、実績もあるし、それでやってみるか」
「よし、任せろ!」
 そう言って木刀を構えたトーヤに、俺は付け加える。
「俺も後から手伝ってやるからな?」
「……ははは、それは助かるなぁ」
 乾いた笑いを浮かべながら木刀を地面に置いたトーヤは、改めてそのへんの灌木から小枝を折ってきて構えた。
 賢明な判断である。あんまり痛いと俺が手伝うときに、つい力が入りすぎるかもしれないからなぁ?
「私たちは私たちで訓練、しましょうか」
「そうですね。【筋力増強】、【鉄壁】、それに可能なら【魔法障壁】も、生き残るためには重要なスキルですから」
「よしよし、あたしがしっかり指導してあげるからね!」
 そんなことを言いつつ、俺たちから少し離れ、訓練を始める女性陣。
「オレは適当に叩けば良いのか?」
「おう。――頭は止めろよ?」
「解ってるって」
 何か嬉しげに俺の周りを歩きながら、木の枝で俺の身体をパシパシと叩き始めたトーヤを睨み付け、その枝をはじき返すイメージを思い浮かべる。
 先ほどの【魔法障壁】を得た時と何が違うのかと言われると困るのだが、それ以外にやりようがないのだから、仕方ない。
「おーい、ナオ、目が怖いんだが?」
「気にするな。気合いを入れているだけだ」
 気軽に叩かれるのがちょっとムカつくのは確かだが、別にトーヤが憎いわけではない。
 魔力を意識しつつそんなことを続けることしばらく。
 叩かれた時に感じる痛みがかなり軽くなったように思った瞬間、即座にステータスを確認。
「――ぐっ!」
 手を握りしめガッツポーズをした俺に、トーヤが手を止めて、目を丸くする。
「あれ? もしかしてもう獲得したのか?」
「ああ。【魔法障壁】を覚えたおかげか? もしかすると、身体強化に関する魔力操作は似ているところがあるのかもな」
 ステータスに燦然と輝く、【鉄壁 Lv.1】の文字。
 先ほどに比べると、半分ぐらいの時間でできたような気がする。
 もちろん、これ以前にも【鉄壁】が覚えられるように、色々試行錯誤はしていたので、それが影響していないとも言えないが。
「マジか~。じゃあ、攻守交代か?」
「そうだな。【筋力増強】は自分で頑張ってもらうとして、【魔法障壁】と【鉄壁】、どちらからやる?」
「【鉄壁】なら室内でもやろうと思えばできるからな。【魔法障壁】から行くか」
「そうか。じゃあ、腕か足を出せ」
 ニヤッと笑って促す俺に、トーヤは嫌々ながら、ズボンの裾をまくった。
 火傷なら治癒魔法で癒やせるが、焦げた服は直せないのだ。服の上から『火矢ファイア・アロー』をぶつけるわけにはいかない。
「それじゃ行くぞ?」
「よし来い! 覚悟完了だ!」
「遠慮無く」
 むき出しになったトーヤの足めがけて『火矢ファイア・アロー』を発射。もちろん威力には細心の注意を払っているが……まだ身体に残る痛みのせいで、多少制御が甘くなってしまったのは、仕方ないよな?
「あっつぅ!! お前! これ! マジでこれでやったのか!?」
 魔法が当たった途端に飛び上がり、俺に信じられないような目を向けてくるトーヤ。
「概(おおむ)ね?」
 僅かに威力は高かったかもしれないが、そこまでは違わないだろ。もちろん、太股(ふともも)の内側に当たったのは、ただの偶然である。
「もっとソフトに! ソフトに!」
「仕方ないなぁ」
 今度はもう少し集中して、膝頭あたりを狙ってやろう。皮膚も厚めだし、少しはマシなんじゃないか?
「熱っ! けど、耐えられる!」
「そりゃ良かった。ガンガン行くぞ? 頑張って耐えろ。そして、【魔法障壁】を手に入れろ!」
「アドバイス! アドバイスは!?」
「考えるな。感じろ。――そう、魔力を!」
「何か深そうで、全然深くない! その魔力がわかんねーんだよっ!」
 そんなトーヤの抗議を聞き流し、攻撃を続ける俺。
 実際、「魔力って何?」と聞かれても、説明できないからなぁ。
 無責任かもしれないが、魔法を喰らい続けていれば、そのうち感じ取れるんじゃないだろうか?
 俺にできるのは、曖昧な『何となくこんな感じ?』と言う程度のアドバイスのみである。
 頑張れ、トーヤ。俺は応援しているぞ?
 結局夕方まで続いたその訓練が、トーヤの【魔法障壁】取得によって終わりを告げた頃、彼の両足は、ほぼ隈無く真っ赤になっていたのだった。

355
078.md

@ -0,0 +1,355 @@
078 男だけの内緒話
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ナオは自主訓練で【魔法障壁】を取得。ハルカとユキも【剣術】、【短刀術】を取得。
更にナオは、トーヤに手伝ってもらって【鉄壁】も取得する。
その後トーヤは、ナオのスパルタ教育で夕方までかかって【魔法障壁】を取得。
「うぅ、ひでぇ目に遭った」
「えー、俺はトーヤのために、心を鬼にして頑張ったのに」
 宿の部屋に戻り、ベッドに寝転がりながらぼやいているトーヤに、俺は遺憾の意を表明した。
 すでにハルカの手により軽い火傷は完治し、【魔法障壁】も見事に得たのだ。何の不満があるというのだろうか。
「喜々として攻撃された気がしたのは、気のせいか?」
「気のせいだな。――数回で飽きたから」
「おい!?」
 最初の数回だけは、叩かれ続けた意趣返しの気持ちが無かったとは言えない。だが、それ以降はただの作業である。
「怪我しない威力で魔法を使い続けるって、結構神経を使うんだぜ? 普通に使ったら足が吹っ飛ぶから」
「………」
「トーヤがもっと早く覚えれば、良かったとも言える」
「しゃあないだろ。魔力なんかよく解らなかったし」
「覚えられたって事は、掴めたんだろ?」
「掴めたというか……気合いだな!」
 曖昧だなぁ、おい。
 それで成功しているんだから、構わないと言えば、構わないのだろうが……。
「それじゃ、その気合いで【鉄壁】も覚えてくれ」
 俺は立ち上がり、持って帰ってきた木の枝を取りだして、トーヤの尻をペシリと叩く。
「いたっ! え、訓練続行なのか? 今日はもう、成果出しただろ?」
「ハルカたちを見て、それを言えるか?」
「……あぁ、うん……頑張るわ」
 ハルカとナツキは、俺が【鉄壁】を覚え、トーヤが【魔法障壁】を覚えるまでの時間で、2人とも【魔法障壁】、【鉄壁】、【筋力増強】の3つを使えるようになっていたのだ。
 ユキもサクッと、ハルカから【魔法障壁】をコピーして覚えてしまっている。
 つまり、トーヤだけが【鉄壁】、【筋力増強】を覚えていない、ということである。
「あいつらが簡単に覚えたのは、魔力を把握しているからか?」
「その可能性はあるな。簡単かどうかは知らないが。ハルカとナツキは治癒魔法が使えるわけだし」
 訓練を終えて帰るとき、全身に打ち身があった俺と、両足が火傷になっていたトーヤと違い、3人に怪我は全くなかった。
 しかし、その事と怪我をしなかった事はイコールでは無い。普通に考えれば、あれだけの時間で全員が覚えている以上、それなりに厳しい訓練をした可能性は否定できない。
「トーヤ、目標は夕食の時間までに【鉄壁】を覚えることだ。多少はコツをつかめただろ?」
「うぅぅむ、時間的には、不可能ではない、か?」
 俺たちが普段、外での訓練を切り上げて夕食を食べに行くまでには、数時間程度の余裕がある。トーヤが【魔法障壁】を得るまでの時間を考えれば、できないことはないはずだ。
 俺は火魔法の魔道書を取りだし、ベッドに腰掛けて開くと、木の枝を振り上げる。
「尻なら容赦はいらないよな?」
 子供の躾の時に尻を叩くのには理由がある。
 他の箇所、特に頭の場合、軽い力で叩いても当たり所が悪ければ障害が出る可能性がある。
 だが、尻の場合はその可能性が殆ど無い。真っ赤に腫れ上がったりしたら、座るときには痛いかもしれないが……命に別状はない。
「待て待て! 程々、程々にな?」
 そう言って起き上がろうとしたトーヤの背にドカリと足を乗せ、押さえつける。
 普通なら簡単に押しのけられるが、体勢が悪いこともあり、トーヤは起き上がれなくなる。
 俺には【筋力増強】がある。トーヤにはまだない。それが答えである。
「頑張るんじゃなかったのか? 痛ければ必死になる。そうだろ?」
 おかしな事を、と俺が首をかしげると、トーヤは手を振って言い訳を重ねる。
「ハルカかナツキに、『尻を治療してくれ』と言わなきゃいけないオレの立場になってくれ!」
「なるほど……頑張れ」
 俺はニッコリと笑い、手に持った枝を振り下ろした。
            
 トーヤは存外簡単に、【鉄壁】を手に入れた。
 時間的には俺がかかった時間よりも短かっただろう。やはり痛みは有効と言うことか。
 自分の尻をさすりながら、恨みがましい目で俺を見るトーヤの視線は気になったが、上手く行ったんだから良いよね?
「良いわけあるか! かなり痛かったぞ!?」
「じゃあ、隣の部屋に行って、治してもらってこい」
「それは……夕食の時にする」
 さすがにわざわざ女性陣の部屋を訪ねて、「尻を治療してくれ」とは言いにくいか。夕食の時、ついでにと言う形ならまだマシ……? 俺なら、ナツキ相手はともかく、ハルカになら特に遠慮無く頼みに行くのだが。
「そんなに痛かったか? 俺としては、しっぺぐらいのつもりで叩いてたんだが」
「俺的にはそれ以上に痛かったぞ? それに、しっぺだって何十発も喰らえば辛いわっ」
「うーむ、力加減を間違えたか? ――俺がハルカに頼んでこようか?」
 【筋力増強】がお仕事をしたのだろうか? 服の上からだし、そこまででも無いと思うのだが。
「……いや、いい。我慢できないほどじゃねぇし」
 トーヤは少し考えてから首を振った。
 そして、俺の方に顔を向けると、ニヤリと笑って口を開いた。
「ところでさ、ナオ、色街、気にならないか?」
「突然なんだよ。ハルカたちがいないからと猥談か?」
「いや、だって、お前と2人になる事って、ほぼ無かっただろ?」
 トーヤの言うとおり、ユキたちと合流するまでは、ハルカと同室だったし、それ以降もこっちの部屋に全員が集まることが多かった。なので、そんな話をする機会が無かったのは確かなのだが。
「気にならないか、ナオも。健全な男として」
「まぁ、否定はしない」
 この宿にはいないが、この世界では普通の宿屋の女給が客を取ったりする程度にはオープンなのだ。いや、『この世界では』と言うのも変か。元の世界でも、少し遡れば普通のことだったわけだから。
「なら、行ってみたいとは思わないか?」
「そう言う気持ちが全くないと言い切ることはやや難しいと言わざるを得ないと認めることもやぶさかでもない」
 俺も男だから。
「回りくどい! ならさ――」
 そう言いかけたトーヤの言葉を、手を上げて遮る。
「だがな、トーヤ。ハルカになんと言って金をもらう? 娼館行きたいから金をくれって?」
「うっ……」
 今のところ、多少の小遣い以外はすべてハルカが金を管理している。
 家を建てた後は、パーティー資金と個人資金で分配しようという話はあるのだが、現状の小遣いでは多分、まともな娼館に行くには足りないだろう。
「適当な言い訳は……色々マズいよなぁ」
「そうだな」
 嘘はダメだろう。
 こういう状況、信頼関係は大事である。それに、簡単にばれそうだし。
「コッソリ狩りに行くか?」
「それなら……って、ダメだろ!」
 猪の1匹でも狩ってくれば2人分ぐらいは賄えるだろうが、それ以前の問題がある。
「ハルカにそういう店に行くな、って言われてただろうが! 忘れたのか?」
 こちらに来てすぐの頃、「性病の危険があるから、そういうお店に行っちゃダメ!」としっかりと注意されているのだ。にもかかわらず、行って病気になったら、どうなるか……。
「高レベルの光魔法に病気を治す魔法もあるみたいだが、どんな顔して頼むんだ?」
「……ナオでもさすがに頼めないか?」
「頼めるかっ! 最終的には治してもらえても、一生頭が上がらないぞ?」
 もし、万が一、俺が痔になったとして、『治療してもらうためにハルカに患部を見せないといけない』となれば、恥ずかしいことは否定できなくても、そこは我慢して頼むだろうし、多分ハルカも治してくれる。
 だが、止められたのに娼館に出向き、性病に感染、『治療のためにナニを見せないといけない』となれば、どうするか……。ハルカだって簡単には許してくれないだろうし、もしかすると怪しげな治療薬とかに手を出してしまうかもしれない。
「本番無し、手だけなら……」
 こやつ、更にアホなことを言い出したぞ?
「なぁ、トーヤ、冷静に考えて、そこまで行きたいか?」
「う~ん……そこまでは? 冷静に考えると、行ったこと無いし、縁もなかったから、ちょっと興味があるって、程度?」
 しばらく首を捻っていたトーヤはあっさりとそう答えた。
 日本に居るときは年齢的にも、雰囲気的にも行きづらい場所だったのに、こちらだと結構オープンだから興味がわいた、ってところだろうか。
 ただし、ウチの女性陣は日本的価値観を持っているわけで、それを敵に回す危険を冒してまで娼館に行くほど切羽詰まっているかと言われれば、実際、そこまでではない。
「なら、我慢できなくなったら自家発電にしておけ。見ない振りをしてやるから」
「いや、むしろその時は積極的に見張りをしてくれ。アイツら、気軽に入ってくるんだから」
「それもそうか」
「って、そんな真面目に話す内容でも無いだろ」
「ふむ。『秘すれば花』だな」
 何となくそんなことを言ってみたのだが、トーヤはきっぱりと首を振った。
「いや、それは全く違う」
 違ったらしい。

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079.md

@ -0,0 +1,463 @@
079 戦力アップ作戦 (4)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
部屋に戻り、トーヤをしばいて【鉄壁】を覚えさせる。
女性陣が居ないことを良いことに、2人して猥談。
 戦力向上のための訓練は、翌日からも続いた。
 基本的には、前線を支えるトーヤとナツキが複数の敵に対応できるようにすること、それと俺たち後衛がより多くの敵を殲滅できるようになることの2つをメインに訓練を重ねる。
 その過程で後衛組のスキル表記上の魔法レベルが上がったのだが、これは魔法の能力が上がったというよりも、魔道書に設定されているレベルの魔法を使ったからという理由の様だ。
 実際、俺の【火魔法】のレベル表記が3になったところで、『火矢ファイア・アロー』の最大威力が上がったりはしていないので、レベル自体は戦力強化には全く寄与していない。
 ただ、レベル3の魔法として載っていた『火球ファイアーボール』は、『火矢ファイア・アロー』と異なり、着弾時に爆発を伴うので、弱い敵の殲滅や牽制目的には有効そうである。
 とはいえ、オーク相手に直撃させると、恐らく皮も肉も売れなくなってしまうので、今まで通り、『火矢ファイア・アロー』で頭を飛ばすことになるだろうが。
 他方、直接戦闘に関しては、簡単に技術向上が図れるようなものではない。
 【筋力増強】スキルのおかげで、武器をより軽く扱えるようになっているので、かなり底上げはできているはずだが、模擬戦では全員が同様に【筋力増強】を得たので、あまり差が解らない。
 他の成果としては、俺が新たなスキル【韋駄天】を得ることに成功した。
 物理防御、魔法防御、筋力増加とくれば、あとは敏捷力増加だ。それを目指してインターバルダッシュを繰り返した結果、見事獲得したのだ。
 得た直後、それを隠してトーヤと模擬戦、見事に圧勝したのだが、当然、即座にばれた。
 結果、数時間後には全員が取得してしまい、また殆ど差が無い、という同じ結果となったのだった。
            
 その日、いつものようにオークの売却に訪れると、ディオラさんから声を掛けられた。
「ナオさん、例の討伐依頼、出ましたよ」
「へぇ、ついにですか。街道側(そば)に出ましたか?」
「いいえ、まだ目撃証言はありませんが、ナオさんたちのパーティーがコンスタントに持ち込んでいますから」
 ディオラさんはそう言って苦笑する。
 原因は俺たちだったらしい。
「森でオークリーダー、見かけませんでしたか?」
「通常のオークよりも大きい個体ですよね? 見かけましたね」
「そうですか。巣ができているのは確定ですね。以前も言いましたが、無理はしないでくださいね?」
「もちろんです。儲けても、生きていてこそ、ですからね」
 俺たちの目的は、第一に生き残ること。第二に一生それなりの水準で生活すること。
 敵を斃して強くなるのも、お金を貯めるのもそのためなのだ。
 死んだら何の意味も無い。
「早速ですが、オークの魔石も含めて、買ってもらえますか?」
「はい、では奥に」
 いつものように4匹分の肉、それと貯まっていた魔石を出して売る。
 魔石は1匹あたり3,000レアほどだが、買い取り価格が2倍になれば結構バカにできない。
 俺は緩む頬を引き締めつつ、金貨の入った袋をマジックバッグにしまい込み、掲示板の前で待っていたナツキに声を掛けた。
「ナツキ、オークの巣、討伐依頼が出たらしいが、あるか?」
 今日の俺の付き添いは、ナツキだけ。ここ数日は訓練の日々だったので、オークを売りに行くのは時間のあるメンバー2、3人で来ているのだ。
 マジックバッグがあるので1人でも良いのだが、一応用心のために、俺かトーヤのどちらか、それに女性陣が1人か2人付き添うというパターンで行動している。
「ええ。これですね」
 ナツキが指さした紙の内容を要約すると、『森の奥にあるオークの巣を殲滅し、オークの上位種を討ち取る事』、『討伐が終了するまではオークの魔石は2倍の価格で買い取る事』の2つ。概ね、ディオラさんから訊いていたことと同じである。
 当たり前かもしれないが、放置されるとギルド主催で討伐が行われることや、上位種の詳細については一切書かれていない。
「これを読んで、オークリーダーしかいないと考えて討伐に行くと、危険ですね」
「そうだな。あえてオークリーダーとは書いてないんだろうが、そのあたりは自己責任か」
 ギルドとしてはオークの上位種が、リーダーかキャプテンか、もしくはそれ以上かは確認していないのだ。だからあえて『オークの上位種』と書いているのだろう。
 これを見てどのような行動を取るかは、冒険者自身に任されているわけだ。
 ……単に、討伐を期待していない可能性も否定できないが。
「どうするか、帰ってからハルカたちと相談するか」
「そうですね。割も良いですし、可能なら討伐したいですが……」
 俺たちは頷きあうと、ギルドを後にした。
            
「そうなの? ある意味、タイミングが良かったわね。トミーから、例の短剣ができたって連絡があったわよ」
 宿に戻り、オーク討伐依頼のことを話したハルカの反応がこれである。
「タイミングが良いって、討伐に行くのか?」
「巣の殲滅はともかく、オークを狩りに行くこと自体はするでしょ? そのためにここしばらく、訓練してたんだから」
「そうだよな。オレも今なら、もっと早く斃せる自信はあるぜ?」
「あたしも、『火矢ファイア・アロー』で確実に斃せるかな? 前回はハルカと一緒に1匹斃すって感じだったけど」
 前回、結構苦労したからもう少し躊躇するかと思ったが、全員、案外アグレッシブである。
 まぁ、危険を感じたのは、ある意味、俺だけだしなぁ。他のメンバーは精々、かすり傷程度だったわけで。
 ちなみに、前回の課題だった解体にかかる時間。対応策としての、とにかく口の広いマジックバッグはきちんと用意してある。
 原料はオークの革で、魔法陣の刺繍は女性陣が3人がかりで交代交代、かなり苦労していたようだが、目的の機能を持たせることにはしっかり成功した。
 作製目的はオークを一時的に移動させるためだったが、考えてみると、色々と使い道が多そうなマジックバッグである。
 例えば、家ができあがった後、家具を購入して運ぶときにも使えるんじゃないだろうか? 人に見られなければ、という前提はあるが。
「それでは、まずはガンツさんのところへ短剣を受け取りに行きますか?」
「そうね。早く受け取って、森に向かいましょ。それで良い?」
「おう。訓練だけってのも飽きるからなぁ」
「あたしも同感。今日は天気も良いしね」
 ここ数日は曇りが続いていたのだが、今日は秋晴れという空模様。気分的にはピクニックにでも行きたいような天気だが、俺たちが向かうのは殺伐とした魔物討伐である。
 狩りの準備もしっかり行い、足早に宿を出てガンツさんの店へと向かう。
「おう、お前たちか。受け取りに来たんだな?」
 今日カウンターで出迎えてくれたのは、ガンツさんだった。
「はい。トミーは奥ですか?」
「ああ。トーヤは解るだろ。入って受け取ってこい」
 そう言われて俺たちが揃って奥に移動すると、作業場の炉の前で何やら作業をしていたトミーが俺たちに気付き、振り返った。
「あ、皆さん。早かったですね?」
「えぇ。せっかくだから、受け取ったら狩りに行くつもりだから」
「そうなんですか。では、早く渡してしまった方が良いですね」
 そう言ってトミーが取りだしたのは、短刀と言うにはやや無骨な代物だった。
 刃幅は1.5倍ぐらい、厚みも少し厚め。やや反りのある形自体は小太刀に似ているのだが、柄のこしらえや鍔(つば)はこの世界で一般的な物に近い。
 一緒に渡された鞘(さや)も簡素な物で、日本刀的な優美さや芸術性はほぼ無いと言って良いだろう。
 ハルカとユキが受け取り、軽く素振りして頷く。
「それなりに重いけど、十分扱える範囲ね」
「そうだね。重心も悪くないし、このぐらいの長さなら扱いやすいね」
 俺も持たせてもらったが、バランスが良いのか、思った以上に扱いやすそうな感じである。
 最初の印象としては剣鉈みたいに感じたのだが、どちらに近いかと言えばやはり小太刀だろう。
「小太刀に近い物で、実用性重視という話でしたから、こういう形になりました。芯に粘りのある青鉄、その周りを魔鉄で包んで鍛えてあります」
 靱性のある青鉄を硬い魔鉄で包んで作っているのか。
 日本刀の製法を真似たんだろうが、どれほど効果があるのだろう?
「切れ味はオークの皮を切り裂ける程度にありますし、普通の鉄の剣と打ち合ったぐらいでは、刃こぼれもしません。それに粘りもあるので、簡単には折れないと思います」
 魔鉄の剛性は黄鉄以上、靱性は青鉄に少し負けるらしいが、それでも複合構造よりも、魔鉄の単一構造の方が良さそうな気もする。2種類の金属の接合面、性質の違いで上手く一体化しなかったりはしないのだろうか?
 その疑問をトミーにぶつけてみると、彼はちょっと気まずげな顔になる。
「正直に言ってしまえば、この剣に関しては、すべて魔鉄で作った時とほぼ同じ、もしくは僅かに負けるかもしれません。ただ、素材面では節約になりますし、ガンツさんレベルの腕があれば、この構造の方が丈夫になるみたいなので、方向性としては間違っていないと思います」
 うーむ。まぁ、手間賃無しで練習も兼ねて作ってもらったわけだから、文句言うほどのことじゃないか。今後の成長に期待だろう。
「ちなみに、この剣とオレの剣とで打ち合ったら?」
「トーヤ君の剣の方がヘコむ、でしょうか。黄鉄相手なら刃こぼれするかもしれませんが、軽く研ぎ直せば良い程度で済むと思います。トーヤ君ならできますよね?」
「ああ、一応オレも、【鍛冶】スキル持ちだからな」
「鉈のように枝を切り払うのに使っても問題ありませんから、かなり実用性は高いと思いますよ。――どうですか?」
 サブの武器だから、戦闘以外でも使えるというのは確かに便利だよな。
 森で小枝や藪が邪魔なことは結構多いので、活躍する機会も多くなりそうである。
「うん、あたしは良いと思うよ?」
「使ってみないと解らない部分はあるけど、悪くないわね」
「そうですか! ありがとうございます!」
 言い方はやや違うが、ユキ、ハルカ共にそれなりに満足そうな表情なのを見て、トミーが嬉しそうに笑う。
「――それで、いくらかかったのかしら?」
「それはガンツさんとお願いします。正直、ボクはよく解ってないので……」
 材料を使うとき、ガンツさんに確認しつつ使っていたので、予算は超えていないはずだが、実際にその素材がいくらするのかなどはトミー自身は把握していないらしい。
「そう、解ったわ。実際に使ってみての評価は、また知らせるわね」
「ぜひお願いします!」
「ええ、また宿ででも。こちらこそ、ありがとう」
 鍛冶場から出て店舗スペースに戻ると、ガンツさんがニヤニヤと機嫌良さそうな顔で迎えてくれた。
「どうだった? 悪くない出来だっただろ?」
「見た目や説明を聞いた範囲では、文句はないですね」
「あとは、実際の戦闘でどうかだよね。仕様は良くても、実際の性能がそれに満たない可能性もあるわけだし?」
「そこはそう心配する必要は無いぜ? ウチだって商売だ。いくら弟子の練習を兼ねてでも、客の命を危険に晒(さら)すような物は渡さねぇよ」
「それで、いくら払えば良いでしょう?」
「そうだなぁ……2つ合わせて金貨80枚で良いぜ」
 魔鉄を使って出来も悪くないのに、わずか80,000レア?
 俺の槍の半値近いんだが。
「……思ったより安いですね?」
「魔鉄は使ったが、サイズはやや小さいしな。ただし、使った感想――褒め言葉でも苦情でも良い、トミーに率直に言ってやってくれ。それがアイツの糧になる」
「解りました」
 ハルカは頷いて、財布を取り出すとカウンターの上に金貨を並べ始める。毎回のことなのだが、硬貨も何十枚ともなると、数えるのが面倒くさいのだ。紙幣とどちらが数えやすいかは評価が分かれるところだろうが、持ち運びに関しては確実に紙幣の方が楽である。
 一応、大金貨という金貨10枚分の硬貨はあるのだが、これまで見かけたことはない。ある程度の規模の商人は使っているらしいが、10万円程度の価値があると考えれば、普段見かけないのも仕方ないところなのだろう。おかげで、財布担当のハルカは毎回苦労することになるのだが。
 そんなハルカを尻目に彼女から剣を借りて眺めていたトーヤは、ふと思いついたようにガンツさんに尋ねた。
「ガンツさん的には、この剣の評価はどうなんだ?」
「俺からすりゃあ、素材を生かし切れてねぇという評価になるが、弟子としての評価なら、良くやってる――つうか、驚異的だな。過去を詮索する気はねぇが、ただの素人じゃねぇよな?」
「ははは、そこはノーコメントで」
 顎に手をやり、ギロリとトーヤを見るガンツさんの視線を、トーヤはやや困ったような笑みを浮かべて、首を振った。
 スキルはあるけど全くの素人です、とは言えないよなぁ。
「まぁ、良い。技術だけなら一人前に近ぇんだ。お前がアイツの心配をする必要はねぇと思うぜ?」
「そうか。なら良いんだ。今後もよろしく頼む」
「お前にはショベルを譲ってもらった恩がある。心配せずとも独立できるまでは面倒を見てやるさ」
 そう言ってガンツさんは、莞爾(かんじ)と笑った。

371
080.md

@ -0,0 +1,371 @@
080 実践 (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
数日間、狩りを休んで訓練を重ねる。
ギルドに向かうと、オークの巣の討伐依頼が出されている。
トミーが短刀の完成を知らせてきたので、受け取りに行く。
 ガンツさんの店を出た後は、駆け足で森へ向かい、奥へと進む俺たち。
 そこで早速、ハルカたちの剣――小太刀でいいか――が役に立った。
 いつもはトーヤの剣で藪を払っているのだが、切れ味は悪いので、枝を折る程度にしか効果が無い。だが、小太刀の場合は、スッパリと切ってくれるので、道作りが捗るのだ。
「切れ味の良さは見事ね」
「そうですね。雑に扱っても大丈夫なのはありがたいですよね」
 藪の切り払いだけを考えれば、マジックバッグもあるし、鉈(なた)と草刈り鎌を買ってくれば良いだけなのだが、そのためだけに出し入れするのは面倒なので、小太刀だけで済むというのはやはり便利なのだ。
「そろそろ、オークたちの領域だが……ターゲットとしては10匹前後だよな?」
「そうね。それ以下のグループがいれば、それはそれで普通に狩れば良いと思うけど」
「20匹とかそう言うグループでの行動は……ないか?」
「食糧確保のための狩りと考えれば、可能性は低いんじゃないかしら? 以前偵察した巣、100匹とかは居なかったんでしょ?」
「そうだな、索敵した範囲だと、50匹程度だったと思う」
 その時に巣に居なかったオークを考慮しても、100匹までは行かないだろう。
 さすがに50匹も巣の外をうろついていれば、俺の索敵にもっと引っかかっているはずである。
「オークの全数がどのくらい居たかですよね。オークリーダーが複数いるのは確定でしょうが、オークキャプテンがいるのかどうか……」
 俺たちの遭遇したオークリーダーが、オークの巣、唯一の上位種と考えるのは、さすがに都合が良すぎるだろう。
「オーク30匹あたりオークリーダー1匹、オークリーダー30匹でオークキャプテン1匹と考えるのは単純すぎか?」
「その計算で行くと……オークキングは81万匹のオークの頂点、って事になるよ?」
 トーヤの言い分に、素早く計算したユキが疑問を差し挟む。
「さすがにそれはないか……?」
「この世界の人口を考えれば、簡単に国が滅ぶレベルだろ、それ」
 いくらこの世界の人間が身体能力高めと言っても、一般人がオークを斃せるようなレベルではない。何となくの感覚でしか無いが、門番をしている兵士でも少し微妙だと思う。
 そう考えれば、81万匹というのは、非現実的である。そこまで増える前に普通に国が滅んでいるだろう。
「上位種10匹で、一つ上の上位種なら?」
「それなら3万匹だから、まだ現実的?」
 それでも国が滅びそうなレベルではあるが。
「仮にそれぐらいを想定すれば、オークリーダーが後2、3匹、オークキャプテンはいないって事になるわね」
「一先ずはそう仮定して行動するか。俺の索敵もある。危なそうなら逃げれば良いしな」
 強敵相手なら、接敵前に逃走に移れる。安全性確保に於いて、【索敵】スキルの有用さはダントツである。
 これがあるからこそ、俺たちの行動が成り立っていると言っても過言ではない。
 方針を確認した俺たちは、オークの巣を中心として、その周囲をオークのグループを探して歩く。半周ほどした時点で俺の索敵にオークの集団8匹が引っかかる。オークリーダーらしき反応もないのでカモなのだが……。
「どうする?」
 もしもの時を考えると、街道に近い側で戦いたい。
 この位置で戦闘になると逃走が必要になったとき、逃げられる方向が制限される。森の奥とオークの巣の方向は除外されるため、左右どちらかにしか逃げられない。
「8匹なら大丈夫じゃない? ナオとユキで4匹始末できれば、戦闘自体はすぐに終わるでしょうし、例の袋もあるわけだから」
 でっかいマジックバッグか。
 はっきり言って、戦闘中よりも解体中の方が危ないんだよなぁ。
 血の臭いを撒き散らすし、解体中は武器を手放していて手は脂まみれでとっさに武器を掴んでも戦いに支障が出る。かかる時間も戦闘よりも長い。
 索敵を怠ることはないので、不意打ちの心配はあまりないが、獲物を放置して逃げることになるのは業腹である。
「分担は?」
「ユキとナオはさっき言ったとおり、後方の4匹を攻撃。可能なら一撃で斃して。私はその1匹前。ナツキとトーヤは前の3匹をよろしく」
 ハルカの指示に全員が頷いたのを確認し、オークの方へ向かう。
 最近は少し経路にも注意して、風下から近づくようにしている。気にせず近づくと、結構な距離からでも気付かれているっぽいんだよな、オークの場合。多分、鼻が良いんだろう。
 足音の方は、今のところ【忍び足】を持っているのは俺とユキだけだが、それでも以前に比べれば全員が静かに行動できるようになっているし、森ではいろんな音に紛れるので、あまり心配はしていない。
 そうやって近づくこと暫し。オークたちに反応があったのは、その姿が視界に捉えられるようになってからだった。
 完全に不意打ちできるようになるには、要精進ってところか。
「来るぞ!」
 こちらに気付いたオークがドシドシと近づいてくるのに合わせ、俺たちも最適な位置へと移動する。
 ナツキとトーヤの間合いに入る直前、俺とユキはタイミングを合わせて『火矢ファイア・アロー』を発射、倒れた仲間に動揺したオークに2人が切り込む。
 ナツキの槍は一撃必殺。身長の差を利用して、顎下から頭を貫く。
 トーヤは剣で膝を砕いて崩れてきたオークの頭を一撃。
 1匹はハルカの矢を3本受けて倒れ、残りの1匹もナツキの槍、それにトーヤの追い打ちを受けてすぐに沈んだ。
「ふぅ……」
 その結果を見て俺は息を吐く。戦闘時間としてはほぼ一瞬。
 オークに殆ど抵抗する間も与えずに斃しきり、俺やユキは武器を振るうことすらなかった。
「この数だと余裕があるね」
「そうだな。【筋力増強】のおかげで威力も増したし」
「そういえば、膝を砕いていたな」
 かなり嫌な音を立てていた。その直後の頭蓋骨を砕く音もアレだったが。
「前回は攻撃しても砕けなかったからなぁ」
「ん? たしか、最初に出会ったときに折っていなかったか?」
「あれは【チャージ】を使ったシールドバッシュだろ? 普通に剣を振っただけだと、ダメだったんだよ」
 助走無し、膂力だけで砕けるようになったのが進歩、ってことらしい。
「解体のことを考えると、微妙だけどね。一番綺麗に斃すのはナツキよね」
「うっ……そう言うなよ、ハルカ。崩さないと届かないんだから」
 3メートルほどの高さにあるオークの頭は、トーヤが普通に剣で攻撃するには高すぎるのだ。
 前はジャンプして直接攻撃を狙ったのだが、その時に受け止められて以降は控えているらしい。空中にいる状態は、案外無防備になるしな。
「ナツキみたいに、下から狙うことはできないの? 槍みたいに鋭くはないけど、刺さらないわけじゃないでしょ?」
「いや、ナツキは毎回、あっさり成功させてるけどさ、腕の隙間を縫ってあそこを的確に貫くって、めっちゃ高度だぜ?」
「あぁ、俺も無理」
 狙ったことはあるが、普通に対峙している状態で狙うのはほぼ不可能である。不意打ちでも、多分俺では無理だろう。
「そうなの? さすがね、ナツキ」
「恐縮です」
 照れたように微笑むナツキ。だが、褒められた内容はその表情に似合わない、物騒な中身である。
「ねぇ、それより早くオークを片付けない?」
「えぇ、そうね」
 頑張って作った例のマジックバッグ。それを女性陣3人が広げ、そこに俺とトーヤで運んできたオークを突っ込む。このサイズのオークを2人で苦労なく運べるのも【筋力増強】のおかげである。
「しかし、こうやって見ると異様だね……」
「はい……」
 ユキとナツキが言っているのは、オークがマジックバッグに入る様子のこと。
 ハルカたちが作った袋はちょっと変わった縫製で、直径2メートルぐらいの楕円形に広がるにも拘らず、その深さは20センチほどしかなく、そこに3メートルほどもあるオークの巨体がするりと飲み込まれていく様はかなり不思議な光景である。
 これまでもマジックバッグに大量の荷物が入るところは見てきたが、『1つなら普通に入る』物が何個も入れられる光景と、『1つも入らない』サイズの物が飲み込まれる光景は一線を画している。
「いいじゃねぇか、便利なんだから」
「さすがトーヤ、単純ね」
「不思議と言ったら、魔法全般が不思議だろ? 『そういう物』と言う認識で良いと思うがな。――よし、これで最後!」
 8匹目のオークを放り込み、広げていたマジックバッグを畳むと、そのサイズはレジ袋に突っ込める程度にまで小さくなる。この中にトータル2.5トンぐらいのオークの死体が……うん、トーヤの言うとおり、考えるのは止めよう。
「どうする? もう森から出て解体するか? それとももう少し戦うか?」
「あっさり終わったし、このままぐるりと回って、見つかったら戦う、無ければ帰るで良くないか?」
「そうね。私たちの武器もまだ使ってないし」
「いや、ハルカがそれを使う状況って、ヤバい状況だろ? 使われない方が良いんじゃ?」
「でも、練習は必要だし……次、余裕があったら、3匹残して、後衛組で戦ってみる?」
「賛成! あたしも成果を試したい!」
 俺としても反対する理由はないので、頷いておく。
 上手く都合の良い敵が見つかれば、だが。
「それじゃ、行くか」
 結果として、帰るまでにオーク10匹の集団と遭遇し、戦闘することになった。
 半端な数はトーヤとナツキ、それに魔法でサクッと斃し、残った3匹を俺たち後衛組が1匹ずつ担当し、トーヤとナツキはいつでもフォローには入れるように側で待機。
 俺は比較的簡単に斃せたのだが、ユキは新しい武器になったことで少し苦戦しながらも、きっちりと1人で斃した。
 それに対し、ハルカはこれがほぼ初めての接近戦だけあって時間がかかり、全員に見守られた状態で戦う事になってしまったが、結局は誰の手を借りることもなく斃しきった。
 残念ながらオークの皮は売り物にならない状態になってしまったが、ハルカでも小太刀でオークの皮を切り裂ける事が解った事は収穫だろう。
 これらのオークもやはり巨大マジックバッグに収納し、森の外まで移動してから全員で解体作業にかかる。
 全部で18匹分のオーク。肉の量も膨大だが、廃棄する部分も膨大である。
 森の中ではそのまま放置するのだが、街道から見えるこの場所に放置するには多すぎる。
 そのため、今回はユキの土魔法を使ってきっちりと後始末を行い、俺たちは街へと引き上げたのだった。

383
081.md

@ -0,0 +1,383 @@
081 実践 (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
森でオークと戦闘。
訓練の成果もあり、10匹のオークでもさして苦労することなく斃せるようになる。
「今日の反省会~~!」
「……どうしたの、ユキ、いきなり。大丈夫?」
 宿の部屋に戻るなり、突然そんなことを言ったユキに、ハルカが訝しげな顔を向けた。
「大丈夫って、酷いね!? やるでしょ、反省会」
「そりゃするけど……」
「たまにはタイトルコールが必要かと思って。いつも何となく始めてたから」
「メリハリを付けよう、ということですか? そうですね、悪くないと思います」
 うんうん、と少し嬉しげに頷くナツキに、ユキはちょっと困ったような表情で苦笑した。
「いや、何となく言っただけで、きっちりやろう、という話じゃないんだけどね」
「そうなんですか……」
 ナツキが少し残念そうな顔になる。
 俺たちの中では一番真面目だからなぁ、ナツキは。
 他のメンバーは、多少差はあれ、やることやってればそれで良いよね、というタイプである。
 夏休みの宿題で例えるなら、ナツキは毎日少しずつやるタイプ。ハルカとユキは受け取ったら数日で終わらせるタイプ。
 俺は気が向いたときに、数学なら数学だけを一気に終わらせる。それを何度かやって、夏休みの半分ぐらいですべて終える。
 トーヤは結構適当で、始まってすぐにやってしまうこともあれば、終わり間近に一気になる事もあり、場合によっては提出直前まで引っ張ることもある。それでも遅れることは無いのだから、これも一種の才能かもしれない。
「反省会か……取りあえず、特訓の成果は出ていたよな?」
「ああ。――スキルの成果という方が近い気もするが」
「スキルも特訓の成果だろ。特訓して身につけたんだから。結構、痛い思いをして」
 幸い、【鉄壁】、【魔法障壁】の出番はなかったが、【筋力増強】と【韋駄天】については、十分に効果を発揮していた。
「魔法もかなり便利になったよね。あたしとナオで一度に4匹斃せるのは大きいよ」
「そうですね。複数相手の戦闘はする機会は無かったですが……試してみても良かったかもしれませんね」
「ユキとハルカの接近戦に関しては、あんな物だろうな。極論、斃す必要は無いんだから」
 ユキは少し中途半端だが、ハルカは完全な後衛なのだ。怪我をしないように時間を稼いで、誰かの介入を待つのが正しい選択だろう。メインの治癒担当のハルカが脱落するのはリスクが高すぎる。
「私としては、弓の威力が気になるかしら。今の弓だと、オーク相手だと少し不足なのよね」
 ハルカの弓のみでオークを斃す場合、平均すると3本程度で斃している。
 上手く行けば1本で斃すこともあるのだが、身体に当たった場合にはあまり効いていないと感じることも多い。
「もうちょっと強い弓を、ってこと?」
「【筋力増強】があるから、それも手かな、とは思う」
 弓が軽くなった分、前よりも早く撃てるようになったらしいが、その性質上、威力は変わらないのだ。
「確か、火魔法には『火炎武器エンチャント・ファイア』ってあったよな? あれは?」
「まだ使えないが、使えたとしても、『火矢ファイア・アロー』を使う方が早いだろ」
「……それもそうか」
 『火炎武器エンチャント・ファイア』の発動時間が『火矢ファイア・アロー』よりも大幅に短いのなら一考の価値はあるが、今のところ発動に成功もしていないので、机上の空論である。
「あたしとしては、ハルカも攻撃魔法を覚えるのが早い、と思うんだけど。風、水共に攻撃魔法はあるし、新しく火魔法を覚えることも可能でしょ? 魔道書に載ってない魔法を作るって手もあるよね?」
「私としては、治癒魔法を使うため、魔力は温存しておいた方が良いかと思ってるんだけど」
「あ、それもあるのか……」
 これまでハルカの治癒魔法に世話になった回数はそう多くないが、確かに癒やしてもらえるという安心感は大きい。そう考えると、ハルカが戦闘にはあまり魔力を使いたくないという思いも理解できる。
 だが、それに異を唱えたのはナツキだった。
「私としては、多少は良いと思いますけど。私も光魔法がレベル3になりましたし、戦闘時には一切魔力は使っていません。半分程度を目安にしておけば、魔力を使っても大丈夫じゃないですか?」
「……そうよね、ナツキも使えるのよね。なら、少し練習してみようかしら。ナオ、よろしく」
「俺か?」
「だって、攻撃に関しては火魔法が一番、簡単でしょ?」
「ま、そうだな。魔道書でもレベル1から攻撃魔法が載ってるし」
 他の系統の魔法で、単純な攻撃魔法が出てくるレベルは3から5の間。光魔法に関しては、攻撃魔法自体が載っていない。
 魔法の自由度を考えれば、使えないということは無いだろうが、基本的に光魔法使いに求められるのは治療なのだろう。
「それじゃ、次に狩りに行くのは、ハルカが攻撃魔法を使えるようになってから、か?」
「そうですね。オークの数を考えると、恐らく次は巣の殲滅になるでしょうから、その方が安心ですね」
 偵察したときに居たオークの数。その時以降に俺たちが斃したオークが28匹。
 そう考えると、ナツキの言うことには一理ある。
「それじゃ、それを目標にして、各自頑張りましょう」
 ハルカのその締めの言葉で、その日の反省会は区切りとなった。
            
 翌日からは再び訓練。
 俺たちが土にまみれてたり、魔法に打ち据えられたりするその横で、見る見るうちに家が形になっていく。というか、滅茶苦茶建築速度が速い。
 雑用をしているアルバイト的な人員はともかく、大工だけでもかなりの数が参加している。
 正直、これだけの数の大工がいても、この街では仕事がない気がするのだが……。
「あぁ、それ? 私も疑問に思ったから聞いてみたんだけど、この街って、家具の生産が盛んなんだって」
 ハルカ曰く、これらの大工は普段は家具を作っている大工で、家などの建築工事が入ると、互いに声を掛け合って、一緒に工事を請け負うらしい。
 すぐに現金が入る建築工事は大工にとってもありがたく、発注者としても短期間で作ってもらえるのでありがたい。
 そんなわけで、この街ではこの形態が定着しているのだとか。
「家具生産……初めて知った」
「うん、私も。今まで、そんなことを気にする余裕も無かったからねぇ」
 自分たちの住んでいる街の産業よりも、まず自分たちがどう生活していくかの方が大事だったのだ。そこは仕方ない、というものだろう。
「でも、なんで家具? 理由はあるのか?」
「一応あるみたいね。この街の北、山麓のあたりで採れる銘木を使った特産を、ということで作り始めたのが、家具なんだって」
「ふーん……あのあたりで、伐採なんてしてたのか」
 危険なので近寄るな、と言われた覚えはあるが。
 もしかして、大事な資源なので保護されていて、近寄ったら罰則があるとかだろうか。例えば屋久杉の様に、昔は伐採されていたが、今は禁止されている、的な?
「いいえ、今は伐採はされてない……と言うより、できないみたいね」
 昔はあの辺りに出てくる魔物は強くてもオーク、ごく希にオーガーが現れて騒ぎになる程度だったらしい。
 ただ、何時の頃からか少しずつ魔物の脅威度が上がっていき、銘木の買い取り価格と危険度が釣り合わなくなった。そうすると、そこに伐採に行く木こりを護衛する冒険者がいなくなり、結果として銘木も手に入らなくなる。
「今僅かに残っている銘木は、かなりの価格がつり上がっているみたいよ?」
「じゃあ、あの大工たちは?」
「今は南の森から採れる木を使って、普通の家具を作ってるんだって。昔、所謂銘木バブル? その頃に磨いた腕があるから、それなりに引き合いはあるって」
 ほうほう。希少な素材に依存せず、腕もきちんと磨いていたのか。凄いな。
 もしくは、そういう適当な仕事をしていた大工は潰れて、今残っている大工は、そういう大工というだけかもしれない。
「家の品質は心配なさそうだな」
「えぇ。予算もケチってないから、そこは安心だと思うわよ?」
 そう言って家の方に視線をやるハルカ。
 すでに柱は立ち上がり、屋根もできている。今は壁や床に取りかかっている最中である。
 基本的にはすべて無垢材、一部に漆喰の塗り壁と石畳という構造なので、工事の進みはかなり早い。
「……こうやって見ると、断熱材とか、使わないんだなぁ」
「そうね。日本なら、壁材の裏にグラスウールや発泡ウレタンを詰めるところよね……寒さ、暑さは大丈夫かしら?」
「天井裏にも断熱材、無いしな」
 この国の一般的な工法なので、大丈夫と思いたいが、我慢しているだけ、という可能性も否定できない。
「錬金術で何かそんな素材、作れないのか?」
「グラスウールは後からは施工しにくいわよね。発泡ウレタンなら、穴を開けて注入できるかしら?」
「いや、単純な構造だし、普通に板を剥いで打ち付け直しても大丈夫だろ」
 『石膏ボードの上に壁紙』の様な構造なら、一度剥がすと直せないが、ただの板ならそのへんは融通が利きそうである。
「……1年過ごしてみて、不都合があるようなら、考える、ってことで」
「……そうだな。案外、過ごしやすいかもしれないしな」
 現代人メンタルな俺たちに、どこまで我慢できるか解らないが。
 昔の日本人、障子、だったんだよなぁ? 冬の寒さとか、良く耐えられたものである。
「――あ、そういえば、火魔法、レベル2に『暖房ワームス』ってのがあったな」
「そういえばそうね」
「更に、レベル5には『防冷レジスト・コールド』、レベル6には『防熱レジスト・ヒート』。上手くすれば、『冷房クールズ』も作れる、か?」
「それは、火魔法の習得意欲が涌く話ね」
 本来の使い道は、屋外活動時や極限状態での対策に使う魔法なのだろうが、普段の生活で使っても全く問題は無いだろう。
 唯一の問題点は、使い続けていて、俺の魔力が持つか、である。
 ハルカが使えるようになれば、過半数が火魔法を使えるわけで、負担はぐっと減る。
 2人が使えて3人が使えない状況と、3人が使えて2人が使えない状況は全く違うのだ。具体的には負担が半分以下。
「よし、ハルカ、頑張れ」
「えぇ、快適な生活のために!」
 ……当初の目的とは少し変わった気がするが、意欲があるのは良いことである。
感想ありがとうございます。
書いて頂けると励みになりますので、嬉しいです。
時間的制約から個別に返答は出来ませんが、その分、本文を頑張ります。

389
082.md

@ -0,0 +1,389 @@
082 オークを殲滅せよ
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
宿に戻って反省会。基本的に特訓の成果が出たという結論。
ただ、より殲滅力を上げるため、ハルカも火魔法を覚えることに。
再び狩りを休み、訓練を始める。
 ハルカが『火矢ファイア・アロー』を使えるようになるまでかかった時間は3日。
 これが早いか遅いかは解らないが、一度使えるようになれば魔力の操作自体は俺たちに匹敵するのだ。すぐに2本同時の発動も成功させる。
 威力も申し分ないので、オークも軽く斃してくれるだろう。
「それじゃ、いよいよオークの巣の殲滅に向かうことになる、のかな?」
「そうですね。今の私たちならなんとかなると思います。懸念すべきは、オークリーダーが少なくとも2匹、場合によってはそれ以上居る可能性があること、ですが」
 これまでオークを80匹ぐらい斃している。30匹あたりリーダー1匹と換算するなら、ナツキの試算は間違っていないだろう。
「前回、ナツキが抑えてくれただろ? 今回はオレも抑えるし、その間に残りのオークを殲滅して……3匹居たときは、ナオ、頑張れ!」
「俺!? ……仕方ない、のか?」
 ハルカは論外。武器を変えた今のユキも難しいだろう。
 そうなれば、残るは俺しかいないのは自明なのだが……あの巨大なオークリーダー、俺に対処できるかと言われると、ちょっとヤバい。
「3匹居た場合は、戦闘は避けるべきでしょう。ナオくんの索敵頼りにはなりますが」
「そうね。ナオに任せるのはリスクが高い。一番は戦端を開かない。戦闘中に乱入されたら、場合によっては撤退も視野に入れるという方針で行きましょ」
「ナオだと、オークリーダーの一撃でぺしゃんこだしねー」
 ……うん、俺もそう思うんだけど、ちょっとモヤッとするのは仕方ないよね?
 頼りないと言われているようなものだし?
 さすがにここで意地を張って、俺が戦う、と言うほどには子供じゃないが。
「なら、その基本方針で行くか。ナオも良いか?」
「おう。無謀なことはするつもりはないさ」
 俺も頷き、早速森へと向かう。
 辿る経路は前回と同様、オークの巣を中心に渦巻き状に近づいていく。
 俺の索敵範囲の半分程度の距離を目安に、1周毎に巣に近づいていくのだが、一向にオークが引っかからない。
 3周ほどして、オークの巣本体が索敵範囲に引っかかる直前で一旦停止して、前回同様、ナツキと俺で偵察に出る。今回はオークの巣全域が索敵範囲に入るまで近づき調べる。
「……全部で20匹。うち2匹がオークリーダーだな」
「大分減りましたね。戻りましょう」
 状況を確認できればもう用はない。オークに気付かれないように、ハルカたちの所へと引き返す。
「どうだった?」
 そう訊いてくるトーヤに結果を伝えると、トーヤは嬉しそうに頷く。
「それなら問題なく斃せそうだな?」
「ああ。油断しなければ問題ないだろう」
 それから全員で少し相談して方針を固める。
 俺たちには都合の良いことに、巣はある程度の大きさがあり、オークたちはその全域に散らばっていて、一カ所に固まっているわけではない。
 それを考慮して決まった方針は、最初に風下から近づいて、魔法で不意打ちを行う。
 その攻撃で近寄ってくるオークを可能な限り遠距離攻撃で斃し、近距離まで近づかれたら、トーヤかナツキが対処する。
 オークリーダーがやって来た場合は、最初の予定通り2人で抑えながらやや離れた場所に誘導し、残りのオークはできる限り俺とユキ、それにハルカの3人で斃しきるという作戦だった。
「じゃ、行きましょ」
 先頭はトーヤ。
 俺の案内で進んでいくと、やがてオークの巣が見えてきた。
 実際に直接見るのは初めてだが、そこは粗末な集落という様相を呈していた。
 切り開かれた森の中に、柱を立てて屋根を付けただけの構造物が並んでいる。
 壁などはなく、屋根も木を組んだ上に葉っぱの着いた枝を乗せただけの物である。
 手作りの棍棒を持っていただけにある程度の知能はあるのだろうが、木を杭として打ち込んだり、蔦を使って結んだりする程度で、石器を使うほどでは無いようだ。
 そんな屋根の下に何匹かオークが寝転んでいるのが見える。
 俺たち3人は互いにハンドサインで互いの担当を確認し合い、一気に『火矢ファイア・アロー』を放った。
 消し飛ぶオークの頭と響く叫び声。叫び声を上げたのは、俺たちのターゲットとならなかったオーク。ターゲットになったオークは声を上げる間もなく死んでいる。
 何が起きたか理解できない様子でうろたえているオークにも追い打ち。更に4匹が倒れる。
 この時点で俺たちは森から出てオークの巣に侵入、周辺の小屋もどきをトーヤとナツキが倒しながら移動し、視界を確保する。
 ……なんつーか、殆ど質の悪い盗賊だな、俺たち。オークが問答無用で人間に襲いかかってくる魔物じゃなければ、心が痛むところだ。
 そんな騒ぎを聞きつけてドカドカと駆け寄ってくるのは、残っている10匹のオーク。うち、2匹がオークリーダーである。
 距離的には十分。さらに6匹が俺たちの魔法の餌食となり倒れる。
 もう一発――距離的にはギリギリか!
「左!」
 そう宣言し、向かって左側のオークに『火矢ファイア・アロー』を放つ。
 それとほぼ同時にハルカが「右!」と言って、『火矢ファイア・アロー』を放ち、ユキの放った『火矢ファイア・アロー』は右側のオークリーダーへと向かった。
 結果、接敵した段階で無傷なのはオークリーダー1匹。もう1匹は左肩をえぐられ、オークは1匹もたどり着けなかった。
 打ち合わせ通り、左のオークリーダーにトーヤが向かい、右はナツキ。ハルカは魔力を温存するため、弓に切り替えて牽制する。
 方針としては、弱った方に戦力を集中して倒す、だったんだが――。
「大丈夫です! ナオくんはトーヤくんの方へ!」
 ナツキがそう叫びながら、オークの左側へと回り込み、槍を突き出す。
 その素早い動きに、オークリーダーは全くついて行けていない。と言うより、すでに耳のあたりから頭蓋へ槍が突き立っているし。【韋駄天】と【筋力増強】の効果はハンパない。
 頭の中をえぐられたオークリーダーの身体から力が抜けるのを見て、俺は準備していた威力を高めた『火矢ファイア・アロー』をトーヤが相手にしているオークリーダーへと放つ。
 そちらのオークリーダーは、トーヤが上手く挑発してこちらに後頭部を向けていたので、外しようがない。最後に少し動いたおかげで消えたのは頭の上半分だけだったが、結果は同じである。
「げっ!」
 一瞬で息絶え、そのまま倒れてきたオークリーダーの身体をトーヤが慌てて避ける。
「ふぅ……コンプリート」
 俺が息をつくと、ハルカが嬉しそうに頷いた。
「今回は上手く嵌まったわね」
「うん、そうなんだけど……あたしたちの戦いって、なんか、特殊部隊的というか、無駄がないよね? 上手くできているんだけど」
「事前に打ち合わせがしっかりしてるからな」
 俺たちの場合、敵がどの範囲に来たら誰が攻撃するか、自分の優先目標はどこかなどは事前に話し合って、標的が重ならないように工夫している。
 他にも合図の仕方や種類、攻撃までの秒数なども決めて、タイミングを合わせているし、それらの訓練もしている。
 それに、ある程度は阿吽の呼吸で行動できる部分もあるので、変にごちゃごちゃ言う必要が無いのだ。
「それに、無駄に叫んだりしてたら、必要な事が聞こえないからね」
 魔法名も含め、不必要なことは極力声に出さない。それが俺たちの方針である。
 そうすれば、声に出したことは良く耳に入る。
 さっき俺が叫んだ「左」は、左側のオークを俺が攻撃するという宣言。
 俺、ハルカ、ユキでオークを先に攻撃することは決まっていたが、残りは2匹。位置取りとしては左から、オークリーダー、オーク2匹、オークリーダーの配置。
 2匹のオークを2人で倒せば、1人はオークリーダーへ攻撃ができるが、誰が担当するか微妙だったのであえて宣言したのだ。ハルカもすぐに宣言したので、結果的にユキがスムーズにオークリーダーへと魔法を向けられた。
 ちなみに、声を出すと力が入るという面もあるので、接近戦で叫ぶのは別にオッケーなのだが、ナツキはほぼ声を出さないし、トーヤの方もたまに出す程度。
 トーヤには【咆哮】というスキルがあるから、もっと使っても良いかとも思うんだが、女性たちには微妙に不評なので、滅多に使わないのだ。味方なので、トーヤの【咆哮】で俺たちが怯むことは無いのだが、単純にうるさいんだよなぁ……ちょっと申し訳ないのだが。
 結果、俺たちの戦闘は魔物の声だけが響く。まぁ、それも頭を吹き飛ばすので、少ないのだが。
「それじゃ、そろそろ解体――っ! 敵接近! オーク10、オークリーダー1!」
「狩りに出ていた!? どのぐらい!?」
「数十秒!」
 俺たちはあまり叫ばなくても、オークの方は結構派手に叫んでいた。それが外に居たオークにも聞こえたのだろう。結構な速度で近づいてきている。
「方角は!」
「背後!」
 オークの反応は俺たちが巣へ進入した方向から。真っ直ぐにこちらに近づいてくる。
「迎え撃つわよ! ナツキ、トーヤはオークリーダーを抑えて! 私たちで残りを倒す!」
「「了解!」」
 魔法は結構使ったが、この程度であれば魔力的にはまだまだ問題は無い。
 武器を構えて待ち伏せる。
 最初に飛び出してきたのはオークリーダー。巣の奥に転がるオークの死体、それを背に待ち構える俺たちに、怒りの叫び声を上げて突っ込んでくる。
 俺たちは少し横に広がり、後ろへ続くオークへ魔法を撃ち込み、トーヤとナツキは激突する瞬間、左右に分かれてオークリーダーの攻撃をいなす。
 更に俺たちは1射ずつ。残った1匹は俺が槍を構えて対峙、足に攻撃を加えてからの急所狙いで倒した。
 そして俺が振り返る頃には、背後からユキとハルカに攻撃を受けたオークリーダーは、すでに倒れていた。
「……今度こそ終わり?」
 そう言って少し不安そうな表情を見せるユキに、俺は首を振る。
「どうだろうな……俺たちがこれまでに倒したオークリーダーが4匹。オークは100あまり。30匹に1匹という計算が正しいなら、10匹あまりは残ってるって事になるが……」
「さすがにそこまで厳密じゃないんじゃない? そもそも解っているのは『30匹以上で巣を作って上位種が現れる』でしょ?」
「そういえばそうか。索敵は怠らないから、その点は安心してくれ」
「さっきの状況でも怠ってなかったもんね」
「ナオくん、勝利直後でも気を抜かないとか、さすがです!」
「いやぁ……ははは」
 予想外に褒められて、俺は苦笑する。ほぼ常に索敵をしているのは、すでにクセみたいな物である。俺自身が安心して行動するためでもあるが、おかげでレベルも3に上がっている。
 正直これが無ければ、森の中では常に気が抜けず、精神的に参ってしまっていただろう。
「オークの解体はどうする? ここでやっていくか?」
「そうね、この巣も片付けておいた方が良いでしょうし、ここでやってしまいましょ」
 オークの巣が残っていると巣ができやすくなる、かどうかは知らないが、過去のギルド主催のオーク殲滅作業では、終了後にこれらの小屋もどきは燃やしているようなので、俺たちもそれに倣(なら)うことにした。

507
083.md

@ -0,0 +1,507 @@
083 後片付け
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ハルカが火魔法を覚えた段階で、オークの巣の殲滅に向かう。
オーク28匹にオークリーダー3匹。無事に倒す。
 作業を分担し、一番力のあるトーヤと一応男の俺が小屋もどきの解体と廃材の収集を受け持ち、女性陣がオークの解体を担当する。
 積み上がっていくオークの内臓と廃材。
 ある程度溜まったところで火を着ける。
 なんだか良い匂いがしてくるのが、微妙な気分である。
「なあ、ナオ。これって大丈夫なのか? かなり盛大に燃えているが」
 確かにキャンプファイヤーとか目じゃないぐらいに燃えている。脂たっぷりのオークが燃料になっているのかもしれない。
「結構拓(ひら)けてるし、風もあまりない。大丈夫だろ。いざとなれば『消火エクスティンギッシュ・ファイア』もあるし」
 火魔法レベル3のこの魔法は、その名の通り火を消すための魔法。
 説明文には『火災現場では非常にありがたがられる魔法です』とあり、火魔法には珍しく、戦闘用以外の使い方が強調されていた。
 小さい焚き火でしか試していないが、一瞬にして火が消え、煙も出なければくすぶりもしない。また、一気に着火点以下まで温度を下げるのか、火が消えた後で再着火することもない。
 ただし、炭は手で触れない程度には熱かったので、完全に冷ましてしまうわけではないようだ。
「それなら安心して、ドンドン放り込むか」
「そうだな、まだ半分程度は残っているし」
 屋根に使われている木の枝は葉っぱの付いた生木だったが、その他の部分は乾燥していて良く燃える。
 小屋をたたき壊しては、焚き火に放り込むという作業を繰り返す俺たち。
「何か、焚き火を見ると、落ち着くというか……なんか良いよな」
「解る解る。どこかの国では、暖炉が燃える様子を映すだけのテレビ番組があるというからなぁ。もしかして、人間の性?」
「……あなたたち、気持ちは解らなくもないけど、これって焚き火ってレベル?」
「……う~ん、ちょっと炎が大きい?」
「その可能性も否定できない」
 容赦なくドンドン薪を放り込み、かつ、最初に良い感じに木を組んでおいたその焚き火はごうごうと炎を吹き上げ、その炎の高さはトーヤの身長の2倍を優に超えている。
「俺の田舎だと、どんど焼きがこんな感じ」
「餅、焼きたいな」
「火が強いわね。崩れないように注意してね?」
「おう、任せておけ」
 小屋の解体はほぼ終わったので、長めの柱を確保しておいて、焚き火の調整用に使おう。
 木を組み合わせたと言っても、せいぜい2メートルあまりの柱を使って組んだだけなので、焚き火から2メートルも離れれば、崩れてきても危険は無いのだが。
 その頃には女性陣の解体作業も終わり、肉の塊と皮が順番にマジックバッグへとしまい込まれていく。
 オークとオークリーダー合わせて38匹。その肉の量も膨大である。
 具体的には、キロじゃなくてトンで計量するレベル。
 片付けが終われば、ナツキとハルカが全員に『浄化ピュリフィケイト』をかけて、汚れを取り除く。
 後はこの焚き火が終われば帰れるのだが……。
「これ、燃え終わるまで結構かかりそうよね」
「そうだな。小屋、結構な数があったし」
 総数としては30近くはあっただろうか。それぞれに柱が4本。屋根を支える梁が4本あまり。
 そう太い木ではないが、数百本あるのだ。それを集めて火を着ければ、当然今も激しい炎を上げて、ごうごうと燃えている。
「ここでお昼にしましょうか、少しだけ血の臭いが気になるけど」
 戦闘の後だしな。
 メインの戦闘区域は巣の周辺部だったのだが、廃材を燃やしているのは延焼を警戒して、巣の中心部分。距離的に離れているものの、解体作業は不要部分を燃やすために焚き火の側で行ったので、むしろこのあたりの方が血の臭いは濃い。
 まぁ、俺たちも大分慣れたので、この程度で吐き気を催す、ということはないのだが。
「焼き肉するなら賛成。久しぶりにバーベキューしようぜ」
「そうだな、せっかく買った調理器具、殆ど使ってないし」
 冒険中に使ったのは僅かに1、2度。
 むしろ、訓練中に使ったことの方が多い。家づくりの廃材が出るので、それをもらって焚き火を熾(おこ)し、休憩時間にお茶を飲んだり、イモを焼いたりするのに使ったのだ。
「焼き肉ですか。いいですね」
「話は聞いてたけど、あたしたちが合流してから、殆どやってないからね」
 俺たちの話が聞こえたのか、ナツキとユキも嬉しそうな表情で近づいてくる。
「そういえば、そうだよな」
 こちらに来た当初は、タスク・ボアーの串焼きを作って食べることが多かったのだが、若干飽きが来たことと、毎回火を熾すのは結構面倒なことから、ナツキたちが合流してからは買ってきた昼食で済ますことが殆どになっていたのだ。
「それじゃ、準備、しましょうか。今回は網もあるから、網焼きにしましょ」
「了解」
 解体作業を行っていた場所から、焚き火を挟んで反対側へ移動し、そこに拾ってきた石で簡単な竈を作る。その竈に焚き火の中から適当な熾火(おきび)になっている物を引っ張り出してきて入れ、金網をセットする。
 その上にハルカたちがスライスした肉が並べられた。
 すぐに脂が溶け出し、ぽたりと炭の上に落ちて煙を上げる。
 少し煙たいが、それもまた良し!
「う~ん、この感じが焼き肉の醍醐味だよな!」
「同感!」
 鉄板を使っても肉は焼けるが、やっぱり炭を使った網焼きとはちょっと違う。
「しかし、これだけお肉だけが並ぶと……」
「だよね。お野菜、欲しいよね」
「何か、買っておけば良かったかしら」
 肉に喜んでいる俺たちに対し、ハルカたちは少し不満なようだ。
 まぁ、確かに壮観ではあるのだが、箸休め的に別の物があっても良いかもしれない。
「焼き肉って、どんな野菜使う? キャベツ、タマネギ……」
「ピーマンやナス、ニンジンやアスパラを焼いたりもするわね」
「オレはトウモロコシが好きだな、甘いヤツ」
「スイートコーンですね。でも、難しいかもしれません」
 まず、甘い品種のトウモロコシがあるかどうかの問題。
 そして、収穫後の保存性の問題。
 スイートコーンは収穫して時間が経つと、ドンドン甘みが落ちていくらしい。
 それを避けるためには低温で管理するか、収穫したらすぐに加熱してしまうか。
「ですので、早朝に収穫してすぐに茹でて食べるのが、一番美味しいでしょうね。家庭菜園で作ると、すごく美味しいトウモロコシが食べられますよ?」
「店で買ってきたトウモロコシの中に、全然甘くないのがあるのはそれが原因か!」
「実の入り方は解っても、味が分からないのが難点よね、トウモロコシは」
 毛がたくさん出ているトウモロコシが良い、という話は聞いたことがあるが、収穫してからの経過時間、保存方法についてはなかなか解らないもんなぁ。
「この世界だと、低温でのサプライチェーンなんて、期待できないよね」
「はい。マジックバッグは最適ですけど、普通の農家が使える物では無いでしょうし」
「……よし、庭で作るか! せっかく広い土地を買ったんだし」
「たしかに、家庭菜園をする程度のスペースはあるが……トーヤ、できるのか? 経験は?」
「無い!」
 胸を張って断言するトーヤ。
「だってオレの家、畑を作れるような庭、無かったからな!」
 俺たちは全員戸建てに住んでいたが、確かにトーヤの家の庭はそれほど広くなかった。
 俺とハルカにはそれなりに広い庭があったが、家庭菜園の経験は無し。
「じゃあどうするんだよ」
 そう言うオレに、トーヤはユキに視線を向け、パンと両手を合わせて拝んだ。
「ユキ、ガーデニングが趣味だったよな? やってくれないか? オレも手伝うし」
「えぇっ! 確かに花を育てるのは好きだけど、野菜とはちょっと違う気が……」
「ナツキは経験ありそうな口調だったよな?」
「そうですね、庭の片隅で少々。ただ私の場合、肥料も土も苗も、買ってきて植えるだけでしたから、さほど詳しいわけでは……」
 トーヤに頼まれ、ユキとナツキはちょっと戸惑ったような表情を浮かべる。
 肥料も土も売っていない、品種だって家庭菜園で育てやすいように改良された物とは違う。恐らく失敗する可能性の方が高いだろう。2人のためらいもよく解る。
 だが、そんな2人の背中を押したのは、意外にもハルカだった。
「別にやってみたら良いんじゃない? 農家じゃないんだから、失敗したからって生活に困るわけじゃない。私たちも仕事ばかりじゃ生活に潤いもないし、趣味の一つとしてはありだと思うけど?」
 確かに今までは、生活資金を貯めるため、仕事と訓練ばかりの日々だったから、家ができたら余暇の時間があっても良いよな。
 俺も何か考えるべきかもしれない。この世界には、インターネットも、手軽に買える本も、ゲームもないんだから。
「……失敗しても良いのでしたら」
「あたしも、それぐらいの緩い感じなら、いいかな?」
「オッケー、オッケー。成功したら儲けもの、程度の気持ちでやろうぜ」
 気軽に笑うトーヤに苦笑を浮かべる2人。
 俺もスイートコーンは食べたいので、是非頑張ってもらいたい。と、その前に、その品種があるかどうかが問題なのだが。
「さて。そろそろお肉、焼けたわよ。食べましょうか」
「いただきます!」
 ハルカがそう言うが早いか、すぐさま箸を閃(ひらめ)かせたのはトーヤ。
 網から肉を奪い取り、口に放り込む。――ちなみに箸は売っていないので、自家製である。
「うん、美味い!」
 俺もそれに倣い肉を口にする。
 味付けは塩と僅かな香辛料。シンプルだが、普通に美味い。
「たまには屋外でやる焼き肉も良いよね!」
「はい。ちょっとバリエーションがないのが残念ですけど」
「レモン汁でもあれば、少しさっぱりと食べられたのにね」
 確かに。基本的には塩のみだからなぁ。
 インスピール・ソースはあるが、さすがにあれを焼き肉に付けるのは躊躇われる。
「焼き肉のタレ、欲しいよな」
「すげえよな、あれ。肉も野菜もあれで味付けしたら、ご飯何杯もいけるからな」
「猛者はあれだけでメシを食うと言うぞ? ――作れないか?」
 そう言ってハルカたちに視線を向けるが、全員揃って首を振った。
「難しいよ、あれは」
「果物や野菜類はなんとかなりますが――」
「醤油か味噌がないと、味が決まらないわよね」
 醤油と味噌はやはり偉大だった。
「原料って米と麦、大豆だよな? それらがあれば、作れる人は……?」
 ハルカとユキは首を振ったが、ナツキは控えめに手を上げた。
「作ったことはあります。但し、麹菌を探す必要がありますが」
「麹菌かぁ……売ってないよなぁ」
「まぁ、売ってないでしょうね。ただ、麹も酵母菌の一種だから、見つけることはできるわよ、地道に努力すれば」
 そう言ってハルカが色々解説してくれたが……うん、とにかく難しそうなことは解った。
 不可能ではないと解っただけでも、今は良しとしておこう。俺にできるのは、応援することと、雑用を頼まれたら手伝う程度である。
「ま、醤油の話は置いておくとして、明日以降はどうする? オークの巣を潰したから、もうオークで稼ぐことはできないだろ?」
「だよなぁ。オークがゼロにはならないだろうが、今までみたいに頻繁に見つからなくなるだろうし」
 一部の人には迷惑なオークだが、俺たちにしてみれば良い金蔓(かねづる)だった。
 なので、あえて巣の殲滅をせずに適度な間引きを繰り返し、持続可能な資源として活用する案もあったのだが、ギルドに殲滅依頼が出た時点で諦めた。
 放置しておけばギルド主導で殲滅が行われるわけで、俺たちに益はない。それならば、先に潰してしまう方がまだマシである。
「オークを卒業したぐらいの冒険者って、何で稼ぐんだ?」
「南の森、ですね。普通の冒険者はホブゴブリンが斃せるぐらいになれば、そちらに移るみたいです」
 そういえばオークって、割が合わないから人気が無いんだったな。
 おかげで競争相手が居ない俺たちは、ガッポリと稼がせてもらったわけだが。
「南の森……何があるの?」
「次のランクということであれば、木こりの護衛みたいです。後は、東の森よりも少し価値の高い薬草類、魔物を狩って魔石を集める、でしょうか」
「それだけ訊くと、なんだか微妙な気がするんだが……?」
「そうですね。はっきり言えば、南の森に移っても、オーク狩りで稼げるほどには稼げないと思います。ですから、この街には高ランクの冒険者がいないのでしょうね」
「オーク、良い稼ぎになるからなぁ……」
 4匹も売れば、日本円にして軽く100万以上である。
 肉の量を考えれば妥当か、むしろ安いぐらいだとは思うのだが、1ヶ月の小遣いが数千円だった俺たちからすれば、大金である。
「ま、どうするかはゆっくり考えましょ。オークの在庫はかなりあるし、それがなくなるまではのんびり過ごしたら良いと思うんだけど」
「だよね。お金に余裕があるんだから、休暇も必要だよ。――そうだ! オークの巣の殲滅成功を祝って、祝勝会でもしない? アエラさんのお店でも予約して」
「お、いいな! アエラさんの料理、美味いけど、朝に販売しているヤツと、ランチ以外食べたことなかったし」
 笑みを浮かべてパチンと手を合わせ、そんな提案をしたユキに、トーヤもまた同調する。
 俺たちにも特に反対する理由も無く、顔を見合わせて揃って頷く。
「それじゃ、肉を売って、帰ったら予約しに行きましょうか」
「賛成!」
 それから俺たちは、豪快なキャンプファイヤーが下火になるまで、しばらくその場で食休みを取った。
 そして、おおよそ燃え尽きた段階で、燃え残った物をユキの土魔法でごっそりと穴の中に放り込むと、森を後にしたのだった。

421
084.md

@ -0,0 +1,421 @@
084 休息 (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
オークの解体と平行して、巣の小屋もどきを解体して燃やす。
廃材が燃え尽きるまでの時間、昼食を兼ねた焼き肉をする。
巣の殲滅を機に、しばらくの間のんびりすることを確認して森を後にする。
 街に帰ってすぐにアエラさんのお店に予約に行った俺たちだったが、幸いなことにお店の客足は好調で、予約が取れたのは3日後だった。
 アエラさんは申し訳なさそうに謝っていたが、繁盛しているのは良いことだ。アドバイスしたのに潰れたとなると、正直、心苦しいし。
 予算は応相談と言うことだったが、5人で金貨20枚のコースをお願いした。アエラさんはかなり驚いていたが、お祝いなので、と伝えて代金は前払いで払っておいた。
 今の俺たちからすれば、金貨20枚も痛くは……いや、たまのお祝いなら出しても良い額である。これからはオーク(金蔓)がいないのだから、贅沢はできない。
 初心忘れるべからず。1,000レアしかなくて、着替えも買えなかったあの時のことは、常に心に留めておかないとな。
            
 翌朝、恒例の訓練を終えた俺は、手持ち無沙汰になっていた。
 はっきり言って、予定がない。
「なあ、ナツキたちは今日、何するんだ?」
「私たちですか? 今日はみんなで布でも買いに行こうかと思っています」
 片付けを終えて帰ろうとしているナツキに声を掛けると、そんな答えが返ってきた。
 時間的余裕があるなら、布を買って服を作ろう、と言う話になったらしい。
 今も簡単な物に関しては自前で作っているのだが、まだまだ数が少ないし、これから冬になる。そういった季節物も含めて作ってしまおう、という事のようだ。
「よろしければ、ナオくんも来ますか?」
「あ~~、すまん、遠慮しておく」
 日本だとトラブルを避けるために付き合うことも多かったのだが、正直に言えば、女性陣が服を選ぶのに付き合うのはあまり楽しくはない。可愛い服を着て見せてくれるのは良いのだが、それが何時間も続くとなると、さすがに疲れるんだよなぁ。
 布を見に行くだけならそこまでかからないだろうが、油断はできない。恐らく、俺の考えている時間よりは大幅に長くなることだろう。
 トラブルに関しても、この街だとあまり心配ないしな。
 治安も良いし、冒険者と解る格好をしている女性に絡むヤツはほぼいないはずだ。
「ナオくんの服、私が作ったら着てくれますか?」
「もちろん。奇抜な物じゃなければ、何でも嬉しいぞ」
「ありがとうございます。頑張りますね!」
 作ってくれるなら、むしろ俺がお礼を言うべきなのだが、ナツキが嬉しそうだから別に良いか。
 裁縫スキルのおかげか、ナツキたちが作る服は出来も良いし、こちらでそう目立たないデザインながらも、着心地はこちらで買った既製品よりもかなり良いのだ。断る理由なんて無い。
 ただ、シャレなのか何なのか、部屋着として作務衣や浴衣なんかを渡してくるのは少し謎なのだが。実用上は全く問題ないのだが、誰の趣味なのだろうか?
「うーむ、女性陣はショッピングか……」
 俺もどこかに買い物に、と思わなくもないが、必要な物が無い。
 屋台とかあるので、普通ならそれなりに楽しめそうな物だが、ほぼ100%、不味いことが解っていては何の意味も無い。
 朝市で食材を見るぐらいなら、多少は何かの参考になるかもしれないが……。
「トーヤ、お前の予定は?」
「オレも特にないなぁ。何か案はあるか?」
「あったら訊いてないな」
 魔法の訓練をしても良いのだが、のんびりと過ごすという趣旨に反する。
 いや、別に拘る必要は無いのだが、なんとなくな。
「畑、でも作るか?」
「畑……?」
 そういえば家庭菜園を作るとか言っていたな。
 すでに土地はある。家はまだできていないが、今から作っていても悪くはないだろう。
「家庭菜園、如何(いか)にも趣味っぽいな」
「だろ? 幸い、オレたちには土地も鍬もショベルもある!」
「鍬……最初に買ったヤツか。ショベルを手に入れてからは出番がなくなった」
「そうそう。やっぱり、耕すためには必要だろ」
 穴掘りにはショベルが便利だが、畑仕事と言えば鍬か。
「場所は適当に、庭の隅で良いとして……耕すだけで良いのか?」
「いや、家庭菜園だったらやっぱり、花壇みたいな区切るためのブロックとかあった方が良くないか?」
「それも、そうだな?」
 俺の家庭菜園のイメージは、ブロックなんかで四角く囲った中に土を入れ、そこに作物を植えているという感じ。
 区切りもなく庭を畑にしてしまうと、家庭菜園ってイメージとは少し違う。
「ブロックか。売ってるわけないよな」
「そうだな。そこは石で良いだろう」
「だな」
 街の外に出て拾ってきたからと言って、文句を言う人はいないだろう。
 石切場とかなら別だろうが。
 普通なら運搬が大変だろうだが、俺たちにはマジックバッグがあるのだ。何の問題も無い。
「それじゃ拾いに行くか!」
「おう!」
 俺たちはニヤリと笑みを浮かべて、意気揚々と街の外へと繰り出した。
            
「……なあ、ナオ。勢いに乗って飛び出してきたは良いが、石ってどこにあると思う?」
「……難しい問題だな」
 東門を出て広がるのは草原。街道を歩いて行けば森が見えてくるが、岩場みたいな所は全く記憶にない。
 草原にも石が転がっていないわけではないが、ブロックみたいなサイズとなると数は少なく、簡単に集まりそうにはない。
「森だとたまにでっかい岩もあったが……」
「2人で入るわけにはいかないだろ?」
 無事に帰ってきたとしても、確実に怒られる。
「第一、岩をどうやって砕く? トーヤが『ナンチャラ・スラッシュ』とか言って切ってくれるか?」
「無理に決まってるだろ。剣が曲がるわっ。身体強化の延長で、魔法剣みたいな事ができるようになれば、可能性はゼロじゃ無いかもしれないが……」
「物理法則が歪めば可能かもな。現実的には鑿(のみ)と楔(くさび)とハンマーだろう」
「今度、ガンツさんとこで買ってくるか」
「そうだな。今はある物を拾うか」
「あぁ」
 俺とトーヤは二手に分かれ、草原を歩き回って石を拾い集めていく。
 とにかく数が少ないので、かなり広範囲を走り回るのだが、1時間ほど経っても見つけた石は両手に満たない。
 しかも、叩けば砕けそうな物も多く、目的の用途に適う物となればその半分程度だろう。
 いい加減疲れてきて、顔を上げれば遠くには山脈が見える。麓(ふもと)には森が広がっているが、ある程度より上には大きな木が見えず、あれが森林限界というやつだろうか。
「あそこまで行けば、石はいっぱい転がってそうだよなぁ……」
 危険らしいので近づけないが。残念ながら。
 俺がそんなことを思いながら一休みしていると、少し離れたところで石を探していたトーヤが走り寄ってきた。
「休憩か?」
「ああ。だが、正直、これは無理だろ? 方法を変えないか?」
「方法って……もしかしてあの山か? 無理だぞ、危険すぎる」
 俺の視線の先を確認してか、トーヤがそう言って首を振る。
「解ってるって。行くにしても他の場所だよ。――ところで、あの山、途中から木が生えていないだろ? あれって森林限界か?」
「ん? 確かに生えていないが……違うんじゃないか? このへんってそんなに寒くならないんだろ? オレの感覚が正しければ、こことあそこの標高差ってそこまでないぞ」
「そういえばそうか。なら別の要因か?」
 気温と風などの影響で森林限界が決まると聞いた気がする。つまり、暖かい地域では森林限界が高く、寒い地域では低い。
 このあたりはそう寒くないらしいので、木の性質がそう変わらないのであれば、あの程度の山で森林限界があるのはおかしいかもしれない。
「他……火山性……温泉とか!?」
 ガスや地質の関係で木が生えなくなるということは考えられる。
「可能性は否定できないが……それならもうちょっと、痕跡がありそうじゃないか?」
「湯気とか、見えないもんなぁ」
 火山性イコール湯気、というのは俺の偏見かもしれないが、できれば温泉、期待したい。
 この世界、娯楽が少ないので、自分たち専用の露天風呂とか夢が広がる。――まぁ、あそこに行って、のんびりと素っ裸で温泉に浸かれるほどの強さ、手に入れるのは大変だと思うが。
「どうする? 石拾い、継続するか?」
「ナオ、どれだけ拾った?」
「8個。トーヤは?」
「オレは10個。……微妙だな」
「だな。方向修正、しよう」
 このまま草原を走り回るのは効率が悪すぎる。
 地面を掘れば出てくるかもしれないが、これも効率は悪いだろう。
「森に行って、岩を砕くか?」
「それならハルカたちも呼ぶ必要があるだろ。布を選んだり、服を作ったりしているあいつらの邪魔、できるか?」
「無理」
 トーヤ、即答である。俺も邪魔はしたくない。
 ちょっとした気遣いを忘れると、仲がこじれる遠因となるのだ。
 男と女なので、ちょっとした考え方や趣味の違いはどうしてもあるのだから、互いに半歩ずつ譲るのが上手く付き合っていくコツである。片方が一歩譲るような関係では、長続きしない。
 まぁ、俺たちの場合、日本での付き合いも長いので、互いに譲れるところ、譲れないところがある程度解っていて、幸い、そこまで気を使うことも無いのだが。
「ガンツさんのところで道具だけ手に入れて、様子を見るか」
「そうだな。暇つぶしみたいな物で、急ぐわけでも無いし」
「そんなわけでガンツさん、石切に必要な道具、くれ」
「どんなわけだ。金払やぁ売ってやるが。そうだな、鑿と楔、ハンマー、それに削(はつ)り用のハンマーだな。楔は割りたい石のサイズによっていくつもいるぞ」
「削(はつ)り用?」
「こんな形のハンマーだよ」
 そう言ってガンツさんが見せてくれたのは、片側がマイナスドライバーの様に尖ったハンマー。大まかに割った石をこれで削って目的の形にするらしい。
「じゃ、それ一式」
「いるっつぅなら売るが、普通に石工に頼んだ方が良いと思うぜ? 素人がやってもろくな物にはならねぇぞ?」
「あははは、良いんですよ。遊びみたいな物ですから。プロに頼んだ方がある意味、安上がりなのは解ってますから」
 俺たちが苦労して石を集め、割って、綺麗に並べ、家庭菜園の枠を作るのに必要な時間。それを考えたら、普通に魔物を倒して売った金でプロに頼む方が、俺たちの労働時間は短くなるだろう。
 でも、それじゃ面白くない。趣味なんだから、下手くそでも自分でやらないと。
「解ってんならいい。――それじゃ、これで一式だ。足りなければまた買いに来い」
「はい、ありがとうございます」
 ガンツさんが集めてくれた道具を受け取って金を払い、俺たちは宿へと戻る。
 隣の部屋からはハルカたちの楽しそうな声が聞こえてきていたので、俺たちは頷きあい、その日は静かに部屋で過ごした。

707
085.md

@ -0,0 +1,707 @@
085 休息 (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
アエラさんの店を予約するが、繁盛していて予約が取れたのは3日後。
しばらく休息日になるが、服作りをする女性陣に対してやることがないナオとトーヤ。
家庭菜園の枠でも作るかと、石を拾いに行くが、草原で集まった石は僅かだった。
「ねぇ、ナオ、あそこに積んである石って何?」
 翌日の訓練後、ユキが指さしたのは、昨日、俺とトーヤが拾ってきて、庭の隅に放り投げておいた石の山。いや、山は言い過ぎか。ちょろっと転がっているだけだし。
「あれか。家庭菜園を作るなら、枠が必要かと思って、トーヤと一緒に拾ってきたんだよ」
「……あぁ! レンガ代わり! 良いね。あたし、家ができたら、その周りとアプローチに花壇を作りたいんだけど、ついでにその花壇の枠も拾ってきてよ!」
「あー、いや、それがそうもいかなくてな」
 俺はそう言って、草原では殆ど石が拾えないこと。
 石が転がっているような適当な場所がないこと。
 余裕ができたら、森にでも行って岩を砕いてみようかと考えていることを伝える。
「森、かぁ……。あたしたち、まだ服作りの途中だしなぁ……ハルカ、ナツキ、ちょっと!」
「なんですか?」
「なに?」
 ユキが2人を呼んで、今の話を伝えると、ハルカたちも少し考え込んだ。
「石を使った枠、という考えは良いと思います。見た目的にも映えますし」
「問題は森よね。トーヤたちだけで行かせるのは不安だし……そもそも岩を砕くって、そう簡単にはいかないわよ?」
「今の身体能力でも無理か?」
「石の目を読んで割るんだから、力よりも経験、でしょうね。う~ん、そうね、祝勝会が終わったら、大山椒魚でも狩りに行ってみる? 息抜きがてら。渓流なら石も多く拾えそうじゃない?」
「良いな! それ!」
「賛成! 一遍、渓流釣りとかやってみたかったんだよ~」
 日本でやる機会なんてついぞ無かったし、そもそも漁業権の問題があって、勝手に釣りなんかできなかった。せっかく行くのなら、経験してみたい。
 すぐさま賛成した俺とトーヤに対し、ハルカは苦笑しながらユキとナツキに視線を向ける。
「私も構いませんよ。今日、明日で服作りも区切りが付くと思いますし」
「あたしも良いよ。できたら鮎みたいな美味しい魚、食べてみたいよね。こっちに来て食べた魚って……」
 どんよりと暗い目になってため息をつくユキ。きっとあの料理を思い出したのだろう。
 俺もアレはもう2度と食べたいとは思わない。
「そう。じゃあ、トーヤとナオはこの2日で遠征の準備を整えておいて。一応、1日か2日の泊まりを想定して、テントとかそのあたりを」
 ハルカはそう言って、ある程度のお金をまとめて渡してくれる。
「了解」
「ディオラさんにアドバイスをもらうと、良いかもしれないわね」
 なるほど、理にかなっている。
 こちらの世界特有の事情とかもあるかもしれないからなぁ。
            
「トーヤ、まずは何を買いに行く?」
「もちろん、最初はディオラさんだろ」
「え、ディオラさんは売ってないだろ?」
「ちゃうわっ! 情報収集だよ!」
「うん、解ってた」
 もちろん冗談である。
 早速ギルドに向かって、ディオラさんに相談。
「野営の道具ですか? そうですね、これからの時期に一番必要なのは防寒具ですね。このあたりでは命に関わるほどに冷えることは少ないですが、体調を崩す可能性はありますから」
「火魔法の『暖房ワームス』があればどうですか?」
「便利な魔法ですが、移動中は使えません。馬車の中みたいに閉鎖された空間なら効果はありますが。高レベルの術者は自分の周りに維持したまま移動できると聞きますけど、防寒着を着る方が簡単ですね、戦闘になった時を考えると」
「確かに」
 術者の魔力消費を考えるとあまり良い選択ではないだろう。
 快適ではあるだろうが。
「『防冷レジスト・コールド』は人に対して使う魔法ですから、こちらは移動中も効果がありますが、魔力切れになったときのことを考えると防寒着が不要、とはならないでしょうね」
「魔力切れで凍死とかシャレになりませんもんね」
「はい。雨を防げるローブもあった方が良いですね。野営に限りませんけど、雨が降っていても移動が必要なときはあります。長時間雨に濡れると体力を奪われますので、これの準備は必須ですね。余裕があれば、雨宿りできるような天幕もあると良いですね」
「それは、テントとは別に?」
「別にですね。支柱と屋根だけの物です。テントだと、中で火を焚けないでしょ? 雨の時は冷えますから、やはり火はあった方が良いです。あと、地面が濡れていて火が着かないこともありますから、焚き火を地面から離せるコンロや乾いた薪もあると良いですね」
 結構、いろんな物がいるんだな。
 いずれも納得できる物だが、マジックバッグがある俺たちはともかく、普通の冒険者には持てる量じゃないよな?
「これって普通は持ち歩けないですよね?」
 そう思ったのはトーヤも同じだったらしく、ディオラさんにそう尋ねた。
「そうですね、このあたりは、馬車がないと難しいと思います。なので、普通の冒険者は天候が悪いときは厳しいんですよ」
「そういう場合は?」
「雨が降ってもひたすら集落まで移動する、ローブを被ってひたすら耐える、雨が降りそうなら街で過ごす、そもそも長期の遠征を行わない、このあたりですね」
 厳しいっ!
 雨の中、雨合羽を被って一晩過ごすって事だろ? いや、日本の雨合羽ほどの性能は無いから、もっと辛いか。
 確か水魔法に『防雨アボイド・レイン』ってあったよな?
 この魔法とか、『暖房ワームス』とか、普段の生活には便利そうだけど、微妙な魔法が魔道書に載っているな、と思っていたが、実は冒険者としても重要な魔法だったんだなぁ。
「普通は、目的地の距離や天候を考えて行動しますから、頻繁にあることではないんですけどね」
 俺たちの表情を見て、ディオラさんは苦笑して、そう付け加えた。
「そのあたりを気をつければ、あとは一般的な物ですね。テントや食料、毛布。余裕があれば調理器具。案外役に立つのが、大きめで厚手のマントですね。移動中に寒いときにも使えますが、テントを張れないような状況でも地面の上で仮眠ができます」
 このあたりはキャンプを参考に選べば良いか。
 日本でも自分で用意してキャンプした事なんて無いが。子供の時に親が全部用意して、連れて行ってもらったことはあるので、それを頑張って思い出してみよう。
「忘れがちなのが、水ですね。活動量が多いと水の消費量も多いので。初めて行く場所では要注意です。事前に水場の情報を集めるのはもちろん、万が一、その水場が枯れていたときのことも考えておかないと、命に関わりますよ、水不足は」
「確か、水魔法で『水作成クリエイト・ウォーター』ってありましたよね?」
「はい、とても便利な魔法ですね。但し、それに頼り切ってしまうのは問題です。万が一の状況、はっきり言ってしまえば、水魔法を使える人が亡くなった場合、そこまで行かなくても魔力不足や意識不明の場合なども想定しておくべきでしょう」
「……そう、ですね」
 そんな状況は考えたくもないが、冗長性の確保は必要か。
 ライフラインに関わるような魔法は、覚えられる人は全員覚えておいた方が良いかもな。俺とハルカは覚えようと思えば覚えられるし、ユキも水魔法を覚えられる。
 マジックバッグにも水などの必要物資は確保しておくにしても、この3人が倒れるような状況ならほぼ全滅という気がする。
「ディオラさん、ありがとうございます。参考にして準備を整えます」
「いえ、お気になさらず。どこか、遠征ですか?」
「遠征ってほどではないんですが、最近は大分余裕ができましたから、近いうちに、息抜きも兼ねてグレート・サラマンダーでも捕まえに行こうかと」
「そうなんですか。良いと思いますよ。いつも激しい戦闘ばかりだと、疲れてしまいますからね。それでも一応、街の外ですし、気をつけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
 穏やかに微笑むディオラさんに別れを告げ、俺たちは街中の店を巡る。
 雨具に天幕、支柱は即購入。
 マントは好みもあるだろうから保留で、毛布は人数分購入。こちらも好みはあるかと思ったが、選択肢がなかったので買ってしまった。
 屋外で使うような毛布の場合、染色や柄よりも実用性重視らしく、サイズ程度しか違いが無かったのだ。
 保存性を気にする必要が無いので、食料も適当に買い込み、水を入れる樽も買う。
 調理器具はすでにあるので、購入しなかった。
 後は、ロープや布など、汎用性の高そうな雑品類。
「テントは、1つで良いと思うか?」
「普通なら、男女で分けてと言うところだが、安全な場所に遊びに行くわけじゃないしなぁ。2人は見張りで起きているだろうし、着替えをすることも、基本的にはないだろ?」
「そうだな」
 最近は余裕ができたので、冒険時と普段で服を着替えているが、最初はずっと同じ服を着たまま、完全にハルカの『浄化ピュリフィケイト』に頼っていた。洗濯に関しては、今も同じで『浄化ピュリフィケイト』を使っている。
 冒険中は当然、とっさのことに対応することを考えれば、常に装備を付けたままと言うことになるだろう。
「テントも保留にしておいて、相談するか」
「その方が良いだろうな」
 宿でも同じ部屋だったのだから、今更気にする必要もない気はするが、金銭的制約があったあの頃とは状況も違う。ある程度の配慮はしておくべきだろう。
「それじゃ、必需品は終わりとして、レジャー用品を買いに行くか!」
「レジャー用品?」
「釣り竿だよ! 渓流釣り。他にないだろ?」
 何を言っているんだ? と首を捻った俺に、トーヤは拳を握り、そう力説する。
 そう言われると、確かにレジャーだな。俺としては、釣った後も楽しみだが。
「しかし、釣り竿を売っている所ってあったか?」
「……見た覚えはない」
 俺もない。
 釣具屋なんて物は無かったし、雑貨屋もキャンプに使える良い物がないか店を見て回ったので、売っていれば気がついたはずである。
「まずは、針を手に入れるか。それ以外はどうとでもなるし。ガンツさんのところに行けば売ってなくても、何か判るだろ」
「そうだな」
 金属製品なんだから、鍛冶屋だろ、という安易な考えで向かったガンツさんのところだったが――。
「釣り針ぃ~? そんなもん作ってねぇよ。売れもしねぇのに」
「売れないのか?」
「売れねぇよ。誰が買うんだよ。このへんでのんびり釣りができるような場所なんぞねぇ」
 ガンツさんは、サールスタットなら売っているかもしれないが、それでも殆ど需要はないだろう、と言う。
 サールスタットでも魚は捕っているが網が基本。更に縄張りという物があり、勝手に港で釣り糸を垂らしていると、漁師にシメられるらしい。
 俺たちの目的地付近なら縄張りを主張する漁師もいないが、そんなところでのんびり釣りができるのは、ある程度の腕がある冒険者に限られる。
 そして、そんなことをしようとする冒険者はほぼゼロで、この街で釣り針を売ってもとても商売にはならない。
「なら、釣り竿とかも?」
「売ってねぇだろうな。そのへんで適当な木を切って来いよ」
 カーボン製とは言わないが、竹ぐらいのしなりがあって丈夫な木が欲しかったんだが。
 当然、リールなんかもないんだろうなぁ。
 ――川釣りならリールがなくても大丈夫か?
「釣り針程度なら、トミーに言って作らせな。材料ぐれぇはやるからよ。気分転換にもなんだろ」
「すみません、ガンツさん。ありがとうございます」
 顎で奥を示すガンツさんにお礼を言って、工房へ移動すると、トミーはショベル作りに精を出していた。
 床にはショベルの先っぽだけが何十個も並び、トミーは今も炉の前で鉄板を叩いて、それをショベルの形に整えている。
「トミー」
「あ、トーヤ君、それにナオ君。こんにちは」
 作業が一段落するのを待って声を掛けると、トミーは道具を下に置いてこちらに顔を向け、少しだけ疲れた笑みを浮かべた。
「ショベル、売れているんだな?」
「えぇ、幸いというか何というか。おかげでガンツさんにボーナスをもらいましたが、少し飽きも来ますね、同じ物ばかり作っていると」
「そこは仕事だから仕方ないだろ。殆どの仕事は、毎日同じ事の繰り返しなんだから」
「もちろん、解ってはいますけどね。スラムに落ちるよりはよっぽどマシです」
 『毎日同じ事を繰り返さないといけない仕事』は、言い換えると『同じ事を繰り返していてもお金が貰える』とも言える。
 殆どの凡人は、『常に新しいことをしていなければお金が貰えない』となれば、すぐに路頭に迷うことになるだろう。『程々に新しいことに挑戦できて、失敗が許されて、お金も貰える』なんて都合の良い仕事、そうそうないのだから。
「それで、今日は?」
「ああ、依頼だ。釣り針、作れるか?」
「釣り針ですか! 釣りに行くんですか!? 良いですねぇ」
 パッと顔を明るくして、声を上げるトミー。
「おや、トミーは釣り好きか?」
「はい! 海釣りも川釣りも。頻繁にはいけませんでしたけど」
 予想外、ってほどでもないか。
 日本だと互いの趣味を知るほどの付き合いはなかったし。
「それで、何を狙うんですか?」
「居るかどうかは解らないが、ヤマメとイワナ、鮎とかだな」
「針に返しは?」
「ん? 着いてない針があるのか?」
「えぇ。リリースする場合は返しのない針を使うこともありますね」
「もちろんありで。食べるから」
 それを逃がすなんてとんでもない、である。
「トミー、オレは毛針とか使ってみたいんだが、作れるか?」
「大丈夫、というか、普通は針に自分で細工するんですよ。鳥の羽とか糸を使って。売ってもいますけどね。ただ、毛針だと鮎はあまり釣れないと思いますよ。鮎なら、友釣りかルアーですね」
「友釣り、聞いたことはあるな」
 生きた鮎をおとりにして、攻撃してきた鮎を釣り上げる方法だったか?
 結構、酷い釣り方である。そもそも、縄張りを守ろうと攻撃してくるのだから、『友』じゃなくて『敵』じゃないか?
「ルアーの方が手軽ですが、どんな魚か解らないと作れないですから、作って持って行ったとしても、上手く行くかどうかは賭けですね」
 ルアーと言っても、魚を模した物だけではない上に、狙う魚によって使うルアーの種類も異なるため、そのあたりの情報が無ければ適した物を作るのは難しいらしい。
 ふーむ、なるほどなぁ。結構難しいんだな、釣りって。
「どうします? 取りあえず、普通の針とルアー用の針でも作りましょうか?」
「それで頼む。ついでに、夜で良いから、毛針の作り方、教えてくれるか?」
「えぇ、構いませんよ」
「ルアーは、どうやって作るんだ?」
「僕もルアーは作ったことありませんが、魚の模型ですから、木を削って着色して、魚に似せる事になるでしょうね」
 結構難しそうだが、ま、遊びだし適当に作ってみるか。
 上手く行かなければ行かなかったで、それもまた経験ってヤツだろう。
「……あの、僕も付いていくことはできませんか?」
 トミーに少し遠慮がちにそう言われ、俺はトーヤと顔を見合わせた。
 釣りが好きみたいだし、半分遊びだから連れて行っても良いのだが、問題は目的地が初めて行く場所ということである。
 初めて見る魔物でも出てくれば、トミーに構っている余裕は無いだろう。
「経験者みたいだし、安全な場所ならむしろ来てくれと頼むところだが……」
「正直、トミーが無事に帰ってこられるか解らない」
「そ、そこまでですか!?」
 げっ! という表情を浮かべるトミー。
「いや、初めて行く場所だから、正直言うと、わからん。ただ、普通の人が釣りに行く場所ではない」
「それって、確実に危険だからですよね!?」
「そりゃそうだろ。オークとか出てきたら、一撃でミンチだぞ?」
 俺たちには金蔓だが、一般人には脅威となる魔物なのだ。
 ただの猪であるタスク・ボアーだって、こちらに来たばかりの俺なら、殺されてしまう可能性があるのだから。
「どのぐらい鍛えれば、いけますかね?」
「魚釣りに命懸けるのか?」
「トミー、そこまで釣り好きだったのか?」
 俺たちは驚いて、トミーをマジマジと見つめる。
 俺たちは危険性が低そうだから、息抜きに行こうと思えるが、俺がもしトミーの立場なら、危険を冒してまでわざわざ釣りに行こうとは思えない。
 魚を釣ったら儲かるというわけでもない。
 所詮、遊びなのだからして。
「もちろん釣りが好きというのもありますけど、ずっと鍛冶だけというのもアレでしょう? 楽しいことは楽しいんですけど」
「息抜きは必要か」
「はい。この世界、娯楽少ないですから」
 気持ちは解る。
 実際俺たちも、自由時間と言われてすることが思いつかなかったクチだから。
「オレたちもまだ行っていないし、どのくらいとは言えないが、最低でもホブゴブリンは1人で斃せる様になって欲しいところだな」
「あとは、ある程度の速度で、半日は走り続けられるように鍛えた方が良いだろうな」
「ホブゴブリンは解りますが、半日走る、ですか?」
 不思議そうに首をかしげるトミーだが、これ、すごく重要だぞ?
「強い敵が出てきたら逃げなきゃいけないだろ? 俺たち、強敵を力を合わせてギリギリ倒す、なんてこと、するつもりはないし」
「ギリギリならまず逃げるよな。逃げられる状況なら。無理する意味なんてないし」
 死んだら終わりなのだ。
 ギリギリの状況で戦闘になるなんて、戦略的にすでに失敗している。
 常に格上と戦うなんて、物語なら楽しいかもしれないが、俺たちには必要ない。むしろ、同格以下で戦えるように努力すべきである。
「で、そんな時、トミーが走れないと置いていくことになる、と」
「トミー1人を助けるために、全員が犠牲になる可能性があるなら、普通に見捨てるから、オレたち」
「今日から走り込みをします!」
 あっさりと言った俺たちに、トミーは顔を引き締めてそう宣言した。
 それでも釣りは諦めないのな。
「頑張れ。半日走り続ける程度は案外簡単だと思うが、できるだけ早く走れるようになる事を薦める。むしろ、危ないときに真っ先に1人で逃げられるぐらいに」
「えっと……良いんですか? 1人で逃げて」
「むしろその方が助かる」
「だな」
 不思議そうな表情を浮かべたトミーに、俺たちはすぐさま深く頷く。
 危険なときに撤退するにしても、普段からパーティーを組んでいないトミーと呼吸を合わせるのは難しいだろうし、単純に速度面でも着いてこられないだろう。
 かといって、先ほどの言葉通りに見捨てるのは心が痛む。
 それならば最初に逃げてもらった方が、むしろ楽なのだ。
「ま、アドバイスが必要なら訊いてくれ。ゴブリンを倒しに行くなら、暇なときなら付き合うし」
「ありがとうございます。休みが取れたら、お願いするかもしれません」
「おう。それじゃ、針は頼むな。宿で渡してくれ」
「解りました。今夜、持って行きますね。良い物を作りますから!」
 トミーは、ショベルを作っていたときよりも明らかに気合いの入った表情で、金属を叩き始めた。

387
086.md

@ -0,0 +1,387 @@
086 休息 (3)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
石拾いも兼ねて、2日後にグレート・サラマンダーの捕獲に行くことを決める。
服の作製を続ける女性陣と、野営のための買い出しを行う男性陣。
せっかくなので渓流釣りも試すため、トミーに釣り針を注文する。
 せっかく外に出ているので、昼食はアエラさんのお店のランチ。
 最近、街に居るときは、宿で食べるとき以外、常にここである。
 新しいお店の開拓に興味がないと言えば嘘になるが、それは祭りの屋台で特賞を狙うようなものである。――つまり、あたりが入っていない可能性が高い。
 その点、このお店なら安心である。すぐに座れない日も出てきたが、昼休憩が決まっているわけではない俺たちは、少し時間をずらせば問題ない。
 今日は少し奮発して、ランチ+食後のお茶とお菓子を注文。
 午後のティータイムと洒落込んでいる。
 男2人というのが大きなマイナスポイントだが、アエラさんは可愛いし、お菓子は美味い。
「ルアー、作るのに道具がいるよな?」
「そうだな。木片は家の所に行けば分けてくれそうだが、職人に工具を貸してくれとは言えないからな」
 うーむ、木片を削るだけなら、小刀だけでもなんとかなるか?
「ノコギリ、彫刻刀、ヤスリ。あと小刀を2本買うか?」
「ヤスリは必要か。ノコギリと彫刻刀は必要か?」
「ちょうど良いサイズの木片が貰えるとは限らないだろ? カットするのに小刀じゃ無理だぜ?」
「そういえばそうだな」
「彫刻刀は……無くても良いか」
「多分? 俺のイメージするルアーはツルッてしてたし」
 目を彫ったり、ウロコを彫ったりはしていなかったように思う。
「じゃ、いらないな」
「何の話ですか、ナオさん」
 昼食時が終わり、暇になってきたのか、アエラさんがニコニコと微笑みながらやって来て、声を掛けてきた。
「ルアー……疑似餌を作ってみようか、と言う話をしてたんだよ」
「疑似餌……懐かしいですね」
「ん? アエラさんも作ったことあるのか?」
「いえ、私は。里にそういうのを趣味にしている人がいただけです。里でも普通は仕掛けで捕まえるので、疑似餌を使った釣りは、完全に趣味ですね」
「疑似餌でも釣れることは、釣れるのか?」
「ええ、一応は。ただ、仕掛けで十分獲れますから……」
 そう言って、あはは、と苦笑を浮かべるアエラさん。本当に趣味の世界なのだろう。
「どんな疑似餌だったか教えてもらっても良いか?」
「ええ、良いですよ」
 そう言って説明してくれた疑似餌の特徴は、少し鮎に似ていたので、それに近い魚が釣れることが期待できるかもしれない。
 お礼を言って店を出た俺とトーヤは、早速工具と木片を調達。
 着色用の塗料を探して街を歩く。
 ホームセンターなんてあるわけも無し、需要もあまり無さそうなので期待薄だったのだが、予想外に簡単に塗料とニスの入手に成功した。
 訊いてみると、この街の特産、家具作りに使用するため、結構需要があるらしい。
「あとは、竿と糸、毛針の材料か」
「糸はハルカたちから分けてもらえば良いだろ。釣り糸なんて売ってないだろうし」
「そうだな。じゃあ、竿と毛針の材料……鳥の羽か」
 どちらも森である。
 奥に入ると怒られるだろうが、浅いところなら大丈夫だろう。
 俺たちは装備を調えて、森へと走る。
 残念ながら竹は見たことが無いので、できるだけ細くてしなやかな木を探し、何本か回収。その合間に鳥の羽も回収した。
 いや、正確には狩っただな。俺たちのおやつが焼き鳥になった。そういう事である。
 宿に戻り、2人して黙々と木片を削っていると、仕事を終えたトミーが部屋を訪ねて来た。
「こんばんは~。ご依頼の品、できましたよ」
「おっ、さんきゅー。良い感じにできたか?」
「正直に言えば不満点はありますが、現状ではこのくらいでしょうか」
 そう言ってトミーが机に並べた針は、俺が見る限り十分な出来である。
 サイズも各種揃っていて、俺たちが狙うヤマメなどの小型の魚だけでなく、鮭のような大型の魚すら釣れそうな針もある。
 普通に日本で手に入る針と比べても遜色はない。
 ……いや、正直に言えば、実物の釣り針なんて見たこと無いんだが。海釣り、川釣りはもちろん、釣り堀すら行ったことないし。
「何が不満なんだ?」
「針の細さ、返し、それに強度ですね。手作業でやるには、僕の技術はまだまだ不足しているみたいです」
 俺には解らないが、釣り人のトミーには不満なようだ。
 まぁ、俺たちは釣りが楽しめれば良いので問題はない。
「今は……ルアーを作っていたんですか?」
「ああ。まだ全然形になっていないが」
 まだ大まかに角を落とした程度で、紡錘形にすらなっていない。
 これが魚に見えるようになるかどうかは、俺たちの頑張りにかかっているのだが……俺、そんなに絵も上手くはないんだよなぁ。
「そこまで精密じゃなくても、ウロコの反射を再現できれば、動き次第でなんとかなるって話も聞きますけどね。本当かどうかは知りませんが」
「ウロコの反射……難しそうだな」
「金属箔を貼り付けるぐらいでしょうか……それから、タモはありますか? ないと逃げられやすいと思いますよ?」
「タモって、確か手網のことだよな? 必要なのか?」
「水面から上げると魚が暴れてバレる……針が外れることがありますから、水中で引き寄せて網に入れてから上げる方が良いでしょうね」
「手網は売ってなかったなぁ。トーヤ、作るか?」
「網は細いロープでも買ってきて編むか。わっか部分と軸は……」
「それなら枠は僕が調達してきますよ。軸は適当な木で良いと思いますし」
「それは助かる!」
 日本ならクリーニングのハンガーで代用したり、ホームセンターで針金でも買ってくれば済む話だが、この街では針金自体がそもそも売っていない。
 針金の製作方法を考えるに、機械無しに大量に作るのは難しい物だろうし、需要の関係もあるから、仕方ないのだろうが。
「下心ありですから。鍛えたら連れて行ってもらわないといけないですし」
 ふふふっと含み笑いしながら、そんなことをはっきりと言う。
 まぁ、安全を確保できるなら、俺たちに否やはないので、むしろはっきり言ってくれた方が俺たちもやりやすい。――具体的には、釣りに関して無理を言いやすい。
「一定水準に達したら、連れて行ってやるさ。もちろん、俺たちが行って、危険じゃなければだが」
「帰ってこなかったら、危険な場所と諦めてくれ」
「不吉なこと言わないでくださいよ!? 危ないときは逃げ帰るんでしょ!? 嫌ですよ、せっかく仲良くなれた人が死ぬのなんて」
 焦ったように言うトミーに俺は肩をすくめて苦笑する。
「ま、もちろん死ぬ気は無いが、可能性はゼロじゃないんだよなぁ、この世界」
 オークならそう苦労せず斃せるようになった俺たちだが、邪神さんから与えられたスキルレベルを考えれば、その程度はできて当たり前なんだと思う。
 だが、そんなオークもこの世界の魔物からすれば、弱い部類である。
 運悪く強い魔物が徘徊していたら、あっさり殺されることも考えられる。
 俺の索敵は有用だが、敵の索敵範囲が俺より狭く、俺たちが敵よりも速く移動できることが前提なのだ。
 より長距離から発見されたり、移動速度が速ければ逃げ切れない可能性が高い。動物と違い、魔物は積極的に人間を襲ってくるのだから。
「観光旅行とか、無理そうですよね」
「金があればできるんじゃないか? 高ランクの冒険者を大量に雇って」
「そんなの、現実的じゃないですよ~。やっぱり、街道ぐらいは安心して移動できるぐらいには鍛えた方が良さそうですね」
 トミーは大きくため息をついた後、気を取り直したように顔を上げる。
「ところで、毛針の作製はどうしますか? 今からやります?」
「ああ。できたら、明後日ぐらいに行きたいと思ってるからな」
「あまり時間は無いですね。必要なのは糸と鳥の羽です。ありますか?」
「ちょっと、もらってくる」
 俺は隣の部屋を訪ね、ハルカたちに事情を話して糸を分けてもらう。
 それらの糸と、拾ってきた――もとい、毟ってきた鳥の羽を机の上に乗せる。
「鳥の羽、結構集めましたね」
「集めたというか、奪ってきたというのが正しいな」
「拾ったわけじゃなくて、狩ったんですか。日本じゃできない方法ですね」
 狩猟法とかあるしな。日本だと、拾い集めるのも難しいだろうし、買うのだろうか?
 鳩や烏の羽なら多少は見つかるかもしれないが。
「まずは細工がやりやすいように、針を固定します。普通は専用のバイスを使うんですけど……この木片、使っても良いですか?」
「ああ、いいぞ」
 トミーが手に取ったのは、ルアー作製用にいくつか分けてもらってきていた木片。
 トーヤが許可を出すと、トミーはその木片を2つに割り、そこに釣り針を挟んで紐でギュッと締め上げた。
「こんな感じで、針のこの部分に糸が巻きやすいように固定します。後はこの部分に、鳥の羽や糸を使って、虫に見えるような細工を施すだけですね。このへんはもう趣味の世界ですから、適当に」
 トミーはそう言いながら、鳥の羽を小さく切ったり、裂いたりして、糸で釣り針に巻き付けていく。
「……大体こんな感じでしょうか? 虫に見えますか?」
「おぉ、上手いな!? 何かそれっぽく見える!」
 こんな虫が居るかどうかは知らないが、釣り針が何となく羽が生えた虫に見える様になった。
「これって、1つあれば良いのか?」
「好きな人は何種類も作って、付け替えて使いますね。それに、使ったら消耗しますし」
「それもそうか」
 川に投げたり、魚が食いついたりしたら、だんだん傷んでくるのは当然か。
「それじゃ、何個か作ってみるか。指導、よろしく」
「はい。僕もさほど上手いわけじゃないですけど」
 そんな風に謙遜するトミーの指導を受けつつ、俺たちはその日のうちに、それぞれ数個の毛針を作り上げたのだった。

547
087.md

@ -0,0 +1,547 @@
087 釣行 (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ルアーと毛針用の材料を入手。
トミーの指導を受けて、毛針を作る。
 翌日も俺たちのルアー作りは続いた。
 ずっと木彫りをしていると疲れるので、気分転換にタモの網を編んだりしつつ作業を続け、昼過ぎにはおおよそ魚の形が完成。
 あまり出来は良くないが、素人にしては悪くないと自分を慰めつつ、塗装。それっぽく魚を描く。軽くニスを塗って、その上からポンポンと金粉をはたく。少しでもウロコっぽく見えれば良いなぁ、という小細工である。
 更にその上からニスを塗り重ね、針を取り付ければ完成である。
 正直、ルアーに使えそうなニスがあるとは思っていなかったのだが、原料は不明ながら、強度も防水性も十分という代物が手に入った。少々高かったが、使う量が僅かなので、問題にはならないレベルである。
 そうやってできあがったルアーを、2人で喜々として女性陣に見せに行ったのだが、その反応は微妙だった。
「よく、できていますね?」
「……努力賞」
「魚に見えない」
 優しいのはナツキだけで、ユキには気を使われ、ハルカはバッサリである。
 そして、完成の喜びに曇っていた目を拭ってみれば、確かにこれは……ナツキの優しさが逆に痛い。
「これ、無理だと思うか?」
「どうかしら? 別に魚そっくりにする必要はない、という話は聞いたことあるけど……」
「別に良いじゃん。失敗しても。遊びなんだから」
「それはそうなんだが、せっかくなら魚、食いたいだろ?」
「そうだね……あたしも何か考えようかなぁ」
 普通の釣り針、毛針、ルアー。3つ用意したんだから、ボウズって事はないと思いたいが、所詮素人である。いざとなれば、身体能力に任せてタモを使えば、数匹ぐらいは獲れるだろうか?
「それより、もう少ししたら予約の時間だけど、準備は大丈夫?」
「あぁ、それは。そもそも準備するほどのこともないし」
 今日はアエラさんの店で祝勝会。
 と言っても、仲間内で祝うだけで、一張羅に着替えるってわけでもない。
 精々、ルアー作りで散らかった部屋を片付けるぐらいだ。
「楽しみだな、アエラさんの料理。ちょっと高いだけに美味いんだろうなぁ……」
 トーヤが少し緩んだ顔でそんなことを言うが、俺も同感である。
「ハルカ、私たちもそろそろ片付けましょうか。結構、糸くずとかが落ちていますし」
「そうね、それじゃ準備が出来たら、下で集合ね」
「「おう」」
 俺たちは、力強く頷いた。
            
 祝勝会で出た食事は、控えめに言ってもかなり美味かった。
 日本で同じだけの金を払えばもっと美味い物を食べられるかもしれないが、そこは比べるべきではないだろう。
 少なくともこの世界でも、高い金を払えば美味い食事が食べられるということが解ったのは収穫である。
 ただ、どうもアエラさんはほぼ原価で提供してくれたみたいで、実際に同じレベルの食事を他のお店でするとなれば、2、3倍は確実にするらしい。
 つまり、1人1食10万円相当。おいそれと払える額では無い。
 今回は思いっきり奮発したが、その10分の1でも震えるレベルである。小市民の俺では。
 そう考えると、やはり、安くて美味い食事処を見つけるのはなかなか難しい気がする。
 ここはハルカたちの手料理に期待したい所である。家を手に入れてからの事になるだろうが。
 祝勝会自体は俺たちとアエラさんしかいないので、基本的に食べて駄弁るだけだったのだが、途中からは調理を終えたアエラさんにも参加してもらい、色々な話も聞けたので、なかなかに楽しい時間を過ごせた。
 気分のリフレッシュという面では、成功だったと言えるだろう。
 祝勝会の翌日は、保留にしておいたテントとマントの購入に向かった。
 ハルカたちとも相談の上、テントはやはり1張りのみを購入、マントに関してはそれぞれが気に入った物を1つずつ購入することになった。
 買い物が終われば、その足ですぐにサールスタットへ向かう。
 移動は基本的に小走りで、サールスタットの門が見えたところで左へ方向転換、ノーリア川の上流へと進路を向けた。
 街道を逸れてからは小走りを止め、やや慎重に足を進める。
 サールスタットでは30メートルは超えていた川幅も、上流に進むにつれて急速に狭くなり、水量もかなり減っている。
「ねぇ、この川って支流も無かったけど、何であんなに大きくなってるのかな?」
 そんな川の様子にユキが疑問を覚えたのか、首をかしげてそんなことを口にした。
「よく解らないけど、伏流水とかそんな感じじゃない?」
「あぁ、なるほど。確かに山は深いから、それならおかしくない、のかな?」
 ラファンの街からサールスタットまで、ずっと左手に山脈を見ながら移動したにもかかわらず、その間に川は一本も無かった。
 そのあたりの山に降った雨水が集まるのがノーリア川と考えれば、あの川の大きさも不思議では無い。
「実際あるんだから、そうなんだろ?」
「トーヤ、身も蓋もないな。しかし、それならあの辺りに井戸を掘れば、水は出そうだよな。何で農地になってないんだ?」
 ラファンの街の農地は南側にしか無く、その広さもさほどでは無い。
 俺たちが活動した限り、東側の草原も危険性は低いのだから、農地開発しても良さそうなんだが。
「単純に、農業従事者がいないだけでしょ。家具作りという主要産業があるなら農作物は輸入しても良いわけだから。人が増えて土地が無くなれば、自然とこちらにも農地が広がるんじゃない?」
「なるほど」
 最初に南側に農地を作ったのなら、そちらに土地を持っている農民が農地を増やす時には、その側を開拓するよな。
 ラファンが現状で安定しているなら、新しく人を呼び込んで、無理な農地開発をさせるリスクを取る必要が無い、という考え方もあるか。
 それが為政者として正しいかは解らないが。
「それより、今は依頼の方よ。大山椒魚が出るのはまだ先?」
「資料によれば、サールスタットから上流に1時間ほど移動したところより先とありましたが……」
「それは、かなり曖昧よね」
「だよな。この世界、人によって身体能力差が大きいわけだし」
 『駅から徒歩5分』みたいに、ある程度の基準が決まっているわけでもないのだ。
 資料があったのが冒険者ギルドということを考えるなら、一般的な冒険者の移動速度と考えれば良いのだろうか?
「オレたち、もう1時間程度は移動したよな?」
「うん。時間的には、そろそろいるエリアなのかな?」
 サールスタットのあたりでは、砂と岩石の割合は7対3と言ったところだが、このあたりでは逆転して4対6ぐらいになっている。
 川を覗き込んでみると、水もかなり澄んでいてサールスタット近辺のような泥による濁りは全くない。
「ナオ、どうだ? いそうか?」
「わからん。そもそも大山椒魚って、川を泳いでいるのか? それとも岩陰とかに隠れているのか?」
「あ~~、……ナツキ、どうなんだ?」
「元の世界の大山椒魚は夜行性だったと思いますが、この世界のグレート・サラマンダーに関しては、よく解りません。生態調査とかもされてない……のかどうかは判りませんが、ギルドの資料には載ってませんでしたね」
 人の生存に影響のある魔物すら大して調査されてないのに、ただの生物なら言うまでも無いか。
 全員で川を観察しながら更に30分ほど上流に進み、砂と岩の割合が2対8ぐらいになった頃。
「あっ!」
 そんな声が聞こえるのとほぼ同時、俺の横から突き出された槍が川底に突き刺さる。
 そして引き上げられた槍の先には、黒っぽく平べったい、ナマズとトカゲの合いの子みたいな生き物が、頭を串刺しにされて、ピクピクと身体を震わせていた。
「グレート・サラマンダー、です」
 仕留めたのはナツキ。
 俺もヘルプで確認してみると、確かに『グレート・サラマンダー』と表示される。
 大きさは80センチほどはあるだろうか。
 俺のイメージする大山椒魚と違いは無いが……やっぱりちょっとグロいな。
「ナツキ、良く気がついたわね。私も視界に入ってたはずなんだけど……」
「そうだよな。俺なんか隣に居たのに」
 俺の真横から槍を突き出しただけあり、俺とナツキの視界はほぼ同じだったはず。にもかかわらず、俺はグレート・サラマンダーが川にいることに全く気付かなかった。
 川を泳ぐ魚はちらほらと目に入っていたんだが、あれだけのサイズの物に気付かないとは。
「川面に光も反射しますし、色も判りづらいですからね。それよりもこれ、早く仕舞っちゃいましょうか」
「あ、ああ、そうだな」
 鮮度が重要らしいので、動きを止めたグレート・サラマンダーをハルカが冷やし、すぐにマジックバッグへと入れる。
 これで一応、金貨20枚以上は確実。レジャーだからあまり稼ぎを気にする必要は無いのだが、せっかく遠出したのだから、金になるに越したことは無い。
「あたしも見つけられなかったけど、ナオは判らないの? 索敵で」
「う~ん、はっきりとは。反応自体は川の中にも結構あるんだが、敵じゃ無いからか、小さいんだよなぁ」
 『敵』に関しては感じ取りやすい【索敵】スキルだが、脅威にならない生物はかなり集中しないと感じ取りにくい。逆に生物すべての情報が感じ取れると、虫がたくさんいる森の中などでは使いにくすぎるので、ある意味では助かっている。
 川の中の反応も魚に混じって大山椒魚の物があったのだろうが、そこまで差は大きくなかったように思う。大きく違いがあれば、さすがに俺でももう少し注意を払って、気がついただろう。
「トーヤはどうだ?」
「ダメダメ。川の中はさっぱりだな。オレのはお前みたいなスキルじゃなくて第六感みたいな感じだし、嗅覚が封じられる水の中だと無理なんじゃないか?」
 恐らくトーヤの索敵は、視覚や聴覚、嗅覚、それに魔力感知など、色々組み合わせてなしえているのだろう。そのうちの1つ、もしくは2つが封じられた状態ではあまり期待できないか。
「むむむ……ここか?」
 索敵に集中し、それっぽい物を選択、その岩陰を覗き込んでみると、そこにいたのは黒っぽいヌメッとした物。
 グレート・サラマンダーに比べると明らかに短く、ヘルプで表示されたのは『ポイズン・トード』と言う名前。毒ガエルらしい。
 大きさ的にはウシガエルよりも大きいぐらいなので、ちょっとキモい。
「なにか……きゃっ! ち、違うじゃない!」
 俺の後ろから覗き込み、そんな非難の声を上げたのはハルカ。気持ち悪さはグレート・サラマンダーも同じだと思うが、不意打ちだったのがマズかったのか?
「毒があるみたいだから気をつけろ~。ポイズン・トードらしいぞ?」
 名前からして毒があるのは判るのだが、触るとマズいのか?
 それとも噛まれたり、毒を吹きかけられたりするのだろうか?
「ポイズン・トードは、そんなに危なくは無いですよ。ポイズン・トードを触った手で目を触ったり、肌が弱い人はかぶれるみたいですが、その名前に反して、食用可、らしいです」
「マジでか……」
「はい、マジです」
 きちんと皮を剥いで、洗ってから火を通せば、普通に食べられるらしい。
 ただ、ナツキが言ったように気軽に掴んだりできず、調理に注意が必要なため、普通は食用にはされていないのだとか。
「味も淡泊で、特別美味しくも無いみたいなので、捕まえる人もいないんでしょうね」
「依頼の出るグレート・サラマンダーは美味いって事だな」
 見た目はどっちもアレなのに。
「じゃなきゃ、大金払わないよな。……ここか? ――っ、おっと!」
 岩をひっくり返し、そこにいた生物を槍の石突きで押さえつける。
 大きさ50センチほどはある、特徴的な亀。スッポンである。
「今度はスッポンかよ。どうする?」
 俺が押さえ込んでいるスッポンを、トーヤが木の枝でパシパシと叩くと、スッポンは思った以上に長い首を伸ばし、その枝に噛み付く。
「おぉ、結構強い……いや、強すぎ?」
 トーヤが枝を引っ張るが、その名の通り全く離す様子も無いどころか、木の枝からメキメキという音すら聞こえてくる。トーヤの持つ枝は俺の親指よりも太く、間違っても割り箸程度では無い。噛み付く力、どんだけあるんだ、これ?
「これって、噛まれたら指がちぎれちゃうんじゃ……」
 その様子を見て、横から覗き込んでいたユキもちょっと戦(おのの)くように身を引く。
「はい。一般人だと危ないですね。私たちのような冒険者なら多分大丈夫だと思いますが、油断はできません」
「でもスッポンはスッポンなのよね? 食べられるの?」
「食べられますよ。サールスタットでも高級料理として食べられてましたから。話で聞いただけですけど」
 スッポン自体はサールスタットのあたりでも獲れて、宿のメニューにも載っているらしい。
 だが、あの料理の味を考えると、美味いかどうかは疑問である。
「私、スッポンって食べたこと無いんだけど、美味しいの?」
 そう言ってハルカが俺たちを見るが、俺たちは揃って首を振る。
 少なくとも普通に食卓に上るような食材では無いし、俺のイメージとしては専門料理店に行って食べるような高級料理である。庶民の俺には縁が無かった。
 そして唯一首を振らなかったのは、やはりナツキ。
「見た目はちょっとアレですけど、美味しいですよ」
「美味いのか、やっぱり。……しかし、日本人ってスッポンを食べるのに、カエルは食べないよな」
 ゲテモノレベルで言うなら、似たような物なのに。
「多分、カエルはそんなに美味しくないんじゃない? 美味しければ食べるでしょ、日本人なんだから」
 説得力がある意見である。
 ナマコだって食べるんだからなぁ。
「美味しいなら、あたしは食べてみたいかも。誰か調理できる人、いる? 【調理】スキルでなんとかなるかな?」
「調理はそう難しくないですけど、泥抜きに時間がかかりますから、マジックバッグには入れられませんよ? このあたりは水が綺麗ですから、1、2週間もは必要ないと思いますが……」
「見逃すのは勿体ないよな。グレート・サラマンダーは1匹獲れたんだし、ここでキャンプしないか?」
 そんなトーヤの提案に、誰からも異存は出なかった。
 グレート・サラマンダーの捕獲はついでに受けただけで、俺たちの目的はレジャー。息抜きがてら、野営の練習ができればそれで良いのだ。
 それに、このあたりは魚影も濃いので、魚釣りがしたい俺としても全く問題は無い。
「それじゃ、早速……」
 俺は足で押さえていたスッポンを持ち上げ、トーヤが取りだした桶の中に入れる。
 魚用に結構大きめの桶を用意していたのだが、50センチもあるスッポンを入れればほぼ一杯一杯。動き回る隙間も無い。
 後は魔法で作ったきれいな水を入れ、蓋を閉めて逃げられないように重し代わりの石を置けば完了である。後は時々水を替えれば良いだろう。
 人生初のスッポン、食べられるときがちょっと楽しみである。
> サンショウウオは両生類では?
はい、大山椒魚は両生類ですね。
ただ、トカゲっぽい(万人がそう感じるかは横に置いておくとして)生き物を見たときに、パッと「両生類だ!」と思うかどうか微妙なので、下記のように修正しました。
「黒っぽい爬虫類が」→
「黒っぽく平べったい、ナマズとトカゲの合いの子みたいな生き物が」

435
088.md

@ -0,0 +1,435 @@
088 釣行 (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ルアーを作り、アエラさんの店で祝勝会、その翌日、釣行へ出発する。
グレート・サラマンダーを1匹捕まえ、同じ地点でスッポンを見つける。
泥抜きも兼ねて、その場所でキャンプすることに。
「最初は、野営場所を整えましょうか」
「確か、河原はマズいんだよな? オレ、知ってる」
 そう言ってちょっとだけドヤ顔をしたトーヤに、ハルカは苦笑して首を振った。
「一概にそうとも言えないけど……」
 日本の河原で野営するとマズい理由の1つが、ダムによる放水。だが、これに関してはこの世界では関係ない。
 もう1つは天候の変化による増水。仮にその場所で雨が降っていなくても、河川の上流が山深いと、遠くで降った雨によって鉄砲水が発生する可能性もある。
 ただ、こちらに関してもこの場所ではあまり関係ないだろう。この川の上流は急峻ではあるが、山深くは無いので、そこまで天候に差があることは考えにくい。
「とはいえ、この時期は雨が降る可能性もあるから、河原は避けましょうね」
 俺たちは川から少し離れた場所に移動してスコップを使って野営場所を整えると、持ってきた食料で簡単に昼食を終える。
 それ以降は基本的には自由行動。
 だが、魔物や野生動物が襲ってこないとも限らないため、基本的には互いに視界に入る範囲で活動することになる。
 このあたりだと基本的にはオークやゴブリン程度しか出てこないと書いてあったが、それでも1人で対峙するような危険は冒すべきでは無いだろう。
 まぁ、今の俺の【索敵】であればかなりの範囲をカバーできるし、今のところ、危険な物は感知されていないのだが。後は夜になったときにどうかだが、このレベルであれば、トミーを連れてきても大丈夫かもしれない。
「ナオ、オレはこのへんで釣るが、お前は?」
「じゃあ、俺はちょっと上流で釣るか。どっちが釣れるかな?」
「お、勝負するか?」
「それも面白いな?」
 ニヤリと笑うトーヤに俺も笑い返し、トーヤから30メートルほど離れた岩の上に腰を据える。
「最初は、毛針から使ってみるか」
 出来の悪いルアーを使うのは、毛針である程度釣果が出てからで良いだろう……出るかな? 素人の毛針と、素人の釣りの腕で。
「……まぁ、物は試し」
 毛針をヒュイと投げて、上流から下流に毛針を流す。
 泳いでいる魚自体は見えているので、1匹ぐらいは食いついてくれるか……。
 そんなことを考えながら毛針を流すこと数度。
「――っ! 来た!」
 ぐいっと竿を起こし、同時にたも網を差し入れる。
 ススッと引き寄せてすくい取り、岩の上に。
「よしっ!」
 デカい。30センチほどはあるだろうか。
 手早く針を外して桶に入れると、元気に泳ぎだした。
「『ヤマメ』か」
 ヘルプで表示された名前は『ヤマメ』。遺伝子的に同じかどうかは知らないが、ヘルプでそう表示されると言うことは、ほぼ同じ生き物なのだろう、邪神さん的に。
 安心して食べられるから、俺たちとしてはありがたい。
「まずは1匹目。幸先が良いな」
 俺が笑みを浮かべてトーヤの方を見ると、トーヤもこちらに気付き、ニヤリと笑って指を2本立ててきた。……ピース、じゃないよな。2匹釣ったってか? 早いな、オイ。
 俺も慌てて毛針を流すと、数度ほどで再びフィッシュ。
 先ほどよりは少し小さいが、20センチは十分に超えている。
 釣りに来る人がいないせいか、それからも数分に1匹程度はつり上げる事ができ、日が傾く頃には桶一杯にヤマメが溢れていた。
 ヤマメ以外が釣れないのがちょっと残念だが……毛針だからか? それとも場所の問題?
 だが、釣果としては十分だろう。明日はルアーを使ってみるか。
 俺がトーヤに声を掛けて、野営場所に戻ると、ハルカたちは焚き火を囲んで雑談に興じていた。
「お帰り。釣れた?」
「ああ、大漁だ。な?」
「自分でも意外なことにな。所謂、スレてないってやつじゃないか? オレたちみたいな素人でも釣れるんだから」
 どうやらトーヤも俺と同じ感想を持ったらしい。
 間違っても俺たちに釣りの才能があるって事は無いだろう。毛針自体も素人の手作りだし。
「わっ! 凄い! こんなに釣れるんだ……明日はあたしもやってみて良い?」
 俺の桶を覗き込んで、ユキが驚きの声を上げ、そんなことを言う。
「竿は人数分用意してるから、大丈夫だぞ。ナツキとハルカは?」
「えっと……疑似餌なんですよね? それなら……」
「みんながやるなら、私もやってみようかな」
 ナツキは虫が苦手なようだ。まぁ、釣りの餌って気持ち悪い物、多いからな。
 毛針はハルカたちに譲るとして、俺はルアーと生き餌を使ってみるか。ミミズ程度なら、そのへんを掘れば出てくるだろう。
「ハルカたちは、午後、何してたんだ?」
「私たちは、罠をしかけた後はここでお茶を飲みながらおしゃべりね。あえて言うなら、多少魔法の練習をしたぐらい?」
 俺たちが釣りをしている傍らで、ハルカたちは大工に頼んで作ってもらった仕掛けや、自分たちで細工した仕掛けを川に沈めていたらしい。
 3人とも知識にあるだけで、使ったことがあるわけでは無いので、獲れるかどうかは判らないようだが、遊びとしてはそれもありだろう。
「罠の成果は明日になれば判るわよ。それよりも今は、あなたたちが釣ってきたお魚、処理しましょうか」
「本当にたくさんありますね。焼き串、足りないですね……?」
 俺たちが普段使っている串は、店で買った物である。
 最初の頃は自分たちで作っていたのだが、かなり安く手に入るわりに使いやすいので、今は専らそれである。
 金属製の物と木製の物があるのだが、後者は使えても数度なので、今は金属製の物を増やしている。ただし、焼きたてだと串が熱すぎて火傷するという欠点はあるのだが。
「下処理だけしてそのまま保存ね。串打ちは食べるときで良いでしょ。切り身にできそうなサイズもあるし」
 ハルカは俺とトーヤの桶に魔法で出した氷を流し込むと、まな板と包丁を3つずつ取りだし、ナツキとユキに渡す。
「トーヤとナオはできないわよね? それともやってみる?」
「いや、任せる」
「そうだな。適材適所ってやつだ」
「下拵ごしらえぐらいなら、そう難しくないんだけど……ま、いいわ」
 ハルカは肩をすくめると、魚を掴んで手早く捌いていく。
 その隣ではユキとナツキも。滅茶苦茶手早い。
 ……うん、確実に俺たちは足手まといだな。
 側に内臓を捨てるための穴を掘った後は、すべてお任せ。
 ハルカが焚き火の周りに突き刺した、ヤマメの串焼きを観察するに止める。
 下手にスキルを持たない俺が手を出すと味が落ちるので、見てるだけである。
「しかし、あんな包丁、持ってたか? いや、売ってたか? 俺、見たこと無いんだが」
 ハルカが取りだした包丁は、万能包丁みたいな形で、このあたりで売っているナイフとは明らかに形が違う。
 これまでの料理では、解体用のナイフを使っていたと思うのだが……。
「あれか? トミーに注文したらしいぞ。料理にはやっぱり包丁が使いやすいって」
「なるほど。確かに、使いにくそうだもんな、ナイフだと。あれで美味い料理を作ってくれるなら、ありがたいな」
 もう少しして家ができれば本格的に料理するようになるのだから、包丁ぐらいオーダーメイドしても損は無いだろう。
 俺たちも食べるわけだし。
「ところでナオ、何匹釣れた?」
「そういえば、勝負してたんだよな。……だが、あんまり関係なくないか? あっさり釣れるだろ、ここ」
「だよな。ま、どうでも良いか」
 大量の魚が入っている俺と自分の桶を見比べ、肩をすくめるトーヤ。
 いずれの桶もすし詰め状態になっているのだ。両手で数えられるぐらいなら比べる意味もあるだろうが、これでは釣りの腕よりも使った時間次第だろう。
「処理、終わったわよ。全部で58匹ね。結構大きい物が多かったから、明日もみんなで釣れば、しばらくはお魚が食べられそうね」
「ヤマメばかりでしたが、全体的に大きかったですね」
 俺が釣った中で一番大きかった物で40センチ近い物が1匹、全体としては30センチ前後が一番多く、20センチ未満の物は少なかった。
 俺のイメージするヤマメは15センチぐらいだったのだが、小さいよりは大きい方がよほどマシである。
「ワタを出すだけだけど、これだけあると結構疲れるよ……ホント、スキルがあって良かった」
 ユキはこちらに来るまで、魚を捌いた事なんて数度しか無かったらしいが、それでも特に問題なく処理できた様だ。
 俺から見ても、ハルカとナツキに比べて、特に遜色は無かった。
「順調にいけば、明日はこの数倍、捌くことになるのよね……」
 そんなハルカの言葉に、ユキはもちろん、ナツキもちょっとうんざりしたような表情を覗かせる。う~ん、俺たちも手伝うべきだろうか?
「ま、面倒ければ絞めるだけ絞めて、そのままマジックバッグに入れておけば良いじゃん。それより早くこれ、食べようぜ。さっきから美味そうな匂いが……」
「そうね、マジックバッグがあるんだから、それもありよね。それじゃ、食べましょうか」
「「「いただきます!」」」
 それぞれが1本ずつ、丸焼きにしたヤマメを手に取り、齧りつく。
「! うまっ!」
 ただの塩焼きなのに、これまでに食べたどの魚よりも美味い。
 調理? 素材? 環境?
 恐らくすべてが影響してだろう。
 ハルカたちの料理の腕は言うまでも無く、焚き火を囲んで、自分で釣り上げた串焼きの魚を食べるなんて経験、日本だとそうそうできる事じゃ無い。いや、やろうと思えばできるのだろうが、少なくとも俺は経験が無い。
 俺は特別魚好きじゃ無かったが、これならいくらでも食べられそうな気がする。
「やっぱり水が綺麗だからかしら? 全然臭みが無いわね」
「はい。元々ヤマメは臭みが少ない魚ですけど、これは特に美味しいです」
「あー、マジで美味い。魚食べるのなんて何時ぶりだ? もちろん、サールスタットの魚料理とは認めがたい、アレを除いて」
「ラファンじゃ魚料理は出てこないからなぁ」
 店で干物は売っていたのだが、サールスタットの事があるので、買おうと言い出す人は誰もいなかった。アレと同じ魚を干物にしたのであれば、マズいことは保証されている。
 違う魚の可能性もあったが、干し肉に比べても高かったため、試しに買ってみるにはちょっとハードルが高すぎた。
「もっと近ければ、頻繁に釣りに来たいところだよな、これだけ美味いなら」
 魚は美味いが、そのために行き帰りで丸一日。
 釣りの時間を考えれば、1泊は必要な遠征に来るのは少し大変である。肉なら手軽に入手できるだけに、魚を食べるのは嗜好品に近いのだから。
「マジックバッグがあるんだから、ちょっと滞在を延長して、たくさん獲って帰れば良いんじゃない?」
「お、それは良いな! 1泊延長すれば、数ヶ月分は釣れるんじゃないか?」
 ユキの提案にトーヤがすぐさま賛成、ナツキも頷いている。
「そうね、それぐらいなら延長しても良いと思うけど……反対の人は? ……いないみたいね。それじゃ、3泊して、可能な限り釣って帰りましょ。幸い、文句を言ってくる人もいそうにないし」
「厳密に言うなら、サールスタットには漁協的なギルドがありそうだが……」
「一応ありましたけど、サールスタットの港近辺の管理をしているだけですから、そのあたりで漁をしなければ文句を付ける根拠はありませんよ。まぁ、変な人がいると面倒ですから、バレない方が良いとは思いますが」
 法的には、ここでグレート・サラマンダーが捕獲できるように、魚を捕っても問題は無いらしいのだが、権利も無いのに分け前をよこせというチンピラがいないとも限らない。
 やはり帰りもサールスタットに寄らずに、ラファンに戻ろう。
 お買い得な本が買えたこと以外、あの街に良い思い出は無いのだから。

351
089.md

@ -0,0 +1,351 @@
089 釣行 (3)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ヤマメを大量に釣り上げる。
食べてみると、かなり美味いので、在庫を確保するため、1泊延長を決める。
「さて、私たち初めての野営なわけだけど……2交代で見張りするしか無いわよね」
「現状だとそうだな。もう少し時空魔法のレベルが上がれば、『聖域サンクチュアリ』って魔法もあるんだが……」
 今の俺の時空魔法はレベル3。『聖域サンクチュアリ』はレベル4で使えるようになる魔法である。いや、この世界的に言うなら、『聖域サンクチュアリ』を使えるようになればレベル4、だな。
 この魔法は、術者の指定した領域に侵入できる物を限定する魔法であり、熟練度が低いと虫除け程度(それでも十分に有益だが)にしか効果が無いが、練達するとある程度までの魔物は完全にブロックできる。
 また、ブロックまではできなくても、術者には侵入されたことが判るため、見張りを置かなくても大丈夫、と言うメリットがある。
 ちなみにレベル5には、『隔離領域アイソレーション・フィールド』という完全隔離する魔法も存在するのだが、こちらは空気すら通さないため、ある意味では非常に危険である。
「ナオとオレは別々、女性陣が1人と2人に分かれるって感じか。どうする?」
「適当にじゃんけんで良いでしょ」
 大した問題でも無いので、ユキの提案をそのまま採用。
 その結果、俺とハルカがペアで先に、トーヤとナツキ、ユキが3人で後でという組み合わせになった。
「それじゃ、ナツキたちはさっさと寝ちゃって」
「そうですね。今から寝れば、それぞれ5、6時間ぐらいは寝られそうですし」
「焚き火を囲んでのおしゃべりも楽しそうだけど、仕方ないか」
「いや、お前たち、昼間、メチャメチャ話してたじゃん!」
 少し残念そうなユキに、トーヤが呆れたように指摘する。
 ユキの気持ちも解るが、俺もトーヤに同感である。良くそんなに話す内容がある物だと、ある意味、感心する。
「夜ってシチュエーションが良いんだけど……ま、寝るのも仕事だよね、ある意味。冒険者的には」
 そんなことを言いながらユキもナツキに続いてテントに入り、最後にトーヤが入る。
 まだ日が落ちて間もないので、時間的には19時程度だろうか。
 今から5、6時間ほど見張りをして交代すれば、俺とハルカも夜明けまで同じぐらいは寝られる。3交代ならもっと寝られるのだが、数日程度ならこのぐらいの睡眠時間でも大丈夫だろう。
「しかし、5、6時間もただ座っているだけっていうのも暇だよな」
 改めて俺のすぐ側に座り直したハルカに囁く。
 購入したテントは防水性能も兼ね備えたやや厚手の物だが、防音性は全く期待できないので、雑談で暇つぶしもできない。
「そうね、できるのはスキルの訓練ぐらいかしら?」
 それも音を出さない物に限られるよな。
 俺なら【索敵】や魔法関連、後は見回りも兼ねて周囲を【忍び足】で歩き回るぐらいだろうか。
「――そういえば、交代時間って判るのか? 感覚で5、6時間っていうのは厳しいぞ?」
 こちらに来てから時間感覚が向上したのか、それとも太陽などの自然の動きに敏感になったのか、5分から1時間程度までならあまり差も無く判断できるようになったが、夜、それも5、6時間となると、あまり自信は無い。
「今日は星が見えるから大丈夫だけど、やっぱり時計は欲しいわね」
「高いのか?」
 ラファンでは一定間隔で鐘が鳴るが、時計自体は見たことが無い。
 店舗や食堂に時計が掛かっていたりもしないし、時計塔なんて物も存在しない。
 街で暮らしているのならあまり必要性も無いのかもしれないが、それでも全く見かけない以上、決して安くないことは想像できる。
「一般人が買う気になれないほどには、高いわね。錬金術で作られる物だから、材料を集めて自分で作る方が良いでしょうね。間隔を測るだけなら砂時計もあるけど、これも十分高いし」
「ガラス細工、だからなぁ」
 魔法や錬金術が存在するせいか、街中でガラス窓を見かける程度にはガラスも普及しているのだが、それでも決して安い物では無い。繊細な作業が必要となる砂時計ともなれば、単なる実用品と言うよりも工芸品に近いのではないだろうか。
「ま、時間の方は私に任せて、ナオは好きな訓練をして良いわよ。寝なければ」
「了解」
 ハルカの言葉に素直に甘えて……まずは【索敵】だな。
 見回りは僅かでも音がするし、魔法を使うとユキあたりは魔力の動きを感知するかもしれない。寝入り端(ばな)を邪魔をするのは良くないだろう。
 それに対して【索敵】は完全なパッシブ型。魔力も音も発しないので、睡眠の邪魔にはならない。
 俺は目を瞑り、索敵範囲を探っていく。
 まずは川。昼間とは打って変わって、非常に動きが少ない。ヤマメなども眠っているのだろう。だが、いくつかは活動的な反応もある。夜行性の魚類や両生類だろうか。
 今もカエルの鳴き声が響いているので、結構うるさい。グレート・サラマンダーの事を考えれば、今から行けば見つけやすい気もするが……まぁ、無理することも無いか。
 あのサイズを考えればある程度縄張りとかありそうだし、そうなると同じ場所で大量に捕まえることは難しいだろう。
 次に森の方に注意を移すと、こちらも夜行性の動物なのか、かなりの数が森の中を動き回っている。反応自体は大きくないので、俺たちの脅威になるような物は居そうに無いが、最低限の注意は必要だろう。
 ハルカにそう伝えると、彼女は少し考え込んで呟いた。
「……狼、かしら? この森、夜行性の狼がいるのよね?」
「らしいな。あまり人が襲われることは無いみたいだが」
「人を襲うリスクを理解しているんでしょうね。元の世界と同じ習性なら、1つの群は多くても10匹程度。森で野営をするのなんて冒険者ぐらいでしょうし、それを襲えばほぼ確実に数匹は殺されるでしょうから」
 よほど無防備にでもしていなければ、武器を持つ冒険者を襲う理由なんて無いか。
 普通に鹿あたりを狙う方が安全で楽だろう。
 ちなみに、1つの狼の群は10キロから30キロ四方程度を縄張りとするため、何十匹も連携して襲ってくるようなことは無いらしい。
 上位種の下で集落を作る魔物とは生態が違うって事だな。ありがたいことに。犬は好きなので、無駄に殺したくは無い。
 毛皮は売れるようだが、あえて狩ることも無いだろう。
 それからの数時間は、【索敵】の訓練や魔法の訓練、それに【忍び足】の訓練をして時間を過ごした。
 前2つはともかく、【忍び足】であたりを歩き回る訓練はハルカには不評だったが、普段あまりやることない訓練だけに、これからも続けていきたい所存である。
            
 翌朝、俺とハルカがユキに起こされてテントから出ると、そこにはすでに朝食ができていた。
 ユキたちも真夜中ではあまりやることもなく、のんびりと朝食の準備をしていたらしい。
 ただし、調理の役に立たないトーヤだけは、1人筋トレを繰り返して汗まみれになっていたため、朝からハルカに『浄化ピュリフィケイト』をぶつけられていた。
 トーヤは「さすが、気が利くな!」などと言っていたが、ハルカは朝食の席で汗まみれのお前を見たくなかっただけだと思うぞ?
「今朝は魚と野草を使った汁物に、うどん的な何かを入れてみました」
「野草なんかあったの?」
「はい。トーヤくんが川でセリを採ってきてくれました。後は、森で集めた食べられる葉っぱを適当に」
 適当なのか。
 でも覗き込んだ鍋からは良い匂いがして、かなり美味そう。
 入っているヤマメのぶつ切りは、塩をして一晩干しておいた物らしい。
「うどん――っぽい物は、あたしが作ったんだよ。スペース的に短いのは許してね」
 うどんは暇に飽かせてユキが作ったようだ。
 見た感じ、長さが20センチにも満たないのは、麺棒も広い板も無く、まな板を使って作ったためらしい。
「美味いなら、長さはどうでも良いぞ」
「まだ味見してないけど、不味くはない、はず?」
「それじゃ、頂きましょうか」
「おう。さっきから腹が鳴りそうだったんだよ~」
 それは一晩中、筋トレしてるからだ。
 忍び足で長時間歩いていた俺も大概だが、トーヤはそれ以上だな。騒がしくは無かったので、問題は無いのだが。
「それじゃ、いただきます」
「「「いただきます」」」
 全員で唱和してまずはスープを一口。
 うん、美味い。
 ベースは塩味と何種類かの香辛料のようだが、ヤマメから出汁が出て良いスープになっている。
 恐らくナツキが集めただろうクセの無い野草に比べ、セリは若干香りが強いが、それもまたアクセントになっている。
 うどんも短いことを除けば、冷凍の讃岐うどんに近いぐらいに良くできている。若干、のどごしが劣るが、この環境で作ったことを考慮すれば、上出来だろう。
「……どう?」
「美味しい。うどんもスープも」
 心配そうに聞いてきたユキに、俺はそう答え、笑みを浮かべる。
 何というか、日本的でホッとする味である。
 パンも嫌いじゃないが、そればかりではやっぱり飽きる。
「そうね。魚のお出汁なんて、本当に久しぶり。美味しいわ」
「これから寒くなりますし、干物を作っても良いかもしれませんね。出汁用に」
 今のところ、昆布も鰹節も見つかっていないので、ナツキとしては今後料理をするために、出汁になる物が欲しいらしい。もちろん、俺も美味い料理のためなら、喜んで協力したい。
「干し椎茸という手もあるけど、キノコの乾物、高かったわよね?」
「はい。高級品みたいです。栽培、されていないんでしょうね」
 ナツキに値段を聞いてみたが、出汁のために買うのはちょっと厳しいレベル。
 いや、出汁とかそれ以前の問題か。少なくとも、普段の料理に使えるような価格ではない。
「海に近い街なら、魚も安いか?」
「浜値なら安いかもしれないけど、距離がねぇ。ここからじゃ何日もかかるから、ちょっと買いに行けないわよ」
 乗合馬車みたいな物はないので、自分で馬車を仕立てるか、歩いて行くしかなく、なかなかに厳しい道のりになるらしい。
 当然のごとく途中は野宿になるし、魔物や盗賊による危険もある。
 少なくとも、魚を買うためだけに赴くのはあまり現実的ではないようだ。
「う~む、これはますます魚をたくさん釣って帰る必要があるな、美味いメシのために!」
「ええ、そうね」
「異存なし!」
 俺たちは揃って、魚釣りへの意欲を見せるのだった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
少々、筆の進みが悪いので、今回から更新を火、木、土、日の週4回にさせて頂きます。
楽しみにしてくださっている方がおられましたら、申し訳ありません。

479
090.md

@ -0,0 +1,479 @@
090 釣行 (4)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
2交代で見張りを立てて、野営をする。
スキルの訓練などで時間を潰し、夜中に交代して寝る。
翌朝、うどんもどきの入ったスープに舌鼓を打つ。
 朝食の後は、ハルカたちが昨日仕掛けた罠を確認に行く。
「全部で何個仕掛けたんだ?」
「箱形の物を小さい物と大きい物で3つずつ、あとは籠を3つの計9個ね」
 俺たちは釣りに夢中でよく見ていなかったのだが、それなりの範囲に分けて仕掛けているらしい。
「どこが良いか判りませんでしたから」
「一応、いろんな所に入れてみたんだけど……」
「まずは、大きい箱を上げてみましょ」
 ハルカたちに連れられて行った場所には、長さ1.5メートルほど、縦横30センチほどの細長い箱が沈められていた。箱の側面にはいくつも穴が開けられて水が抜けるようになっている。
 その箱が何とか水面下に沈むぐらいの深さ、川辺からあまり離れていない場所に仕掛けてあり、重しとしてか、その上には何個か石が載せられている。
 大きさから判るとおり、狙いはグレート・サラマンダーらしい。
「それじゃ、上げるぞ」
 そう言ったトーヤが、石を取りのけて箱を持ち上げるが、すぐに首を振った。
「空っぽい」
 トーヤが持ってきた箱をみんなで覗き込むが、やはり空。何も入っていない。
「餌も残っていないわね。流されたのかしら?」
「何を使ったんだ?」
「オーク肉」
 確かにそれなら大量にあるな。
 まともに解体せずに放り込んでいる物もあるので、食べない部分を使えば無駄もない。
「川の生物だし、魚の方が良いんじゃないかな?」
「いや、結構なんでも食べると思うぞ、ああいう生物は」
「ま、今日の成果を見て考えましょ。次よ、次」
 2つ目は少し下流に下ったところにあった。
 再びトーヤが持ち上げると、今度はニヤリと笑みを浮かべ、そのまま持ってきて、慎重にフタを開けた。
「……これはナマズだな。しかも2匹」
「デカいな、おい」
 俺の腕よりも太く、長さも1メートルはありそうなナマズが2匹、ふてぶてしく横たわっている。水から揚げられて暴れそうな物だが、箱の中でじっとしたまま、あまり動かない。
「グレート・サラマンダーではないけど、ナマズも食べられるわよね?」
「はい。泥抜きは必要でしょうが。確か、コンビニ弁当の白身魚のフライ、ナマズが結構使われているって聞きますよ?」
「え、ホントに?」
「はい。味は育った環境によってかなり変わるみたいですけど、この川ならそれなりに美味しく食べられるんじゃないでしょうか」
「それじゃ、これもスッポンの隣で泥抜きね」
 ひとまず桶に水を張ってそこにナマズを移し、更に下流にあるという罠へと向かう。
「大きい罠はこれがラストね」
「大山椒魚は……っと、お? これは当たりか?」
 箱を持ち上げようとしたトーヤがそんなことを言い、箱の持ち方を変えて運んできた。
「さっきより重い。注意が必要かも」
 そんなトーヤの言葉に、箱を開けずに側面の穴から中を確認すると、見えたのはヌメッとした顔。昨日見た、アレである。
「獲れるものねぇ……。ダメ元だったんだけど」
「いえ、仕組み的にはきちんと考えてましたよ? 確実ではありませんでしたけど」
 喜びよりもむしろ感心したような声を上げるハルカに、ナツキはちょっと抗議の感情がこもった声を上げる。
 罠作りを主導したのはどうもナツキらしい。彼女にしても知識として知っているだけで、実践はした事がないので、あまり自信はなかったようなのだが。
「逃げられても困るし、このまま凍らせましょ」
 ナマズと違ってグレート・サラマンダーには足があるので、ハルカは箱に入ったまま魔法をかけて、カチンコチンに凍らせてしまう。そしてそのままマジックバッグの中へ。
 サイズ的には軽く1メートルを超えていたので、結構良いお値段で引き取って貰えそうである。
「これはまた仕掛けておかないといけないわね」
「だよね。一晩仕掛けておくだけで数十万円とか、震える!」
 震える、とか言いつつ、ニコニコと良い笑顔のユキである。
 もちろん、俺たちも笑顔なのだが。命の危険がなく、手間が掛からないのがいいね!
「それじゃ、次は小さい箱を引き上げましょ」
「こっちはお魚狙い……ぶっちゃけちゃうと、ウナギ狙いです!」
「ウナギか! ――でも、醤油がないだろ?」
 ウナギの美味さはあの調理法とタレである。
 イギリスにあると噂で聞く、ウナギのゼリー寄せの様なウナギ料理は食べたくない。
「……何時か入手できたときのために!」
 ナツキも蒲焼き以外の美味い調理法は知らないらしい。
 白焼きを山葵醤油で食べるという話は聞いたことあるが、これも結局醤油だしなぁ。
「まずは確認に行きましょうよ。捕らぬ狸のなんとやら、でしょ?」
「そうですね。悩むのは手に入れてからでも遅くありません」
 小さい箱の仕掛けがおいてあったのは、やはり浅めの水域。
 長さは同じぐらいだが、一辺が15センチに満たないサイズなので、更に細長く見える。
「お、何か入ってるっぽい」
 今度は俺が回収。持ち上げてみると、少し重い。
 ウナギかどうかは判らないが、何かは入っているようだ。
 川岸に持ち帰り、用意されていた桶にひっくり返すと……。
「ウナギじゃん!」
 ぶっといウナギがにょろりと箱から出てきた。
 俺のイメージするウナギよりも一回りほどは太く、長さも2、3割は長く感じる。
 まぁ、本物のウナギなんて、殆ど見る機会なんて無いのだが。いや、そういえば、回転寿司屋に置いてあった水槽で泳いでいたな。あれはかなり細くて短かった。
「ナツキ、これってウナギなのよね?」
「ウナギでしょうね、【ヘルプ】でもそう出てますし。ニホンウナギと同じような味かどうかは判りませんが」
 あぁ、そうか。ウナギでも美味いとは限らないのか。
「ん? ウナギっていろんな種類があるのか?」
 そんなトーヤの疑問に答えたのはナツキだった。
「はい。日本で蒲焼きに使うのはニホンウナギやヨーロッパウナギですね。他にもいろんなウナギがいますが、食用にならなかったり、あまり美味しくなかったり……」
「そうなのか。でもこのウナギは少なくとも食べられるみたいだぞ。【鑑定】では食用可って出てるから」
「それは朗報ですね。美味しいかどうかは……食べるときの楽しみにしましょう」
 それから残りの2つの箱も回収し、更に2匹のウナギを手に入れたが、これもナマズ同様、泥抜きのためにしばらく放置である。
「最後はカゴね。これも3つあるわ。一応、浅い場所、深い場所、その中間の3カ所に仕掛けてみたけど……」
「これの狙いはカニやエビです」
「おぉ! 獲れるのか!?」
「身が食べられるサイズの物が獲れるかは判りませんが、小さいカニでも出汁にはなりますから無駄にはなりません」
 カニとかテンション上がる!
 庶民の俺は、あんまり食べる機会なんか無かったし。
「まずは1つ目……おぉぉぉ!」
「やった! カニ!」
 カゴの中には手のひらよりも少し大きいサイズのカニがぱっと見でも10匹以上、入っていた。
 なかなかにずしりと重い。
「大きさ的にはワタリガニぐらいですが、形はサワガニに似ていますね。食べられるんでしょうか?」
「名前は『バレイ・クラブ』、食用可!」
 よしっ! これで食えないとかなったら、最悪である。
「それじゃ、これも確保ですね。樽に入れておきましょう」
 干し肉作りなどに使った樽がマジックバッグに入っているので、それにきれいな水を入れてカニを投入。小魚も数匹入っていたが、それはリリース。頑張って大きくなってくれ。次回釣りに来たときのために。
「なんだか、予想外に順調ね。ボウズとは言わなくても、申し訳程度にしか取れないと思ったんだけど」
「だよね。所詮あたしたち、素人だし」
「獲りに来る人がいないんでしょうね。危険ですから。グレート・サラマンダーの様に、美味しいということが広まれば、お金持ちが依頼を出すようになると思いますけど」
「よし、秘密にしよう!」
「異議なし!」
 俺の言葉にトーヤが即座に賛成。ユキもこくこくと頷いている。
 だが、そんな俺たちにナツキは苦笑を浮かべた。
「まだバレイ・クラブが美味しいとは限りませんよ? 美味しくないから漁獲されていないだけかもしれませんから」
 そうだったら、超へこむ。
 食べ応えありそうなカニだけに。
「次は中間ぐらいの深さに沈めたカゴね。これはどうかな?」
 今度はハルカが川の中程の岩に飛び移り、そこに結びつけてあったロープを引いてカゴを引き上げる。
 川岸からはよく見えないが、何らかは入っていたようで、ハルカは笑顔でカゴを持って戻ってきた。
「カワエビ、らしいわよ。トーヤ、これも食べられる?」
「えーっと……食用可だな」
 カゴを覗くと、半透明のエビがかなりの数、飛び跳ねている。大きさは10センチあまりとさほど大きくないが、数がいる。
 これも水を入れた樽に移し、最後のカゴへ。
 このあたりでは一番深そうな、淵(ふち)の部分に投入したらしく、カゴに結んだロープは対岸の木に結びつけてあった。
 それを持って引き上げるのだが――
「かなり重いな?」
「重しを付けてるからね。結構深いし」
 水深は5メートル以上あるだろうか。
 ロープもあまり太くないし、カゴの作り自体もさほど丈夫そうではないので、ゆっくり慎重に引き上げる。
 金属製ならぐいぐいと引っ張れるのだが、木製のカゴを改造して作ったらしく、強度の面では結構微妙そうなんだよな、この罠。
「……うわ」
 水面に上がってきたカゴの中には、エビっぽい物がわちゃわちゃと引くほどに入っていた。
 見た目はザリガニに近いだろうか。ただし、大きさは20センチほどもあり、固そうな殻、色は濃い茶色でアメリカザリガニのような赤っぽさはない。
「『甲殻エビ』。これも食用可だな」
「エビだから美味いのかもしれないが、これだけ集まると……見た目悪いな?」
「いや、でもエビでしょ? きっと美味しいって!」
「だと良いんだが」
 対岸に戻って、これも樽の中に入れる。
 かなりの過密状態だが、水の中に戻ったからか、あまり動かずにじっとしている。
「しかし、魚は良く釣れるし、カゴでもたくさん獲れる。かなり良い漁場だな、ここって」
「しかも都合良く、全部食べられるし」
 ナマズにカニ、それにエビが2種類。トーヤ曰く、いずれも食用可なのだから、運が良い。
「いえ、それ自体は不思議じゃないでしょ。日本でだって、川の中を総浚(そうざら))いして生き物を捕まえれば、その大半は食べられるわよ。美味しいかどうかは別にして」
「そういえばそうか。鯉や鮒、鮠、ドジョウやサワガニ、ブラックバスやブルーギルだって食べられるよな。亀の類いは厳しそうだが」
 と思ったのだが、ナツキから衝撃情報が飛び出した。
「実は、ミドリガメやクサガメも食べられるらしいですよ? 私は食べたことないですけど」
「マジか!?」
「マジです」
 マジらしい。
 トーヤが【鑑定】すると、やはりそのへんの亀も『食用可』と出るのだろうか? ……出るんだろうなぁ。
 でも、スッポンは食べるんだから……いや……う~ん、極力食べたくはないかなぁ。やっぱり、見た目は大事だよなぁ。人も食材も。中身が良くても箸を付けられなければ意味がないんだから。
 ま、食材の方からすれば、その方が良いんだろうけど。

417
091.md

@ -0,0 +1,417 @@
091 釣行 (5)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ハルカたちが仕掛けたカゴを確認する。
グレート・サラマンダーの他、ナマズやウナギ、カニやエビも入っていた。
「しかし、思った以上に収穫があったわね」
「はい。ある程度は獲れると思っていましたが、予想以上でした」
 カニやエビは毎日食べるわけじゃないし、今日の分だけで、1、2ヶ月は十分に賄えるぐらいの量はある。
 あと2日続ければ、多少漁獲高が減るとしても、もしかすると当分は美味いメシが食べられるかもしれない。
「カゴはまた仕掛けるんだよな?」
「うん、お昼に味見して、美味しければ仕掛けましょ」
「そうだよね。大量に持ち帰って美味しくないじゃ泣けてくるもんね」
 泥抜きを考えれば数日はおいた方が良いのだろうが、泥臭さを考慮した味見程度ならしてみるべきだろう。
 ユキの言うとおり、期待値が高いだけに、労力が無駄になるのはかなりキツい。
「今は美味しいことが判っているヤマメを頑張って釣りましょう。ナオくん、釣り竿と毛針、貸してください」
「おう、どれでも好きなのを使ってくれ」
 持ってきた釣り竿は予備も含めて全部で6本。と言っても、しなりのある木の枝を落として、軽く削っただけの簡単な物だが、昨日使った感じでは、ヤマメを釣るぐらいなら使い勝手はそう悪くない。
 毛針は俺とトーヤが3つずつ作っているので、それをハルカたちに渡す。
「釣り方は、こんな感じで、あまり流れが速くない場所の上流に毛針を置いて流すようにすれば釣れる、はず」
 見本としてチョイと毛針を投げる。
 数度流すと、ヤマメが食いついてきたので、くいっと引いて、針を食い込ませ引き寄せる。
「掛かったら、竿を立てて、引き寄せたらこのたも網で掬う。簡単だろ?」
「ですね。誰でもできそうです」
「うん、できると思う。俺も昨日初めてやった素人だし。トーヤ、何か他にあるか?」
「いや、特にないかな。オレも適当にやってただけだから」
 所詮素人が集まっても素人か。
 俺とトーヤの知識なんて、トミーに軽く訊いた事ぐらいしか無いのだから。
「それじゃ分かれて……そーいや、たも網って3つしかないんだよな」
 ハルカたちが釣りに興味を示すかどうか判らなかったので、作るのが面倒だったたも網は俺とトーヤの分、それに予備が1つの3つしか作っていない。
 簡単に作れる竿に比べ、たも網は紐で網を編む必要があり、結構時間が掛かるのだ。
「3組に分かれるしかないだろ。グー、チョキ、パーで」
「そだな。グー、チョキ、パー!」
 一斉に出した手は、トーヤがグーで、俺とナツキがパー、ユキとハルカがチョキ。
 1回で綺麗に分かれたので、その組み分けのまま、1つずつたも網を持って、ばらける。
 俺とナツキは川の中程の岩に上り、ナツキは流れの緩い場所でヤマメを狙い、俺はそれよりも少し流れの速い場所でルアーを使う。
「ナオくん、そんな大きな餌に食いつく魚なんているんですか?」
「いや、このルアーは食いつくんじゃないんだよ。これを泳いでいるように見せて、追い払うために攻撃してきた魚に針を引っかけて釣る……らしい」
 もちろん、受け売りである。
 噛み付くわけでもないのに、上手く引っかかる物なんだろうか?
「何か難しそうですね……」
「そうだな。ダメなら、餌釣りでもやってみるかな?」
 普通の釣り針もあるので、ミミズでも掘ってくれば何かしら釣れるだろう。
 だが、せっかく時間を掛けて作ったのだから、多少の釣果は期待したい。
 俺は毛針とは逆に、ルアーを川下に投げ入れ、泳いでるっぽく、上流に向かって引っ張る。
 なんともぎこちない動きだが、製作者の贔屓目で見れば、魚に見えなくもない。……うん、贔屓目でそれだから、かなり微妙だよな。
 だが、すぐに諦めるわけにはいかない。
 動きを調整しながら投げては引き上げ、引き上げては投げてを繰り返す。
 後ろではナツキがすでに何匹も釣り上げているだけにちょっと焦るが――。
「来たっ!」
 竿に伝わる感覚に、ぐっと合わせる。
 ビクビクと暴れる糸。
「どうぞ!」
 ナツキがサッと差し出してくれたたも網を川に差し入れ、竿を引く。
 水面に見える魚影は、結構デカい。素早く魚を網に入れ、引き上げる。
「よっし!」
 網を岩の上に置き、ホッと一息。
「やりましたね!」
 ナツキが笑顔でパチパチと拍手してくれる。
 網に入っていた魚は軽く30センチ超え。その形は明らかにヤマメとは異なる。
「やった! 鮎! ……なんかデカいけど」
 俺の知る鮎とはちょっと違うが、【ヘルプ】でそう出ているので、鮎っぽい魚である事は間違いないだろう。
「日本の鮎も大きい物になると30センチ近くになりますが、ここまでのサイズは見た事無いですね。食べ応えはありそうですが」
「まぁ、大きい分には問題ないだろ」
「そうですね、小さいと食べるところがなくなりますから」
 小魚が大量に捕れるなら佃煮という手もあるが、投網でも使わないとそんなに量は捕れないだろう。第一、醤油と砂糖がないと佃煮は作れないし。
「ただ、効率としてはヤマメの方が良いな」
「そうですね――あっと!」
 そんな事を話す間にもナツキの竿にヒット。
 ナツキが引き寄せ、俺が網を差し出して、掬い上げる。
「ありがとうございます。25センチぐらいですね」
 こんな感じに、結構大きいヤマメがコンスタントに釣れるので、食糧確保の点からはヤマメを狙う方が効率が良いのだ。
「……まぁ、いろんな種類の魚があった方が良いよな? レジャーに来てるんだし」
「はい、釣れなくても楽しければ良いと思いますよ」
「うぐっ」
 ニッコリと厳しい事を言うナツキ。いや、厳しいというか、ナツキだから嫌みでも何でもなく、本心なんだろうが。資金的にも、食料的にも切羽詰まっているわけでもないし。
「大丈夫、釣れる!」
 少なくとも、俺の作ったルアーでも釣れる事は確認できた。
 先ほど釣れた場所とは少し外れた場所にルアーを投げる。
 トミー曰く、縄張りを利用して釣る物なので、同じ場所で連続しては釣れないらしい。
 「長い竿を使う方が良いですよ」と言われていたので、他の物よりは長めの竿を使っているのだが、それでも5メートルに満たない。ナツキも付き合わせてしまう事になるが、場合によっては、時々場所移動した方が良いかもしれないなぁ。
            
 予想に反して、場所を移動する事なく、鮎はコンスタントに釣れていた。
 少しずつ慣れてきたおかげか、釣れる間隔も多少は短くなり、ナツキが4~5匹を釣る間に1匹程度は釣れるようになっている。
 それから太陽が中天にさしかかるまで釣りを続けた俺たちは、ハルカの提案で釣りを一時中断し、野営位置まで戻ってきた。
「みんな、釣果はどう?」
「オレはボチボチかな? ヤマメほどは釣れないが、鮎がそれなりに釣れる。下手なルアーでも役に立つみたいだぞ?」
「同感だな。俺も同じ感じ。量だけを考えるなら、ヤマメの方が良いが……ハルカたちは?」
「私たちは順調ね。ね、ユキ」
「うん。面白いように釣れるよ! これだけ釣れると面白いね」
 ユキが持っている桶を差し出して、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
 覗き込むと、昨日俺が釣った数よりも多くのヤマメが蠢いている。
 俺が思うに、釣りがつまらないとか嫌いという主な要因に、釣れない待ち時間が長い事と、気持ち悪い虫を付けないといけない事があると思うので、その2つがないこの釣り場は大半の人は楽しめるだろう。さすがに魚が気持ち悪いと言う人だけは、ダメだろうが。
「ただ、これだけあると、下ごしらえが大変ですね」
「本当にね。このままマジックバッグに入れば良いんだけど」
「生物は入らないんだっけ?」
「そうね。……試した事はないけど」
 改めて口にして疑問に思ったのか、ハルカが首を捻る。
 確か『魔法的な仕組みで生き物が入らないような術式になっている』と魔道書には書いてあったが、どこが区切りなんだろう?
 マジックバッグに入れている物、間違いなく微生物は付着しているよな?
 野菜や果物も入っているが、あれは生物判定されていないわけで……。
「試してみたらどうだ?」
「……そうね」
 ハルカが適当な麻袋に何匹かヤマメを突っ込み、そのままマジックバッグへ。
 そして手を引き抜いて、蓋を閉める。
「入ったわね?」
「だな。出してみるか」
 フタを開けて、さっきハルカが突っ込んだ袋を取り出し、中に入っているヤマメを桶の中に。
「……生きてるわね」
「もしかして、生物判定は哺乳類限定なんでしょうか?」
「そのぐらいの方が、細かい除外条件を仕込むより簡単かも?」
 ハルカの言うとおり、除外処理に必要なのが一種のセンサーとしての機能と考えれば、生物かどうかを判定するよりも、哺乳類かどうかを判定する方が簡単かもしれない。
「どちらにしても、俺たちには都合の良い仕組みだな」
「全くね。これでエンドレスな魚捌き業務から解放されるわ」
 現状で100匹ぐらいはいるからなぁ。夕方まで続けたら優に200匹は超えるだろう。
 いくら調理スキルがあると言っても、うんざりする量であるのは間違いない。
「でもさ、制限をしてるのは錬金術の術式? なんだろ? ならハルカは制限のないマジックバッグも作れるって事か?」
「今の私じゃ無理。解りやすく言うなら、プラモデルを組み立てる事と、プラモデルを設計する事ぐらいの違いがあるから」
 なるほど、わかりやすい。
 それぐらい違うなら、まず無理だよな。
「ま、便利って事で良いじゃん? 全部入れちゃお?」
 そう言ってユキが麻袋に魚を移そうとしたので、俺は慌てて止めた。
「ちょい待ち。時間経過が遅いだけでゼロじゃないんだから、水に入れておいた方が良いだろ」
 超過密状態でも、水がないよりはマシだろう。
 全員の捕ってきた魚を樽に移し、そのまま蓋をしてマジックバッグへ。
「街に戻ったら、少しずつでも捌いておいた方が良いでしょうね」
「そうね。それで冷凍して入れておけば、長持ちするでしょ」
 ハルカの魔法とマジックバッグを併用すれば、冷蔵庫や冷凍庫代わりも思いのままである。
 アエラさんのお店にあった冷蔵庫はかなり高価らしいので、これは凄く助かる。
 これでますます俺たちの食生活が充実するな! 夢が広がる。

417
092.md

@ -0,0 +1,417 @@
092 釣行 (6)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
3つのグループに別れて釣りを始める。
ルアーでの釣りも意外に順調で鮎を釣り上げる。
本来生物が入らないマジックバッグに魚は生きたまま入れられる事を発見。
「なあ、それも重要だけどさ、早く昼飯食わないか? カニやエビ、食べてみるんだろ? オレ、朝から楽しみだったんだ」
 俺たちのマジックバッグの実験を焦れたように見ていたトーヤが、我慢の限界に達したらしく、腹を押さえながら苦情を申し立ててきた。
 確かにオレも大分腹が減ってきている。
 朝飯は美味かったが、量としては少し少なめだったし、昨日の夕食も少し早かったからなぁ。
「あぁ、ごめんなさい。取りあえず網焼きで良いかしら?」
「そうですね。香辛料を使わずに焼いてみましょう。取りあえず1匹ずつで良いでしょうか。カワエビは小さいので2匹で」
 手早く火を熾して、その上に網をセット。
 バレイ・クラブとカワエビはそのまま、甲殻エビは縦に割って網の上に乗せられる。
 その上からパラパラと塩。味付けはそれだけのようだ。
 ジュウジュウと焼ける音と共に、エビやカニがだんだんと赤く変化していく。
 汁が落ちる度に煙が上がり、なんとも美味そうな匂いがあたりに漂う。
「な、なぁ、まだ食べちゃダメなのか?」
「そうね、カワエビはもう良いかしら? 切り分けましょ」
 ハルカが網から下ろしたカワエビをまな板に並べ、殻を取り除くと、2等分と3等分に切り分ける。
「大きい方は、トーヤとナオに。どうぞ」
「お塩はこのお皿に入れておきますから、お好みで付けてくださいね」
「「いただきます!」」
 差し出されたまな板からエビを掴み、チョイと塩を付けて口の中に。
「……おおぉ、美味い」
 ブラック・タイガーのような身が締まった感じはなく、ほろりと崩れるような柔らかさ。それでいて旨味があって、臭みも殆ど感じられない。
「これは、予想以上に美味しいですね。背わたを取ってないですけど、殆ど気にならないですし」
「これなら、料理を選ばずに使えそうね。――刺身を除いて」
「あ、やっぱり刺身はダメかな?」
「川の物の生食はダメでしょう。多分、こちらの世界でも」
「寄生虫、怖いですからね」
 川魚の刺身、無いわけではないが、本来は推奨できない食べ方である。
 最近は寿司ネタとして使われるサーモンも、本来は生食するとマズい魚なのだ。
 あれは特別な環境で育てているから食べられるのであって、川で捕まえた鮭をそのまま刺身にして食すのは御法度。
 低温で冷凍するか、塩や酢などを使って寄生虫を殺さなければ危ない。まぁ、これも確実とは言えないので、安全を求めるなら火を通せ、って事である。
「しかしこの美味さ、一口じゃ足りないぜ。もっと焼かないか?」
「まぁまぁ、トーヤ、まだ甲殻エビとカニもある。それを食ってからにしようぜ」
「甲殻エビも、もう良さそうね。各自、箸で突(つつ)いちゃって」
「おうともさ!」
「あっ!」
 ハルカのお許しが出ると同時、トーヤが箸を伸ばし、尾っぽの部分をごっそりとえぐり取っていった。
「美味い!!」
「てめっ! 遠慮しろ、遠慮!」
 半身の尾っぽの肉がなくなったので、殆ど食べる場所がない。
 ミソの部分も美味いかもしれないが、それはそれだろ?
「……切りましょうか」
 トーヤの所業を見てため息をつくハルカ。
 ナツキが包丁を手に取り、もう半身の尾っぽを4等分に切り分ける。
「すまん」
「いえいえ」
 ナツキに礼を言い、一切れつまんだエビの身をミソの部分に絡めて食べる。
 この味は……伊勢エビ? 数えるぐらいしか食べた記憶がないが、そんな感じ。
 少しだけ泥臭い気がしないでもないが、しばらく泥抜きすれば解消されるんじゃないだろうか。
「甲殻エビも美味しいね!」
「殻は凄く固かったけど」
 ナツキによると、感覚的には伊勢エビよりもよほど固い殻で、普通のナイフでは恐らく刃が立たないらしい。
「この包丁のおかげで縦に割れましたけど、普通は無理ですね、これ」
 包丁の切れ味と、強化された腕力に任せて叩き切ったとか。
 ちなみに、普通に食べるだけなら腹から刃を入れていけば良いので、見た目を気にしなければ特に問題はないようだ。
「頭の部分は少し臭みがありますが、取り除くか、泥抜きか、香辛料を使うか……食べられない事はないですね」
 俺が付けて食べたミソのあたりをナツキが味見して、頷きながらそんな感想を口にする。
「そうか? オレはこのぐらいでも全然」
 俺がハルカたちの方に箸を付けたのを良い事に、半身を自分の所に取り込んで身をほじくりつつ、ミソを啜っていたトーヤが平然とそんな事を言った。
 コイツは……食い物の恨みは恐ろしいぞ? と、言いたいところだが、甲殻エビの詰まった樽を見れば怒りも収まる。
 これが日本でやっていたバーベキューで、甲殻エビが伊勢エビだったりしたら、拳で語り合っているところである。
「最後はカニですね。食べにくいでしょうから、切り分けますね」
 ナツキがカニをまな板に載せ、足を全部落とし、甲羅を開く。
 身体の部分を4等分にしてから、足にも包丁を入れて食べやすいように細工していく。
 俺には絶対に無理な、なかなかに見事な手さばきである。そもそもカニを調理した事なんて無いし。
 途中で手を伸ばそうとするトーヤの手を叩き落としつつ待つ事しばらく、ナツキが包丁を置いてまな板を差し出してきた。
「どうぞ。適当にとってください」
 言われるが早いか、4分の1の胴体を素早く確保するトーヤを尻目に、俺は足を手に取った。
 ワタリガニのヒレのような足はなく、全部普通の足なのだが、ハサミはやや小さめだろうか。
 そこまで太い足ではないが、きちんと肉が入っている。
 ズワイガニの足みたいに長くはないが、それぞれの足からカニカマ2本分ぐらいの肉が取れそうなので、それなりに食べ応えはありそうである。
 取り出した足の肉に、ぱらりと塩を掛けて食べる。
「ふむ……カニカマよりは美味い」
「あたし的には、缶詰のズワイガニよりも美味しいかな?」
「私としては、ズワイガニの方が美味しいですね」
「ナツキが食べてるズワイガニだとそうかもね。私は少なくとも回転寿司のカニよりは美味しいと思うけど」
 やや意見が分かれたか?
 いや、良い物を食べていると思われるナツキは除外すべきか。同じ食材でも品質によって味が違うのは当然だし。
 少なくとも、マズいという意見はない。
「ナオくんがカニカマって言いましたけど、言い得て妙ですね。クセが無いので使いやすいかもしれません」
「さすがにカニカマって事は無いけど、カニの濃厚さはない気がするわね」
「え、そうか? オレはそう思わないが……」
 1人違う意見を出したのはトーヤ。
 手に持ってガシガシと囓っているのは、カニの胴体。
 一部のカニは胴体部分は殆ど食べるところがなかったりするが、このカニはワタリガニのように胴体部分にもかなりの身が付いている。
「足と味が違うのかしら?」
 そう言って箸を伸ばしたハルカが、胴体の身を解(ほぐ)して口にすると同時に、目を丸くして、声を上げた。
「ん! 全然違う!」
「マジで?」
 俺も胴体の身を一口。
 これは……歯ごたえからして全然違う。少しねっとりとしたような濃厚な味。カニの風味を凝縮したような感じで、もしかすると人によって好みが分かれるかもしれない。
 甲羅に残ったカニミソもつまんでみたが、こちらも味が濃い。好きな人は非常に好きだろうが、苦手な人はダメかも。
「ここまで味が違いますか……足と胴体、それにカニミソ、全部混ぜてしまえばちょうど良いかもしれないですね」
「万人受けを考えるなら、それもありかも? あたしとしては、別々でも十分美味しいけど」
「カニチャーハンとか食べたいなぁ。米って売ってないのか?」
 昨日から魚の塩焼きとか、魚の出汁のスープとか、ご飯が食べたくなる食事が多いので、米が恋しくなってきた。
 やっぱりパンはちょっと違うんだよなぁ。魚でもフライにすればパンに合うんだが、塩焼きだと白米が欲しい。
「少なくともラファンには売ってないわね。麦があるんだから、米だってどこかにはあると思うけど……」
「亜熱帯から温帯の地域に行けばあるんじゃないでしょうか? 短粒種で炊飯に適した品種かどうかは判りませんが」
「気候的な問題かぁ」
 元の世界で言えば、歴史的には長粒種の方が主流で、日本のようにご飯として食べる方が少数派だった。それを考えると、美味いご飯を食べるまでの道のりは遠いかもしれない。
「オレはユキがうどんを作ってくれたから、それほどでもないかな? パンだけしかないなら、さすがに飽きると思うが」
「うどんか。小麦で作れて、鍋の締めにも使えるし、良いよな」
「確かに、この状況で作ったとは思えないほど、ちゃんとしたうどんだったわね」
「いやぁ、そう褒められると照れるね。家ができたら、もっとまともなの作るから、期待してて!」
 俺たちの言葉に、ユキがはにかみながら頭をかく。
 朝のうどんでも、短い以外は十分に美味かったので、楽しみである。贅沢を言うなら、昆布だしが欲しいところか。
「ま、すぐにはどうにもならない事は置いておいて、少なくともカニやエビを確保する事は決まりね」
「勿論だとも!」
「取り尽くす勢いで!」
 もちろんそんな事は不可能だし、後々の事を考えると残しておくべきなのだが、気分的にはそんな感じである。
「それじゃ、午後にはまた罠を仕掛けてから、釣りを続けましょ」
「そうですね。今日と明日、カゴを仕掛ければ、しばらく食べる分は確保できそうです」
「これだけ美味ければ、泊まりがけでも獲りに来る価値があるし、なくなったらまた来ないとな」
 そんな俺の言葉に、誰一人反対の言葉を上げる事なく揃って頷いた。
 結局、俺たちの3泊4日の釣行は、ひたすら魚釣りと川での罠漁に明け暮れて終わった。
 また、途中で少し上流に釣り場を移したおかげか、ヤマメ以外にイワナも確保する事ができ、ついでに言えば、先日オークを狩り尽くしたためか、1度も魔物に襲われる事すらなかった。
 おかげでかなりの数の魚、カニ、エビ、ついでに5匹ほどのグレート・サラマンダーも確保できた。
 5人で食べる食料としては多いが、だがそれでも持って半年ほどだろう。
 俺たちは再び訪れる事を誓って、ラファンへと帰還したのだった。

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093.md

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093 お裾分け (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
罠で捕まえたカニ、エビはいずれも基本的には美味かった。
全力で確保する事に決め、残り時間は釣りと罠猟に明け暮れる。
特に事件も起きる事なく、ラファンへ帰還
 魚やカニに魅了された俺たちは最終日もギリギリまで釣りを続け、大急ぎで昼食を食べてから川を後にする。粘りに粘ったため、帰路はひたすら走り続け、俺たちが街に辿り着いたのは、陽が落ちかけた頃だった。
 丸々3日間、釣りに明け暮れたおかげでヤマメの数には余裕があったため、世話になったトミーとガンツさん、それにディオラさんとアエラさんにそれぞれ2匹ずつ、手分けしてお裾分け。 
 時間的にはやや遅かったが、マジックバッグを秘密にしている事もあり、ハルカが冷凍した物を配って回った。明日以降に、あんまり新鮮な物を持っていくと怪しいしな。
 ちなみに、トミーにもマジックバッグの事を伝えていないのは、面倒事を避けるためである。
 トミーだけならマジックバッグを作ってやっても良いのだが、他のクラスメイトがこの街にいる可能性を考え、パーティーメンバー以外には一切秘密にするという方針にしたのだ。
 そいつらにも作っていたら際限なく広がりかねないし、断ったら断ったで、逆恨みされてトラブルの原因になるかもしれない。
 そうなるくらいなら一切秘密にしておいた方がマシである。
 依頼として請けていたグレート・サラマンダーは、結局5匹ほど捕まえたのだが、1匹だけは一応確保しておいて、残りはすべてギルドに納品した。
 全部でおおよそ金貨200枚あまり。
 かなり高価だが、見栄っ張りの貴族には十分に売れるらしい。
 ディオラさん曰く、ヤマメの方も『売れば大銀貨2、3枚にはなる』との事だったが、特にお金に困っていないし、自分たち用に確保した物なので、お裾分けした物以外はすべてマジックバッグにストックしたままである。
 魚1匹で大銀貨2、3枚はちょっと高いような気もするが、サイズが30センチほどある事や他の食料と比べると……あまり高くないか?
 日本でも魚の値段なんてピンキリだし、安全に釣りに行ける冒険者のレベルを考えると、やや安いぐらいかもしれない。
 ただし、その値段を出せば買えるとは限らない。
 日本であれば大抵の物はスーパーで買えるし、無くても通販を利用すれば手に入る。だが、こちらでは欲しいものが店に並んでいるとは限らないし、当然手軽な通販なんてない。
 どうしても欲しければ冒険者に依頼を出す事ができるが、その場合は大銀貨数枚程度で済むわけが無い。
 そういったことを考えると、売る物はよく考えた方が良いのかもしれない。
 入手難易度と価値が釣り合うとは限らないのだから。
            
「今日はシモンさんのところに、魚を使った昼食でも差し入れに行こうと思うけど、ナオたちはどうする?」
 翌日の朝食時、ユキにそんな事を訊かれ、俺とトーヤは顔を見合わせた。
 シモンさんとは、俺たちの家を作ってくれている大工のまとめ役で、アエラさんのお店も担当した初老の男性である。
 怪しいコンサルタントの話を聞いただけで、あれだけのお店を完成させるあたり、腕の方はかなり良いのだろう。
 彼らには罠作りを手伝ってもらった恩もあるので、家づくりの激励を込めて魚料理を振る舞う事にしたらしい。
「しかし、あれでグレート・サラマンダーが獲れる事が判ると、獲りに行く冒険者が増えるかもな」
「それは嫌だなぁ。グレート・サラマンダーだけならともかく、他の獲物が減るのは。カニやエビ、美味いし」
 俺の言葉に、トーヤが少し顔をしかめる。
 ちょっと自分勝手かも知れないが、俺も同感である。
「シモンさんにも、罠という事は教えてないから、大丈夫じゃないかな? 運搬用の箱と思ってくれるかも」
「運搬用の箱、か……」
 使った罠は細長い木の箱に穴が空いた形状。
 凍らせたグレート・サラマンダーと氷を突っ込むと考えれば、そうおかしな形でもない。
 穴は溶けた氷の水抜き、縦型なのは背中に背負って運ぶためとみる事もできる……かも?
「そもそも、凍らせる事ができる人がいないと請けられない依頼だから、罠があっても難しいと思うわよ?」
 俺たちは3人魔法使いがいるため忘れがちだが、人間の中で魔法を使える人はごく僅か。その中で氷を出せたり、対象を凍結させる事ができる魔法使いは更に少ない。
 そもそもそのレベルの魔法使いであれば、わざわざ危険な冒険者にならなくても十分に稼げるのだ。
 そう考えれば、あまり競合を心配する必要もない気はする。
「まぁ、世話になったのなら魚を振る舞う事自体は反対しないが、結構な期間、リフレッシュ休暇を取っただろ? 仕事しなくて良いのか?」
「んー、でも、良い感じにグレート・サラマンダー、獲れちゃったしね」
「気分的には休暇でしたが、収入的には仕事してますよね、私たち」
「確かになぁ」
 1人あたり、1日数万円程度は稼いでいるイメージか?
 釣行中は訓練をしていなかったが、今日は朝食前に日課の訓練を熟しているので、身体が鈍ったという感じもない。
「それに次に何をするべきか、悩んでいるところもあるのよね。ナオはどう思う?」
「普通は南の森に移動するんだよな?」
「えぇ。オーク狩りなんてせずに、ね」
 南の森は東の森より危険と言われるが、実際の所、オークより強い敵が出てくるわけではない。ただし、魔物との遭遇率は高くなるので、それだけを考えれば、東の森の外縁部で採取をしているよりも危険度は高くなる。
 最も多くいるのはゴブリンとホブゴブリン、そしてその上位種で、あまり森の奥に入らなくても遭遇する事になるらしい。
 他にも『ブランチイーター・スパイダー』や『スラッシュ・オウル』という魔物も出る。
 図鑑によると、これらの魔物は攻撃方法が少し厄介ではあるが、俺たちにはさほど脅威とはならないだろう。
 だが、いずれの魔物にしても、倒したところで金になるのは魔石程度、オークのように肉が売れたりはしないので、稼ぎとしてはあまり良くない。
 薬草類も、採取できる物は東の森とあまり変わらないので、こちらも微妙。
 南の森で活動する冒険者のメインの仕事は、木材の伐採に向かう木こりの護衛である。
 この街は家具の生産が盛んなため木材の需要も旺盛で、この護衛依頼は毎日あり、報酬も初級の冒険者としては悪くない。ついでに襲ってきたゴブリンから魔石を取れば追加報酬にもなる。
 一攫千金は狙えないが、危険度が低く、日々の宿代+多少の蓄えを稼ぐぐらいは可能なのだ。
「しかし、今更木こりの護衛ってのもなぁ……」
 不満そうにトーヤが呟くとおり、ディンドルとオークで荒稼ぎをしていた俺たちにとってみれば、その金額はかなり微妙。はっきり言えば、安すぎて労働意欲が涌かない。
 むしろ東の森で猪を狩る方が稼げるぐらいなのだが、問題はこれからの季節、猪の数が減る可能性が高い事だろう。
「何か、買い取り価格の高い採集品があれば良いんですが……」
「んー、そんなに気にしなくて良いんじゃない?」
 やや悩ましげな表情を浮かべるナツキに対し、ユキはあっけらかんとそんな事を言った。
「何でだ?」
「だってさ、今の所持金考えてみてよ。家の残りの代金を払っても、1年分の生活費ぐらいは十分にあるでしょ? 宿代が不要になるんだから」
 そう言ってユキがハルカに視線を向けると、ハルカは少し考えてから頷いた。
「そうね……食料、衣料だけなら十分あるわ。武器や防具のメンテナンスはともかく、更新までを考えると心許ないけど」
「つまり、現状維持なら問題ないってことだよね? ならあまり報酬を気にせず、自分たちのレベルアップを図るのも手だと思わない? それに、家を手に入れたら、錬金術とか薬学とか、他にお金を稼げそうなスキルもあるでしょ?」
「……そういえばそうだよな。いざとなれば、マジックバッグを売れば、飢える事はないだろうし」
「それは最終手段にしたいけど、ユキの言う事も一理あるわね」
 セーフティーネットがないことから、やや強迫観念のように金を稼いできたわけだが、今なら多少体調を崩して休むことになっても、宿を追い出される心配も、食べ物に困る心配もない。
 もちろん、楽隠居できるほどの蓄えはないが、まだ俺たちは、それを心配する様な年齢でもない。
 冬場に多少蓄えを減らすことになっても、春から秋にかけて稼ぐようにすれば問題ないだろう。
「それなら今日は、南の森の偵察をしてみませんか? 初めて入る森ですし、行ってみれば何か稼げる物もあるかもしれませんし」
「なるほど。悪くないな」
 ナツキの提案にトーヤが同意し、俺たちも頷く。
「じゃあ、まずはシモンさんたちに昼食を振る舞いに行きましょ。家の状態も気になるし」
            
 前回訪れてからおおよそ1週間。
 それだけにもかかわらず、家の状況は一気に変化していた。
 外見的にはほぼ完成近くになっており、今は外壁に漆喰を塗っている。それも半分程度はすでに終わっているので、取りかかっている人数やその作業速度的にも、恐らく今日中にも塗り終わることだろう。
 ただ、内装を含めた内側の作業状態は見えないため、全体としてどの程度進んでいるかは判らない。
「シモンさん! おはようございます!」
「おう、嬢ちゃんたち。帰ってきたのか?」
 全体の監督をしているシモンさんにユキが駆け寄って声を掛けると、シモンさんが振り返って目を細めた。
 結婚が早いこの世界では、初老の彼から見れば、ユキや俺たちの年代だと、孫ぐらいの年代に当たる。それ故か、ユキたちを見る視線は頑張っている孫を見るような、そんな微笑ましげな雰囲気も感じられる。
「うん! 無事に仕事も終ったから。工事、大分進んでいるみたいだけど、どんな感じなの?」
「見ての通り、外壁はもうすぐ塗り終わるな。もう1回上塗りをするが、それも明日には終わる。内側もあと2週間もかからねぇな」
「……かなり早いですね?」
「おう、この時期としては、天候に恵まれたな。後は屋内の作業だから、遅れることは無いと思うぞ?」
 このまま順調に行けば、1ヶ月と少しで完成してしまうことになる。
 予定よりも早いその理由を訊いてみると、それは大きく分けて3つあり、1つは予想以上に地盤がしっかりしていたこと。
 家の形などの細かい部分はシモンさんにお任せしたおかげで、以前あった家の土台を上手く利用することができたらしい。
 もう一つは前金。
 金貨600枚をポンと先渡しにしたおかげで、人を多く雇って一気に作業を進めることができたとのこと。
 「普通は進捗状況を見ながら、渡すもんだぞ?」と言って笑われたが、それで早くできるなら俺たちとしても都合が良い。俺は直接かかわっていないが、ユキやハルカたちは信用できると判断したのだろうし、現に持ち逃げすることもなくきちんと工事してくれている。
 最後はやはり天候。
 この時期は天気が崩れやすいらしいのだが、曇天や多少の小雨程度はあっても、運が良いことに工事を中断するほどの雨が、昼間に降ることは一度もなかった。
「それで今日は状況を見に来たのかい? それともいつもの特訓か?」
「あ、いえ、簡単な物ですけど、お昼の差し入れに。お世話になってますし」
「ほう、嬢ちゃんたちの手作りかい? そりゃあいつらも喜ぶだろうな」
 一時期は10人以上が働いていたらしいが、残っているのは技術が必要な部分だけなので、今日いるのはシモンさんを含めて5人のみ。俺たちも入れて10人分の料理を作れば良いので、思ったよりは楽かもしれない。
「それじゃ、お昼頃に呼ぶから、お仕事頑張ってね!」
「おう、楽しみにしてるぜ」
 そう言ってシモンさんは、ユキの肩をポンポンと叩いて作業に戻る。
 昼食の時間までにはまだまだ余裕があるのだが、ハルカたちは先に下ごしらえを済ませておくらしく、大鍋を取りだして作業を始めた。
 その間、俺たちにできることがないので、離れたところで訓練でも――
「あっ!!!」
「なんだ!? 何かあったか!」
 突然声を上げた俺にトーヤが慌てて顔を向けるが、俺は座り込みながら庭の隅を指さした。
「完璧、忘れてた……」
「石――? あっ、それか! 何か忘れてるような気がしたんだよ!」
「なら言えよ!」
「解ってたら言ってるわ! 思い出せなかったんだよ!」
「……はぁ、だよなぁ」
 俺が指さした先にあったのは、1週間ほど前に俺とトーヤが草原で拾い集めてきた石の山。
 そう、渓流で集めてくるはずだった庭石の事、すっかり忘れていたのだ。
 あまりに釣りが上手くいって、グレート・サラマンダーも捕まえられるし、カニやエビまで大漁。満足感が高すぎて、行こうと思ったきっかけを失念していた。
「どうするんだよ。また行くのか?」
「……保留だな。魚やカニが品切れになった頃、考える」
「すぐ必要な物じゃないしなぁ」
 庭造りは所詮趣味である。
 見た目を気にしなければ、家庭菜園に石は必要ない。
「なぁ、ふと思ったんだが、土魔法でブロックとか作れないのか? 『石弾ストーン・ミサイル』とかあるだろ?」
「できなくはないだろうが、土魔法を使えるのって、ユキだけなんだよなぁ」
「ナオはどうなんだ? エルフだろ?」
「……不可能ではない」
 素質がなければ魔法が使えない人間に対し、エルフはその制限がないので、一応はどんな魔法も使えるはず。一応は、な。
 ただし、これまで俺は時空魔法と火魔法以外の練習をしたことは無い。
 魔力の操作にも慣れてきたので、見込みはあると思うが、ブロックが作れるまでどれだけかかるか……。
「ま、頑張れ。自分の不始末、ユキに押しつけるわけにはいかんだろ?」
「お前も同罪だろうがっ!」
「オレ、魔法使えないし~~?」
 ビシリと指さした俺に、肩をすくめて半笑いを浮かべるトーヤ。冗談と判っていても、ちょいと殺意がわくんだが。
「くそっ、脳筋め」
「はっはっは、否定はしない」
「否定しろ。そう脳筋じゃないだろ、お前。魔法が使えないだけで」
 肉弾戦極振りみたいなスキル構成にはなっているが、トーヤ自身の地頭は悪くないのだ。ハルカたちみたいなトップ集団ではないが、俺も含めて成績は一応、上位だったのだから。
「種族的な問題だから仕方ないのだ!」
「はぁ……頑張るか。トーヤも暇があったら本でも読んでおけ? 【鑑定】スキルはほぼ確実に自身の知識に影響されるんだろ?」
「だな。多分、たくさん使ったところでレベルアップしそうにないし」
 トーヤはかなりの期間、目に付く物を片っ端から鑑定するという行為を繰り返していたらしいのだが、未だに【鑑定】のレベルは最初の2から変化していない。
 それから予想できるのは、『【鑑定】スキルは使うだけではレベルアップしない』という可能性。
 逆に、トーヤがギルドで調べ物をして知識を増やすと、鑑定で表示される情報も変化している。であるならば、自身の知識が影響を与えると言うことは、容易に想像できる。
「そいじゃ、魔物事典でも読むか」
「おう、そうしろ。俺は土いじりするから」
 地面にゴザを敷いて寝っ転がり、優雅に本を読み始めたトーヤを尻目に、俺は地面に座ると土をかき集め、それに魔力を通す練習を始めたのだった。

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094.md

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094 お裾分け (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
釣ってきた魚をトミー、ディオラさん、ガンツさん、アエラさんにお裾分け。
今後の方針を考えるため、南の森へ調査に行くことにする。
家を作ってもらっているシモンさんたちへ差し入れに行く。
「ナオ、できたわよ」
 そんな声と共に肩を叩かれ、俺はハッとして顔を上げた。
 目の前にあったのはハルカの顔。
 少し呆れたような表情は、すでに何度か声を掛けていたのかもしれない。
 空を見上げると、太陽はほぼ中天にさしかかり、いつの間にか昼食の時間になっていたようだ。
「あぁ、すまん、すぐ行く」
 俺は立ち上がって尻をはたこうとすると、ハルカが手を上げて制し、『浄化』をかけて土が付いた手も含めて綺麗にしてくれた。
「ありがと」
「いえいえ」
 ハルカの後についてみんなの所へ行くと、簡易的なテーブルが用意され、その上には深皿に入った料理が並べられ、その周りにはすでに全員が揃っていた。
「すまん、待たせた」
「おう。ナオ、調子はどうだ?」
「もうちょい、だな。ほら」
 俺が手に持っていた物をひょいと投げると、トーヤはそれを上手く受け止めた。
「これはサイコロ……? 6面ダイスに8面、これは10面か?」
「8面までは作れるんだが、10面は難しいな」
 トーヤに投げたのは土を固めて作った複数のダイス。
 それぞれの面に数字を彫り込み、簡単には欠けたりしないように硬く固めてある。
 真四角の6面ダイス、四角錐を2つ合わせた8面ダイスはなんとか作れたのだが、五角錐を少しずらして引っ付ける形になる10面ダイスはなかなかに難しい。
 これで苦労するのだから、五角形を貼り合わせる12面ダイスや三角形を貼り合わせる20面ダイスはさすがに作れそうにない。
「おいおい、目的を見失ってないか?」
「……いやいや、まさか」
 もちろん魔法制御の練習である。
 退屈な訓練のちょっとした息抜きに、ちょっとだけダイスを作ってみて、ちょっとだけ熱中しただけなのだ。そう、ちょっとだけ。
「ささ、それよりも食べようぜ。冷めるだろ?」
 ハルカたちが作ったのは、釣行2日目の朝、ユキが作ったうどんもどきのようだ。
 多少具は違うようだが、少し肌寒い今の気温に、温かい湯気と良い香りが食欲をそそる。
「ナオを待ってたんだけど……そうね、食べましょ。シモンさんたちも食べてください」
「おう、頂くぜ。――っ、うまっ! すっげぇ、うまっ!」
「めちゃくちゃ美味いな、おい!」
「これ、屋台で出したら、絶対行列ができるぜ!?」
 俺たち好みの味付けは、シモンさんたちの舌にも合ったらしい。
 うどんもどきの麺にも特に気にした様子も見せず、ずるずると食べている。
 俺も食べてみるが、野営に比べて制約が少ないせいか、あの時の物よりも少し美味しくなっている。ただ、2日目以降、カニも一緒に入れて出汁を取った物に比べると多少落ちるが、少なくともそのへんの食堂では食べられない美味さである。
「嬢ちゃんたち、料理も上手いんだな!」
「――っ! いや、待て! これ、魚が入ってるぜ? ……お前さんたち、ノーリア川の上流……グレート・サラマンダーを獲りに行ってきたのか?」
「判りますか?」
「あれの捕獲依頼は常に出ているらしいからなぁ。獲りに行くヤツはそんなにいないらしいが。この街に魚が入ってくるのはその時ぐらいだからな」
 確かに店に買い物に行っても、魚が売られていたことはない。
 アエラさんのお店や微睡みの熊亭で出てくることもないから、俺もこの街で食った覚えがない。
「獲りに行く人が少ないのは、やっぱりグレート・サラマンダーを見つけるのが難しいからでしょうか?」
 俺がシモンさんにそう尋ねると、彼は苦笑して肩をすくめた。
「儂もそう詳しいわけじゃないが、魔物がいる森で野営が必要だろう? 場合によってはオークだって出るって言うじゃないか。そんな場所で何日も野営しながら見つかるか判らないグレート・サラマンダーを探すのは割が合わないんだろうな」
 俺たちはたまたまナツキが見つけて一突きで倒したが、それ以降は罠に掛かった物以外、見かけていない。
 恐らくだが、グレート・サラマンダーは夜行性で、昼間に見つけるのはかなり困難なのだろう。
 夜間に探せば見つかるのかもしれないが、当然ながら危険性も高い。
 明かりがなければ周りが見えないし、逆にあまり煌々と明かりで照らしていては、魔物を引き寄せる危険性もある。
「しかし、この街では魚を見かけませんが、サールスタットから入ってこないんですか? 近いのに」
 荷馬車でも1日あれば付く距離なのだ。
 少しぐらい見かけてもおかしくないのでは、と思って訊いてみたのだが、大工たちは揃って首を振った。
「入ってこねぇな」
「不味すぎんのさ、サールスタットの魚は。安くもねぇし」
「いくらこの街から近くても、生なら魔法で凍らせるなり冷却するなりは必要だろう? もしくは遠方に運ぶ時と同じように干物や塩漬けにするか。その分高くなるが、味の方はなぁ……」
「「「あぁ……」」」
 苦い顔でそう言ったシモンさんたちに、俺たちは揃って納得の声を上げた。
 俺たちがサールスタットで食べた魚と同じ物を使っているのなら、確かに大して美味い物ではないだろう。それで高いとなれば、普通に肉を買った方がマシである。
 そんな魚でも、なぜかあの街の人は平然と食べていたが、一種のその地域特有の珍味みたいな物なのだろうか?
「魚が入ってるんじゃぁ、屋台じゃ出せねぇなぁ」
「そもそも私たち、冒険者ですしね。シモンさんたちが大工であるように」
「違いねぇ!」
 そう言ってシモンさんたちが笑う。
「売ることはできませんけど、今日は多めに作りましたから、たくさん食べてください」
「おう! 滅多に喰えねぇんだ。遠慮はしねぇぜ!」
 その言葉通りシモンさんたちは遠慮なく食べ続け、大鍋は瞬く間に空になったのだった。
            
「こちらの門から出るのは初めてだったな」
「そういえばそうね。近くには良く来てるけど」
 南門のすぐ外には畑が広がっていた。
 ラファンで消費される食料の多くは輸入に頼っているらしいので、広大と言うほどではないが、それでも結構な広さがある。
 そこに野菜が育っているのはなかなかに見事な光景だが、これまでこちらに来ることはなかったため、目にするのは今日が初めてである。
 冒険者ギルドの建物が南門の近くにあるとはいっても、外に出るときは常に東門を使っていたし、俺たちの購入した土地もギルドの裏側から東へ向かった場所にあるので、門の前を通ることもなかったのだ。
「農作業をしている人もいますね。このあたりは安全なんでしょうか」
「見通しが良いし、危なそうなら街に逃げ込むんじゃない?」
「森の辺りまで見渡せるもんなぁ」
 門の辺りからでも畑が途切れた遥か向こう、森で作業する人の姿が見える。
 あそこで木こりが木を切り出し、その周りで冒険者が警護しているとなれば、魔物がそれを抜けて畑まで来る事なんて殆どあり得ない。
 それを考えての畑の配置であれば、かなり安全性は高いのだろう。
 そのまま道なりに歩いて行くと、森に近づくにつれ、木を切る斧の『コーン、コーン』という音が聞こえてくる。
 その音の多さや、時折聞こえるメキメキという木が倒れる頻度から考えても、かなりの数の木こりが木材の切り出しを行っているようだ。
 やがて見えてきた作業エリアでは、木こり1人に対して冒険者の数は2、3人程度。木を切り倒す関係からある程度の間隔を開けて広範囲に散らばって作業を行っている。
 冒険者の仕事には、護衛の他にも打ち払った枝の回収や丸太の運搬なども含まれるようで、半数程度が警戒、もう半数程度がそれらの雑用を行っている。
 その作業で疲労してしまっては護衛として役に立つのか疑問なのだが、このあたりではそれで問題ない程度の危険性なのだろう。
「……あ、端から全部伐採しているわけじゃないんだな」
「そうね、間伐みたいな感じかしら」
 近づいてみて気付いたのだが、木こりが伐採しているのは一定範囲で一番大きな木のみ。それ以外は残して場所を移動している。
「森林資源を維持する為でしょうか?」
「何か決まりがあるのかな?」
 ラファンの街が木工業で成り立っていることを考えると、資源の消滅は死活問題である。
 それを考えれば、ユキの言うとおり、何かしらの規制があってもおかしくない。
 ただこの方法の場合、残った木が邪魔をして、森の奥から木を切り出すのはなかなかに大変な作業になりそうである。
 今も森から、何人もの冒険者が1本の丸太を担いで出てきたが、まともな道もないだけに、その足取りは遅い。
「なんだか、冒険者というより、日雇い労働者?」
「それも冒険者ギルドの範疇だろ。俺たちは受けたことないが」
「そういえば、トミーはやってたか。ガテン系の仕事」
 一応、ゴブリン相手の戦闘もあるんだろうが、見た感じ、この森での冒険者の仕事は肉体労働メインという感じである。
 日々真面目に訓練を続けているので、俺たちでも請けられないことはないだろうが、この仕事をハルカたちにさせるのはちょっと躊躇する。
 辺りを見回しても、女性の冒険者はほぼゼロ。なぜ『ほぼ』かといえば、女性かもしれない男性――もとい、女性かもしれない冒険者もいるのだが、俺には判別できない。明らかに俺よりゴツいし?
「……取りあえず、邪魔にならないように迂回して、森に入りましょう」
「そうですね。ここにいても邪魔になる――」
「ああぁぁ!」
 俺たちが森に入る相談をしていると、突然ナツキの言葉を遮るように、そんな声が響いた。

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128.md

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128 情報の整理
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
神殿で祈りを捧げると、アドヴァストリスと名乗る、件の邪神に出会う。
お布施を払って祈りを捧げれば、レベルと経験値が確認できることを聞く。
転移者の中で初めて神殿に来た特典として、経験値増加の恩恵を貰う。
「えーっと、夢、じゃないよな……?」
 今体験したことがイマイチ信じ切れず、ステータスを確認してみると……
-------------------------------------------------------------------------------
 名前:ナオフミ
 種族:エルフ(18歳)
 状態:健康
 スキル:【ヘルプ】     【槍の才能】     【魔法の素質・時空系】
     【槍術 Lv.4】    【短刀術 Lv.1】    【棒術 Lv.1】
     【回避 Lv.2】    【鉄壁 Lv.2】     【筋力増強 Lv.2】
     【魔法障壁 Lv.1】  【韋駄天 Lv.2】    【頑強 Lv.2】
     【鷹の目 Lv.2】   【忍び足 Lv.2】    【罠知識 Lv.1】
     【索敵 Lv.4】    【看破 Lv.2】     【時空魔法 Lv.4】
     【火魔法 Lv.4】   【水魔法 Lv.1】    【土魔法 Lv.3】
     【解体 Lv.2】
 恩恵:【経験値ちょっぴりアップ】
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 恩恵欄が追加されている!?
 しかもしっかりと【経験値ちょっぴりアップ】と書いてあるし。
 1割とは書いてないけど、『ちょっぴり』がなんとも正直である。
 しかし、相変わらずレベルや経験値は表示されておらず、やはり神様が言ったとおり、確認の為には神殿に来るしか無いのだろう。
「あの、どうかされましたか?」
「あ、いえ、何でも無いです」
 俺の挙動が不審だったのか、後ろから声を掛けてきた女神官さんに、俺は笑顔を向けて首を振った。
「そうですか。あ、お心付け、ありがとうございます」
「いえ、あまり多くは無いですが……あ、お尋ねしたいのですが、こちらでは聖水などを分けて頂くことはできないでしょうか? アンデッドへの対策を探していまして」
 そう訊ねる俺に、神官さんは少し渋い顔になる。
「アンデッドですか……聖水は難しいです。作れる神官様は限られますし、こちらではちょっと……」
「そうですか……。残念です」
「それに、戦いの場面で使われるのであれば、あまり向いていませんよ?」
「あれ、そうなんですか?」
「はい。確かにアンデッドにかけたり、武器に着けたりすると効果はありますが、かなりの量が必要となりますから……」
 詳しく聞いてみると、直接アンデッドに掛けてやれば、ある程度が退ける事はできるが、武器に付けてそれで攻撃する、という手段を取るのであれば、数回攻撃する度に付け直す必要があり、聖水の必要量も多くなって、運搬面でも一般的な聖水の価格的にも(神官だけに明確にいくらとは明言しなかったが)確実に赤字になってしまうらしい。
「基本的に魔法の武器を持たない冒険者や光魔法を使えない冒険者は、アンデッドを避けるようですよ?」
「となると、普通はアンデッド対策は難しいと?」
「はい。一般の人に影響がある場所なら、神殿から神官が派遣されることもありますが……」
 俺たちには関係のない話ではあるな。
 それに俺たちの場合、ナツキとハルカがいるから、全く対応できないわけでは無いし。
「解りました。お話、ありがとうございました」
「いえ、お力になれず。あなたに神のご加護がありますように」
 はい、無事に恩恵を頂きました、とはさすがに言えず、俺に向かって祈りを捧げてくれる彼女に一礼をして、俺は神殿を後にした。
            
「さて、それじゃ、各自結果報告をしましょうか。まずは誰から行く?」
 その日の夕方、日が落ちる少し前ぐらいに全員が家に戻ってきたことで、俺たちは夕食前の時間を利用して報告会を開いていた。
「それじゃ、まずはオレから。オレは、アンデッドに効果がある魔法の武器を探しに行ったんだが、ガンツさんのところには無かった。――いや、まともに使えそうな物は、無かったと言うべきだな。ダガー程度はあったんだが、使いづらいだろ?」
 やはりトーヤはガンツさんの店に行っていたようだ。
 一応手段は見つけたようだが、ダガーで本格的な戦闘というのは厳しいし、取りあえずは問題外だろう。
「ガンツさんの紹介で他にもいくつか店は回ってみたんだが……この街で手に入れるのは難しそうだな」
「やっぱり冒険者のレベル?」
「ああ。高ランクの冒険者がいないから、高価な武器は仕入れない。手に入っても売れないから、他の町に流す事になるらしい。錬金術師がいれば作ることもできるらしいが……」
 そう言いながらトーヤが視線を向けたのはハルカ。
 ハルカはその視線を受けて頷く。
「私は魔法の武器を作れないか、という方向で調べてみたわ。その結果、さっきトーヤが言ったように、錬金術を使えば作れることは解ったんだけど、そのためには必要な素材も色々あるのよね」
 錬金術で作ると言っても、錬金術師だけで武器を作るわけでは無く、錬金術で前処理した素材を鍛冶師に渡し、それを使って鍛冶師が武器を作る。その武器を錬金術師が後処理して、魔法の武器が完成する、と言うプロセスになるらしい。
 今俺たちが使っている武器の原料となっている青鉄や黄鉄なども錬金術師から供給されているので、それみたいな物なのだろう。
「一応、この街でそれらの素材が手に入らないかと思って探してはみたんだけど、残念ながら無いみたいなのよ。青鉄とかも、できた物を他の町から輸入しているみたい」
「ラファンには錬金術師が少ないのか」
「産業構造的に、需要が無いんでしょうね」
 後処理も必要な魔法の武器の場合、原料だけを輸入しても意味が無い。
 作った武器を別の町に送って後処理を行えば作ることはできるだろうが、それなら最初から魔法の武器を輸入するか、買いに行く方がマシだろう。
 やるとするなら、原料を輸入してハルカが処理を行う方法になるか。
「私はギルドなどで情報を集めてみました。まずアンデッドの出現報告に関してですが、これまでは無かったようです」
 ナツキが調べた範囲では、南の森などはもちろん、北の森に入っていた昔の記録でも、アンデッドが出たという報告は無かったようだ。
 ディオラさんにも確認済みなので、少なくともギルドが把握している範囲では、このあたりにアンデッドが出現する事は無かったという事になる。
「尤も、アンデッドは自然発生することもあるので、それ自体はあり得ないことでは無いようです。次に対抗策ですが、光魔法での浄化を除くと、魔法の武器での攻撃や聖水を使う方法、それから、火魔法の『火炎武器エンチャント・ファイア』も実体のあるアンデッドには効果的みたいです」
「『火炎武器エンチャント・ファイア』ならレベル4だし、俺も使えるな」
 一応俺も地味にレベルを上げて、火魔法はレベル4まで上がっているのだが、これまで『火炎武器エンチャント・ファイア』を使うような敵も出てこなかったため、未だに実戦で使ったことは無い。
 効果時間も戦闘1回分程度だし、今の俺たちなら、オークリーダーでも出てこない限り、武器の攻撃力を上げる必要も無い。
「ゴーストみたいに、実体の無い敵はどうなの?」
「『火炎武器エンチャント・ファイア』ではあまり効果は無いみたいです。『聖火ホーリー・ファイア』や『聖水ホーリー・ウォーター』を除けば、他の魔法も同様です」
「じゃあ、やっぱりオレは攻撃手段が無いのか」
「あ、いえ。光魔法に『聖なる武器ホーリー・ウェポン』がありますから、こちらは効果がありますよ。まだ私もハルカも使えませんが」
 『聖なる武器ホーリー・ウェポン』は『火炎武器エンチャント・ファイア』の様に武器に掛ける魔法なのだが、攻撃力自体を上げる『火炎武器』に対し、『聖なる武器』は通常の敵と戦うときには何の意味も無い。あえて言うなら、うっすらと武器が光ってカッコいいぐらい?
 その代わり、アンデッドに対しては高い効果を発揮する、らしい。
 ナツキは使えないとは言ったが、『聖なる武器』はレベル5の魔法で、ハルカが現在レベル4、ナツキがレベル3なので、練習次第で比較的すぐになんとかなりそうな気もする。
「今までは必要ないと思ってたからやってなかったけど、練習すべきみたいね」
「はい。私もそのつもりです」
 ちなみに、生野菜を食べるためにハルカが覚えた『殺菌ディスインファクト』もまたレベル5の魔法だったりする。
 通常、魔道書にはレベルあたり2つ程度の魔法が指定されているのだが、光魔法のレベル5に関してはなぜか4つもあり、残りの2つは『病気抵抗レジスト・ディジーズ』と『精神回復リカバー・メンタル・ストレングス』である。
 どちらも有益そうな魔法だけに、ハルカとしてはそちらを優先していたようだ。
「次はあたしね。私は人から噂なんかを集めてみたよ。まず、アンデッドには聖水が効くんだって」
 もったいぶったようにユキが口にした言葉に、他の全員が疑問を顔に浮かべる。
 そして、それを代表して口に出したのは、ハルカ。
「それぐらいは解ってたじゃない?」
「ま、ま、慌てない。重要なのは次。ラファンの南の街道を進んだところにある町、ケルグって名前だけど知ってる? 今そこの町に行くと、なんだか安く聖水が手に入るって噂が」
 俺が神殿で断られた聖水か。
 確かに有益な情報な気もするが、何というか、そんなピンポイントな噂が都合良く流れるか?
 普通の人にとって聖水なんて、殆ど必要ない物だろ?
 そう思ったのはトーヤも同じだったようで、ワケが分からないと言った表情で疑問を口にする。
「……なんだそれ? 聖水が手に入るとか、そんなのが噂になるものなのか?」
「まぁ、普通はならないよね。話題に上るようなことじゃないし。あたしもそれは疑問に思ったから、色々情報を集めてみたんだけど、その聖水を安く供給しているのが、最近できた新興宗教みたいなの」
 ユキのその言葉を聞いた途端、俺たちは揃って胡散臭げに顔をしかめた。
「……新興宗教。なんか、良いイメージ無いよな、その言葉」
「だよなぁ。怪しいとか、お布施を巻き上げるとか、犯罪行為とか、そんなイメージがつきまとうよな」
 少なくとも日本で、新興宗教と聞いてすぐにポジティブイメージを持つ人は少数派だろう。
 もちろん、まともな宗教もあるのだろうが、悪質な物が多すぎるのだ。――いや、悪質なのが目立ちすぎると言うべきか?
「しっかし、新興宗教なんか表だって作れんのか?」
「予想外に、この世界……いや、少なくともこの国は、案外宗教に寛容みたい。多分、メジャーな宗教が強すぎて、問題にならないからだと思うけど」
 この世界にも宗教国家は存在していて、そんな国ではさすがに新興宗教が大手を振って布教するのは難しいらしい。
「ま、寛容とは言っても、タブーはあるみたいだし、あたしたちは関わるべきじゃないとは思うけどね」
「関わらないわよ、新興宗教なんて。――でも、新興宗教なんて、信者、どうやっても集まらないんじゃないの? この世界の常識では、神は実在して天罰もあるんだから」
「そうなんですか?」
 はっきりと言ったハルカに、ナツキが疑問を口にする。
 俺やトーヤも同じだが、ナツキも【異世界の常識】を持っていないし、明文化されていない部分の知識に関しては、ちょっと弱い。
「えぇ。少なくとも、この世界の人は信じてるわね。神託もあるし、天罰も実際に起こるみたいよ?」
「たまたまとか、こじつけとかでは無く?」
「無く。神殿で不正を行った神官がピンポイントで雷に打たれるとか、人体発火で燃え尽きるとか、そういったレベルで」
 不思議そうな表情を浮かべるナツキに、ハルカは真面目な表情で頷いて、実際に起こったらしい事例を言う。
 災害などの自然現象を『天罰』と称するのとは違い、確かにそういう物なら疑う余地も少ないか。実際、俺の場合は神様に会ってきたわけだし。
「今ハルカが言ったようなことがあるから、普通は新興宗教なんて鼻で笑われるんだけど、問題はここから。その新興宗教はなぜか信者を集めていて、更にその教団の名前が『サトミー聖女教団』」
「「「……うわぁ」」」
「関わりたくねぇ!」
 全員が顔をしかめ、トーヤが吐き捨てる。
 元々新興宗教自体がアレなのに、名前からして地雷臭が漂っている。
 もちろん関係ない可能性もゼロでは無いが……いや、ほぼゼロだよなぁ、これ。
「サトミー……さとみって名前の子って、誰か居たっけ?」
「どうだったでしょう? 親しい人以外、下の名前なんて……」
 名前からして女子だろう。男子の下の名前すらあやふやな俺とトーヤの記憶なんて、当然あてにならず、ハルカとナツキもまた首を捻る。
 そんな中、口を開いたのは、俺たちの中でコミュ力トップのユキ。
「確か、高松さんの下の名前が『さとみ』だったと思うよ? 漢字までは覚えてないけど」
 この卒そつの無さがコミュ力の源か。俺なんか、苗字を言われても相手の顔も思い浮かばないってのに。
 そしてそれはトーヤも同じだったようで、首を捻って考え込み、「どんな奴だっけ?」と呟いている。それに対し、さすがにナツキとハルカは、名前を言われれば思い出したようだ。
「高松さんって、ちょっと地味な感じの子よね?」
「はい。休憩時間なんかは、自分の席で雑誌を読んでいたりした気がします。関わりが無かったので、良くは知らないのですが」
 そこまで言われて、ようやく俺も記憶の中から掘り起こせた。
 やはり俺と関わる事は無かったし、まともに話した記憶も無いのだが、長い黒髪のおとなしい女子だった様な気がする。
 あの高松が宗教ねぇ……異世界デビューだろうか?
 信者が集まっているのなら、それは成功と言えば成功なのかもしれないが……。
「その高松が、新しい宗教を作ったってぇわけか」
「まだ解らないけど、その可能性は高そうよね」
 偶然俺たちがやってきたタイミングで新興宗教が興り、その場所が偶然俺たちのいる街の隣で、その名前が偶然サトミー。――もう、必然と言って良いんじゃね?
「ま、取りあえず、その教団が本当に高松さんが関わっているかは置いておくとして、新興宗教が作っているような聖水に効果があるの?」
「解らないけど、売れてはいるみたいだよ? なぜか」
「なぜかというか、貰ったスキルで何か怪しいことをしてるんじゃないかと思うんだけど……」
「……もしかして、アエラさんを騙したのって、高松なんじゃ?」
「可能性はありそうね。アエラさんもなぜかコンサルタントを受け入れてしまったみたいだし」
 どういうスキルかは解らないが、なかなかに厄介そうである。
 ホント、関わりたくねぇ……。
 でも、隣町なんだよなぁ。
 その町の先には、このあたりを治める領主がいる領都があるし、そこは近辺では一番の都会。恐らく、全く近づかないというのも難しい。
「あと、追加情報。南の町には、トウモロコシがあるみたい」
「トウモロコシ……? あぁ! そういえば家庭菜園」
 ドヤ顔で言ったユキの言葉に、一瞬、「それが?」と思ったのだが、何ヶ月か前にそんな話をしていたことを思いだした。
 家を手に入れたときに作った家庭菜園エリアと花壇だったが、未だにそこはカラッポのまま。
 季節的に植え付けに向いていなかったこともあるが、ラファンの雑貨屋では花や農作物の種が売っていなかったのだ。
 頑張って探せば見つかるのかも知れないが、「普通は冬に種まきは無いよね」ということもあり、そこまで頑張って探してはいない。
 ただ、雑貨屋で話を聞いた感じでは、農作物の種は農家が翌年用に自分たちで保管する物で、店で買う物ではないらしい。売っている物がそのまま種になる作物は別として、入手したければ農家と直接交渉するのが一番と言われてしまった。
 更に、観賞用の花卉かきとなると、庶民で栽培する人はほぼ皆無。
 貴族用の店などから仕入れるか、自分で草原や森に出向いて採取してくるしかないとか。
 そんなわけで、「ガーデニング!」と意気込むユキの気持ちに反し、うちの花壇は荒野のままなのだ。
「う~ん、新興宗教は関わらなければ問題ないかしら? トウモロコシはともかく、錬金術の素材は手に入れたいし、ケルグに行ってみても良い気もするけど、どう?」
「良いんじゃね? 別の町に行ってみるのも面白いと思う」
「はい。新しい武器とかも手に入る可能性がありますし。あと、魔法の発動体も」
「そういえば、見つからなかったんだよなぁ、魔法の発動体」
 魔法を使う補助になるという発動体。以前ガンツさんとの話で出てきた後、一応探してはいたのだが、残念ながら俺たちのお眼鏡に適う物は見つからなかった。
 微妙な効果の物や、高価で杖型の物などはあったのだが、前者は大金を出して買うほどの価値は無く、後者は全員が武器も併用する俺たちからすれば使いにくい。
 幸い、切羽詰まっているわけでもなく、その結果、指輪やネックレス、ブレスレットなど、邪魔にならないタイプが見つかるまでは保留となったのだ。
「それじゃ、近いうちにケルグに行くということで。最後の報告はナオね。何か新しい情報はある?」
「おう。とっておきがな」
 あんまり期待できないけど、と言う表情を浮かべているハルカに、俺はドヤ顔を向ける。
 驚きも有用さも、恐らく俺が一番だろう。
 自信ありげな俺の様子に、訝しげな表情を向けてくるハルカたちが聞く態勢になるのを待ち、俺はもったいぶって口を開いた。
「俺は、神に出会った」

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138.md

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138 アジトを探せ! (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
周辺の森で轍の跡を探し、トーヤを留守番にして盗賊のアジトを探しに行く。
森の中で掘っ立て小屋と5頭の馬、それに2台の馬車を発見する。
汚い小屋の中でナオは鍵のかかった頑丈な小箱を見つける。
「ぷはぁぁぁ」
「お疲れ様。なにか……あったみたいね?」
「あぁ。これだけだがな。そっちは?」
「思ったよりも良かった、と言うべきかしら。片方の馬車には金属――それも、魔鉄とかが載っていたわ」
「魔鉄……運が良いと言うべきか?」
「私たちにとってはね。犠牲になったと思われる商人さんには気の毒だけど」
 まぁ、盗賊が持っていたと言っても、元は商人から奪った物だからなぁ。
 可哀想だとは思うが、そんな役得でも無ければ普通の冒険者は、なかなか盗賊退治なんて依頼は引き受けないだろう。
「あちらの馬車は大した物はありませんね。……あ、ナオくん、お疲れ様です」
「ナオ、ごめんね? 残念ながら、食料品と多少の雑貨類だったよ」
 そんな事を言いながら、もう1つの馬車の中からナツキたちが出てきて、こちらへと戻ってくる。
「あんまり期待はしてなかったし、魔鉄がある分、上出来じゃないか? 後はこの箱だが……ナツキ、開けられるか?」
「ちょっと待ってください。――【解錠】スキルが役立つのは初めてですね。……開きました」
「早っ!?」
 鍵がちゃちなのか、ナツキのスキルが凄いのか。
 道具を取り出して鍵が開くまで僅か10秒ほど。
 開かなければ叩き壊すかなぁ、などと思っていたのだが、そんな心配は不要だったらしい。
「でも案外役に立たないですよね、【解錠】スキル。【罠知識】も【毒耐性】も【病気耐性】も、今のところ役に立った実感無いですし……ちょっとスキル構成、失敗したかな、なんて思うこともあったのですが」
「そのスキルは役に立って無くても、ナツキ自体は十分以上に役に立っているから、良いんじゃないか? ――あ、いや、役に立っているなんて言い方はちょっと不遜だったな」
「いえ、そんなことは。嬉しいです。ありがとうございます」
「いや、べつに……」
 嬉しそうに微笑むナツキに何となく気恥ずかしくなって、視線を逸らす。
「おやおや~? 良い雰囲気になってるのはここですかぁ?」
「い、良い雰囲気とか、そんな……」
「そ、そうだぞ?」
 そう言う俺たちを面白そうな表情で見たユキが、ちょっと笑って肩をすくめた。
「ふ~ん? そうなの~? ま、最初のスキルが、とか言ったら、あたしの方がアレだしね」
「そうだな」
「そうですね」
「そうね」
「え、えぇっ!? ひどい! 今はあたしをフォローする流れじゃなかった? なかった?」
「なかったわね」
「なかったな」
 俺とハルカ、当然とばかりに頷く。唯一肯定しなかったナツキも苦笑を浮かべるのみ。
 『裏切られた!』みたいな表情を浮かべるユキだが、今の流れはオチ担当だろ。
 散々【スキルコピー】で弄られてるんだから。
 尤も、最初の頃はともかく、現在は十分以上に活躍しているのだから、その前の流れが無ければフォローしてやっても良かったんだが……いや、甘やかしは良くないな、うん。
「くっ! 良いもん! あたしはこの箱開けちゃうから! さてさて~、何が入っているかな~?」
 誰からもフォローを得られなかったユキは、気を取り直したように、ナツキが鍵を開けた木箱の蓋を開ける。
 ユキの肩越しに、俺もそれを覗き込んだ。
「……金貨、だな。大金貨も数枚ある」
 順当にと言うべきか。箱の中に入っていたのはお金だった。
 取り出して数えてみると、大金貨が十数枚に、金貨が数十枚。
 それなりに大金だが、『それなり』でしか無いと言えば無い。
 冬の間、俺たちは1日でこれ以上に稼いでいたし。
「魔鉄とかと合わせれば、報酬としては悪くないわね。依頼料自体はあまり期待できないから」
 木箱から取り出した金貨を袋に詰め直して、マジックバッグに収納しつつ、ハルカがそう言う。
 今回の依頼料は、回収したギルドカードの数と、そのランクで支払われる予定になっているのだが、所詮は盗賊になるようなランクの冒険者、そこまで高い報酬は期待できない。
 こうやって回収できる物も考慮しての報酬であるため、ある程度は仕方ないのだが、あまり良い物が無ければなかなかに割の合わない依頼になってしまうのだ。
「この小屋はどうするの?」
「燃やしておきましょ。残しておいて盗賊とか魔物の住処になると困るし」
「汚物は消毒だ~、的な?」
「……まぁ、そんな感じ」
 ユキの言い方に、ちょっと呆れたような表情を浮かべつつ頷くハルカ。
 まぁ、確かに中は汚かった。汚物と言って文句を言う奴らは、すでに灰になっている。問題は無い。
「それでは、馬車に馬を付けて、移動させましょう」
「その前に、馬車の荷物は一度、マジックバッグに入れてしまいましょ。馬車を引いて行くにしても、軽い方が馬の負担も少ないでしょうし。特に魔鉄とかは重いから」
「そうですね。馬車は……2頭立てと1頭立てみたいですね。もう2頭が引いていた馬車はどうしたんでしょう?」
 確かに馬が2頭余るな。
 馬車を牽くための馬具は、馬車の荷台に置いてあったが、その数は3つしかない。
「馬に乗って移動していた、とか?」
「それなら鞍くらがあると思いますが、ありましたか?」
「……いや、無かったと思う」
 俺視点ではゴミばかりだったが、さすがに鞍が置いてあれば気付く……よな?
 チラリと掘っ立て小屋に視線を向けるが、もう一度あの中に入るのは嫌だよなぁ……うん、鞍は無かった。
「襲撃で馬車が壊れたのでしょうか?」
「裸馬には……乗らないよな?」
「この世界にも鞍と鐙あぶみはあるから、それは無いでしょ。……ちょっと残念ね。馬、乗ってみたかったんだけど」
「いや、鞍があっても、素人が指導者もなしに乗るのは危なくないか?」
「今の身体能力なら大丈夫じゃないかな? ここの馬はサラブレッドよりもガッシリ、ドッシリした感じだし」
 ユキも乗ってみたかったのか、ハルカに賛同するようなことを口にする。
 確かにここで使われている馬は、競馬で見かけるような馬とは異なり、足も太くて身体の大きさもやや小さい。どちらかと言えば、道産子のイメージに近いだろうか。
 今の身体であれば、仮に振り落とされても大した怪我もしそうには無いが……さすがに裸馬は無いよなぁ。
「そういえば、ナツキは馬に乗ったことがあるんだっけ?」
「あると言えば、ありますね。しっかりと調教された馬を、管理された場所で走らせるだけですが。なので、あまり乗れると胸を張って言える物では……」
 おぉ、さすがお金持ち。
 ナツキは遠慮がちにそう言うが、一般人は馬になんて乗ったことないからな?
 観光牧場とかは別にして。――あ、でも俺、馬は無いけど、駱駝らくだは乗ったことあるわ。鳥取砂丘で。
 何の役にも立たない経験だけど。
 でも今にして思えば、鳥取砂丘って砂浜で、暑い砂漠にいる駱駝とは何の関係も無いよな?
 砂があるから駱駝って、ちょっと発想が安易じゃないだろうか?
「まぁ、乗るにしても鞍を手に入れてからよね。ただ、自分たちで飼うべきかどうかは……う~ん、どうかしら?」
「冒険者なら馬車を持っていても良い気はするんだが、実用面では微妙だよなぁ」
「そうだよね。荷物運びにはマジックバッグがあるし、移動速度は自分たちで走る方が速いし」
「のんびり移動するのであれば、疲労面では少しは利点がありますが、乗り心地、悪いですよね、馬車って」
「想像以上にな。サスペンション、ゼロだから」
 ここまで半日ほど、ギルドで借りた馬車に乗って移動してきたわけだが、その乗り心地はお世辞にも良いとは言えなかった。
 車輪と荷台の間にサスペンションは無く、座っていると、地面の凹凸がそのまま尻に響く。
 仕方ないので、マジックバッグに入っていた毛布などを重ねて座っていたのだが、それよりもむしろ立っている方が楽なぐらい。つり革でも導入して欲しいぐらいである。
 もし馬車を導入するのであれば、せめて板バネぐらいは付けないと、使う気にはなれない。
「維持費も考えると……割が合わないかしら?」
「そもそも、俺たち、遠出しないよな?」
「……そうね。必要となったときに考えましょ」
 根本的問題に突き当たり、馬車の問題は棚上げされた。
 ただのペットとして飼うには、馬はちょっとデカすぎるもんなぁ。
「それじゃ、ナオはその2頭を少し離れたところに繋いできてくれる?」
「了解」
 ハミと手綱だけは頭数分あったので、馬車に使わない2頭にそれを取り付け、柵から出してやや離れた場所の木へと繋ぎに行く。
 昨日ギルドで受けた講習のおかげで、このぐらいは馬に乗ったことのない俺でもできるのだ。
 その間にハルカたちが馬車に馬を取り付け、その後、荷台の荷物を協力してマジックバッグの中へ。そして軽くなった馬車も、俺が馬を繋いだ場所まで移動させた。
「それじゃ、やりましょうか」
「おう!」
 扉を開けた小屋の中にナツキ以外の3人で『火球ファイアーボール』を放り込むと、ドンドンドンと音がして、すぐに小屋が燃え上がった。
「おー、良い燃えっぷり」
「そうだねー」
 なかなかに良く乾燥していたのか、見る見るうちに家の形が崩れて行く。
「2人とも、見てないで、柵も壊してしまいましょう」
「あ、そうだね」
 しっかり自然に帰すべし、とばかりに、馬を入れていた柵も蹴倒して、小屋の残骸へと放り込む。
 ついでに『火球ファイアーボール』も適度に放り込んでいると、30分も経たないうちに多少の炭が残るまでに燃え切ってしまった。小屋の中には壷もあったはずだが、『火球ファイアーボール』を放り込んだときに砕けたのか、跡形も無い。
「これぐらいやれば十分でしょ。後は消して……『消火エクスティンギッシュ・ファイア』。うん、これで火災の心配も無いわね」
 一瞬で鎮火した燃えあとを、ハルカが満足そうに見る。
「地味に便利だよな、その魔法」
「そうね。私たちだと水魔法でも良いとは思うけど、ある意味ではこちらの方が確実よね。水だと、しっかり消えているか確認が必要だから」
 『消火』の場合、指定範囲の火をしっかりと消してくれるが、水魔法で火を消す場合は、やっていることは消防車で水を撒くのと同じである。
 実際の火災現場で、火が消えていてもかなり念入りに水を撒いているように、案外火種が残っていたりしてあとで発火することがあるのだが、『消火』であれば、その心配が無い。
「それでは戻りましょうか。トーヤくんも大分待たせていますし」
「だね。1人で暇してるんじゃないかな?」
「いやぁ、トーヤのことだし、訓練でもしてるんじゃないか?」
「あり得るわね」
「ですね」
 そういうところ、案外真面目だからな、あいつ。
 俺たちは慣れない森の中での操車に少し苦労しつつ、来た時よりも多くの時間を掛けてトーヤのところに戻ったのだった。
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