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095.md

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095 ……面倒くさい
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
シモンさんたちに振る舞った魚入りのうどんもどきは好評だった。
食後に南の森へ向かうと、多くの木こりと護衛の冒険者が仕事中。
それを観察していると、突然声が響いた。
 そちらに視線を向けると、俺たちを指さして驚愕の表情を浮かべた男の冒険者が立っていた。
 うん? 作業場所からは距離を取っているし、別に邪魔になってないよな?
 俺は首をかしげ、ハルカたちと顔を見合わせる。
「知り合いですか?」
「……いや」
 かなり薄汚れ、汗まみれになっている無精髭が生えた男の顔を見るが……こんな奴、知り合いにいたか?
 冒険者ギルドぐらいでしか知り合う機会も無いと思うが、あんまり顔を出してないし、テンプレ的に絡まれるイベントも起きていない。
 酒場なんかにも行かないので、そちらでイベントに巻き込まれることもない。
 あとは……門番でハルカに色目を使った男がいたが、アイツは冒険者じゃないし……。
「紫藤と古宮、だよなっ!?」
「ん?」
 コイツ、クラスメイトか!?
 見た目オッサンなんだが。街道で出会ったら、盗賊と判断して攻撃を仕掛けてしまい兼ねないほどに。
 格好、かなり汚いし。
「ってことは、残りは東と永井、神谷か!」
 ほぼ変わっていないユキとナツキを見て、それからいつも一緒に居た俺たちを連想したようだ。俺たちの顔がすぐに判らないって事は、あまり親しくないヤツか。
 ちなみに、一番外見が変化しているのは俺のような気がするが、それでもナツキやユキがすぐに気付く程度である。顔だけでなく全体で言えば、耳と尻尾が生えたトーヤが一番だろうが、トーヤは顔自体はさほど変化していない。
「ユキ、知り合い?」
「知らないかな?」
「俺、俺! 徳岡!」
「………………あぁ」
 かなり長い沈黙の後、そう言って頷いたユキだが、その顔は良く覚えていないという顔である。俺知ってる。
 もちろん俺は同じ男子。徳岡のことは知っている。
 クラスメイトで教室の右前の辺りに座っていた。そして…………うん、そんな感じ。
 細かいことはどうでも良いよな? 決して覚えていないわけじゃないぞ?
「え、何? 紫藤さんたちなの?」
「マジで!? うわー、久しぶりー」
 そして近づいてくる似たような男が2人。
 崩れた表情で――いや、遠慮無く言えば下卑た表情でハルカたちに視線を向けている。
 誰だ、コイツら?
 人族だから、容姿はさほど変わってないはずなんだが……無精髭のせいか判らん。
 ちなみに俺は、こちらに来てからかなり髭が薄くなっているが、それでも伸ばしていると女性陣からの受けが悪いので、トーヤと共に毎日きちんと剃っている。
「………?」
「前田だ」
「岩中です」
「……うんうん、前田君と、岩中君ね」
 誰か判らなかったのはユキも同じだったらしく、紹介されて頷いているが、この2人もイマイチ印象に残っていなかった感じか?
 俺は……岩中は確か、成績は良かったよな? ユキやナツキに匹敵する程度には。
 ガリ勉って感じではなかったし、容姿も比較的整っていたので、比較的女子に人気はあった気がする。
 前田の方は……多少運動が得意なヤツだったか?
 あまり付き合いがなかった奴らなので、殆ど情報がない。
「紫藤さんたちは今日こっちの森に来たの?」
「うん、まぁ、そうかな?」
「え、今頃? 俺たち、もう1ヶ月はこっちで活動してるぜ?」
「そうそう。東の森は物足りなかったからな。宿も、もう個室を使えるようになったしな!」
 そう言いながら、俺とトーヤの方に揶揄するような視線を向ける3人。
 ふむ。物足りなくて南の森に来て、やってることが丸太運びなのか?
 そして、個室は自慢するようなことか? そりゃ、大部屋で雑魚寝はキツいだろうが、俺たち、そんな宿に泊まったことは無いぞ?
 面倒くさいから、指摘はしないが。
「あ、そうだ! 紫藤さん、僕たちのパーティーに入りなよ! 僕たちの方が将来性あると思うよ?」
 おっと、いきなり勧誘し始めたぞ? 俺たちを無視して。
「それ良いな! あの程度の森に2ヶ月以上掛かるんじゃ、上に行けないぜ?」
「そうそう。東と古宮も。東の森ならどうせ大部屋だろ? 俺たちと一緒なら個室に泊まれるぜ?」
 そんな事を口にして、ハルカに手を伸ばした前田だったが、ハルカは冷たい視線を向けてスッと距離を取る。
「あり得ないわね」
「ちょっと臭いがきついので、近づかないでくれますか?」
「あはは、それは絶対あり得ないかな?」
「なっ!」
 冷たい笑みを浮かべながらきっぱりというナツキに、明るく笑いながらもちっとも笑っているようには見えないユキ。
 この2人に比べれば、冷たい表情できっぱりと断るハルカの方がまだマシかもしれない。断られた方の精神的には。
「何でだよ! ここは日本じゃ無いんだぜ!? 力が無いと危ないって事すら解らないのか?」
「今頃こっちに来るって事は、冒険者ランクも低いだろうが!」
「あなたたち、成績は良かったですが、この世界ではそれだけでは稼げないこともわかりませんか?」
 断られると思っていなかったのか、憤慨して声を荒げる徳岡たち。
 と言うか、あんな誘い方でハルカたちが「うん、そうする~」とでも言うと思ったのか?
 よっぽど頭がカラッポでもなければ、あの誘いに乗る方がおかしい。
「え、徳岡君たち自身の方が危険そうだし?」
「不潔な人はちょっと」
「こんな所で丸太運びしてる人に、稼げるとか言われても、ね?」
「だよね。それに、こんな所で無駄話してて良いの?」
「不真面目な人はどうかと思いますね」
「そんな格好で、『俺たちは上に行ける』みたいなこと言われても……ふふっ」
「ですよね。まずは身なりを整えることからじゃないですか?」
「ま、もし稼いでいてもあり得ないかな? 生理的に?」
 ハルカたち、怒濤の勢い。
 ボコボコである。
 俺とトーヤは顔を見合わせてため息をついた。
 俺たちが変に口を出してヒートアップしないように、2人して黙っていたのに、無駄だったようだ。見る見るうちに徳岡たちの顔が赤くなっていく。
「……てめっ!」
 前田がそう言って腰の短剣に手を伸ばそうとする。
 と同時に俺とトーヤも武器を持つ手に力を入れたのだが、その瞬間、怒声が響いてきた。
「くぉら! 新入り! いつまでくっ喋ってやがる!!」
「「「は、はい!」」」
 すぐさまビシリと背筋を伸ばして返事をする徳岡たち。
 視線を向けると、ガンツさん以上にムキムキのオッサンが腕組みをしてこちらを睨み付けていた。いや、こちらというか、徳岡たち3人を、だな。
「ほら、呼んでるわよ」
「お仕事、頑張ってね~」
「……くそっ! 覚えてろ!」
「おい!!! まだか!!」
「「「はい!!」」」
 捨て台詞を吐き、俺たちを睨み付けた徳岡たちだが、オッサンにもう一度声を掛けられると良い返事をして急いで走って行った。
 しかし、ハルカたちに対するよりも、ずっと黙っていた俺たちの方にきつい視線を向けていたのが釈然としない。
「やれやれ、下手なナンパみたいな人たちだったわね」
「だよねぇ。クラスメイトであんな人いたんだ? 名前ぐらいしか知らないけど」
「岩中君は真面目そうな印象だったんですが……成績ぐらいしか知りませんけど」
 肩をすくめてため息をつくハルカに、結構酷いことを言うユキとナツキ。
 まぁ、俺もあいつらのことはよく知らないので、似たような物なのだが。
「しかし、ナオ、私たちが勧誘されてるんだから、身体を張って止めるべきじゃない?」
 やや不満そうなハルカに、俺とトーヤは顔見合わせ肩をすくめる。
「いや、相手が力尽くでならそれもやぶさかじゃないが、あの状況、下手に口を挟んだら余計にヒートアップするだろ? なぁ?」
「そうそう。あれはそのタイプだよな。オレたちがいることを知っていてやってるんだから」
 ハルカたちがナンパされるという場面に遭遇する機会というのは、幸か不幸か、日本に於いても頻繁にあった。
 俺たちが出て行くと素直に引く、ある意味でお行儀の良いナンパと、それでも固執する悪質なタイプ。
 後者の場合、男の俺たちが口を出すと遠慮がなくなるせいか、妙にヒートアップしてしまうのだ。なので、基本的にはハルカたちに任せ、適当なところで双方を宥めてから別れるぐらいがちょうど良い。
 俺たちが当事者になってしまうと、退きどころがつかめず、警察のお世話になってしまった事もあるのだ。相手側が。
 ただ、いくら俺たちが被害者でも、警察への事情説明に時間が取られ、その日の予定はすべて潰れてしまった。やはり、トラブルは回避するに限るよな。
「確かに、ちょっと面倒な手合いだったわね」
「最後なんか武器に手を掛けようとしてたよ?」
「まぁ、面倒な元クラスメイトはどうでも良いじゃないですか。もう関わることも無いでしょうし」
 ナツキは首を振ってそう言うが、本当にそれだったら良いんだがなぁ。
 だがそれを口に出すと、妙なフラグになって、また絡まれそうな気がする。できるだけ会わないようにするに限るな。うん。
「なら、早く移動しようぜ。のんびりしてると、また戻ってくるかもしれないぞ?」
 徳岡たちはマッチョなオッサンに追い立てられるように森の中へ入っていったが、あんまりここにいたら、また丸太を担いで戻ってくるかもしれない。
「そうね。木こりの人たちがいない場所まで南下して、適当な場所で森に入りましょ」

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096.md

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096 訪問、南の森 (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
元クラスメイトの男子、3人に出会う。
ハルカたちを勧誘するが、きっぱりと断る。
トラブルになりそうな所で、他の冒険者に呼ばれた3人は仕事に戻る。
 およそ500メートルぐらいか。
 徳岡たちと会った場所から南下して、人がいなくなった場所から俺たちは森へと入った。
 このあたりの木々は東の森と少し違い、比較的真っ直ぐに幹が伸びている。
 植樹された杉やヒノキみたいには真っ直ぐではないが、比較的自由に枝を伸ばしている印象のあった東の森の木々とは種類が違うのかもしれない。
 ただ、葉っぱは大分茶色になっているし、その形も針葉樹の物ではないので、広葉樹であることは間違いなさそうだ。
「時期的には、木の実とか期待したいな。胡桃とか、栗とか」
 楽しそうな表情で木の上や地面に視線を走らせるユキ。
 俺も地面を探すが、木の実っぽいのは、1センチに満たないようなどんぐりみたいな物のみ。胡桃も栗も見当たらない。
「あっても良さそうだけど……」
「どうかしら? 栗も胡桃も木材としては優秀だし、家具の材料としては適してるけど……。ところでナオ、栗はともかく、胡桃の実ってどんなのか知ってるの?」
「え? あのしわくちゃなヤツだろ? 硬いヤツ」
 殻付きの胡桃を買う機会なんか無いが、それぐらいは知っている。
 あれを割れば、おつまみのミックスナッツに入っているあれが出てくるのだ。
「間違っては無いけど、決してあれが木の枝に生っていたり、地面に転がっているわけじゃないからね?」
「え?」
 違うのか?
 驚いてハルカに顔を向けると、ハルカだけじゃなくユキとナツキも微妙な表情で微笑みを浮かべていた。とっさにトーヤに視線をやると……よし、トーヤはこっち側だ。
「一般的に見る胡桃は、種の部分なんです。食べるのはその中の仁の部分ですね。ですから、あの殻の表面には果皮が付いているんです。種類によっては果皮が割れて中身だけ落ちる場合もありますが……」
「アーモンドなんかもそのタイプだよね。と言うか、ナッツ類ではドングリとか栗の方が少数派?」
 あんまりナッツの生り方を気にしたことは無かったので、何となくあれがそのまま生っていると思ったのだが、違ったらしい。
「じゃあ、どうやって探せば?」
「胡桃は梅みたいな実なんですが……木の方をチェックするのが良いかもしれませんね。【ヘルプ】ありますし」
「なるほど!」
 盲点だった。
 小さい木の実を探すより、元の木を探す方が簡単だよな。
 そう思って周りの木をチェックしてみると、所々に栗や胡桃の木が生えている。
 ただし、その下を見ても木の実は落ちていない。いや、よく見ると虫に食われて腐った物や踏み潰されたイガは落ちているのだ、肝心の木の実は無い。
「なぁ、これって誰かが拾ってるよな」
「誰かと言うより、冒険者だよな、確実に。恐らく、木の実の収集依頼とかがあるんだろうな」
「胡桃は食べる以外にも、油を取って家具作りにも利用できますから」
「つまり、森の浅いところで集めるのは無理、って事ね」
 東の森に比べると魔物が多いと言うことだが、入ってすぐでは俺の索敵範囲にもヒットする対象はいない。つまり、安全に収集が出来ると言うこと。無くなるのも当然だろう。
「ナッツの回収は主目的じゃ無いけど、取りあえずは奥に行ってみましょうか。トーヤとナオは索敵、お願いね」
「らじゃ。初めての場所だから、注意する」
 事前調査ではさほど強い魔物はいないということだったが、注意一秒、怪我一生である。
 俺たちは少し緩んでいた気持ちを引き締め直し、きちんとした隊列を組んで森を進んでいく。
 東の森よりも魔物が多いというだけあり、歩き出してしばらくすると索敵範囲に魔物の反応が捉えられたが、討伐が目的では無いのであえて近づくことはしない。
 それでも近づいてくるゴブリンに関しては、さっくりと処理。
 ユキとハルカも火魔法が使えるようになったことで魔力的にも余裕があるため、これまでは放置していたゴブリンの魔石も、頭に『火矢ファイア・アロー』を叩き込んで回収している。
 普通のゴブリンの魔石はさほど高く売れないが、それでも全員のランチ代程度にはなる。ホブゴブリンや他の上位種なら、それの倍以上になるので、是非に回収すべきだろう。
 まぁ、それでも手作業で脳みそを抉り出さないといけないのなら、躊躇するところなのだが、『火矢ファイア・アロー』なら、頭を貫いて魔石だけ回収できるからちょっとハードルも下がる。
 だが、何で一部の魔物のみ、頭に魔石があるんだろうね?
「しっかし、ゴブリン以外出てこねぇな?」
「はい。ゴブリン・スカウトとか、ゴブリン・ファイターという上位種は出てきましたが……」
「あんまり強くなかったね?」
 上位種と言うだけに、ホブゴブリンよりは強いのだろうが、槍で急所を一突きすれば普通に死ぬので、オークよりもたやすい。
 何より重量が無いので、対峙していても気が楽。
 オークの場合、ボディーアタックされてしまうと、斃せたとしても大怪我だから気が抜けないのだ。
「魔物としては、ブランチイーター・スパイダーとスラッシュ・オウルがいるのよね?」
「はい。ただ、ブランチイーター・スパイダーに関しては、索敵で先に見つけられれば、さほど脅威では無いと思います」
 この魔物はその名前の通り、木の枝を囓る性質のある蜘蛛なのだが、これは枝自体を食べるためではなく、獲物を狩る道具として使うための行為である。
 まず最初に、粘着力のあるクモの糸を枝に巻き付け、その枝を囓って折れやすくしておく。
 その状態で猿などが乗れば、枝が折れて糸に引っ付いた状態で落下することになる。
 それで死ねば良し、死ななければ落下ダメージで動きが鈍っている隙に更を糸を搦めて、動けなくなったら牙で止めを刺す。
 もしくは、そういった加工をした枝の下を獲物が通りがかったら、枝を落下させてその獲物にぶつける。後は先ほどと同じ。糸を追加して動きを制限し、攻撃。
 前者は木に登らなければ関係ないので、ほぼ人には影響が無いのだが、後者の方は、希に単独行動している木こりや冒険者が餌食になる事がある。
 だがこれは【索敵】で先に敵を見つけるか、仮に見落としても、複数人である程度の距離を空けて移動していれば、すぐに助け出せるので、大した脅威では無い。
 手の届く場所に出てくれば、ブランチイーター・スパイダー自体はさほど強い魔物ではないのだから。
 ただ、木の枝を食害する性質から林業の面では厄介者なので、討伐証明を冒険者ギルドに提出すれば報奨金が出る。
 大した額ではないが、見つけたら狩っても良いかな? と思える程度には貰える。
「スラッシュ・オウルも強くはないらしいが、若干不安はあるよな」
「切り裂き攻撃か……」
 スラッシュ・オウルの怖いところは、低空から無音で一気に近づいて、切り裂いていくこと。
 どういう原理か、翼の一番外側の羽の切れ味が素晴らしいらしく、すれ違いざまにその羽で攻撃していく。
 腕を切られるぐらいならまだ良いのだが、運が悪いと頸動脈をスッパリとやられ、死に至る。
 厚手の革を切り裂くほどには鋭くないみたいなので、俺たちも顔や首を狙われなければ問題は無いのだが……。
「ネック・ガードでも付けた方が良いかな?」
「頸動脈でも、治癒魔法があるから死にはしないと思うけど……」
「仲間が即反応できれば、ですね」
 血管をすぐに繋ぐことができるわけだから、問題になるのは出血量か。
 切られたときに、とっさに手で押さえられるものかな? 急速な血圧低下による貧血で意識を失う可能性もありそうだが。
「ま、出会って危なそうなら考えましょ」
「そうだな。いくら速いって言っても、一瞬で何十メートルも移動することは無いだろ」
 【索敵】で捉えることさえできれば、十分に対処可能なはず。
 もし対処できないような速度で移動するのであれば、護衛付きでも木こりが森に入る事なんてできないだろう。
            
「前方5メートルぐらいにいるはずだが……」
 【索敵】でブランチイーター・スパイダーらしき反応を捉えた俺たちは、少し進路を変更して確認に来ていた。
 スキルのおかげでおおよその位置は解るが、木の枝が邪魔になっていて俺の所からは見えない。いると判っていてこれなのだから、普通ならなかなか見つけられないだろう。
「ナツキ、見えるか?」
「そうですね……。――っ!」
 俺の言葉にナツキが樹上に視線を走らせ、素早く槍を突き出す。
「これですね」
 そして引き戻した槍の先端には、30センチほどの黒い蜘蛛が串刺しになっていた。
 まだピクピクとは動いているが、一撃である。やはり、見つけることさえできれば雑魚と言ってしまっても良いかもしれない。
「でも結構判りづらいな? 見つけても、オレの剣じゃ届かないし」
「槍が無ければ、魔法か弓か……少し面倒ね」
「待ち伏せするタイプだから、回避はできるが……ちょっと勿体ないか?」
 雑魚なわりに魔石はゴブリンと同等、更に討伐報酬まであるのだから、『探して狩る』まではしなくても、遭遇したら回避せずに倒したい。
「それじゃ、蜘蛛の担当はナオとナツキね。よろしく!」
「別に構わないが……多分、全部ナツキがやることになるよな?」
 何匹も群れる敵ではないし、ナツキが先を歩いているのだから、あえて譲られない限り、俺の出番が無い。
「別に構いませんよ。苦労する敵でもないですから」
「そうだよなぁ、一瞬だったし。取りあえず魔石を回収するから、それ貸してくれ」
「はい」
 トーヤがナツキから槍を受け取ると、蜘蛛を踏みつけて槍を抜き、討伐証明となる右前足と魔石を回収する。
「頻繁に出てくるなら稼げそうだが、そんなに多くは無いんだよな?」
「だろうな。まだ1匹だし」
 すでに1時間ほど歩いているが、見つけたのは1匹のみ。
 俺たちの歩くルートからあまり離れていない場所では、という制限は付くが、それでも数が多いとは言えないだろう。
 ラファンの街が懸賞金を掛けている効果が出ているのかもしれない。
 そこから更に奥に進むとスラッシュ・オウルとも遭遇したが、こちらも脅威では無かった。
 最初の1匹はバカ正直に正面から飛んできたので、トーヤが簡単に叩き落として倒してしまったのだ。
 【索敵】で把握できるため、事前に警告すれば、間違っても『首を刎ねられた!』みたいな状況にはならないだろう。
 ただし、ゴブリンとの戦闘中に後ろから襲撃されたときは、少し面倒だった。
 尤もそれも、ハルカが簡単に切り捨ててしまったので、よほどギリギリの戦いをしているときでも無ければ、問題は無さそうである。
「しかし、結構奥まで来たけど、あまり代わり映えしない森ね」
「魔物の出現頻度は上がってるが、その程度だよな。強い魔物もいないし」
「2時間ぐらいは歩きましたよね。魔物は結構倒しましたから、稼げないわけでは無いですが……」
 それなりの数の魔物を倒しているので、魔石の売却額は金貨10枚を超えるだろうが、効率が良いかどうかは微妙である。
 このあたりまで侵入すれば、索敵範囲に何グループかゴブリンらしき反応があるので、稼ぎでは無く、魔物の討伐と考えれば、効率は悪くないのだろうが……。
「一応、レベルアップには意味があるんじゃないかな? 魔物が一杯出てくるし? 魔物を倒す事による身体強化は実感してるでしょ?」
「それは、なぁ」
 フルマラソンを世界記録レベルで走っても、さして疲れない状態なのだ。
 こちらに来た当初から身体能力は上がっていたが、その時と比較しても明らかに違う。
 元の世界にいたときとは違い、毎日訓練をしているが、それだけで説明できるような上昇率ではなく、何らかの『不思議パワー』が影響していることは間違いないだろう。
「でも、それって、弱い魔物相手でも意味があるのか?」
「もちろん強い魔物を倒す方が良いと思うけど、ゴブリンでも意味が無いって事は無いと思うよ? そもそも、『ゴブリンだと経験値が入らない!』ってレベルまであたしたちが強くなったとは思えないし」
「安全性を高めるため、しばらくはこの森で討伐に明け暮れるのも手、かしら?」
「でも、殺伐とした生活ですよね、魔物を倒すのが目的の日々って」
 ハルカが思案するようにそう言うと、ナツキが少し苦笑してそう答える。
 トーヤは別に構わないって言う表情で、ユキは迷っているって感じか。
 俺としては、ゴブリンからの魔石の回収さえ無ければそれもあり、って感じなんだが……毎回頭を吹き飛ばすのは、なぁ。倒すためならともかく、死んだ後にだから、ちょっと気分良くない。
「……一先ずは帰りましょうか。森の様子も概ね把握できたわけだし、稼げる方法なども含めて、戻って相談しましょ」
「そうだな。またディオラさんに話を聞いてみるか」
 困ったときのディオラさん、ではないが、やはりこういう事は地元の人に訊いてみるのが一番だろう。
 俺たちは方針をひとまず棚上げにして、森の外へと引き返した。

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097.md

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097 訪問、南の森 (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
南の森を探索。
ゴブリンやブランチイーター・スパイダー、スラッシュ・オウルに出会う。
魔物の数は多いが、基本的には弱い。
「それじゃ、方針、決めましょうか」
「そうだな」
 ディオラさんに相談しようと決めた俺たちだったが、昨日は森から帰るのが遅くなったため、冒険者ギルドが忙しい時間に当たり、とてもそんな余裕は無かった。
 取りあえず魔石や素材などの売却のみ行い、今日改めてハルカたちが話を訊きに行ってきたのだ。
 その間、俺たちは訓練。
 その御蔭でレンガサイズのブロックが作れるようになったのだが……所詮手慰みに作った物だから、まぁ、どうでも良いことだろう。
 魔法で作ったブロックなので硬さは十分にあるのだが、その場所の土を使ったため、『土を固めただけにしか見えない』、『色が同じだから装飾性に欠ける』、『これなら土を盛り上げるだけでも良くない?』などとダメ出しを喰らったこととは何の関係は無い。
 ……くそっ、そのうち文句の付けられないブロックを作ってやる。
「えーっと、まずこの時期の冒険者の仕事だけど、やっぱり全体的に減るみたいね」
 このあたりはそこまで寒くはならないらしいのだが、それでもやはり影響はある。
 薬草類は枯れるし、人の行き来も減るので隊商の護衛の仕事も少なくなる。
「木こりの護衛も、冬場は仕事を休む人がいるから減るみたい。だから、一部の人はこの時期、もう少し南の街へ拠点を移すんだって」
 もう1月ぐらいは今の状況が続き、それ以降の2、3ヶ月ぐらいがそんな感じらしい。
 俺たちは木こりの護衛を請けるつもりがないから、あまり関係ないと言えば関係ないが、他の仕事で競合するか?
「採集系の仕事だと、ワックス・ビートルとハシキという木の実、あとは胡桃や栗だね」
「他にクットという木の実も採れるみたいですが、これはあまりお金にならないみたいです」
「知らない木の実だな?」
「以前、アエラさんのところで食べたランチに入っていたんですが……覚えてませんか?」
「……あぁ! あの美味しいヤツ! 何で金にならないんだ?」
 かなり美味しい木の実なのに。
「栽培しやすい木の実らしく、1本あれば、かなりの量が採れるみたいです。なので、庭のある家などは植えているみたいですね」
 一般庶民でも多少広い庭があれば何本か植えておいて、収穫した木の実を小遣い稼ぎに市場で売るため、わざわざ森から集めてきてもコストが見合わないようだ。
「あたしたちの家にも植えよっか? 広い庭があるし」
「いいな! おやつにちょうど良い感じだったし」
「収穫できるまで何年かかるのよ……」
「だよねー、植木屋さんなんて無いだろうし」
 桃栗三年柿八年、柚子のバカめは一八年っと。
 クットはどのくらいかかるのだろう?
「あ、いえ、実は生えてますよ、クットの木」
「え、そうなのか?」
「はい。見に行ってみると、何本か生えてました。元の住人もこの街の人ですし、きっと植えたんでしょうね。いくつか拾ってきてみました」
 そう言ってナツキがポケットから取り出して机の上に並べたのは、1センチぐらいの丸い木の実。ぱっと見はどんぐりをまん丸にしたような感じだが、帽子は無い。
 殻は……そこまで固くないな。栗はもちろん、どんぐりよりも柔らかいぐらいか? 爪を立てれば剥けそうなぐらい。
「これ、どうやって食べるんだ?」
「軽く煎って、皮を剥き、そのまま食べるか、塩を振って、ですね」
「よし、後で拾いに行こう」
「かなりたくさんありますから、私たちが食べる分ぐらいなら、1年分は十分にありそうですよ」
 俺たちなら保存も問題ないしな。
「拾いに行くのには別に反対しないけど、今は仕事の話でしょ」
「おぉ、すまん」
「ワックス・ビートルはその名前の通り、ワックスが取れる甲虫ね。大きさは10センチぐらいで、その羽を集めてくれば良いの。ハシキは話を訊いた感じ、ハゼみたいな感じかな? これも蝋が採れるんだって」
「いずれも家具作りに使われる素材ですが、ほぼ全量、輸入しているようです」
「……ん? つまりこのへんじゃ採れないって事じゃ?」
「いえ、このあたりでも採れるんですが、それが東の森の奥なんです」
「簡単に言えば、危険度と報酬が見合わない、ってこと」
 具体的には、俺たちの殲滅したオークの巣があった辺りから集めることができるらしいが、そこで採取しようとするならばオークを危なげなく斃せるレベルが必要になる。
 だが、オークが斃せるなら、オークを1匹狩ってくる方が簡単に稼げる。
 それなりに高く買って貰えるとは言っても、1日中採取してオーク2匹分に届かないらしい。
 ディオラさんにも「止めた方が良い」と止められたみたいだから、相当である。
「やっぱり『南の森ゴブリン惨殺行』か? 森の奥なら、まだ栗や胡桃も落ちていたし、それも合わせれば1ヶ月ぐらいなら程々に稼げるだろ」
「外聞悪いよ、その名前。『南の森クリーン作戦』ぐらいで」
「やることは同じだけどね」
 綺麗に掃除されるのはゴブリンたちって事だな。
「一応、マジックバッグ持ちならできる、季節問わずに稼げる仕事も教えてもらいましたが……ディオラさん曰く『これはお勧めできない』らしいです」
「それは?」
「この町の北、山脈の麓ふもと辺りで木を切ってくるんです。元々この街の家具産業は、あの辺りで採れる銘木から発展したものですから、とても価値があるんです」
 良い物であれば、1本で金貨100枚を優に超え、下手をすると1,000枚になる事すらあるらしい。
 ただし、運搬にはマジックバッグが必須であるし、周辺にいるのは手強い魔物。
 木を切り倒す以上、薬草やキノコのようにコッソリ採ってくるなんて事もできない。
 1本切るには時間も掛かるし、音も出るので魔物も寄ってくる。その間、守り切るだけの戦闘能力も必要となる。
「だが、それだけの価格なら、高ランクの冒険者が受けそうな依頼じゃないか?」
「金額としては悪くないんですが、そのランクでマジックバッグ持ちなら、この街に来なくても別の方法で稼げますから」
「割に合わないワケじゃ無いが、わざわざ拠点を移すほどの魅力も無いのか」
 ラファンの町はやや田舎にあるため、冒険者からすればあまり魅力のある町では無いらしい。
 町付近の魔物は弱く、安全みたいだから、生活するには悪くないのだろうが、確かに刺激には乏しいかもしれない。
 俺からすれば、徒歩1日の範囲にあの釣り場がある時点で、かなり魅力的な町なのだが。
「この世界には、ダンジョンとかあるんだって。冒険者には、そっちの方が人気があるみたい。何より、木材運びより、ダンジョンアタックの方が冒険者らしいしね!」
「ダンジョンは良いな! 俺もやりたい」
「オレも! ダンジョンとドラゴン、定番だよな!」
 ユキから提示された情報に、俺は思わず声を上げる。
 ゲームみたいな事は無いんだろうが、ちょっと憧れる部分はあるよな、やっぱり。
 やはり、ダンジョン都市みたいなところもあるんだろうか?
「ダンジョンはあたしも行ってみても良いけど、ドラゴンはナシかな? 出会ったら、多分死ぬし」
「そうね、別にダメとは言わないけど、もっと鍛えてからよね。私たちの冒険者ランクなんて、まだ2なんだし」
「うん、確かに」
 ハルカの言葉に一気に冷静になる。
 ダンジョンアタック、興味はあるけど命の方が大事。
 ドラゴンも見るだけなら見てみたいが、戦うのはゴメンである。
「それじゃ、しばらくの間は南の森で木の実を拾いつつ、ゴブリン討伐で良い?」
 そんなハルカの言葉に、他に選択肢も無いので、頷く俺たち。
 冬場はアイドリング的な活動でも別に良いだろう。
 気分的な問題を除けば、魔物を倒すことにも意味があるわけだから。
「ところで、徳岡たちはどうする?」
 今後の方針が一応決まったので、やや引っかかっていたことを話題にしたのだが、ハルカたちはよく解らないと言った表情で首をかしげた。
「どうするって?」
「なんか捨て台詞、残したじゃないか」
 確か「覚えてろ」みたいなことを言っていたよな? 俺の記憶違いじゃなければ。
 まさか、ユキが名前を覚えていなかったので『名前を忘れないでくださいね』という意味で言った言葉ではあるまい。
 日本であれば別に気にすることも無いのだが、なーんか、あいつら、倫理観が緩んでそうなんだよなぁ、行動的にも、口調的にも。日本にいたときはあんな行動をするようなタイプには見えなかったし。
「でもあいつら、そんなに強くないだろ? なんか自慢げに、『1ヶ月で南の森に移動した』とか言ってたが、オークを狩ってたわけじゃないみたいだし」
「そうね。妙なスキルを持っていないか心配な部分はあるけど、所謂チートスキルは無いから、あまり心配は要らない気はするわね」
 邪神さんの言ったとおり、地雷スキルはあっても、これまでの所、チートスキルには遭遇していない。
 『生き残る』という点からは【索敵】スキルがある意味チートではあるが、敵の場所と大まかな強さが判るだけなので、圧倒的に強い敵に狙われれば、逃げることも間に合わず死ぬことになるだろう。
 それに、1レベルで5ポイントのスキルが多い中、1レベルで10ポイントだったことを考えれば、ちょっと強力なのも頷ける。
「ですが、またナンパされるのも面倒ですね」
「できるだけで会わないようにしたいよね、不潔だったし、はっきり言って臭かった!」
「ユキさん、キッツい! それ、俺たちが恵まれてるだけだから!」
 あまりにはっきりと、男子が女子から言われるとダメージ甚大な言葉を口にするユキ。
 ――いや、性別は関係ないか。女子が男子から言われても、きっとダメージは大きいだろう。
 俺たちは光魔法のおかげで清潔に過ごせているが、それが無ければ、普通の冒険者は身体を拭く程度しか対処方法が無い。公衆浴場なんて整備されていないのだから。
 井戸で水浴びという方法もあるが、この季節になるとさすがに厳しいだろう。
 それを考えれば、情状酌量の余地はあるんじゃないだろうか?
「それでもあの汚さは無いかなぁ。髭も剃ってなかったし?」
「いやいや、髭を綺麗に剃れるレベルの刃物、維持するのも大変だぞ?」
「そうそう。オレたちも結構頑張ってるんだぜ?」
 はっきり言って、素人が研いだ刃物ではカミソリのように髭を剃るのは難しい。更に髭という物はなかなかに硬く、すぐに刃が鈍る。
 俺たちはガンツさんのところで購入した専用の刃物を、【鍛冶】スキル持ちのトーヤが日々メンテナンスして使っているが、それでも最初の頃は何度も失敗して血を流し、治癒魔法のお世話になっていた。
 流血沙汰の頻度で言えば、戦闘での回数よりも、髭剃りでの回数の方が多い。なんとも微妙なことに。
 電気シェーバーや安全カミソリのありがたさを実感した出来事である。
 一応、トミーに安全カミソリの作製を要望しておいたが、実現はできるのだろうか?
「あのもっさい髪の毛も……そういえば、ナオもトーヤも髪が伸びてきたわね。邪魔じゃない?」
「正直、邪魔。そろそろ切りたいんだが……」
 やや短めだった俺の髪も大分伸び、前髪が目に掛かるようになってきた。それだけの時間をこちらで過ごしたわけだよなぁ。
 ……うーむ、この街にも理髪店とかあるのだろうか?
「ハルカたちは綺麗だよな。もしかして切ってる?」
 ハルカがやや長めのセミロング、ナツキがロングで、ユキがボブカット。
 普段、ハルカは後ろで結び、ナツキはポニーテールにしているので、あまり気にしていなかったが、改めてみるとユキの髪型は崩れていないし、ハルカとナツキも前髪が変に長くなっていたりもしない。
「気付かなかったの? もちろん、切ってるわよ。自分たちでお互いにね」
 お互いとは言っても、ハルカが2人の髪を切り、ハルカの髪はナツキがハルカの指示の下で切っているらしい。
 ユキはと言えば、ハルカ曰く「ナツキの方が安心」、ナツキの方は、「ハルカがいるのに頼む必要なんて無いですよね?」とのこと。
「トーヤ、良かったら切ろっか? あたしが」
「何でだよ! 今の話を聞いてどうしてユキに頼むと思う!?」
「いや、練習がてら? 失敗しても丸刈りにすれば……いやダメか。エルフの丸刈りも、獣人の丸刈りもナシだわ」
「当たり前だ、ボケ! オレもハルカに頼むわ!!」
 やれやれ、みたいな感じで肩をすくめて首を振るユキだが、むしろそれはこちらの台詞だろう。トーヤが怒るのも当たり前である。
 獣人の頭が頭丸刈りで、耳だけ毛が生えているとかどんな罰ゲームかと。
 トーヤだけでなく、見る方からしてもある意味罰ゲームである。
 まぁ、俺も丸刈りは嫌だが。
「それじゃ、後で私が切ってあげるわ。適当で良いでしょ?」
「ああ、それで頼む」
「そんなー」
 
 棒読みで、そんな抗議をしてくるユキ。
 本気で切りたいとは思ってないだろ、お前。
 
「そうだな……ユキの髪、俺に切らせてくれるなら――」
「ハルカ、頑張ってね! 今後カットは全部任せるから!」
 全部言い切る前に、良い笑顔で手のひらを返しやがった。
 尤も、『わかった』と言われても困るんだが。真っ直ぐ切るぐらいならともかく、ユキみたいなボブカットを俺ができるはずないし。
「ちったぁ、オレたちの不安、理解したか?」
「髪は女の命だよ!? 一緒にしないで!」
「……なんたる理不尽」
「薄毛に悩むオジサンたちに聞かせてやりたいな」
 意味合いは少し違うだろうが、彼らにとっても髪は重要だろう。
「まぁまぁ、髪は今後も私が切るから。ただ、プロじゃ無いから、ある程度は許容してね?」
「お前たちが変だと思わないレベルなら構わないさ」
「オレも邪魔にならなければそれで。……丸刈りはナシで」
「判ってるわよ。それじゃ、買った土地に行って切りましょうか。部屋で切ったら、掃除が大変だったのよね」
 ハルカたちは宿の部屋でカットしたものの、掃除機はもちろん、箒も無かったので、後片付けに手間取ったらしい。屋外であればそのへんは気にする必要が無いし、自分たちの土地であれば人目も気にならない。
「それなら今日は、ナオくんとトーヤくんの散髪と、クットの実の採集にしましょう」
「了解」
 それから場所を移動した俺たちは、大工の好奇の視線に晒されつつ散髪をしてもらい、手の空いている人はクットの実の採集に精を出した。
 ナツキの言ったとおり購入した土地にはクットの木が6本ほど生えていて、それには鈴なりと言う表現でも控えめなほどに実が生っていた。
 それらをあらかた回収した結果、俺たちは大きめのカゴに何杯ものクットの実を手に入れたのだった。

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098.md

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098 家を手に入れた!
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
今後の方針を、木の実が採れる間は南の森で魔物討伐しつつ、採取とする。
徳岡たちは基本放置。
髪が伸びてきたので、ハルカにカットしてもらう。
 翌日からは予定通り、討伐と採取に精を出す。
 地雷のありそうな伐採現場は素早く通り過ぎ、森の奥に侵入。そこで栗と胡桃を集めつつ、ゴブリン時々ブランチイーター・スパイダー。スラッシュ・オウルは襲ってきた場合のみ、適当に切り飛ばす。
 ハルカとユキも【短刀術】のスキルを得ているので、事前警告さえしておけば、スラッシュ・オウルはただの雑魚である。
 ただ、収入としてはやっぱり微妙だった。
 栗と胡桃は、入る人の少ない森の奥だけにそれなりに拾えたのだが、買い取り価格は思ったよりも低く、あまり足しにもならない。
 それに結局、『その程度の値段で売るなら、自分たちで食べた方が良くない?』という話になり、売ったのも1度切り。
 東の森と比べると魔物の数だけは多いので、討伐数は稼げるものの、オークと比べると得られる物の価値が低い。
 魔石とブランチイーター・スパイダーの報奨金の利益で、1日おおよそ金貨30枚ぐらい。
 1人あたり金貨6枚なので、生活は十分できるのだが、命を賭ける対価としてはちょっと少ない気もする。
 平均的な日本のサラリーマンでも、少し残業すればこのぐらいは稼ぐだろう。もちろん、賃金の手取りじゃなくて生産性で、だが。
 とはいえ、魔物を倒す事で金銭的報酬だけではなく、経験値的な物を得ているはずで、これも無駄では無いのだが、『賃金は安くても経験を得られた』とか言うと、急にブラック臭がするのはなぜだろう?
 そんな日々を過ごして8日間。
 途中2日ほど雨で休みにしたが、それ以外は毎日南の森で『クリーン作戦』を実行していた俺たちに、ついに待ちに待った知らせが届いた。
            
「これ、あたしたちの家なんだよね……」
「あぁ。ついに、ついに手に入れたな!」
「長かったね」
「そうだな。この世界にやって来て苦節――」
「お~い、変な小芝居してないで、入ろうぜ?」
 家の前でアホな小芝居を始めたユキとトーヤに、俺はツッコミを入れ、ハルカとナツキも苦笑している。
 苦労していないとは言わないが、この世界に来て僅か半年ほどでこの家を手に入れた事を考えれば、間違いなく順調で、『苦節』どころか、やや『あっさり』という印象すらある。
 家を引き渡された感動が無いわけではないのだが、外見的には1週間ほど前から変わっていない上に、作られている工程で何度も見ていたので少し今更感もある。
 内装も時々確認を求められていたので、どうなっているかは把握済み。中に入ってもビフォアーでアフターなアレみたいに、『なんということでしょう!』なんて感動は無いだろう。
 ただ、かなり立派な家ができたことは確か。
 外壁が白い漆喰で塗られた2階建ての洋館はかなり大きく、一見すると貴族の屋敷の様にも見える。
 庶民の家では板張りの壁が多い中、少しコストの掛かる漆喰を採用したのは、耐久性と気密性を確保するためである。日本の現代の建築のように、高気密・高断熱は無理だろうが、きっと板張りよりはマシに違いない。
 微睡みの熊亭はあまり気にならないが、作りが悪い建物だと、かなり隙間風が入ってくるのだ、板張りだと。
 ただし実用性重視なので、無駄な装飾などは一切無く、見る人が見れば貴族や裕福な商人の家との違いは、すぐに分かるらしい。
 だが、それで問題はない。
 俺たちはただの冒険者だし、無駄に金があると思われるより、安全だろう。俺の美的感覚から言えばシンプルながら、悪くない外見なのだから。
 これで代金は金貨1,100枚あまり。
 予算としては1,200枚だったのだが、特にトラブルも無く、途中で変な注文を付けるようなこともしなかったので、後金として払うのは500枚と少しで済んだ。
 他の物価と家の大きさから考えると安い気もするが、設備が全然違うので、日本と比べるのは無意味だろう。
 まぁ、日本でだって、都会じゃ無ければ2、3百万円で中古の庭付き一戸建てが買えたりするから、正にピンキリなのだが。
「しっかし、まさか、10代で一国一城の主になろうとは……」
 小芝居は止めたものの、少し感慨深げにそう口にするトーヤに、今度はユキからツッコミが入った。
「いや違うよ? あたしたち5人の共同の持ち物だよ? あえて言うなら5分の1城の主だね」
「わかってるよ! 気分だよ、気分!」
「いわゆるシェアハウスだよね、これ」
「普通は賃貸だけどな、シェアハウスするのって」
「ですが、数ヶ月で自分たちの家が持てるとは思いませんでした。サールスタットにいた頃には」
「あぁ、ユキとナツキは苦労したもんね……」
 その頃のことを思い出したのか、ナツキがちょっと目を潤ませて言葉を溢こぼし、ハルカがウンウンと頷きつつ、肩を抱く。
 この世界に於いて、あの賃金が真っ当かどうかは判らないが、俺たちからすればかなりギリギリすぎる額だった。
「だが、日本でも数ヶ月間、5人で働き続ければ家を買えないことは無いんだよな、よく考えると」
「私たちが未成年だとか、税金とか全部無視して、金額だけならね」
「家を買う場合、固定資産税や登録免許税、各種手続きの手数料など、案外必要ですしね」
 高校生だった俺たちからすれば家を買うなんて思考の埒外だったが、不可能って金額じゃ無いんだよなぁ、ハルカの言うとおり、色々無視すれば。
 後はまぁ、こういう状況じゃ無ければ、全員のお金をまとめて一緒に買うということもできなかっただろう。普通なら、バイト代を出し合って買うには高すぎる物だし。
「それじゃ、中に入りましょうか」
「そうだな」
 正面の扉を開けて中に入ると、最初にあるのはやや広めのエントランス。
 左右の壁に扉があり、左が応接間、右側がトイレになっている。
 突き当たりには左右に伸びる廊下があって、左側は奥から台所と食堂、リビングが並び、右側には研究・実験室4部屋と風呂になる予定の洗濯室がある。
 正面には2階に上る階段。2階は単純で左右に同じ部屋が5部屋ずつ並んでいる。一部屋の広さは20畳ぐらいでやや縦長。建物のサイズの関係で当初の予定より2部屋増えている。
 残っていた土台の上に四角い建物を建て、それを適当なサイズに区切っただけとも言える単純な構造である。
 遊び心は無いが、実用性は十分である。デザインがよくても、住みにくかったら何の意味も無いしな。
 但し、本当に何も無いので殺風景ではある。今後、家具やカーテン、絨毯などのインテリアは買いそろえていかないとダメだろう。
「まずは……自分の部屋を決める?」
「そうだね! 間取りは全部一緒だからどこでも良いと思うけど……誰か、希望ある?」
「違いなんて、階段に近いかどうかだけだよな?」
「それぐらいだな」
 積極的に場所を選ぶほどの差異も無い。
 そんなわけで、適当に左側の奥からユキ、ナツキ、ハルカ、俺、トーヤの順で部屋を割り当てる。
 一応、侵入者があった場合のことも考えて、階段に近い場所にトーヤと俺を配置したのだが、これに意味があるようなことには、なって欲しくないところだ。
 右側の5部屋は全部空き部屋。余裕があれば客間として使えるように整えるつもりだが、場合によっては倉庫などになるかもしれない。
「宿を引き払って、今日からこちらに移るのか?」
「私はそれでも良いけど、床の上で寝ることになるわよ、ベッドも無いんだから」
「……さすがに即日配達は無理か」
 量販店から組み立て式ベッドを買ってくるようにはいかないよな。
 野営の時はマントに包まって寝たわけで、数日ならそれでも問題は無いと思うが……。
「ベッドは受注生産だよ? シモンさんか、家を建ててくれた大工さんの誰かに頼めばすぐに作ってくれると思うけど」
「調理器具も揃えたいですね。野営用の物でもある程度は作れますけど、せっかく台所ができたんですから」
「そうね、そのあたりはこの後で買い出しに行きましょ」
「後は必要な家具も、ですね」
 まずは最低限必要な物を揃えるという方針で買い出しに出かけた俺たちは、最初にシモンさんのところで人数分のベッドと食堂のテーブル、椅子を注文した。
 受注生産なので、当然納品まで時間が掛かると思っていたのだが、訊いてみると、何の装飾も無いベッドであれば翌日には全員分揃えられるらしい。
 シモンさんには「面白みが無い」と言われたが、ベッドにゴテゴテとした彫刻があっても、掃除が面倒なだけである。そういった物は貴族相手に薦めて欲しい。丈夫で実用的であれば何の問題も無い。
 尤も、ユキは天蓋付きベッドを薦められて、やや心が揺れていたみたいだが、ハルカとナツキが興味を示さなかったので、やや渋々ながら諦めていた。
 俺も、そこに金を使うなら、自室に置く机や椅子を注文する方が良いと思う。
 ただ、そのあたりは必須では無いので後日に回し、次に買いに行ったのは布団。
 やや意外なことに、こちらの納品はベッドよりも遅く2日後。
 庶民向けの新品の布団はあまり売れないので、在庫がないらしい。
 お値段も結構高いのだが、これは必要な物なので、毛布や枕も合わせて人数分注文しておく。
 そして、最後に買いに回ったのは、食器と調理器具。
 これまでは控えていた陶器の食器類や大きめの調理器具を、ハルカたちが結構自重せずに買い求める。
 金貨が何枚も飛んでいくのだが、『美味しいご飯を食べるため!』と言われてしまっては、俺たちに反論の余地は無い。
 俺とトーヤに【調理】スキルは無いのだから。
 無駄遣いというわけでは無いし、そこで節約する必要があるほどに困窮もしていない。
 むしろ、頑張って買い込んで美味い食事を作って欲しい。
 そして2日後。
 最低限の生活環境を整えた俺たちは、長く世話になった微睡みの熊亭に別れを告げ、初めて手に入れた自分たちだけの拠点へと生活の場所を移した。

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099.md

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099 新築祝い
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
8日ほど南の森で討伐を行う。
家が完成したので、ベッドや布団などを注文。
それらの完成を待って拠点を移す。
 新しい家に引っ越したその日の晩、買ったばかりのテーブルの上には、大量の料理が並べられていた。
 カニやエビの姿焼き、豚しゃぶ風の鍋、鮎の塩焼きからトンカツまで。
 統一性は無いが、女性陣が腕を振るった、日本を思わせる料理が良い匂いを漂わせている。
「さて、それじゃナオ、挨拶を」
「え、俺?」
 さあ食べるか、とテーブルに着いたところで、突然ハルカに振られた。
 他のメンバーに視線をやると揃って頷かれてしまったので、俺はカップを手に取って立ち上がる。
「――え~~~、みんなで頑張ってきたおかげで、こうして自分たちの家を持つことができました。多少危ないこともありましたが、それでも五体満足でいられるのは慎重に仕事を選んできたからだと思います。これからもボチボチ頑張りましょう。そして、ハルカ、ユキ、ナツキ、美味しそうな料理をありがとう。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
 全員で唱和し、カップに口を付ける。
 うん、美味い。酒じゃなくてジュースだけど、陶器製のカップになったおかげか、それとも雰囲気からかいつもより美味しく感じる。
「まずはなにから……」
 カップを置いてテーブルを眺める。
 どれも美味そうだが……トンカツから行くか。
 色々食べられるようにと、料理ごとに大皿に盛られているので、それを自分用の取り皿に取り分ける。
 その上から自家製のインスピール・ソースをたらり。
 箸でつまんで口の中に。
 その途端、口の中に芳醇な香りが広がり、噛み締めるとじゅわりと肉汁が溢れて、さっくりとした衣とソースが混ざり合い、頬が緩む。
 日本で使っていたソースに比べるとフルーティーだが、それも悪くない。
 ぶ厚く切られた肉は、普通のトンカツ屋では見られないほどで、とても柔らかく肉汁たっぷりである。
「どう?」
 少し心配そうに、そう訊いてきたのはユキ。
「美味い。衣はさっくり、中はジューシー。インスピール・ソースの甘辛さもちょうど良い。これ、ユキが作ったのか?」
「うん。揚げ油にラード(?)を使ったのは初めてだったから、少し心配だったんだけど、しつこくない?」
「いや、むしろさっくりしてる?」
「ああ、サラダ油と違って常温で固体だから、それはあるかも」
「ちなみにラードって……」
「オーク肉の脂。肉もオークね。ちなみに、あそこの豚しゃぶもオーク。あれはナツキ作だけど」
 卓上コンロなんて無いので、自分でしゃぶしゃぶすることはできないが、薄切りにされた肉と野菜が煮込まれた鍋もまた美味そう。
 器に取り分け、スープを一口。
「……おぉ、上品な味。美味い」
 そう口にしてナツキに視線をやると、俺を見てニッコリと微笑んでいた。
 基本的には塩味なのだが、ほんのりと利いた胡椒と、野菜と肉の旨味が絶妙。
 スープと一緒に肉と野菜も頬張れば、優しい味でいくらでも食べられそうである。
「となると、ハルカは……」
「私は焼き物担当。エビやカニ、鮎の塩焼きとかね。ついでに、そっちのパンも焼いたわよ」
 俺の視線に気付いたハルカが、テーブルの端に置いた籠に盛られたパンを指さす。
 ほぅほぅ。カニやエビはトーヤが無言でほじくっているから、俺はパンでも食べてみようか。
 カゴから1つ手に取ってみると……柔らかい。
 この辺りで売っているパンは、柔らかい物でも案外重いのだが、このパンはかなり軽い。そう、日本で売っているパンと変わらないぐらいに。
「天然酵母を使って2次発酵させてみたわ。悪くない出来よ。時間が掛かるから、あまり頻繁には作りたくないけど」
 そう言って苦笑するハルカを見ながら、パンを一口。
 おぉ、柔らか。こちらで売っている歯ごたえがあるパンもそれはそれで美味いのだが、柔らかいパンは柔らかいパンでやはり美味しい。
 そしてふわりと香る微かな匂い。
「これ、なんか良い匂いが……」
「ドライフルーツを使った酵母だから。胡桃入りのパンもあるから、そっちも食べてみてね」
「おう、ありがとう」
 ハルカに薦められるまま、胡桃入りのパンも口にする。
 こっちも美味い。香ばしい胡桃の香りと歯ごたえがなんとも言えない。
「しっかし、こっちに来たとき、最初に屋台のメシを食べたときは、ここまで美味い食事ができるようになるとは思わなかったなぁ」
「ホントにね。あたしもサールスタットでは絶望しかかってたよ、正直言って」
「この世界ではああいう物なのかもしれないが、あの賃金は酷いよな」
 俺の言葉に、全員が揃って頷く。
 本当に生存できる最低限というか、働くために生きているというか、そんな賃金だったからなぁ。
「ハルカたちは上手くやったよね。尊敬するよ」
「はい。私も何とか状況を変えようとは考えましたが……」
「私たちは3人だったから。前衛を任せられるトーヤと武器無しでも魔法で戦える私とナオ。この組み合わせだったからこそよね」
「スキル構成が上手くかみ合ったよな」
 ……いや、かみ合うように、ハルカが調整したと考えるべきか?
 ハルカのスキル構成なら、多分、前衛ができる仲間が1人いればなんとかなっただろう。
 治癒ができて、異世界の常識があり、補助スキル、遠距離攻撃スキルもある。
 逆に近接戦闘スキルが無いのが不思議なぐらいで、俺かトーヤがいなければその点で苦労しそうだが……。
 ハルカを見るとニッコリと微笑んでいる。
 うーむ。
「みんな、食べながらで良いから聞いてくれる?」
 料理も半分以上無くなり、みんなの手が止まり始めた頃、ハルカがそう声を上げた。
「そろそろギルドに、オークの巣の殲滅報告をしようと思うんだけど、どう?」
「そっか、オークか。マジックバッグにストックされているオークの数も大分減ったし、良いんじゃないかな?」
「だよな。無駄に引き延ばす必要も無いよな」
「私も概ね賛成ですが、その前にもう一度、オークの巣を確認に行きませんか? 前回行ってから時間が経っていますし、またオークが住み着いていたら……」
「失敗と判断される可能性……というか、虚偽報告と思われる可能性もあるか」
 巣の殲滅を行ってから……2週間は経ったか?
 確かにそれだけあれば、何匹かのオークが森の奥から出てきている可能性はある。
 俺たちが殲滅したオークなんて、森の浅いところに巣を作った一部のオークに過ぎず、森の深いところにはもっと多くのオークが生息している、らしい。資料によると。
 結局のところ、オークの討伐依頼は、街道にオークが出てこないようにするのが目的なのだ。
 森から完全に殲滅することなんて、土台無理な話である。
「オークリーダーの魔石はあるけど、フォローはすべきね。それじゃ明日、確認に行きましょ」
 そのハルカの提案に、揃って頷く俺たち。
 思えば東の森に入るのも久しぶりである。
「しかし、適度に出てきてくれれば役に立つんだけどな、オークも」
「ゴブリンなんかよりもよっぽど美味しい獲物よね、味的にも、金銭的にも」
「あ、オークの肉、1匹か2匹は残しておこうぜ。自分たちが食べる用に」
「賛成! ――あっ、そういえばアエラさんへの納品はどうする? オークをギルドに売っちゃったら、困るよね?」
「それがあったか……」
 アエラさんの店は好評で、恐らく俺たちが肉を卸さなくなっても問題なく経営できるとは思うが、可能な限り援助してあげたい。可愛いエルフさんだし、なによりインスピール・ソースを譲ってもらった恩がある。
 美味しいトンカツも、このソースあってこそ。他にも使い道は多く、正に値千金である。
「そうね……肉はあまり売らず、魔石を渡すことにしましょうか? そもそも私たちのマジックバッグの容量を誤魔化すために、報告を遅らせていたんだし」
「それは良いですね。私たちにも損は無いですし」
「みんなもそれで良い? ……うん、じゃ、それでいきましょ」
 アエラさんの店の消費量からすれば、現状の在庫でも恐らく数ヶ月は保つ。
 それに、アエラさんに事情を話して、今より肉料理の割合を減らしてもらえばもう少し延びるだろう。
 これからもたまにはオークも出てくるだろうし、家を手に入れたのだから不要なマジックバッグを持ち歩く必要も無い。
 必要になりそうな素材は売らずに、マジックバッグに入れて家に保管しておけばいい。
「それから、今後の報酬に関してだけど、半分を共通費、半分をそれぞれに分配にしようと思うんだけど、どうかしら?」
 今まではとにかく生活を安定させるため、無駄遣い禁止、全員のお金をまとめて効率的に使う、という方針だったわけだが、ひとまずの生活の安定は手に入れた。
 ハルカ曰く、この機会に自分のお金は自分で管理しよう、ということらしい。
「うーん、共通費の範囲は?」
「武器防具も含めた冒険に必要な物全般と、食費や家の修繕費、共用部分の家具類……ぐらいかしら? 服は……普段着る物と下着は各自で。自室の家具も自前で」
 ふむ……下着と服さえ買えば後は自由に使える金か。
 全然問題無さそうだな。基本は貯金だろうけど。
「はい、それなら良いと思いますよ。そんなに贅沢するつもりもありませんし」
「オレも。服とたまに買い食いするぐらいしか使わないだろうし」
 気楽にそんなことを言うトーヤに、ハルカはため息をついて口を開いた。
「トーヤ、一応言っておくけど、老後の資金は貯めておきなさいよ? コツコツと」
「おおぉぅ、二十歳はたちにもなってないのに老後の心配が必要なのか……」
「日本だと、社会的制度として年金と保険料が自動的に貯蓄されるけど、こっちだと全部自己責任だから」
 鼻白むトーヤに、ハルカは現実を突きつける。
 批判はありつつも、それでも一般人にとってありがたいのが健康保険制度なんだよなぁ。
 母さんも『保険料が高い』とは言っていたが、アメリカの医療費を見ると、下手をすれば1回入院するだけで、一生分の保険料の元が取れる。
 年金にしても、積立型の傷害保険と考えればそう悪くない。
 万が一の事故で傷害を負った場合、年金を払っていれば一生涯、障害者年金が受け取れる。
 それに国庫負担部分もあるのだから、『貰える額が少ない』と言って払わないのは実は損なのだ。
 とは言え、貰える額は多くないので、きちんと自分でも貯蓄しておかなければ生活に苦労することになるだろう。
 こちらの世界であれば言うまでも無い。
 社会保障制度なんて無いので、計画的に必要資金を計算し、すべて自分で貯蓄しておかなければ、働けなくなった時に非常に苦労することになる。
 下手をすると老後が存在しなくなる。死ぬことになるので。
「――ってぐらいに、日本でもかなりの額を貯めてないと、老後に困るの。こちらならその比じゃ無いわよ? 途中で人生リタイヤするなら別だけど」
「解った! 解りました! 無駄遣いしません!」
 ハルカに現実を語られ、ややウンザリとした表情を浮かべていたトーヤだったが、ハルカの次の言葉で一転、喜色を浮かべた。
「なら良いけど。トーヤ、獣耳のお嫁さんもらうんでしょ? 前も言ったけど、その娘の分まで貯めておかないと」
「おう、そうだよ! それだよ! 良い暮らし、させてあげないとな! オレは貯蓄の鬼になる!」
 当ても無いだろうに何やら幸せな新婚生活でも妄想しているのか、『でへへ』とだらしない笑みを浮かべるトーヤと、それを呆れた表情で眺める女性陣。
 それでモチベーションが上がるなら良いとは思うが……トーヤが可愛いお嫁さんを貰える日は来るのだろうか?
 生活が苦しいこの世界だと、重視されるのはある意味、恋愛よりも生活力。金を持っていれば可能な気はするが、この街だとあまり獣人を見かけないんだよなぁ。
 そもそも可愛い娘……と言うより、若い女性自体をそんなに見かけない。
 俺たちの活動範囲と一般的な若い女性の活動範囲がズレている可能性大である。
 嫁さんが見つからず、奴隷を買い取る事になったりして……。
 この国だと、厳密には奴隷では無いので、借金を肩代わりしての身請けだが、それ自体は別に非難されるようなことでは無いらしい。
 むしろ、金を貸した方は確実に回収できるし、身請けされた方からも強制労働させられて死ぬことも無いので感謝される。それ以降どうなるかはそれぞれだろうが、お金さえあればそれなりに上手く行くことが多いとか。
 『好きだから結婚する』という感覚の俺たち世代からすれば微妙な気もするが、結局そういうのは、生活に余裕があるからこそなんだろうなぁ。
 元の世界でも他の国では、生活のために結婚する、老後のために子供を多く産むという所もあるのだから。
 日本でだって少し歴史を遡れば、遊女を身請けする事に何のやましいことも無く、むしろ尊敬されるような時代があったのだ。
 極論、文化と時代の違いでしか無いのだろう。
 ちなみに、冒険者で奴隷を買ってでも結婚できるのは成功者だったりする。
 大抵は結婚もできずに老いて死ぬか、老いることすらできずに死ぬ。のんびりとした優雅な老後なんて存在しない。
 ……う~む、まだまだ結婚なんて考えられないが、俺もトーヤのことをどうこう言う前に、お金を貯めておくべきだろうか?

373
100.md

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100 再訪、オークの巣
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
引っ越しを祝って、新しい家でハルカたちの料理に舌鼓を打つ。
オークの巣の殲滅を報告する前に、再度確認に行くことを決める
 新居で迎える初めての朝。
 昨夜のパーティーの残りで朝食を済ませた俺たちは、東の森にあったオークの巣へと向かった。
 久しぶりに入った東の森は大分木々の葉っぱが落ち、冬の様相を呈していた。
 少し変わった風景に戸惑いつつ、オークの巣へと辿り着くと、そこは前回来たときと変わらぬ状態のまま放置されていた。
 【索敵】に反応する物が無い事を確認し、手分けして周囲を調べる。
「どうだ?」
「気になる物は無いな」
 小屋などもすべて燃やしてしまったので、残っているのは巣の中心部分にある燃えさしのみ。
 オークを解体した残りも一緒に燃やしたせいか、他の獣が残り物を漁りに来た様子も無い。
 あえて違いを挙げるのなら、草が芽吹いていることぐらいだろうか。
 あれから何度か雨が降ったおかげか、完全に土が見えていた巣の跡地も、かなり緑が目立つようになっている。
「こちらも特に何も無かったわ」
「うん。新しいオークは来てないみたい」
「少し残念ですね。新しいお肉を確保することができません」
 ナツキは使い勝手の良いお肉と脂が同時に確保できるオークが、案外お気に入りらしい。
 街で買うと、他の食料と比べて、植物性油脂が割高ということもあるのだろう。
 俺も売っているのは見たことあるが、あれで天ぷらを作るとなれば、かなりの高級品になってしまうことは受け合いである。
 いや、作る手間を考えれば、日本で売っている油が凄く安いと言うべきか。
 菜種油とか、油菜を栽培して種を集め、それを搾るんだろ?
 1本の油菜から取れる種なんて一握りにも満たない。もし自分で栽培して油を搾るとすれば、いったいどれほどの手間が掛かるのか。あの小さい胡麻から絞る胡麻油なんかも、凄く大変そうだよなぁ……。
「ま、何も無くて良かった、と思いましょ。どうする? すぐに引き返す?」
「せっかくここまで来たのに、収穫無しでは勿体なくないですか?」
「でも、そろそろ木の実も終わりだよねぇ」
 最近、南の森でもあまり拾えなくなったんだよなぁ。
 当たり前だが、木の実を狙うのは人間だけじゃ無い。
 栗鼠りすとかそんな動物も普通に居るので、落ちた木の実は争奪戦なのだ。彼らだって冬に向けて蓄えないといけないのだから。
 もちろん、だからと言って俺たちが遠慮するわけでは無いのだが、残念ながら無いものは拾えない。
「……えーっと、薪とか?」
「薪か。必要だよな、宿じゃ無いから」
 自分たちで――というか、ナツキたちが煮炊きするようになって必要になったのが薪。
 ガスコンロなんか無いので、火力と言えば基本、薪なのだ。
 今はまだ耐えられるが、もっと寒くなれば暖房用としても必要だろう。
 問題は、木を切ってきても長期間乾燥させないと使えないという所だろうか。
 まぁ、いざとなれば『暖房ワームス』という魔法があるので、寒さに関しては耐えられるのだが、火魔法が使えないナツキとトーヤのために、時々かけ直す手間が必要になるだろう。
「台所のコンロなんかに関しては、早めに魔道具に変えたいわね。アエラさんのお店にあったようなのに」
「暖房器具は?」
「それも魔道具が良いかしら? 魔力に関しては問題ないでしょ?」
 魔法を使えなくてもある程度の魔力は誰でも持っているので、普通の人でも魔道具を使えないと言うことは無い。
 むしろ魔力を消費することが無いので、魔法を使える人よりも気軽に使えるぐらいだろう。
 もちろん、魔力の総量は魔法を使える人の方が圧倒的に多いのだが。
「でも、せっかく暖炉があるわけだし、あれは使いたいかも」
「あぁ、暖炉。なんか良いよな、燃える炎って温かい感じがして」
「食堂は暖炉があるけど、自室は無いでしょ? そっちは良いの?」
 暖炉が設置されているのは、食堂にリビング、応接間のみ。
 研究室や個人の部屋には設置していない。使用頻度や設置コスト、掃除、燃料費を考えると、メリットが薄いのだ。
「う~ん、寒い時期は食堂かリビングに集まってれば良くないか? ずっと家で過ごすわけじゃ無いし、寒ければ『暖房ワームス』を使えば、当分は温かいだろ?」
 それこそ寝る前に全員に『暖房ワームス』をかけておけば、自室に戻って布団に入るまで、寒さを感じることも無いだろう。
「そう言われると、わざわざストーブを用意する必要も無いかしら?」
「自前で『暖房ワームス』が使えないのはナツキとトーヤだけだしね。ナツキは言ってくれればいつでもかけるし、トーヤは自前の毛皮があるもんね」
「ねぇよ! 毛があるのは耳と尻尾だけだよ!」
「あれ、そうなの? 見たこと無いから、てっきり……」
 ユキがムフフと笑いながら惚けたことを言うが、絶対判って言っている。
「ユキの冗談はともかく、ここまで来て薪拾いだけというのもなによね……」
 そう言って少し考えるハルカに、トーヤが声を掛けた。
「なぁ、ここから北方面へ向かってみないか?」
「今から森の奥へ?」
「そのうち、そちらにも探索範囲を広げるんだろ?」
「それはそうだけど……ここから奥に進むと、魔物の分布が変わってくるのよね?」
「はい。山脈の麓を最深部として3つに分け、1層、2層、3層とするなら、この辺りは1層の終わりの付近になります。ギルドとしてはこの1層部分を緩衝地帯と定め、ここにオークの集団が出てくると、今回のような討伐依頼を出すみたいですね」
 俺たちからすればかなり踏み込んだつもりだったが、ギルドの区分ではまだまだ浅い部分らしい。まぁ、ゴブリンが出てくるエリアなのだから、そんな物なのかもしれない。
 そして、ラファンの街のギルドとしては、2層、3層には基本的に手出ししないというスタンスのようだ。
 街や街道の安全性には影響しないことと、そのエリアの危険性と得られる利益が釣り合わないことが主な要因らしい。
 ラファンを統治している代官としては、冒険者に森の奥にある銘木を入手してきてもらいたいのだが、その危険に釣り合うほどの報酬は出せないし、ギルドとしても、安い報酬で動く程度の冒険者では死ぬ可能性が高いので、入らないように注意する。
 ただし、入ること自体を禁止しているわけでは無いので、冒険者が自己責任で行くのは自由なのだが、ギルドに止められてなお行く冒険者はほとんどいないのが現状である。
「そうなると、2層、3層の情報は無い?」
「いえ、調査はしているみたいです。ギルドの資料に載っていたのは、スカルプ・エイプ、バインド・バイパー、そしてオーガーの3種類ですね」
「スカルプ・エイプ? 変な名前だな……?」
「えっと……最初に発見されたとき、人間の『それ』を持って騒いでいたらしいです」
「……ぉぅ」
 ちなみにスカルプとは、頭皮のことである。
「スカルプ・エイプは少し厄介です。ゴリラぐらいのサイズで、一般的には10匹以上のグループで獲物を取り囲み、棍棒を使ったり石を投げたりして攻撃してくるみたいです」
 更にそのゴリラみたいな外見に違わず腕力もあり、素手で殴られたりしても普通の人間なら大怪我。獲物が弱ってきたら、頭や腕、足を掴んで振り回し、地面に叩きつけるという極悪な攻撃もしてくるらしい。
「マジかよ……その数と道具を使う知能は脅威だな」
「はい。とにかく囲まれないことが大事、ですね」
 10匹以上で囲まれ、一斉に石を投げられるだけでも十分に脅威である。
 しかもゴリラの腕力で。
 場合によっては、盾を準備すべきかもしれない。
「バインド・バイパーは木の上から忍び寄り、その長い胴体を利用して首を締め上げたり、つり上げたりするのですが……ブランチイーター・スパイダー同様、先に発見できればそこまで危険では無いかもしれませんね」
 全長5メートルぐらいある大蛇が、木の上から音も無く忍び寄る。
 【索敵】が無ければかなり脅威である。
 ただ、先に見つけることができたとしても、打撃が効きにくいという問題点があるため、雑魚というわけでは無いらしい。
「トーヤの攻撃が効きづらいのか」
「いやいや、オレの剣、一応刺せるからな?」
「木の上だぜ? 届くのか?」
「またか! ブランチイーター・スパイダーもオレ、1匹も斃してないんだぜ!?」
 そもそもそんなにたくさん倒していないのだが、ブランチイーター・スパイダーの撃墜率トップは、弓を使うハルカである。
 木の枝が茂っていて見えにくくても確実に斃す、針の穴を通すようなハルカの狙撃はなかなかに見事だった。
 ちなみに俺も討伐数はゼロである。隊列の順番的に、槍が届くなら先にナツキが倒してしまうし、魔法での攻撃は、森の中だった上に討伐証明が燃えるかもしれないので控えたのだ。
「バインド・バイパーは皮が強靱ですから、ブランチイーター・スパイダーの様には行かないと思いますよ。上手く頭を叩きつぶすか……多分ですが、ハルカとユキの小太刀で切り裂くのが有効かもしれません」
 なんか面倒そうである。
 基本、1匹で現れるのがまだしもの救いか。
「オーガーは純粋に強いです。オークリーダーよりもやや小さいですが、速度・筋力共に大幅に上。今の私たちなら逃げること推奨ですが、速度的には多分逃げられません。ナオくんの【索敵】頼りで遭遇しないようにするのが一番ですね」
 オークリーダーより大幅に上とか、まず無理だな。
 そこまで強いなら、【索敵】でも判りやすいだろう。きっと。
 判らなかったら……下手したら死ぬんだよなぁ。プレッシャーである。
「その他、動物に関しては、最も危険な物がヴァイプ・ベアーなので、気にする必要は無いでしょう。狼もいますけど、お魚釣りに行ったときに襲ってこなかったみたいに、普通はあえて人間を襲うことは無いみたいです」
 やはり問題になるのは魔物か。
 魔物がいなければ元の世界の森と大差は……あれ? そういえば、ギルドの資料に……。
「蛇と言えば、普通の蛇もいるんじゃ無かったか?」
「あ、それを忘れていました。魔物では無い普通の蛇や毒虫は多少います。でも、ハルカの光魔法で治療できますから、さほど脅威では無いと思います。――魔法が無ければ死にますけど」
「おぉぅ、そうなのか……」
 あっさり死ぬとか言われてしまった。
 確かに何種類かは咬まれると危険と書いてあった気もする。
「血清なんて無いですからね。搬送手段も限られますし」
「『毒消し草』みたいな物はないんだ?」
「ゲーム的な物であれば、【錬金術】の範疇ですね。【薬学】で作る物は、それぞれ対応する毒がありますから、何にでも効く物はありません」
 もちろん、日本にもそんな都合の良い物は無く、対応する血清をすぐに打たなければいけない。無ければ取り寄せることになるが、それが可能なのも現代だからこそ。
 こちらの世界だと取り寄せている間に死ぬし、そもそも街に帰り着けない可能性の方が高い。
 尤も、毒蛇が危険なのは判りきっているので、森に入る人は丈夫なブーツなどで身を守り、そうそう咬まれるような事故は起きないらしいのだが。

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101.md

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101 俺たちはどう生きるか?
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
オークの巣の跡地には特に変わりなく、オークもいなかった。
奥へ進もうというトーヤ。
ナツキが更に深い場所で出てくる魔物の危険性を説明をする。
「さて、話を訊いた限り、ここから先に進むと結構危険そうだけど、みんな、どうする?」
「そりゃ行くだろ。今日はまだ戦闘もしてないし、コンディションも悪くないだろ?」
 当然のようにそう口にしたトーヤを、ハルカが手を上げて制する。
「これは今から行くかって事だけじゃなく、今後どうするかも含めて考えて。ここ数ヶ月、私たちはそれなりにお金を貯めることができたわよね?」
 真面目な顔でそう告げたハルカに、俺たちは揃って考え込んだ。
 今回、パーティー資金として半分プールした状態で、個人に分配された額は日本円なら300万円以上。
 別途家を購入した上で、3ヶ月ほど働いた結果がこれである。
 冒険者として活動できる期間が限られる事を考慮しても、これまでと同じレベルの依頼を熟していけば、一生分の生活費を貯めることは可能だろう。
 安全に生きる事だけを考えるなら、これ以上危険を冒す必要は無いかもしれない。
 う~む……これはある意味、人生の分岐点?
「今のレベルでもそれなりにお金は稼げる。この街で程々の人生を送るのなら、これ以上無理して強くなる必要は無いと思うわ。贅沢をしなければ、老後の資金を貯めることも可能だと思うし」
 若干の命の危険はあったが、今ならオークを狩るのにも苦労しないだろうし、ヴァイプ・ベアーやタスク・ボアーは言うまでも無い。
 ディンドルの実の収穫もできる。
 春と夏の仕事はまだやったことはないが、何かしらの収入源はあるだろう。
 少し遠出すれば魚やカニも捕れる。
 社会情勢が変化しなければという前提はあるが、かなり安全に生活を営めるのは、ほぼ間違いない。
 全員それは解っているらしく、結構な時間、沈黙が続く。
 そして、最初に口を開いたのはユキだった。
「あたしは……まだ頑張りたいかな? この歳で自分の限界? 到達点? それを決めてしまうのは早い気がする。もちろん、それに命を賭けるのかと言われると、少し悩むけど」
 続いて口を開いたのはトーヤ。
「オレも同じ。嫁さんと2人、楽しい生活を送るためにはもっと上に行きたい。ただ、それにお前たちを付き合わせるのはどうなのか、という気持ちもあるし、パーティーから抜けてなんとかなるとも思ってないんだが……」
 ざっくりと言えば、ユキはリタイヤするには早すぎる、トーヤはもっと金が欲しい、という感じか。
 危険性も認識しているので、同時に迷いもあるみたいだが……。
「ナツキは?」
「私は、人生には目標が必要だと思っています」
「うん」
「トーヤくんみたいに獣耳のお嫁さんをもらう、という目標もありだとは思いますが、私にはそういった物はありません」
 いや、それは見習う必要が無い物だ。
 ナツキが「カッコイイ婿を捕まえる!」とか言い出したら、俺は病気を疑うぞ?
「『自分は何を為すべきか』。そう考えたとき、候補に挙がるのは自分の就いている職業で一角の人物になる事。そして今の私は冒険者です」
 『何を為すべきか』か。
 俺は将来どんな職業に就くかなんて考えていなかったが、就職はゴールじゃ無くてスタートなんだよな、よく考えれば。
 『将来、○○になる!』だけでは子供の夢でしかない。
 なった後でどう目標を設定するか。
 まさかナツキも、日本にいるときに冒険者になるなんて想像はしていなかっただろうが、『なった以上はできるだけ頑張る』というのが彼女のスタンスなのだろう。
 翻って俺はどうだろう?
 なりたい職業すら明確になっていなかった俺からすれば、職について十分な生活費を稼げているだけでも重畳なのだが、ナツキの考えを聞かされると……。
「もちろん、限界が見えたのなら、ある程度で満足するという割り切りも必要でしょうが、私たちはまだ端緒についたばかりです」
「つまり、ナツキも続行希望、と。……真面目ねぇ。もっと適当でも良いと思うけど」
 そう言って少しだけ呆れたような苦笑を浮かべるハルカに、ナツキは悪戯っぽい笑みを浮かべて付け加える。
「――ナオくんとずっと一緒に、あの家でのんびりと暮らすというのも、悪くないとは思いますけどね」
「え、俺?」
 突然そんなことを言われ、驚いてナツキの顔を見ると、俺を見つめてニッコリと微笑んだ。
「はい。これまでと同じ事を続けていくなら、若い女の子と知り合う機会なんて無いですよ? ここ数ヶ月、誰かと知り合いましたか?」
「えーっと……」
 若い女の子自体、見かけることが殆ど無いんだが……。
 冒険者ギルドに若くて美人な受付嬢なんていないし、可愛い女の子の冒険者グループなんて見かけもしない。
 市場で物を売っているのはおじさんかおばさん、ウェイトレスがいそうな飲食店にはあまり入らないし……。
「……あっ、アエラさんと知り合った」
「――っ! いえいえ、きっとアエラさんはかなり年上ですよ? 他のお店で修行して、あのお店を作れるぐらいの資金を貯めているんですから」
 ナツキは一瞬、『それがあった!』みたいな表情を浮かべ、慌てたように首を振った。
「それは、そうか」
 一般的に、弟子入りで貰える賃金はさほど高くない。
 それにも拘らず、あれだけのお店を作れるだけの資金を貯めているのだから、いったい何年ぐらい修行したのだろうか?
「でしょう? ほらほら、選択肢が無いじゃないですか。それとも、私じゃ不満でしょうか?」
「いや、不満って事は無いが……」
 一緒に暮らすって結婚って事?
 確かにこれから毎年、同じ事を繰り返すのなら、女の子と知り合う機会は殆ど無いだろう。
 だからといって街中で女の子を探してナンパしたり、結婚相手を必死に探すというのも違う気がする。
 そう考えれば、気心が知れていて日本の価値観を持っているナツキは理想的……?
「もうすでに新居で同棲しているんです。これってもうすでに実質的な――」
「ちょっと!」
 俺に近づき、そんなことを囁くナツキとの間に、ハルカが割り込んでインタラプト。
「私とユキを無視しないで!」
「え?」
 ハルカの抗議に、ユキが後ろで『あたしも?』みたいな表情をしているぞ?
「大丈夫です。若い女の子はいませんが、冒険者ギルドに行けば、若い男性はたくさんいますよ? ハルカとユキなら簡単に見つかりますよ」
「お・こ・と・わ・り! 問題外!」
「そうだよ! ナツキこそ、あなたがギルドで声を掛ければ選り取り見取りだよ?」
「私も遠慮します。合いそうにないですから」
「じゃあ、あたしにも勧めるな!」
 俺をそっちのけで、ぎゃあぎゃあと騒ぐ女性陣。
 ――うん……元気だなぁ。
 そんな悟りを開けそうな俺の肩を、トーヤがポンと叩く。
 そちらに顔を向けると、ニヤリと笑ってアホなことを宣った。
「ナオ、モテモテだな?」
「いや、消去法だろ。他に居ないから」
 冒険者は基本、汚い。
 高ランクになればまた別なのかもしれないが、金が無く、『浄化ピュリフィケイト』も使えない低ランクの冒険者は身体を清潔に保つ方法が乏しい。
 髪や髭も伸び放題。
 先日出会った同郷の徳岡たちですらアレなのだ。
 他の冒険者も推して知るべし。
 綺麗好きの女性陣にとっては、近くに寄るのも不快だろう。
 その他の職人、ガンツさんやシモンさんなどは比較的身綺麗にしているが、彼らは結婚しているし、年齢的にも合わない。
 更にハルカたちは日本でもナンパされることが多かったせいで、近寄ってくる男たちを面倒に感じている風がある。
 自分から婿捜しなんてしないだろう。
 そしてトーヤは、はっきりと『獣耳のお嫁さんをもらう!』と宣言している。
「そもそも本気じゃ無いだろ、まだ二十歳はたちにもなってないんだぜ?」
「そうとも言えないと思うがなぁ……」
 トーヤはそう言って苦笑するが、その間も少し声を落としたハルカたちの方からは『早い者勝ちじゃない』とか『ここは日本じゃないから』とか『寿命が長いから』とか、微妙に気になる言葉が聞こえてくる。
「おい、お前ら! そういう事はコッソリと話し合って決めろ! 今は進むかどうかだろ? ハルカとナオはどうなんだ?」
「私はみんなに合わせるつもりだったから、どちらでも良いわよ。太く短くでも、細く長くでも、それなりに人生は楽しめると思うから」
 トーヤに一喝されて頭が冷えたのか、すぐに内緒話を止めたハルカはそう答えた。
「できれば太く長く生きたいものだな。俺も、これまで通り慎重に進めていくなら反対はしない。ハルカとナツキがいればあまり心配ないだろ」
 俺がそう言うと、ユキが目を丸くして自分を指さす。
「え、あたしは?」
「俺の中でユキは、トーヤ分類なんだ。すまんな」
「そ、そんな!」
 ややわざとらしく、口元を手で押さえてよろけるユキ。
「むしろ心外なのはオレだよ! オレ、そんなに考えなしじゃ無いだろ!?」
「最初の頃、討伐依頼をやりたがったじゃないか」
「……記憶にございません」
 俺が指摘すると、トーヤはスッと視線を逸らし、そんなことを口にする。
 だが俺はしっかりと覚えている。
 薬草採取や猪を狩って稼いでいた頃、トーヤがゴブリンの討伐をやりたがったことを。
 尤も、ハルカに止められて素直に諦めてはいたが。
 俺も男だから、気持ちは解らなくも無かったんだけどな。
            
「それじゃ、ここからは特に注意して移動するわよ。特にトーヤとナオ、索敵を重視して。単独の敵以外は避けるぐらいのつもりで。ただし、オーガーっぽかったら、即離脱」
「それだとバインド・バイパー以外は避ける事になりそうだが?」
「うん、そんな感じで。運良く1匹のスカルプ・エイプを見つけられたら戦ってみたいけど」
「さすがハルカ。安定の慎重派」
「私、ボスキャラは『たたかう』コマンドの連打で斃すタイプなの。確実にレベルが上がるなら、ゴブリン討伐を数ヶ月は続けていたところね」
 『レベルを上げて物理で殴る』か。
 ある意味、最も安全である。敵が想定以上に強いなら、魔法やアイテム、スキルなどの保険があるのだから。
「あたしは、それなりにレベル上げして、結果的に使い捨て攻撃アイテムとか、エリクサーみたいな高級回復薬は全部残るタイプ」
「あ、俺もユキと同じ」
「オレは取りあえず突っ込んで、負けたら戦術を考えて、それでもダメならレベル上げ、だな」
「うぅ、私は話に付いていけません……」
「あー、ナツキはゲーム、しなかったもんねぇ」
 1人話題に取り残されたナツキが、少し困ったような表情で不満を口にして、それを見たユキがうむうむと頷いた。
 ハルカとユキは、俺たちに勧められたらRPGをやることもあったのに対し、ナツキは一緒にゲームをすることもあるという程度。
 ゲーム機も持っていなかったし、俺たちとしてもナツキに対しては少し勧めにくかった。どうこう言っても、お嬢様だし。そんなに厳しい家で無いのは知っているが、あえて勧めるような物でもないしな。
「そういえば、俺たち本当に、肉体強度的なものは上がっているのか? 持久力は付いたと思うが……トーヤ、刺してみても良い?」
「何でだよっ!?」
「いや、包丁が刺さらないかどうか確認を」
 ぎょっとした顔を向けたトーヤに、俺はピシッと指を立てて解説してやる。
 高レベルの冒険者なら、修羅場に巻き込まれても大丈夫、ってハルカが言ってたし?
「オレとお前は同レベルだろ!? 強度が上がっていても多分刺さるわ!」
「おっと、そうなるか。じゃあ、一般人に刺してもらわないと」
「どんな殺害依頼だ、それは」
 道行く人に声を掛けて、「ちょっとこの人を刺してもらえます?」と包丁を渡す俺。……うん、通報案件だな。
「ただ、オレも気にはなるんだよな。……よし」
 トーヤは1つ頷くと革手袋を脱ぎ、近くに生えていた木の幹を素手で思いっきり殴りつけた。
 『ドンッ』という鈍い音と共に木が大きく揺れ、多くの葉っぱがバラバラと落ちてくる。
「うん……確かに違いはある気がするぞ? ほれ」
 殴った自分の手を見ていたトーヤが、その手の甲をこちらに向けて差し出してきた。
 それを全員で覗き込む。
 ……ちょっと赤くなっているが、怪我はもちろん、手の皮が剥けていたりもしない。
 結構凸凹している木の幹をあの威力で殴り、この状態か。
「そういえば最近、手に傷が付いたりしなくなったわね……」
「あ、それ、あたしも。最初の頃は手袋を忘れると、いつの間にか、ちょっとしたひっかき傷なんかがついてたんだけど」
「手にマメができたりも、しなくなりましたね」
 そう言って見せてくれたナツキの手のひらは、綺麗なものだった。触ってみてもマメの跡も無く、ぷにぷにと柔らかい。
「あの、ナオくん……」
「あ、す、すまん」
「い、いえ……」
 少し恥ずかしげに視線を逸らすナツキ。
 差し出されたので、何となく触ってしまったが、いきなり手を取るのは不躾だったか。
「た、確かに綺麗なものだな」
「ええ。防御力や筋力が見た目に反映されないのは、女としてはありがたいわよね」
「そ、そうですね。強さに応じた見た目になる、と言われたら、冒険者は辞めてましたね」
「生きるか死ぬかの時にはそんなこと言ってられないけど、女としてはやっぱりね~」
 俺もムキムキのナツキたちは見たくない。
 俺自身も、細マッチョくらいならともかく、ボディビルダーみたいなムキムキは嫌だし。
「少し安心材料が増えたところで、先に進もうぜ? オークの殲滅のこと、今日中に報告するなら、そんなに時間は無いだろ?」
「ああ、そうだな。取りあえずは北方向で良いのか?」
「それが良いと思います。北西に進むと更に敵が強くなりますから」
 この周辺の森は、ラファンの北西から山脈沿いに東に広がり、サールスタット方面へと続いている。
 俺たちが最初に森に入った、ラファン東の街道沿いあたりが一番魔物が弱く、そこから概ね同心円状に魔物の強さが変化している。
 つまり、東の森のやや深いところよりも、ラファン北の森沿いの方が危険度が高いのだ。
「それじゃ、トーヤ、先頭よろしく」
「おう、ナオは索敵な」
 俺たちは改めて隊列を組み直すと、北へ向かって歩き出した。
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