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532
102.md

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# 102 森の奥へ
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
今後、冒険者として上を目指すのか、それとも程々に稼げる現状で安全性を取るのか話し合う。
結論としては、ある程度の余裕がある間は上を目指すことにする。
---
「そういえばオレ、【索敵】スキルが生えたんだけど」
 トーヤがそんなことを口にしたのは、歩き出してしばらく経ってからのことだった。
「え、まじ?」
「おう。これまで以上に判るようになったぞ?」
 俺を振り返り、ドヤ顔を見せるトーヤ。
 ……いやいや、あんまりトーヤが高性能になると、俺の出番が無くなるんだけど?
 野営の時には便利だとは思うが。
「そういえば、ユキはまだ【索敵】はコピーしてなかったわよね?」
「うん。どうやれば良いのか判らなかったし」
「一応コピーしておいたら? 『教える』の判定は、結構緩い感じだし、なんとかなるんじゃない?」
 おふっ、ここにも俺の地位を脅かす相手がっ!?
「そうですよね。私も最近は何となく敵の気配みたいな物が判るようになってきましたから」
「私もそう。まだまだ気配が感じ取れる程度だけど」
「マジで!? おぉぉ、全員索敵ができたら、俺のアイデンティティー崩壊の危機!」
 ちょっぴりチートっぽい【索敵】が俺のアピールポイントだったのに。
 全体の底上げにはなるんだろうが、少し複雑である。
「いやいや、ナオみたいに100メートル以上離れている敵が判るわけじゃないんだから」
「はい。ナオくんの【索敵】は凄く役に立ってますから」
「でも、スキル構成的には、ナツキの方が斥候向きだよね。ナオって、ちょっと中途半端?」
「ユキ、言うてはならんことを……。本当のことでも傷付くんだぞ?」
 俺以上の近距離戦闘が可能なナツキが入った時点で、俺の立ち位置がちょっと微妙になったんだよなぁ。
 武器戦闘、魔法、斥候。いずれもパーティー内では平均以上ではあるのだが、このまま行くとユキの言うとおり、中途半端な構成になりそうではある。
 う~む、ここはどれかに専念すべきなのか?
「いや、オレからすれば、ユキが言うなよ、って感じなんだが? お前って現状、全部平均以下の器用貧乏だろ?」
「ですよね。基本的にコピーした物ばかりで、殆どのレベルも1ですし」
「そ、それこそ禁句だよ!? トーヤ!」
 ががーん、とのけぞるユキの肩に、俺は優しくポンと手を置き、微笑みを浮かべる。
「ナ、ナオ……」
 心細げな表情を浮かべるユキに俺は言い放った。
「ユキって、凄く中途半端?」
「追い打ちかいっ!」
 ビシリと良いツッコミが返ってきたが、ちょっとくらい良いだろ?
 俺も少し気になってた事を言われたんだから。
「まぁ、器用貧乏が嫌なら対象を絞るか、{他人}(ひと)以上に努力するしか無いよな、お互い」
「{他人}(ひと)以上に努力って……今でもあたしたち、かなりの時間を訓練に充ててるよね?」
「だな。つまり、努力したところでパーティー内での立場は変わらない、と」
 俺が槍と魔法を訓練するのと同じ時間、トーヤが剣だけを訓練すれば、当然レベル差は広がる。かといって、槍だけ、魔法だけに専念するのも、なんか違う気がする。何というか、せっかくできるのに勿体ないというか……。
「それじゃあんまり意味ないよぉ」
「良いじゃない、別に器用貧乏でも。さすがに今コピーしているスキル全部を上げるのはどうかと思うけど、ある程度の方向性だけ決めて、全体的に上げるのはそう悪くないと思うわよ? 常に5人で行動するとも限らないんだし」
「ですよね。分かれて探索する可能性なども考えれば、言い方は悪いですがユキは『使い勝手が良い』と思います。むしろ、トーヤくんはもう少しスキルを増やしても……」
「おっと、ブーメランが飛んできた。オレも思わなくは無いんだが、完全な戦士タイプでキャラメイクしたからなぁ……」
「俺のお勧めは獣耳忍者――おっと、おしゃべりは終わりだ。敵、反応あり」
「え、そこで止めるか? 妙なパワーワードを口にして?」
 先頭を歩いていたトーヤが驚いた顔で振り返り、俺を見つめるが、俺はサクッと無視して言葉を続ける。
「反応は1つ。オークではないが、どうする?」
「無視かよ!?」
「トーヤ、うるさい。1つなら戦ってみるべきでしょうね」
「ハルカも酷い……で、方向は?」
「あっち方向、80メートルぐらいか? 多分、バインド・バイパーだと思うが」
 ハルカにも一刀両断されて少し悲しげな表情をしたトーヤもすぐに真面目な顔になり、俺の指さした方向に視線を向ける。
 基本的に群れているというスカルプ・エイプの情報が正しいのなら、周辺に他の反応が無いこれは、恐らくバインド・バイパーだろう。オーガーという可能性もゼロでは無いが、【索敵】で感じられる強さは、オークよりも圧倒的に強いというレベルではない。
「強さの確認も兼ねて、まずはオレが戦ってみても良いか?」
「別に良いと思うけど、大丈夫かしら? 打撃は効きにくいのよね?」
「それの確認も含めてだよ」
 危ないようなら援護すれば良いということで、トーヤの提案を受け入れ、バインド・バイパーの方へと進路を取る。
 残り10メートルほどまで近づくとトーヤも確認できたらしく、後ろを振り返って頷いた。
「木の上にいるみたいだな。まだ見えないが」
「気をつけろよ?」
「もちろん」
 トーヤは更に慎重に足を進め、残り1メートルほどまで近づいたとき、突然樹上から細長い物が伸びてきた。
 太さは直径20センチぐらいか。
 濃緑の蛇が一気に2メートルぐらい身体を伸ばし、トーヤの首に絡みつこうとする。
 だが、警戒していたトーヤにとってそのぐらいを躱すのは難しくも無く、素早く横に避けて剣を振るった。
「――っ! 硬い!?」
 トーヤは確かに剣を叩きつけたのだが、まるで弾力のある紐でも叩いたかのように蛇の身体はぐにゃりと曲がり、大してダメージが通っている様子も無い。
 その証拠にバインド・バイパーは、そのままスルスルと身体を縮めて木の上に戻ろうとしている。
「どうする?」
「頼む!」
 訊ねたのはハルカ。応えたのはトーヤ。
 その瞬間には、いつの間にか弓を構えていたハルカから矢が放たれ、バインド・バイパーの目に突き立っていた。
 ……いや、いくら距離が短く、蛇の頭がでかいとは言っても、その目って2センチぐらいしか無いんだぞ? それを的確に射貫くって。
 俺がそんな風に驚愕している間にも、状況は動いていた。
 矢が突き立った瞬間に大きく口を開いたバインド・バイパーの口の中にナツキが突きだした槍が刺さり、そのまま木に縫い止められる。
 俺もすぐに参戦し、頭に槍を突き刺そうとするが――
「硬ぇっ!」
 想像以上にバインド・バイパーの頭蓋骨が硬い。
 ナツキの槍は蛇の口腔内から下顎に向かって突き抜けているが、頭蓋骨を突き刺そうとした俺の槍は、想像以上に丈夫な表皮と骨ではじき返されてしまった。
「オレが!」
 俺の代わりに剣を叩きつけたのはトーヤ。
 身体の部分に関しては効果が薄かったトーヤの剣だが、硬い物に鈍器は良く効く。
 『ごしゃり』と鈍い音を立てて、頭蓋骨ごとバインド・バイパーの頭を叩きつぶし、血飛沫で木の幹を染めた。
 その威力はなかなかの物だったが、その一瞬先に、ナツキが素早く自分の槍を引き抜いていたことは見事としか言いようが無い。
 あのままだと下手したら槍が壊れかねないからな。さすがにハルカの放った矢の方は一緒に砕かれてしまったが。
「やったか? ……フラグじゃ無いぞ?」
「いや、この状態から復活するとかは無いだろ、いくら何でも」
 頭を完全に叩きつぶされ、木の上からだらんと垂れ下がったバインド・バイパーの胴体。
 掴んで引っ張るとシュルシュルと解けて、ドサリと地面へと落ちた。
「……長ぇなぁ」
「だな。トーヤ、ちょっとそっち持ってくれ」
「おう」
 2人で尻尾と頭を持って伸ばすと、少なくとも4メートルは軽く超えている。この長さと比べると胴体が細いようにも見えるが、それでも俺の太股ぐらいはあるんだよなぁ。
「トーヤ、バインド・バイパーから採れる素材はなに?」
「え、覚えてない――あ、【鑑定】か。皮と肉だって。……肉、食えるのか、これ? めちゃくちゃ硬かったんだが」
 トーヤが少し困惑するかのようにバインド・バイパーに視線を向ける。
 俺も槍の柄で胴体を叩いてみるが、返ってくるのはボコン、ボコンと、まるでゴムタイヤでも叩いているかのような弾力。少なくとも美味そうには見えない。
「皮は丈夫そうだが……ユキ、これって切れるか?」
「えっと、小太刀で、だよね? ちょっと待って」
 ユキが小太刀を引き抜いて切りつけると、一応は切れるのだが、死体になったこの状況でもやや苦労する感じ。俺も槍で刺してみるが、感覚としてはオークの皮よりも丈夫そうである。
「オレの剣は胴体には効果が無かったんだよなぁ。オレも切れる剣が必要か?」
「蛇だから、頭を潰せるトーヤの武器は重要だろ。頭を一気に切り落とせれば別だが……ナツキならできるか?」
 レベル1だが、【刀術】のスキルを持ってるんだよな、ナツキって。元々も身につけていた技術のおかげなんだろうが。
「私ですか? ……ハルカ、少し小太刀を貸してください」
「ん、どうぞ」
 ハルカから小太刀を受け取ったナツキがバインド・バイパーの死体を前に腰を落とすと、息を整え、一気に小太刀を抜き取り切りつける。
 その所作は見事というしかないが、結果としては胴体の半分程度までを切断するに留まった。
 それでもユキに比べると大きく切れているのだが。
「ふぅ。少なくともこの小太刀では無理ですね。この状態でこの結果ですから、戦闘中では……。背骨の部分を断ち切るのは難しそうです」
「確かに、この背骨は硬そうだなぁ」
「薙刀なら遠心力と重量で押し切れるかもしれませんが……」
 トミーに頼めば作ってくれるかもしれないが、必要があるかだよな。
 森という場所では、振り回すタイプの武器は少し相性が悪い気がする。
「バインド・バイパーに関して、ということであれば、必要ないわよね」
「はい。基本1匹ですし、槍も刺さります。止めはトーヤくんがいますし」
「魔法もあるしな」
「そうね、次は魔法を使ってみることにして、今は解体しましょうか。他のに比べて簡単そうなのはメリットね」
 ハルカのその言葉に、俺たちは手分けして解体を始めた。
 頭の残骸から魔石を回収し、腹を割いて内臓と骨を取り出す。
「気分的にはウナギを捌いているような感じよね。やったことはないけど」
「一般人は、ウナギを捌く機会なんか無いですからねぇ。……骨離れは良いですね」
 ナツキが頭から尻尾まで切れ目を入れて骨を引っ張ると、そのまま繋がってスルスルと抜けてしまった。
 あとは皮と肉を分ければ終わりなのだが……。
「なかなかに……微妙な肉の色ね」
「だよな。てっきり白いのかと。あまり美味そうに見えない」
 バインド・バイパーの肉の色は、赤かった。マグロなんかも赤いのだから、異常というわけでは無いのだろうが……あまり食べたいとも思えない。
「純粋な味ではオークの方が美味しいみたいですよ? 入荷数が少ないので、同じぐらいの値段で売れるみたいですけど。逆に皮は高く売れます」
「なかなか綺麗ではあるよな、この皮。……そういえば、蛇が苦手な人はいないのか?」
 蛇はダメとか、蜘蛛はダメとかありそうなものだが、今回の戦闘、特に誰もそういう様子は見せていなかった。
 ちなみに俺は、芋虫とかがダメである。
 もし魔物として出現したら、遠距離から魔法で焼き尽くす所存である。
「あたしは少し苦手だけど、ここまでのサイズになると、それ以前の問題というか……」
「それはありますね。蜘蛛なんかも別物って感じです」
「ある程度は割り切りよね。最初は解体するのも吐きそうだったわけだから。――よし、できた」
 ハルカがトーヤを助手に剥ぎ終えた皮を、くるくると丸めてマジックバッグへ突っ込み、残った肉も適当なサイズにカットしてバッグの中へ。
「それじゃ、もう少しだけ探索して帰りましょうか。できたらもう一度、バインド・バイパーを、今度は魔法で斃しておきたいわね」
「了解。探そう」
 森の奥まで入ったためか、2匹目のバインド・バイパーはあっさりと見つかった。
 索敵にはスカルプ・エイプらしき反応もあったのだが、そちらは避けてバインド・バイパーと魔法で戦闘。これをあっさりと撃破した。
 通常の『{火矢}(ファイア・アロー)』ではほとんど効果が得られなかったのだが、オークの頭を吹き飛ばすレベルの『{火矢}(ファイア・アロー)』であれば、バインド・バイパーの頭もまたあっさりと貫通した。
 ただ問題点として、バインド・バイパーが居るのが基本的に木の枝の上であるため、『{火矢}(ファイア・アロー)』を使うと頭と一緒に枝まで吹き飛ばしてしまい、少々周りに対する被害が大きいのだ。
 延焼したりはしないので、大きな問題では無いのだが、余裕があればトーヤが頭を潰す方がスマート(?)だろう。
 尤も、被害を気にしなければ、トーヤに加えて、俺、ハルカ、ユキがバインド・バイパーにとどめを刺せることが解ったのは大きい。
 ――大きいのだが、逆に1人有効打が無いナツキがちょっと不満そうな顔で、妙なやる気を見せている。
 う~む、大丈夫だろうか……?

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103.md

@ -0,0 +1,436 @@
# 103 ランクアップ
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
バインド・バイパーを発見し、斃す。
やや硬いが、1匹であればさほど問題ないと判断する。
追加でもう1匹斃してみるが、魔法であれば大して脅威では無い。
---
 森から出た俺たちは足早に町に戻り、ギルドへと向かった。
 2匹目のバインド・バイパーを斃し、帰還しようとした所で2匹のオークを発見、これを斃していたため少し予定が狂ってしまったのだ。
 避けること自体は難しくなかったのだが、オークの巣の殲滅を報告すれば魔石の高価買い取り期間も終了することを考えれば、見逃すのも惜しかった。肉の確保もできるしな。
「あまり混んでなければ良いんだけど……」
「まだ大丈夫じゃないか? 木こりの護衛をしている冒険者が戻ってくるのは、もう少し後だろ?」
 俺たちは別に目立ちたいわけじゃ無いので、報告自体が面倒と言えば面倒なのだが、世話になっているディオラさんへの義理もあるし、そもそもオークリーダーの魔石を売れば、必然、解ってしまうことでもある。
 であれば、普通に報告した方が印象も良いだろう。
 そんな話をしながら入った冒険者ギルドの中は、いつも通りやや閑散としていた。何とか、忙しい時間帯は避けられたようだ。
 カウンターに座っていたディオラさんもすぐにこちらに気付き、ニッコリと笑って声を掛けてきた。
「おかえりなさい、みなさん」
「ただいま、ディオラさん。いつも通り、納品を」
「はい、それでは裏に」
 そうディオラさんに促され、裏の倉庫へと移動する俺たち。
 最近はオークの納品ばかりだから、カウンターで処理する機会がめっきり減り、いつもこちらに移動するはめになっている。さすがに表のカウンターに並べるには、オークの肉は大きすぎるからなぁ。
「ハルカさんたちは最近、コンスタントにオークを納品してくれますよね。そろそろオークの巣が全滅しちゃうんじゃないですか? うふふふっ」
 おや、ナイスタイミング。
 冗談っぽく笑うディオラさんに俺は頷いた。
「はい、実は殲滅が終わりました」
「ふふふ……はい? え、殲滅?」
 ディオラさんは表情を凍らせ、首をかしげて、そう聞き返してきた。
 それに対して再び頷く俺たち。
「東の森にあった巣にいたオークは、ですけどね」
「討ち漏らしが居ないとは言えないけど、オークリーダーも4匹斃して、巣も破壊したから」
「オークリーダーを4匹、ですか!?」
「ええ。これ、魔石ね」
 ちょうど倉庫に着いたので、そこのカウンターの上にハルカがオークリーダーの魔石を4つ、それに普通のオークの魔石も10個あまり並べる。その隣に、俺たちもオークの毛皮を並べていく。肉はもちろんキープ。
「ちょ、ちょっと待ってください……確かに、オークリーダーのようですね」
 手に取った魔石を何かの道具の上に乗せて、その目盛りを読み、ディオラさんが少し信じられないような表情を俺たちに向けてくる。
 だが、俺的にはその道具が気になるんだが……。
「ディオラさん、それって何なんだ?」
 と思っていたら、トーヤが訊いてくれた。
「これですか? これは魔石の魔力量を計る魔道具です。魔物の名前までは判りませんが、このあたりなら魔物の種類も限られますから、あまり問題は無いんです」
 魔物の名前まで判定してくれる、もっと高性能な物もあるようだが、魔石の買い取り価格は魔力量で決まるので、実用上は問題が無いらしい。ちなみに、トーヤの【鑑定】でも魔物の名前が分かるのだが、トーヤの知らない魔物の魔石であっても同じなのかは解らない。
「オークリーダーの魔石が4つに、オークの魔石が12個ですか……。本当なんですね。普通、ランク2の冒険者ができる事じゃ無いですよ?」
 若干呆れたようにディオラさんが言いながら、ため息をつく。
「いきなり攻め込んだわけじゃ無くて、ちょっとずつ減らしましたから。今までもオークを持ち込んでましたよね?」
「確かに、オークの巣1つ分ぐらいは持ち込まれてますね。でもまさか、オークリーダーを斃せるほどだとは……」
 普通のオークであれば、ランク2ぐらいのパーティーでも斃せる強さなのだが、オークリーダーとなると、一気に難易度が上がる。ギルド主催のオーク殲滅依頼でも、オークリーダーの討伐では怪我人は当たり前、死人も普通に出るらしい。
「ちなみに、高ランクの冒険者なら?」
「高ランクの人たちは凄いですからねぇ……。オークぐらいなら、鼻歌を歌いながら、片手で切り捨てますよ。さすがにオークリーダーになると、そんなことをできるのは極一部ですけど」
 おおぅ、極一部でも、あれを鼻歌交じりに切り捨てられる人がいるのか。想像以上に冒険者のレベルが高かった。
「もちろん、そんな人たちはこの街にはいませんけどね。以前、オークの巣の殲滅が遅れて、オークジェネラルが発生したときに、代官様が大金を払って呼び寄せた事はあるんですけど」
 そんな高ランクへの依頼料は莫大らしく、結果的に代官は責任を取らされ、領主に更迭された。
 それを教訓に、以降に派遣されてきた代官は、適当なところで冒険者ギルドに補助金を払い、巣の殲滅を行わせているんだとか。
「あとは、オークの毛皮ですね。さすがに肉は持ち帰れませんでしたか」
「………」
 もちろん持っているのだが、マジックバッグの容量について話すつもりは無いので、沈黙を保つ。容量あたりの単価で言えば、肉よりも毛皮の方が高いので、ディオラさんも不審には思わなかったのだろう。
「……はい、査定完了です。報酬をお渡ししますので、カウンターの方へ。あと、ランクアップもしますので、支部長にも会ってもらえますか?」
「あ、ランクアップするんだ?」
「はい。さすがにオークの殲滅をしたハルカさんたちを、ランク2のままにしておくのは。素行に問題も無いですから。ちょっと待っていてください」
 逆に言えば、素行に問題があれば、強くてもランクは上がらないのだろう。
 倉庫から出て行ったディオラさんを待つこと数分ほど。戻ってきた彼女に案内されて俺たちはギルドの3階に移動し、奥の部屋の前に立った。
 何の変哲も無いドアだが、ここに来たということは、ここが支部長の部屋なのだろう。
「支部長、入りますよ?」
「おう」
 ディオラさんが扉をノックして、返答が聞こえるか聞こえないかの段階で扉を開き、中へと入る。
 その後について入った部屋の中は、特に豪華ということも無い、ごく普通の部屋だった。
 左右の壁際に置かれた棚の中には木箱が詰め込まれていて、その下の床にも木箱が積まれ、むしろ雑然としている。
 部屋の奥には机が置かれ、そこに座っていたのは初老に足を踏み入れた男。
 髪の生え際は少し後退しているが、それなりに鍛えられた身体を見るに、元は冒険者なのかもしれない。
「そいつらがディオラが言う有望な冒険者か?」
「はい。若者特有の根拠の無い自信や無謀さもなく、堅実に仕事を熟してくれる方たちです」
 少し値踏みするような視線で俺たちを見ていた支部長は、一つ頷くと、椅子の背もたれに身体を預けた。
「ふむ……まぁ、副支部長がそう判断したのなら、俺は反対はしない。俺がラファンの町の冒険者ギルド支部長、マークスだ。短い間だろうが、よろしく頼む」
 何やら投げやりな言葉だが、低ランクの冒険者相手ならこんな物か。
 それより、ディオラさんって副支部長だったんだ?
 幹部とは訊いていたが……。
「支部長! もっとちゃんと挨拶してください! 珍しくこの街に定住してくれそうな冒険者なんですから!」
「……なに?」
「すでにこの街に土地を買って、家も建てています。ねぇ?」
「はい、先日完成しました」
 ハルカがそう言って頷くと、マークスさんは急に表情を改めて立ち上がると、笑顔を浮かべてこちらに近づいてきた。
「おぉ、これはすまん。ランク4ぐらいになると、この街を離れる冒険者が多くてな。ランクに見合う適当な仕事が無くてな」
「無いんですか?」
「無いな。お前さんたちみたいにマジックバッグ持ちならオークで稼げるが、そうで無ければなかなか稼げなくてなぁ……」
 ランク1、2ぐらいからできる『木こりの護衛』の仕事。
 これの次の仕事が、この街には無いらしい。
 戦闘のランク的にはオークあたりがちょうど良いのだが、このあたりのオークは通常、街道の近くまでは出てこず、狩るためには森の奥まで行く必要がある。
 そうなるとマジックバッグ持ちでなければ、素材の持ち帰りに支障が出て稼げない。
「そんなわけで、期待しているぞ、ハルカ、ナオ、トーヤ、ナツキ、ユキ」
 マークスさんはそう俺たちの名前を呼びながら握手をして、肩を叩いた。
 俺たちに会ったのは初めてにもかかわらず、誰の名前も間違えていないところを見ると、興味なさそうでありながら、きちんと特徴と名前を覚えていたのだろう。
 ちょっと脳筋っぽいのに、かなり有能である。
「しかし支部長、先ほど報告したように、東の森のオークはすでにハルカさんたちが殲滅していますので……」
「そうなんだよなぁ。ギルドとしちゃ、適当な仕事が紹介できないのは申し訳ないんだが……。北の森で木を切ってきてくれりゃあ――」
 小さい声でそう口にしたマークスさんに、ディオラさんが厳しい目を向けて言葉を遮った。
「支部長! ハルカさんたちを殺すおつもりですか!?」
「わーってる、わーってる。単なる希望だよ。せめて山脈の麓まで道を付けられりゃ、護衛だけならランク4、5ぐらいでも、なんとかなると思うんだがなぁ」
 そのあたりのランク向けの仕事が無い事が冒険者が町を離れる原因となっているのは、支部長としても把握していて、以前からそれの解決策を模索しているらしい。
 また、この町の代官も、北の森の奥で伐採できる銘木の不足には頭を悩ませていて、ギルドへの銘木買い取り依頼の他、伐採しやすい環境の整備にも補助金を出すという姿勢を示しているという。
 だが、道を付けるためだけに、外部から高ランクの冒険者を呼び寄せるほどの資金は無く、内部で賄おうにも条件を満たす冒険者の絶対数が足りない。その上、町で育った冒険者もランクが上がると、仕事が無いので流出する。
 必然的に、支部長の構想は長い間停滞を続けているわけである。
「あの、申し訳ありませんが、北の森に道を付けることなんて無理ですよ?」
 ナツキが躊躇いがちにそう言うと、マークスさんが、ガハハ、と笑って頷いた。
「もちろん、そんなことは解ってるし、頼みゃしねぇよ。ディオラに殺される」
「支部長……?」
 ディオラさんがニッコリと笑ってマークスさんを見上げる。
 目は全く笑っていないが。
 その視線にマークスさんは慌てたように首を振った。
「あぁ、いやいや、ディオラは冒険者思いだからな! うん、素晴らしいことだと思うぞ」
「ですよね? 無理な仕事を斡旋するなんて、最低ですよね?」
「勿論だとも!」
 和にこやかに頷くディオラさんに合わせてマークスさんも頷いているが、その額には汗が浮かんでいる。
 うーむ、実は力関係的には、ディオラさんの方が上なのだろうか?
 ディオラさんって、時々、結構迫力あるしなぁ。
「お前たちは普通にこの街に居て、可能ならランクを上げてくれりゃそれで良い。成功している奴が身近にいれば、多少は町に残る冒険者も増えるだろうさ」
 そう言って笑ったマークスさんだったが、そこにディオラさんが水を差す。
「そう上手く行きますかねぇ。結局は仕事が無いのが原因なんですから。ハルカさんたちは上手くやっていきそうですけど、他の冒険者は……」
「そう言うなよ、ディオラ。正直、手詰まりなんだ。少しぐらい期待しても良いだろう?」
 マークスさんはため息をつくと席に戻り、少し疲れたように腰を下ろした。
「期待するのは自由ですが、ハルカさんたちにプレッシャーを掛けないでくださいね?」
「解ってるさ。だがなぁ……ディオラ、なんか案は無いか?」
「それを考えるのが支部長の仕事でしょう? 部下に愚痴らないでください」
 ディオラさんは呆れたような視線をマークスさんに向け、こちらもまたため息をついた。
 うーむ、そろそろ俺たちは退出しても良いのだろうか?
 と思ったら、ハルカがディオラさんに声を掛けた。
「あの、そろそろ私たちは良いですか?」
「そうでしたね。それでは皆さんは下のカウンターへ」
「あぁ、すまなかったな。できる範囲で良いから頑張ってくれ」
 マークスさんから苦笑交じりの激励をもらい、ディオラさんは俺たちを連れて部屋を出たのだった。

886
104.md

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# 104 また面倒くさいのが
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ギルドに戻り、オークの巣の殲滅を報告する。
ギルドの支部長に紹介され、ラファンの町で是非活躍してくれと、激励を受ける。
---
「まさか、一気にランク4になるとは」
「1つぐらいは上がると思ったけど、2つも上げてくれたわね」
 あの後、1階のカウンターに戻った俺たちは、魔石などの売却代金と合わせて、ランクが4に更新されたギルドカードを受け取っていた。
 ランクを上げてくれると言うから、てっきりランク3になるのかと思ったら、全員揃って4になったのだ。
 ディオラさん曰く、「オークの巣を1パーティーで殲滅できる冒険者がランク3は無い」らしい。一気に突入して殲滅したわけでは無いので、少し過大評価な気もするが、ランクが上がったのは素直に嬉しい。
「でも、あんまりランクって関係ないんですよね?」
「うん。ギルドからの信頼を数値化した物だから。さすがに7以上になると誰からも尊敬されるし、その社会的地位もかなりの物になるらしいけど」
 ランク3ぐらいからルーキーは卒業なので、冒険者として侮られることは無くなるようだが、ランク4では尊敬されるというレベルでは無い。
 ただ、簡単になれる物でも無いので、同じ冒険者であれば一目ぐらいは置いてくれるらしい。
 女性の多い俺たちのパーティーからすれば、多少のトラブル避けにはなるかも知れない。
「あ、でももう1つ、ランク4からダンジョンには入れるようになるから、ダンジョンに行くなら意味はあるよ」
 そう付け加えたのはユキ。
 今のところダンジョンに行く予定は無いが、一度ぐらいは入ってみたいと思っているので、その点を考えればランク4になれたのは良かったのか?
「でも、ダンジョンって近くにあるのか?」
「近くには無いわね」
「ダンジョンで有名な町はかなり遠いよ。小さいダンジョンが無いとは限らないけど」
「そりゃ、行くとしても当分先だな。せっかく家を作ったんだから」
「ですね。新築の家、長期間留守にするのは勿体ないです」
 ギルドを出て、そんな話をしながら歩くことしばらく。
 突然、後ろから声を掛けられた。
「紫藤さん!」
 ユキが。
 なんだか聞き覚えのある声に振り向くと、1人の男が駆け寄ってきた。
「先日はやや興奮して済みませんでした。少しお話し、良いでしょうか?」
 笑顔を浮かべてそう言う男の顔をじっくり見て、俺はポンと手を叩く。
「岩中か?」
 先日、女性陣に臭いとか言われたのが堪えたのか、今日の岩中は髭を剃ってきている。
 ただ、剃るのに何度か失敗したらしく、何カ所か着いた傷痕がちょっと痛々しい上に、剃り残しも多い。
 良く切れる刃物は手に入りづらいし、綺麗に映る鏡もないので、ある意味、仕方のない部分もあるのだが。
「はい。先日は慌ただしくて挨拶もできず……」
 えぇー? はっきりと俺とトーヤは無視してただろ?
 ハルカたちを口説く余裕はあったんだから、挨拶ぐらいはできたよな?
「あたしたちも用事があるから、手短にね」
 当然そんなことはユキたちも判っているので、やや不機嫌そうな表情でそう答える。
「はい。では本題から言います。提案なのですが、一緒に南の方へ移動して、皆さんと僕たちで合同パーティーにしませんか? これからの季節、この街の依頼は減っていきます。皆さんが受けられる仕事だと、生活は苦しくなりますよ?」
 良い笑顔で、妙なことを言い出した。
 女性陣だけを取り込むのに失敗したから、今度は俺たちも含めてってか?
 口調や態度も前回のハードネゴシエーションからソフトネゴに変えてきているが、この状況じゃ意味ないだろ。すでに不信感を覚えているのだから。
 一見人の良さそうな、その笑顔すら胡散臭い。
「ほぅ、前回オレたちを無視しておいて、今更合同?」
「だよなぁ? 俺たちのこと、サクッと無視してハルカたちをナンパしてたよなぁ?」
「い、いえ、後で声を掛けようと――」
「えー、そんな感じじゃ無かったよね~?」
「そうよね。それに、私たちのパーティーは5人で安定しているから、人数を増やす意味も無いわね」
「私たち5人でも、それなりのお仕事はできますから」
「いいんですか!? このままじゃずっとこの町で下らない仕事をして、一生を終えることになりますよ!」
 全員にあっさりと否定され、岩中が慌てたように口を開くが、そもそも前提がおかしいんだよな。なぜ自分たちは上に行けると思っているのか……。
「別に安定して暮らせるならそれも良いと思うよ?」
「それに私は、この街の仕事が下らないとは思っていません」
「なっ!」
 ユキとナツキの言葉に、岩中が驚いたような表情を浮かべるが、そもそも殆どの仕事なんてそんな物だよな?
 日本のサラリーマンだって、自分の就職した町で仕事をして一生を終える事はそう珍しいことじゃない。違いと言えば、交通手段の発達で気軽に旅行できることだろうが、転勤族でも無ければ、早々頻繁に住む町を変えたりはしない。
 危険の多いこの世界で、普通に仕事をして一生を終えられるなら、ある意味では成功者に分類されるんじゃないだろうか。
「第一、岩中君たちってあんまり強くなさそうだから、あたしたちに組むメリットが無いかな?」
「い、今は初期スキルの影響で少し負けているかもしれませんが、実は僕たち3人は全員、経験値倍化系のスキルを持っているんです!」
 岩中が突然口にしたその言葉に、俺たちは揃って顔を見合わせた。
 それが自信の理由か?
 当然俺たちの心情は『あの地雷スキルを全員? マジで?』と言ったところだが、岩中は何か勘違いしたらしく少し余裕を取り戻し笑みを浮かべた。
「経験値倍化系のスキルは、最初こそ他の転移者にスキルレベルで負けるでしょう。ですが、長期的に見れば確実に追い越せます。多少計画性があれば、無理してでも取るべきスキルですね」
 俺たちが顔を見合わせたためか、岩中は『どうせお前たちは取ってないだろ?』みたいな表情で俺たちを見た後、すごいドヤ顔で言い放った。
「更に私は、【スキルコピー】まで持ってるんですよ?」
 ――くっ、笑うな、笑っちゃダメだ! 頑張れ、俺の表情筋!
 岩中のドヤ顔を見ると吹き出してしまいかねないので、慌てて視線を逸らす。
 表情を変えていないのは、学校でもややポーカーフェイス気味だったハルカとナツキ。
 ユキは頬がピクピクと震えているし、トーヤは手で顔をぐっと押さえ、一見深刻そうな表情で、その実、爆笑を必死に飲み込んでいる。
 確か【スキルコピー】と経験値倍化系のスキルとなれば、最低でも150ポイントぐらいは必要だよな?
 岩中の成績は良かったから、ポイントが多いのは理解できるのだが、その使い道がこれとは……残念すぎる。
「今のところ、僕たちは後塵を拝しているかもしれません。ですが、将来的には{確実に}(・・・)、あなたたちを引き離します。そう、{圧倒的に}(・・・・)、ね」
「「「………」」」
「僕はこれから人の上に立つ人間なのです。あなたたちは今、僕たちの前を歩いているでしょう。ですが、僕たちの一歩はあなたたちより広く、追い抜けることはすでに{確定的}(・・・)なのです」
 自分の世界に入っている岩中は、俺たちが微妙な表情を浮かべていることにも気付いていないらしい。
 優越感を湛えた笑みを浮かべながら、所々無駄に強調しているあたりが、なんとも……。
 ここまでアレだと、逆にちょっと可哀想になるなぁ。
 だが、俺たちが黙って聞いているのにいい気になったのか、今度は俺たちを見てニヤニヤと嫌らしい笑みに変わってきた。
「ですがリーダーには人を使う器も求められます。あなたたちが上に立つことはできないでしょうが、僕の部下としてなら役に立ちます。今のうちにパーティーに入っていないと後悔しますよ? 僕たちが強くなった後では、いくらでも人が集まってきますから。そう、女性もね」
 ――え、何、この上から目線。
 ちょっぴり感じた同情が吹き飛んだんだけど。
 それはトーヤも同じだったらしく、呆れたような苦笑から獰猛な笑みに表情を変え、武器に手を置いた。
「……ほぅ? つまり今のうちに対処しておけと?」
 そう言ってトーヤが1歩踏み出すと、岩中はハッとして、気圧されるように2歩下がった。
 成績は良かったが、実はバカだろ、岩中って。
 追い越す前に「そのうち追い越しますよ」と言って、喧嘩売るとか。
「ぼ、冒険者同士でも武器を抜けば、衛兵に捕まりますよ!?」
「おう、そうだな。――ところで知っているか? この世界には犯罪歴を確認するようなアイテムは無いんだぜ?」
 そう言ってチラリと俺を見てくるトーヤに頷き、俺も口を開く。
「そうそう。ステータスに賞罰欄があって、街に入るときにチェックされる、なんてことは無いんだよな、残念なことに」
「ホントにな。街の外で起きた殺人とか、事件があったことすら判らないんだろうな」
「多分な。そういえば、森の奥なんかだと、魔物の死体もすぐに無くなるんだよな、何かに食べられて」
 チラチラと岩中に視線をやりつつ俺とトーヤがそんな会話をすると、その表情が見る見るうちにこわばり、顔色も悪くなっていく。そしてそのままじりじりと後退ると、「こ、後悔しますよ!」という言葉を残して走り去っていった。
 なかなかに見事な逃げっぷり。
 その決断力と、変に粘着しない潔さは褒めても良いが……。
「いやぁ、後悔するのは彼らだよね」
「だよなぁ。しかも、3人とも経験値倍化系のスキルを取ってるんだろ? 良くもそんなのが集まったよな?」
 彼ら3人が元から仲良かったかどうかは知らないが、同じ場所に転移してきたのか、それともこの街で出会ってパーティーを組んだのか……。
 似たもの同士だから纏まったのかもしれないが、どれぐらいの確率なのだろう?
「たぶん、もっと危ないスキルを取った人たちは淘汰されたんじゃない? 経験値倍化系を取った人は他の地雷スキルを取るポイントが残らなかったから、結果的に生き残ってる、って事かも」
 そう予想を披露したのはハルカ。
 具体的には【スキル強奪】や【英雄の資質】、【魔力・極大】だな。
「彼……岩中君はちょっと違いますけどね。【取得経験値2倍】でも確か50ポイントは必要だったと思います。それで【スキルコピー】まで持っているんですから、最低でも初期ポイントが150ポイント以上。完全に選択ミスですよね」
「勿体ないなぁ。オレ以上だったのに」
「そういえば、トーヤは【ヘルプ】を持ってないのに、【取得経験値2倍】とか取らなかったんだな?」
「だって50ポイントだぜ? どこに転移するかも解らないのに、リスク高すぎ。最初の戦闘に勝てなければ死ぬんだから、ある程度戦えるようにするだろ、普通」
 確かトーヤのポイントは120だったか?
 【取得経験値2倍】を取るのなら、最大でも70ポイント以内で戦闘スキルなど、必要なスキルを取る必要がある。
 ある意味では幸運なことに、それなりに生き残れそうな構成にしたら【取得経験値2倍】を取れるようなポイントは残っていなかったらしい。
「【取得経験値10倍】を持っていても、最初に出る敵に勝てなかったら無意味だよな、確かに」
「だろ? 都合良く雑魚に遭遇、上手いこと斃して一気にレベルアップ、とか運の要素が大きすぎ」
 俺たちは特に問題なく町まで辿り着いたが、トミーのように森の中に出現していたら、武器スキル無しはなかなかにリスクが高かっただろう。
 そう考えれば、岩中たちはそれなりに運が良かったのかも知れない。
「ユキが取らなかったのは?」
「あたし? あたしの場合はちょっと嫌な予感がしたから。成長率が10倍で120ポイントって明らかに安すぎじゃ無い?」
「おぉ、その勘は素直に賞賛したいが……」
「【スキルコピー】は取ったんだよな?」
「それはもう忘れてよ~~~。今は役に立ってるでしょ~~」
 情けない顔でポカポカと攻撃してくるユキの頭を押さえつつ、苦笑する。
 確かにスキルの数だけで言えば、今は俺たちの中でトップになっている。今後もそれは変わらないだろうし、それなりに何でもこなせるんだよな。
 やや器用貧乏になっているところはあるが。
「しかし、中途半端だったよね、彼って。和解しに来たのかと思ったら、途中から完全に喧嘩売ってたし。何がしたかったんだろ?」
 話を変えるようにユキがそう言い、呆れたように肩をすくめると、トーヤもまた大きく頷く。
「さぁなぁ。実はナチュラルに人を見下している奴で、喧嘩売ってるつもりも無かったりして?」
「まさかぁ、あれが素って事は無いだろ」
 と、俺は否定したのだが、ハルカは首を振った。
「そうとも言い切れないわよ。彼、日本にいた頃からその片鱗は見えてたから。私とは相容れない、間違っても友人にはなれないタイプね」
 俺は関わることが殆ど無かったのだが、一応優等生をやっていたハルカは、これまた一応委員長をやっていた岩中と関わる機会が何度もあったらしい。
 その経験からの評価が『友人にはなれない』である。
 ハルカがそう言う以上、俺たちもまた同じだろう。と言うか、これまでの対応を見れば、まともじゃ無いのはよく解る。
 恐らく異世界に来て、強そうなスキルを手に入れたことで{箍}(たが)が外れたのだろう。実はそんな良いスキルじゃない事なんて、そろそろ気付いても良さそうなものだが……ま、ある意味、俺たちにとっては都合が良いが。
「後の2人はよく知らないけど、先日のことを考えると、まともじゃ無いわよね」
「はい。少し厄介ですね」
「幸いというか、経験値倍化系を持っているなら、私たちが訓練をサボらなければ、彼らの方が強くなることは無いと思うけど……」
「単純な強さだけじゃ無いからな……面倒くさいなぁ」
 現時点では俺たちの方が強いと思うが、常に警戒しているというのは難しい。不意打ちを食らう可能性を考えるなら、それこそ『包丁で刺されても大丈夫』にならなければ気は抜けない。しかも襲ってくるのは痴情の縺れなどと言う色気(?)のある物では無く、ただの暴漢である。
「さすがに街中で襲ってくることは無い、わよね?」
 少し自信なさげにハルカがそう言うが、ユキは少し考えて首を振った。
「う~ん……取りあえず、あたしたちは常に3人、もしくはトーヤかナオのどちらかと一緒に行動しよ。2人には迷惑掛けるけど」
「気にするな。大した手間でも無いし、1人で出歩かれて襲われた方がキツい」
「だよな。解りやすく襲ってくれりゃ、始末できるんだが」
「おぉ、トーヤ君ってば、過激!」
 俺がそう言って茶化すと、トーヤは少し心外そうな表情を浮かべた。
「えー、ナオだってそう思わなかったか?」
「……まぁ、少しだけ手を出してくれたらすっきりする、とは思った事は否定しない」
 できれば町の外で。
 街中だとあまり過激な反撃はできないだろうし。
「問題は町の外ですが……活動場所を森の奥にすれば問題ないですね。彼らだと入ってこられないでしょう。万が一付いてきても、その時は行方不明になるだけでしょうし」
 さすがナツキ、なかなかに容赦が無い。
 笑顔を浮かべているのが更に怖い。
「……ちなみに、それは人為的に?」
「向こうが何もしないうちは何もしませんよ、さすがに」
「だよなぁ。ははは」
 いくら『アレ』な奴らでも、こちらから手を出すのはさすがに躊躇する。
 少し安堵して笑うトーヤだったが、続いたナツキの言葉に表情を凍らせた。
「でも……私たちが仕留め損ねた魔物が彼らの方に向かう可能性は、無いとは言えないですよね?」
「「………」」
 そう言って微笑むナツキに、俺とトーヤは沈黙で応えたのだった。
            
 ラファンの町、日雇い労働者や低ランクの冒険者相手の宿があるエリア。
 そんな場所にある、最低よりも少しだけマシな一軒の宿に、岩中たち3人が泊まっている部屋はあった。
 3段ベッドがギリギリ入る小さな部屋。家具はおろか、僅かに残っているスペースも、人がすれ違うのもやっとというほどに狭い。
「クソッ!」
 荒々しく扉を閉め、ドカリとベッドに腰を下ろした岩中は吐き捨てるように悪態をついた。
「首尾は聞くまでも無さそうだな」
「紫藤1人ぐらい連れてこられなかったのかよ」
 そんな岩中を前田と徳岡がベッドの上から見下ろし、不満げに口を開く。
「なら前田、あなたが行ってきてください。5人の中から1人だけ連れ出すことなんてできるんですか!?」
 岩中はベッドにゴロリと寝転がり、上に向かって吐き捨てた。
「街中で、強引に引っ張ってくることもできねぇしなぁ。やっと見つけたってのに、上手く行かねぇな」
「部屋に連れ込んじまえばどうとでもなるってのに」
 ギルドでハルカたちを見つけたこの3人。前回の反省を踏まえて方針転換、女性陣の1人だけでも上手く誘い出せればと考えていたのだが、結果はご覧の通り。
 そもそも大して口が上手いわけでもない岩中が、最初から好感度マイナスになっている相手を1人だけ自分たちのテリトリーに引き込めると考えること自体が愚かなのだが、それが理解できるような人物なら、最初からあんな行動は取っていないだろう。
「しかも彼ら、下手に手を出したら殺す、って脅してきましたよ」
「はあっ!? 紫藤が、か?」
「いえ、神谷と永井。直接的じゃないですが。町の外では、犯罪も取り締まれないって」
「確かにな。この世界、町の外じゃ人目がねぇし、人が行方不明になったところで魔物の餌食になったと思われるのがオチ。捜査もされねぇよな」
「それは俺らも同じだろ。上手く町の外で{攫}(さら)っちまえば……」
「勝てますか? 僕たち3人で?」
 岩中の言葉に、徳岡と前田が考え込む。
「……人数は負けてるが、経験値的には俺たちの方が上だよな?」
「だが、スキルレベルはあいつらの方が上だろ? 経験値倍増系取ってねぇんだよな?」
「反応からすれば、そうでしょうね」
「攫うなら、殺すわけにはいかねぇしな。手足ぐらいなら……」
「僕は嫌ですよ、手足が無いのなんて。そんな特殊性癖は無いですから」
 徳岡たち3人の知る範囲では、ハルカたちは彼らよりも後から南の森へ移動している。
 つまり、薬草採取などの簡単な仕事を長く続け、戦闘経験も少ないと考えているのだが、それでも高レベルの戦闘スキルは侮れない。
「クソッ、もっと強けりゃ、神谷と永井をぶち殺して、あいつらを俺たちの物にしてやるのに」
「徳岡、お前は【取得経験値10倍】だろ? 早くレベル上げろよ」
「できたらやってるぜ。この世界、明確なレベル制じゃねぇだろ? ゴブリン斃したぐらいじゃスキルも付かねぇし」
「経験値も、キャラクターレベルも見えないですから、解りづらいですよね」
 実のところ、3人とも経験値倍増系スキルと素質系にポイントを割り振ったため、まともな戦闘スキルを取れず、ゴブリン1匹斃すのにも苦労していた。
 それでも何匹かはゴブリンを斃しているのだが、それによって体感できるレベルで強くなっているとは思えなかった。
「キャラクターレベルもスキルレベルも、こっちの奴は認識してねぇだろ? 俺たちもスキルレベルだけは見えるが……。【取得経験値10倍】って効果あるのか?」
「スキルとして表示されているのですから、無い事はないでしょう。そもそも冷静に考えれば、さほどおかしくは無いですし」
「……どういうことだよ?」
「そうですね、この世界の仕組みが解りませんから、キャラクターレベル制とスキルレベル制の2つのパターンで考えてみましょうか。
 まずは前者のキャラクターレベル制。
 古典的なRPG、ドラゴンク○スト的な物ですね。僕たちはゴブリンを斃しましたが、アレは最弱に分類されるの魔物です。ドラゴンク○ストで言えば?」
「そりゃ、スライムだろ」
 考えるまでも無く即答した徳岡に、岩中が頷く。
「ですね。徳岡で言えば、今、スライムを数十匹斃した状態です。レベルは上がりますか?」
「……上がるだろ? 良く覚えてねぇが、確か数回の戦闘でレベルアップしたぜ?」
「そう、上がります。但し、レベル1なら」
「あぁん?」
 そう言って指を立てる岩中に、前田が訝しげな表情を向ける。
「この世界で僕たちは成人の年齢に達しています。そんな僕たちのレベルは1でしょうか?」
「……普通なら、もっと高ぇよな」
「はい。仮に10ぐらいとしましょうか。その場合、スライムを数十匹斃したぐらいでレベルは上がりますか?」
「無理、だな。数百、下手したら千の単位で必要か?」
「はい。経験値1が10倍になっても僅かに10。大した量ではありません。それに、ゴブリンを数十匹斃したぐらいで簡単に強くなれるなら、この街にいる中年以上の冒険者は何だ、って話ですよね」
 ラファンの町には徳岡たちを怒鳴りつけていたような、中年以上の冒険者もある程度いる。
 南の森で護衛をする場合には率先してゴブリンを狩っているため、これまでに斃してきた数で言えば数百というレベルでは無いだろう。
 にもかかわらず、未だにこの街で木こりの護衛をして生活している。
 簡単にレベルが上がって強くなるのなら、彼らがこの街にいることはおかしい、というのが岩中の考えである。
 成績は良かっただけに、そのあたりの考察はまともにできるのだ、一応。
「もう1つ、スキルレベル制。戦闘か訓練かによってスキルレベルが上がり、それによって強化されるという仕組みですね。ステータスでスキルレベルが見えますから、こちらの方が可能性が高いと思っています。
 訓練などによって経験値が溜まって、スキルレベルが上がると考えられますが……徳岡、こちらに来てどれくらい剣の訓練をしましたか?」
「あ~~、あんまりしてねぇな」
 頭をかきつつ、そう答える徳岡に、岩中が頷く。
「ですよね。全くの剣の素人が生き物を切れるようになるまで、どのくらいの期間が必要ですか? 仮に10ヶ月程度で多少使えるようになるとしても、1ヶ月はみっちりと訓練しないと、いけないことになります」
「かぁぁっ! 【取得経験値10倍】があれば、楽にハーレムでも作れると思ったのによぉ!」
 そう叫んで上を見上げる徳岡に、岩中が呆れたような視線を向け、ため息をつく。
「訓練の効率が10倍なんですから、真面目にやったらどうですか? 頻繁に女を買いに行く暇があったら」
「バカッ、おめぇ、大銀貨1枚足らずで1回できるんだぜ? 行かねぇ理由がねぇだろ!」
 徳岡が言うように、このあたりの街角なら、安ければ1回分の食事代程度で街娼が買える。
 ただし、相手も数を熟すことで稼いでいるので、場所は路地裏の暗がり、地面に適当な物を敷くか、下手をすれば立ったままでやることになる。
「街娼は安いが、汚ぇし、顔もなぁ……暗いからまだマシだが」
「お前は頻繁に買いすぎなんだよ。数日ぐらい我慢して、多少金を出せばマシになるぜ?」
「あなたたち、せめて娼館に行ったらどうですか?」
 岩中が呆れたようにため息をつくが、そんな岩中を見て、徳岡は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「高ぇよ、娼館は。岩中、お前、何回ヤった? 数回しか行ってねぇのにスッカラカンだろ」
「うっ……確かにそうですが、それはあなたたちも同じでしょう? 多少金があったら、街娼を買いに行ってるんですから」
「――けっ。お前が紫藤を引っ張って来れてりゃ、解決だったんだがな」
「それで3人で共有ってか? そりゃそのへんの街娼と比べりゃ、ダンチだがよぉ」
「邪魔ですね、神谷と永井」
「あぁ。あいつらがいなけりゃ、ちょうど3人。数も合う。――岩中、お前は誰が良い?」
「僕は東ですね。いっつも僕よりも順位が上で、目障りだったんです。ヒイヒイ言わせてやりたい」
「俺は古宮だな。あのすまし顔が歪むことを想像すると……へっへ」
「じゃあ、俺は紫藤か? まあ、ああいう小さいのも嫌いじゃ無いが」
 言うまでも無く、相談している内容はこちらの世界であっても犯罪なのだが、その認識も無いのか、それとも気にしていないのか。
「ま、時間が経てば経つだけ僕たちが有利なんだ。上手く機会を見つけましょう」
「おう、そうだな」
 3人は顔を見合わせて、嫌らしい笑みを浮かべた。

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105.md

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# 105 研究室を整えよう
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
オークの巣の殲滅を報告し、冒険者ランク4になる。
ギルドを出たところで岩中から勧誘を受けるが、あっさり断り、追い返す。
宿に戻った岩中は、徳岡、前田と下種な企みを話し合う。
---
 俺たちが家を購入して以降、食事の準備は基本的に、ハルカ、ナツキ、ユキが持ち回りで担当していた。
 俺とトーヤもやるべきか、という話はあったのだが、一度作って食べた後、俺たちは全会一致で片付け担当に任命された。
 解せぬ……事は無い。文字通り、俺も含めての{全会一致}(・・・・)だったので。
 別に俺も全く料理ができないわけではないのだが、それは所詮日本に於いての話。
 スープの素を一匙入れれば美味いスープができあがり、具材と合わせ調味料を混ぜて炒めるだけで本格的な料理ができる。そんな環境での事である。
 せめてカレールーか焼き肉のタレがあれば、たまには担当できたのに。
 ちなみにこの2つ、個人的にはかなり上位にランクインする万能調味料である。
 調味料が足りないのはハルカたちも同じなのだが、そこは元々の料理スキルが違う。
 ブイヨンやコンソメを作り上げ、魚を干して{出汁}(だし)を取れるようにし、毎日美味い料理を食べさせてもらっている。
 今日もそんな美味い朝食を食べ終え、俺たちは食休みにお茶を飲んでいた。
「ふぅ。今日も美味かった。ナツキ、ありがとう」
「お粗末様です」
 朝食を作ったナツキに礼を言うと、彼女は手に持っていたティーカップをテーブルに置き、ニッコリと微笑む。
「しかし、毎日これだけの料理、大変じゃないか? 時間が掛かるだろ?」
 今日の朝食は野菜スープに焼きたてのパン、厚切りベーコンっぽいお肉と果物。
 日本であればちょっぴり手抜き? という感じの朝食だが、こちらでこれを作るとなればかなり大変である。
「そうでもないですよ。ベースとなるブイヨン、コンソメはハルカたちと一緒に大量に作って、マジックバッグに保存してありますから」
「ベーコンも一応自家製なんだよ。腐る心配が無いから、大量に仕込めるのが良いよね」
 ユキが大工のシモンさんの所から木材チップを分けてもらい、オーク肉の塩漬けを燻製にして作ったらしい。
「まぁまぁの出来だけど、塩の量やハーブの配合に改善の余地はあるかな?」
「いや、かなり美味いぞ? なぁ、トーヤ?」
「そうだな。オレの知っているベーコンに比べると、燻製の香りが強くてジューシーだな。なんか、高級な感じ?」
「そう? お肉自体が良いからだと思うけど……。でも良かった」
 俺とトーヤの感想に、ホッとしたように頬を緩めるユキ。
 初めて作ってあの味とか、マジ凄い。スキルの恩恵故?
「なぁ、ウィンナーは作れないか?」
「う~ん、あれはミンチを作る機械と、腸に詰めるための道具が無いと難しいかなぁ……」
 トーヤのリクエストに、困ったようにユキは首を振る。
 ウィンナーもベーコン同様、作り方だけは知っているようだが、専用の道具が無ければ作るのはなかなかに難しいらしい。
 俺も久しぶりにウィンナーは食べたいが、こちらに来てからは見ていないので、存在していない可能性もある。そうなると道具も売っていないわけで……作ることも視野に入れるべきだろうか?
「ちなみに、パンの方も2次発酵まで終わらせた段階の物を数日分、例のマジックバッグに入れてあるから、実は焼くだけなのよね。オーブンが無いから、少し面倒なんだけど」
「あぁ、あのマジックバッグはそういう用途だったのか」
 少し前、ハルカに頼まれて、布袋の代わりに木箱を使ったマジックバッグを作ったのだが、これには空間拡張や軽量化の機能は一切含めず、時間遅延のみに全力を尽くした特殊な物になっている。
 『台所で食料品を貯蔵する』とは聞いていたが、あのマジックバッグであれば、2次発酵後のパンでも数ヶ月程度はその状態で保存可能だろう。
「と言うか、あえて2次発酵後じゃなくても、焼きたてのパンを入れておいても良くないか?」
「それは……言われてみれば、そう、かも?」
 俺の言葉を否定しようと口を開いたハルカだったが、途中で言葉を途切れさせ、首をひねった。
「ほぼ時間を止めるわけだから、焼きたてをキープすることもできるのよね……」
「そもそも何で2次発酵状態で置こうと思ったんだ?」
「普通のパンって、1次発酵して成形した段階か、少しだけ焼いた状態で冷凍保存するのよ。そうすると、冷凍庫から出してオーブンに入れるだけで、簡単に焼きたてパンが食べられるんだけど……それに発想が引っ張られたから、ね」
「箱形だし、冷蔵庫っぽいもんなぁ」
 そのイメージから、冷凍庫、冷凍食品という方向に行ったのか。
 日本でも家庭で長期保存と言えば、冷凍だから、ハルカの発想もよく解る。
「よく考えると、このマジックバッグ――いえ、箱形ですし保存庫とでも言いましょうか。これがあれば、毎日食事を作らなくても、できたてが食べられるんですね」
「ちょっと手抜きではあるけど、{薪}(まき)の節約にもなるし、悪くないんじゃないかな?」
「それは良いな。大量にストックしておいてもらえれば、オレたちでも小腹が空いたら、簡単に食べられるって事だろ?」
 お湯を入れて3分的なインスタント食品が無いこの世界、温かい食事をしようと思うと、結構手間が掛かる。
 だが、そんな手間も、(ナツキ命名の)保存庫があれば一気に解決。消費期限すらほぼ気にする必要が無い。
 もちろん、料理を作ってくれる人がいてこそ、ではあるが。
「冷蔵庫以上に便利なのね……作る必要ないかしら?」
「あ、ハルカ、冷蔵庫を作る予定だったのか?」
「ええ。アエラさんの所にあったでしょ? あれがあれば便利かと思ったんだけど……」
 アエラさんの所の冷蔵庫か。
 あれは業務用だけあって、俺が数人収納できるほどの大きさがあったが、家庭用にはもっと小さい物が普及している……わけではない。
 魔道具だけあってメチャメチャ高価で、小さな物でも一般庶民に手の届く代物ではないのだ。
 俺たちであれば買えない価格ではないが、錬金術を使えるハルカとしては、自作する予定だったようだ。
「いや、保存だけを考えれば保存庫で十分だが、『冷やす』という機能は別だろ」
「だよな。冷たい物が欲しくても、魔法で冷やせるのはハルカだけだろ? ナオは頑張ればなんとかなるかもしれないが……今は無理だよな?」
「おう。水魔法はレベル1も無い」
 レベル2か3程度まで上げれば冷却もできるようになるだろうが、水魔法自体を習得していないので、それ以前の話である。
 ボトルにでも詰めて、一度ハルカに冷やしてもらってから保存庫に入れる方法もあるが、冷却機能が無い以上、取り出す度に{温}(ぬる)くなっていくわけで、その度にハルカに手間を掛けることになる。
「そうよね、手軽に使える冷蔵庫と冷凍庫はあった方が良いわよね。うん。じゃあ、やっぱり今日は研究室の施設を整えに行こうと思うんだけど、どうかしら?」
 ハルカとしてはこの機会に、宿暮らしでは集めにくかった錬金術関連の道具を買い集め、いくつかの魔道具を作っておきたいらしい。
 それの一つが冷蔵庫で、他にも時計や風呂を沸かすための魔道具など、生活を便利にする物をいくつか考えているようだ。
 ちなみに、ハルカであれば魔法で温かい湯を出すこともできるのだが、それだけに頼っていては追い炊きもできないし、単なる水を出すのと比べると魔力消費も大きいため、風呂桶一杯ともなれば、恐らくハルカの全魔力を使っても厳しいだろう。
「風呂と言われては反対する理由は無いな」
「おう。万難を排してサポートするぜ?」
 当然の如く、俄然やる気になる俺とトーヤ。
 『{浄化}(ピュリフィケイト)』のおかげで必要性は無いだけに、宿屋ではお湯で身体を拭くことすらせずに節約していたのだ。
 それで清潔には保たれるのだが、季節的には少し肌寒くなっているし、温かいお湯にゆっくりと浸かりたい欲求はかなりある。
 そしてそれはユキたちも同様だったようで、深く頷いている。
「あたしも反対する理由は無いね」
「私もですが、ついでに薬学の設備を整えたいです。機能的には錬金術で作るポーションの方が高いとは思いますが、【薬学】も上げておけば何かの役に立つかもしれませんから」
 一般的に薬の作製に魔力を使うと錬金術、使わないと薬学と分類されている。
 効果としては錬金術で作った薬の方が高いのだが、錬金術の分野には薬だけではなく魔道具も含まれるため、研究されている薬の種類は薬学に比べると少ないという欠点がある。
 また、錬金術で作った薬は高価なため、よほどのことが無い限り庶民が使う薬は、薬学によって作られた薬となる。
 俺たちの場合は身内に作ってもらえるので、そのあたりは関係ないが、錬金術の薬が存在しない病気になったときの事を考えれば、ナツキに【薬学】のレベルを上げてもらうのは十分に価値があることだろう。
「それじゃ、ひとまず研究室は錬金術と薬学で整えようか。他に必要な物はある?」
「鍛冶は――」
 そんなトーヤの発言は、ハルカによって言下に却下された。
「それは無理。炉を置くようにはできてないから、諦めて。どうしてもと言うなら、離れを作ることになるけど……やる?」
「そもそも、同じ建物内で金属をガンガン叩かれたら、うるさいだろ、いくら何でも。防音設備も無いんだから」
「う~む、そうだよなぁ。趣味みたいなもんだし、野鍛冶でもやるかなぁ?」
 少し残念そうながらも、俺の言葉に納得したのか、トーヤはそう言って頷いた。
 ただ、庭で野鍛冶をやられてもうるさそうなので、やる場合には頑丈な壁で囲ってからやって欲しいところである。土魔法を使えば、さほど難しくは無いだろうし。
「あたしは、1室は裁縫用の部屋にしたらと思うんだけど、どうかな?」
「良いですね。必要なのは、大きなテーブルぐらいでしょうし」
 ユキの提案に即座に頷いたのはナツキ。
 最近、俺たちの服飾は女性陣の【裁縫】スキルに頼りきりなので、俺たちとしても否やは無い。
「そうね、編み物はどこでもできるけど、布の裁断には大きいテーブルがあると便利よね。じゃあ、それも買いましょう」
 そういえば最近、3人とも空き時間には、チマチマと何か編んでいた。
 ちょっと期待しても良いのだろうか? 少し寒くなってきたし、女の子からセーターとか貰えると実用面以上に嬉しいかもしれない。
 いや、服自体はすでに何度も作ってもらっているんだが、セーターって少し特別感あるじゃん? この気持ち、男ならきっと同意してくれるだろう。
 あまりに下手だと逆に扱いに困ってしまうのだが、この3人ならその点に関しては心配は要らないだろうし。……まぁ、もらえると決まったわけでは無いのだが。
            
 各種道具類の買い出しはハルカ、ナツキ、トーヤの3人と、俺とユキの2人に分かれて行くことになった。
 ハルカたちは錬金術や薬学などの道具を買い込むとして、俺たちの仕事はと言うと、風呂桶の調達である。
 個人用の風呂が一般的ではないこの世界では、風呂桶を買おうと思ってもそのへんで売っている物ではないため、作れそうな人を探して特注するしか方法は無い。
 ただ、ハルカに聞いた湯沸かし器の構造は、四角い箱を湯船に沈めるだけだったので、特に難しい細工は不要、人が入れるサイズの桶を作れればそれで問題は無く、ハードルはかなり低い。
 水抜き用の穴と栓だけは必要となるだろうが、それだけと言えばそれだけである。
「どこを当たるかだが、ここは順当に、樽の職人か?」
「ナオたちって、大きい{桶}(おけ)を持ってたよね? あれを買ったところは?」
「あぁ、そういえば、干し肉を作るときに買ったのがあったな」
 あれは雑貨屋で買ったんだが、まずはそこで聞いてみるべきだろうか。
「でもさ、桶に{拘}(こだわ)る必要ってあるの? 普通に四角い浴槽を作ってもらえば良くない?」
「え……? そういえば、そうだよな? 動かす必要も無いんだし」
「なんで桶という話になったんだっけ?」
 ユキに改めてそう言われ、俺は首を捻った。
 確か最初は、風呂付きの賃貸物件は無いから、何らかの方法で風呂には入れるようにしよう、というものだった。
 で、広めの洗濯場があればそこに桶を置いて風呂代わりにできるから、洗濯場がある物件を探そうとなったはず。
 だから家を作るときにも広めの洗濯場を付けてもらったわけだが……今になって冷静に考えると、普通に風呂場を発注すれば良かったのでは? 風呂場を作った経験は無いかもしれないが、俺たちが指示すれば、問題なかったような気もする。
 それこそ耐久性を考えるなら、桶よりも石やブロックで作った方が良いだろうし。
「う~む、失敗したか? ――というか、ブロックで作るなら、ユキ、お前の土魔法で作れたりはしないのか?」
「どうだろ? 下手したら、ナオの方が上手いかも? あたし、あそこまで精巧なダイスは作れないと思うし」
 あれからも暇なときに練習を続けた俺は、今では見た目だけはちゃんとした12面ダイスも作れるようになっていた。
 出目に偏りが無いかまでは解らないが、かなり苦労して作っただけに、この作業のおかげで魔法の制御能力はかなりアップしたような気がする。
 尤も、ダイスに使い道があるわけでは無いので、今は食堂のテーブルの上に無駄に転がっているだけなのだが。
「でも、俺の場合、まだレベル1だからな。ユキはレベル3まで上がってるだろ?」
「一応はそうだけど、レベル表記はあまり関係ないのは解ってるよね? ナオならレベル2の魔法でも少し練習すれば使えるんじゃない?」
「うーん、どうだろ?」
 魔法のレベルは魔道書に載っている魔法を使えるかどうかだけなので、その魔法を試さなければレベル表記がアップしないことはすでに解っている。
 基本的に問題となるのは魔力とその制御力。そして使いたい魔法をどれだけ練習するかで、レベルの表記は関係ない。
 今のところ、土魔法のレベル2の魔法はあまり必要性が無いので、俺はレベル2の魔法を練習するよりも、ダイス作り、{延}(ひ)いてはブロック作りの方に力を入れていた。
 やればできるのかもしれないが、ステータスのレベル表記を上げても大して意味が無いので、さほどモチベーションも涌かない。
 ただ、各レベルの魔法が難易度順になっているのは確かなので、現在の自分の習熟度を測る指標としては十分に意味があるし、次に覚えようとする魔法の目安になる事も確かである。
「どうする? 俺たちで湯船、作ってみるか?」
「そうだね……魔法なら失敗しても金銭的な損失は無いし、試してみよっか? ヒノキ風呂的な木製のお風呂にも憧れるけど、カビとかが気になるし」
「おぉ、主婦的視点。でも、納得の理由」
 基本的に家の掃除は手分けして行うことになっているとは言え、共有部分のうち、台所は普段使う女性陣が担当しているのだから、消去法で考えれば風呂の掃除は俺とトーヤが担当する可能性が高い。
 であるならば、掃除のしやすさはかなり重要である。俺的に。
 ついでに言えば、カビ○ラーも存在しないので、一度カビが生えてしまうとその対処は難しそうだからなぁ。
「掃除は魔法でなんとかなるかもしれないけど、木は腐るからねぇ。ヒノキみたいに風呂にちょうど良い木材があるとも限らないし」
「樽と同じ木材なら長持ちはしそうだが……」
 樽や船の材料としてはオーク材を使うと聞いた気がするが、日本で風呂と言えばヒノキ。
 香りの良さはもちろんあるのだろうが、オーク材が水に強いのであれば、日本でも{樫}(かし)で作った風呂があっても良さそうである。だが、そんな話は聞いたことが無い。
 入手のしやすさとか他の要因があるのかもしれないが、風呂という環境は普通の樽よりも過酷そうである。毎日のように『湯を入れては乾燥』が繰り返されるのだから。
 高い金を払ってすぐに腐ったり、カビたり、歪んで水漏れしたりではお財布的にもダメージが大きい。
「……それじゃ、戻って実験してみるか」
「うん。ダメだったら、その時注文すれば良いんだしね!」
 ダメで元々。良い言葉である。

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106.md

@ -0,0 +1,488 @@
# 106 DIYで浴槽を! 素材編
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
【錬金術】や【薬学】のために、研究室を整えることに。
手分けして備品の購入を行う。ナオとユキは風呂桶の入手を担当。
途中で、土魔法を使えば自分たちで作れるかも、と気づき、自宅へ戻る。
---
 家に戻った俺たちは、まずは庭の隅で実験を開始した。
 いきなり浴槽を作ろうとするほどには自信過剰では無いので、最初はブロックから。
「水が染み込むとまずいから、釉薬の掛かったタイルをイメージして……」
 表面をツルツルにするのはダイス作りの時にも試行錯誤しているので、問題は無い。
 ただ土を固めるだけでは無く、表面を溶かすようなイメージで行えば上手く行く。
「……完成」
「おぉ、良い感じ! これなら肌触りも良いね」
 ユキがブロックを拾い上げ、その表面を撫でながら笑みを浮かべる。
「素肌が当たる部分だからな。浴槽の底には滑り止めが必要だろうが」
「天然石を使った露天風呂風も良いけど、毎日使うのには向かないよね。掃除も大変だし」
 リラックスして側面に寄り掛かることを考えれば、天然石で凸凹の浴槽は怪我しそうでちょっと怖いからな。それに、ユキの言うとおり、毎日の掃除を考えれば、継ぎ目の無いつるっとした浴槽の方が良いだろう。
「防水はどうかな?」
 確認用に用意しておいた水の入った桶に、ユキがブロックを入れる。
 俺も横から覗き込むが、泡が出てくる様子も無く、水から引き上げると水切れも良い。
「問題無さそうだな」
「うん。機能的にはこれと同じ物を、浴槽サイズで一体成形できれば問題無さそうだけど……」
「だけど?」
「色が悪い!」
「確かに!」
 ユキの力強い主張に、俺も頷く。
 そのへんの土を使って作っただけに、できあがったブロックの色は土色。
 贔屓目で見れば、ベージュ色。
 そんな浴槽が無いとは言わないが、俺のイメージ的にはホワイトや薄いパステルカラーの方が浴槽っぽい気がする。
 だが、ああいうのって人工大理石とか、合成樹脂とかそういう物で作ってるんだよな?
「イメージ的には磁器製の浴槽って感じでできないかな?」
「ユキ、なかなか無茶を言うなぁ。ああいうのって、白い陶石を使って、その上に色つきの釉薬を掛けているわけだろ? 魔法だから焼成は必要ないかもしれないが、まず陶石が無い」
「そっかぁ……。このへんの土から茶色い成分を分離してとか……茶色い成分って何かな?」
「茶色……鉄分とか?」
 改めて土の成分って何、とか言われると、悩むよな。
 岩が風化して細かくなった物とも言えるし、岩の組成は色々で多くの化合物が含まれるわけで……。
「ていうか、ユキ、土魔法がレベル3になったって事は、『{土作成}(クリエイト・アース)』が使えるんじゃないのか? 陶石とか作れないのか?」
「……おぉ、そういえば」
 忘れていたのか、ポンと手を打ってそんなことを言うユキ。
 まぁ、実際俺も、今まで忘れていたのだが。
「でも、陶石の成分って何だっけ?」
「えーっと、石英と白雲母とかそのへんだったような……?」
「石英は二酸化ケイ素、SiO2だよね? 雲母は?」
「それを俺に聞く? アルミニウムの酸化物だったような気もするが、覚えてねーよ」
 自慢じゃ無いが、学校の成績はユキたち3人に敵わないのだ。雑学的な物はともかく、化学式とかそんな知識はユキの方が良く覚えているだろう。
「アルミニウム酸化物……耐火レンガはアルミナを使うんだっけ? あれも白っぽいし、近いのかな?」
「ハルカに聞けば答えてくれそうな気もするが……だが、雲母はいるか? 二酸化ケイ素だけでも良くない?」
 俺たちは別に磁器を作りたいわけでは無い。
 土を成形して浴槽を作りたいだけなのだ。
 粘土にして捏こねるわけでも、焼成が必要なわけでも無く、色が綺麗な土であれば何でも良いのだ。丈夫ならなお言うことも無く、石英はその点でも悪くない。
「それもそうだね。二酸化ケイ素……珪砂か。上手く行くのかな? ……『{土作成}(クリエイト・アース)』!」
 ユキが悩みつつもそう唱えた途端、地面の上には両手で掬えるほどの白い砂の山ができていた。
「わわっ、成功、した?」
 自分でも結果が微妙に信じられなかったのか、目を丸くしたユキは白い砂をひとつまみほど手に取り、それを検分しながら首を捻る。
 俺も観察してみるが、それが本当に珪砂……二酸化ケイ素なのかはよく解らない。見た目的にはそれっぽいのだが。
 しかし、『{土作成}(クリエイト・アース)』で二酸化ケイ素の生成が可能なのなら、各種金属元素も作り出すことができるのだろうか?
 それとも、土の中に存在しうる物質――鉄なら酸化鉄とかであれば、生成できるのだろうか? もしそれが可能なら……。
「なぁ、これって、もしかして金とかもできる?」
「いや、それは……どうかな? 『{土作成}(クリエイト・アース)』の『土』の範疇が、『土の中に単体として存在する物質』という事なら、不可能じゃ無いかもしれないけど……簡単にできるなら、正に『錬金術』だよね」
「だよなぁ。さすがに無理だよな? はははっ」
「そうそう。そんなことできたら土魔法使いは大金持ちだよ。あはははっ」
 顔を見合わせ、ひとしきり笑う俺たち。
 そして真顔になり、視線を合わせて頷き合う。
「でも、試すだけならタダだよね?」
「あぁ。できたら儲けもの。文字通りに」
「よし。……『{土作成}(クリエイト・アース)』!!!」
 ダメ元と言いながら、めっちゃ力の入った詠唱をするユキ。
 だが、すぐに顔を青くして首を振る。
「――っ! ちゅ、中止! 中止! これ、ダメ! すっごく、ヤバい!」
「だ、大丈夫か?」
 ふらつき倒れそうになったユキを、慌てて支えた。
「ちょっと、しんどい……」
「取りあえず、座れ」
 顔を青くして息を乱したユキをその場に座らせ、額に浮かんだ汗を拭いてやる。
 症状からして大量の魔力を一気に消費したことが原因だろう。あれ、気持ち悪くなるんだよなぁ。
 それによって意識を失うことは無いのだが、それはそんな状態では魔法を維持できないからである。
 もしそんな体調不良を意思の力で押し殺し、限界まで魔力を振り絞ることができるなら、魔法の使いすぎで気絶する、なんてこともあるかも知れないが、普通の人にはまず無理だろう。
「ちょっと横になる。膝、貸して~~」
「構わないが……部屋に戻るか?」
「大丈夫、少し休めば」
 ぐてぇっとなったユキに膝枕をして、休ませること暫し、大分顔色も戻り、息も整ってきたユキが大きくため息をついた。
「多分だけど、この魔法、対象の希少度? 土の中に存在する割合? そんな物に依存して魔力消費するんじゃないかなぁ?」
「さすがに貴金属を作れるとか、そんな上手い話は無いか」
「うん……珪砂が簡単だったから、少しくらいは、と思ったんだけどねぇ」
 そう言って苦笑するユキだが、簡単に生成できたら色々と面倒なことになりそうだし、これで良かったのかもしれない。
 ちなみに、後でハルカとナツキに聞いてみたところ、地中に含まれる金の割合は、ケイ素に比べると数億分の1。つまり、ユキの仮説が正しければ、金1グラムを生成するためには、ケイ素1グラムを生成する場合の数億倍の魔力が必要と言うことになる。
 当たり前だが、そんな魔力を用意することなんてどだい不可能である。
 また、銀はもちろん、銅であってもケイ素に比べれば数千分の1。
 ユキが比較的簡単に珪砂の生成に成功したのは、それが二酸化ケイ素だったからなのだろう。
 なお、意外にもアルミは豊富に含まれているらしく、比較的簡単に生成ができたため、後々活用されることになるのだが、それはまた別の話である。
「ま、しばらく休んでろ。俺は取りあえず、この珪砂でなんか作ってみるから」
「うん、お願い~~」
 一般的に魔力を回復させるためには休息を取るか、ポーションを使うかのどちらかしか無い。
 ポーションの方はハルカやナツキの担当だと思うが、まだ手元には無いので、今できるのは休むことだけ。
 俺は再びぐったりとしてしまったユキを膝に載せたまま、珪砂を手に取ると、例の如くダイスを作ってみる。
「……むむっ?」
「どったの?」
「普通の土よりも少し難しい、か?」
 手のひらに載っているのは、やや白っぽい半透明の6面ダイス。
 きちんと作ることはできたのだが、消費された魔力量がそのへんの土を使ったときと比べると、やや多い気がする。何となく、という程度の感覚的な物だが。
「でも、きちんと出来てはいるね? 綺麗だよ」
 俺が手渡したダイスを空にかざしながら、ユキはそう言うが、俺的には少し不満。
「これが二酸化ケイ素なら、きちんと作れれば完全な透明になるはずだろ? 白く濁っているのが……」
「あたしの作った『土』が完全な二酸化ケイ素じゃなかった可能性もあると思うけど、ある意味、浴槽と考えたら、これくらいで十分じゃ無いかな? 透明な浴槽ってなんだか……あれ、じゃない?」
「……うん、それは確かに」
 まるでバラエティ番組的な、そんな微妙な雰囲気。
 熱湯とか入っていそうである。
 実用性から考えれば、外からは見えない方がきっと良いだろう。
「あとはどれくらいの量、珪砂が必要になるかだけど……浴槽のサイズ、どれぐらいが良いと思う?」
「経済性優先ならユニットバスサイズ、贅沢を言うなら、2、3人が入れるサイズ、だな」
 俺としては、最低でも足を軽く曲げれば入れるぐらいのサイズは欲しい。
 最もコスト優先であればドラム缶サイズなのだろうが、『浄化』がある以上、風呂の目的は心身のリラックス。たまにならドラム缶風呂も面白いだろうが、普段使いとしては問題外だろう。
「経済性……水は魔法でなんとかなるし、湯沸かしも魔道具だから、私たちが作る時の難易度?」
「いやいや、魔力的な意味でのランニングコストは掛かるから」
 現状で水が出せるのはハルカのみ。
 訓練すれば俺も水魔法は覚えられるだろうが、仕事から帰ってきて疲れているときに、広い浴槽を一杯にする水を出すのはそれなりに大変な気もする。
 まぁそれでも、井戸から水を汲み上げたり、薪で湯を沸かすことを考えれば、大幅に軽いコストではあるのだが。
「そこまで魔力が足りない場合は、お風呂無しでも良いでしょ? 綺麗にするだけなら『浄化』があるんだから」
「まぁ、なぁ。毎日入る必要は無いわけだし」
「あたしは可能なら毎日入りたいけどね」
 それは俺も同感だが、身体を洗う必要が無い以上、必須では無い。
 であれば、作る時に苦労するとしても、広い風呂を作っておくべきか?
「うん、ここは一つ、頑張ってデカい浴槽を作ってみるか!」
「さんせーい。じゃ、珪砂の必要量を計算してみようかな」
 大分元気を取り戻してきたのか、ユキは起き上がると、地面に大まかな図面と計算式を書き始めた。
「幅と高さ、奥行き……厚みをこれぐらいで、砂ということを考えると、必要量は1.5倍ぐらい?」
 ガリガリと書かれた計算式は単純で、1.5×2.5×0.5メートルの直方体から、厚さ10センチ分小さくした直方体の体積を引き、1.5倍しただけ。
 答えはおよそ1立方メートル。バケツだと100杯あまりだろうか。
 その結果を見て、ユキの頬にたらりと汗が流れる。
 先ほどユキが作った珪砂がバケツだと3分の1にも満たないぐらいなので、同じペースで作るなら、300回以上『{土作成}(クリエイト・アース)』を使う必要がある。
「……結構多いね?」
「だよな。ユキ、頑張れ?」
 俺は激励を込めて、ユキの肩をポンと叩く。
 ぎぎぎ、と俺を振り返ったユキはニッコリと良い笑顔を浮かべた。
「ナオ、もちろん手伝ってくれるよね? まさか1人でやれとか言わないよね?」
「えー、でも俺、まだレベル1だし?」
「レベル上げなくても良いから、『{土作成}(クリエイト・アース)』は使えるようになって? いや、むしろなれ?」
 気持ちは解らなくも無いが、真顔でなかなかに無茶を言うユキ。
 まぁ、本当にユキに任せっきりにすることもできないわけで、やるしか無いのではあるが。
 結論から言えば、1、2時間ほどの練習で、俺も珪砂を生成できるようになった。
 『{土作成}(クリエイト・アース)』で単なる『土』を出すこと自体はすぐにできるようになったのだが、珪砂のみと限定すると途端に難易度が上がり、そこからが少し長かった。
 1時間ほど試行錯誤を繰り返した後、ユキの「化学式と構造をイメージすれば上手く行くかも?」のアドバイスを受け、見事に成功したところを見ると、単純なイメージだけではなく、より深い知識があった方が成功しやすいのかもしれない。
 その後は洗濯場に移動してひたすら珪砂を生成していたのだが、ユキの方は魔力切れで役に立たず、俺も練習で大量に魔力を使っていたため、ハルカたちが戻ってくるまでに生成できた珪砂の量は、バケツ10杯に満たない量でしかなかった。
 このペースでは、浴槽の完成には今しばらくの時間が必要になりそうである。

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107.md

@ -0,0 +1,412 @@
# 107 DIYで浴槽を! インターバル
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
庭の土でブロックを作ってみたものの、色がイマイチ。
『土作成』で珪砂を作り、それを元に作ることにする。
必要となる珪砂はかなり量で、珪砂の生成だけでも日数が掛かりそうである。
---
 研究室が整った翌日、ハルカとナツキは朝食を終えると、すぐに研究室へと引きこもってしまった。
 トーヤは1人で訓練を始め、俺とユキは昨日に引き続き、珪砂の生成。
 とは言っても、チマチマと生成するのは面倒なので、使える魔力を一気に注ぎ込み、1度だけ『{土作成}(クリエイト・アース)』を使用し、その後は2人して朝寝と洒落込む。
 回復しないと何もできないので、決してサボっているわけでは無い。
 昼過ぎに起き出し、再び『{土作成}(クリエイト・アース)』を使うと、この時点で珪砂の量がおおよそ必要量に達した。
 慣れもあるとは思うが、わずか1日で必要量が生成できたのは、ハルカ曰く、「地殻中のケイ素と酸素の量を考えると、恐らく二酸化ケイ素は一番作りやすい」のが理由だろう。
 だが、魔力は再びエンプティなので、今度はお昼寝。
 夕食ができたとハルカに起こされるまで、魔力の回復に励んだのだった。
            
 夕食とその片付けが終わり、全員で一息ついた頃合い。
 食堂のテーブルの上にはいくつかの品物が並んでいた。
「今日の成果発表~~」
「どんどん、ぱふぱふ~~」
 タイトルコール、ユキ。お囃子、俺。
 そんな俺たちに呆れたように突き刺さる視線が1つ。ハルカである。
「……何、それ?」
「いや、俺たちにはまだ発表できる成果が無いから、盛り上げ役にでもなろうかと。なぁ?」
「うん。下準備の段階だね。上手く行けば明日成果が出て、失敗したら昨日、今日の準備がすべておじゃん、そんな感じ」
 浴槽の整形に失敗しても、再利用できる可能性はあるが……最悪を想定しておけばダメージも少なかろう。うん。
「俺たちの今後に乞うご期待、ということで。ハイ、次はハルカさん!」
「はぁ……まずはこれね。何かは見れば解ると思うけど」
 少し呆れたようなため息をついた後、そう言ってハルカが押し出したのは、いわゆる鳩時計ほどの大きさがある時計。
 但し、見た感じでは何らかのギミックがあるようには見えない。
「テストとして作った物だから、{嵩張}(かさば)るだけでごく普通の時計よ? これは暖炉の上にでも置くとして、本命はこっち」
 その時計を横に避け、ハルカが次に机の中央に置いたのは、手のひらサイズの時計。
 俺のイメージする懐中時計に比べると少し大きいが、ポケットには十分に入るサイズである。
「森の奥まで行くなら、やっぱり時計は必須だと思うからね」
「曇りでも時間が解るのは便利ですね」
 太陽を見れば大まかな時間は解ったので、これまでは時計が無くてもあまり不便は無かったのだが、森の深い場所まで潜るとなれば、帰宅にかかる時間も考慮する必要がある。
 魔法で明かりは用意できても、夜の森を移動するのはやはり危険だろう。
 泊まりを前提とするならまた別だろうが、それならそれで、見張りの交代時間を知るために時計は欲しい。
「それって動力は?」
「魔力。魔石が電池代わりで、持ち主の魔力を蓄えて動くわ」
「って事は、オレは使えない?」
 俺たちの中で唯一魔法を使えないトーヤがそう訊ねるが、ハルカは首を振って否定した。
「いいえ。これは人が自然に放出する魔力程度で動くから大丈夫。トーヤにだって魔力はあるわけだしね。それに、筋力増強だって使ってるでしょ? あれも魔力」
「あぁ、そかそか」
 魔道具には自然の魔力で動くタイプ、人が自然に放出する魔力で動くタイプ、意図的に魔力を注ぎ込んで動くタイプ、そして強引に魔力を奪って動くタイプの4つがある。
 前者3つはそのままなのだが、最後の魔道具も別に『呪いの魔道具』とか言うわけではなく、魔力操作に慣れていない人でも簡単に使える様にしてあるだけである。
 『強引』とは言っても、抵抗しなければ奪える程度の『強引』なので危険性はほぼ無く、誰でも使えるため、一般向けの魔道具はこのタイプが多い。
 その代わり、意図的に魔力を注ぐタイプに比べると、製作にコストが掛かることになるのだが。
「私は薬を作っていましたが……成果と言うほどの物は無いですね。実践したおかげか、一応、スキルレベルは上がりましたが」
 そう言ってナツキは、「作ったのはこれぐらいです」と、いくつかの薬瓶を並べた。
 簡単な傷薬、疲労回復薬、胃薬、下痢止め、そして東の森にいる毒虫に効果のある解毒薬。
 他にも練習として作った薬はあるらしいが、必要性が無いため、研究室の棚に並べるだけで持っては来なかったようだ。
「他の薬は今は要らないが、解毒薬は有効じゃないか?」
「いえ、それが、虫用の解毒薬なので、私たちにはあまり意味が……」
「ん?」
「ほら、包丁が刺さらない冒険者を、ただの虫が刺せると思う?」
「無理だな。魔物なら別だろうが――」
「魔物の毒はまだ対応できません。原料が無いですし、そもそも東の森の魔物に関しては、毒がありませんから」
 バインド・バイパーも毒は無いんだよな、一応。
 しかし、頻繁に森に入るわりに、虫刺されに悩まされないと思ったら、そういうカラクリがあったのか。
 時空魔法には『{聖域}(サンクチュアリ)』という、超便利な虫除け(にも使える)魔法があるのだが、もしかして、使い道無い……? いや、刺されなくても虫が寄ってくるのはうっとうしいから、意味はあるか。
「しかし、【薬学】がレベル3……いえ、レベル4になったのよね? それだけあってもあまり意味が無いのが勿体ないわね」
「はい……」
 ナツキの場合、光魔法も使えるので、薬を使う程度の怪我なら手間も時間も掛けずに治せる。
 作った薬を売るという手もあるだろうが、利益よりもそれによって引き起こされる不利益の方が多くなりそうである。
 あえて活躍する場面を想定するなら、疫病や大規模な災害など、魔力が追いつかない様な時だろうが、薄情なようだが必要性が無いと言えば無い。
 知り合いぐらいは魔法で助けられるだろうし、無理にその他大勢に手を差し伸べたところで、益は少なく、害が多いだけである。
 物語の英雄ならそんな時、無償の愛で人助けをするのだろうが、俺たちは身内第一、他人は二の次。
 無理の無い範囲の人助けを{厭}(いと)うつもりも無いが、それも自分たちの安全が確保されてこそ。
 他人のためにハルカたちが傷付くようなことは許容できない。薄情と言われても、それが俺のスタンスである。
 ま、そんな選択が必要になる事態に巻き込まれないことが、一番なんだが。
「ナツキもせっかくだから、【錬金術】、学んでみる? ポーション主体で」
「興味はありますが……できるでしょうか?」
「魔力は扱えるわけだし、なんとかなるんじゃない? それに、教本も道具も揃ってるわけで、上手く行かなくても無駄な出費は無いんだから」
「それもそうですね……。がんばってみましょうか」
 ハルカにそう言われ、ナツキは少し考えて頷いた。
 以前、ハルカの持つ錬金術辞典を見せてもらった感じ、錬金術の範囲はかなり広いので、対応できる人が増えるのは有益だろう。特にナツキの場合、【薬学】のレベルは高いのだから、それとあわせて良い感じのポーションを作ってくれる、かも?
 ハルカやナツキがいない時でも、傷を癒やせるポーションはやっぱり欲しいからなぁ。
「ところで、ハルカ。風呂の湯沸かし器の方は?」
「簡単に設計しただけで、まだ作製はしてないわね。時計に比べると単純だから、明日には完成するわよ?」
「なら、明日はひっさしぶりに、お風呂に入れそうだね!」
 笑みを浮かべて『久しぶり』を強調するユキだが、何か忘れてないかい?
「そうだな、俺たちが失敗しなければ」
 そう言って現実を突きつけた俺に、ユキは少し視線を逸らして目を泳がせる。
「――失敗しなければ。うん、大丈夫、大丈夫、きっと」
「何? 難しそうなの? 土魔法で作ってみる、って言ってたけど」
「サイズがサイズだからなぁ。あと、ちょっと綺麗なのにするつもりだし。これ、サンプル」
 そう言って俺は、珪砂で作ったダイスを机の上に転がす。
 それをハルカが手に取り、小首をかしげる。
「これって……ガラス? ちょっと濁ってるけど」
「珪砂を土魔法で出して、それを固めた物。ガラスもどきだが、これなら土色の浴槽よりは良さそうだろ?」
「大丈夫でしょうか? ガラスだと割れたりとか……」
 少し不安そうなナツキに、俺は躊躇いつつも頷く。
「かなり厚くするから大丈夫、だと思う。可能なら、耐熱ガラスにしたいところだが……無理だよな?」
 溶かして固めるわけじゃ無いし、そもそも俺は耐熱ガラスの原理を知らない。
 何らかの物質を混ぜるんだと思うが、オレが知っているのはクリスタルガラスとウランガラスぐらいである。鉛とかウランみたいな毒物を混ぜているのに、綺麗なガラスができるのだから不思議なんだよなぁ。
 尤も、混ぜるのは単純な金属元素では無いだろうし、割合も解らないから作れと言われても作れないのだが。
「耐熱ガラスは熱膨張を抑制する物質を混ぜるんですが、お風呂の温度ですからそちらは問題ないと思いますよ? どちらかと言えば、物をぶつけて欠ける可能性の方が……」
「う~ん……ま、怪我さえしなければ、それで良いさ。自前で作るんだから、壊れたら直せば良いだけだろ?」
「……それもそうね。買うのなら反対するところだけど」
 ガラス製の浴槽とか、もし作ってもらうとしたらバカ高い価格になる事だろう。
 日本でも、有機ガラスとか呼ばれるアクリル製の浴槽はあったようだが、多分、ガラス製の浴槽は売っていないと思われる。
「ま、浴槽に関しては、使ってみての話だな。――トーヤは1日訓練してたのか?」
「いや、実は昼頃、トミーが訪ねて来てな。オレも暇だったから、ちょっくらゴブリン退治に」
 訊いてみると、前回魚釣りに行けなかったトミー、お裾分けの魚をもらって魚釣り熱が再発したらしい。
 次回行く時には付いていけるようにと、ゴブリンぐらいは斃せるように訓練を開始。今日はそれの一環として、「時間があれば付いてきてくれないか」とやって来たようだ。
「それで、どうだったんだ?」
「トミーは力はあるからな。バトルハンマーを振り回して、ゴブリンの頭を粉砕していたぞ? まぁ、最初は力が入りすぎて、頭がはじけ飛び、{飛散}(・・)物を被って{悲惨}(・・)な状態になっていたが」
 下らないギャグでぷぷぷっ、と笑うトーヤ。
 最初の頃なら笑う余裕も無かっただろうが、随分と耐性が付いたものだ。
 ちなみにトミーの方は、その最初の1回で茫然と立ち尽くし、ゲーゲーと吐いていたようだが。
「ま、比較的すぐに立ち直っていたから、なんとかなるんじゃないか?」
「なるほどね。トーヤ、ダメとは言わないけど、気をつけてね? 間違っても森の奥には入らないように」
「解ってるさ。オレも【索敵】スキルを得たから、上手いことゴブリンだけを見つけられるようになってるから」
 少し心配そうなハルカに、トーヤは肩をすくめて苦笑する。
 メリットがあれば俺たち全員でトミーを鍛えてやっても良いのだろうが、アイツの本職は鍛冶屋。言い方は悪いが、同じパーティーを組むわけでも無いのに、あまり時間を使うのも無駄である。
 トミーも本格的な冒険者になるわけでも無いだろうし、きっと今日みたいに、暇な時間がある人が付き合ってやる、ぐらいで良いのだろう。

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108.md

@ -0,0 +1,422 @@
# 108 DIYで浴槽を! 完成編
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
翌日はユキと共に珪砂の作成に励む。
結果、魔力の回復のため、大半の時間を寝て過ごすことになる。
ハルカは時計、ナツキは薬の作製。トーヤはトミーの訓練に付き合う。
---
 翌日、俺とユキは洗濯場で山になった珪砂と向き合っていた。
 トーヤは今日もトミーに付き合うらしく、外出。
 ナツキとハルカは研究室で錬金術に取り組んでいる。
「さて、これを浴槽にしていくわけだが……ひとまず、大まかな形にしてみるか」
「だね。ちょっとでも魔力が節約できればその方が良いし」
 適当な山になっていた珪砂を四角い形に広げて{平}(なら)す。そして、縁の部分は少し盛り上げて簡単な箱状に。
 粘土ではないので大まかな形が解る程度でしかないが、砂の山の状態よりは浴槽のイメージが掴みやすい。
「ここからどうするか……同時に魔法を使うのは、無理だよな?」
「無理でしょ。同じ対象に2人で魔法を使うと反発すると思うよ?」
 『土操作グランド・コントロール』の場合、対象となる土に自分の魔力を浸透させて操作する。それを2人同時にやろうとすると、どちらの魔力も他方が邪魔をして浸透しなくなるのは当然と言えば当然である。
「なら、どちらかが一気に作ってしまうか、半々ぐらいでやるか……。ユキ、できそうか?」
「難しい、かも? 魔力自体はナオの方があるよね?」
「俺も自信は無いかなぁ? ユキ、成形ぐらいまでやってくれないか?」
 俺がダイスを作る時にやっているプロセスは、土を固めてダイスの形に成形する、それをぎゅぎゅっと固めて崩れたりしないように凝結させる、という2段階。
 より魔力を消費するのは後者だが、前者の方も簡単というわけでは無い。
「えーっと、失敗してもいい?」
「ま、頑張ってみてくれ」
 少し不安そうに言うユキに俺は頷きつつも、激励しておく。
「それじゃ行くよっ! 『土操作グランド・コントロール』!」
 珪砂に手をかざしたユキがそう唱えると、砂粒が動き出しだんだんと浴槽の形になっていく。
 それに伴い、ユキの額にも汗が浮かび始め……。
「もう、ダメ!」
 浴槽の形が完成したところで、ユキがそう声を上げて大きく息を吐いた。
「やっぱり、このサイズは無理だぁ~~~」
「いやいや、しっかり形はできてるじゃん? これでオッケー?」
 ユキが魔法を止めても崩れる様子も無く、見た感じ、サイズや周りの厚みなども、想定通りになっている。ガラス的な光沢は無いので、まだ『土操作グランド・コントロール』で固めただけなのだろうが、これを凝結させるだけなら結構楽かも?
 しかし、ユキはそれをいろんな角度から見て、少し首を捻った。
「縁をもうちょっと滑らかにして、側壁をもう少しだけ斜めにした方が良いかな? 公衆浴場なんかだと垂直だけど、家のお風呂って少し斜めでしょ? もたれかかるならそっちの方がリラックスできるし」
「なるほど。それじゃ少し修正してから固めてみるか」
「お願いします! 今日、お風呂入りたい!」
 ユキの期待を背に受けて、俺は浴槽に手を置き、魔法を使う。
 サイズが大きいだけに、魔力を浸透させるだけでも、魔力がぐんぐんと減っていくのが感じられる。
 ――少しだけ形を修正して……固める!
「おぉっ!」
 白っぽかった浴槽が一瞬にして半透明に変化し、ユキが感嘆の声を上げる。
 そこから更に、ぎゅぎゅっと押し固めるようなイメージを送ってから、俺は力を抜いた。
「ふぅ。どうだ? 良い感じ?」
「うん、うん! 滑らかだし、固いし、完璧じゃない!?」
 浴槽のいろんな所をペタペタと触ったり、撫でたりしたユキが、満面の笑顔でそう答える。
 俺も触ってみるが、固いし、つるつるしているし、自賛するわけじゃ無いが良い感じである。
「……あれ?」
 だがその時、ユキが何かに気付いたように、声を上げて首をかしげる。
 嫌な予感。
「――どうした?」
「排水口が無いよ?」
「……おぅ、シット!!」
 すっかり忘れていた! 使った後は水を抜かないとダメじゃん!
 俺は慌てて浴槽の下に穴を空け、更に底面を少しだけ斜めにして水が抜けやすいように調整する。
「ふぅ。これでオッケー!」
 ニッコリと笑ってサムズアップした俺に、ユキが少しだけ呆れたような視線を向けてくるが、何も問題ない。
「結構あっさりと調整したね? 固めた後でも可能って事は、割れたり欠けたりしても、補修は可能って事かな?」
「そう、だな? 感覚的には、固める前と操作にかかる難易度は変わらない感じだな」
 咄嗟に作業したが、珪砂のままでも、ガラス状に固めた後でも、問題なく変形できるようだ。
 これ、金属も変形可能なら、鍋とかも簡単に作れるんじゃね?
「あとは、栓を作れば完了だね。今夜、入れるかな?」
「ハルカが湯沸かし器を作っていればな」
「ふふふっ、楽しみっ!」
 ユキはそう言って微笑んだ。
            
 俺の懸念も何のその。ハルカはしっかりと湯沸かし器を完成させていた。
 形状としては一抱えほどのちょっと縦長の箱で、これに魔力を注いでから浴槽に沈めておけば良いらしい。
 そして幸いなことに、俺たちの完成させた浴槽もまた、みんなには好評だった。
 完成したのであれば、当然使いたくなるのが人情。
 いつもより少し早めに夕食を終えた俺たちは、早速風呂に入るべく、準備を始めた。
 排水口に栓をして、そこにハルカが水魔法で水を注ぐ。
 かなり大きな浴槽にもかかわらず、大した苦も無くそれを満たしたハルカは、俺が魔力を注いでおいた湯沸かし器を沈める。
 後は30分も待てば入れるようになるらしい。
「誰から入る? というか、1人ずつ入るか?」
「お風呂と言っても浸かるだけだし、みんなで入っても良くない? ――あ、もちろん男女は別で」
 みんな、と言った後、チラリとトーヤを見てそう付け加えるユキ。そんなユキを見て、トーヤは少しだけムッとしたような表情で口を開いた。
「解っとるわ! それじゃ、男女で分かれて……レディーファーストで良いか、ナオ?」
「構わないぞ。それじゃ、俺は部屋に戻っているから、全員出たら呼んでくれ」
「了解。悪いわね、ナオ。作るの大変だったのに、先に頂いて」
「頑張ったのはユキも同じだから気にするな」
「ナオくん、お先に頂きます」
「おう、温まってこい」
 風呂に入る準備を始めた女性陣と別れ、俺は自分の部屋へと引っ込んだのだった。
「かぽーん」
「何だ、突然?」
「いや、せっかくの風呂だし、SEでも入れようかと」
「何じゃそりゃ」
 しばらくして風呂から上がった女性陣と入れ違いに、俺たちは風呂に入っていた。
 妙なことを言うトーヤと並んで湯に浸かり、ぼけーっと天井を見上げる。
「風呂に入るの、何時ぶりだ?」
「こっちに来てからは入ってないからなぁ……3ヶ月ぐらいは経ったよな?」
「それぐらいか……。これでほぼ生活環境は整ったな」
「そうだな。日本とはもちろん違うが、あまり不満の無い生活を送れるようになったな」
 衣食住のうち、『住』はこの風呂の完成を以てほぼ問題が無くなったし、『衣』もハルカたちに頼めば作ってもらえる。
 『食』はハルカたちが料理を作るようになって不満は無くなり、ある面で保存庫は冷蔵庫以上に便利、氷が必要ならハルカに頼めば出してもらえる。
 ……うん、かなり女性陣頼りなのが情けないが、十分に文化的生活が送れるようになったのは間違いない。
「しかし、ここ、お前の作った浴槽は高級感すら漂うのに、風呂場自体は微妙だよなぁ」
「元々洗濯場だしな」
 少し不満げなトーヤに俺は頷きつつも、そう返した。
 床は石畳、壁面は白漆喰で、室内への扉と裏庭に続く扉が付いている部屋。
 北向きの部屋だけに昼間でも少し暗いのだが、風呂に入るのはそもそも夜だし、天井付近にはハルカの『光ライト』で光球が浮かんでいるので十分に明るい。
 普通の風呂として使うなら不満点も多いが、所詮俺たちは事前に『{浄化}(ピュリフィケイト)』を使っていて、湯に浸かるだけなのであまり問題は無い。
「庭も広いし、魔法を使えば露天風呂を作ること自体は難しくないが……管理がなぁ」
 土魔法で岩は作れるし、穴を掘るのも簡単。
 ハルカのおかげで給湯設備は不要なため、考えるべきは排水のみ。作ろうと思えば、1日ほどで作れるだろう。
 だが、どれだけの頻度で使用するかと考えれば、実用性はかなり微妙。
 そこしか無ければ使うだろうが、すでに室内に風呂があるのだ。たまにならともかく、風呂に入るためにわざわざ外に出るのは面倒だし、汚れやすい露天風呂の掃除も大変。
 それでも作る価値があるかと言われると、少々疑問がある。
「取りあえずは保留だろうな。トーヤの方はどうだったんだ? 今日もトミーとゴブリン退治に行ってたんだろ?」
「ゴブリン退治というか、訓練だよな、退治が目的じゃねーから。それなりには上達してるぞ? バトルハンマーの扱いはある程度様になってる。最初以外は飛散物を被ることも無かったし」
 戦闘スキルを持っていなかったトミーは、ガンツさんに師事してバトルハンマーのスキルを身につけたらしい。
 他にも体力作りに走り込みなどもしているようで、俺たちほどでは無いにしろ、それなりに真面目に訓練をしているようだ。
「なら、今度釣りに行く時は連れて行ってやるか?」
「できればそうしてやりたいな。問題となるのはマジックバッグの扱いだが……」
 トミー相手の場合、ディオラさんのように『知り合いから借りている』という言い訳が使えないため、マジックバッグの存在は秘密にしている。
 この街にいるのがトミーだけなら知られても問題ないんだが、岩中みたいな面倒な奴もいるからなぁ。
「だが、釣りに行くのに使わない方法は無いだろ?」
「だよなぁ」
 マジックバッグにはかなりの量を蓄えているので、次に釣りに行くのは当分先だろうが、どうせ行くのなら、前回と同じぐらいは確保しておきたい。
「対策としては、俺とトーヤ、トミーだけで日帰りの釣行に行くか? 早朝から走れば、日帰りでも数時間は釣れるだろ?」
「それもありか? あの辺、大して強い魔物は出てこないし。トミーの方も何日も仕事は休めないだろうし」
「あ、それがあったな」
 前回は何日も掛けてカゴを使った罠漁もやったわけだが、トミーの本業は鍛冶師――の見習い。その間、ずっと付き合わせることはマズいだろうし、1人で帰らせるのも危ない。
 ほぼ問題は無いはずだが、万が一にでも魔物に襲われて死んだ、とかなると寝覚めも悪い。岩中とかならどうでも良いのだが、トミーはそれなりに付き合いがあるだけに。
「それじゃ、トミーがそれなりの腕になったら、その方向で提案してみるか」
「だな。アイツも喜ぶだろ」
 トーヤはそう言って頷いた。

369
109.md

@ -0,0 +1,369 @@
# 109 銘木って、どんななの?
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ユキとの共同作業で浴槽が完成。
ハルカの作った湯沸かし器で風呂を沸かし、早速入る。
トミーが訓練を頑張っているので、そのうち釣行に連れて行くことを検討する。
---
「今日は森の奥に向かおうと思うけど、どう?」
 毎日の恒例、早朝の訓練を終えた後、朝食を食べながらそう口にしたのはハルカ。
 その方針は概ね全員の共通認識だったので、特に反対を口にする人はいない。
「基本方針としては、北の森から銘木を切ってくる、なんだよな?」
「ええ。この街で一番稼げそうなのは、それでしょ?」
 先日会ったギルドの支部長も言っていたが、基本的にこの街は平和なので、冒険者ギルドにもあまり報酬の良い依頼は貼り出されていないのだ。
 適当な魔物や猪などの獣を狙っても良いのだが、それだと今までと変わらない。
 そこで俺たちが狙うことにしたのは、北の森の奥にあるという銘木。
 ディオラさんは俺たちの身を案じて反対してくれていたが、無理をして切りに行ったりはせず、今後の目標とするならば悪くないだろう。
「でも、どんな木が高く売れるか解るか? 一応、オレの【鑑定】で木の種類ぐらいは判るけどよ」
「それは、シモンさんに聞きに行くと良いんじゃないかな? 大工さんだし、知ってるでしょ」
「そうね。それじゃ、森に行く前に、シモンさんの所に寄ってみましょうか。今日、切ることにはならないと思うけど」
 ユキの提案に同意した俺たちは、朝食を終えるとシモンさんの工房へと向かう。
 その途中でガンツさんの店で伐採用の斧と{鋸}(のこ)、{鉈}(なた)、ついでに『木を切り倒すためには必要』と言われたクサビなんかも購入しておいた。
 剣でズバッとか、魔法でスパッとかできたら良いんだが、まず不可能だしな。――いや、魔法なら風魔法でちょっとずつ削れるかも知れないが、多分、斧を使う方が早いだろう。
 ちょっとは強くなった俺たちだが、まだまだ達人にはほど遠いからなぁ。
 今後に期待……?
            
 初めて訪れたシモンさんの工房は、かなり大きな工房だった。
 普通の民家3軒分ぐらいの作業場があり、その隣には2軒分ぐらいの材木置き場が併設されている。
 てっきり小さい職人の家と思っていたのだが、この様子だと何人もの弟子を抱えているんじゃないだろうか? 実はかなりの有力者なのかも。
 そんな工房の様子に少し驚いている俺に対し、何度かここを訪れているユキは気にした様子も無く工房の扉を開け、中に入って行く。
「こんにちは~~。シモンさん、いますか~」
 工房の中には作りかけの家具などが所狭しと並び、見通しが悪い。そんな中、何カ所かから作業する音が聞こえてくるのをみると、やはり複数人の弟子がいるのだろう。
 そこにユキの声が響くと、遠くから返答があった。
「おう、居るぞ。わりぃが、ちょっと待ってくれ」
「はーい」
 普段見る機会の無い作業場の様子。それを興味深く観察しながら入口で待つこと暫し、家具の間を縫うようにしてシモンさんが近づいてきた。
「やっぱ、ユキたちか。なんだ、家に問題でもあったか?」
 少し不機嫌そうな表情で訊いてきたシモンさんに、ハルカは首を振って否定する。
「いえ、家は問題ありません。十分に満足しています。ありがとうございます」
「へっ! なら良いんだ。こっちも悪くない仕事だったからよ。じゃ、なんだ? 家具の注文か?」
 一転、少し満足そうな表情になったシモンさんに尋ねられ、俺たちは顔を見合わせてから、ユキが代表して口を開いた。
「実は、北の森に木を切りに行こうと思ってるの。でも、どんな木が良いか解らないから、アドバイスを貰えたらと思って」
「北の森ぃ!? ……おめぇらは稼ぎが良いから、腕が立つことは解ってぇが危ねぇぞ? あの辺、魔物はもちろん、鹿とかも出るしよぉ」
「すぐに行くってわけじゃないよ? でも、行った時にお金になる木が解らないと、勿体ないでしょ?」
「言いてぇことは解るが、ある程度高ランクの奴らも、切りに行ったことはあるんだぜ?」
 もう10年以上も前から北の森では木が伐採されなくなっており、銘木の価格は上がる一方。
 それ故、もし入手できれば良い稼ぎになる事は間違いなく、普段この街にいないような高ランク――とは言っても、精々ランク6程度までだったようだが――の冒険者が切りに行ったこともあるらしい。
 だが、伐採するところまでは問題なくても、その丸太を持ち帰ってくることが非常に難しかったのだ。
 まともな道も無い森の中を、丸太を引きずって歩くにはそれなりの人数が必要になるし、そんな物をズリズリと引きずりながら歩けば、当然の如く魔物を引き寄せる。
 それに対処する冒険者と運搬要員、合わせればそれなりの人数が必要になり、その人数で分配するとなれば、いくら銘木が高く売れると言っても、高ランク冒険者からすればあまりワリがよろしくない。
 必然的にそれは数回行われただけで終了し、高ランクの冒険者はすぐに町を去る事になる。
 そう、つまりは一番の問題は運搬方法なのだ。
 そして、俺たちにはそれを解決する手段として、マジックバッグがある。
 伐採してマジックバッグの中に入れることさえできれば、帰還は容易い、とまでは言わずとも、丸太を引きずるのに比べると大幅に楽になることは確実だ。
 そんな事をシモンさんに説明すると、彼は一応は納得したように頷いた。一応なのは、運搬に問題は無くても、それ以外の魔物に対処できるか、という問題があるからだろう。
「なるほどなぁ。あの森の木が手に入るのは儂らとしてもありがてぇが……まあいい、見せてやる。来な!」
 シモンさんに連れられ俺たちが向かったのは、作業場の隣にある木置き場。
 その片隅にある、鍵のかかった丈夫な小屋の中にそれはあった。
 壁に立てかけられるように置かれた多くの木材。一見するとごく普通の丸太にしか見えないのだが、よくよく見ると……やっぱり普通の丸太である。
 これって、高いの? 本当に?
「うちはこれでも、この街じゃデカい方の工房なんだが、残りはこんだけだ。市場にもほぼ流れねぇから、増える予定もねぇ」
「あの、シモンさん、見た感じ、よく解らないんですけど……?」
 俺が躊躇いがちにそう訊ねると、シモンさんは苦笑して頷く。
「素人が見ただけじゃ解らねぇかもな。だが、明確に違う。あの辺の木は{木理}(もくり)が細かく独特で、硬い。家具に使うにゃ、最高だな」
 無垢のままでも美しく、彫りを行うのにも適している。
 逆に、表からは殆ど見えない建材に使うには勿体ない代物で、普通に北の森から切り出されていた時代でも、貴族の屋敷の床板に使われる程度であったらしい。
「板に加工したのがこれだが、解るか?」
 そう言いながら、シモンさんが側に置いてあった板を拾い上げて差し出す。
 大きさは50×100センチほど。そのまま使うなら、小さめのテーブルとかそのぐらいだろうか。
「えーっと、綺麗なのは解るかな? あと、手触りは良い」
 それをユキが撫でながら微妙な感想を口にするが、違いの分からない男である俺もそんな感じである。
 コツコツと叩いた感じ、硬そうなのは解る。
 黒っぽくモヤモヤとした木目が何となく味がある気もするが……高いのか?
 トーヤたちも似たような感想を持ったようだが、そんな俺たちの中にも違いの分かる女が一人居た。
 そう、言わずと知れたナツキである。
 金持ちの家に生まれたのは伊達では無い。
「これは、かなり凄いですね。かなり高いのでは……?」
「おっ、嬢ちゃんは解るか。見事な木理だから天板にでも使おうと思ってな。このへんの文様、これだけの物はそうそうねぇんだ」
 解る人がいたのが嬉しかったのか、シモンさんはニヤリと笑うと、板を指さして力説するが、ナツキ以外にはさっぱりである。
 いや、もちろん、そのへんにある板きれとは全然違うのは解るんだが。
 首を捻る俺たちに、シモンさんは苦笑を浮かべて、肩をすくめた。
「まぁ、素人がわかんねぇのはしゃあねぇ。縁がねぇもんだしな」
「すみません。職人なら、どの木が高く売れるか解りますか?」
「いや、職人でも生えてる木を見たところでそうそうは判別はできねぇよ。確実に解るのは種類ぐらいだな」
 なるほど。木理に関しては切ってみないと解らないのは当然か。表皮があるわけだし。
 そして、木の種類だけなら俺たちもトーヤの【鑑定】があるので問題ない。
「人気があるのは胡桃だが、あの辺の木なら種類を問わず、大抵高く売れる。太い幹で、なるべく森の奥から切ってきた方が良い値が付くが、その分、魔物も手強くなるからなぁ」
「あまり選ぶ必要は無いんですね。でも、何であの辺りの木は、品質が良いんですか?」
「解らねぇ。だが、あの辺は魔力が濃いらしい。その影響じゃねぇかってぇ話だが」
「魔力、ですか……」
「まぁ、そのせいか途中から手強い魔物が増えすぎて、伐採できなくなっちまったんだがな。上手く行かねぇもんだぜ」
 そう言ってシモンさんは苦笑いを浮かべる。
 だが、それも当然と言えば当然なのだ。
 自然界でも魔力の濃い場所と薄い場所の違いはあり、一般的に魔物が多く出るのは魔力の濃い場所で、強い魔物が出るのも同様である。
 今回はその魔力が木の成長にも影響を与えたと考えられたようだが、影響が木だけに留まるはずも無く、順当に魔物の数も増えたのだろう。
「わかりました。あと、切ってきた木はどこで売るのが良いと思いますか?」
「木材市場で売るのが一番だろうが……あそこは木こりじゃねぇと出せねぇからなぁ」
 ハルカに訊かれ、シモンさんは少し考え込む。
 そもそも木材市場を運営しているのが、木工職人や大工の組合と木こりの組合である上に、計画的に伐採している南の森で冒険者などに勝手に木を切られると困る、という理由もあるらしい。
 何も考えずに端から切り倒したりすれば森も消滅しかねないので、森林資源の保護という面を考えれば、仕方の無いところだろう。
 一応抜け道として冒険者ギルドに買い取ってもらい、ギルドが木材市場に卸すという方法もあるのだが、これはほぼ北の森で木を切ってきた冒険者専用の制度である。
 ギルドに払う手数料が発生する関係上、南の森で普通の木を切ってきたところで、大した儲けにはならないのだ。
「儂を信用してくれんなら、うちで買い取っても良いぞ? 手数料がない分、少なくとも、冒険者ギルドを通すよりはマシだろうさ」
「そう、ですね。もし上手く行った時は、お願いします」
「おう、期待してるぜ――っと、だが、無理はすんじゃねぇぞ? 若ぇ奴らが死ぬのは面白くねぇ」
「はい、ありがとうございます」
 やや不器用な言い方ながら俺たちを心配してくれるシモンさんに礼を言い、俺たちは更にいくつか、木を選ぶ上でのアドバイスをもらって工房を後にした。

392
110.md

@ -0,0 +1,392 @@
# 110 鹿ってどうなの?
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
森の奥に向かう前に、木を切る道具をガンツさんの店で調達。
高く売れる木を知るため、シモンさんのところで、銘木を見せてもらう。
---
「銘木は興味深かったですが、結局できる事は、できるだけ森の奥で、できるだけ太い木を切る事だけみたいですね」
 工房から出てそう言うナツキに、俺たちは揃って頷く。
 結局、生えている木を見ても、素人には種類と太さ以外では、高く売れるかどうかなんて判断ができないのだ。
 下手に探し回るよりも、1本でも多く木を切る方がきっと稼げることだろう。
「一応、胡桃が人気とは教えてもらったが、あまり気にする必要もなさそうだよな」
 胡桃の他にも何種類か売れ筋の品種を教えてもらったのだが、細くて木材にならない木以外は大抵売れるんだとか。
 ぐねぐねにねじ曲がった木であっても、それはそれで味があるので、場合によっては高値で売れるというのだから、よく解らない。
「ねぇ、ナツキ。私としてはあの銘木とか、イマイチ価値が解らないんだけど。あんな黒っぽくてモヤモヤしたのじゃなくて、木目が揃った綺麗な板の方が良くない?」
「うん、俺も同感」
 ハルカの言葉に揃って頷く俺たち。
 そんな俺たちに、ナツキもまた苦笑して頷いた。
「あはは……、まぁ、すべてとは言いませんけど、銘木なんて珍しさに価値を見いだす所がありますからねぇ。ほら、汚いオモチャでも、数が少なければ高くなる、みたいな? それの素材とか機能性とかは値段とは別問題ですよね」
「あぁ、ゴミみたいな物に驚くような値段が付いていたりするよな。オレなら絶対、すぐに売り払うな、あんなのだと」
「知らなければ無価値だよね、ああいうのって」
 俺はゴミとまでは言うつもりは無いが、アンティークって結局、バックグラウンドが無ければ価値がないものが多い。
 絵画にしても普遍的価値なんてものは無く、ゴッホのように生きている間にはまともに絵が売れなかった画家もいる。むしろ多くの有名絵画は、画家が死んだ後の方が価値が出るのだから、難儀な物である。
 希少価値――つまりは、『死んでいれば数が増えることはない』という、なんとも言い難い事を担保として価値が付くのだから。
「尤も、ここの銘木は、機能面でも違いはあるみたいですから、少し違いますけど」
「硬いんだよな? 切るのにも苦労するのかな?」
 鋸や斧は準備したが、実のところ、俺たちの中で立木を切り倒したことのある者はいない。
 板を鋸で挽いたり、薪を斧で割ったりしたことはあるが、その程度。上手く行くかどうか、少々不安もある。
「ハルカは魔法で、スパッと切ったりは出来ないのか?」
「トーヤ、無茶言うわね。トーヤがその剣で、木を切り倒すぐらいには難しいわよ」
 トーヤの無茶振りに、ハルカがため息をついてそんな言葉を返す。
「うむ、不可能ということだな」
 言うまでも無いことだが、トーヤの持っている剣はほぼ鈍器である。
 全く切る用途には適していないし、仮に切れるタイプの剣であっても、木材になるような太さの木を切り倒すことは無理である。
「『{鎌風}(エア・カッター)』って魔法はあるけど、レベル5の魔法だし、何回使えば切り倒せるのか、想像も付かないわよ」
 現在のハルカの風魔法はレベル3。
 スキル表記と使える魔法が完全に一致するわけでは無いので、先に『{鎌風}(エア・カッター)』だけを練習する方法もあるが、覚えたところでハルカの言うとおり、太い木が切れるはずも無い。
 何度も使えばそのうち切り倒せるかも知れないが、そこまでして魔法を使うメリットはない上に、魔力がつきれば戦力低下になるため、危険な森の中では完全な悪手である。
「まぁ、そこは力自慢のトーヤが居るからなんとかなるだろ」
「敵が強くなければ、トミーとか最適なんだがなぁ。アイツの武器、バトルハンマーだし」
「いや、攻撃が当たったら死にかねない人は、連れて行けないわよ」
 これまでもろに打撃を喰らうことは殆ど無かった俺たちだが、それでもゼロでは無い。
 それでも未だに無事なのは、高価な防具のおかげという面もあるのだ。
 対してトミーの防具はと言えば、よくは知らないが、資金的にも俺たちほどの物ではないだろう。
 ドワーフ故に素早く避けるタイプでもなし、せめてオーガーの攻撃を食らっても生きていられるぐらいにならないと怖い。
 ……いや、俺たちもまだオーガーには遭遇していないのだけども。
「たぶん、問題はオーガーだよな」
 バインド・バイパーは群れないので、先に見つければ問題なし。
 スカルプ・エイプとはまだ戦っていないが、群れるのは厄介でもさほど強くないという話だし、そう簡単に大怪我をすることは無いはずだ。
「どのぐらい強いか、気になるな。あと、シモンさんはちらっとだが、鹿が出る、とも言っていたよな」
「鹿かぁ。これまで見たこと無いよね。売れるのかな? 角とお肉、あとは皮?」
 北の森に鹿が居ること自体は知っているが、生息地域が山に近いあたりらしく、これまでは1度も遭遇していない。
 冬になったためか猪も見かけなくなったので、鹿を狩れるようになれば多少足しになると思うのだが……。
「あ、そうだ。ちょっと待って」
 トーヤが立ち止まり、自分のマジックバッグの中から1冊の本を取り出して何か調べ始めた。
 表紙を見ると、そこに書いてあったのは、『獣・魔物解体読本』という表題。
「どうしたんだ、その本」
「ん? この前買った。ほら、俺ってお前たちと違って、戦う事しかできないだろ?」
 ハルカから資金の分配を受けた後、自腹で購入した本らしい。
 トーヤにできる事が少ないという点は否定できないものの、敵の前面に立ってくれているのだからそれで十分なんだがなぁ。トーヤのおかげで怪我をせずに済んでいる面はあるのだから。
 まぁ、向上心自体は良いと思うので、否定するつもりは無いが。
「鹿……あった。ユキの言うとおり、角、皮、肉だな。『柔らかくなめした革は衣服などに使われる』」
「そういえば、セーム革は鹿の皮でしたね。時計やガラスのお手入れにも使う柔らかい革ですね」
「へぇ、セーム革……」
 思い出すようにそう口にしたナツキに相鎚を打った俺だったが、『セーム革』自体、初耳である。
 俺の知っているガラスのお手入れと言えば、濡らした新聞紙。
 うん、レベルが違う。
「注意点は『すぐに冷やさないと肉が臭くなりやすいので、川に浸けることを勧める』だと」
「川に浸けるのは無理だけど、冷やすことはできるわね。私の魔法で」
 ハルカがふむふむ、と頷き、トーヤの持つ本を覗き込む。
 普通の猟師であれば不可能な処置が可能なのが、俺たちのメリットだよな。
「鹿だと猪ほどはお肉、取れそうも無いけど、味はどうなのかなぁ?」
「えーっと、『きちんと処理すれば美味しくいただける』と書いてあるね」
 ユキの疑問に本を覗いていたハルカが答えるが、解体が下手だと不味いって事なんだよな?
 買い取り時の値段とか、どうなるんだろうか?
 プロはそのへん、判断ができるのか?
「でも、銘木以外にも売れる物があるのは良かったですね。そう簡単には、森の奥までいけないでしょうし」
「そうだな。余録として、俺たちの食事にもバリエーションが増えるし」
 鹿肉は食べたことが無いから少し楽しみ、とそう口にしたのだが、ナツキは少し困ったように笑う。
「えーっと、私は鹿肉は調理したこと無いですが……ハルカ、ありますか?」
「あるわけが無い。ごく普通の家庭に育った私に何を期待してる?」
「ユキは……無いですよね?」
「もち。一番可能性があるナツキが無いんだから。【調理】スキルに頼るしかないんじゃない?」
 鹿肉なんて、普通のスーパーには売ってないからなぁ。料理したことあると言われた方が、むしろ不思議である。
 猪やオークも扱ったことが無いのは同じだったのだろうが、豚肉と同じように調理すれば問題なかったようなので、もしかすると鹿肉も普通に調理すれば美味しく食べられるかも知れないが……。
「なぁ、アエラさんに聞いてみるのは? プロだし」
「それは良いわね! 鹿肉を手土産に、訊きに行ってみましょう」
 トーヤの出した提案に、ハルカが顔を輝かせて頷く。
 家を買って以降、アエラさんの店に食べに行く回数は減ったが、肉の納品はコンスタントに続けているので、その機会に訊くのは難しくない。
 とはいえ――
「それも、鹿肉を手に入れてから、だな」
「……そうね。まだ先の話よね。それじゃ、森に行きましょうか」
 少し気が早かったことに気付いたのか、ハルカが少し頬を赤らめて歩き出そうとしたその時、ナツキが手を上げてそれを制した。
「あ、その前に。昨日、怪我の回復用のポーションを作ることができましたので、渡しておきますね」
 そう言って、ナツキが栄養ドリンクの半分程度の瓶をトーヤに5本、それ以外の俺たちには3本ずつ渡す。
 見た目は少しだけ緑っぽい液体だが、これがポーションなんだろうか?
「上手くできたのか?」
「はい。一応、効果はあります。傷にかけても、飲んでも良いですが、かなり苦いです。苦いと言われる漢方薬ぐらいに」
「なるほど?」
 ナツキの解るような、解らないような例えに首を捻る俺。
 漢方薬なんて飲んだ覚えが無いし。
 頷いているのは……トーヤだけか。なんとも嫌そうな顔で。
「トーヤ、解るのか?」
「ああ。――知ってるか? 漢方薬って顆粒で処方されるけど、正式にはアレをお湯で溶かして飲むんだぜ? 俺が飲んだのは薬剤師に『苦い』と言われるだけあって、かなり……」
 トーヤはその時の味を思い出したのか、少し遠い目をして口をへの字に曲げる。
 本来は長期間飲むのが漢方薬の使い方らしいが、トーヤは一応処方された分だけは飲みきったものの、それ以降は止めてしまったとか。
 俺は粉薬も苦手だから、漢方薬とか無理かも知れない。
 尤も、この世界では漢方薬を飲む機会は無いわけだが、逆にポーションは存在するわけで。
 可能ならば飲みたくはない。
「取りあえずこのポーションが苦いことは理解した。で、飲む意味はあるのか?」
 かけるだけで効くなら、あえて飲む必要は無いよな、苦いのに。
「飲むと、しばらくは効果が続きます。傷をすぐに治したい場合はかけた方が良いです。その時の状況で選んでください。基本的には私かハルカが魔法で治すと思いますけど、危ない場合には躊躇わずに使ってくださいね」
「……あぁ、ありがとう」
 ナツキに微笑みながらそう言われては、お礼を言う以外無い。
 魔法を使ってもらう余裕が無いような戦闘は、ますます避けないとなぁ。

517
111.md

@ -0,0 +1,517 @@
# 111 おっと、お茶!
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
森の奥に生息している鹿について、トーヤが購入していた『獣・魔物解体読本』を見ながら考察。
ナツキが作ったポーションをパーティーメンバーに配布する。
---
 前回と同じぐらいの場所まで到達するまでに、発生した戦闘は3回。
 ゴブリン3匹、オークが2匹、それにバインド・バイパーが1匹で、いずれも戦闘時間は僅かだったが、後処理に若干の時間がかかったため、すでに町を出てから2時間程度は経過している。
 銘木のみを目標にするのであれば、町の北から森へ入れば良いのだが、それではいきなり強い魔物が出てくる可能性が高い。
 そのため、いつも通りに東の森に入ってから北に進み、山裾まで到達した後、西へ戻るルートを辿る予定である。
「しかし、これぐらいまで奥に入れば、オークは普通に居るんだな?」
「そうね。私たちが殲滅したオークの巣も、森の奥から溢れたオークが作るって話だし」
「でも、あたしたちには、好都合だね。オークって、便利だから」
 一般人には脅威になるオークも、俺たちからすれば、今となっては都合の良い食肉供給源かつ、お小遣いである。
 言うなれば、タスク・ボアーの上位互換。
 あちらは普通の猟師も狙うみたいだし、オークがコンスタントに狩れるのであれば、タスク・ボアーはあまり狩らずに、見逃す方が良いかもしれない。
 尤も、活動エリアを森の浅い場所から深い場所に移すのであれば、タスク・ボアーに出くわす可能性も減るのだろうが。
 逆にヴァイプ・ベアーには遭遇しやすくなるはずだが、アレはあまり効率が良くないので、あんまり嬉しくないんだよなぁ。
「あら? これって、茶の木じゃないですか?」
「茶の木? って、お茶っ葉って事か?」
 更に奥に向かって進んでいる途中、ナツキが立ち止まって指さしたのは、俺の背丈よりも少しだけ低い木。
 緑の葉っぱが茂っているが、お茶の木なんて遠くから茶畑を見たことがある程度で、直接見た記憶は無く、俺には判別が付かない。
「お茶ってこんな木なんだ? サザンカみたいに見えるけど……あ、ほら、薄桃色の花が咲いてる」
「……そうですね。茶の木は確か白だったはずですが、花の形はサザンカよりも茶の木に似てるんですよね」
 ユキが指さした花を見て、ナツキが小首をかしげる。
「葉っぱも茶の木の方に近くない? 葉脈とか葉っぱの厚みとか」
「そういえばサザンカって、もっと濃い赤だったよね」
「いえ、白っぽいサザンカの花も無いわけじゃ無いですよ?」
 ハルカも参戦して、協議を始める女性陣。
 それに対し、俺とトーヤは顔を見合わせて肩をすくめる。
「なぁ、トーヤ、解るか?」
「解らん。茶の木はもちろん、サザンカすらまともに覚えていないオレに聞くな」
「だよな。俺も同じ」
 そう言う俺たちに、ナツキが視線を向けて苦笑を浮かべる。
「茶の木はともかく、サザンカはうちの庭に植えてあったのですが……」
「すまん。花が咲いていて綺麗だな、とかは思っても、花の名前や品種はさっぱりだ」
「興味が無いとそんな物かも知れませんね」
「ちなみに、小さいけど、ナオの家にはあったからね、サザンカ」
 そう言うハルカにどこにあったのか教えてもらえば、確かに記憶にある。
 そうか、あれがサザンカだったのか。
 赤い花が咲いていたのは覚えているぞ。
 尤も、咲いていた時期すら曖昧なんだが、この花が今咲いているって事は冬近くに咲いていたのだろうか?
 春や夏に咲いてなかったような気がするし……。
 ちなみにハルカによると、サザンカも茶の木もツバキ科で品種的には近く、似ているのはおかしくないらしい。
「サザンカも漢字で書くと山茶花だしね」
「ほうほう、山の茶か……ってことは、もしかして山茶花の葉っぱってお茶になるのか?」
「さぁ、どうかしら? 私は知らないけど……むしろ今はこっちの木ね。ってことで、トーヤ、【鑑定】してみて。どう判定される?」
 ハルカに促され、トーヤがその木を見つめる。
 ついでに俺も【ヘルプ】を使ってみたのだが、結果は『常緑広葉樹』であった。
 普通の人が木の実を採取する胡桃の木などは判定できているので、あまり一般人が知っている木ではないのだろう。
「えーっと……、一応、『チャノキ』に分類されるみたいだな」
「ほうほう。よし、掘り返して持ち帰りましょう」
「え、マジで?」
 その答えを聞いてニッコリと嬉しそうに頷くハルカに、驚いた表情を浮かべるトーヤ。
「もちろん。ユキやナツキも賛成よね?」
「はい。麦茶も悪くないですけど、普通のお茶もやっぱり飲みたいです」
「ハーブティーは香りは良くても味はイマイチだしねぇ」
 ナツキが口にしたとおり、今、うちの飲み物は基本的に麦茶や白湯である。
 酒を口にしない俺たちは、ラファンの町でお茶を探してはみたのだが、残念ながら全く見つけることができず、仕方なしに手軽に手に入る大麦を使って麦茶を作ることにしたのだ。
 大麦を煎って煮出すだけの麦茶はお手軽なわりに美味しいのだが、少々物足りないところはある。
 何種類かの薬草を使ったハーブティーも試したものの、味的には微妙。
 ジュースの類いは、砂糖はもちろん、果物が高価なこの街では早々飲める物では無い。
 俺としても、緑茶や紅茶が手に入るのなら、飲みたい気はするのだが……。
「掘り起こすって事は、庭に植えるって事だよな?」
「もちろん。マジックバッグが無ければ断念したところだけど、あるんだからそっちの方が良いでしょ? 新芽の季節に茶摘みに来るよりは」
「そりゃな。このへんで暢気に茶摘みとか、できるわけがない。――しゃーない。掘るか」
 幸い、それほど大きな木ではない。
 手作業で掘れと言われれば1日仕事だろうが、土魔法を使えばそう難しくはないだろう。
「それでは、一番伸びている枝の下……このあたりから、ぐるりと周囲を掘り起こしてください。深さは1メートルもあれば良いと思います」
 ナツキの示した範囲は結構広い。
 普通の植え替えであればそこまで大きく掘る必要は無いらしいのだが、全然環境が違うところに移す上に、今回は魔法とマジックバッグのおかげで、掘り起こしと移送の手間が少なくて済む。
 少し無駄でもそっちの方が良いだろう、というのがナツキの言い分である。
 俺たちの中では一番詳しそうなナツキがそう言うのだから、あえて反対する理由も無い。
「それじゃユキ、そっち側から掘っていってくれ」
「おっけー」
 ガラスの浴槽もどきを作り上げた俺たちにとって、穴を掘る程度{造作}(ぞうさ)も無い。
 見る見るうちに土が脇に寄せられ、半球状の溝ができあがる。
 ただし、そのままでは根っこが周りと絡み合っているため、動かすことはできない。
「さすがに森だけあって、根っこが多いですね。トーヤくん、溝の部分にはみ出ている根っこを切っていってください」
「おう」
 トーヤが伐採用に持ってきていた鉈と鋸を使って、手早く根っこを切っていくこと数分ほど。それでやっと茶の木の掘り起こしが完了した。
「後はこれをマジックバッグに入れるだけですね。……重そうですが」
「俺が『{軽量化}(ライト・ウェイト)』を使って、トーヤが持ち上げればなんとかなるだろ。短時間ならかなり軽くできるし」
「そうですね、それでお願いします」
「それじゃ、私たちでマジックバッグを広げておきましょ」
 魔法の難易度や魔力の消費は、簡単に言えば威力と持続時間に比例するので、持続時間を数十秒に限定するのなら、この木をトーヤ1人で持てる程度に軽くすることも、そう難しくはない。
 俺たちが持つ中で一番口が大きなマジックバッグをハルカたち3人で広げたところで、俺がかなり強力に『{軽量化}(ライト・ウェイト)』を木にかける。
「トーヤ、今!」
「おう! ――っ、軽っ!」
 俺が声をかけると、トーヤはひょいと巨大な根鉢の付いた木を持ち上げ、その重量に驚きの声を上げつつも、素早くマジックバッグの中に放り込んだ。
 うーむ、無駄に魔力使いすぎたか?
「よしっ! これで春になったらお茶が飲めるわね!」
「あ、すぐには飲めないんだ?」
 嬉しそうにマジックバッグを仕舞いながらそう言ったハルカに、トーヤが聞き返すと、苦笑してハルカは首を振った。
「茶摘みは春だからねぇ」
「夏も近づく八十八夜って言うし?」
「いやいや、それって何時だよ? 初夏?」
 トーヤにツッコまれ、ユキが考え込んで、指折り数える。
「確か、立春から数えるんだよね? えーっと……5月初め頃?」
「はい、そうですね。連休の頃です。一応、夏の終わりぐらいまでは摘んだりもしますが、さすがに今の時期は……いや、味を我慢すれば、もしかしたらいける?」
 ナツキが少し真面目な顔になって、小首をかしげる。
 お茶って普通、新芽を使うんだよな?
 さっきの木の葉っぱ、どう見ても固くてお茶になりそうに無かったんだが。
「ナツキ、実は結構不満だったのか?」
「いえ、我慢できないことは無いのですが、生活に余裕が出てくると……」
 食うや食わずの生活であれば単なる水でも気にならなかったが、美味しい物が食べられるようになるとお茶も、と思い始めたってところか。
「ナツキは良く緑茶を飲んでたからねぇ」
「自販機で買うのも、『お~○、お茶』だったよね。遊びに行っても緑茶が出てきたし」
 そういえば、ナツキの{家}(うち)だと和菓子が出てきたな。
 そして、セットで緑茶も。
 普段はスーパーで買うお饅頭ぐらいしか食べない俺の家では、到底食べられないような美味しい和菓子だった。
 和菓子の方に気を取られていたが、きっとあの緑茶も良いお茶なのだろう。
「良いじゃないですか、好きなんですから! 正直、茶の木を確保できたのは、最近では一番の収穫でしたね!」
「ちなみに、バレイ・クラブや甲殻エビと比べると?」
「うっ……難しい選択です」
 俺が指摘すると、ナツキが言葉に詰まる。
 俺たちの食事の品質向上に大きな役割を果たしたエビとカニ。
 単純にスープに入れるだけでも一気に味に深みが出るため全員のお気に入りで、当然の{如}(ごと)くナツキも好んで食べている。
 ただの水でも我慢できる俺からすれば、圧倒的にカニとエビの地位が上なのだが、ナツキ的には悩むレベルらしい。
「まぁ、良いじゃない。正直私も、麦茶だけは飽きてきてたから」
「ですよね! できればもう数本、見つけたいところですけど……」
「1本じゃ足りないのか?」
「せっかくですから、紅茶も作りたくないですか? 緑茶ならほぼ問題なく作れると思いますけど、紅茶は試行錯誤が必要だと思いますから。あと、できたら抹茶も欲しいですね」
 緑茶と紅茶は同じ茶葉を摘んだ後の処理が違うが、抹茶の方は育て方からして違うらしい。
 さすがに抹茶はやり過ぎな気がするのは俺だけだろうか?
「紅茶はあたしも欲しいけど、抹茶、飲むの? 甘いお菓子が無いと、イマイチじゃないかな?」
「それは否定できませんが、良いお抹茶はそれだけでも美味しいですよ?」
 良いお抹茶なんて飲んだことないから批評はできないが、それが高いことぐらいは知っている。
 つまりそれは、作るのが難しかったり、手間がかかったりすることと同義であり、ナツキが簡単に作れるような物では無いだろう。
 それを指摘しようとした俺は、【索敵】に引っかかる物を感じて言葉を止め、意識を集中する。
「むっ……、これは……。すまん、囲まれた」
「えっ? 囲まれたって、敵に? マジで? 反応無いぞ、オレには」
 俺の言葉に驚いた表情を浮かべるトーヤに、俺は頷く。
「ああ。100メートル以上離れているから単独で動いていると思ったんだが、これ、多分連携してるな」
 俺たちが今居る地点を中心として、100メートル以上離れた位置から少しずつ近づいてくる反応が複数。
 索敵範囲が広がった関係上、ある程度の数の反応が常に引っかかっているのが通常になっていたため、あまり気にしていなかったのが裏目に出た。
 ちょっとずつ近づいていたのは理解していたのだが、まさかここまでの距離で連携するとは予想外である。
「連携って事は、スカルプ・エイプよね? そんなに離れていて連携できる知能があるの?」
「結構長い時間、ここに留まっていたからでしょうか?」
「逃げるのは無理?」
 ユキに訊ねられ、俺はもう一度【索敵】で良く探ってみるが、少し考えて首を振った。
「……難しいな。間を抜けようとすれば恐らく戦闘になる」
 現在【索敵】で把握しているだけでも20匹以上。
 スカルプ・エイプに仲間を呼ぶという特性がある以上、戦闘になれば更に増える可能性もあるだろう。
 初めて戦う敵で、想像以上の数。
 しかも俺は、先ほどの茶の木の採取で想定以上の魔力を消費済み。
 ユキは『{軽量化}(ライト・ウェイト)』を使っていない分、俺よりも消費は少ないが、元の魔力は俺よりも少ない。
 決して万全とは言えない状況。
 これは……少しマズいか……?
---
> お茶の木、俺の記憶が確かなら常緑樹だったはず。
すみません、ミスですね。落葉樹から常緑広葉樹に修正しました。

553
112.md

@ -0,0 +1,553 @@
# 112 スカルプ・エイプ、マジ多すぎ
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
森の中で茶の木を見つける。
ナツキの強い要望で、庭に移植するための掘り起こす。
そんなことをしている間に、いつの間にかスカルプ・エイプに囲まれる。
---
「すまん、俺のミスだな」
「気にしなくて良いわよ。どうせナオの【索敵】が無ければ、直前まで気付かなかったんだから。まだ少し余裕があるんでしょ?」
 そう言って微笑んでくれるハルカに、少し心が軽くなる。
 そうだな、まだ焦る時間じゃない。
 万全ではないが、考えてみれば、そこまで状況が悪いわけでもない。俺の魔力が少し少ないだけなのだから。
「ああ。今のペースならあと数分は」
「なら、ここで待っている手は無いわね。包囲の一角に、こちらから仕掛ける方が有利でしょ」
「ですね。向かうなら、来た方向ですね」
 ナツキの言うとおり、未探索エリアに進むのは危険性も高いので、俺たちはトーヤを先頭に来た道を足早に戻り始めた。
 俺が方向を指示して進むこと数十秒、トーヤもスカルプ・エイプを索敵範囲に捉えたのか、1つ頷いて更に足を速めた。
 そして視界の先に現れたのは……一言で表すならばスタイリッシュなゴリラ。
 動物園で見たゴリラよりはスリムだが、チンパンジーとは明らかに違うその姿は、まるでゴリラがウェイトトレーニングをして、身体を引き締めたかの様な風貌。
 ただし、体毛は薄い茶色なので、そこはゴリラとははっきりと違う。
 そんなスカルプ・エイプが3匹、地面を歩いていた。それぞれの手には木の枝を少し加工した棍棒が握られているので、ある程度の知能はあるのだろう。
 そして、俺たちが相手を見つけるのとほぼ同時に向こうもこちらに気付いたのか、そのうちの1匹が「うぉっ、うぉっ!」と大きな鳴き声を森に響かせた。
「もしかしてこれ、仲間を呼んだのか!?」
「その可能性は高い!」
 【索敵】で反応を見る限り、近くに居たスカルプ・エイプの移動速度が上がった気がする。
「クソッ、急ぐぞ!」
「右端はあたしがやる!」
 ユキがそういうのほぼ同時、ユキが突き出した手から『{火矢}(ファイア・アロー)』が右端のスカルプ・エイプに走る。
 そいつは咄嗟に手に持っていた棍棒で『火矢』を防ごうとしたが、威力を高めた『火矢』がその程度で防げるはずも無い。
 棍棒諸共もろともその右腕を消し飛ばし、痛みに叫び声を上げたスカルプ・エイプは転倒、その頭にハルカが放った矢が突き立った。
「ナオとユキはハルカの護衛、ナツキ、前の2匹はオレたちでやるぞ!」
「はい!」
 その声と共に一気に敵に近づくトーヤとナツキ。
 少し距離を空けて立ち止まったハルカの隣で俺も立ち止まり、少し先に進んでいたユキもトーヤたちに視線をやったまま戻ってくる。
 敵が目の前の3匹だけなら援護に入るところだが、少なくともあと十数匹は近づいてきているし、仲間を呼ぶ特性を考えると、更におかわりが来る可能性もある。
 魔法なども極力節約すべきだろう。
「ナツキたちは大丈夫そうだね?」
「みたいね。ゴブリンみたいに、あっさり切り捨てるわけにはいかないようだけど」
 スカルプ・エイプはトーヤの斬撃を棍棒で防ごうとはするが、簡単に押し込まれ、すでに数発攻撃が当たっている。
 あれでは致命傷を与えるのもすぐのことだろう。
 対して槍を使うナツキの攻撃は受け止めるどころでは無く、初撃で腕を半ば切り落とし――あ、頭に突き立った。終わりだな。
「『{火矢}(ファイア・アロー)』の1発で処理できなかったのは、少し予想外だったが……」
「ゴメン、多分あたしのミス。走りながらだったから、狙いが甘かった。ハルカ、助かったよ」
「フォローするのが仲間の役目だからね」
 ユキの謝罪に、ハルカが軽く笑って首を振る。
 しかし、ユキは『走りながらだったから』と言ったが、恐らくオークに比べると動きが速くて的が小さいことも原因だろう。
 ただの棍棒では防げないとはいえ、避けられてしまえば意味が無い。今後は『{火矢}(ファイア・アロー)』の速度を増す訓練も必要か?
 ま、今はスカルプ・エイプが呼んだ仲間への対処である。
「ユキ、そっち側、そろそろ来るぞ! 2匹!」
「了解! 取りあえず1匹は任せて」
 小太刀を構えて前に出たユキの後ろ、ハルカを背後に庇う位置で俺も槍を構える。
 絵面的にはユキの後ろに俺が隠れる形でイマイチだが、そこは長物故、許してもらいたい。
 茂みの奥から2匹のスカルプ・エイプが出てきたのはほぼ同時。そして、俺たちが攻撃を加えたのもほぼ同時。
 ユキは右側に回り込むようにして首元を切りつけ、俺は胴体、心臓付近を狙って槍を突き出した。
 ドンッという重い衝撃と共に、槍の穂先がほぼ根元まで突き刺さる。
 それと同時、突き立ったスカルプ・エイプの身体から力が抜け、地面へと崩れ落ちる。
 どうやら運良く心臓に突き立ったらしい。
 ユキの方はと言えば、首元から血は吹きだしているものの、まだ倒れずに動いている。
 しばらく放置すれば死にそうではあるが、そういうわけにもいかない。
「ユキ! 後ろから更に3匹!」
「えぇっ!? えぇい! 仕方ない!」
 俺の言葉に少し困ったような表情を浮かべてユキが、血を被るのを我慢して踏み込もうとした瞬間、俺の後ろから放たれた矢が、今度も見事に頭に突き刺さった。
「再びありがと、ハルカ!」
「それは良いから、ユキ、来てるわよ!」
 【索敵】で掴んだとおり、やはり3匹、茂みをかき分けて追加がやってくる。
 ナツキとトーヤの方に視線をやれば、ハルカの左後ろの所で5匹のスカルプ・エイプと戦闘になっている。
 1匹ずつであれば、ナツキたちもすぐに斃せるのだろうが、5匹が連携するとなると難しいらしく、やや手こずっている。
 ん!? ――数が少ない!
 【索敵】反応では、もう3匹ほど近づいて来ていた。
 反応のあった方向に視線をやると、1匹が木の上に上り、その下で2匹が石を拾っている。
 その石を木の上に投げ上げると、それをつかみ取ったスカルプ・エイプが腕を振りかぶり――投げた。
 速い。
 バッティングセンターの最高速ぐらいはあるか!?
「マジかっ!」
 咄嗟に避けようとして、背後のハルカを確認、慌てて槍から片手を離し受け止める。『バシッッッ!!』といい音がして手に痛みが走る。
「いってぇぇ!」
「――っ! ありがと!」
「き、気にするな。だが、野球のグローブでも欲しいところだぜ、これ」
 革手袋はしているが、クッション性が足りない。
 この身体の反応速度であれば、気付いてさえいれば、スカルプ・エイプの投げる石を避けることも、受け止めることも難しくは無さそうだが、戦闘中に後ろから投げられるとかなり危ない。
 しかも「キシシシッ」という鳴き声が笑っているように聞こえて、かなり神経を逆なでされる。
「遠距離攻撃は面倒だなっ。舐めるなよっと!」
 ユキが何とかスカルプ・エイプを抑えているのを確認し、俺は右手に握りしめた石を思いっきり振りかぶり、石を投げてきたスカルプ・エイプに向かって投球。
 手から離れるその瞬間、石に対して『{加重}(ヘビー・ウェイト)』をかける。
 その石は音を立てそうな速度で飛び出し、スカルプ・エイプに避けることすら許さずに、『ゴスッ』という音と共にその顔面にめり込み、その脳漿を背後へと撒き散らした。
「ぉおぅ、なかなか……」
 向上した身体能力+野球の投球フォーム+『{加重}(ヘビー・ウェイト)』の威力はシャレにならなかった。
 昔の戦争で投石は、最も多くの人を殺したと言われるだけのことはある。
 いや、魔法と身体能力が違うので、比較はできないだろうが。
 しかし、何か気になるような――
「ナオ! へるぷ~」
「あ、すまん!」
 今は考えている余裕は無かった。
 3匹を相手にしているユキはスカルプ・エイプに多少の手傷を負わせているのだが、それは致命傷にはほど遠い。
 ハルカの放った矢も数本突き立っているが、動き回っているだけにヘッドショットとはいかないようだ。
 俺はすぐに槍を掴み直し、石を拾っていたスカルプ・エイプに牽制の『{火球}(ファイアーボール)』を放ち、ユキの前のスカルプ・エイプに槍で攻撃を加える。
 火魔法のレベル3である『{火球}(ファイアーボール)』は着弾に爆発を伴うため派手には見えるのだが、同じ魔力を使うのなら『{火矢}(ファイア・アロー)』で{狙撃}(スナイプ)する方が威力が高い。
 だが、牽制目的や雑魚が多く居る場合には役に立つ魔法である。
 俺が片手間でも参入したことで、ユキたちの戦いは大きく天秤が傾いた。
 1匹が俺の槍で動きを止めたところに再びハルカがヘッドショット。2匹になれば、ユキでも問題は無い。
 俺は『{火球}(ファイアーボール)』を喰らっても反応の消えていないスカルプ・エイプに向かって1歩踏みだし、土煙の向こうに見えた身体に槍を突き立てる。
 それを2度。僅かに抵抗した様子は見えたが、案外『{火球}(ファイアーボール)』の威力は高かったようで、ほぼ瀕死になっていたらしい。
 ちょっと一息つきたいところだが、更に4匹、来てるんだよね!
「誰か手の空いている人は!?」
「すまん、無理!」
「更に3匹、来ました!」
 おいおい、トーヤたちは8匹かよ!
 2匹は斃したみたいだが、それでも6匹。無理は言えない。
「こっちも、もうちょっと! ゴメン! ハルカ、お願い!」
「解ったわ!」
 ハルカと2人で4匹。もう少し遠くにおかわりで2匹。
 ちょっと厳しい……か?
「ナオ、左から魔法で攻撃するから!」
「了解!」
 俺とハルカで出会い頭に『{火矢}(ファイア・アロー)』が1発ずつ。
 それで2匹がほぼ行動不能に。
 時間と魔力にもう少し余裕があれば数が増やせるのだが、現状ではこれが精一杯。
 1匹を槍で相手取っている間に、ハルカからもう1発『{火矢}(ファイア・アロー)』が飛ぶが、今度は致命傷には至らない。
 その時点で更に2匹が参戦してきた。
「マズいっ!」
 正面の1匹は槍で始末することに成功するが、1匹が俺の横を後ろに抜けようとして、咄嗟に左手が出た。
 確実に悪手。
 その腕をスカルプ・エイプが掴む。
 咄嗟に腕を引き抜こうとして――
「――っ!!」
 ミシリ、という音が響く。
 叫び声を押し殺し、俺は半ば反射的に一歩踏み出して、スカルプ・エイプの顔面に肘を叩き込んでいた。
 僅かに緩んだ手から強引に腕を抜き取り、片手で持った槍を突き出す。
 ――浅い!
 穂先近くに持ち替えて突きだした槍だったが、近距離、しかも片手では刺さりが甘い。
 だがそれでも、スカルプ・エイプを一歩引かせることには成功する。
 すぐさまその顔に手を突き出し――
「『{火矢}(ファイア・アロー)』!」
 速度優先。
 普段オーク相手に使っている物に比べると、威力は半分以下だろう。
 だが、極至近距離、ほぼ密着するような状態で放たれた『火矢』は十分な威力を発揮し、頭を吹き飛ばすことこそ不可能だったものの、その顔を大きく陥没させて命を奪うことには成功する。
「ナオ! 抜けても大丈夫だから!」
 チラリとハルカを視界に入れると、その手に小太刀を携えて構えていた。
 そうか、ハルカも近接戦闘ができたんだった。
「すまん、1匹頼む」
「うん!」
 はっきり言って左腕が痛い。
 この状態ではまともに槍も使えそうに無い。
 俺は怪我の無い1匹をスルーして、ハルカの魔法を喰らっていた1匹を相手にする。
 正直、槍を片手で扱うのは厳しい。
「こんなことなら、俺も小太刀、買っておくんだった……」
 片手で扱えないこともそうだが、今回のように近づかれた場合に困る。
 槍は近づかれると厳しいとはよく言うが、1対1じゃ無い場合はそれが更に際立つ。
 敵が1人なら近づかれないように間合いを調整することもできるのだろうが、こんな戦闘ではそれが難しいのだ。
「ま、それでも手負い相手なら問題ないが」
 左手はほぼ添えるだけだが、それでもすでに足下が覚束なくなっているスカルプ・エイプ相手なら問題は無い。
 タイミングを見て数度槍を突き込むと、すぐに動かなくなった。
「ハルカは……大丈夫みたいだな?」
「えぇ、1匹なら」
 振り返るとちょうどハルカは、スカルプ・エイプに止めを刺すところだった。
 腕や足に何カ所か切りつけた跡があるところを見ると、慎重に削って斃した、と言うところだろうか。
「ユキの方は……ハルカ、援護頼めるか? 追加が2匹来る」
「まだ!? ホント厄介ね!」
 ユキも残り1匹を斃そうとしているところだが、【索敵】反応には更に2匹が。
 そしてトーヤたちの方にも2匹が近づいている。
 トーヤたちが対応しているスカルプ・エイプも、すでに3匹まで減っているが、彼らも疲れが溜まっているはず。今ここで2匹追加されるのは辛いだろう。
「もうちょっと頑張りますか!」
 俺は腕から響く痛みをこらえ、気合いを入れてそちらに1歩踏み出した。

566
113.md

@ -0,0 +1,566 @@
# 113 後始末も面倒だし
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
包囲の一角へ向かって移動し、スカルプ・エイプと戦闘に突入。
戦闘を続けるにつれ、ドンドン集まってくるスカルプ・エイプ。
多少の怪我を負いつつも、何とか斃しきる。
---
 最終的に俺たちが斃したスカルプ・エイプの総数は29匹に達していた。
 あたりにはその死体が転がり、正に死屍累々という有様である。
「多すぎじゃね? いくら何でも」
「だよなぁ。……何喰ってんだろ、コイツら」
 結構、身体が大きい上にこの群の数。
 魔物に常識は通じないかも知れないが、狩猟生活で賄えるのだろうか?
 まぁ、どのくらいが適正な生息数かなんて、俺には解らないのだが。
「それよりもナオ、怪我したんじゃないの?」
「ああ、左腕がちょっと。治療頼めるか?」
 心配そうに近づいてきたハルカに、俺は苦笑して左腕を掲げた。
 正直、かなり痛い。多分、骨にヒビが入っているな、これ。
 掴んで骨を折るとか、握力、どんだけって話である。
「私がやります。私は魔法を使ってませんから」
 ナツキが俺の腕をとり、『{治癒}(キュアー)』を使ってくれる。
 {火照}(ほて)りを感じていた腕からスッと痛みが引いていく。さすが魔法。
「ありがとう、ナツキ」
「どういたしまして」
 ニッコリと微笑んだナツキは、トーヤにもまた魔法をかけていく。
 前に出て戦っていただけあって、トーヤも何カ所か打ち身になったようだが、鎧のおかげもあって酷い怪我は無いようだ。
「さて、まずは……魔石の回収か。スカルプ・エイプの魔石っていくら?」
「1,200レアだったぞ、確か」
「……案外安いな? オークの半値以下とは」
 かなり厄介な敵だと思ったのだが、単体で見ればそこまで強くは無いということか。
 だが、群体としての危険度はオーク以上な気もする。
 包囲に気付いて先に攻撃を仕掛けたので凌げたが、包囲されるまま、20匹以上から同時に攻撃を受ければ、誰かが大怪我をした可能性は高い。
「でも、数は多いから、それなり? 29匹だから……34,800レアだね」
「他の部位はどうなの?」
「えーっと、ちょっと待ってくれ」
 ハルカに訊かれ、{件}(くだん)の『獣・魔物解体読本』を取りだして調べたトーヤは、困った顔でため息をついた。
「一応、毛皮と肉が『売れない事も無い』らしいが、ほぼ買い手が付かないため、『剥ぎ取り作業にかかる時間と手間が見合わない』だと」
「え~~、結構大変だったのに。ナオなんて、文字通り骨を折ったんだよ!?」
 ヒビな、ヒビ。多分折れてなかったと思う。
 そして、それは俺のミスだから、あまり言わないで欲しい。
 あそこで腕を出すのはどう考えてもダメだよなぁ。
 戦闘経験がまだまだ乏しいのが原因だよな、やっぱり。
 基本、安全に斃せる戦闘しかしてないし。
 うーん、敵の体格から考えて、足払いとか有効だっただろうか?
「なら自分たちで消費するか? 肉は味が悪く、皮にも使い道が殆ど無いらしいが」
「貧乏なら、何とか工夫して食べるところですが、必要ないですよね。オーク肉という、美味しいお肉がありますから」
「うん、廃棄処分だな。不味い肉はいらない」
 俺の言葉に全員が頷く。
 娯楽の少ないこの世界、美味い食事は活力だから。
「となると、この死体だけど……さすがにこの数を放置するのは、まずいわよね?」
「お肉を取ったあまりぐらいならともかく、丸ままですからね。身体もゴブリンよりもかなり大きいですし、数も数ですから」
 やはり魔石にしか用の無いゴブリンも、戦闘後にその死体を放置してきた俺たちだったが、その数はおおくても5、6匹。
 その程度であれば森の動物や魔物が綺麗に処分してくれるのだが、一度に10匹以上の死体を放置した経験は無い。
 しかも、ナツキの言うとおり、スカルプ・エイプの死体は、ゴブリン2、3匹分の体積はあるだろう。
 もしかすると、この程度ならすぐに処理される可能性もあるのだが、残ってしまえばできあがるのは大量の腐乱死体である。
 今後もこの道は通ることになるわけだし、それは避けたい。
「となると、埋めるの? この量を?」
「森の中だと、穴を掘るのも一苦労なんだよなぁ」
 『マジですか?』みたいな表情を浮かべるユキに俺も同意する。
 さすがにトーヤに、「ショベルで穴掘って」とは言えないので、穴を掘るとなると俺とユキの土魔法だろう。
 先ほどの茶の木の移植でも解っているとおり、魔法で土を退けても、そこに生えている根っこは残ったままになるのだ。
 草程度であれば土と一緒に移動できるのだが、遠くから伸びてきている木の太い根っこはそうはいかない。
「でも、ここに放置はできないでしょ? 一度マジックバッグに入れて、森のあちこちに放り出すという方法もあるけど……」
「それは……迷惑行為ではないかい?」
 言ってしまえば、やってることは死体のポイ捨てである。
 上手く処理されれば良いが、そうでなければかなり迷惑。
「ナオくんとユキには苦労をかけますけど、素直に先ほどの茶の木を掘り起こした穴、あそこを拡張して埋めませんか?」
「それが現実的でしょうね、面倒だけど。死体、集めましょ」
 ま、やっぱそうなるか。
 結論が出たので、俺たちは戦場となった場所を歩き回り、スカルプ・エイプの死体を持ち上げてはマジックバッグに放り込んでいく。
 少々面倒な作業ではあるが、死体を運ぶ必要がない分、さほど困難な作業でもない。
 集め終わった後は、茶の木を掘り起こした場所まで戻り、そこの穴を俺とユキで深く掘り下げていく。
 周りに木が生えている関係上、穴の大きさは広げにくいので、とにかく深く。
 スカルプ・エイプの量が量だけに、穴の深さは3メートルは超えるぐらいまで掘り下げた。
 それと平行して他の3人がスカルプ・エイプから魔石を取りだし、できあがった穴に死体を投げ込む。
 深い穴もドンドンと死体で埋まっていき――。
「あ、それ、俺が石で斃した奴か」
「これ石でやったのか? ほぼ頭が消えてるんだが……。いくら【筋力増強】があっても、ここまで威力が出るのか? 投石で」
「『{加重}(ヘビー・ウェイト)』を使ったから、純粋な筋力じゃないがな」
 そうだ、そういえばあの時、何か違和感を感じたのだ。
 何に引っかかった?
 石を投げた速度……?
 確かに速かったが、十分に目で見える速度だったし、【筋力増強】があることを考えれば、そこまで異常なことではない。
 単純な速度で言えば、プロ野球選手の投球の方が速い気がする。
 では、何に……?
「でも、結構離れてたのに、良くピンポイントで当てられたね? ナオって、野球得意だったっけ?」
「いや、普通だったぞ」
 そう答えた俺に、ハルカが少し呆れたような視線を向けてきた。
「普通って、球技大会だと、部活に入っている人と同じぐらい活躍してたじゃない。トーヤと一緒に」
「あー、そうだよね、2人とも運動得意だったよね」
「あれを普通と言ってしまっては、他の人から{僻}(ひが)まれますよ?」
 ユキとナツキまで同調した。
 活躍、ねぇ?
 別に運動神経は悪くないからダメダメだったとは言わないが、目立つほどじゃなかったと思うが。
 やっぱり、毎日練習している野球部とは全然違うし。
 さっきだって、あの程度の距離ならトーヤだって当てるのに苦労はしないだろう。
「いや、単に投げただけ――それかっ!」
「えっ!? なに?」
 思わず声を上げた俺に、ユキが驚いて少し非難するような視線を向ける。
 だがそんな視線に構わず、俺は言葉を続ける。
「なんで当たったか、だよ、気になっていたのは。俺があの時、『{加重}(ヘビー・ウェイト)』を使ったのは話したよな?」
「うん」
「にもかかわらず、石は狙ったとおりに飛んだ」
「うん。それが何かおかしいの?」
 『狙って投げたんだから、当然だよね?』とユキたちの視線が物語っているが、俺は首を振った。
「おかしいと言えばおかしい。おかしくないと言えば、おかしくない。俺は『{加重}(ヘビー・ウェイト)』を対象にかかる重力を増加させる魔法と思っていたんだよ」
 その俺の言葉に、女性陣はすぐに理解したのか、ウンウンと頷く。
「……あぁ、それだと少しおかしいかも知れませんね」
「でも、頭を砕くような速度で真っ直ぐ投げたら、あんまり影響は無くない?」
「いえ、それでも同じ感覚で投げれば、狙った場所には当たらないわよ」
 それに対し、トーヤはすぐには理解できなかったのか、首を捻る。
「どういうことだ?」
「物理の問題だよ。斜方投射をした場合、対象にかかる重力が増えるとどうなるか、とな。重力が増えていれば、投げた石は俺の想定した軌道を外れるはずなのに、上手く当たったから――」
「『{加重}(ヘビー・ウェイト)』は重力じゃないと」
「多分な。威力も想定以上にあったから、質量を増やしているのか? 可能なのか、そんなこと」
 魔法に科学的根拠を求めること自体ナンセンスな気もするが、気になるところである。
「ナオくん、『E=mc^2』は知ってますか?」
「相対性理論だよな? エネルギーは質量と速度の2乗に比例するという」
 超有名である。
 多分、これを知らない高校生はいないだろう。
 交通事故なんかでも、『速度を上げると2乗で被害が大きくなる』という形で持ち出されたりもするし。
「はい。ちなみにこれ、原子力と絡めて語られる関係で『重い物を速い速度でぶつけると、大きなエネルギーが生まれる』というイメージが大きいのですが、イコールで結んであるだけあって、逆もまた真、なんですよ?」
「……ん?」
「『エネルギーを与えると、質量は増加する』です。つまり、魔力という不思議エネルギーを外的に与えることで、対象の質量を増やすことは可能なんです。科学的に考えれば」
「なるほど、言われてみれば確かに!」
 意識していなかったが、数式としてはその通りである。
 尤も、そこの部分だけ科学的に説明を付けても『魔力という不思議エネルギー』が万能過ぎて、色々台無しなのだが。
「で、ナオ。『{加重}(ヘビー・ウェイト)』が重力ではなく質量の増加と解ることに、何か意味があるのか?」
「いや、あるだろ? ほら、俺の投石でスカルプ・エイプの頭を砕いたみたいに」
 ある意味、飛び道具の革命だ。
 極論すれば、飛び道具とは投射物に如何に加速をつけるか、である。
 加速をつける前に質量を増やしてしまうと意味はないが、加速をつけた後で質量の増加が可能であれば、同じエネルギーでより高い効果を出すことが可能になる。
 例えば、弓で矢を射た直後に矢の質量を2倍にできれば、飛距離はそのままで威力は2倍である。いや、空気抵抗が変化しないのだから、僅かに2倍を超える?
 『{加重}(ヘビー・ウェイト)』の持続時間も着弾までで良いのだから、これってかなりコストパフォーマンスが良いんじゃないだろうか?
 と、まぁ、そんなことを力説してみたのだが――。
「ナオ、それは確かに凄いと思うけど、その瞬間を狙って魔法を使える? 矢が弓の弦から離れる前に魔法がかかると意味が無いのよ?」
「あたしも『{加重}(ヘビー・ウェイト)』は使えるけど、視認できない物にかけるのは難しいかなぁ」
「自分で調整できる、投石が限界じゃないですか?」
「うっ……」
 フルボッコである。
 通常の戦闘距離で、弓から矢が離れて敵に到達するまでの時間は1秒に満たない。
 いくら事前に準備していたとしても、それを視認して1秒未満で魔法をかけるとか、至難であることは否定できない。
 いや、10メートル以上の距離、高速で動く対象に『{加重}(ヘビー・ウェイト)』をかけられるのなら可能性はあるのだが……。
「不可能とは言わないけど、かなり練習が必要でしょうね。投石器とかなら有効そうだけど、私たちには関係ない話よね」
「くっ……低コストで便利な魔法を見つけたと思ったのに」
「投石だけでも十分便利だとは思うわよ? 矢玉がいらないから、凄く低コストだし?」
 それはそうなんだが、俺が投げる投石だと距離も限られるしなぁ。
 スリングで石を投げる練習でもすべきだろうか?
---
ご指摘がありましたので、捕捉を。
ナオの台詞
「相対性理論だよな? エネルギーは質量と速度の2乗に比例するという」
は正確に言うなら、光速の2乗です。
相対性理論としては、「光速に近づくことで質量は無限に増大する(故に、光速は超えることができない)」の方が正しい理解でしょう。詳しい事が知りたい人は本を読んでください。
速度とエネルギーの関係は、ニュートンの運動方程式です。
なので、ナオの台詞の後半のように、エネルギーと速度の関係で相対性理論を出すのはおかしいのですが、ナツキは後述のように、質量とエネルギーの関係で相対性理論を持ち出しています。
ナツキとしては、「魔力が無くても質量の増加はあり得るのだから、魔力があればそう不思議では無い」と言いたかっただけです。
> 質量を増やすには必要エネルギーが膨大すぎる
魔力は転移ができるほどのエネルギー量なのだから、きっと質量ぐらい増やせるのです。きっと。
それを言い出すと、空間を常時ねじ曲げているマジックバッグって、コスパ良すぎ、という話になってしまうので。
> 質量を増した場合、速度は維持されるのか
速度と質量、両方に魔力を使っているのでしょう。たぶん。

427
114.md

@ -0,0 +1,427 @@
# 114 もっと金になる物が良い
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
スカルプ・エイプの大量の死体の処理に苦慮する。
放置もまずいため、茶の木を掘り起こした穴を拡張して埋める。
『加重』の魔法は重力ではなく、質量を増やす? 飛び道具に便利かも。
---
「まぁ、魔法の科学的考察はまたにしようぜ? 理論の中に魔法という不確定要素が入る時点で、あんま意味ないだろ?」
「……そうだな。微妙な魔法でも、使い方次第で有効そうなことが解ったことだけでも十分な収穫か」
 少し呆れたようなトーヤに、俺はそう応えてスカルプ・エイプの埋葬に専念する。
 話しながらも作業は止めていなかったため、程なくスカルプ・エイプの死体はすべて穴に放り込まれ、そこは巨大な{土饅頭}(どまんじゅう)に変わった。
 周りには血痕が残っているため、もしかすると狼か何かに掘り起こされる可能性もあるが、その時はその時。綺麗に喰うなら文句は無い。
「さて。なんだか疲れちゃったけど、時間的にはまだお昼なのよね」
 ハルカが気分を変えるように両手をパンパンと叩き、流れるように『浄化』を使う。
 そしてポケットから取り出した時計で時間を確認すると、少し困ったような表情でそう言った。
 俺もその時計を見せてもらうと、確かにまだ昼を少し回っただけ。引き上げるにはちょっと早い。
「疲労のわりに収穫が少ないのが問題ですね」
「無理しないのも重要だけど……取りあえず、ここは少し血の臭いが濃いし、少しだけ先に進みながら、お昼食べよ?」
 そう言いながらユキが取りだしたのはハンバーガー。
 バンズからパテまで、全部ユキたちのお手製である。
「そうね、それなら歩きながら食べられるし」
 ユキが全員に配り、俺たちはそれを持って歩き出す。
 そして誰からともなく、ハンバーガーに齧り付いた。
「うん、美味い!」
 俺が素直に感想を口にすると、ハルカたちが嬉しそうに微笑む。
「ありがと。そう言ってくれると、面倒なミンチを作った甲斐があるわ」
「えぇ。この世界、ミンサーって無いんでしょうか」
「包丁でやると、どうしても不均一になるよね。それはそれで美味しいけど」
 うん、苦労していたのは知っている。
 台所からダッダッダッと音が響いてきて、何事かと確認に行ったから。
「トミーに作ってもらえば? なんとかしてくれるんじゃね?」
「トーヤ、いくら何でも無茶振りだろ……」
 ショベル――これはトーヤも協力したが――や小太刀は形にしてくれたトミーだが、ミンサーは全く別の複雑さがある。
 俺も何となくしか構造を知らないが、歯車とか、渦巻き状の何かとか、鍛冶で簡単に作れるような物じゃ無いだろう。
「むしろ鍛冶よりも、土魔法で金属を変形させる方が可能性があるんじゃないか? ……俺は無理だが」
 そう言いながらユキに視線を向けると、ユキもまたプルプルと首を振る。
「あたしもダメだよ! 使ったこと無いし。……ハルカ、フードプロセッサとか作れない? 錬金術で」
「えっ、私? そうね……不可能じゃ無いけど、刃物も必要だし、トミーに協力してもらって考えてみようかしら?」
 ハルカは少しだけ考え込み、出来そうと言う結論に達したらしく、頷いてそんなことを言う。
 それに対しトーヤが手を上げて口を挟んだ。
「庭に簡単な炉を作ってくれれば、俺も手伝えるぞ? ちょっとぐらい鍛冶をしたいし」
「野鍛冶ね……考えてみても良いわね。ユキとナオが居れば、防音用の簡単な小屋ぐらい作れそうだし?」
「そうだな、土壁を作るぐらいはできるぞ」
 『{土壁}(アース・ウォール)』の魔法自体は、土魔法のレベル4だが、浴槽を作ることに比べればなんと言うことも無い。
 戦闘中とは違い、じっくりと時間をかけても問題は無いのだから。
「あとは、その上に簡単な屋根を載せれば、小屋にはなるね」
「それでも良い! ナオ、ユキ、頼めるか?」
「おっけー、近いうちに作るよ」
 嬉しそうなトーヤに、ユキが気軽に請け負い、俺もまた頷く。
 自前で鍋釜が作れるようになるのは、それなりに便利そうだし、作る意味もあるだろう。
 鍋がたくさんあったら、台所の保存庫に、鍋のまま入れておけるしな。
「でもこのハンバーガー、パテ以外の具がピクルスだけというのはさすがに味気ないわね」
「はい、それは。時期的な問題か、トマトとか売ってませんし」
「夏だもんね、トマトって。夏になればラファンでも売ってるかなぁ?」
「どうだろうなぁ。トマトって当初は園芸種だったんだろ?」
「ついでに言えば、品種改良していなければ、そんなに美味しくないと思うわよ」
 うーむ、存在しても青臭くて食べられた物じゃない可能性もあるのか。
 トマトケチャップがあれば食事の幅も広がるのに。
「ま、それは来年の話だな。他の生野菜は……レタスとか」
「生野菜、ね。それについては私たちで多少話し合ったんだけど、また今度、全員で相談しましょ。今はそこまで余裕がある状況じゃ無いし?」
「おっと、そうだったな」
 【索敵】に反応が無いので、のんびり話しながら食べていたが、それでもここは森の奥である。
 あまり気を抜きすぎるのもダメだろう。
「取りあえずお腹はくちくなったけど、結局どうする? もうちょっと進んでみる?」
 全員ハンバーガーを食べ終えたのを確認し、ユキがハンバーガーを包んでいた布を回収して片付ける。
 それぞれが持っている水筒から麦茶を飲み、一息。
「もうちょっと稼ぐべきだろうな。ナオ、何か良さそうな反応は?」
「良さそうな? 難しいことを言うなぁ」
 さすがに「スカルプ・エイプを斃しに行こうぜ!」というわけではないだろう。
 そもそもあれだけの{群}(むれ)を斃した影響か、スカルプ・エイプらしき反応は無いし。
 バインド・バイパーは……1つあるな。あと、別の反応が北にあるが……。
「近くに居るのは、バインド・バイパーとよく解らない何か。動物っぽいし、もしかすると鹿かも」
「そういえば、バインド・バイパーはまだ売ってないけど、そこまで高くはないのよね?」
「オークよりは安いと思う。1匹あたり、3万レアまでは行かないはず」
 魔石自体はオークよりも高く、肉は同等、皮は高いらしい。
 だが、取れる肉の量がオークよりも少ないため、結果的には少し安くなる。
「それでもさっきのスカルプ・エイプ全部の稼ぎに近いのか……疲労度が全然違うのに」
 単体で比べれば明らかにバインド・バイパーの方が強いのだが、不意打ちさえ防げれば危険性が殆ど無いのだから、良いカモである。そして、それ以上にカモなのが、オーク。
 だが、これがもしマジックバッグを持っていない冒険者であれば評価も変わるだろう。
 重量単価で言えば、バインド・バイパーの皮はかなり割が良い。
 スカルプ・エイプも、場所を取らない魔石を一度にたくさん得られるという点では優秀である。戦闘の苦労と後始末を{厭}(いと)わなければ。
「せっかくですから、初めての獲物、狙ってみませんか? それなりの値段で売れるんですよね?」
「ちょっと待ってくれ。えーっと、角と皮で9千ぐらい、肉は処理の仕方次第で1万から2万の間だと」
 例の本を見ながら答えたトーヤの言葉に、俺たちは顔を見合わせる。
「バインド・バイパーと同じぐらいね?」
「動物と考えれば、悪くないんじゃないかな? 魔物よりは狩りやすいでしょ」
「鹿、だからなぁ」
 問題点はトーヤとナツキの攻撃手段が無い事か。
 さすがに観光地で見る鹿のように、無警戒に近づいてくることは無いだろうし、攻撃の主体は弓と魔法になるだろう。
 あとは、如何に気付かれずに近づけるか、だな。
「それじゃ、やってみましょうか。ナオ、先頭をお願いできる?」
「了解」
 一応、俺も【忍び足】を持っているし、妥当な判断だろう。
 普段よりもそのあたりに注意して進むことしばらく、俺は現れた鹿の姿に絶句した。
「………」
「うぉ、マジか……」
「あれ、縮尺間違ってないかな?」
 『鹿』と聞いて俺の脳裏に浮かんでいたのは、奈良公園を{闊歩}(かっぽ)しているような鹿。
 長い角があれば少々厄介かも知れないが、今の俺たちであれば身体能力は比較にならない上に、魔法もある。数匹程度なら同時に相手をしても大して問題は無い。
 ――と思っていたのだが、視界に現れたのは、そんなモノでは無かった。
 体長は3メートルほどはあり、足の太さはハルカの胴よりも太く、頭の高さはトーヤよりも上。更にその頭の上には、巨大な角が鎮座している。
 サイズ的には巨大なヘラジカだが、見た目的にはニホンジカに近い。
 遠距離から問答無用で頭を吹っ飛ばせば問題ない気もするが、決して楽観できるような相手ではなさそうである。
 少なくとも、あの角で突かれたり、足で蹴られたりすれば大怪我はするだろう。
「誰だよ、『猪より肉が取れない』と言ったの」
「だって、あんなに大きいなんて聞いてないよ! ヴァイプ・ベアーよりも大きいじゃん!」
 トーヤのぼやきにユキが小声で抗議するが、俺もユキと同じような想像をしていたのだから、同罪である。というか、あのサイズを想像していた奴はいるのだろうか?
「トーヤ、例の本に大きさは書いてなかったの?」
「いや、あれは図鑑じゃ無くて、解体の仕方が書いてあるだけだから。ちなみに、角の部分さえ避ければ、オークの時みたいに頭を吹き飛ばしても問題ないぞ。使い道無いから」
「それは良い情報、か? まぁ、近づかずに斃せるなら、それに越したことは無いよな」
 俺たちは鹿から少し離れた場所で暫し相談。
 結論としては、俺が1人で先行して鹿の後ろに回り込み、ハルカたちは正面側に回り込んで俺の攻撃が失敗した時のフォローに回ることになった。
「それじゃ、行ってくる」
「気を付けてくださいね。ニホンジカでも角で突かれると死ぬこともありますから」
「おう。向かってきたら素直に逃げる」
 トーヤなら正面から戦っても斃せるかも知れないが、俺は肉弾戦担当では無い。無理をするつもりは更々なかった。
 ハルカたちと別れ、ゆっくりと鹿に近づきながら背後に回る。
 鹿はムシャムシャと木の葉っぱを食んでいるが、その耳はピクピクと動いているから、もしかすると警戒されているのだろうか?
 できるだけ音を立てないようにしばらく進むと突然、鹿が食事を中断して顔を上げ、辺りを見回す。
 俺は慌てて動きを止めて、息を潜める。
 鹿の視線は……正面方向に向いている。ハルカたちが気付かれたのか?
 人数的にも、スキル的にも、俺よりは可能性が高いか。
 だが、逃げられるのは面白くない。
 俺はやや急いで移動を再開して鹿の後ろまで移動、少しずつ近づき、距離が10メートルを切ったあたりで、『{火矢}(ファイア・アロー)』を放った。
 不意打ちなのでもちろん呪文を叫んだりしないが、その熱を感じたのか鹿は慌ててこちらを振り返ろうとするが、それは遅きに失した。
 『{火矢}(ファイア・アロー)』は鹿の後頭部に突き刺さり、その頭を半ばえぐり取る。
 巨体なだけあって、頭を完全に吹き飛ばすまでには至らなかったが、それでも十分な致命傷である。
 鹿はそのまま動くことも無く、その場に崩れ落ちたのだった。

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115.md

@ -0,0 +1,411 @@
# 115 鹿と蛇を喰う (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
移動しながら昼食に自家製ハンバーガーを食べる。
まだ時間も早いので、もう少し稼ぐために、奥へ進む。
見つけた鹿は巨大だったが、近づくことさえできれば魔法で容易に斃せた。
---
「お見事」
 鹿が倒れると同時に、そう言いながら向こうの茂みから出てきたハルカたちに、俺もまた歩み寄る。
「ま、デカいとは言っても、動物だからな。警戒心は魔物より強い気はするが」
「私たちに気付いていた風だったしね」
「私なら……なんとかなったでしょうか?」
 遠距離攻撃を持たないナツキだが、スキル的にはスカウトタイプ。
 【隠形】スキルも持っているし、もしかすると1人だけなら、気付かれずに槍で突ける距離まで近づけたかもしれない。
「目的は斃す事なんだ。無理する必要は無いだろ?」
「そうだよ。反撃されて怪我する可能性もあるんだから。この足で蹴られるだけでも死ねるよ?」
 ユキが指さした足は、近くで改めて見ると本当に太い。
 蹄の大きさも、俺が手のひらを広げても全く届かないほどに大きく、この太さの筋肉とこれで蹴り上げられるとか、恐怖である。
 普通の馬でも肋骨ぐらいは簡単に骨折するのだから、これだと内臓は確実にぐちゃぐちゃになる事だろう。
「おーい、それよりも早く解体しようぜ? 時間が経つと不味くなるって書いてあっただろ?」
「おっと、そうだった。まずは吊り下げるか」
 トーヤに声をかけられ、俺は慌てて近くの木に登った。
 幸い、この近辺には太い木が何本もあるため、場所には苦労しない。
 しっかりとした枝の上からロープを下ろすと、そのロープをトーヤが鹿の両足にくくりつける。
 それを確認してから、ロープを枝に通して下に降りる。それからロープをぐいぐいと引っ張って鹿を吊り下げれば解体準備は完了である。
「しかし、あれだな。鹿を狩るなら滑車が欲しいな。ただの枝だと、結構重いし」
「そうだな。できれば動滑車、なければ普通の滑車でも、摩擦が減る分、楽になるよな」
 今回は俺とトーヤ、ついでにユキにも手伝ってもらって引き上げたが、かなり重かった。
 血抜きをしっかりしないと不味い、という情報が無ければ、寝かせたまま解体すれば良かったんだが、解体が下手なら安くなると言われては、やるしかないだろう。
「それじゃ、最初に首を落としますね」
 そんなことを軽く言いながら、ハルカから借りた小太刀で首を切り落としたのはナツキ。
 頸椎もモノともせず、スッパリと。見事な技術である。
 その切り口から流れ出た血が、その下に掘っておいた穴に溜まっていく。
「次は内臓ね。これは捨てるのよね?」
「食べられないことは無いらしいが、面倒なようだし、ポイで良いだろ。あ、腹を割く時は、内臓を傷つけないように注意してな」
「了解。っと……手が届かない」
「そうだな?」
 ハルカは頑張って手を伸ばしているが、胴体部分だけでも3メートルほどはあるのだ。
 それをぶら下げれば、上まで手が届くはずも無い。
「えーっと、何か土台は……」
「ナオ、肩車」
「はい」
 不満そうな顔でハルカに言われては、否やは無い。
 トーヤが本を見ながら指示を出し、俺の肩の上に登ったハルカが、解体用のナイフで腹を割く。
 そして、出てきた内臓をごっそりと取り出すと、穴の中に落とし、魔法で出した水をかけながら中身を洗う。
「次は皮だな。デカい方が高く売れるから、破かないようにな」
「いや、それはまたで良くないか? 血抜きが終わったら冷やして、帰ってから処理しようぜ?」
 吊したままだと、再び俺が肩車をするはめになる。
 それ自体は別に良いのだが、確実に作業しにくいし、それで失敗したら皮が勿体ない。
「それもそうだな。それじゃ次」
 俺の言葉にトーヤも頷き、本のページを指でなぞりながら手順を確認。
「えーっと……あとは、川の中に放り込んで冷やすのがベスト、って書いてあるが、これは無理だな。血が出なくなったら、ハルカの魔法で冷やすか」
「はいはい」
 しばらくして血が出なくなった頃を見計らい、ハルカが鹿全体を魔法で冷却していく。
 ハルカの魔法なら瞬間冷凍も可能だが、皮を剥ぐ時を考慮して、そこまでは冷やさない。
 後は、下にマジックバッグを広げて枝から下ろせば、解体作業は終了。
 切り落とした頭から角を{鋸}(のこ)で切り離し、角はマジックバッグ収納。頭は穴の中に放り込み、土をかけておく。
「解体の手順は難しくは無いですが、少し面倒ですね」
「うん。大きさがネックだよね。毎回ナオに肩車してもらうのもどうかと思うし?」
 大きさだけで言うならオークも十分に大きいのだが、鹿の場合、何らかの方法で上手く血抜きをしないと不味くなるというのがいただけない。
 ぶら下げるためには丈夫な木が必要だし、川に浸けるなどの方法を試すなら、かなり移動する必要がある。
 ぶら下げた状態ではハルカの身長では――いや、誰であっても手が届かなくなるというのも面倒だ。
「斃した直後にマジックバッグに放り込む、という方法もあるんじゃないか? 家まで持ち帰って、足場でも組めば、簡単に解体できるだろ? ほぼ時間が停止するんだから、肉の味も落ちないし」
「できるとは思うけど……そこまでやる価値がある? 小屋を作るコストとか」
「そこはほら、ナオとユキの土魔法で解体小屋を作れば」
「不可能では無いが……」
 浴槽を作れるようになった俺とユキなら、確かになんとかなりそうではある。
 小屋を作るだけなら、だが。
「ちょっと臭いとかが気になりますね。森の中のように不要な物を放置するわけにもいきませんし」
「そこはネックだな。やるならかなり深い穴を掘って埋めることになるだろうが」
「ま、そのへんは収益性を見てから考えましょ。いくらで売れるかや出現頻度を考慮しないとね」
「まぁ、そうか。それじゃ、後はまっすぐ帰るか」
 解体作業で汚れた身体をハルカとナツキの魔法で綺麗にしてもらい、俺たちは町へと足を向けた。
            
 ラファンへと戻った俺は、保留になっていたバインド・バイパーを売りに行くハルカたちとは別れ、1人、アエラさんの店へと向かっていた。
 せっかくバインド・バイパーと鹿の肉が手に入ったのだから、アエラさんのお店の予約を取って、調理方法を教えてもらおう、という事になったのだ。
「いらっしゃいませ~」
 そんな声と共に俺を迎えてくれたのは、20歳前後の、初めて見る女性だった。
 俺が内心『おや?』と首を捻っている間に、ニッコリと微笑みながら声をかけてきた。
「今の時間だと、閉店まであまり余裕がありませんが、よろしいですか?」
「あ、いえ。アエラさんに用事があってきたんですが……。私はナオと言います」
「店長に? 少々お待ちください」
 そう言ってキッチンの方に向かう女性を見送り、俺は店内を見回す。
 先ほどの女性が言ったとおり閉店時間まで間がないためか、満席と言うことは無かったが、それでも半分以上の席は埋まっている。
 客層も落ち着いた感じの女性が中心で、目論見通り、という感じだろうか。
 カウンターの近くに移動してそんな風に店内を観察していると、キッチンから顔を出したアエラさんが、嬉しそうな笑みを浮かべてパタパタと駆け寄ってきた。
「ナオさん! お久しぶりです!」
「え~っと、数日前には会ったよな?」
「でも、お肉を納品したら、すぐに帰っちゃったじゃないですか」
 少し頬を膨らませて不満そうなアエラさんに、俺は苦笑を浮かべる。
 家を手に入れたおかげでハルカたちが料理を作れるようになり、保管庫のおかげで、作りたての料理の保存も可能になった。
 そのため、アエラさんのお店に限らず、外食する機会というのが殆ど無くなったのだ。
「すまん、俺たちも一応、冒険者が本職だからな。ところで、そちらの女性は?」
「あ、ナオさんたちには初めてでしたね。私の修業時代の友達なんです。忙しくなってきたので、来てもらったんです」
 そう言ってアエラさんが手で示すと、俺を出迎えてくれた女性がぺこりと頭を下げて自己紹介をした。
「初めまして、ルーチェと申します。あなたがアエラの言っていた『ナオさん』なんですね」
「ナオです。アエラさんにはお世話になっています。修業時代ってことはルーチェさんも料理人で?」
「いえ、私の方はアエラの働いていたお店で給仕をしてました。アエラが前のお店より給料アップを約束してくれたので、引っ越してきたんです」
「あ、給料アップで引き抜いたんだ? 友達だからとかじゃなく」
 俺のそんな言葉に、ルーチェさんは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ナオさん、友情でお腹は膨らまないんですよ?」
「もう、ルーチェったら。殆ど同じ額しか受け取ってないじゃない。それなのにこんな所まで引っ越してきてくれて」
「それはほら、せっかく引っ越ししたのに、このお店が潰れちゃったら困るじゃない?」
 どうやらルーチェさんはツンデレさんのようだ。
 不満そうに言うアエラさんにそう言い返しているが、照れ隠しなのだろう。
 この2人、外見的にはルーチェさんが年上に見えるが、実際にはアエラさんの方が上、なんだよな?
 どちらにしろ、とても仲が良いのは間違いないだろう。
「それよりもアエラ、ナオさんは放っておいて良いの?」
「あっ、ナオさん、すみません。それで今日は?」
 ルーチェさんに指摘され、慌てて俺の方に向き直ったアエラさんに、俺は今日の用件を伝える。
「予約を取れないかと思ってな。新しい肉を手に入れたから、それで料理してもらって、調理法も教えてもらえたら、と」
「新しいお肉、ですか?」
「ああ。最近北の森付近に行っていてな。バインド・バイパーと鹿を狩ったんだが……」
「なるほど。解りました! ですが、ちょっと予約が立て込んでいるので、今日、もしくは……」
「次に空いているのは5日後ですね」
 少し考え込んだアエラさんに、すぐさまルーチェさんがフォローに入る。
 その様子を見るに、単純な給仕だけじゃない頼もしさを感じる。
 彼女がいればまた騙されたりする危険はない……と良いなぁ。クラスメイトの意味不明なスキルさえ無ければ、素直に安心できるんだが。
「それなら今日頼めるか?」
「はい。それではお待ちしていますね!」
「ああ、後ほど」
 新しいお肉で料理できるのが楽しみなのか、嬉しそうに言うアエラさんに見送られ、俺は店を後にした。

546
116.md

@ -0,0 +1,546 @@
# 116 鹿と蛇を喰う (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
鹿を解体して町に戻る。
ナオ以外はバインド・バイパーと鹿の一部を冒険者ギルドへ向かう。
ナオはバインド・バイパーと鹿の調理方法を教えて貰うため、アエラの店を予約する。
---
 1時間ほど後、ハルカたちと合流した俺は、再びアエラさんのお店を訪れていた。
 初対面となるハルカたちにルーチェさんを紹介してから、早速肉の調理に取りかかってもらう。
「まずは鹿から行きましょうか。鹿は処理方法で味が変わるんですよね……ちょっと失礼して……」
 アエラさんは鹿肉のブロックから薄く肉を切り出して、その匂いを嗅ぎ、塩胡椒を振って軽く焼くとそれをパクリ。
「……うん。とても処理が良いですね。臭みも殆ど無いですし、これなら調理に手間がかかりません。それじゃ、何種類か作っていきましょう」
 そう言いながら、部位ごとに手早く鹿肉を切り分けていくアエラさん。
 それを手伝うのはハルカ、ユキ、ナツキの女性陣。
 俺とトーヤ、ついでにルーチェさんも見学組である。
「ちなみにルーチェさん、お料理は?」
 そんな俺の質問に、ルーチェさんは苦笑を浮かべる。
「私は食べる専門です。アエラが居たから……」
「あぁ、料理が上手い人が近くに居ると、仕方ない部分はありますよね。自分で作っても、『コレじゃ無い』というか……」
 俺の言葉に『我が意を得たり』とばかりに深く頷くルーチェさん。
「でしょ! 手順も守ってるし、同じ物を使ってるはずなんですけど……」
「ちょっとした違いが、重要なんでしょうね」
「たぶん、そうなんでしょうねぇ。……あ、それよりも、私もご相伴に与って良かったんですか? お料理、手伝うわけでも無いですけど」
「もちろんです。アエラさんのご友人ですし、幸い、肉は沢山ありますから」
「ありがとうございます」
 アエラさんから紹介を受けた後、帰ろうとしていたルーチェさんを引き留めたのは俺たちだった。
 肉が食べきれないほどあるという事もあるが、これからもアエラさんには世話になる気がするし、その友人のルーチェさんと仲良くしておくに越した事はない、という打算も多少はある。
 まぁ、一番の理由は、素直に仲良くなりたいだけなのだが。
 俺たち、この世界には知り合いが少ないから。
「ブラウン・エイクの肉は、あまり火を通しすぎないか、とにかくじっくり調理して柔らかくするかですね。中途半端だと硬くなります。干し肉も上手く調理すれば美味しくできますが、若干のコツは必要です」
「ブラウン・エイク……って、この鹿ですか?」
「はい。この辺りだとそれだと思うんですが、違いますか?」
 そう言って首を捻るアエラさんに俺たちが見た鹿の特徴を説明すると、ウンウンと頷いた。
「やっぱりブラウン・エイクですね。一般的には若い方が美味しいお肉が取れます。ナオさんたちが斃したのはかなり大きいですが、その年齢を考えると、このお肉の味は凄いですよ? 普通はもっと臭くなりますから。よっぽど処理が上手かったんですね」
 俺たちの血抜きや冷却は普通の猟師にはなかなか真似できないだろうし、マジックバッグのおかげで新鮮さも十分。その点では確かに処理が上手いと言えるのだろう。
「取りあえず煮込み料理を1種類、焼き料理を2種類作ってみますね。それを見れば、ハルカさんたちなら応用も利くと思います」
 アエラさんは最初に煮込み料理から手を付け、それを煮込んでいる間に手早く焼き料理の2品作り上げた。
 そのお手並みはさすがプロ。
 俺たちから見れば上手いと思えるハルカたちよりも、まだ手早くて鮮やかである。
「ささ、食べてみてください」
 テーブルに並んだ鹿肉料理に、全員で舌鼓を打つ。
 硬くなりやすいと言うわりに、その料理は全くそんな事は無く、臭みも感じられない。
 タスク・ボアーやオークの料理とはまた違った美味しさ。
 コレはコレでありだ。
「美味しいな。鹿肉ってもっと食べにくいかと思っていた」
「私も料理人ですから。美味しく食べられるように工夫してます」
 俺の感想に、アエラさんは嬉しそうに笑みを浮かべる。
 手際の良さは相変わらずだったが、調理方法がタスク・ボアーと比べてどう違うのかと聞かれても、俺には解らない。
 だが、ハルカたちは頷きながらアエラさんのアドバイスを聞いているので、きっと良い感じに料理してくれるだろう。きっと。
「煮込み料理は時間がかかるので、このまましばらく待つとして……次は、バインド・バイパーに行きましょうか」
「バインド・バイパー、見た目がちょっとアレよね」
 マジックバッグから取り出したバインド・バイパーの肉は、幅50センチほどのぶつ切り。
 それを見ながら、ハルカはなんとも言えない表情を浮かべている。
 ぶつ切りにする前に皮は剥いてあるので、言われなければ蛇とは気付かないかも知れないが、そうと知っている俺たちからすれば、どう見ても蛇の一部である。
「う~ん、苦手な人はそうかも知れませんね。そこまでメジャーな食材じゃありませんし。でも、骨から作るスープはとても美味しいんですよ?」
「骨から、ですか?」
「はい。とても簡単なんですけど」
 バインド・バイパーを開き、取り除いた中骨の部分を鍋に入れて、灰汁を取りながらひたすら煮る。この時、お好みで香草の類いを入れても良し。
 あとは骨が崩れるほどに柔らかくなった段階で煮汁を漉し、塩で味を調えるだけで美味いスープになるらしい。
 最初に倒した物は解体の時に中骨と内臓を捨てたのだが、それ以降は手抜きをして、ぶつ切りにしただけである。
 今回はそれが功を奏した。まさか骨に価値があるとは。
 本は必ずしも当てにならないということか。
「尤も、作業は単純でも時間がかかるので、家庭で作る人はほとんどいませんけど。大量に作っても、少量でも手間があまり変わらないので、基本的にはお店で食べる物でしょうか」
「あ、それなら、手持ちのバインド・バイパーの骨、一気に処理してくれる?」
「ええ、構いませんよ。――ルーチェ、ちょっと手伝って」
「はいはい」
 軽い返事をしながら立ち上がったルーチェさんがアエラさんと共に店の奥に消えてしばらく、2人が抱えて戻ってきたのは、アエラさんがすっぽり入るような大きさの寸胴だった。
「よいしょっと。ふぅ……中骨の部分を、この中に放り込んでいってください」
「解りました」
 4人で手分けをすればバインド・バイパーの処理もすぐに終わり、アエラさんは骨が入った寸胴をコンロにセットすると、その中に水を入れてから火を着けた。
 更に冷蔵庫から、いくつかの香草を取り出して中に投入する。
「これで灰汁を取りながら3~5時間ほどですね」
「うわー、手間かかるんだね。もしかして、そのスープって高い?」
「他のスープに比べると、高いですね。バインド・バイパーの骨はあまり手に入りませんから。あと、普通の食堂では、長時間煮込むための薪も必要になりますからね」
 ユキは『手間がかかるから高い』という意味で聞いたのだろうが、アエラさんの返答は『素材が高いから』という内容だった。
 そういえばこの世界、相対的に人件費が安いんだよなぁ。
 どちらかと言えば素材を卸す側の俺たちにとっては有利な気もするが、冒険者としての依頼料があまり高くないという欠点もある。
 なので、下手に依頼を受けるよりも、採取物や肉を集めてきて売る方が儲かるという現実もある。もちろんそれは、俺たちが大量の採取物や肉を運べるという前提があってこそなのだが。
「さて、最後はバインド・バイパーのお肉ですね。少し固い……というか、弾力があるので、多少好みは分かれますけど、薄くスライスして塩焼きにすると結構いけます。鳥のセセリみたいな感じでしょうか? 脂は少ないですが」
「ほう! セセリ!」
 俺、セセリは結構好きである。蛇ということで少し敬遠する部分はあったのだが、食べてみても良いかもしれない。
「まぁ、弾力が強いですから、たくさん食べるタイプのお肉では無いですね。自分たちで消費する場合は、ある意味、骨よりも処理に困ります」
 そう言いながらも、アエラさんは手早く調理を行い、薄くスライスして塩で炒めた肉を俺たちに差しだした。
 俺たちは、それを1つずつ摘まんで口に入れる。
 こにゅこにゅとした弾力のある食感。その歯ごたえは確かに鳥のセセリに似ているが、アエラさんが言ったように脂の少なく、やや淡泊なところが、鳥のセセリとは少し異なる。
 しかしそれでも、噛んでいると旨味が出てくるので、思ったよりも悪くない。
 難点を挙げるなら、やはりその弾力だろう。薄くスライスしてあるのに食べるのに時間がかかり、顎が疲れる。
「確かにこれは、沢山食べられませんね」
「ええ。少量付けるぐらいかしら。味は悪くないけど」
 食べるのは少量で良いという皆の意見の中で、1人だけ異を唱えたのはやはりトーヤだった。
「オレはこの歯ごたえ、好きだな。もっとぶ厚い肉でも良いかも」
「えぇ!? 獣人の方でも厳しいと思いますけど……焼いてみますか?」
「おう。お願い」
 トーヤの意見に目を丸くしたアエラさんが、今度はステーキサイズで肉を切り分け、焼いていく。
 匂いだけは美味そうなんだが……あの厚み、食べられるのか?
「できましたけど……大丈夫ですか?」
「いただきます! むっ……この、歯ごたえが……良い感じ?」
 皿に載って出てきたステーキをフォークでぶっさし、齧り付くトーヤだったが、その様子は『ぶちんっと噛みちぎる』といった感じだ。まず俺には無理そうである。
「……やはり、バインド・バイパーは大半を売った方が良さそうね。アエラさんのところだとどう?」
「うちでも、そこまで多くは……オークに比べると、料理のバリエーションが限られますから。骨の方はありがたいですけど」
「いやいや、別に気にする必要は無いから。ギルドにでも売るさ」
 少し困ったような表情を浮かべたアエラさんに、俺は手を振る。ギルドなら問題なく買ってくれるのだから、無理にアエラさんに売る必要は無いのだ。
「そういえば、バインド・バイパーの買い取り価格ってどうだったんだ?」
「重量当たりはオークと同じぐらいだったわ」
 その代わり、1匹あたりの肉はオークよりもかなり少ない。
 魔石はオークよりも少し高く、皮はかなり高い。トータルではオークよりも2割ほど安い価格で買い取られたらしい。
 そう考えると、俺たちに関して言えば、効率の良さではオークの方が上となるだろう。
 持ち帰りに苦労する普通の冒険者なら、嵩張らない皮と魔石で稼げるバインド・バイパーの方が良いかもしれないが。
「積極的に狩るような獲物でもないか」
「ええ、そうね」
 遭遇した時にわざわざ避けるつもりは無いが、あえて探してまで狩る必要は無いか、そんな俺たちの意見に、厨房から戻ってきたアエラさんが笑みを浮かべる。
「ふふふ、そうでしょうか? もしかしたら意見が変わるかも知れませんよ?」
「ん? 何かあるのか、アエラさん?」
「まあ、それは後のお楽しみと言う事で、鹿肉の煮込みができたので食べましょう。あと、バインド・バイパーのお肉の料理も」
 差し出された鹿肉の煮込み料理はビーフシチューのような見た目で、中に入っている鹿肉は、スプーンでほろりと崩れるほどに柔らかくなっている。
 味付けもコクのあるビーフシチューに近く、非常に美味しい。
 一緒に出されたパンにも合うが、ライスにかけてハヤシライスっぽく食べたくなる。
「時間をかけるとこれぐらいには柔らかくなります。やっぱり家庭だと手間がかかりますけど」
 俺が料理するわけでは無いが、1時間以上煮込むとなると、やはり面倒だろう。
 それに薪で料理している家庭なら、燃料費もバカにならない。
 圧力鍋でもあれば時短が可能かも知れないが、残念ながら見たことは無いんだよなぁ。もし作ってもらうにしても、パッキンや安全装置のあたりが難しそうである。
「バインド・バイパーの方は、香草と一緒にソースで炒めた物です」
「……うん、俺はこれぐらい薄い方が良いな」
 良い感じの歯ごたえが、日本でも有名だった牛の小腸を使った炒め物に少し似ている。
 小さめにカットしてあるので、弾力はあっても食べやすくなっている。
 これまたご飯が欲しくなる料理だ。
「さて最後はバインド・バイパーの骨を使った締めのスープです。今日はお肉を沢山食べたので、あっさり風味で軽く青菜のみじん切りを入れています」
 出てきたのは、白く濁ったスープ。
 その上に散らされた緑の野菜がアクセントとなっているが、具材はそれだけ。
 確かに沢山肉を食べた今のお腹にはちょうど良いかもしれない。
 スプーンでスープを掬って一口。
「……美味い」
 優しい味ながらも旨味と深みがあり、臭みなどは全くない。
 鼻に抜ける僅かな香草の香りと、薄めの塩味。
 味に複雑さなどは無く、特徴も無いと言えば無いのだが、それでいてクセになるような……。
「これは想像以上です」
「本当に、バインド・バイパーの骨だけ?」
「他は香草と塩だけですね。青菜は後から散らしただけですから」
 調理方法はとても単純で、手間さえかければ俺でもできそうなほど。
 それでいてこれだけのスープができるとは……。
「確かにこれは、バインド・バイパーを狩る価値があるな」
「でしょ? まぁ、骨を取っちゃうと、買い取り価格、少し下がっちゃうんですけどね」
 アエラさんはそう言って苦笑する。
 今回ギルドに売ったバインド・バイパーは、中骨を取り除いた肉だったので、それが付いていればもう少し高く売れたようだ。
 それでもオークの方が稼げる様なのだが……このスープは惜しいが、稼ぎが減るのも困る。
 やはり遭遇したら狩る、ぐらいが妥当か。
 スープ目当てに狩っていては、収入が減ってしまう。
「あの、無理にとは言いませんが、うちに骨を持ち込んでくれたら、ギルドよりは高く買い取りますよ? ハルカさんたちも、スープのためだけに何時間もかけるのは大変ですよね?」
「それは、そうなのよね。料理は嫌いじゃないけど、帰ってきた後や訓練した後は疲れてるし……」
「ちょーっと、時間かかるよね、このスープ」
「オレもこのスープは食べたいが、ハルカたちに無理は言えないしな。あと、肉も。あのステーキ、美味かった」
 それはトーヤだけである。多分、他のメンバーはあのステーキは噛み切れない。
 だが、アエラさんにバインド・バイパーの骨を売るのに反対のメンバーはいないようだ。
「良いんじゃないか? 稼ぎが変わらずにこのスープが飲めるようになるんだから」
「ですね。それに、高く買って頂く必要は無いですよ。私たちの分のスープを残して頂ければ」
「はい、もちろんです。ナオさん、皆さん、是非食べに来てくださいね!」
 この日以降、俺たちはバインド・バイパーを狩る度にアエラさんの店に持ち込み、スープをごちそうになる様になったのだった。

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117.md

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# 117 巨木を切る (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ナオ以外が、アエラの友人で新しい店員のルーチェの紹介を受ける。
鹿肉の料理と、バインド・バイパーの料理を習う女性陣。
バインド・バイパーの骨で作ったスープの美味しさに衝撃を受ける。
---
 翌日から俺たちは、少しずつ森の奥へと探索範囲を広げていた。
 最初は多少苦労していたバインド・バイパーも、ナツキが特注の薙刀をトミーに作って貰って以降は、なんともあっさりと片が付くようになってしまった。
 シュルシュルと伸びてきたバインド・バイパーの頭を、ナツキがスッパリと切り落としてしまうのだから、なかなかにとんでもない。
 驚く俺たちに、ナツキは「小太刀より、薙刀の方が得意ですから」とあっさり言ってのけた。
 実際のところ、斃すだけなら俺やユキの魔法でなんとでもなるのだが、ナツキとしては自分が有効な攻撃手段を持っていない事が、ちょっと悔しかったらしい。
 スカルプ・エイプに関しては、慣れてしまえば大した問題は無かった。
 1匹ずつは弱いので、互いにカバーし合って順番に斃していけば危険性は少ないのだ。
 たまに石を投げてこようとする個体だけは少々厄介だったが、遠距離攻撃ができるメンバーが警戒しておけば、それを優先して撃破する事も容易い。
 尤も、後始末が面倒で稼ぎが少ない事は変わりなく、あまり遭遇したい敵ではないのだが。
 どうするか少し悩んでいた鹿――ブラウン・エイクは、1匹あたりではオークに近い稼ぎになる上、山に近い場所には比較的多く生息している関係で、結構な数を狩っていた。
 解体が面倒と言えば面倒なのだが、事前に動滑車と脚立を用意しておけば森の中での解体も、あまり苦労する事無く作業できるようになったのだ。
 これらのおかげで、季節的には稼ぎが少なくなりがちな冬にもかかわらず、俺たちはこれまでとあまり変わらない稼ぎを上げ続けていた。
 家を購入した事で蓄えが大幅に減少していたので、これは正直非常にありがたかった。
 そして、森の奥に入り続ける事、1週間あまり、俺たちはやっと銘木が生えている辺りに到達していた。
 少し無理をすれば、もっと早く辿り着く事はできたのだろうが、俺たちの目的はここで木を切る事。辿り着いて終わりでは無い。
 当然その時に響く斧の音は大きく、周辺に魔物が多く居れば引き寄せる事になるだろう。
 それもあってやや慎重に、少し魔物を駆除するような感じで探索を進めていたのだ。
「さて、この辺りの木なら、どの木でも高く売れるんだよな?」
「シモンさんは胡桃が欲しい、的な事は言ってたけど……あと、太いのが良いだったよね?」
 俺がそのへんの木をぺしぺし叩きながらそんな事を言うと、ユキが1本の木を指さしながらそう応えた。
 ふむ、あれが胡桃か。実が生ってないと見ただけじゃ判らないな。
 【ヘルプ】を使えば判別はできるが。
「しかし、結構太い木が多いよな? 50センチぐらいはざらにあるし、1メートル超えも普通に見つかる」
 トーヤが言っているのは幹の直径の事である。
 中には俺が抱きついても半分も手が届かないような木もあるのだから、かなり巨木が多いと言えるだろう。
 林業が盛んだった日本だと、これだけの木が生えている場所はそうそう無い。
 一部の鎮守の杜とか、霊山とか、そういうところには巨木も残っているが、それ以外の場所だと木材にしてしまってるからなぁ。
「こんな大きな木、切るのが勿体なく感じてしまいますね」
「同感。これだけになるのに、どれくらいの年月がかかったのかな?」
「私たちの人生の何倍も、でしょうね」
 一際巨大な木を見上げ、悠久の時の流れに思いを馳せる俺たち。
 だがそんな俺たちの感傷を叩きつぶしたのは、トーヤだった。
「でも切るんだろ?」
「……まあ、そうなんだが」
 ここまで苦労してやって来て、切らずに帰るという選択肢は無い。
 無いのだが……やはり、感傷に過ぎないか。
「確かに、トーヤの言うとおりなのよね。せめて切りすぎないように、間隔を空けて切っていきましょ」
「そうですね。大きい木を間引くように切れば、小さい木が大きくなる余地ができますよね」
 間伐みたいな物だな。
 幸いと言うべきか、俺たち以外に切りに来る人はいないわけで、資源の枯渇を心配する必要は無さそうである。
「でも、このへんって、以前は伐採が行われてたんだよね? その痕跡とか、見当たら無くない?」
「そういえば、切り株とか見た覚えが無いな?」
 盛んに切り出されていたと聞いたわりに、歩いていて目に付く事も無かった。
 まさか、伐採する度に切り株を掘り起こしていたとも思えないが。
 そんな俺の疑問に答えたのはトーヤだった。
「一応あったぞ? かなり朽ちて、まともには残ってなかったが。確かそのへんにも……ほら」
 トーヤが下草をかき分けて示したのは、確かに切り株の跡だった。
 直径1メートルには満たないが、それでもかなりの大きさである。
 地上から上の部分は殆ど残っておらず、地面に埋まっている部分もかなり朽ちていて、もう少しすれば地面と同化してしまう事だろう。
 その切り株の部分からも草が生えているので、これは言われなければ気付かない。
「トーヤ、良く気付いたな? 切り株ってかなりの期間残る物だと思っていたんだが……いや、何時の切り株かは解らないんだが」
 良くは知らないが、この森から木が切り出されなくなって、確か10年以上は経っているのか?
 これぐらいが普通なのだろうか?
「ここには、朽ち木になる前に生えるマジックキノコという実例もありますし、もしかすると腐りやすいのかも知れませんね」
「ちょこちょこと、不思議な物があるよね、この世界。ほら、インスピール・ソースとか」
「……確かにアレは、脅威の分解力よね」
「正直、バイオテロにならないあたりが不思議です」
 それを考えれば、切り株の分解の早さぐらい、大したことも無いのか?
「さて。そろそろ木を切りましょ。トーヤ、木の切り方は知ってる?」
「簡単な物なら。まずは倒したい方向の幹に受け口を切る。それからその反対側、受け口の少し上の部分から切っていく。最後に楔を打ち込んで倒す。倒す前には『たーおれーるぞー』と叫ぶ。そんな感じ」
「そうね、意外に重要ね、かけ声。このサイズの木、下敷きになったら命に関わるし」
「確かに滅茶苦茶重そうだよな」
 地上何十メートルもの高さから、お相撲さんがボディプレスを仕掛けてくると考えれば、その脅威は理解できるだろう。……いや、硬い分、それよりも酷いか。
 良くて骨折、悪ければ死亡。
 いくら身体能力が向上しているとはいえ、その強度を試す気にはならない。
「ただ、素人が狙った方向に倒すのは難しいから、ロープで引っ張った方が良いとは思うんだけど……引っ張る人が危ないわよね」
「そこはあれ、滑車を使えば良いんじゃないか? 長いロープもあるし」
 鹿を解体するために買った滑車と、ディンドルの木に登るために買った長いロープ。それを使えば、倒れる方向に居なくてもロープが引っ張れる。
 ディンドルの採取の時期が終わった後は宿に置いたままだったのだが、マジックバッグを手に入れて以降は常に持ち歩いているのだ。
 何らかのアクシデントがあった時、ロープは重要そうだし。
 それならば以前から持ち歩け、と言われそうだが、丈夫で長いロープってかなり重いんだよ。
 具体的には数十キロ以上。
 原料はよく解らないが、何かしらの天然繊維らしい。
 化繊ならもうちょっと軽くて丈夫なのもあるのだろうが、無い以上は仕方が無い。
「確かにそれは良い方法ね。倒れた木が運悪く滑車に当たる、なんて可能性も低いだろうし」
「……それはフラグじゃ無いか? ハルカ」
 これ、動滑車なので、結構良いお値段がしたのだ。
 その分、力は半分で済むのだが、少しだけ複雑な構造なので、万が一、倒れた木が当たって壊れたりしたらお財布的に痛い。
 倒れる方向に設置する事になるので、当たらないとも言い切れないんだよなぁ。
 かといって、俺たちに当たるよりは動滑車が壊れる方がマシである。
「……当たらないよう、設置方法に注意しましょ」
 そう言って苦笑したハルカに、俺も頷く。
「そうだな。――でもさ、一番の問題は木の太さじゃないか? これ、斧でなんとかなる太さか?」
 俺たちが購入した斧の刃渡りは20センチほど。
 それに対し、切ろうとしているのは直径が1メートルを超えるような巨木。
 もう、切ると言うよりも削っていく、というような感じである。
 斧を振るうスペースを考えれば、かなり大きなクサビ型に削っていかないとダメだろうし、かなり大変そうである。
 トーヤが取り出した斧と木を見比べ、全員が首を捻る。
「このサイズの巨木って、現代だと、どうやって切るのかな?」
「以前見たのは、長さが俺の身長ぐらいある、巨大なチェーンソーを使っていたな」
 ユキの疑問に、俺は以前見た巨木の伐採風景を思い出す。
 その時はクレーンも併用していたので、まったく参考にならないのだが。
「チェーンソー……ね」
「ハルカでも作れない?」
「魔道具でって事? 研究すれば不可能とは言わないけど、あまり気は進まないわね」
「じゃ、あれか、超巨大な、冗談みたいな{鋸}(のこぎり)。刃が妙に大きい奴」
「大鋸おがのこと? あれ、ギザギザは大きいけど、刃が着いてるのは先っぽだけだからね?」
 ギザギザが大きいのは、鋸屑の排出性の為なんだとか。
 そもそも、製材用の鋸で、伐採用に使う物では無いらしい。
「{鋸}(のこぎり)なら、両引き鋸ということになるのかしら? 両方から2人で引くやつ」
「それは買ってないぞ?」
「そうなのよね。斧でなんとかなると思ってたから……」
 実際に来てみると、想像以上に多くの巨木が存在していた。
 数本程度ならともかく、このサイズの巨木を何度も切るとなると、正直、今の斧では気が遠くなる。
「う~ん、ハルカ、ウォーター・カッターみたいな魔法で切れないか?」
「以前、無理って話、したと思うけど?」
 トーヤの質問に、ハルカが不思議そうな表情を浮かべた。
 ウォーター・カッター、それは1ヶ月ぐらい前に一度話題になって、無理だろ、という結論になった魔法である。
「それはあれだろ? 高圧で噴射した水が空気にぶつかって拡散するから近くの物しか切れないって」
「そう。だから木を切る場合、幹の周囲、1、2センチぐらいが切れれば良い方じゃないかしら? 大木を切るのには全く向いていないわね」
「うん、だからオレ、考えたんだ。魔力で細いパイプを作って、そこを通すようにすれば、拡散せずに遠くまで届くんじゃ無いかって」
「まぁ! トーヤ、あなた天才ね! ――と言うとでも? そんな高圧に耐える細いパイプなんて、魔力で作ろうと思ったらどれだけ大変か……。トーヤは魔法使わないから判りにくいかもしれないけど、この世界の魔法を使うのって、結構難しいのよ?」
 呆れたような表情を浮かべてハルカが肩をすくめる。
 そしてそれは俺も同感である。
 魔法のカスタマイズ的な事はなかなかに難しく、特に素早く使おうと思うとかなりの練習が必要になる。
 俺が『{火矢}(ファイア・アロー)』を好んで使う理由も、そこにあるのだ。
 だが、そんな魔法使いたちの心情も、トーヤには伝わらなかったようだ。
「努力もせずに諦めるとかハルカらしくないぞ! できるできる! ハルカならきっと!」
「……無責任な期待が重いわね。私、錬金術と光魔法の研鑽でかなり大変なのよ? そういえば……ユキも水魔法の素質、持ってたわよね?」
「えぇ!? あたし?」
 いきなりハルカに話を振られ、ユキが自分を指さして目を丸くする。
「今、レベルいくつ?」
「一応、レベル2にはなったけど……あんまり使ってないよ?」
 トーヤ以外の魔法が使える面々は、それぞれ地道に魔法の訓練を続けているのだが、実際に戦闘に使用されるのは基本、火魔法オンリー。
 火魔法は十分に火力が高く、幸いなことに火耐性持ちの魔物なんて出てこないので、別の魔法を使う理由が無く、活躍する機会も少ないのだ。
 俺の時空魔法も、最近では戦闘で使う事はほぼ無いし、マジックバッグも作ってしまったので、訓練の時以外は使う機会が無かったりする。
 むしろ魔法全般は、普段の生活で大活躍している。
 簡単に風呂に入れるのも、身綺麗に過ごせるのも、寒さを気にしなくて良いのも、雨に濡れずに済むのも、すべて魔法のおかげ。
 派手さは無いが、とても重要な役割を担っているのだ。
「確か、『{水噴射}(ウォーター・ジェット)』はレベル1だったよな? 取りあえずやってみたらどうだ?」
「『{水噴射}(ウォーター・ジェット)』って、そのままだと、高圧洗浄機にも劣るんだけど……。あまり期待しないでね? できるだけ圧力を高くしてみるけど」
 そう言いながら、ユキが人差し指を木の幹ギリギリに近づける。
「むむむっ……『{水噴射}(ウォーター・ジェット)』!」
 ユキの指先から細く勢いよく飛び出した水が、木の幹をえぐる。
 ユキはそのまま、ちょっとずつ指をずらしていくが……。
「……木の皮を剥くのには便利そうだな?」
 よく見ると、えぐれたのは木の皮の部分のみ。
 顔を近づけてよく見ても、幹自体には傷も付いていない。
「そういえば、木材の皮を剥くのに高圧洗浄機を使う場合もあるらしいな」
「確かに皮は綺麗に剥けてるな。それでいて木の幹は綺麗なままだし」
「ユキ、もうちょっと頑張れない? 水の量はそのままで、もっと細く絞るとか」
「無理無理、限界! と言うか、魔力も限界! 終わり!」
 指から出していた水を止め、ユキが「ふぃ~~」と息を吐く。
 削れた皮の幅は、幹の外周に沿って40センチほど。
 これでは魔力効率は良くない……とか言う以前に、皮程度なら鋸で挽けば簡単に切れるので、何の意味も無い。
「せめて幹が削れれば、ちょっとは価値があるんだが……」
「そう思うなら、ナオもやってみると良いんじゃないかな!? エルフなんだから、素質が無くても使えるよね!」
「水魔法は練習してないからなぁ」
 素質が無いのは火魔法も同じなのだが、これは最初からレベル1で取っていたし、ずっと訓練も続けていたので、かなり自在に使えるようになっている。
 それに対し、水魔法はこれまで使った事は無いのだ。
 とは言え、ハルカは3系統の魔法に錬金術、ユキは4系統の魔法に錬金術+薬学に手を染めている。それを考えれば、時空魔法と火魔法、土魔法の3つしか覚えていない俺も、もう少し努力すべきかも知れない。
「――前向きに善処する」
「鋭意努力を期待する!」
 俺の曖昧答弁に、ユキは俺をビシリと指さし、厳しく言い切った。
 うん、頑張るさ。時間の許す範囲でな。

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118.md

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# 118 巨木を切る (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
東の森から北の森へ探索範囲を広げる。
1週間ほどで目的地に到着するが、想像以上に巨大な木が生えている。
どうやって切るべきか検討し、魔法を使えないか試すが水はイマイチ使えない。
---
「しかし、たちまちはどうするかだよな。火は燃える、土は打撃系、風は……確か、『{鎌風}(エア・カッター)』があったよな、ハルカ?」
 魔法で使える物を考えた時、思いついたのはそんな魔法。
 そう思ってハルカに訊ねてみたのだが、ハルカの方は少し微妙な表情を浮かべる。
「あるけど、あれってレベル5の魔法なのよね。私、まだ風魔法はレベル3だし」
「あー、じゃあ使えないか」
「いえ、使えるけど。一応」
 風魔法の攻撃魔法は、レベル3で使える『{衝撃}(コンカッション)』があるのだが、普通に使った場合のこれの威力は、正直あまり高くない。
 その名の通り、衝撃波をぶつける魔法なのだが、同じレベル3であれば、土魔法の『{石弾}(ストーン・ミサイル)』の方が実体がある分、威力が高い。
 そんな事もあって、ハルカは威力の高そうな『{鎌風}(エア・カッター)』を優先的に練習していたらしい。
「結局、攻撃という事なら、火魔法が一番なのよね。魔道書に載っている魔法に関して言えば」
「カスタマイズができれば、それぞれ長所はあると思うがな」
 重宝している火魔法ではあるが、攻撃に質量は無い。
 それに対して土魔法の『{石弾}(ストーン・ミサイル)』は質量がある。
 ガチガチに鎧を着込んでいる相手であれば、後者の方がより効果的という場面もあるだろう。
 水をかけるだけの『{水噴射}(ウォーター・ジェット)』にしても、噴射する水を熱湯にできれば、一気に危険な魔法に早変わりである。
 尤も、それらの変更が難しいのだが。
「『{鎌風}(エア・カッター)』でこの木は切れそうか?」
「少なくともナオの『{火矢}(ファイア・アロー)』を上回れるよう、威力を高める努力はしてるけど……」
 悩むような表情を浮かべてハルカはそう言うが……いや、あんまりあっさり上回られると、俺の長所が無くなるんですが。
 ある意味、俺の売りだから、研鑽は怠ってないですよ?
「取りあえず使ってみましょうか。危ないからちょっと離れてて……『{鎌風}(エア・カッター)』!」
 ハルカがそう言った途端、木の幹に一筋の線が入った。
 近づいてみると、木の皮に確かに切れ込みが入っている。
 俺の目には何も見えなかったのだが、魔法はしっかり発動したようだ。
「ヤバいな、この魔法。何も見えねぇ……。速度も速いし、敵が使ってきたら避けられねぇよ」
「魔力を感じられたら、何となく見えるんだけど……あ、それよりどう?」
「えーっと、1センチぐらい、か?」
 切れ込みの幅が1ミリにも満たないので目視はできないのだが、そのへんに生えていた木の葉っぱを差し込んでみた感じ、奥行きはそれぐらいである。
 これは木の皮の厚みを除いた、本体部分の切れ込みの深さである。
 あまり深くはないが、ユキの魔法とは異なり、しっかりと切れている。
「おおっ! すげぇじゃん! 100回も使えば切れる!」
「いや、周辺と芯じゃ硬さが違うでしょ。それに、いくら何でも、100回も使えないわよ」
 そりゃそうだ。威力から見て、俺の威力を高めた『{火矢}(ファイア・アロー)』と同じぐらいは魔力を消費しているはず。
 1度に使えるのは頑張っても十数回といったところだろう。
「組み合わせてやるしか無いでしょう。最初は鋸と斧で外周部分を切って、斧や鋸が届きにくい部分はハルカの魔法でやってみませんか? ダメならダメで、別の方策を考えないといけませんし」
「そうね。あんまりのんびりしていたら、日も暮れちゃうわね。最初は……ロープ掛けから始めましょ。ナオ、お願い」
「了解」
 俺はマジックバッグから取り出したロープを手に木の上に上り、中程よりも少し上に結びつける。
 そのロープを滑車に掛け、木が倒れるスペースがある方向へ設置。
 そして軽く引っ張った状態でロープの先を他の木に結び、テンションがかかった状態をキープした。
「次は受け口を切りましょう。トーヤ、がんばって」
「おうともさ! よいさっ! ほいさっ!」
 カツーン、コツーンと木に斧を叩きつける音が森に響き渡る。
 トーヤは鼻歌で「ふふ~ふふふ~ん♪」と、恐らく日本一有名な木こりの名前が付いた歌を歌いながら、リズム良く木を切っていく。
 彼の身体能力の高さ故か、ガッツンガッツンと木が削れていくのが見ていて気持ち良い。
 その分、出る音もまた大きいのだが。
「ナオ、魔物は?」
「今のところ反応は無い」
「そう。警戒は怠らないでね?」
「もちろん」
 これだけの音を響かせているだけにすぐに魔物が集まってくるかと思いきや、案外そんな事は無かった。
 索敵範囲が広いだけに魔物の存在は確認できるのだが、その動きにあまり変化は無く、逆に鹿と思われる反応はここから離れていく。
 すでに何度か狩っている例のブラウン・エイク、あの巨大な身体のわりには警戒心が強くて、正面から普通に近づいていくと逃げるんだよな。
 同じ動物でもタスク・ボアーやヴァイプ・ベアーが好戦的なのとは対照的に。
「……ふぅ、そろそろ交代したい人、いねぇか?」
 トーヤが頑張って斧を振るうこと1時間ほど。
 斧を地面につき、その柄にもたれかかったトーヤが、一息ついてそんな事を言った。
 彼の頑張りもあって幹の全周にわたって20センチほどがえぐれ、受け口の方はすでに3分の1ぐらいは切れている。
 尤も、残っている部分だけでも直径50センチ以上あるので、まだまだビクともしそうに無いのだが。
「交代って言っても、トーヤほど斧が似合う奴はいないし?」
「ナオ、お前だって【筋力増強】があるだろうが。斧ぐらい振れるだろ」
「できるが、無理すると、魔力、消費するからなぁ」
 一応、俺の【筋力増強】のスキルはレベル2になっている。
 だが、これは魔力を使って身体能力を上昇させるスキルなので、使った分は魔力が消費され、使える魔法に影響が出る。
 トーヤは魔法を使わないため、自己回復と消費がほぼ釣り合っていて、あまり問題ないのだが、他の魔法使いにとってはそうではない。
 一番影響が少ないのは【魔力強化】のスキルを持っているハルカなのだろうが、逆にハルカは素の筋力が最も低いという欠点が。
 それを考えると、2番目に筋力が高くて、魔法を使わなくても戦闘力が高いナツキが候補に挙がるわけだが……。
「私、ですか? 確かに妥当ではありますね」
 俺がチラリと視線を向けたのを感じたのか、ナツキが納得したように頷く。
 だがそれに対して、ユキが冗談っぽく非難の声を上げた。
「えー、ナオ、女の子にやらせるの?」
「俺はフェミニストなんだよ。本来の意味でな」
 男女同権というなら、得意な事は男女関係なくやれば良い。
 残念ながら俺が純粋な筋力で勝てるのは、ハルカだけである。
「でも、料理を作るのはあたしたちだよね?」
「うっ。やれというならやるが……」
 それを言われると弱いので、そんな風に答えた俺だったが、それはハルカにあっさりと拒否される。
「やらなくて良いわよ。私は不味い料理を食べたくないし。実際、保存庫があるおかげで、あまり大変じゃ無いから」
 あれのおかげで作り置きができるんだよな。
 普通の冷蔵庫なんかと違うのは、作りたての状態がキープできるところである。
「ついでに言えば、掃除と洗濯も、ハルカとナツキ任せだし」
「いや……それは仕方ないだろ?」
 普通に掃除するなら、もちろん手伝う。
 だが実際は、掃除も洗濯も、『{浄化}(ピュリフィケイト)』一発なのだ。それが使えない俺たちに出番は無い。
「もちろん、不満があれば言ってくれて良いんだが……」
 そう言ってハルカたちに視線を向けるが、ハルカは軽く肩をすくめた。
「今のところは別に無いわよ? 別に飲んだくれるわけじゃ無いし、訓練も仕事も真面目にやってるから。ねぇ?」
「はい。むしろ、共同生活としては上手くいっている方じゃないでしょうか」
「それは確かに。トラブルが無いよな、オレたち」
 文句を言える様な余裕が無かった事もあるのだろうが、これまで別々に暮らしていた他人が集まって暮らしているわりに、問題が起きていない。
 元々、互いの家に自由に出入りするぐらいには距離が近かったハルカはともかく、他の3人とは生活習慣や生活レベルもかなり異なったはずである。
 にもかかわらず、それでも喧嘩らしい喧嘩になった事は無い。
 意見の対立が全くないとは言わないが、それぞれがちょっとずつ譲って、すりあわせが可能な範囲である。
 ルームシェアやシェアハウスではトラブルも多いと聞くし、それを考えると本当にこのメンバーで良かったよなぁ。
「それじゃ、頑張ってみますね。トーヤくんほどにはできませんけど。斧、貸してください」
「あ、ちょっと待って。先に『{鎌風}(エア・カッター)』で削っておくわ。受け口の方が良いわよね」
 ナツキを制止したハルカが受け口の方へ指を差し込み、そこから『{鎌風}(エア・カッター)』を放つ。
 斧で切るような豪快さは無いのだが、ハルカが魔法を使う度に「シュッ」と音がして、確かに少しずつ切れ目が深くなっていく。
 そんな切れ目の深さを、ハルカは1回魔法を使う毎に確認し、時々頷いている。
「それは、何しているんだ?」
「どうやって魔法を使うのが一番効率が良いかと思ってね。ちょっとずつ条件を変えてるの。当たり前だけど、同じ魔力量なら、幅が狭い方が威力はあるわね」
 そうやって検証をしながら、十数回ほど『{鎌風}(エア・カッター)』を使ったところで、ハルカはそこを離れる。
「……こんな物かしら? そろそろ倒れてきてるから、気を付けた方が良いわね」
「え、そうなのか?」
「ええ。微妙に隙間の幅が増減してるわよ。単に風で揺れてるだけかも知れないけど、突然倒れても困るし、ロープは引っ張っておきましょ」
「そうだな。俺たち、木を切るのは初めてだもんな」
 滑車に繋がったロープを再度引っ張ってから、結び直す。
 木を見上げると、その先端がロープで引っ張っている方向に少し曲がっているのは確認できるが、この巨木がこのロープで制御できるのか、ちょっと不安である。
「次は私ですね。受け口はもう良いですよね? こっちから切っていきます」
 ハルカの頑張りで、受け口の方の切れ込みの深さは木の中心部近くまで達している。
 ナツキはそれの逆側に斧を叩き込んでいく。
 その腰つきは初めてとは思えないほど見事だが、外見とは全く合っていない。
 トーヤはぴったしだったのに。……トミーとか連れてくると、更に良い感じかも知れない。ドワーフだし。
 ユキもそう思ったのか、なんとも微妙な表情を浮かべて口を開いた。
「ナツキの外見だと、薙刀でズバッ、とかやって欲しいよね」
「ユキ、それは俺も同感だが、現実的には無理だから。トミーの作った薙刀はなかなか良く切れるが、それでも現実的な武器だから」
「ふぅ……。ユキ、そう言うなら、あなたが錬金術でファンタジーな武器、作ってくれても良いんですよ?」
 斧を振るっていた手を止め、一休みしてそう言ったナツキに、ユキが視線を逸らしてハルカを見る。
「ハルカ、できるのかな?」
「……まぁ、そう言うファンタジー武器は鍛冶師よりも錬金術師の領分かも知れないけど。一応、今の武器に使っている青鉄とか黄鉄なんかも、錬金術師が作ってるのよ?」
「あ、そういえばそうだったね。ならその流れで、オリハルコンとかのファンタジー金属も?」
「少なくとも、私の持っている錬金術事典に作り方は載ってないわね。それに、金属の性能でどうにかなる話? 薙刀で巨木を切り倒すって」
「そこはほら、ファンタジー金属だし?」
 ユキの言うような不思議武器は、ある意味、ロマンではあるのだが、この世界で可能なのかと言われると、微妙な気がする。
 この世界、結構現実的だし。
「叩きつけても壊れない薙刀は作れるかも知れませんが、切れるかどうかは別問題ですよね。それこそ、ファンタジーな現象でも起きないと」
「木を切る事だけ考えるなら、斧を巨大にして、質量を増やすのが現実的だろ。尤も、オレ以外が使えないようになるかも知れないが」
「完全に物理の世界だな」
 確かに、トーヤの扱い方を見ていると、今の斧はちょっと小さく感じる。
 一度に削れる範囲も狭く、もっと大きい斧があれば効率は良さそうだ。
「でも、それですと、質量を増やすより、速度を増す方が威力がありますよね?」
「あー、そうなるのか」
「はい。エネルギーは質量と速度の2乗に比例しますから。斧が重くなっても、トーヤくんが振る速度を変えずに扱えるなら別ですが」
「それなら、重い斧は保留か」
「あ、いえ。もう少し刃渡りが広くて、柄の長い斧であれば、もっと効率は上がると思いますけど。遠心力も使えますし」
 今使っている斧は、ホームセンターで見かけるような普通の斧。
 ナツキの言うとおり、扱えるのであれば、それこそハルバートのような巨大な斧の方が良いのかも知れない。
「ところでナツキ、交代しようか?」
「あ、いえ、手を止めたのはそろそろ危なそうだったからです。クサビを使った方が良いかもしれません」
「え、そうなのか?」
「はい。ちょっと、ぴきぴきと音がしてますよ」
 ナツキにそう言われ、全員で耳を澄ましてみると、風が吹く度に木から僅かな音がしているのが確認できた。
「なるほど。まだ結構残っているが、打ち込んでみるか」
「それじゃ、ロープをトーヤとユキ、それにナツキで引っ張ってくれる? クサビはナオが打ち込んで、私はあたりを見ておくから」
「了解」
 トーヤたちがロープを手に持った事を確認して、切れ目に何本ものクサビを打ち込んでいく。
 カツーン、カツーンと叩く度にクサビはめり込んでいくのだが……。
「ハルカ、どうだ?」
「ちょっとは傾いた……かしら?」
「そろそろ打ち込める余地が無くなるんだが……」
 伐採用のクサビであるのだが、このサイズの巨木にはちょっと小さかったらしい。
 すでに頭が切れ目に埋まるほどになってしまっている。
「……『{鎌風}(エア・カッター)』でダメ押しするしか無いわね」
 今更埋め込まれたクサビを取り出すのも難しい。
 ハルカはクサビの隙間から指を入れ、木の中心に向かって『{鎌風}(エア・カッター)』を放つ。
 今度は逆に俺が周囲の確認。
 そしてハルカが数度目の『{鎌風}(エア・カッター)』を放ったその時、それは一気に起こった。
 ミシミシと響き渡る音、倒れ始める大木、そしてトーヤの「たーおれーるぞー♪」の嬉しげな声。
 ……余裕あるな、おい。俺とハルカは慌てて退避するのに忙しかったのに。
 バキバキバキッ、ズズン。
 トーヤたちが頑張って引っ張っていたのが良かったのか、幸いなことに巨木は狙い通りの場所に倒れ、枝が折れる音と低い地響きをたてながら、地面へと横たわったのだった。

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119.md

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# 119 巨木を切る (3)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
斧や鋸を使っての力業と、ハルカの風魔法の併用で切っていく。
かなりの時間はかかったものの、無事に狙っていた場所に倒す事に成功する。
---
「こうやって見ると……改めてデカいな!」
 倒れた木をペしぺしと叩きながら、そう言ったトーヤに同意するようにハルカが頷き、少し呆れたような表情で辺りを見回す。
「そうよね。それでいて、この木が特別大きいというわけじゃないのがなんとも……」
 胡桃の木という事でこの木を選んだのだが、太さだけで言うなら、周りにはこれよりも太い木がざらにあるのだ。
 最初の頃、俺たちに恵みをもたらしてくれたディンドルの木は特に巨大だったが、このあたりに普通に生えている木でも、日本であれば『その地域の巨木』ぐらいには普通になれるポテンシャルを持っているのだから、なんとも言えない。
「さて、次は枝打ちか?」
「そうだね。枝があったら、マジックバッグに入らないし、切ってしまわないとね」
 トーヤが斧を構え、ユキもまた鋸を手に取る。
 木のサイズがサイズだけに、下手をすれば枝の一本でも木の幹ほどの太さがあるのだ。
 のんびりしていては日が暮れてしまう。
 だがそんな俺たちの思いは他所に、俺の索敵に反応があった。
「はぁ……、どうやらお客さんが来そうだぞ」
「さすがに、あの音は大きかったか」
「音だけなら、切るときの音も十分響き渡ってたとは思うんだが……理由は何だろうな?」
「さぁ? たまたま? それより、敵は何?」
「この反応は、スカルプ・エイプだな」
 面倒くさいことに、ワラワラと大量の反応が集まってきているのが感じられる。
「あれかぁ……後処理が面倒なんだよねぇ」
「今後もここで伐採する事を考えると、放置はできませんし、回収して帰り道で埋めるしか無いでしょうか」
 スカルプ・エイプは一度に襲ってくる数が多いためか、以前、斃した後に死体をその場に放置して帰ったら、後日そこに行った時に死体が残っていた事があったのだ。
 幸い気温があまり高くない時期なので、腐乱はしていなかったのだが、結局処理をする事になってしまった。
 それ以来、スカルプ・エイプの討伐後はしっかりと埋めるようにしている。土魔法があるおかげで穴掘りは大分楽になったしな。
 オークを解体した残り物やゴブリン数匹程度なら、放置していても1日か2日で綺麗に消えるんだが、スカルプ・エイプの多さは森の処理能力を超えるらしい。
「手早く終わらせましょ。幸い、ナオは魔力に余裕があるでしょ?」
「おう。大盤振る舞いしてやるよ」
 姿が見えてきたスカルプ・エイプに、俺たちは揃って武器を構えた。
            
 僅かな時間であっさりと殲滅されたスカルプ・エイプの群は、俺の手によって、すべてマジックバッグへ収納された。
 1匹1匹が弱いため、慣れてしまえば20や30程度なら、大して苦労しないんだよな、すでに。
 魔石しか売れないから、大した稼ぎにならないのが難点ではあるが。
「これって、切った枝からも、枝を落とさないといけないよね」
 俺が歩き回ってスカルプ・エイプの死体を回収している間にも枝打ち作業は進められていたが、枝自体が大きいので、それを更に切る必要があり、作業はスムーズとは言えなかった。
 手持ちの斧と鋸は1つずつ。
 ハルカとユキは鉈のような小太刀を持っているが、それで切り落とせるのは精々2、3センチの枝である。少々手が――いや、道具が足りていない。
「枝は放置して帰るのは……?」
 少々うんざりしたようにユキが提案したが、ハルカは首を振ってそれを否定した。
「それは勿体ないわよ。枝でも木材として使えそうなほどの太さがあるし」
「そうですね。切り倒したのですから、できる限り有効活用しないと申し訳ないです」
「う~ん、細い枝は薪と……燻製とかもできるかな? 胡桃だし」
 ユキのそんな言葉に、ハルカとナツキが嬉しそうな表情を浮かべる。
「燻製……良いわね。なんか優雅で」
「庭に燻製小屋でも作りましょうか? この世界なら、庭で燃やしても文句を言われる事も無いでしょうし」
「あぁ、日本だと……。焚き火もできないとか、ちょっと窮屈ではあるよな」
「燻製、美味しいよな! 市販品しか食べた事ねぇけど」
 俺もスモークサーモンとか、スモークチーズとか、そのへんしか食べた事は無いのだが、燻製の風味は案外好きである。
 日本であれば素材はスーパーで買ってくることになるし、コストも案外掛かってしまうことになるのだが、今の俺たちであれば、その気になれば肉や魚は大量に手に入り、チップもこうして回収が可能。
 何より、余暇の時間の使い方として、燻製作りというのは趣味と実益を兼ねるという点で悪くない。エンターテイメントの少ないこの世界では特に。
「とはいえ、燻製は取りあえず横に置いておくとして――次来るときは、斧をもう1つ、2つ買って来た方が良さそうだな。取りあえず、一番デカいマジックバッグに入るサイズを考慮してカットしてくれ。回収していくから」
「解りました」
 薪にするには大きすぎるサイズだが、時間が無い。
 俺はオーク運搬用に作ったマジックバッグを地面に広げると、大きめに切り分けられた枝を集めてはその中に放り込んでいく。
 そんな作業を全員で続ける事、2時間弱。
 やっとすべての枝が切り落とされ、巨木は1本の木材へと形を変えた。
「えーっと、これをまるごと入れるの? マジックバッグへ?」
 先端の少し細い部分はトーヤの斧によって切り落とされているが、それでも長さは20メートルを超えるだろう。
 体積を考えれば、恐らくその重量は10トンを超える。
「容量的には入るのよね?」
「そのはずだぞ? 重量の方は……どうだろうな?」
 100分の1に軽減したとしても、その重量は100キロ以上。
 いや、正確にはどれくらい軽減できるのかは解らないのだが。
「オークを大量に入れてたじゃん。あれも一番多いときはそれぐらいの重量はあったんじゃないか?」
「そういえば、50匹以上突っ込んでたときもあったな?」
 あの時でも大して重さは感じなかった事を考えれば、重量の軽減は100分の1どころではないか。
「それよりも問題は、持ち上げられるかだろ、この木を」
「確かに」
 この世界のマジックバッグは、対象物に触れるだけでシュパッと収納できたりはしない。
 完全に持ち上げる必要は無いが、自力で袋の中に突っ込んでいく必要があるのだ。
 その仕様上の制限から、オークを突っ込めるように口の大きなマジックバッグを作ったのだから。
「片側を持ち上げて、根元からマジックバッグを{被}(かぶ)せていくしかないでしょうね」
 袋に入った部分の重量はマジックバッグの影響を受けるので、根元を少しでも持ち上げてマジックバッグを被せる事さえできれば、その部分の重量は無視できる。
 後は少しずつ木の先端に向かって引っ張り上げていけば、マジックバッグへの収納が可能になるはずだ。
「……いや、それなら細い先の方からやるべきじゃないか? バッグの中に入ってしまえば、バランスを考える必要も無いだろ?」
 収納方法をイメージし、そんな提案をした俺に、ハルカも少し考えて頷く。
「……それもそうね。先ならまだしも軽いし」
「いざとなれば、ロープを掛けて滑車で持ち上げる方法もあるしな」
「できなかったらそれを試してみましょ。取りあえずはトーヤと……ナツキ、お願いできる?」
「わかりました」
 トーヤとナツキが木の先端部分の両側に移動して幹に手を掛け、ハルカとユキがその先でマジックバッグを構える。
「それじゃ行くぞ?」
「はい」
 トーヤとナツキが頷き合い、木の幹をヨイショと持ち上げると、ハルカたちが先端にマジックバッグを被せた。
「このまま根元に向かって移動するな」
 ハルカとユキの方は、単にマジックバッグを支えて移動するだけなので特に問題も無いのだが、トーヤとナツキは横歩きで持つ場所を変えながら移動する事になるので、少し大変そうである。
「ナツキ、大丈夫か?」
「はい、重量としては思ったほど問題ありませんね。ちょっと持ちにくいですし移動はしづらいですが」
 だよなぁ。何か良い方法は無い物か……。
「……これ、下に丸太を置いたらどうだ? それで後ろを持ち上げてから押せば、バッグに入っていかないか?」
「おぉ、ナオ、頭良いな!?」
「確かに良い考えですが、この不整地面で丸太が転がるでしょうか?」
「そうか……丸太の下に板を……いや、ローラー。トラックの荷下ろしに使う様なローラーを使うのはどうだ?」
 無数のローラーが並んだ板状の物で、その上に荷物を載せてガラガラと流すアレ。
 アレなら地面の状態なんて影響しない。
 ローラーの数は1、2本でも良いと思うが、横幅をもっと伸ばした物が作れれば、それを倒した木の下に置く事で、一気にバッグの中に押し込めそうである。
「それならできそうな気はしますね。丈夫な軸と軸受け、それにベアリングが必要となりますが」
「それは大丈夫じゃねぇか? 上手く機能するなら、1回に使う時間は数分ほどだろ? 耐久性は大して問題にならねぇと思うし。トミーなら上手くやるさ。――ナオ、根元の部分、持ち上げるの手伝ってくれ」
「おう、解った」
 業務効率化を相談している間にもバッグへの収納は進み、木の大半はマジックバッグの中へと消えていた。
 最も重くなる根元の部分に近づいたところでトーヤにそう言われ、俺も参加して木を持ち上げ、一気にマジックバッグの中へと放り込んだ。
「ふう。ちょっと疲れたな。やっぱ、ナオが言うみたいな道具があった方がありがたいな」
「なに? またトミーに無理難題を押しつけるの?」
「無理難題ってほどじゃねぇと思うが……まぁ、色々助かってるのは確かだな」
「何かお礼を考えた方が良いかしら?」
「代金はきっちり払ってるがな」
「それでも、よ。私たちが希望する物を、細かい説明をしなくても作ってくれるんだから」
 細かい差異はあれど、トミーの持つ知識は俺たちと似ている。
 それ故、ガンツさんに頼む場合と比べれば、意思の疎通がやりやすいところはあるのだ。
 例えば、「日本刀みたいな物」と言っても、ガンツさんだと日本刀の説明からしなければいけないが、トミーならそれが不要になるのだ。
「そういえば、薙刀の注文に行ったとき、トーヤくんがミンサーの作製を依頼した、みたいな事を聞きましたが」
 ナツキの言葉に、トーヤは意外そうな表情を浮かべて首を振る。
「え、別に依頼はしてねぇよ? あったら便利かも、と言っただけで。ほら、ミンチを作るの大変そうだっただろ、お前たち」
「それはフードプロセッサを作って解決したじゃ無い」
 そう。つい先日、ハルカとトーヤは空き時間を使ってフードプロセッサを完成させていたのだ。
 いや、正確に言うなら、殆どの作業はハルカが行って、トーヤはハルカに言われるままに刃の部分を作っただけなのだが。
 魔力で動くそのフードプロセッサは、すでにハンバーグ作りの他に、インスピール・ソースに投入する野菜や果物を刻むのにも活躍している。
「ローラーを注文するなら、やっぱり何かお礼した方が良いわね」
「うーん、じゃ、適当に時間を作って、ナオと3人で釣りにでも行ってくるわ。アイツ、釣りに行きてぇって言ってたし」
 そういえば、そのために戦闘訓練もしたと言ってたな。
 釣りのためだけに? と思わなくも無いのだが、娯楽の少ないこの世界、それはそれでありなのかも知れない。
「……うん、そうね。それで良いんじゃない? あそこなら3人でも危険は少ないでしょうし」
 ハルカがそう言って頷いたところで、ユキが空を見上げて俺たちに注意を促した。
「ねぇ、みんな。その話も良いけど、そろそろ急がないとマズくないかな? もう大分遅くなってるよ?」
 俺たちも空を見上げると、大分日が落ちて、そろそろ夕方の空へと変わってきていた。
「それもそうですね。スカルプ・エイプを処理する時間、あるでしょうか?」
「森の中だと面倒そうね。それは草原でやりましょ。そっちの方が時間が短縮できそうだし」
「了解。それじゃ帰るか」
 暗くなっていく空に急かされるように森を出た俺たちは、草原に穴を掘って魔石を抜いたスカルプ・エイプを埋めると、やや足早にラファンの町へと帰還したのだった。

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120.md

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# 120 ソースを作ろう! りたーんず (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
倒した巨木の枝を払い、少し苦労してマジックバッグへと収納する。
スカルプ・エイプの襲撃も受けるが、あっさりと返り討ち。
木を収納する際に使えそうな道具の作製をトミーに依頼する事を検討する。
---
 トミーに注文したローラーは、『完成まで数日を要す』との事だった。
 むしろ数日で出来そうと言う事に驚いた俺たちは、良い機会という事で、久しぶりに数日の休養日を設定してた。
 無理に木を切りに行って再び苦労するより、ローラーの完成を待った方が得策との判断である。幸い、俺たちには無理して働く必要がない程度の蓄えがあるのだから。
 そんな休養日を使って俺たちが何をするのかというと――。
「ソースを作ろう!」
 朝食の席で、俺たちを前にそう宣言したのはユキだった。
「突然どうしたの、ユキ?」
「あたし、思ったの。インスピール・ソースは確かに美味しい。この世界ではある意味驚異的に。でも、同じ味は飽きる! 変化が欲しい!」
「ふむ。なるほど」
 今うちで使っているインスピール・ソースは、その便利さから結構な頻度で料理に使われている。
 いや、実際にはそこまで汎用性のあるソースでもないのだが、他に選択肢も無いし、ご飯が無い関係でハンバーガー的なパンが多くなりがちな状況では、それなりに『合う』のだ。
 ハルカたちはタルタルソースも作ってくれたのだが、日本のように手軽にお安く卵が手に入る環境ではないため、頻繁に使える物でもない。
「なぁ、それってオレたちも必要か? オレとナオに美味いソースが作れるとは思わないんだが」
「同意。大した料理も作れない俺たちが、ソースなんて高尚な物作れるわけが無い」
「もちろん解ってる。だから、作ってもらうのは、インスピール・ソースだよ」
 ユキの言葉に、俺とトーヤは顔を見合わせ、首を捻る。
「……? じゃあ、何も変わらないだろ?」
「ちっちっちっ、ほら、インスピール・ソースって、入れる物によって味が変わるじゃない? それぞれが個性的な物を入れたら、バリエーションが増えるかと思って」
「へぇ、ユキ、なかなか良い事を考えたわね? 確かにそれは面白いかも」
「でしょ?」
 ハルカの同意を受けて、ユキがドヤ顔になる。
 だが、確かに少し面白いかも知れない。
 お好みソース的な今のインスピール・ソースも十分に美味しいのだが、バリエーションがあれば食生活は豊かになる。
 特に、食事以外の娯楽が少ないここの生活では、重要である。
「ナツキも良い?」
「ええ、構いませんよ。ちょっと楽しみですね。……せっかくですから、1人2種類ずつ作りましょうか?」
「そうだね! たくさん作ったら、美味しい物もできるかも知れないよね!」
「それじゃ、壷が10個いるわね。小さめのを買ってこないといけないわね……」
 どうもソースを作る事自体は決定したようだ。
 都合良くソース作りに使える壷は常備していないので、以前アエラさんと共に買いに行ったお店に仕入れに行く必要があるだろう。
 それはあのお店に行った事のある俺とハルカで担当する事になった。
「それじゃ、ルール確認。ハルカが用意した壷にインスピール・ソースを一掬い入れて、そこに好きな物を放り込んで今日中に仕込み、明後日の午後、披露する。放り込む物は自由だけど、必ず記録は残しておく事。美味しかったら再現しないといけないからね」
「材料集めに使える費用は、2種類のソース合わせて金貨2枚まで。使った分は共通費から出すわ」
「作ってみるのは構わねぇけど、2日ほどで完成するか?」
「そこはフードプロセッサを使いましょ。液体になるぐらい細かくしておけば、多分大丈夫じゃ無いかしら?」
「そうですね。手作業で刻んだだけでも1週間ほどで完成したわけですし」
 アエラさんのお店で使っているソース、あの巨大な壷でも1週間でソースになったんだよなぁ。
 それを思えば、確かにできそうな気はする。
「何を使うかは自由だけど、完成するまではお互いに秘密ね。面白くないから。あ、でも、食べられる物を入れる事。これ、絶対」
 ユキが指をピンと立てて、俺とトーヤに視線を向けるが、そんな事、当たり前である。
 自分も食べるし、金も使うのだ。
 ――結果として、食べられる物ができるかは解らないけどな。味的な意味で。
「……そういえば、経験値倍増系の3人組、あいつらは良いのか? 単独行動していて出会ったら面倒くせぇだろ?」
 そんな奴らもいたな。えーっと、徳岡とかだったか?
 正直どうでも良い奴らだから、名前すら曖昧である。
「それは大丈夫。彼ら、この街を出たみたいだから」
「え、そうなのか? ハルカたちに固執しているように見えたが……」
「今の時期、仕事が減るでしょ? 請けられなくなってやむを得ず、みたいね」
 この街で請けられるメインの仕事は、南の森で行われる伐採作業の護衛なのだが、冬になるとこの護衛の仕事が減る。
 木材の品質的には冬に切り出す方が良いらしいのだが、木こりはこの街では収入が多い職業に分類される。そのため、彼らからすれば、無理して寒い冬場に働く必要が無いのだ。
 もちろん、真面目に働く木こりもいるのだが、春と秋に比べるとその数は少なくなり、必然的に護衛の仕事も減る。
 そんな時に割を食うのは、新参者や信頼度の低い冒険者である。
 木こりからしても、選ぶ余地が無いならともかく、冒険者が余っているのなら、付き合いの長い信頼できる冒険者に依頼するだろう。
 そんなわけで、新参者かつ、木こりの信頼も得られていなかった彼らは、この時期でも仕事に余裕がある南の町へと移動したんだとか。
 ハルカがディオラさんから聞いた情報なので、ほぼ間違いは無いだろう。
 かなり貯蓄してないと、宿屋で冬越しすることもできないだろうしなぁ。
 ちなみに、夏場は暑い上に、木の品質的にもあまり切り出しに向いていないため、最も仕事が減るらしい。
 木こりの護衛を請ける事がない俺たちには関係ないが、こんな所もこの町に冒険者が留まらない理由なのだろう。
「それじゃ、各自分かれて材料を調達に向かいましょ。壷はナオと一緒に買いに行って、食堂のテーブルに並べておくから、それぞれ後から回収してね」
「「「おう(はい)」」」
            
 壷の購入を終えてハルカと別れた俺は一人、市場を散策していた。
「自由にと言われても、悩むよなぁ」
 取りあえず、今のお好みソースっぽい味から離れる事を考えよう。
 俺の知っているお好みソースはデーツであの甘みを出していたが、インスピール・ソースはイモを入れる事で甘さが出るんだよな?
 まずイモ類は入れないようにしよう。
「う~ん、前回入れなかった物……根菜が無かった気がするな?」
 大根や蕪みたいな野菜。人参も根菜か。
 1種類は根菜でまとめてみよう。
 後は、安めの香辛料を少々。根菜も比較的安いので、1つめの壷用に購入した材料の代金は、大銀貨2枚にも満たなかった。
「もう1つは……お店のオススメを入れていこうか?」
 ギャンブル要素が大きい気がするが、それもまた面白いだろう。
 早速目に付いた1つの露店で声を掛ける。
「おばちゃん、オススメは何?」
「うちのは全部オススメさね。でもこの時期だとこれが特に美味いよ!」
 農家のおばちゃんっぽい女の人が差しだしたのは、タマネギっぽい野菜。
 ……うん、【ヘルプ】でもタマネギと出ているから、それに近い品種なのだろう。
「丸焼きにして塩をかけるだけでも、甘くて美味しいのさ!」
「へぇ、それじゃ、それを3つちょうだい」
「毎度! 銀貨1枚だよ!」
 うん、安い。俺の握りこぶしよりも一回りぐらい大きいのに。
 代金を払って商品を受け取り、次の店へ。
 ここは、葉物野菜が多いな。ある程度は仕方ないのだろうが、全体的にちょっと萎れている。
 冬場でこれなら、夏場は葉物野菜、食べるのは厳しそうである。
 ここで店番をしているのは、少年。親の代わりに売っているのだろうか。
「こんにちは。オススメを教えてくれるかな?」
「オススメ? そうだな、それなんか良いんじゃないか?」
 そう言って少年が指さしたのは、{隅}(すみ)の箱に積まれた野菜。
 見た目はセロリに似ている。
 それを一つ手にとって匂いを嗅いでみると、セロリとは少し違うが、少し強い匂いがする。
 【ヘルプ】では……『ベレオージ』? セロリとはちょっと違うらしい。
「もしかして、これって売れてないのかい?」
「な、何を言うだ、兄ちゃん! そんな事無いだ!」
 少年は焦った様子で否定するが、他の野菜と比べると、明らかに残っている量が多い。
 匂いからしてちょっとクセが強そうだし、売れにくいのかも知れない。子供とか嫌いそうだし。
「もしかして……売れ残ると、君の食事になったり?」
 俺の言葉に視線を逸らした少年だったが、俺がじっと見ているとたまりかねたように叫んだ。
「……もうベレオージばっかの食事なんて嫌なんだ!」
 うん、ありがちである。
 まぁ、売れ残ったら自家消費するしか無いよな、収穫した以上。
 長期に保存できる物でもないわけだし。
「はっはっは! ベレオージは畑の隅に播いておくだけで、簡単にできるからね! この時期にはどこの店でも置いてあるのさ」
 笑いながら俺たちの会話に入ってきたのは、隣のおばちゃん。
 簡単に作れるし、ちょうど旬の時期なので、農家なら片手間的に栽培し、ついでに店に並べるらしい。
 見てみると、おばちゃんの店にも置いてある。あまり売れない事が解っているのか、その数は少ないのだが。
「気持ちは解らなくも無いけど、この量は買えないぞ?」
 インスピール・ソースの材料にするには多すぎるし、普通の料理の食材にするにしても、俺が料理するわけではないので、大量に買い込む事はできない。
「それでも良い! ちょっとでも減らしてくれ! 値引きするから」
「うーん、そこまで言うなら」
 懇願するように頭を下げる少年が少し不憫になり、俺はベレオージを買うことにする。俺もセロリは好きじゃ無いし、あれを毎日食べさせられることを考えると……。
 ベレオージの相場は知らないが、両手を使ってやっと掴めるような量を、少年は銀貨2枚で売ってくれた。
 その様子に隣のおばちゃんは苦笑していたが、それは無理に売った少年に対してだよな?
 高く売りつけられた俺に対してじゃないよな?
 ま、仮に多少高いとしても、銀貨2枚程度なら大した問題でも無いし、構わないのだが。
 そんな感じで更に6軒ほど露店を回り、それぞれの店でオススメの商品を1品ずつ購入した俺は、自宅へと戻ってきていた。
 台所へ行くとそこに居たのはナツキだった。
「お帰りなさい」
「ただいま。ナツキだけか?」
「はい。ユキはもう仕込みを終えたようですが、トーヤくんとハルカはまだ帰っていません」
「そうか」
 俺とハルカは壷を買いに行った分、時間がかかってるからそうなるか。
 トーヤが遅いのは少し気になるが、まぁ、アイツなら問題ないだろう、安全面では。問題のある物を買ってくるかも、と言う部分では信用できないのだが。
 コンロで何かを蒸しているナツキの隣で、俺は買い込んできた素材を取り出して洗っていく。
「お手伝いしましょうか?」
「それは良いのか?」
「はい、しばらくは待つだけですから」
 蒸し器を指さして訊く俺に、ナツキはそう言って頷くと、野菜を洗うのを手伝ってくれる。
 何を蒸しているのかは気になるが、明後日の楽しみにしておこう。
 本当は俺も秘密にすべきなんだろうが……ま、そこまで厳密にやる必要も無いか。
 それぞれの作業が終わるまで待つというのも面倒だし。
 一応、どれをどちらに入れるかというのだけは、秘密にしておこう。
「フードプロセッサ、使っても良いか?」
「はい。私はもう少しかかりますから」
 ニッコリと笑ってナツキが渡してくれたフードプロセッサを持って、俺は食堂に移動、野菜を粗く刻んではフードプロセッサに放り込み、ジュース状になるまで刻んでいく。
 それをテーブルに置いてある壷2つに入れ、最後にインスピール・ソースを一掬いずつ。
 よく混ぜて蓋をすれば作業は完了である。
「後はこれを……」
 どうしようかと辺りを見ると、窓辺に置かれた机の上に壷が2つ並んでいる。
 それの側面には、炭を使って『ユキA』、『ユキB』と書かれている。
「なるほど」
 俺もそれに倣い、『ナオA』、『ナオB』と書いてその隣に並べておく。
「後は明後日を待つだけだな」
 自分の物はともかく、他の4人が作る物の出来は、なかなかに楽しみである。
            
 翌日は全員で、木を切るための道具を買い集めに街へ出た。
 トーヤが使う予定の、柄が長くて刃渡りの広い大きな斧は、昨日の時点でガンツさんに依頼済みなので、今日買うのはそれ以外の道具である。
 武器関連はガンツさんのお店で揃えている俺たちだったが、ガンツさん自身に、「木こり関連の道具なら、専門の店が充実している」と言われて紹介もされたので、その店に向かっているのだ。
「斧はあと3つ買えば良いかな?」
「トーヤのは注文済みだし、手持ちの1本と合わせて、それで一応全員分あるな」
「そうだね。後は鋸? ……あ、ここかな?」
 そのお店はシモンさんの工房の近く、木工関連の工房が多く集まっている一角にあった。
 中に入ると壁一面に、斧や鋸、それにクサビやバールのような物が並んでいる。
「あのバールのような物は何に使うんだ?」
「そいつは丸太を転がすために使うのさ」
 俺の質問に答えたのは、奥から出てきた男性だった。
 ガンツさんよりは少し若い中年男性。体格的にはガッシリとしていて、彼もやっぱり鍛冶師なのだろう。
「ふむ……どうやら冒険者みたいだが、何が欲しいんだ?」
「斧を3つ、それに鋸。2人で引ける大きいのもあった方が良いかな? 後は……クサビ?」
「そうだな。今持っているのはちょっと小さい感じだったな」
 使ってみた感じ、あのサイズの木が相手なら、あと2回り以上は大きい方が使い勝手が良いだろう。更に巨大な木もあった事を考えれば、もっと大きくても良いかもしれない。
「手斧じゃないのか? 南の森で木を切るつもりならやめておいた方が良いぞ? この街で木こり連中を敵に回すと面倒な事が多いし、切ったところで売れないからな」
「あ、それは大丈夫です。切るのは南の森じゃないので」
「てことは、北の森か? この街の冒険者なら1度は考える事だが……」
 そう言って店員は渋い顔になる。
 北の森から木材を切り出せれば一攫千金、というのは、この街の状況を知っていれば、やはり誰もが考える事のようだ。
「一応言っておくが、返品に来ても中古価格で引き取る事になるからな?」
 そういう冒険者が過去にいたのか、俺たちに向かってそう釘を刺す店員。
 ちなみにこの世界、大抵の物は修理して使うエコな社会なので、よほどの物で無ければ中古品でも売る事ができる。
 ボロボロの古着や、どう見てもゴミにしか見えないボロ{布}(きれ)でも売っているのだから、かなり徹底している。
「それは大丈夫です。手持ちの斧で不足だったので、買いに来ましたから」
「そうなのか? ふむ……そいじゃ見てってくれ。訊きたい事があれば訊きな」
「えっと……斧を選ぶポイントってありますか?」
「そうだな、木を切り倒すときは多少重くて大きめでも良いんだが、枝打ちをするときにはあまりオススメできないな」
「なぜですか?」
 枝打ちのための斧を買いに来たんだが。
「1人でやるなら良いんだが、1本の木に複数人でデカい斧を叩きつけてみろ。それで木が動きでもしたら、危ねえだろ? それで狙いが狂ったら、怪我する危険もある」
「なるほど、確かに」
 誰かが斧を振り下ろした瞬間に木が動きでもしたら、すっぽ抜けて自分の足に当たる可能性すらある。
 あのぐらいの巨木だとそうそう動く事は無いだろうが、危険は避けるべきだろう。
「できれば斧じゃなくて、鋸を使うのがオススメだな。これなら急に木が動いても、刃が折れる程度で済む」
「鋸ですか。それなら安全性は高そうですね」
「枝を切り落とすとバランスが崩れる事もあるし、本当はしっかり固定して作業するのが一番だが……。後はバールを使って作業している方に倒れてこないようにしたり、とかな」
 ただの枝打ちにもそれなりに危険があるらしい。
 この前は特に問題は無かったが、確かにあの巨木が転がってきたら怖いものがある。
 場所によっては下に潜り込むような形で作業する事もあったし、上からのしかかられると潰されかねない。
 身体が丈夫になった今なら、多少のことでは死んだりしないだろうが、注意するに越したことは無い。
 そんな風に店員のアドバイスを受けながら商品を物色した俺たちは、結局、普通の斧の代わりに手斧を3つ購入。
 それ以外にも鋸を4つに大きめのクサビ、それにバールを2本購入して店を後にしたのだった。

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# 122 生野菜会議
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
庭の隅に燻製小屋と木材置き場を作り、その翌日、インスピール・ソースの批評を行う。
黒蜜のようなソース、醤油や味噌のようなソースなど、失敗作もあれど、それぞれが有益なソースを作り上げる。
---
「引き続いて、生野菜会議~~~! どんどんぱふぱふ~~!」
 そう。ユキである。
 立ち上がってそんな宣言をした。
 デジャブである。
「あたしたちもこの世界に来て、結構な日数が経ちました。そろそろ生野菜について真剣に議論するべきだと思います!」
 両手をドンとテーブルについて、そう力強く宣言する。
 それを見た俺たちはどうしたものかと顔を見合わせ、ハルカがため息をついてから口を開いた。
「それは、真剣に議論するような事? 議論自体は別に良いけど」
「それじゃ、はんなりと議論したいと思います!」
 そう言い直したユキは、楚々として椅子に座り直す。
 そして口元を隠すように手を当て、小声で喋る。
「生のお野菜をいただく為には、何をすべきでしょうか」
 それが『はんなり』か?
 確かに落ち着きはしたみたいだが。
「そもそも生野菜を食べるのを控えていたのは、寄生虫が怖いからだろ? それに対する解決策はあるのか?」
「寄生虫だけじゃなくて、病原菌もね」
 俺の疑問に、ハルカから注釈が入る。
「病原菌……野菜経由でも感染するか?」
「そうね……例えばノロウィルス。患者が料理した食事を食べて感染拡大ってあったでしょ?」
「そういえば、サラダが原因と思われる食中毒もあったな」
 野菜に病原菌が付く危険性なんて、と思ったのだが、あり得ないって話では無いのか。
 きれいな水で洗えば大丈夫な気もするが、こちらの病気に関してはあんまり知識が無いからなぁ。
「可能性は低いと思うけど、ここに来た当初に病気で寝込んでいたら、お金が無くなってそのまま人生終了でしょ? だから食べるのも控えてたんだけど……」
 【頑強】があるため可能性は低いだろうが、万が一病気になった場合のデメリットが大きすぎるため、生野菜禁止にしていたようだ。
「尤も、今ならしばらく寝込んでも路頭に迷う事も無いし、こちらに関しては考えなくても良いかもね。もちろん、綺麗に洗うのは当然だけど」
「その場合の犠牲者はユキか。一番【頑強】が低いし」
「えっ!? あたし? 嫌だよ、病気になるの!」
 トーヤの言葉にユキが声を上げる。
 はんなり期間は早くも終了らしい。
 まあ、違和感が激しくあるから、別に良いんだが。
「少なくとも自分たちで作った食事を食べる限り、リスクは日本で食中毒になるのと同じ程度でしょ、多分。むしろ【頑強】がある分、低いかも? 許容すべきリスク、って奴だと思うけど」
「そうなの? うん……じゃ、あとは寄生虫の問題?」
 ハルカの説明に、ちょっと考えて頷くユキ。
 この世界に虫下しの薬があるのかどうか知らないが、健康問題以前に、これは気分的にすごく嫌だ。
 宿主になるのは絶対に避けたいところ。
 それに、地球の寄生虫以上に怖い寄生虫とかいそうだし。ファンタジー的に。
「確か野菜に付く寄生虫って、人糞を肥料に使うのが原因なんだよな?」
「正確に言うなら、処理の仕方の問題ね。肥だめって知ってる?」
「見たことは無いが、名前だけは」
 肥だめに落ちるとか、話にだけは聞いた事あるが、実際に経験した人なんて生きているのだろうか?
 ある意味、すでに歴史上の出来事、といえるかも知れない。
「そう。まず何であれがあるかと言えば、回収してきた物はすぐに撒くわけじゃなくて、あそこに入れておくの。そうすると発酵して熱が発生するわけ。馬糞とか堆肥もこれは同じね。その熱で寄生虫なんかは死ぬから、完熟状態になれば問題ないの、基本的には」
「基本的には?」
「途中で温度が下がったり、後から新しいのを足したりしたらダメよね」
 ホームセンターに売っている馬糞や牛糞などの堆肥はきっちり温度と時間を管理して、植物の病原菌や草の種、虫の卵などもしっかりと熱で死滅させてから販売しているのだとか。
 70度弱で2、3ヶ月ってレベルらしいので、昔の人が同等の事をするのは難しかった事だろう。
「だが、そもそも、このあたりって、肥料に人糞を使ってるのか?」
「……あれ? そういうのを使うのって当たり前じゃないのか?」
 根本的疑問を呈したトーヤに俺は首を捻るが、ナツキは首を振った。
「いえ、そうでもありません。何時の頃かは失念しましたが、日本に来た外国人が、糞などを上手く使って収穫量を増やしているのを見て驚いた、という話がありますから」
「あ、それはあたしも疑問に思ってた。ここで回収してるの、見た事無いし」
 そういえば、江戸時代では長屋の大家の収入として、人糞の販売が小さくなかったという話があったな。
 それに対して、この街でそれを集めて運んでいるのを見た事が無い。
「と言うか、宿のトイレとか、錬金術で焼却処理? してるよな。実は使ってない可能性が高い?」
「だとしたら安心なんだけど……解らないだけにちょっと心配よね」
 そうなんだよなぁ、まだまだ俺たち、この世界の事に関して疎いし。
 ユキたちの持っている【異世界の常識】もそこまで万能じゃ無い。
 日本であれば、義務教育で9年間。多くの人は更に多くの年数勉強して大量の情報を常識として持っているが、この世界ではそうでは無い。普通の人が得られる『常識』の中身は案外制限されているのだ。
「それじゃ、これまでの情報を踏まえて、皆さん、意見をどうぞ」
 意見と言われてもなぁ、と思いつつ、手を挙げてみる俺。
「はい」
「はい、ナオ」
 そんな俺をユキが指名する。
「ハルカの【{乾燥}(ドライ)】で完全に乾燥させるのはどうだ? 寄生虫に関してはほぼ完全に対応できるだろ? それを水で戻して食べる」
「ふむふむ。乾燥させてしまえば、大抵の寄生虫は死ぬね」
「難点は、乾燥野菜は食感が異なる事ね。一応、生と言えば生なんでしょうが」
「ですよね。切り干し大根とか加熱してませんけど、水戻しした段階ですでに生野菜とは思えない食感ですし」
「保存食としてはありだと思うけど。軽くて日持ちするから」
「結論。生野菜じゃないけど乾燥野菜は役に立つ。だけど、マジックバッグを持つあたしたちには関係ない。他は?」
 バッサリ切られた。
 まぁ、サラダとかハンバーガーに挟むレタスとか、そういった物が欲しいという出発点を考えれば、却下も当然か。
「はい」
「はい、ナツキ」
「順当に、良く洗ってから皮を剥いて食べる、で良くないですか?」
「皮が剥けるタイプの野菜なら有効ね。問題は葉物野菜だけど」
「皮が剥けないからね。結論。葉物野菜以外はそれでオッケー」
 ふむ。なら、あとはキャベツとレタスに類する物か。
「はい」
「はい、トーヤ」
「【頑強】を信じて食う」
「却下! それは対策とは言わない。それで一番割を食うのはあたしだし!」
 当たり前である。
 これまでの議論、放り投げる暴論である。
 でも、案外トーヤとナツキレベルなら大丈夫そうなのが侮れない。
 アホな事を言ったトーヤに焦ったのか、今度はユキが手を上げる。
「はい!」
「はい、ユキ」
「家庭菜園をする! 自分で育てた物を洗って食べれば大丈夫だよね?」
「顔の見える生産者か。これは確かに安心だな」
 自分たちだし。
 庭も広いし、ちょっとした畑ぐらいなら、問題なく作れるだろう。
「悪くない意見だとは思うけど、欠点は時間がかかることよね」
「成長を早める魔法とか無いのかな?」
「少なくとも、手持ちの魔道書には載ってないな。ユキ、土魔法で開発したらどうだ?」
「それって土魔法の範囲? むしろ、光魔法で成長促進とか」
「ふむ、一理ある。ハルカ、どうだ?」
 ダメ元で訊いてみたが、当然と言うべきかハルカはあっさりと首振る。
「それはかなり難しそうね。私としてはむしろ、以前ナオが言った『浄化』でなんとかする方法を推したいわね」
「え、俺そんな事言ったっけ?」
「言ってたでしょ。『浄化』で野菜から寄生虫やその卵だけ綺麗にできないか、って。服の汚れだって取れるんだから、不可能じゃ無いと思うのよね」
 うーん、そういえばそんな事を言ったような覚えもある。
 それが可能なら、買ってきた野菜も気軽に食べられるようになる。
「それに、光魔法のレベル5には、『{殺菌}(ディスインファクト)』という魔法もあるの知ってるでしょ? これを使えば病原菌に関しても心配が無くなるんじゃないかしら」
 そんなハルカの言葉を聞いて、ユキが困ったような笑みを浮かべ、ハルカに視線を向ける。
「えーっと、ハルカ? これまでの議論、無意味にするような情報なんだけど」
「だから言ったじゃない。『真剣に議論するような事』って」
「じゃあ、これまでも生野菜、食べられたんじゃ……?」
 肩をすくめ、しれっと言ったハルカに、ユキは『えぇ~~!?』とでも言いたげな表情になり、そう訊ねたが、ハルカは首を振る。
「まだ『{殺菌}(ディスインファクト)』は使えないわよ? 『浄化』で寄生虫はなんとかなっても、病気にかかるリスクは{冒}(おか)せなかったでしょ、これまでは」
 宿屋に泊まっている間は『病気=路頭に迷う』だったからな。
 特に最初のうちは。
「それに、『{殺菌}(ディスインファクト)』を知ったのも、光系魔道書を買ったあとだから、比較的最近だしね。しばらくはちょっとギャンブルね。本当に効果あるのか判らないし」
「多少生野菜を食べたぐらいで病気になるなら、すでになってる気がするがな、オレは」
「一番危ないのはあたしなの! トーヤはちょっとやそっとじゃ死なないの!」
 少し呆れたような表情を浮かべるトーヤに、ユキは猛然と抗議した。
 『ちょっとやそっとじゃ死なない』というユキの言い分も酷いが、トーヤはただ苦笑を浮かべ、ナツキの方を指さす。
「いや、どっちかと言えば、オレと同レベルの【頑強】に、【病気耐性】と【毒耐性】まで持ってるナツキだと思うが」
「そんなことより、あたしが危ない事がとっても重要!」
 気持ちは解る。
 誰だって病気にはなりたくない。
 しかもまともな病院なんて無いんだから、『下手な病気にかかる=死亡』である。
「それじゃ、まとめ!! ハルカ、早めに『{殺菌}(ディスインファクト)』を覚えてください! これにて、生野菜会議、終、了!」
 半ばやけくそ気味にまとめたユキの言葉で、意味があったのか無かったのか、微妙でぐだぐだな会議は幕を閉じたのだった。

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123.md

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# 123 2度目の伐採 (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
生野菜をどうやって食べられるようにするかと議論する。
色々意見は出るが、結論としてはハルカの光魔法でなんとかするという微妙な結論になった。
---
「やっぱり、野菜があると美味いな」
「レタスが手に入らなかったから、キャベツもどきだけどね。トマトも無いし」
 生野菜会議から休日を1日挟んだ翌日、俺たちは再び森へと木の伐採に訪れていた。
 トミーに頼んでいたローラーは昨日の時点で完成し、早速それを利用して、先日伐採した木材もシモンさんのところに売却済みである。
 そんな俺たちの今日の昼食は、キャベツもどきの千切りとハンバーグが挟まったハンバーガーである。
 ややぐだぐだで終わった先日の生野菜会議の結果、実際に食べられるのはしばらく先かと思っていたのだが、そこはさすがハルカと言うべきか。
 わずか1日で、しっかりと『{殺菌}(ディスインファクト)』を使えるようになっていた。
 もちろん、突然魔法の腕が上がったというわけでは無い。
 かなり前に光魔法はレベル4になっていたし、レベル5になっていなかったのも、魔道書に記載されているレベル5の魔法を覚えていなかっただけに過ぎない。
 どうやらハルカは、『{殺菌}(ディスインファクト)』よりもレベル6の『{治療}(トリートメント)』という、病気を治せる魔法を優先して練習していたらしい。
 医者や病院が信用できないこの世界では、確かにかなり重要な魔法である。
 手応え的には「もうちょっと」らしいので、是非頑張ってもらいたい。
「ナオ、そろそろ始めようぜ? あんまり、のんびりもできないだろ?」
「おう。ちょっと待ってくれ」
 早々と食事を終えたトーヤに声を掛けられ、俺は少しだけ残っていたハンバーガーを急いで食べきると、水を飲んで立ち上がる。
 今日伐採する木にはすでに目星を付け、作業前に少し早めの昼食を摂っていたのだ。
 前回同様、木に登った俺は、上部にロープを掛けて降りてくると、滑車をセットして木を引っ張る。
「今回のは、いくらで売れるかな? かな?」
「太さだけなら、1.5倍ぐらいあるし、長さも長いよな」
 ウキウキと嬉しそうにそんな事を言うユキに、俺は苦笑して木を見上げる。
 だが、ユキの気持ちは解らなくも無い。
 シモンさんに売却したあの木材、実に金貨400枚以上の価格で売れたのだ。
 1人あたりの1日の稼ぎとしては、効率の良かったディンドルの2倍を超えている。
 その難易度の高さと、マジックバッグの所持が前提となることを考えれば、そこまでおかしな額ではないが、とても良い稼ぎになる事は間違いない。
「凄く高く売れたけど、日本だとどれくらいするんだろ?」
「国産材という事なら、普通はまず市場に流れる事は無いでしょうね、このサイズの木は」
 前回の木が20メートルほど。今回は更に太く直径が1.5メートルで長さも20メートルは超えている。
 日本でも昔の神社仏閣であれば、20メートルを超えるような柱が使われているのだが、最近はすでに木材にできるような巨木が残っていないため、万が一、焼失でもしたら、再建は難しいらしい。
「つまり、値が付かない?」
「昔は高級木材が、1本が1千万円以上で売れるような事もあったみたいだし、もしかしたらそれ以上するかも」
「うわぁ……神社仏閣、火事なったらシャレにならんな」
「お金の問題もそうですが、取り返しが付かない文化財ですから」
「でも、そう考えると、金貨400枚は安い、か……?」
「う~ん、私たちは切って来ているだけで、植林したわけでも、手入れをしたわけでもないですから……」
「あぁ……それは確かに」
 何十年と時間を掛けて育てる林業とは違い、自然に育った物を頂いているだけである。
 比べるのも烏滸がましいか。
「おーい、トーヤ、新しい斧はどうだ?」
「なかなか、良い、感じだぞ? 重さが、ちょうど、良い」
 俺たちがそうやって話している間にも、トーヤは1人、「えんやこ~ら、えんやこ~ら♪」と新調した斧を木に叩きつけ続けていた。
 トーヤの力と斧の重量、それに遠心力が乗ったその威力は前回の物とは明らかに異なり、1度で大きく木を削り取っていく。
 だが、幹の直径が1.5倍になれば、切るべき面積は2倍以上。簡単に切り倒せるわけではない。
「まぁ、高かったんだし、元は取らないとな」
 特注の斧やローラー、それに各種伐採道具。マジックバッグを除いても、その投資額は金貨100枚を優に超える。
 それに見合うだけの稼ぎを出さなければ勿体ない。
「良い斧みたいですが、難点はトーヤくん以外はまともに扱えない事ですね」
「重いからなぁ。あれ」
 トーヤ以外でも振れない事は無いのだが、継続的に振り続けられるかと言われれば、かなり厳しい。
 恐らく俺なら、数分ほどで休憩が必要になり、戦闘にも影響が出てしまう事だろう。
 安全な場所ならともかく、何時魔物の襲撃があるか解らない状況でそれは危険すぎる。
 結果的に、ある程度余裕のあるトーヤ以外は使いにくい斧になってしまっているのだ。
「ふぅ、ちょっと休憩」
 そう言ってトーヤが手を止めたのは、30分ほど経った頃だった。
 前回とは違い、今回は受け口の方を先に作る手順で作業を進めていたのだが、新しい斧の効果は素晴らしく、すでにその受け口はほぼ完成に近づいていた。
「それじゃ、休憩している間に、また私がやりましょうか」
「ちょいまち。ここは俺に任せてくれ」
 木から離れて腰を下ろしたトーヤに代わり、作業を始めようとしたハルカを俺は制止する。
 そんな俺を不思議そうに見たのはユキ。
「任せろって言っても、ナオは使える魔法は無かった――もしかして覚えたの!?」
「ふっふっふ、まあ見てろ」
 休日になった4日間、決して俺はソース作りだけをしていたわけでは無い。
 ユキに言われた魔法を実現すべく、努力していたのだ。コッソリと!
 とは言え、『{水噴射}(ウォーター・ジェット)』自体は、所詮レベル1の魔法。すぐに使えるようにはなったのだが、それだけではユキと同じく、高圧洗浄機レベルでしか無い。
 木を削れるようにするには、もう一工夫が必要になる。
「『{水噴射}(ウォーター・ジェット)』!」
「……おお? ……おおぉ!? ……おおっ! 削れてる、削れてるよ!?」
「ふふふ、どうよ!」
 この魔法、名前こそ『{水噴射}(ウォーター・ジェット)』と唱えたものの、その実、単純な水魔法ではなく、土魔法との複合魔法である。
 当初こそノズルを小さくして水圧を高めるイメージで努力していたのだが、さすがにそれだけでは限界があり、噴出する水に研磨剤を添加する方向へ方針転換を行ったのだ。
 水と土の2属性のためか発動にはかなり苦労したのだが、その効果は劇的だった。
「研磨剤? まさかダイヤモンドの粉とか?」
「バッカ! そんな物出したら一瞬で魔力が枯渇するわ! 珪砂だよ、珪砂!」
 『{土作成}(クリエイト・アース)』で消費される魔力が作った物の希少性によって増減する事は、浴槽を作ったときに理解している。
 当然ダイヤモンドなんて出せるはずも無く、使っているのは浴槽を作ったときと同様、単純な『土』の次に出しやすいと思われる珪砂である。
「珪砂ですか。悪くない選択ですね。大抵の金属よりは硬い物質ですし」
「そうなのか?」
「はい。石英ですから、鉄なんかよりは固いです」
「難点は、まだまだ継続時間が短い事――」
 ミシッ!
 何か嫌な音が聞こえた。
 咄嗟に魔法を止める。
 その瞬間、ハルカが叫んだ。
「トーヤ! ロープ引っ張って! ユキとナツキも!」
 ハルカの声に、すぐさまトーヤが滑車に繋がっているロープに飛びつき、弛んでいたロープを一気に引っ張る。
 その最中にも「ミシミシ」という音はだんだんと大きくなる。
 逆にハルカは俺の方へと近づいてきて、幹を検分する。
「ナオ! バランスが悪い! こっちも切って!」
 慌てて『{鎌風}(エア・カッター)』をぶつけているハルカに指示されるまま、俺も別の場所に『{水噴射}(ウォーター・ジェット)』を放つ。
 そんな作業を続けて数秒。
 木の傾きが一気に大きくなり、その巨木は地面へと倒れ込んだ。
 ――何とか、目標としていた場所に。
 それを見て、俺たちは全員で顔を見合わせ、大きく息を吐いた。
「……ふぅ。ちょっと焦ったわね」
「あぁ。……すまん、俺のミスだな」
 切り株を確認し、俺は全員に対して頭を下げた。
 トーヤが受け口を切ったので、俺はその反対側、切れ込みが入っていない場所に左から右方向へ『{水噴射}(ウォーター・ジェット)』で削っていったのだが、その威力は想像以上だったらしい。
 本来、受け口の反対側をバランス良く削っていくべきなのに、左側のみ多く削れてしまい、バランスが若干崩れてしまったのだ。
「そう、みたいね。ここまで威力があるなら、ゆっくり動かさず、素早く左右に何度も動かして切るべきでしょうね」
「うん、まぁ、ちょっとびっくりしたけど、結果オーライかな? ナオの魔法の威力はよく解ったし、次からは作業が早く進みそうだよね」
「まだ2回目ですから、仕方ないですよ。素人ですから、私たち」
「たーおれーるぞーって言う暇が無かった」
 口々にフォローしてくれる皆……いや、トーヤはなんか違うが。
 しかし、下手したら大怪我の恐れもあったんだよな。
 ちょっと上手くできたからと調子に乗ったりせず、しっかり検証するべきだった……。
 反省である。
「でも、かなり早く伐採が終わったわね。ナオ、これで魔力は?」
「半分ぐらいだな。普通の戦闘なら問題ない程度は残っている」
 逆に言えば、余裕を持って使える魔力を全部注ぎ込んでこれぐらいである。
 俺にも予想外な事に早く切れたわけだが、安全マージンを考慮するなら、この魔法を使ってズバズバ切っていく事は出来ないだろう。
「ユキも使えるようになれば、トーヤの体力、私の『{鎌風}(エア・カッター)』と合わせて、比較的短時間で2本ぐらいは切れるようになるかしら?」
「午前中と午後、2回ぐらいはできるかもな。魔物にあまり遭遇しなければ、だが」
 魔力の回復を考慮すれば、昼食を食べて数時間休めば、安全マージンを確保した上でできそうな気はする。もちろん、魔物の襲撃を受けるようならまた話は変わるわけだが。
「1日に4本も確保できたらすげぇよな、稼ぎ」
 4本も売れば金貨1千枚を超える。
 それを思ったのか、嬉しそうに相好を崩すトーヤだったが、ナツキは少し懐疑的な表情を浮かべた。
「凄いは凄いですが、毎日それをやっていたら、シモンさんも買い取れないと思うのですが」
 確かにあんまり在庫を抱えることはできないか。
 高級な素材だけに、そうそう売れる物でもなさそうだし。
 だが、そんな懸念を否定したのは、一番シモンさんと付き合いのあるユキだった。
「んー、当分は大丈夫、だと思う。ラファンの街全体でここの森の木材は足りてないから、別の業者に転売すると思うし。……あんまり派手にやると、木こりのギルドに嫌われそうだけど」
「やっぱり、ある程度はパイを奪い合う形になるよなぁ」
 木こりたちが切り出してくる南の森の木材とは価格帯が異なるのだが、完全に棲み分けが出来るかと言われれば、そうとは言い切れないだろう。
 高品質の木材が手に入るとなれば、これまでは我慢して普通の木材を使っていた部分に、高品質の木材が使われるようになるかも知れない。
 それだけでは無く、家具工房全体の予算が一定であるならば、高級木材を購入した分だけ、通常の木材を購入する余地が減る。
 それらは木こりたちにとっては看過できない問題だろう。
「そうね、対立関係になってまで稼ぎたいわけじゃ無いし、一度、シモンさんに相談しておいた方が良いかもしれないわね」
「はい。幸い、今は急いで稼ぐ必要は無いですからね」
「だよね。私たちの場合、1本売るだけでも、1年分の生活費ぐらいにはなるし」
 衣食住をほぼ自前で確保できる俺たちにとって、実のところお金の使い道なんて、冒険に必要な物が大半である。
 土地・建物を除けば大きな買い物は、武器と防具、魔道書のみ。普段はあまり金を使っていない。
 のんびり生活する事を選択すれば、すでに当分は暮らせるだけの資金は貯まっている。
「むむっ、オレは獣耳の嫁さんをゲットするためにも稼がないといけねぇんだが……まぁ、そこまで急ぐ事も無いか」
 いや、それはどうだろう?
 この世界、婚姻年齢低そうだし、ある程度急ぐ必要はありそうな気も……?
 冒険者だと、どうなのだろう?
「まだこっちに来て半年も経ってないのに、婚活は早くない? トーヤ、もし結婚できたとして、冒険者は辞めるの? その歳で、貯めたお金を浪費して生きていくの?」
「そこなんだよなぁ。できれば一緒に冒険者をやれるような相手が良いんだが……」
 残念ながら、この街でトーヤの琴線に触れるような獣耳の冒険者は見た事が無い。
 と言うか、獣人の冒険者自体、見かけないし、女性の冒険者もほぼゼロ。トーヤが本気で婚活をするつもりなら、環境を変える必要があるだろう。
「……育てるか? 孤児とか」
「光源氏計画!? 犯罪臭がするな、おい!」
 妙な事を言い出したトーヤに思わずツッコミを入れる。
 ハルカたちも直接は口に出さないが、なんとも微妙そうな視線をトーヤに送っている。
「篤志家とくしかと言ってくれ。たくさん育てれば、1人ぐらい、『お兄ちゃんのお嫁さんになる!』と言ってくれるかもしれねぇだろ?」
「あ、そこは案外まともなんですね? てっきり、気に入った子を引き取って洗脳するのかと」
 ちょっとホッとしたように言うナツキに、トーヤはジト目を向けた。
「……ナツキ、お前のオレに対する認識について、ちょっと話し合いたいんだが?」
「いえ、話し合わなくても、私の認識がそれなんですが?」
「認識を改める事を要求する!」
 あっさりと言ったナツキに、トーヤは強く抗議するが……すまん、俺もそう思っていた。
 お前だったら、獣耳の為にならやりかねない、と。
 だって、そのために獣人になってるんだから。
 チラリとユキとハルカに視線を向けると、こちらも小さく頷いているから、同じ事を思っていたのだろう。
「しかし、『引き取れる獣人の孤児が何人も居るか』という点を除けば、それなりに実現性が高そうなのがなんとも、ね」
「うん、悪質。そりゃ引き取って育ててくれたら、接し方次第でそういう子も出てくるよ。結果的に、じゃなくてそれを目的としているのが……かなりダメ」
「ええぇぇ、そこまでダメか? この世界だと、孤児が結婚相手として引き取られるのって、悪くない事らしいんだが……」
 どうやらトーヤ、事前にリサーチしていたらしい。
 社会福祉が整っていないこの世界に於いて、結婚相手に求められるのは何より経済力。『愛さえあれば』なんて言っていたら、あっさりと飢えて死ぬ。
 カッコイイ貧乏人よりも、不細工な金持ちの方がモテるので、金さえあれば複数人と結婚する事も普通に認められているのだ。
 特に孤児なんてなかなかまともな職に就く事は難しく、結婚相手や跡継ぎなどとして引き取られるのはかなりの勝ち組と言えるらしい。
「そんなものか、ハルカ?」
「そうね。男に求められるのは、まず経済力。次に性格。外見的美醜は二の次ね。女の場合は逆なんだけど、女に経済力がある場合は、似たような物になるから、どっちもどっちね」
 外見しか取り柄の無い男は、そういう女性を狙うという事か。
 う~ん、いや……う~ん、まぁ、そんなものなのかなぁ、現実って。
 まだまだ恋愛に夢を見たい年頃なんだがなぁ……。

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124.md

@ -0,0 +1,401 @@
# 124 2度目の伐採 (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
トーヤが新しい斧で木を切り、ナオも新しく習得した魔法で切ろうとする。
しかし、予想以上に魔法の威力が強く、あわや失敗しかける。
短時間で伐採できるようになったため、制限が必要か話し合う。
---
「まぁ、それは一旦棚上げしよう。それより、さっきから微妙な反応が【索敵】にあるんだが」
「また魔物が寄ってきたの? やっぱ伐採すると大きな音がするから、仕方ないのかしら」
 ハルカがため息をつき、ユキもまたウンザリとしたような表情を浮かべる。
「1本倒す度に戦闘、というのは面倒だよね。せめてスカルプ・エイプじゃなくて、オークなら良いんだけど。ナオ、何?」
「いや、微妙、って言っただろ? 解ってたら伝えてるって」
 何が微妙かと言えば、まず移動速度が遅い。
 伐採前後で特に速度を変える事も無く、ゆっくりと近づいてきている。
 更に反応は単独で、このあたりに生息している魔物としては、かなり弱く感じられる。
「弱いって、ゴブリンより?」
「いや、それよりは強い反応、かな? 尤も【索敵】の反応は、単純な強さだけじゃないみたいだが」
 恐らくだが、魔物に関する反応は、魔石に含まれる魔力、解りやすく言うなら売値に比例している感じだ。つまり、高く売れる物はより反応が強く、安い物は弱い。
 通常は強い魔物ほど魔石が高く売れるのだが、戦い方次第で厄介な相手というのも存在しているため、油断ができない。
 ちなみに、タスク・ボアーやヴァイプ・ベアーの様な動物と魔物は反応が違うので、区別する事ができる。
「よく解らんが、新種、か? ……よし、確認に行こうぜ!」
「……まだここに来るとは決まってないんだが? 到達前に、作業が終わる可能性もあるし」
「作業中に来たら面倒くさいじゃん。待つより、先に排除しておこうぜ」
 うーむ、先制攻撃の方が有利というのは確かにある。
 相手が何かよく解らないだけに、せっかく切った木材が傷付く可能性も無いとは言えない。
「どう思う?」
「新しい魔物、というのは気になるわね」
「はい。このへんで出てくる魔物で後遭遇していないのはオーガーだけですが、そこまで強くは無いんですよね?」
 ナツキに問われ、俺は頷く。
 オークよりもずっと強いらしいオーガー。そんな魔物であれば、こんな微妙な反応では無いだろう。
「なら、情報に無い魔物かぁ。あたしも気になるかな?」
 全員賛成か。
 なら行かないわけにもいかないよな。
            
「アレって、スライムじゃないか?」
「だよな? なんか、グチャってしてるが」
「魔石、丸見えだね?」
 【索敵】の反応を頼りに向かったそこに居たのは、ゼリーを床に落としたかのような、半透明の物体。
 但し、色味は泥水のような感じで、全く美味しそうには見えないが。
「この辺りでもスライムって出るんですね。情報には無かったんですが……」
「どうやって倒すの? 実は強いとかあったりする?」
「大きさに比例するみたいですよ? 簡単なのは魔石を破壊する事ですが、そうすると何にも取れませんから……」
「素材、無さそうだものね。そうなると?」
「魔石だけをはじき出せば良いみたいです。力を入れすぎると割れるので、ほどよい力で。もしくは、魔法で倒す方法もあるみたいですね」
「簡単だな」
「じゃ、オレが――」
 そう言って剣を構えたトーヤの手を、ナツキがガッシリと掴む。
「ん?」
「ダメです。剣が傷みます。スライムは殆どの物を溶かすので」
 溶解速度に差はあれど、どんなに弱いスライムでも、殆どの物を溶かして消化してしまう能力を持っているらしい。
 この程度のスライムなら、すぐに洗えば問題ない程度でしかないが、高い剣を傷めるのはあまりよろしくないだろう。
「この程度なら、そのへんの枝で十分ですよ」
 ナツキはそう言いながら手斧を振るい、手際よく1メートルほどの棒を作るとトーヤに渡した。
「どうぞ」
「お、おう。――ちょいと!」
 トーヤが軽く棒を振ると、スライムの中にあった魔石がスライムの破片と共に飛んで行った。
 それを見たユキが「あっ!」と声を上げて、魔石を慌てて追いかける。
 魔石の無くなったスライムは少しの間プルプルと震えていたが、すぐにその形を崩し、地面の上にデロリと広がった。
「トーヤ、力入れすぎ!」
「すまん! 思った以上に{柔}(やわ)だった」
 すぐに小さい魔石を拾って戻ってきたユキの苦情に、トーヤはぺこりと頭を下げる。
 しかし、爪の先ほどしかない魔石にきっちりと当てるトーヤも凄いが、それをしっかりと追いかけて拾ってくるユキもなかなかである。
 あんなサイズの石、森の中に転がったら見つけるの、苦労しそうなのに。
「ところで、この魔石、いくらぐらいで売れるの?」
「スライムの魔石はピンキリですね。魔力次第ですから……さっきのナオくんの言葉からすれば、ゴブリンよりも高く――300レアぐらいにはなるんじゃないでしょうか?」
「――あぁ、【索敵】の反応か。確かにそうかもな」
 確かに【索敵】ではゴブリン以上の反応があったんだよな。
 それを考慮すれば、それぐらいの値段にはなりそうである。
 それを聞いてトーヤは、釈然としないような表情を浮かべる。
「え、ゴブリンの頭をかち割らねぇでその値段!? 滅茶苦茶良いな、スライム」
「グロなしで魔石が得られるのは確かに良いよな。弱いし」
「上手く魔石だけをはじき出せれば、よね。トーヤは簡単にやったけど、そこまで簡単じゃないでしょ、ゴルフボールよりも小さいんだから」
 む、確かに。体積だけで言うならゴルフボールの10分の1ぐらいしかない魔石に、棒を振って的確に当てて、更に飛んでいった魔石を見失わない能力が必要とされる。
 しかも森の中。余裕があれば、後方でキャッチャーミットでも構えておきたい感じだ。
 その上、上手く当たっても、力を入れすぎて魔石が砕ければ収穫はゼロ。
 魔法で倒せばその場に魔石が残るから簡単なんだろうが、魔法を使える冒険者は案外多くないという現実があり、お得な魔物かと言えば少し微妙かも知れない。
「俺たちなら、スライムがたくさん集まっていれば、魔法で一網打尽、それなりに稼げそうだが……」
「それは難しいでしょうね。あまり群れたりしないようですから」
「そもそもあたしたちの場合、今更300レア貰ってもねぇ」
 木を1本切って帰れば、400,000レアなのだ。
 スライムを狩る労力が勿体ない。だが――。
「サールスタットに居たときなら、ユキの日給、3日分だけどな」
「ぐはっ。そうだった! 『うわっ、私の給料、低すぎ!?』」
 ガックリと項垂れて、転職サービスのCMみたいな事を言う。
 迎えに行った俺たちは、さしずめリクルーターと言ったところか。
 まぁ、ユキの場合、無事に転職できて稼げるようになっているのだから、成功者と言って良いだろう。
「まぁまぁ、今はこうして贅沢……はしてませんが、十分に稼げるようになっているんですから良いじゃないですか。それよりも早く戻って作業を続けましょう」
「うん、そうだね! 周りにはスライム千匹以上の木が沢山生えているんだもん。休んでいる暇は無いよね」
 スライム千匹……言い得て妙である。
 確かにそれだけの価値はあるわけだが。
「よっし! それじゃ早く戻って、たくさん稼ぐよ!」
「はいはい」
 新しい魔物の正体を確認する、という目的を達した。
 結果はただのスライムであったが、それを確認できたという意味は大きい。
 俺たちは気を取り直したユキを先頭に伐採場所まで戻り、作業を再開したのだった。
            
「気にする事はねぇ。ドンドン切って来てくれ」
 北の森から木を切り出しすぎるとマズいか、と尋ねた俺たちに対して、シモンさんの返した答えはこれだった。
 木こりの方に影響があるのでは、という懸念はほぼ無いらしい。
 俺たちが多少北の木材を市場に流したところで、南の木材との価格差は歴然としている。
 そのため、これまで南の木材を使った家具を購入していた客層が、北の木材を使った家具に流れるという可能性は殆ど無く、南の木材の需要が減る可能性は低い。
 逆に、北の木材を使いたい人が南の木材で我慢していたという可能性も、また考慮する必要は無いらしい。
 銘木を使いたいのは貴族や金持ちで、基本的に見栄っ張り。
 代替として安物を使う事はできず、無い以上は注文しない、もしくは残り少ない北の木材を高い金を払って使わせるのどちらか。
 そこに俺たちが北の木材を供給すれば、家具工房としても、これまでは請ける事ができなかった仕事を請ける事ができるようになり、結果としてラファンの街全体の景気が良くなる。
 多少多めに供給したところで、突然供給が途切れた過去を考慮して各工房が備蓄を増やす可能性が高く、市場にだぶつく事は無いようだ。
 シモンさんからお墨付きを得た事で、俺たちは毎日のように森に木を切りに行っていた。
 ……ん? 毎日のように、と言うのは言い過ぎか?
 1週間が6日で週休二日の時点ですでに3分の1は休み、天候によっても休んでいるのだから、およそ半分は休みである。
 結構のんびりとしたお仕事である。
 だがそれに対して、稼ぎは十分以上である。
 売り上げを5人で分けても、1日で庶民の年収以上を稼げるのだから、笑いが止まらない。
 まぁその収入も、装備を新調する事を考えれば、『庶民の年収』程度では全く足りないのだが。
 今のところ不足は無いが、今後の事を考えれば無駄遣いはできないだろう。
 そんな感じで季節は巡り、{何時}(いつ)しか森に吹く風が温かく感じられるようになっていた。

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125.md

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# 125 新たな脅威?
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
伐採をしているとスライムに出会うがあっさり討伐。
木材の供給過剰についてシモンさんに相談するが、問題ないとの回答。
2日に1回程度のペースで伐採を続け、春へと至る。
---
「ん? また魔物が……」
「またスライムか? 最近ちょっと多くねぇ?」
 北の森で俺たちが伐採をするようになって早数ヶ月。
 当初から頻繁に襲ってきていたスカルプ・エイプはもちろん、オークなども時々倒していたのだが、最近はスライムに遭遇する頻度が多くなっていた。
 当初は見かけても1日に1匹だったのに、最近では1度の伐採作業で数匹処理する事も多い。
 それ自体は大した脅威でもないのだが、間違って足を突っ込んだりしても困るため、放置もできないのだ。
 ただ、幸いと言うべきか、今のところオーガーには遭遇していない。
 運が良いのか、それとも記録に残っている遭遇自体が例外だったのか。
「いや、これはスライムじゃ無いな。多分、知らない魔物」
「お、ついにオーガーか!?」
「だったらこんなに落ち着いてねーよ。反応的にはホブゴブリンよりは強いが、オークよりも弱い、って感じだな」
「そうかぁ。しかし、オーガー、出会わないよな? これまで出会った魔物程度なら、このへんに伐採に来る冒険者がいても良さそうなのに」
「それは頻度の問題みたいよ。私たちぐらいの伐採・運搬速度があっても毎回魔物に襲われてるでしょ? 私たちの場合、マジックバッグを使う運搬は言うまでも無く、伐採にかかる時間も普通よりずっと短いんだから」
 トーヤの高い身体能力はもちろん、俺やハルカ、ユキが伐採に適した魔法を使えるようになったため、巨木でもかなりの速度での伐採が可能になっている。
 ついでに言えば、魔法を使った伐採の場合、斧を叩きつける場合に比べて音が響かないのもメリットである。
 斧を使った場合は、恐らくキロ単位で音が響いているのではないだろうか?
「それからバインド・バイパー。私たちにとっては、最近はもう雑魚扱いだけど、察知できないとかなり危険だから。伐採した木の運び出しの時に犠牲になることが多かったみたいね」
「普通に運搬すると、日帰りするのも難しいみたいです」
「ついでに言えば、あたしたち、戦闘能力で言えば、この街ではすでにトップレベルだしね。……普通は強くなったら、ラファンを離れるから、だけど」
 1人あたりの分け前が金貨数十枚になるとしても、死亡率が高ければ敬遠されるか。
 ちなみに、戦闘力ではトップレベルな俺たちだが、冒険者としてのランクは、未だ4のまま。
 それでもラファンでは上位のランクらしいのだが、最近行っている木の伐採は冒険者ギルドを通さずに卸しているため、冒険者としての実績には反映されないのだ。
「てかさ、新しい魔物の話じゃなかったっけ? 行かなくて良いのか?」
「おっと、そうだったな。確認に行った方が良いと思うんだが、どう思う?」
「そうね。待ち受けるのはあまり良くないわよね」
 索敵の反応から見るとあまり強い敵では無さそうなのだが、万が一、対応が難しい敵だった場合には、逃げることも必要になる。
 その場合に有利なのは、相手が来るのを待ち受けた場合よりも、こちらから確認に向かった場合だろう。
「それじゃ、ナオ、案内よろしく」
「了解。こっちだ」
 伐採道具を武器に持ち替えて反応があった方向へ進むこと数分ほど。視界の先に見えた敵は、ある意味、とてもファンタジーだった。
「……スケルトン、だな」
「そうね。腱も筋肉も無いのに、なぜか全身が繋がっている不思議な魔物よね」
「いや、ツッコミどころはそこか? きっと、クーロン力的な何かで繋がってるんだよ」
 カチャカチャと音を立てながら歩いていたのは、白骨化した死体、スケルトンだった。
 錆び付いた物ながら、曲がりなりにも剣と盾を持っている。
 それが3体。
「アレ相手には、槍はあまり適してないな。スカスカだし」
「私の薙刀は……それなりでしょうか」
「一番向いているのは、オレの剣だな。ほぼ鈍器だし」
「あたしは、取りあえず見学で良いかな? この小太刀ならなんとかなりそうだけど、3体しかいないし」
 鈍器ということであれば、マジックバッグには鉄棒があるのだが、あえてそれを使うまでも無いか。
 頻繁に出るようなら、ハンマーとか、フレイルとか、スケルトンに向いた武器を手に入れることも検討すべきかも知れないが。
「そうね……とりあえず、トーヤとナツキに頑張ってもらって、他はフォローって形でやってみましょうか」
「「了解」」
 方針が決まれば後は実行するのみ。
 最初にトーヤが飛び出し、それにナツキが続く。
 そんなトーヤの動きに、スケルトンの反応は遅かった。
 ガチャガチャとトーヤに向かって剣を構えようとしたところで、先頭の1体に対してトーヤの剣が振り下ろされ、頭蓋骨から鎖骨の辺りまで一瞬で砕かれてしまう。
 その直後に繰り出されたナツキの攻撃は、2体目のスケルトンがなんとか盾で受け止めるが、遠心力も加わったその攻撃に対し、スケルトンの骨は細すぎた。
 一瞬止まったかと思った次の瞬間、肩のところから外れたその腕と共に、ナツキの薙刀はスケルトンの肋骨と脊椎を砕き、その身体を真っ二つにしてしまう。
「わぉ……想像以上に脆い?」
「いえ、どちらかと言えばナツキの膂力でしょ。最近だと、バインド・バイパーすら輪切りにするから……」
「だよね。見た目は変わってないのにね」
 最初に出会ったときは切るのにちょっと苦労したバインドバイパーも、最近では見つけた瞬間、ナツキの薙刀が{閃}(ひらめ)き、頭をスッパリと切り落とすようになっていた。
 武器の質とナツキの技術も影響しているのだろうが、単純な力という面でもほぼ確実に向上しているはずである。
 だが、それはナツキがマッチョになったとかいうわけでは無く、【筋力増強】のスキルや、魔物を倒す事によって上昇するレベル的な物の影響だろう。腕の細さとか、変わってないし。
「……でも、さすがスケルトン。アレでも死んでないぞ」
「スケルトンだから死んではいると思うけど、斃せてはないね」
「トーヤの方は、動かなくなったみたいだけど」
 上半身を砕いたトーヤはダメ押しとばかりにもう一撃、骨盤まで砕いたおかげか、そのスケルトンは動かなくなっている。
 それに対し、ナツキが攻撃した方は、頭と下半身がまだカタカタと動いている。
 それを見て顔をしかめたナツキは、頭蓋骨に石突きを叩き込み、下半身は脚の骨を砕いた上で、骨盤も真っ二つに砕く。
「結構面倒くさいな!」
 トーヤはそんな事を言いつつ、さして強くないことが解ったからか、残ったスケルトンを剣の腹でガンガンと殴り、一瞬で骨を砕いて斃してしまった。
「強くは無いですが……確かにちょっと面倒です」
「剣と盾を持ってたからどうなるかと思ったんだけど……あそこまで非力だと意味が無いわね」
「確かに。受け止めた腕が取れたら、盾の意味ないよな」
 盾で受け止めて攻撃する、という方法が取れないのだから、持っている意味が殆ど無い。
 非力な相手ならまた別なのかも知れないが、少なくともトーヤとナツキであれば、積極的に盾に当てに行っても良いかもしれない。
「魔石を砕くとすぐに斃せるかも知れないが……そうすると、利益も無いしなぁ」
「魔石か……どこにあった?」
「多分、頭蓋骨の中?」
 トーヤが砕けた骨を漁って拾い上げた魔石は、思ったよりも大きかった。
 強さから言えばもっと小さいかと思ったのだが、スカルプ・エイプよりも少し大きいぐらいだろうか?
「頭蓋骨の中だと、簡単には砕けないわね……間違って砕いちゃう可能性はあるけど」
「そうですね。かといって、それを気にして攻撃するのは……」
「別に良いんじゃない? 砕けても。あたしたち、そこまでお金に困ってないし」
「だな。幸い今回は、1つも砕けなかったみたいだぞ?」
 そう言いながら立ち上がったトーヤの手には、魔石が3つ。
 かなりラフに攻撃していたにもかかわらず、いずれの攻撃も魔石に当たることは無かったようだ。
「あれで壊れてないなら、気にする必要は――トーヤ! 後ろ!」
 俺の声を聞いたトーヤの反応は素早かった。
 手に持った魔石を地面に落とすとすぐに剣を引き抜き、振り返った瞬間、振り抜く。
「ぬっ!?」
 だがそんなトーヤの攻撃は、何の抵抗もなく空を切っただけだった。
「なんだこれは!」
 そこにいたのは、黒いもやのような、半透明の何か。
 あえて表現するなら、黒いローブを被った人型の何か、だろうか。
 だが、足も手も無く、顔に当たる部分もただの暗闇である。その奥に何となく光る物が見える気もするが、全体として半透明なのでなんともあやふやである。
「スケルトン繋がりでアンデッドか!?」
 そう叫びながら再度トーヤが剣を振るうが、それはただ、そのもやを通り過ぎるのみ。
 そんなトーヤにそのもやが近づいた瞬間、トーヤの膝がガクッと落ちかけ、トーヤは慌てたように飛びすさる。
「触れると――なんつーか、力が抜ける!」
「トーヤ、下がれ! 『{火矢}(ファイア・アロー)』!」
 これまで幾度となく活躍してくれた魔法を放つが、その魔法はそのもやをすり抜け、その背後にあった木を燃え上がらせた。
「まずっ!」
「バカ、ナオ! 『{消火}(エクスティンギッシュ・ファイア)』!」
 すぐさまフォローしてくれたのはユキ。
 燃え上がっていた木が一瞬にして鎮火する。
「すまん! ってか、魔法も効かないのかよ!?」
 『物理がダメなら魔法でしょ』と撃ってみたのに、何の効果も無く、そのもやはジワジワとこちらに近づいてくる。
「ナオ、『{聖火}(ホーリー・ファイア)』は?」
「使えるか! レベル7だぞ、それ!」
 無茶なことを言うハルカに、叫び返す。
 如何にもアンデッドに効きそうな攻撃魔法なのだが、魔道書に載っているレベルは実に7。
 ステータスに表示されるスキルレベルと、使える魔法のレベルは必ずしも一致しないとは言え、魔道書のレベル表記と難易度は比例している。未だ俺の使えるような魔法ではないし、アンデッドに会うとも思っていなかったから、練習もしていない。
 しかもこの魔物、俺の索敵にも引っかからず突然現れたのだ。
 ただの雑魚、なんてことは無いだろう。
 アンデッドに効きそうな魔法の武器なんて持ってないし、聖水的な物も持ってない。
 どう考えても準備不足である。
「クソッ! 撤退するぞ!」
 ゆっくりと近づいてくるそのもやを見据えながら、俺はそう叫んだ。

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126.md

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# 126 忘れていたこと
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
伐採中にスライムに出会う頻度がだんだんと増える。
そんなある日、別の魔物の反応があり、確認に行くと、そこに居たのはスケルトン。
トーヤとナツキであっさりと斃した後、突然現れたのは攻撃の効かない黒いもやだった。
---
「待ってください!」
 すぐさま撤退を開始しようとした俺たちの動きを止めたのは、ナツキだった。
「『{浄化}(ピュリフィケイト)』!」
 何で今その魔法? そう思ったのは一瞬だった。
 ナツキの放った光は黒いもやへと向かい、次の瞬間、それはなんとも表現しづらい、「ギギギィーー!!」という声を上げた。
「――っ! 『{浄化}(ピュリフィケイト)』!」
 その反応を見てすぐに追い打ちを掛けたのはハルカ。
 ナツキの魔法ですでに薄くなっていたその黒いもやは、ハルカの魔法によって声を上げることもなく、すぐに消え去った。
「……あぁ、そうか、『浄化』って、洗濯や身体を綺麗にするためだけに使う魔法じゃ無かったんだよなぁ」
 俺はそのことを思いだし、大きく息を吐くと、額に手を当ててその場に座り込んだ。
「そうね、私もすっかり忘れてたけど、本来はアンデッドの浄化用の魔法なのよね。ナツキ、良く覚えていたわね?」
「いえ、私も直前まで忘れていましたよ? ただ、ハルカが『{聖火}(ホーリー・ファイア)』の話を出したので、思い出しただけです」
「それか~。確かに、光魔法の領分よね、そのへんは。完全なミスね」
 ナツキの言葉を聞いてハルカも苦笑を浮かべ、ため息をつく。
「それより、敵はなんだったの? トーヤの攻撃も、ナオの魔法も効かなかったけど。あ、アンデッドって事は解るよ? 『浄化』が効いたわけだから」
「あれは『シャドウ・ゴースト』らしい。【鑑定】によると。詳しいことは解らないが。ただ、触れられたときはなんか力が抜けるというか、何か吸い取られるというか……すっげぇ気分が悪かった」
 膝が落ちかけていたし、ドレイン的な何かだろうか?
 そして、あの状況でもトーヤは、一応【鑑定】を行っていたようだ。
 詳細が分からないのは、この世界の【鑑定】の仕様なので仕方ないだろう。
「シャドウ・ゴースト、ね。ナオ、索敵に反応は無かったの?」
「あぁ……。何となく違和感は感じたんだが、一瞬前まで解らなかった。すまん」
「いえ、責めてるわけじゃないわよ? でも、これからはナオの【索敵】を抜ける魔物の存在も想定した方が良さそうね」
「だな。オレも【索敵】を持ってて気付かなかったんだから、ナオだけの責任じゃ無いし」
「若干の違和感は感じたから、レベルを上げていけば、気付ける可能性はあると思うが……」
 これまで俺たちの安全を担保してきた【索敵】が効果を発揮しない魔物が居るというのは、ある意味、脅威である。
 本来はこんな便利なスキル無しに警戒をするのが冒険者なのかも知れないが、それで【索敵】を抜けるような魔物の気配に気付けるかと言えば、かなり厳しいだろう。
 事実、【索敵】スキルが無い頃でも、ある程度敵の気配を感じ取れていたトーヤであっても、俺が見つけるまでシャドウ・ゴーストに気付いていなかった。
「【忍び足】や【隠形】というスキルもありますし、そちら方面の訓練もした方が良いかもしれませんね」
「そうだな。その時は頼む」
「はい」
 【隠形】が気配を消すスキルだとすれば、【索敵】はそれを見破るスキル。
 互いに訓練を重ねれば、レベルアップも可能だろう。と言うか、上げないと正直危ない。
 シャドウ・ゴーストでは致命的な結果にはならなかったが、ゴースト系の魔物と言えば、即死攻撃とかしてきそうで怖い。
「だが、【索敵】に引っかからねぇのは怖いけど、敵としてはそんなに強くねぇのか? 『浄化』2回で消えたし」
「それはどうかしら? ある意味、『浄化』って、私たちが一番得意な魔法、でしょ?」
「それは確かに」
 確実に、俺たちが最も世話になっている魔法である。
 風呂が手に入った今ならともかく、こちらに来た当初は、この魔法が無ければ心が折れていた可能性が高い。
「魔石は……一応落ちるんだな。スケルトンよりもちょっと大きいか?」
 トーヤが先ほど地面に落としたスケルトンの魔石に加え、シャドウ・ゴーストから落ちたとおぼしき魔石を拾い上げ、スケルトンの物と見比べている。
 横から覗き込んで見たその魔石は、確かに少しだけ大きいようにも見える。
 しかし、何も中身の無いもやだったのに、魔石はしっかり残すとか……ありがたいな!
 スケルトン共々、後始末が要らないのが特にありがたい。
 その分、得られる物は少ないが、魔石以外は価値がないのに死体の始末が必要なスカルプ・エイプに比べれば、よっぽど良い。
「でも、アンデッドが出てくるとは、ちょっと予想外だよね。このへんって、アンデッド出るって情報あった?」
「いえ……私が見た情報の中では、出会っていない魔物はオーガーだけです」
「ま、それもギルドに置いてある冊子を見ただけだしな、オレたち。完全に網羅されてるわけじゃねぇだろ?」
「きっちりと網羅されているとは、限らないか」
 そもそもこの辺りの森は、かなりの長期間にわたって冒険者が入っていないエリアなのだ。
 魔物の分布が変化していてもおかしくは無いだろう。
「とはいえ、ハルカとナツキ以外、攻撃手段が無いのはちょっと不安だな。今回は問題なかったけどさ」
「そうね。あのくらいの数なら問題ないけど、たくさん出てくると、少しマズいかも……。町に戻ったら、何か考えましょ」
 トーヤの物理攻撃は言うに及ばず、俺の『{火矢}(ファイア・アロー)』が効果を発揮しなかった以上、ユキもまた攻撃手段を持たない。
 光魔法を除いて効果がありそうな魔法としては、『{聖火}(ホーリー・ファイア)』以外に水魔法の『{聖水}(ホーリー・ウォーター)』があるのだが、こちらも魔道書によるレベルは7。同じレベル7でも、常用していない分、『{聖火}(ホーリー・ファイア)』よりも厳しい。
 風魔法にはそれっぽい物が無く、土魔法のレベル7には『{埋葬}(ベイリアル)』という魔法があるが、これは敵を地面に埋めてしまう魔法で、アンデッドに効果があるとかそういう説明は書かれていない。
 そもそも埋めたところで、スケルトンやゾンビ系はともかくとしても、ゴースト系には意味が無さそうだしなぁ。
 う~む、何か良い手段があれば良いんだが……。
            
 ゴーストに出会った翌日、俺たちはそれぞれが別れてラファンの町を探索していた。
 目的はアンデッドに有効な攻撃手段や何らかの対策を見つけてくること。
 特に心当たりも無いし、全員で探せば何か見つかるんじゃね? 的な軽い考えである。
「しかし、俺はどこに行くべきか……」
 武器屋関係は、トーヤが行きそう。なんだかんだでガンツさんと一番仲が良いのはトーヤだし。
 ナツキはギルドの資料室? いや、でもあそこはすでに読んだよな。資料室というのも{烏滸}(おこ)がましいほどの資料しか無かったし、新たな発見があるとも思えない。
 ハルカはディオラさんあたりに訊きに行くか?
 それとも他の何らかの方法で調べるか……イマイチ行動が掴めない。
 ユキは俺たちの中では一番コミュ力が高いから、聞き込みとかしそうだな。
 で、俺は……。
「取りあえず、歩き回ってみるか」
 万が一、いや、億が一ぐらいの可能性で、アンデッドに効果のある聖なる武器とか、不思議なアイテムとか見つかるかも知れないし。
 でも、ラファンの町には、怪しげな武器やアイテムを売っている露店なんか無いんだよなぁ。ゲームだと、フードを被って裏路地で店を広げている商人とか、定番なのに。
 ……ゲームじゃないから仕方ないか。この街でそんな商売、成り立つわけが無い。
 表通りを一通り歩いてみた後は、普段行かない場所へと足を伸ばしてみる。
「このへんにも店はあるんだな……」
 俺たちが必要とする物なんて限られているので、一度店を決めるとあえて別の店を開拓することも無かったのだが、当たり前と言えば当たり前で、俺たちの普段の活動範囲以外にも店はいくつもあった。
 とは言え、メインの通りや町の中央広場周辺が商業の中心地であるのは間違いなく、そこから外れたところにある店は、やや売れ筋から外れていると言えるかも知れない。
 例えば以前アエラさんに案内されていった食器の販売店。
 あそこで扱っているのは焼き物のみで、庶民が普段の食事に使う物ではない。
 大衆食堂などで使われている食器も基本は木製、時に金属製があるのみで、焼き物の食器を必要とするのは金持ちか、一般人であれば壷などのように一部の物のみである。
 当然頻繁に売れるような物でもなく、人通りの多いエリア、つまり必然的に家賃や地価の高い場所に店を構えるのには向いていないだろう。
「服屋はともかく、雑貨屋みたいな店はあるんだよな……」
 服屋とは言っても、この世界で一般的な古着屋ではなく、どちらかと言えば『仕立屋』と言うべきお店だろうか。
 俺たちはハルカたちが作ってくれているが、普通なら新しい服を仕立てるのには結構なお金がかかるため、やはりこれも庶民向けのお店とは言えないだろう。
「でも、ま、雑貨屋には入ってみるか。歩いていても仕方ないし」
 ただの雑貨屋に何を期待するって話だが、その中でもちょっと怪しげな店構えの店を選んで中に入ってみる。
 …………うむ。失敗だな。
 入った店の内装は、アンデッドを撃退する方法とはほど遠く、逆にアンデッドを呼び出しそうな代物。絶対、黒魔術とかそのへんの代物だろ、これって。
「いらっしゃい。何をお探しかねぇ。ヒェッヒェッヒェッ」
 戸惑う俺に声を掛けてきたのは、黒いフードを目深に被った老婆。
 怪しげな笑い声といい、雰囲気にマッチしすぎである。
「アンデッドを――」
「呼び出したいのかい? 初心者にはあんまり勧められないんじゃが、どうしてもと言うなら――」
「あ、いえ違います。斃したいんですが」
「……なんじゃい。お門違いだねぇ。一応、アンデッド避けの護符程度ならあるよ」
 俺がそう応えると、急に投げやりになった老婆は棚の一角を指さした。
 そちらに近づいてみてみると、そこにあったのは怪しげな文様が描かれた羊皮紙。
 何が書いてあるかはさっぱりだが、雰囲気はある。あるのだが……。
「これって効果ありますか?」
「そうだねぇ、そいつを買っていった客の中に、『持っていても死んだ』と文句を言いに来た奴はいないねぇ」
 それって、死んだら文句も言いに来られないってだけだよな?
 少なくとも俺の感覚では、この護符に何らかの効果があるようには思えない。
「あんた、冒険者じゃろう? 少なくともこの店に、あんたが必要とするような物は置いてないさね」
「つまり、この店の物は……?」
「金持ち連中はこういう物が好きなんじゃよ。雰囲気が重要なんじゃ」
 怪しい雰囲気を薄れさせ、肩をすくめた老婆が笑う。
 それってつまり、見た目だけで、実際には効果の無い物ばかりって事か?
 まるで、昔欧米で流行っていた降霊術みたいである。こちらでは実際にゴーストとが存在する分、多少は違うのかも知れないが……。
「アンデッドに悩んでるんなら、神殿にでも行くんだね。一番近いのは、店を出て左にしばらく歩けばあるさね」
「えーっと、ありがとうございます……?」
「ほら、さっさと行きな。――金持ちの家に訪問する機会でもあればまた来るんだね。案外喜ばれるからねぇ。ヒェッヒェッヒェッ」
 最後に再び怪しい笑い声を上げた、案外親切な老婆に別れを告げ、俺は店を後にする。
 本当にこの怪しげな店の商品が喜ばれるのかは疑問だが、機会があればまた来てみよう。アドバイスも貰ったし。
「左、だったよな」
 この世界に来て宗教に関わったことは無かったが、考えてみればアンデッドと言えば教会である。
 いや、老婆は神殿と言っていたか。
 神殿と言われると、ついギリシア系の物を思い浮かべてしまうが、神道の神社も神殿と言えば神殿なんだよな。
 この世界では、神へ祈る場所が教会では無く、神殿と呼ばれるということなんだろう。
「……ここか?」
 しばらく歩いて見つけたのは、石造りのやや立派な建物。
 パルテノン的な神殿と、俺のイメージする石造りの教会が混ざったような、そんな感じの建物。
 十字架のようなシンボルが掲げられていたりはしないが、見るからに周りの建物とは違う作りからして、神殿と考えて間違いは無いだろう。
「入っても、良いんだよな……?」
 やや気後れする物を感じながら中に入ると、そこには1人の女性がいた。
 年の頃は20代前半か。入ってきた俺に気付くと、ニッコリと柔らかな笑みを浮かべて声を掛けてきた。
「ようこそ。お祈りですか?」
「えっと……はい」
 いきなりアンデッド対策を教えて、という話も無いだろう。
 正直、ここがどんな神様を祭っているかも知らないのだが、祈るぐらいはしておいた方が印象も良いはず。
「良きことです。ささ、前にお進み、お祈りください」
「はい」
 女性に勧められるまま奥に進むと、そこには1体の神像が祭られていた。
 素材は恐らく石。大きさは成人男性よりもやや小さいぐらいで、外見的には少し若く見える男神。そしてその前には、神社でよく見る箱に似た物が。そう、賽銭箱である。
 そっと中を見ると、何枚かの硬貨が入っている。
 そして俺の後ろには、ニコニコと笑みを浮かべた女性――多分神官――がいる。
 ――入れないわけにはいかないよな。
 俺は少し悩んだ末、財布から大銀貨を1枚取り出すと賽銭箱に投げ入れ、手を合わせた。
 その次の瞬間、俺の視界は真っ白に染まった。

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127.md

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# 127 初回ログイン
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
撤退しようとした時、ナツキが『浄化』を使い、そのもやを斃す。
通常の攻撃と魔法が効かない魔物への対抗手段を、各自探す。
ナオは怪しい雑貨店で神殿の場所を聞き、そこでお布施を入れて神に祈った。
---
『初回ログインボーナス~~~!!』
 視界が白く染まったその後に聞こえてきたのは、そんな脳天気な言葉だった。
「……はぃ?」
『いやー、君たちってホント宗教と縁遠いよね。30人以上居るのに、僕の神殿に来たのは、君が初めてだよ。尤も、かなりの人はすぐに死んじゃったんだけどね。あははは』
 相変わらず視界は真っ白で何も見えないが、更に続いたその言葉の内容に、俺は恐る恐る声を掛けた。
「あの、もしかして邪神様でしょうか?」
『うん、君たちには邪神と名乗ったね。でもこの世界だと、アドヴァストリスという名前で呼ばれてるから、覚えておいてくれると嬉しいかな?』
「は、はぁ……」
 もしかして、ここの神殿が邪神様改め、アドヴァストリス様の神殿だったのだろうか。
『そう、ここが僕の神殿だね。この街だと、僕以外の神殿はベルフォーグのしか無いから、もっと早く誰か来ると思ったんだけどねぇ』
 ベルフォーグというのは、文脈からして別の神様か。
 であるならば、ラファンを中心に転移してきた俺たちが、この神殿に来ると思っても不思議では無い。
 俺たちに、神に祈るつもりがあれば、だが。
「私たちの年代だと、冠婚葬祭ぐらいでしか、あまり宗教とは関わる事が無いので……」
 そもそも、今さっきまで神殿があることすら意識に上っていなかった。
 困った時の神頼みなのかも知れないが、実際に切羽詰まっていたときは、『そんな事よりも金稼ぎ』だったからな、俺たちの場合。
 恐らく大半の日本人にとって、神とは実際に助けてもらえるものではないからなぁ。
『みたいだね。ま、それもありだとは思うけど。現世に影響を及ぼせない神に、何の意味があるのかって話だし』
「えーっと……宗教による道徳心とか、心の安らぎとか……」
『別に否定はしないけど、それって精神的に幼いとも言えるよね? 「神が見ているから悪い事をしない」、「神が許しているからこれは大丈夫」、「神の言葉だから云々」。自分で考えて行動できないのかな?』
 なかなかにシビアな言葉だが、確かにそれは同感。
 言葉は飾っても、結局その根底にあるのは宗教だったりする。
 例えば食べ物。
 戒律で許されているからこの動物は食べても良い、この動物は禁止されているからダメとか、ある意味、随分と勝手な言い分である。
 牛や豚は食べる事が許されているという宗教観も、牛を神聖視する宗教から見れば噴飯物だろうし、鯨や犬を食べるのは可哀想、という言い分もただのエゴである。
 俺自身は犬を食べたいとは思わないが、「じゃあ、牛と何が違うの?」と問われれば答えを持たないので、他人に食べるなとはとても言えない。
 食べるために命を奪うのが罪というならば、肉食動物は罪深き生き物なのか、という話にもなりかねないのだから。
『発展段階なら戒律で縛るのもアリだとは思うけど、いい加減合理的思考をするようになっても良いと思うんだけどね、キミたちぐらいの世界なら。神も関与してないんだし』
「ははは……まぁ、未だに地動説や進化論を否定する人もいますから。でもそれ、神様が言っても良いんでしょうか?」
『僕たちはほら、現世に影響力を持つから。バカな事やってたら、「天罰~~!!」とかもできるし』
「……できるんですか?」
『できるのです。神ですから』
 神、すげぇ!
 現世利益あるんだなぁ、この世界。
 地球だと、死んだ後に天国に行けるとか、極楽に行けるとか、基本的に死んだ後に利益があるよ、という宗教が幅を利かせていたけど。
『――あ、それよりも初回ログインボーナスだよ。こういうの、流行ってるんでしょ? えーっと、ガチャだっけ?』
「……詳しいですね」
『まあね。せっかくだから君に何か良い能力を付けてあげるよ。レア以上確定! みたいな感じで』
 うっ……心惹かれる。でも、この神の場合、落とし穴がありそうで……。
『はっはっは。別にそんなの無いって』
 おっと、さすが神様。口に出さなくても解るのか。
『ここは僕の神域だからね』
 くっ、おかしな事は考えられない……って、抵抗するだけ無意味か。
 俺は悟りも開いていないし、思考を制御するような器用さも持ち合わせていない。
『第一、最初の時だって、おかしなスキルを希望した人がいただけでしょ? 僕は普通のスキルしか表示してなかったのに。君たちが地雷とか思ってるのは、単にバランスを取っただけ。異常に強力なスキルが何のリスクも無いとか、あり得ないでしょ』
「否定はできない……ですね」
 この世界の神様なのに、この世界に住む人よりも俺たちの方を異常に優遇するとか、普通はあり得ない。
 何かの投資話だって「リスク無しで儲かります!」と言われれば、即座に眉に唾を付けるべき。そんなウマい話があれば、勧誘しなくても自分で投資すれば良いんだから。
 それは神様から提示された話でだってそうだろう。
 地球でだって、それっぽい神話には事欠かない。
 欲を掻くと大抵酷い目に遭うのだ。
 つーか、日本の神様は比較的まともなのが多いけど、基本神様って滅茶苦茶なのが多いし。
「……でも、【鑑定】や【索敵】みたいにとても便利なスキルもありますよね?」
『あぁ、そのへんはボーナススキルだね。ほら、平和な国で暮らしてきたキミたちに、いきなり「死の気配を感じ取れ!」とか言っても無理でしょ? すぐに死んじゃうのは僕としても望んでないし』
「なるほど……確かに助かってます。あ、でも、【看破】はちょっと微妙ですよね。使いどころが無いというか……」
『そうかな? 確かに「いきなり相手の能力が丸裸」みたいなことはできないけど、視界に入れただけで、勝てそうかどうか解るだけでも有益じゃない?』
「それは……そうですね」
 俺たちが活用できていなかっただけか。
 武道の達人でも何でも無い俺たちにとって、相手の強さを測ることなんて到底不可能。
 人間相手でもそれなんだから、魔物相手なら言うまでも無い。
 戦う前におおよそでも強さが解れば、逃げるという選択肢が取れる。
 『魔王からは逃げられない!』みたいな事になった後では遅いのだ。
『ちなみに、頑張ってレベルを上げれば、相手がどんな攻撃をしてくるかとかも解るようになる、と思うよ?』
「便利ですね!? どうすれば上がりますかね?」
『経験でしょ。いろんな人と会って、いろんな魔物と対峙して、経験を蓄積すれば自ずとレベルも上がるよ』
 あぁ、そのへんはシビアなのね。
 だが、経験を積んで知識を蓄えれば解るようになる、というのはある意味納得。
「あの、このボーナスは私だけなんでしょうか? 私の仲間には……」
『うーん、これは君たちの中での、初回ログインボーナス、だからねぇ。みんなにあげるのはちょっとダメかな? 僕の神殿に来てくれたお礼、みたいな物だし』
「そうですか……」
 本当にお礼なんだろうか? また落とし穴があったり……。
『おや、疑ってるね? うん、その慎重さ、悪くないと思うよ? でも、これは本当にお礼。そこまで凄い物じゃないから。ほら、ゲームバランス? そんな感じ』
 レア確定のガチャとか言っても、実は大したカードが出ないとか、そういうタイプか!
 ……いや、イラストだけは力入っていたりするけどね。
『う~ん、そうだね、君が望むなら、ガチャは止めて、仲間にも恩恵のある能力を選んであげるけど? その分、ちょっとショボい感じにはなるけど』
「ショボい……でも、それでお願いします」
 みんなで頑張ってきたわけだし、俺だけってのも心苦しい。
 ちょっとしたことでも全員分ある方が良い、よな、多分。
 俺がそう答えると、アドヴァストリス様は少し考えるような様子を見せてから、恩恵の内容を口にした。
『ふーん……ま、いっか。それじゃ、何が良いかな……? うん、君には同じパーティーメンバーの取得経験値が1割アップする恩恵をあげよう!』
 1割! さすが神様がショボいと言うだけあって、割合が渋い! でも――。
「えっと、それって、キャラメイクの時にあった地雷じゃ……?」
 恐る恐る聞いた俺の疑問を、アドヴァストリス様はすぐに否定した。
『いや、これは純粋にアップするだけ。落とし穴は無いよ。1割だけしか増えないけどね。そもそもあのスキルだって使い方によっては有効なんだよ? 僕は公平なんだから。――残念ながら気付いた人はいなかったけどね』
 やっぱり、一応抜け道があったか。
 単体では必要ポイントの多さに比べてデメリットしか無かっただけに、何かしらの組み合わせで有利になるんじゃ、とは予想していたが……。
「ところで、経験値ってやっぱりあるんですね?」
『そうだよ。最初に言ったでしょ? レベルとかある世界だよ、って』
「でも、確認ができないですよね?」
『そう、それ! ちゃんと僕の神殿に来てくれれば、「ナオは現在レベル13です。次のレベルアップには2,580の経験値が必要です」ってやるつもりだったのに、誰も来てくれないんだから!』
 憤懣やるかたないと言わんばかりに、そんな事を言う。
 ステータス画面に表示されるわけじゃなく、必要経験値を神殿とかでしか確認できないとか、なんか昔のゲームみたいだな。
 ガチャとかは最近のゲームっぽいのに……ん?
「…………え? もしかして今のって、本当ですか?」
『うん。今の君のレベルは13だね。冒険者になって1年未満としては、頑張ってる方かな?』
 マジかっ!? マジにレベルあったのか!
 レベルっぽい物があるのは判っていたが、こうしてはっきり言われると実感が涌く。
 うわー、なんか嬉しい。
 結果が目に見えると、すごくやる気が出てくるよな、ゲーマー的に。
「ちなみに、この神殿に来ると、いつでも確認できたり?」
『できるよ。あ、でもきちんとお布施は払ってね。最低でも銀貨1枚。でも、信者のためには大銀貨1枚ぐらい奮発して欲しいかな?』
 世知辛いな! 神様。今回は女神官さんの視線もあって頑張ったが、確認する度に大銀貨1枚はちょっと大きい。
 今は銘木のおかげでそれなりに余裕があるけど……もしかして、それを狙って機能制限してますか?
「それだと、あまり頻繁には来られませんね」
『頻繁に来るなら、銀貨1枚でも良いよ。僕はお布施で信仰心を測ったりしないから』
 いや、存在は信じますけど、信仰しているかどうかは……。
「そもそもお布施を賽銭箱に入れても、神様の懐に入るわけじゃ無いですよね?」
 せっかくお布施を払っても、強欲な神官が贅沢するために使われるんじゃ、ちょっと……。
『あ、大丈夫だよ。お布施の使い道はクリーンです。天罰があるから』
「あぁ、この世界で不正をするのは、根性……いや、愚かさが必要なんですね」
 それならこの世界の宗教は(神様を信じられるなら)信じても良いのかも知れない。
 神の目を盗んで不正をするとか、リスクが高すぎるわけだし。
『少なくとも僕は、「天網恢恢、疎にして漏らさず」だよ。ここだと、孤児院の運転資金だね』
「孤児院?」
『うん。この神殿の裏にあるよ』
 それなら、頑張ってお布施を入れても良いかもしれない。
 この世界の社会保障は貧弱そうだし、孤児のためになるなら偽善でも意味はあるだろう。
『おっと、そろそろ時間だね。次回からは今回みたいには話せないけど、お友達も誘ってまた来てよ。レベルの案内は毎回やるから。それじゃ!』
「あっ……!」
 話の終わりは突然だった。
 アドヴァストリス様があっさりとそう言うと、急速に俺の視界は元に戻り、俺は賽銭箱の前で手を合わせたままの自分を認識したのだった。

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128.md

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128 情報の整理
# 128 情報の整理
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
神殿で祈りを捧げると、アドヴァストリスと名乗る、件の邪神に出会う。
神殿で祈りを捧げると、アドヴァストリスと名乗る、件の邪神に出会う。
お布施を払って祈りを捧げれば、レベルと経験値が確認できることを聞く。
お布施を払って祈りを捧げれば、レベルと経験値が確認できることを聞く。
転移者の中で初めて神殿に来た特典として、経験値増加の恩恵を貰う。
転移者の中で初めて神殿に来た特典として、経験値増加の恩恵を貰う。
---
「えーっと、夢、じゃないよな……?」
「えーっと、夢、じゃないよな……?」
 今体験したことがイマイチ信じ切れず、ステータスを確認してみると……
 今体験したことがイマイチ信じ切れず、ステータスを確認してみると……
-------------------------------------------------------------------------------
 名前:ナオフミ
 名前:ナオフミ
 種族:エルフ(18歳)
 種族:エルフ(18歳)
 状態:健康
 状態:健康
 スキル:【ヘルプ】     【槍の才能】     【魔法の素質・時空系】
 スキル:【ヘルプ】     【槍の才能】     【魔法の素質・時空系】
     【槍術 Lv.4】    【短刀術 Lv.1】    【棒術 Lv.1】
     【槍術 Lv.4】    【短刀術 Lv.1】    【棒術 Lv.1】
     【回避 Lv.2】    【鉄壁 Lv.2】     【筋力増強 Lv.2】
     【回避 Lv.2】    【鉄壁 Lv.2】     【筋力増強 Lv.2】
     【魔法障壁 Lv.1】  【韋駄天 Lv.2】    【頑強 Lv.2】
     【魔法障壁 Lv.1】  【韋駄天 Lv.2】    【頑強 Lv.2】
     【鷹の目 Lv.2】   【忍び足 Lv.2】    【罠知識 Lv.1】
     【鷹の目 Lv.2】   【忍び足 Lv.2】    【罠知識 Lv.1】
     【索敵 Lv.4】    【看破 Lv.2】     【時空魔法 Lv.4】
     【索敵 Lv.4】    【看破 Lv.2】     【時空魔法 Lv.4】
     【火魔法 Lv.4】   【水魔法 Lv.1】    【土魔法 Lv.3】
     【火魔法 Lv.4】   【水魔法 Lv.1】    【土魔法 Lv.3】
     【解体 Lv.2】
     【解体 Lv.2】
 恩恵:【経験値ちょっぴりアップ】
 恩恵:【経験値ちょっぴりアップ】
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 恩恵欄が追加されている!?
 恩恵欄が追加されている!?
 しかもしっかりと【経験値ちょっぴりアップ】と書いてあるし。
 しかもしっかりと【経験値ちょっぴりアップ】と書いてあるし。
 1割とは書いてないけど、『ちょっぴり』がなんとも正直である。
 1割とは書いてないけど、『ちょっぴり』がなんとも正直である。
 しかし、相変わらずレベルや経験値は表示されておらず、やはり神様が言ったとおり、確認の為には神殿に来るしか無いのだろう。
 しかし、相変わらずレベルや経験値は表示されておらず、やはり神様が言ったとおり、確認の為には神殿に来るしか無いのだろう。
「あの、どうかされましたか?」
「あの、どうかされましたか?」
「あ、いえ、何でも無いです」
「あ、いえ、何でも無いです」
 俺の挙動が不審だったのか、後ろから声を掛けてきた女神官さんに、俺は笑顔を向けて首を振った。
 俺の挙動が不審だったのか、後ろから声を掛けてきた女神官さんに、俺は笑顔を向けて首を振った。
「そうですか。あ、お心付け、ありがとうございます」
「そうですか。あ、お心付け、ありがとうございます」
「いえ、あまり多くは無いですが……あ、お尋ねしたいのですが、こちらでは聖水などを分けて頂くことはできないでしょうか? アンデッドへの対策を探していまして」
「いえ、あまり多くは無いですが……あ、お尋ねしたいのですが、こちらでは聖水などを分けて頂くことはできないでしょうか? アンデッドへの対策を探していまして」
 そう訊ねる俺に、神官さんは少し渋い顔になる。
 そう訊ねる俺に、神官さんは少し渋い顔になる。
「アンデッドですか……聖水は難しいです。作れる神官様は限られますし、こちらではちょっと……」
「アンデッドですか……聖水は難しいです。作れる神官様は限られますし、こちらではちょっと……」
「そうですか……。残念です」
「そうですか……。残念です」
「それに、戦いの場面で使われるのであれば、あまり向いていませんよ?」
「それに、戦いの場面で使われるのであれば、あまり向いていませんよ?」
「あれ、そうなんですか?」
「あれ、そうなんですか?」
「はい。確かにアンデッドにかけたり、武器に着けたりすると効果はありますが、かなりの量が必要となりますから……」
「はい。確かにアンデッドにかけたり、武器に着けたりすると効果はありますが、かなりの量が必要となりますから……」
 詳しく聞いてみると、直接アンデッドに掛けてやれば、ある程度が退ける事はできるが、武器に付けてそれで攻撃する、という手段を取るのであれば、数回攻撃する度に付け直す必要があり、聖水の必要量も多くなって、運搬面でも一般的な聖水の価格的にも(神官だけに明確にいくらとは明言しなかったが)確実に赤字になってしまうらしい。
 詳しく聞いてみると、直接アンデッドに掛けてやれば、ある程度が退ける事はできるが、武器に付けてそれで攻撃する、という手段を取るのであれば、数回攻撃する度に付け直す必要があり、聖水の必要量も多くなって、運搬面でも一般的な聖水の価格的にも(神官だけに明確にいくらとは明言しなかったが)確実に赤字になってしまうらしい。
「基本的に魔法の武器を持たない冒険者や光魔法を使えない冒険者は、アンデッドを避けるようですよ?」
「基本的に魔法の武器を持たない冒険者や光魔法を使えない冒険者は、アンデッドを避けるようですよ?」
「となると、普通はアンデッド対策は難しいと?」
「となると、普通はアンデッド対策は難しいと?」
「はい。一般の人に影響がある場所なら、神殿から神官が派遣されることもありますが……」
「はい。一般の人に影響がある場所なら、神殿から神官が派遣されることもありますが……」
 俺たちには関係のない話ではあるな。
 俺たちには関係のない話ではあるな。
 それに俺たちの場合、ナツキとハルカがいるから、全く対応できないわけでは無いし。
 それに俺たちの場合、ナツキとハルカがいるから、全く対応できないわけでは無いし。
「解りました。お話、ありがとうございました」
「解りました。お話、ありがとうございました」
「いえ、お力になれず。あなたに神のご加護がありますように」
「いえ、お力になれず。あなたに神のご加護がありますように」
 はい、無事に恩恵を頂きました、とはさすがに言えず、俺に向かって祈りを捧げてくれる彼女に一礼をして、俺は神殿を後にした。
 はい、無事に恩恵を頂きました、とはさすがに言えず、俺に向かって祈りを捧げてくれる彼女に一礼をして、俺は神殿を後にした。
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「さて、それじゃ、各自結果報告をしましょうか。まずは誰から行く?」
「さて、それじゃ、各自結果報告をしましょうか。まずは誰から行く?」
 その日の夕方、日が落ちる少し前ぐらいに全員が家に戻ってきたことで、俺たちは夕食前の時間を利用して報告会を開いていた。
 その日の夕方、日が落ちる少し前ぐらいに全員が家に戻ってきたことで、俺たちは夕食前の時間を利用して報告会を開いていた。
「それじゃ、まずはオレから。オレは、アンデッドに効果がある魔法の武器を探しに行ったんだが、ガンツさんのところには無かった。――いや、まともに使えそうな物は、無かったと言うべきだな。ダガー程度はあったんだが、使いづらいだろ?」
「それじゃ、まずはオレから。オレは、アンデッドに効果がある魔法の武器を探しに行ったんだが、ガンツさんのところには無かった。――いや、まともに使えそうな物は、無かったと言うべきだな。ダガー程度はあったんだが、使いづらいだろ?」
 やはりトーヤはガンツさんの店に行っていたようだ。
 やはりトーヤはガンツさんの店に行っていたようだ。
 一応手段は見つけたようだが、ダガーで本格的な戦闘というのは厳しいし、取りあえずは問題外だろう。
 一応手段は見つけたようだが、ダガーで本格的な戦闘というのは厳しいし、取りあえずは問題外だろう。
「ガンツさんの紹介で他にもいくつか店は回ってみたんだが……この街で手に入れるのは難しそうだな」
「ガンツさんの紹介で他にもいくつか店は回ってみたんだが……この街で手に入れるのは難しそうだな」
「やっぱり冒険者のレベル?」
「やっぱり冒険者のレベル?」
「ああ。高ランクの冒険者がいないから、高価な武器は仕入れない。手に入っても売れないから、他の町に流す事になるらしい。錬金術師がいれば作ることもできるらしいが……」
「ああ。高ランクの冒険者がいないから、高価な武器は仕入れない。手に入っても売れないから、他の町に流す事になるらしい。錬金術師がいれば作ることもできるらしいが……」
 そう言いながらトーヤが視線を向けたのはハルカ。
 そう言いながらトーヤが視線を向けたのはハルカ。
 ハルカはその視線を受けて頷く。
 ハルカはその視線を受けて頷く。
「私は魔法の武器を作れないか、という方向で調べてみたわ。その結果、さっきトーヤが言ったように、錬金術を使えば作れることは解ったんだけど、そのためには必要な素材も色々あるのよね」
「私は魔法の武器を作れないか、という方向で調べてみたわ。その結果、さっきトーヤが言ったように、錬金術を使えば作れることは解ったんだけど、そのためには必要な素材も色々あるのよね」
 錬金術で作ると言っても、錬金術師だけで武器を作るわけでは無く、錬金術で前処理した素材を鍛冶師に渡し、それを使って鍛冶師が武器を作る。その武器を錬金術師が後処理して、魔法の武器が完成する、と言うプロセスになるらしい。
 錬金術で作ると言っても、錬金術師だけで武器を作るわけでは無く、錬金術で前処理した素材を鍛冶師に渡し、それを使って鍛冶師が武器を作る。その武器を錬金術師が後処理して、魔法の武器が完成する、と言うプロセスになるらしい。
 今俺たちが使っている武器の原料となっている青鉄や黄鉄なども錬金術師から供給されているので、それみたいな物なのだろう。
 今俺たちが使っている武器の原料となっている青鉄や黄鉄なども錬金術師から供給されているので、それみたいな物なのだろう。
「一応、この街でそれらの素材が手に入らないかと思って探してはみたんだけど、残念ながら無いみたいなのよ。青鉄とかも、できた物を他の町から輸入しているみたい」
「一応、この街でそれらの素材が手に入らないかと思って探してはみたんだけど、残念ながら無いみたいなのよ。青鉄とかも、できた物を他の町から輸入しているみたい」
「ラファンには錬金術師が少ないのか」
「ラファンには錬金術師が少ないのか」
「産業構造的に、需要が無いんでしょうね」
「産業構造的に、需要が無いんでしょうね」
 後処理も必要な魔法の武器の場合、原料だけを輸入しても意味が無い。
 後処理も必要な魔法の武器の場合、原料だけを輸入しても意味が無い。
 作った武器を別の町に送って後処理を行えば作ることはできるだろうが、それなら最初から魔法の武器を輸入するか、買いに行く方がマシだろう。
 作った武器を別の町に送って後処理を行えば作ることはできるだろうが、それなら最初から魔法の武器を輸入するか、買いに行く方がマシだろう。
 やるとするなら、原料を輸入してハルカが処理を行う方法になるか。
 やるとするなら、原料を輸入してハルカが処理を行う方法になるか。
「私はギルドなどで情報を集めてみました。まずアンデッドの出現報告に関してですが、これまでは無かったようです」
「私はギルドなどで情報を集めてみました。まずアンデッドの出現報告に関してですが、これまでは無かったようです」
 ナツキが調べた範囲では、南の森などはもちろん、北の森に入っていた昔の記録でも、アンデッドが出たという報告は無かったようだ。
 ナツキが調べた範囲では、南の森などはもちろん、北の森に入っていた昔の記録でも、アンデッドが出たという報告は無かったようだ。
 ディオラさんにも確認済みなので、少なくともギルドが把握している範囲では、このあたりにアンデッドが出現する事は無かったという事になる。
 ディオラさんにも確認済みなので、少なくともギルドが把握している範囲では、このあたりにアンデッドが出現する事は無かったという事になる。
「尤も、アンデッドは自然発生することもあるので、それ自体はあり得ないことでは無いようです。次に対抗策ですが、光魔法での浄化を除くと、魔法の武器での攻撃や聖水を使う方法、それから、火魔法の『火炎武器エンチャント・ファイア』も実体のあるアンデッドには効果的みたいです」
「尤も、アンデッドは自然発生することもあるので、それ自体はあり得ないことでは無いようです。次に対抗策ですが、光魔法での浄化を除くと、魔法の武器での攻撃や聖水を使う方法、それから、火魔法の『{火炎武器}(エンチャント・ファイア)』も実体のあるアンデッドには効果的みたいです」
「『火炎武器エンチャント・ファイア』ならレベル4だし、俺も使えるな」
「『{火炎武器}(エンチャント・ファイア)』ならレベル4だし、俺も使えるな」
 一応俺も地味にレベルを上げて、火魔法はレベル4まで上がっているのだが、これまで『火炎武器エンチャント・ファイア』を使うような敵も出てこなかったため、未だに実戦で使ったことは無い。
 一応俺も地味にレベルを上げて、火魔法はレベル4まで上がっているのだが、これまで『{火炎武器}(エンチャント・ファイア)』を使うような敵も出てこなかったため、未だに実戦で使ったことは無い。
 効果時間も戦闘1回分程度だし、今の俺たちなら、オークリーダーでも出てこない限り、武器の攻撃力を上げる必要も無い。
 効果時間も戦闘1回分程度だし、今の俺たちなら、オークリーダーでも出てこない限り、武器の攻撃力を上げる必要も無い。
「ゴーストみたいに、実体の無い敵はどうなの?」
「ゴーストみたいに、実体の無い敵はどうなの?」
「『火炎武器エンチャント・ファイア』ではあまり効果は無いみたいです。『聖火ホーリー・ファイア』や『聖水ホーリー・ウォーター』を除けば、他の魔法も同様です」
「『{火炎武器}(エンチャント・ファイア)』ではあまり効果は無いみたいです。『{聖火}(ホーリー・ファイア)』や『{聖水}(ホーリー・ウォーター)』を除けば、他の魔法も同様です」
「じゃあ、やっぱりオレは攻撃手段が無いのか」
「じゃあ、やっぱりオレは攻撃手段が無いのか」
「あ、いえ。光魔法に『聖なる武器ホーリー・ウェポン』がありますから、こちらは効果がありますよ。まだ私もハルカも使えませんが」
「あ、いえ。光魔法に『{聖なる武器}(ホーリー・ウェポン)』がありますから、こちらは効果がありますよ。まだ私もハルカも使えませんが」
 『聖なる武器ホーリー・ウェポン』は『火炎武器エンチャント・ファイア』の様に武器に掛ける魔法なのだが、攻撃力自体を上げる『火炎武器』に対し、『聖なる武器』は通常の敵と戦うときには何の意味も無い。あえて言うなら、うっすらと武器が光ってカッコいいぐらい?
 {聖なる武器}(ホーリー・ウェポン)』は『{火炎武器}(エンチャント・ファイア)』の様に武器に掛ける魔法なのだが、攻撃力自体を上げる『火炎武器』に対し、『聖なる武器』は通常の敵と戦うときには何の意味も無い。あえて言うなら、うっすらと武器が光ってカッコいいぐらい?
 その代わり、アンデッドに対しては高い効果を発揮する、らしい。
 その代わり、アンデッドに対しては高い効果を発揮する、らしい。
 ナツキは使えないとは言ったが、『聖なる武器』はレベル5の魔法で、ハルカが現在レベル4、ナツキがレベル3なので、練習次第で比較的すぐになんとかなりそうな気もする。
 ナツキは使えないとは言ったが、『聖なる武器』はレベル5の魔法で、ハルカが現在レベル4、ナツキがレベル3なので、練習次第で比較的すぐになんとかなりそうな気もする。
「今までは必要ないと思ってたからやってなかったけど、練習すべきみたいね」
「今までは必要ないと思ってたからやってなかったけど、練習すべきみたいね」
「はい。私もそのつもりです」
「はい。私もそのつもりです」
 ちなみに、生野菜を食べるためにハルカが覚えた『殺菌ディスインファクト』もまたレベル5の魔法だったりする。
 ちなみに、生野菜を食べるためにハルカが覚えた『{殺菌}(ディスインファクト)』もまたレベル5の魔法だったりする。
 通常、魔道書にはレベルあたり2つ程度の魔法が指定されているのだが、光魔法のレベル5に関してはなぜか4つもあり、残りの2つは『病気抵抗レジスト・ディジーズ』と『精神回復リカバー・メンタル・ストレングス』である。
 通常、魔道書にはレベルあたり2つ程度の魔法が指定されているのだが、光魔法のレベル5に関してはなぜか4つもあり、残りの2つは『{病気抵抗}(レジスト・ディジーズ)』と『{精神回復}(リカバー・メンタル・ストレングス)』である。
 どちらも有益そうな魔法だけに、ハルカとしてはそちらを優先していたようだ。
 どちらも有益そうな魔法だけに、ハルカとしてはそちらを優先していたようだ。
「次はあたしね。私は人から噂なんかを集めてみたよ。まず、アンデッドには聖水が効くんだって」
「次はあたしね。私は人から噂なんかを集めてみたよ。まず、アンデッドには聖水が効くんだって」
 もったいぶったようにユキが口にした言葉に、他の全員が疑問を顔に浮かべる。
 もったいぶったようにユキが口にした言葉に、他の全員が疑問を顔に浮かべる。
 そして、それを代表して口に出したのは、ハルカ。
 そして、それを代表して口に出したのは、ハルカ。
「それぐらいは解ってたじゃない?」
「それぐらいは解ってたじゃない?」
「ま、ま、慌てない。重要なのは次。ラファンの南の街道を進んだところにある町、ケルグって名前だけど知ってる? 今そこの町に行くと、なんだか安く聖水が手に入るって噂が」
「ま、ま、慌てない。重要なのは次。ラファンの南の街道を進んだところにある町、ケルグって名前だけど知ってる? 今そこの町に行くと、なんだか安く聖水が手に入るって噂が」
 俺が神殿で断られた聖水か。
 俺が神殿で断られた聖水か。
 確かに有益な情報な気もするが、何というか、そんなピンポイントな噂が都合良く流れるか?
 確かに有益な情報な気もするが、何というか、そんなピンポイントな噂が都合良く流れるか?
 普通の人にとって聖水なんて、殆ど必要ない物だろ?
 普通の人にとって聖水なんて、殆ど必要ない物だろ?
 そう思ったのはトーヤも同じだったようで、ワケが分からないと言った表情で疑問を口にする。
 そう思ったのはトーヤも同じだったようで、ワケが分からないと言った表情で疑問を口にする。
「……なんだそれ? 聖水が手に入るとか、そんなのが噂になるものなのか?」
「……なんだそれ? 聖水が手に入るとか、そんなのが噂になるものなのか?」
「まぁ、普通はならないよね。話題に上るようなことじゃないし。あたしもそれは疑問に思ったから、色々情報を集めてみたんだけど、その聖水を安く供給しているのが、最近できた新興宗教みたいなの」
「まぁ、普通はならないよね。話題に上るようなことじゃないし。あたしもそれは疑問に思ったから、色々情報を集めてみたんだけど、その聖水を安く供給しているのが、最近できた新興宗教みたいなの」
 ユキのその言葉を聞いた途端、俺たちは揃って胡散臭げに顔をしかめた。
 ユキのその言葉を聞いた途端、俺たちは揃って胡散臭げに顔をしかめた。
「……新興宗教。なんか、良いイメージ無いよな、その言葉」
「……新興宗教。なんか、良いイメージ無いよな、その言葉」
「だよなぁ。怪しいとか、お布施を巻き上げるとか、犯罪行為とか、そんなイメージがつきまとうよな」
「だよなぁ。怪しいとか、お布施を巻き上げるとか、犯罪行為とか、そんなイメージがつきまとうよな」
 少なくとも日本で、新興宗教と聞いてすぐにポジティブイメージを持つ人は少数派だろう。
 少なくとも日本で、新興宗教と聞いてすぐにポジティブイメージを持つ人は少数派だろう。
 もちろん、まともな宗教もあるのだろうが、悪質な物が多すぎるのだ。――いや、悪質なのが目立ちすぎると言うべきか?
 もちろん、まともな宗教もあるのだろうが、悪質な物が多すぎるのだ。――いや、悪質なのが目立ちすぎると言うべきか?
「しっかし、新興宗教なんか表だって作れんのか?」
「しっかし、新興宗教なんか表だって作れんのか?」
「予想外に、この世界……いや、少なくともこの国は、案外宗教に寛容みたい。多分、メジャーな宗教が強すぎて、問題にならないからだと思うけど」
「予想外に、この世界……いや、少なくともこの国は、案外宗教に寛容みたい。多分、メジャーな宗教が強すぎて、問題にならないからだと思うけど」
 この世界にも宗教国家は存在していて、そんな国ではさすがに新興宗教が大手を振って布教するのは難しいらしい。
 この世界にも宗教国家は存在していて、そんな国ではさすがに新興宗教が大手を振って布教するのは難しいらしい。
「ま、寛容とは言っても、タブーはあるみたいだし、あたしたちは関わるべきじゃないとは思うけどね」
「ま、寛容とは言っても、タブーはあるみたいだし、あたしたちは関わるべきじゃないとは思うけどね」
「関わらないわよ、新興宗教なんて。――でも、新興宗教なんて、信者、どうやっても集まらないんじゃないの? この世界の常識では、神は実在して天罰もあるんだから」
「関わらないわよ、新興宗教なんて。――でも、新興宗教なんて、信者、どうやっても集まらないんじゃないの? この世界の常識では、神は実在して天罰もあるんだから」
「そうなんですか?」
「そうなんですか?」
 はっきりと言ったハルカに、ナツキが疑問を口にする。
 はっきりと言ったハルカに、ナツキが疑問を口にする。
 俺やトーヤも同じだが、ナツキも【異世界の常識】を持っていないし、明文化されていない部分の知識に関しては、ちょっと弱い。
 俺やトーヤも同じだが、ナツキも【異世界の常識】を持っていないし、明文化されていない部分の知識に関しては、ちょっと弱い。
「えぇ。少なくとも、この世界の人は信じてるわね。神託もあるし、天罰も実際に起こるみたいよ?」
「えぇ。少なくとも、この世界の人は信じてるわね。神託もあるし、天罰も実際に起こるみたいよ?」
「たまたまとか、こじつけとかでは無く?」
「たまたまとか、こじつけとかでは無く?」
「無く。神殿で不正を行った神官がピンポイントで雷に打たれるとか、人体発火で燃え尽きるとか、そういったレベルで」
「無く。神殿で不正を行った神官がピンポイントで雷に打たれるとか、人体発火で燃え尽きるとか、そういったレベルで」
 不思議そうな表情を浮かべるナツキに、ハルカは真面目な表情で頷いて、実際に起こったらしい事例を言う。
 不思議そうな表情を浮かべるナツキに、ハルカは真面目な表情で頷いて、実際に起こったらしい事例を言う。
 災害などの自然現象を『天罰』と称するのとは違い、確かにそういう物なら疑う余地も少ないか。実際、俺の場合は神様に会ってきたわけだし。
 災害などの自然現象を『天罰』と称するのとは違い、確かにそういう物なら疑う余地も少ないか。実際、俺の場合は神様に会ってきたわけだし。
「今ハルカが言ったようなことがあるから、普通は新興宗教なんて鼻で笑われるんだけど、問題はここから。その新興宗教はなぜか信者を集めていて、更にその教団の名前が『サトミー聖女教団』」
「今ハルカが言ったようなことがあるから、普通は新興宗教なんて鼻で笑われるんだけど、問題はここから。その新興宗教はなぜか信者を集めていて、更にその教団の名前が『サトミー聖女教団』」
「「「……うわぁ」」」
「「「……うわぁ」」」
「関わりたくねぇ!」
「関わりたくねぇ!」
 全員が顔をしかめ、トーヤが吐き捨てる。
 全員が顔をしかめ、トーヤが吐き捨てる。
 元々新興宗教自体がアレなのに、名前からして地雷臭が漂っている。
 元々新興宗教自体がアレなのに、名前からして地雷臭が漂っている。
 もちろん関係ない可能性もゼロでは無いが……いや、ほぼゼロだよなぁ、これ。
 もちろん関係ない可能性もゼロでは無いが……いや、ほぼゼロだよなぁ、これ。
「サトミー……さとみって名前の子って、誰か居たっけ?」
「サトミー……さとみって名前の子って、誰か居たっけ?」
「どうだったでしょう? 親しい人以外、下の名前なんて……」
「どうだったでしょう? 親しい人以外、下の名前なんて……」
 名前からして女子だろう。男子の下の名前すらあやふやな俺とトーヤの記憶なんて、当然あてにならず、ハルカとナツキもまた首を捻る。
 名前からして女子だろう。男子の下の名前すらあやふやな俺とトーヤの記憶なんて、当然あてにならず、ハルカとナツキもまた首を捻る。
 そんな中、口を開いたのは、俺たちの中でコミュ力トップのユキ。
 そんな中、口を開いたのは、俺たちの中でコミュ力トップのユキ。
「確か、高松さんの下の名前が『さとみ』だったと思うよ? 漢字までは覚えてないけど」
「確か、高松さんの下の名前が『さとみ』だったと思うよ? 漢字までは覚えてないけど」
 この卒そつの無さがコミュ力の源か。俺なんか、苗字を言われても相手の顔も思い浮かばないってのに。
 この{}(そつ)の無さがコミュ力の源か。俺なんか、苗字を言われても相手の顔も思い浮かばないってのに。
 そしてそれはトーヤも同じだったようで、首を捻って考え込み、「どんな奴だっけ?」と呟いている。それに対し、さすがにナツキとハルカは、名前を言われれば思い出したようだ。
 そしてそれはトーヤも同じだったようで、首を捻って考え込み、「どんな奴だっけ?」と呟いている。それに対し、さすがにナツキとハルカは、名前を言われれば思い出したようだ。
「高松さんって、ちょっと地味な感じの子よね?」
「高松さんって、ちょっと地味な感じの子よね?」
「はい。休憩時間なんかは、自分の席で雑誌を読んでいたりした気がします。関わりが無かったので、良くは知らないのですが」
「はい。休憩時間なんかは、自分の席で雑誌を読んでいたりした気がします。関わりが無かったので、良くは知らないのですが」
 そこまで言われて、ようやく俺も記憶の中から掘り起こせた。
 そこまで言われて、ようやく俺も記憶の中から掘り起こせた。
 やはり俺と関わる事は無かったし、まともに話した記憶も無いのだが、長い黒髪のおとなしい女子だった様な気がする。
 やはり俺と関わる事は無かったし、まともに話した記憶も無いのだが、長い黒髪のおとなしい女子だった様な気がする。
 あの高松が宗教ねぇ……異世界デビューだろうか?
 あの高松が宗教ねぇ……異世界デビューだろうか?
 信者が集まっているのなら、それは成功と言えば成功なのかもしれないが……。
 信者が集まっているのなら、それは成功と言えば成功なのかもしれないが……。
「その高松が、新しい宗教を作ったってぇわけか」
「その高松が、新しい宗教を作ったってぇわけか」
「まだ解らないけど、その可能性は高そうよね」
「まだ解らないけど、その可能性は高そうよね」
 偶然俺たちがやってきたタイミングで新興宗教が興り、その場所が偶然俺たちのいる街の隣で、その名前が偶然サトミー。――もう、必然と言って良いんじゃね?
 偶然俺たちがやってきたタイミングで新興宗教が興り、その場所が偶然俺たちのいる街の隣で、その名前が偶然サトミー。――もう、必然と言って良いんじゃね?
「ま、取りあえず、その教団が本当に高松さんが関わっているかは置いておくとして、新興宗教が作っているような聖水に効果があるの?」
「ま、取りあえず、その教団が本当に高松さんが関わっているかは置いておくとして、新興宗教が作っているような聖水に効果があるの?」
「解らないけど、売れてはいるみたいだよ? なぜか」
「解らないけど、売れてはいるみたいだよ? なぜか」
「なぜかというか、貰ったスキルで何か怪しいことをしてるんじゃないかと思うんだけど……」
「なぜかというか、貰ったスキルで何か怪しいことをしてるんじゃないかと思うんだけど……」
「……もしかして、アエラさんを騙したのって、高松なんじゃ?」
「……もしかして、アエラさんを騙したのって、高松なんじゃ?」
「可能性はありそうね。アエラさんもなぜかコンサルタントを受け入れてしまったみたいだし」
「可能性はありそうね。アエラさんもなぜかコンサルタントを受け入れてしまったみたいだし」
 どういうスキルかは解らないが、なかなかに厄介そうである。
 どういうスキルかは解らないが、なかなかに厄介そうである。
 ホント、関わりたくねぇ……。
 ホント、関わりたくねぇ……。
 でも、隣町なんだよなぁ。
 でも、隣町なんだよなぁ。
 その町の先には、このあたりを治める領主がいる領都があるし、そこは近辺では一番の都会。恐らく、全く近づかないというのも難しい。
 その町の先には、このあたりを治める領主がいる領都があるし、そこは近辺では一番の都会。恐らく、全く近づかないというのも難しい。
「あと、追加情報。南の町には、トウモロコシがあるみたい」
「あと、追加情報。南の町には、トウモロコシがあるみたい」
「トウモロコシ……? あぁ! そういえば家庭菜園」
「トウモロコシ……? あぁ! そういえば家庭菜園」
 ドヤ顔で言ったユキの言葉に、一瞬、「それが?」と思ったのだが、何ヶ月か前にそんな話をしていたことを思いだした。
 ドヤ顔で言ったユキの言葉に、一瞬、「それが?」と思ったのだが、何ヶ月か前にそんな話をしていたことを思いだした。
 家を手に入れたときに作った家庭菜園エリアと花壇だったが、未だにそこはカラッポのまま。
 家を手に入れたときに作った家庭菜園エリアと花壇だったが、未だにそこはカラッポのまま。
 季節的に植え付けに向いていなかったこともあるが、ラファンの雑貨屋では花や農作物の種が売っていなかったのだ。
 季節的に植え付けに向いていなかったこともあるが、ラファンの雑貨屋では花や農作物の種が売っていなかったのだ。
 頑張って探せば見つかるのかも知れないが、「普通は冬に種まきは無いよね」ということもあり、そこまで頑張って探してはいない。
 頑張って探せば見つかるのかも知れないが、「普通は冬に種まきは無いよね」ということもあり、そこまで頑張って探してはいない。
 ただ、雑貨屋で話を聞いた感じでは、農作物の種は農家が翌年用に自分たちで保管する物で、店で買う物ではないらしい。売っている物がそのまま種になる作物は別として、入手したければ農家と直接交渉するのが一番と言われてしまった。
 ただ、雑貨屋で話を聞いた感じでは、農作物の種は農家が翌年用に自分たちで保管する物で、店で買う物ではないらしい。売っている物がそのまま種になる作物は別として、入手したければ農家と直接交渉するのが一番と言われてしまった。
 更に、観賞用の花卉かきとなると、庶民で栽培する人はほぼ皆無。
 更に、観賞用の{花卉}(かき)となると、庶民で栽培する人はほぼ皆無。
 貴族用の店などから仕入れるか、自分で草原や森に出向いて採取してくるしかないとか。
 貴族用の店などから仕入れるか、自分で草原や森に出向いて採取してくるしかないとか。
 そんなわけで、「ガーデニング!」と意気込むユキの気持ちに反し、うちの花壇は荒野のままなのだ。
 そんなわけで、「ガーデニング!」と意気込むユキの気持ちに反し、うちの花壇は荒野のままなのだ。
「う~ん、新興宗教は関わらなければ問題ないかしら? トウモロコシはともかく、錬金術の素材は手に入れたいし、ケルグに行ってみても良い気もするけど、どう?」
「う~ん、新興宗教は関わらなければ問題ないかしら? トウモロコシはともかく、錬金術の素材は手に入れたいし、ケルグに行ってみても良い気もするけど、どう?」
「良いんじゃね? 別の町に行ってみるのも面白いと思う」
「良いんじゃね? 別の町に行ってみるのも面白いと思う」
「はい。新しい武器とかも手に入る可能性がありますし。あと、魔法の発動体も」
「はい。新しい武器とかも手に入る可能性がありますし。あと、魔法の発動体も」
「そういえば、見つからなかったんだよなぁ、魔法の発動体」
「そういえば、見つからなかったんだよなぁ、魔法の発動体」
 魔法を使う補助になるという発動体。以前ガンツさんとの話で出てきた後、一応探してはいたのだが、残念ながら俺たちのお眼鏡に適う物は見つからなかった。
 魔法を使う補助になるという発動体。以前ガンツさんとの話で出てきた後、一応探してはいたのだが、残念ながら俺たちのお眼鏡に適う物は見つからなかった。
 微妙な効果の物や、高価で杖型の物などはあったのだが、前者は大金を出して買うほどの価値は無く、後者は全員が武器も併用する俺たちからすれば使いにくい。
 微妙な効果の物や、高価で杖型の物などはあったのだが、前者は大金を出して買うほどの価値は無く、後者は全員が武器も併用する俺たちからすれば使いにくい。
 幸い、切羽詰まっているわけでもなく、その結果、指輪やネックレス、ブレスレットなど、邪魔にならないタイプが見つかるまでは保留となったのだ。
 幸い、切羽詰まっているわけでもなく、その結果、指輪やネックレス、ブレスレットなど、邪魔にならないタイプが見つかるまでは保留となったのだ。
「それじゃ、近いうちにケルグに行くということで。最後の報告はナオね。何か新しい情報はある?」
「それじゃ、近いうちにケルグに行くということで。最後の報告はナオね。何か新しい情報はある?」
「おう。とっておきがな」
「おう。とっておきがな」
 あんまり期待できないけど、と言う表情を浮かべているハルカに、俺はドヤ顔を向ける。
 あんまり期待できないけど、と言う表情を浮かべているハルカに、俺はドヤ顔を向ける。
 驚きも有用さも、恐らく俺が一番だろう。
 驚きも有用さも、恐らく俺が一番だろう。
 自信ありげな俺の様子に、訝しげな表情を向けてくるハルカたちが聞く態勢になるのを待ち、俺はもったいぶって口を開いた。
 自信ありげな俺の様子に、訝しげな表情を向けてくるハルカたちが聞く態勢になるのを待ち、俺はもったいぶって口を開いた。
「俺は、神に出会った」
「俺は、神に出会った」

489
129.md

@ -0,0 +1,489 @@
# 129 爆弾発言(不発?)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
神から貰った恩恵はしっかりとステータスに表記された。帰宅して情報共有。
魔法武器の作製や隣町で興った地雷臭漂うサトミー聖女教団の話を聞く。
最後にナオが、神に会ったと発言する。
---
 俺のそんな爆弾発言にハルカたちは静まりかえり、返ってきたのはしらーっとした空気……いや、一部には心配そうな視線も含まれている。
「ナオ、大丈夫? 疲れてるの? ――これは早く『{精神回復}(リカバー・メンタル・ストレングス)』を覚えないとまずいわね……」
「いやいや、マジで、マジで!」
 深刻そうな表情を浮かべたハルカに、俺は慌てて手を振ってそう主張する。
 だがそんな俺に向けられるのは、心配そうな視線のみ。
 面白くないジョークかと思っていたらしいメンバーも、俺が強く主張するので逆に不安になったっぽい。
「ナオくん……いつの間にか、そんなにストレスを溜めていたんですね。夜、ちゃんと眠れていませんか? 幻覚を見るようになると、かなり深刻なんですが……」
「いや、本気で心配しないで! マジだから! ほら、お前らだって神に会っただろ!? この世界に来る前! それに今、天罰の話とかしてたじゃないか」
「そういえばそうだね? 神は生きてるんだよね、この世界」
 俺の言葉に、はたと気付いたように手を打つユキ。
 そう、この世界にニーチェはいない。
 トーヤたちもあり得ない事では無いと理解したのか、ふむふむと頷いている。
「実は、神殿に寄ってきたんだよ。聖水でも手に入らないかと思って」
 俺はそう言って、先ほど体験した内容を全員に話して聞かせた。
 さすがにここに来た経緯が経緯である。詳細な説明で疑いも晴れたのか、ハルカたちはやや驚きつつも納得したように頷き、嬉しそうな表情を浮かべる。
「レベルと経験値、確認できるのか! すっげぇ良いな、それ!」
「そうね。目安が解るのは助かるわね。毎回お布施が必要なのはちょっと……だけど」
「ま、間違いなく孤児院に使われるみたいだし、そこは許容できる範囲だろ、今なら。来た当初だと、かなり痛い出費になっただろうが」
 頻繁に来るなら銀貨1枚でも、とは言っていたが、最初の頃は銀貨1枚でも大切だったからなぁ。最初の数日は本当に綱渡りだったから。
「しかし、初回ログインボーナスかぁ。良いなぁ……。記念日イベントとかあったりするのかな?」
「いや、さすがにそこまではやらないと思うぞ? 話した感じ、初回ログインボーナスだけって口ぶりだったし」
「でも、ナオくんは全員に効果のある物を貰ったんですよね。ショボいって言われたのに」
「まぁ、同じパーティーなのに、俺だけってのも、な」
 ナツキは感心したような視線を向けてくるが、俺も迷わなかったと言えば嘘になる。やっぱり、スゴイ能力とか欲しい、と言う気持ちはあるし。
 しかし、俺たちなら大丈夫だとは思うが、万が一、それが原因で不仲になる不利益を考えれば、その選択肢は無かった。
「それで貰ったのが、【経験値ちょっぴりアップ】って恩恵か。1割でも無いよりは良いよな」
「あれば便利だけど、無くてもあまり困らない微妙なラインよね。さすがゲームバランスとか言うだけあるわ」
 オークを11匹斃すところを、10匹で済む……うん、微妙だな。
 少なくとも、一気に強くなれるような便利な能力ではない。
 これが普段の訓練にも効果があるのであれば、ちょっとだけ物覚えが良くなる、程度だろうか。
 10分の訓練が11分の効果……やっぱ微妙。
 いや、ありがたいんだけどね。賽銭は入れたけど、基本、ロハで貰った物だし。
「ま、ナオがドヤ顔するのも解る、有益な情報だったわね。アンデッド、関係なかったけど」
「うっ、それは確かに。――いや、聖水がそう簡単には手に入らないって情報、関係ないか?」
 俺の言葉にユキが一瞬考え込み、納得したように頷いた。
「あぁ、つまり、サトミー聖女教団の聖水は偽物、と?」
「特殊なスキルでも無ければそうなると思うんだが……」
 『水を一瞬で聖水に変えるスキル』とか絶対に無い、とは言いきれないのが難しいところ。
 邪神さんなら頼まれれば作っただろうし、もし聖水に十分な価値があるのなら、水に高付加価値を付けられるスキルは案外有用。
 元手がほぼ不要なのだから、そんなスキルを願った人がいないとは言えない。
 こう言っては何だが、上手くすればトーヤの【鍛冶】スキルよりも儲けられる事だろう。
「考えても判らないし、取りあえずそれは棚上げにして、明日は全員でその神殿に行ってみましょ。レベルと経験値、気になるでしょ?」
「賛成! あたしも気になる!」
「多分、全員そこまで差は無いと思いますが、私も気になりますね」
「それじゃ、明日は神殿と、ケルグへ行く準備だな」
 そんなトーヤの言葉で話し合いは終了し、話題は夕食へと移ったのだった。
            
 翌日は朝早くから、昨日訪れた神殿に全員を連れてきていた。
 この世界で初めて見る神殿に、全員が興味深そうに建物を見上げる。
「これが邪神……じゃなくて、アドヴァストリス様の神殿?」
 ハルカのその言葉に頷きつつ、俺は声を潜める。
「そうだな。だが今後は、邪神の方は口にしない方が良いだろうな。メジャーな神様みたいだし」
「だよね。神官さんに聞かれたら、危ないよね。それじゃ、今後はアドヴァストリス様で統一しましょ」
 「ちょっと言いにくいけど」と言いつつも、そう提案したユキの言葉に全員が頷く。
 本人――いや、本神(?)がそう名乗ったとはいえ、信者からすれば邪神扱いされて嬉しいはずが無い。むしろ、過激な信者であれば俺たちは異端審問にでもかけられて、排斥される事になるかも知れない。
 呼び方程度のことで、不要なトラブルを招く必要は無いだろう。
 宗教に寛容なこの国でも……いや、寛容なこの国だからこそ、他者の信仰を貶すような行為は厳しく指弾されるのだから。
 ハルカたちを連れて神殿に入ると、昨日も俺の対応をしてくれた女神官さんがそこに居た。
 手に持っている物から推測するに、朝早くから神殿の掃除をしていたようだ。
「おや、あなたは……昨日も来られましたよね?」
「お邪魔致します。仲間も祈りたいと言うことで、連れてきました」
「それは良きことです。神はいつもあなた方を見守っていますよ」
 嬉しそうな表情でウンウンと頷く神官さんに頭を下げ、神像の前に進み、賽銭箱にチャリンとお賽銭を投げ入れる。
 昨日同様、大銀貨を1枚。ハルカたちもそれに倣い、大銀貨を投げ入れる。
 それを見ていた神官さんが、少し困惑したような表情で声を掛けてきた。
「あの、大変ありがたいのですが、あまり無理される必要はありませんよ? 大切なのはお気持ちです。神はご寄付の額で差別されたりはしません」
 いえ、その神様に、「寄付しろ」的な事を言われたんですが。
 ――頻繁に来るなら、銀貨でも良いとも言われたけど。
「いえ、私たちにできるのはこのぐらいですから。孤児院を運営されているんですよね? 恵まれない子供たちのために、せめてもの気持ちです」
 ニッコリと笑みを浮かべて卒の無い対応をしたのは、ハルカ。
 そんなハルカの言葉に、神官さんは感動したような表情になる。
「まぁ! なんて素晴らしいお心がけでしょう! きっとあなた方には神のご加護があることでしょう。及ばずながら私も、あなた方の安全を祈らせて頂きます」
 そう言いながら、膝をついて祈ってくれる神官さんに少し居心地の悪い物を感じながら、俺たちもまたその様子を真似て神像へ祈る。
『ナオは現在レベル13です。次のレベルアップには2,320の経験値が必要です』
 聞こえてきたのは昨日と同じ声。
 だが、心の中で問いかけても特に返答は無く、本当にレベルと経験値を教えてくれるだけのようだ。
 というか、必要経験値、昨日よりも減ってないか?
 細かいところは覚えていないが、2,500と言われたような気がするんだが……。
 あれ以降魔物は狩っていないし、やったことと言えば、日課の訓練ぐらい。って事は、訓練でも多少は経験値が貰えると言うことだろうか?
 俺がそんな事を考えている間にも、他のメンバーはレベルと経験値を聞き終わったらしく、それぞれ少しの驚きと嬉しそうな表情を浮かべて立ち上がった。
 俺もそれに倣って慌てて立ち上がる。
「お邪魔致しました」
 そう言って頭を下げるハルカに倣い、俺たちもまた神官さんに頭を下げる。
「いえ、いつでもおいでください。ご寄付を頂かなくても、神に祈るだけでも構いませんので」
「はい、ありがとうございます」
 と、お礼は言いつつも、寄付ができないときに来る予定は無い。
 寄付しないと、レベルと経験値、教えてくれないし。俺たちの目的はそれ一択。
 神官さんには悪いが、別に神様を信仰しているわけでは無い。
 笑顔で見送ってくれる神官さんに別れを告げ、俺たちは神殿を離れる。
 そして少し歩いたところで、トーヤが嬉しそうに口を開いた。
「なあ、どうだった? オレはレベル13だった!」
「私も同じ」
「私は12でした。やはり後から参加したからでしょうか?」
「あたしもナツキと同じ。ハルカたちはサールスタットに来るまでに鍛えてたから、その差かな?」
「まぁ、レベル1ぐらいなら差は無いって言っても良いだろうな。レベルが上がっていけば、同じになるだろ」
 一般的にゲームなら、レベルが上がるにつれて必要経験値の量が増えていくのは当然である。
 それを考えれば、低レベル帯での差など大した問題でも無いし、仮に同じレベルにならなくても、それが問題になるようなギリギリを攻める予定は一切無い。安全第一。それに尽きる。
「12と13かぁ。えーっと、冒険者になって半年ぐらいだよね?」
「うん。このレベルが良いのか悪いのか解らないけど、1つの目安ができたのはありがたいわね」
「あぁ、そういえば、『期間を考えれば頑張ってる』みたいなことは言われたぞ?」
「そうなの? なら、このくらいのランクの冒険者としては悪くないのかしら? 他の冒険者と比較できないのが残念だけど」
 他の冒険者は俺たちのようにレベルを確認できないので、それは仕方ないんだろうが、つまり結局レベルは、俺たちの中での相対的評価でしかなく、他人と比べて強くなったかどうかは判らない事になる。
 あえて推し量るとするならば、神様から指摘のあった【看破】か。
 自分と比べて強い、弱いの感覚的判断はできるので、擬似的なレベル帯評価は可能かもしれない。
「クラスメイトならレベルも解るのでしょうが……」
 そう言いながらも、ナツキは困ったような苦笑を浮かべる。
 俺が『初回ログイン』だったことを考えると、現状でこの情報を知っているのは俺たちだけ。これまでに出会ったクラスメイトに、これを教えるほどの価値があるかと言われれば疑問しか浮かばない。
 トミーであれば別に教えても良いのだろうが、あいつの場合はすでに鍛冶師で冒険者ではないため、あまり意味も無いだろう。
 尤も、トミーがゲーマー的思考を持っていれば、レベルと経験値を知るだけでも楽しめると思うので、機会があれば教えておけば良いだろう。
「まぁ、正直これで『ダメダメ。サボりすぎ』とか言われたら、かなりヘコむけどな。オレたち、結構努力してるだろ?」
「この街で見かける冒険者に比べればそうですね。ですが、下を見ても仕方ないですよ、トーヤくん」
「さすがナツキ。言う事がシビア! でも、実際そうだよね。『あたしより成績悪い人がいる』とか言っても虚栄心が満たされるだけで、何の意味も無いんだから」
 成績優秀組は心構えが違うね。『平均より上だから良いか』と妥協する俺とは違うのだろう。
 それでも、さすがに赤点を取ったりはしないよう努力はしていたが。
 いや、正確には努力させられていた? ハルカたちに。
「さて、この後はケルグへ行く準備の予定だったと思うが……実際どんな準備が必要なんだ? 俺は何をすれば良い?」
「ラファンからケルグまでは、通常、馬車で3日ぐらいだから、食料なんかを準備して、定期便を調べるか、自力で移動するかなんだけど……」
 ハルカはそう言いながら、考え込むように言葉を濁す。
「俺たちの場合は、食料は必要ないな」
「着替えなども同様ですね。『浄化』がありますから」
「水も魔法で出せるし……」
「準備、いらなくね?」
 マジックバッグと魔法、便利である。
「なら、後は定期便を使うかどうか、ね。でも、馬車で3日程度なら、私たちの場合、走った方が速いのよね」
「荷物、ありませんからね」
 順調に鍛えている俺たちの今の走力は、オリンピックのマラソン選手なんて目じゃない。
 しかも、持ち運ぶべき荷物はすべてマジックバッグに入れられるため、ほぼ身体1つで走ることができるのだ。
 馬車は勿論のこと、馬に乗って移動したとしても、おそらくは自分の足で走る方が早く着くだろう。
「それじゃ、どうする? 出発しちゃう? 今から」
 その言葉に反対する人は誰もおらず、結果、俺たちは予定を変更して、その日のうちにラファンを発つことになった。
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